Ep104. 初めての本
知識は力だ。これは前世でも今世でも変わらない。才能よりも、運よりも、知識は裏切らない。少なくとも、俺はそう信じている。
問題は、現在の俺が一歳にも満たない幼児だということだ。非常に問題である。
読みたい。本を読みたい。文字を確認したい。この世界の言語を調べたい。歴史も知りたい、地理も知りたい、医学も魔術も知りたい。だが今の俺に許されている本は、動物の絵本だけだった。
◇ ◇ ◇
「わんわん!」
オリヴィアが犬の絵を指差す。
「わん!」
俺は答える。
「すごーい!」
何がだ。犬くらい知っている。前世で犬型魔獣の解剖もした。だが赤子としては優秀らしい。
「じゃあこれは?」
猫。
「にゃ」
「きゃー!」
なぜそんなに喜ぶ。理解できない。
いや、最近は少し理解できる。成長を喜んでいるのだ。オリヴィアも、バーバラも。それ自体は悪くない。問題は、俺がもっと高度な本を読みたいことだった。
◇ ◇ ◇
転機は意外なところから訪れた。
数日後、バーバラが棚を整理していた。古い箱を開けると、そこから数冊の本が出てきた。
「懐かしい」とバーバラが微笑む。「お父さんの本だわ」
父。この人生の父親。既に亡くなっている人物。詳しくはまだ聞いていない。だが今はそれより、本である。本だ。文字だ。知識の塊だ。
俺は全力で近づいた。ハイハイで、凄まじい速度で。
「わっ」とバーバラが驚く。「興味あるの?」
ある。非常にある。
俺は本に手を伸ばした。表紙を撫でる。革装丁で、かなり使い込まれている。開くと、文字、文章、図が並んでいた。
読める。完全ではない。だが読める。言語体系は前世の記憶にあるものとは違う。しかしこれまで聞いてきた会話のおかげで推測できる。なるほど、この世界の共通語か。
胸が高鳴る。久しぶりだった、新しい知識に触れる感覚が。
「好きなの?」とバーバラが笑う。「お父さんに似たのかしら」
父も本好きだったらしい。それは初耳だった。
「よし」バーバラは一冊を取り出した。「これはルークにあげる」
絵本ではない。子供向けの簡単な読み物だ。文字も大きい。だが俺にとっては宝物だった。
ようやく始まる。知識を集める時間が、世界を知る時間が。
窓の外では雪が少しずつ溶け始めていた。冬は終わりへ向かっている。そして俺の新しい人生も、ようやく本当の意味で動き始めようとしていた。




