表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/35

35 永久の誓約

 

 

 

 石の回廊にカツッカツッと音が反響する。

 マリアは煩わしいばかりで、ちっとも速く走れない靴を脱ぎ捨てて、氷のように冷たい石畳を素足で走った。


 エントランスの前に止まっていた馬車は、出発してしまった後だった。

 マリアは周囲を見回し、馬を引く衛兵の姿を見つける。素早く駆け寄って、手綱を強引に奪い取った。

「なにを……!」

「すまない、しばらく借りる!」

 マリアは一気に馬に飛び乗り、馬の腹を蹴る。ドレスの裾がビリビリと悲鳴を上げるが、全く気にしない。

 いきなり現れた婦人に馬を強奪され、衛兵はただ呆然と立ち竦むだけだった。


 全速力で坂を下り、先を行く馬車を追いかける。

 本来、蹄が傷むので石畳の上であまり馬に速度を出させてはならないが、そんなことは頭になかった。

「止まれ!」

 レーヴェの銀獅子紋章が刻まれた馬車と並走し、力の限り声を張り上げる。

 馬車の窓を覗くと、中で驚いたラウドンが声を上げて笑っていた。それに釣られて、レデンもマリアの姿を確認する。


「お、お前、なにしてる!?」

 窓越しでも聞こえるほどの大声で怒鳴られてしまう。しかし、マリアは構わず御者に向かって声を上げた。

「馬車を止めろ! 止めないと、このまま飛び移るぞ!」

 走っている馬車に飛びつかれて落ちたら堪らない。

 御者はマリアの脅しに目を剥き、慌てて馬車を止めた。マリアも馬を止め、石畳の上に飛び降りる。

「なんのつもりだ!」

 馬車の扉が開き、まだ驚きを隠せない様子のレデンが飛び出す。彼はマリアの方へ大股で歩み寄ると、真っ直ぐに睨みつけた。


「なに考えてやがる。何処の田舎で育った猿が、そんな格好で馬に乗るんだ。常識でモノを考えろ。だいたい、お前はいつも――」

「薔薇を」

 マリアが馬に乗って息切れした声で言葉を紡ぐと、レデンは続く言葉を見失ったようだ。

 それでも、絞り出すように唇を開く。

「……見たのか」

「ああ」

 マリアはここまで来てなにを言えば良いのかわからなくなってしまった。追いかけることに必死で、なにも考えていなかったのだ。

 なにか言わなくては。

 マリアは破裂しそうな頭を抱えるが、考えても言葉を見つけ出すことが出来ない。

 真っ直ぐにマリアを見るレデンの視線が突き刺さる。


「あのときの」


 考えている間に、唇が勝手に動く。

 その瞬間に、マリアの頭から全てのことが抜け落ちていった。

 なにも考えなくても良いのではないか。

 たった一つ、伝えたいことがあるのだから。


「……あのときの、答えを」


 マリアはゆっくりと言葉を紡ぎはじめる。


「二年だ」


 昼と夜の色を宿した視線がぶつかる。マリアは震えそうになる唇に精一杯の力を込めた。


「私は祖国での仕事を投げ出すわけにはいかない。もう逃げたくはない……二年で、必ずアドラを立て直して軌道に乗せる。だから、その……あ、改めて……私と……」


 唇どころか、全身が震えはじめる。二本の足で身体を支えるのでやっとだった。

 そんなマリアの言葉を、レデンはじっと待っていてくれた。

 沈黙が痛くて、マリアは余計に言葉を詰まらせていく。指揮杖を振り、嬉々として戦術を語る自分とは別人のようだ。


「わ、私と、婚約してくれないか……アドラの王女として、レーヴェとの友好関係を望む……」


 自分の言いたかったことを素直に表せていない気がする。顔を両手で覆い隠したくなってしまう。

 その様を見て、レデンが軽く息を吐いた。


「お前は、そんな可愛げのない言い方しか出来ないのか。相変わらず、馬鹿だな」

「う、うるさいっ! 最初に和平がどうのと理屈を言い出したのは、お前だろう!?」

「あれは兵隊馬鹿の田舎娘でも理解出来るように、わかりやすく噛み砕いた結果だ」

「はあ!?」

 もう出会ってから三年も経つのに、会話の中身は全く変わっていない。そのことがおかしかったのか、レデンが声をあげて笑う。マリアも釣られて、男のように笑ってしまった。


「マリア」


 レデンの腕が強引に、されど優しくマリアの肩を包んだ。マリアはビクリと身を震わせたが、やがて自然と力が抜けていく。

 暖かな体温と共に広い胸板から、マリアと同じ速度の鼓動を感じ取る。その激しさが律動となって、全身を驚くような速度で駆け巡った。

 心地よい。いつまでもまどろむ夢のようだ。


「愛してる」


 耳元で愛を囁かれ、マリアの頬が赤く染まる。

 こんなに短いにもかかわらず、すんなりと想いが伝わる言葉を、マリアは口にしたことがない。


「私も……レデンを愛している」


 初めて口にすることが出来て、自分の中に押し込められていた感情が解放された気がする。今、胸を占めるのは哀しみでも虚無でもなく、歓びであることを実感した。


 どちらともなく視線を合わせ、ゆっくりと唇を重ねた。

 熱が、鼓動が、息が、喜びが、痛みが、重なり合って一つになったような錯覚に陥る。

 お互いの存在が、ここにいるのだと確認出来る。こんなに温かい口づけをしたのは、きっと初めてだ。


 温もりを刻みつけるように、長い永い接吻(キス)をした。

 

 

 

 Ende

 

 

 

 このたびは拙作を読んで頂き、誠にありがとうございます。


 蛇足。

 モデルとなった18世紀のヨーロッパについて。

 オーストリア継承戦争は1740年、カレル6世の死を契機にプロイセンがシュレジエンに侵攻してはじまります。オーストリアには世継ぎがおらず、娘のマリア・テレジアが即位すると言ったので、そこにいちゃもんつけたわけです(厳密には、もっと複雑ですが!

 他国の侵略に対して、テレジアは果敢に戦います。やる気のなかったオーストリア軍を改革し、内政も整備。劇的な改変は行わず、旧体制の根強いオーストリアを理解し、それに併せる形での改革でした。

 テレジアの宿敵となったのは、プロイセンのフリードリヒ2世。王太子時代、「こいつ女々しい!」と罵られて父親から強烈なDVを受けて育ち、挙句に外国への逃亡まで企てたザ・もやし王子でした。が、即位した途端にノリノリで他国に侵攻した取扱注意人物です。※啓蒙君主の代表格です。非常に優れた政治家ですので、誤解ないように※

 オーストリア継承戦争と、後の七年戦争はテレジアとフリードリヒの大喧嘩と捉えると理解しやすいです。

 マリア・テレジアもフリードリヒ2世も、歴史に大きな名を残し、それぞれ女帝、大王と呼ばれています。世界史の教科書にも載っているし、テスト頻出箇所ですね!


 そんな二人にも一瞬だけ結婚話が持ち上がった時期があるらしい。マジか。結婚していたら、どうなっただろう。子供が出来たら、きっと内政も外交も戦争も最強チートなんだろうなぁ――そんな妄想から、マリアのキャラを作りました。


 余談が過ぎました。


 今後とも、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ