Ep103. 小さな冒険者
失敗は貴重な経験である。前世の俺はそう考えていた。
失敗する。原因を分析する。改善する。次は成功する。極めて合理的だ。
だから、今回の脱走失敗も無駄ではない。むしろ有益だった。問題点が明確になったからだ。
一、オリヴィアの存在。二、目立ちすぎること。三、ハイハイは思った以上に遅い。
致命的である。
つまり、まず必要なのは歩行能力だ。
「んっ……!」
俺は椅子に掴まり、踏ん張り、足に力を込める。
立つ。
成功。
数か月前なら考えられなかったことだ。今では十秒、二十秒なら安定して保てるようになった。成長。素晴らしい。人間の身体は実に興味深い。
「ルーク!」
オリヴィアが叫んだ。「立った!」
大袈裟である。研究成果でもあるまいし。
「バーバラさーん!」
また呼んだ。この少女は本当にすぐ報告する。
「えっ!?」バーバラが飛んでくる。「本当!?」
本当である。
だがその瞬間、足がふらついた。
「おっと」
転倒。尻もち。痛い。少し痛い。
一瞬静かになる。そして。
「きゃー!」「大丈夫!?」
大騒ぎである。転んだだけだ。骨折もしていない。出血もない。診断終了。
だが抱き上げられ、頭を撫でられ、頬をつつかれ、最終的におやつまで貰った。
……赤子とは得な生き物だな。
その日の夕方、窓の外を眺めていた時だった。見慣れない男が通った。村人ではない。服装が違う。荷車を引いている。
「行商人さんだ」オリヴィアが言う。「月に一回くらい来るの」
なるほど。初めて聞く情報だった。
男は村の中心へ向かう。荷車には様々な品が積まれていた。布、道具、薬草らしきものまで見える。
その瞬間、胸の奥が少し高鳴った。
外の世界。村の外。まだ見たことのない場所。
前世の知識はある。だが今の世界を知らない。国も、情勢も、医療技術も、魔術の発展も、何もかも。
知りたい。確かめたい。学びたい。
久しぶりだった。人との繋がりとは別の意味で、純粋な知的好奇心が湧き上がるのは。
歩けるようになったら、この村を調べよう。村を知ったら、今度は外を知ろう。
人生はまだ始まったばかりだ。ようやく俺は、最初の一歩を踏み出そうとしていた。




