グレン・フォード
本日五話目更新です。
ボリスと別れた後、一通り町を散策した。ジャックの両親が経営していると思われる店も見たが、ジャックは見ることは出来なかった。もう一人の平民ルートでの攻略対象は今は町にいるかどうか定かではないし、約束なしで私達が会えるとも限らないので、行方を探すようなことはしなかった。
そして今は、町から帰るために、屋敷からの馬車を待っていた。
待ち合わせ場所はここで間違いないと思うのだが、夕暮れときという待ち合わせ時間になっても馬車の姿は見当たらない。
「おかしいですね」
「や、やっぱりおかしいのでしょうか」
「はい。常であれば既に待機しています。時間が過ぎても馬車の姿一つ見えないと云うのはなかなかありません」
迎えに来る馬車が盗賊にでもあってしまったのだろうか。高価な荷物を運んでいるというわけではないが、侯爵家の馬車だ。凝った造りをしているし、馬車の内部には宝石が施されている場所もある。だから、盗賊が狙ってもおかしくはないが、手を出したら、後日一網打尽にされてしまうと決まっているので、そうそう盗賊達は伯爵以上の貴族階級のものに手を出さない。馬車は一体どうしたのだろうか。
ぎゅっと自分の手を握った。手はいつのまにか冷えてしまっていた。これは夜に近づくにつれ、冷たくなった風のせいか、それとも緊張で自律神経の機能が上手く働かなくなってしまったのか。手に自分の息を吹きかけるも、暖かくなるのは一瞬だけのことだった。
「お嬢様、少々失礼します」
グレンさんは自分が着ていた上着を私の肩にかけた。
「私は大丈夫ですわ。それより、グレンさんが上着をちゃんとお召しにならないと寒いですわ」
「どうぞ、グレンと。私なら大丈夫です。これくらいの温度ならば、むしろ過ごしやすいくらいです」
けろっとした顔でそう告げるグレンさん。確かに全く寒そうではない。うーん、温度って個人差があるから、嘘ではないかもしれないけど、気遣ってもらってるんだったら、グレンさんに悪いよね。使用人だから当然の行動かもしれないけど、流石に風邪を引かそうとは思ってない。私が風邪を引いたらグレンさんが処罰されることになるのだろうが、今はまだ身体全体が寒いわけではなく、手だけが寒いのだ。
「どうかされましたか」
「あ、そうですわ。グレン、手を貸して下さらないかしら」
「はい、わかりました」
かなり唐突なお願いだったが、グレンは少しも渋る様子を見せずに手を引き上げた。私はその手を自分の両手で包み込んだ。あ、暖かい。
人の手に触って、冷たいや暖かいなどの感想を持ったことが人なら誰しもあると思う。そのような感想を持つのは、自分の手と相手の手に温度差があるからなのだが、この温度差というのが0.7度。およそ一度だと聞いたことがあったので、グレンさんの手を触ってみたところ、暖かいと感じたので、グレンさんは本当に寒くないようだ。熱というものは、暖かいところから冷たいところに移動するので、しばらく握っていたらぬるいと感じるはずなのだが、なかなかそうならない。暖かいと云う気持ちがなくなることがないので、グレンさんとの温度差は一度以上あったようだ。
…徐に手を握ったものの、グレンさんは動揺の声すら上げはしない。気持ちのコントーロールもお手の物というか、心を揺さぶるようなことではなかったということかな。
「……何してるの」
「あ、お兄様」
「アラン様。どうやらお嬢様は暖をとっているご様子です」
「へえ」
お兄様はグレンの手を包み込んでいた私の手を離させると、自分の手で包み込んだ。暖をとっていたわけではないのだが、余計なさざ波を立てるのはやめておこう。
「ああ、本当だ。冷たくなってしまっているね、サーシャ。僕もこの近辺に用が合ったんだけど、丁度サーシャが馬車のものと約束していた待ち合わせ時間に合いそうだったんだ。だから、サーシャの馬車は来させないで、僕が乗ってた馬車で来たんだけど、サーシャに寒い思いをさせるくらいなら、予定通りに来させるべきだったね。ごめんね、サーシャ」
「いえ、いいですわお兄様。だって、私と共に帰路に就こうと思ってのことでしょう? 私もお兄様と共に帰れるのは嬉しいですわ。お兄様も嬉しいと思ってくださいますか」
「勿論だよ、サーシャ。ここは風が当たる。さあ、馬車に乗ろうか」
「はい、お兄様」
お兄様はグレンさんからかけてもらったグレンさんの上着を脱がすと、代わりにショールをかけた。上着の方はグレンさんに手渡していた。
「あの、グレン、ありがとうございました」
「…いえ、当然のことをしたまでです」
お兄様に手を引かれて馬車の中に入る。グレンさんは行きと同じく、馬車の中には入って来なかった。行きは御者台で御者と共に居たようなので、帰りもそうなのだろう。
「サーシャ、今日のことを僕に話してくれないかい」
「今日はたくさんのことがありましたわ。普段は体験したこともないようなこともたくさん」
「ふふっ、それは聞きがいがありそうだね」
「私も話しがいがありますわ」
お兄様に町でのことを話す私を乗せて、馬車は屋敷へとゆっくりと帰っていった。
少しタイトル詐欺になってしまったかもしれません。
グレンが思いの外身を引きすぎたので、これくらいしかサーシャとのからみがありませんでした。
また、出てくる時があればもっと喋らせたいところですね。
閲覧有難うございました。




