【第38話】ヌターバックス その2
「そっか、僕のことなんて知るわけないよね。ごめんごめん!」
ヌタバで声をかけてきた筋肉マンは西アスナさんというらしい。
なんでも、中学まで空手をやっていて、お兄とも何度か対戦したそうだ。
言われてみれば見覚えがあるような……。
「ウミ、やばくない?あの胸板……。」
レイナが少し興奮気味にささやく。
その視線は今にもはちきれんばかりのYシャツにかろうじて収まっている、
西さんの胸元に注がれていた。
「…… んー……。」
確かにすごい筋肉だけど、見せ筋な気がする。
お兄が空手をやっていた頃はもっと絞り込んで、大きさより質を追求していたはずだ。
「まだ甘いよ。」
「えー…… このブラコン。」
さらりと悪口を言うのはやめて欲しい。
「ところでさ、岩田の奴、事故ったってホント?」
「…… 本当、です。」
「うっわー、マジかあ……。」
西さんは片手で顔を覆いながら天を仰ぐ。
「今年こそはと思って、次の試合、楽しみにしてたのになあ……。」
ん?
「今、何て言いました?」
「うん、次の試合ね、機堂とうちだから、岩田とやりたかったなーと思ってさ。」
「兄はもう高校から空手は……。」
「知ってる知ってる。ごめん、説明下手でさ。
僕も岩田と一緒で、高校からロボコンやってるんだ。
今度の週末、県大会の準決勝の対戦相手の慈恩高校パイロット、西アスナです。
よろしくね、ウミちゃん。」
びっくりした。
お兄みたいな人がほかにもいたなんて。
「あの、もしかして胸の大きな先輩に誘われてロボコンを始めたとか……?」
「あはは、何それ!そんな奴いるの!?」
います。
「僕は違うよ。うち、男子校だし。
なんなら僕が一番巨乳かも。」
西さんは言いながら大胸筋をぴくぴくさせる。
あ、ボタンが一つ飛んだ。
「うわー、すごい……。」
レイナが床に落ちた西さんのボタンを拾って、うやうやしくテーブルに載せる。
西さんは笑顔を寂しそうな表情に変えながら話し続ける。
「ウミちゃん、君が機堂のパイロットをやってるの、実は知ってたんだ。
岩田に何かあったって噂も聞いてたけど…… 信じたくなかった。
でも本当なんだね。」
「…… はい。」
返事をしつつ、あたしはちょっと違和感を覚える。
えっ、今この人、あたしのこともお兄のことも知ってたって言ったの?
だったらここまで芝居がかりすぎでは。
あたしがそんなモヤモヤを感じている間に、西さんは「わかった」「邪魔して悪かったね」などと言いながら立ち去ろうとして、止まった。
「一つだけ忠告。次の試合は棄権したほうがいいよ。
うちのロボットも装着型だ。
空手で強い女子選手でも、男子の体力にはかなわない。
ロボコンではどうなるか…… 黒帯のウミちゃんならわかるでしょ?」
こちらに向けられた背中から発せられる、不気味な圧力。
親切に忠告してくれているというより脅し、かな?
「ウミ、あの人に勝てるの……?」
「うーん…… 普通に考えたら難しいね。」
試合に出なくてよいなら出たくない。逃げたい。
でも戦うとしたら、どうやったら勝てるんだろう。
二つの矛盾した気持ちがあたしの中で交錯していた。




