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第3話 慣らしと準備

 「──凄い速いのね、ビックリしちゃったわ。」


 本来聞こえるはずのない、自身以外の声が後ろから聞こえた。思わず背筋が震える。

 振り向くかどうか悩むが、明らかに聞き覚えのある声だったので振り向くことにする。


 「──シラハさん!?何してるんですか?!」


 横目で見るように振り返ると、彼女は座席に座らず足だけをコックピット内に入れて、革で覆われた縁に座っている。上体をピンと立てて風を横から受けて服をなびかせている。


 「ごめんなさいね。ふと上を飛んでたから乗ってみたくなっちゃった!」


 弾むような声が聞こえてくる。不思議とこのプロペラとエンジン、そして風の流れる轟音にかき消されずに声が届いてくる。


 「でも、結局2人で任務をこなすんでしょ?早く訓練し始めるに越したことはないと思わない?」


 「それはイイですけど、一回座席に座ってもらっていいですか?!見てるだけで怖いんで!」


 このタイミングで声を張り上げることに疲れを感じたので、伝声管の受話口の存在をを振り向きながらシラハさんに伝える。平べったい受話口を耳に当てるよう指示をして、自分は送話口に持ち替える。


 「──あーあー。聞こえますか?」


 少し間をおいて返事が来た。送話口は近くにあるので伝えなかったが、分かったようだ。


 「えぇ、聞こえるわ!こんなのもあるのね!」


 声が響いてくる。そして何とか片手に収めた受話口と送話口を切り替えて、送話口を口元に持ってくる。片方の手は操縦桿を握り続け、少しづつ飛行場に戻るコースをとる。


 「一応訓練中なので激しめに動きますよ。降りたいときは言ってください」


 「自分で降りるから大丈夫よ。はじめはお手柔らかにお願いね」


 自分で降りるという言葉で飛んできた魔法使いの出来事を思い出す。聴き終わったので伝声管を元の位置に固定し、スロットルに手をかける。ひと息ついたあと、片手を高く上げて始める意思を示す。

 手を戻してスロットルを強く押し、出力を上げる。速度が上がってきたところで操縦桿を横に倒し、ラダーでも調節しながらゆっくりとロール。一周回ったところで高度や進行方向を確認して次の動きに備える。次は深く操縦桿を横に倒し、フットペダルを強く踏みながら素早くロール。

 我ながら初めての飛行でこんな動きをして大丈夫かと考えるが、もっと踏み込めると体は感じている。後ろを見るとワクワクした顔をしたシラハさんがこちらを眺めていた。まだ行けそうだ。

 次は速度を十分にとって操縦桿を引く。速度計に注意しながら宙返りをする。機体はいとも簡単そうに操縦桿に従って重力に逆らう。安定して一周し終わると機体は次の機動を求めてくる。であればと、間をおいてもう一度操縦桿を引く。頂点にさしかかったタイミングで操縦桿を引くのを辞めて、背面飛行に移ってすぐに操縦桿を横に倒してロール。綺麗に水平飛行に移り、先程居た場所より高い場所に位置している。すかさずロールして背面飛行、からの操縦桿を引いて地面を撫でに行くように降下してゆく。

 ここらで一区切りつけて後ろを振り返ると、シラハさんは地面を眺めていた。何かを思い出したかのようにこちらに振り向いたかと思うと、送話口を手に取ったので、こちらもすぐに受話口を手に取って耳元に当てる。


 「私、そろそろ戻らないといけないから。楽しかったわ。また会いましょう」


 まさかと思い急いで後ろを見ると、既にシラハさんは立っていた。そして思いっきり飛んだかと思うと、水平尾翼を綺麗に避けて地面へと吸い込まれていった。

 燃料計を見ると全力飛行をしすぎたせいで多くの燃料がなくなった事を示している。出力を絞って効率的な飛行を心がける。激しい動きをしたが、異常な振動や音もなく、計器も正常を示している。周囲を眺めると仲間達が操縦する機体が飛び回っていた。


 ∶


 着陸コースに入ったところでフラップを展開。出力を下げてゆく。地上の旗を操る人に意思を伝えると許可の旗を振られたので、着陸アプローチをしてゆく。操縦桿を握り締め、機体のどんな動きにも注意を払いながら徐々に出力を絞って高度を落とし、地面と近くなったところで操縦桿を引いて主脚と尾輪の3点同時に着陸。知らぬ間に入っていた肩の力を抜いて格納庫まで戻る。

 格納庫に戻って機体から降りると、数人の同じ飛行隊員以外は試験飛行に出ているようだった。その数人は格納庫の隅で談笑しており、すぐそこに置いてある機体状況を見るに調整に苦労しているようだ。整備兵は多分部品探しと、他の飛行隊の手伝いで居ないのだろう。そして機体自体が届いてない奴は暇を持て余している。

 笑い声が響く格納庫内で機体の確認をする。パネルを開き、異常を確認し、閉める。こんな事を繰り返して終わらせると、隙間時間が出来てしまった。あの数人の談笑に混ざるのは気が進まないし、だからといって格納庫から出るのは訓練の放棄を意味するようで気が引ける。まぁ他の飛行隊の様子を見るぐらいなら良いかなと、自分の罪悪感に言い訳をして片手で隅の数人に挨拶をしてから出る。


 すぐ近くに休憩所が設けてある事を思い出したので、距離的にも都合が良いと思い向かうことにした。2階建てながらもこじんまりとしており、隣の建物と比べると掘っ立て小屋の感じが強い。飾りっ気のないドアを開けると、隙間の多い本棚と小さな椅子、壁際に設置された板の机がある。外に戻って、建物の外壁に沿うように設置された階段を使って2階に上がる。2階はバルコニーとなっていて、階段と直接繋がっている2階室内へと入ると先客がいた。煙草を吸いながら外を眺めていたようで、こちらがドアを開けて入るとこちらに顔を向けて


 「あら?訓練放棄?」


 そんな言葉が相手から聞こえた瞬間に、体を反転させてドアノブに手をかけた。瞬時に訓練放棄とかいう言葉を出すような人は多分面倒くさい。経験則はこういう時に自分を危機から救うのだ。


 「うぃーや、ごめんて!取うぃ消す!取うぃ消す!」


 煙草を口に咥えたまま両手で左腕を掴んできた。咥えてるせいで若干何言ってるか分からないし、この行動を受けて一つ分かった事がある。絶対面倒くさい人で、自分の勘は当たっていた。これを自信にして今後も前向きに生きていこう。そして強く足を踏み出した──


 「うぉいうぉい、何でそんな顔して出てうぃこうとしてんのさ。同じ師団だろ?ちょっと話してもよくなうぃか?」


 「はぁ………まぁ、いいですけど」


 仕方なくドアノブを離すと、左腕から手を離してくれた。


 「まぁ、座って話そう」


 そこらに置かれた背もたれのない椅子の一つに座り、相手の様子を伺う。珍しい長髪の男で中性的な顔立ちをしている。一見すると鋭い空気をまとっているように感じるが、先程の様子を考える限り性格は柔らかそうだ。いやただの狂人かもしれないが。


 「──まずは自己紹介、第4飛行隊所属の『タチバナ・ヲミ』。君は?」


 「第3飛行隊所属のナガヤ・ヰツです。」


 「なるほど第3の。君はもう新型に乗ったの?」


 「えぇ、ついさっき乗ってきましたよ。貴方は?」


 「悲しいことにまだ乗れてないんだよね。まだ機体が届いてないし……いや、この話はいいだろう」


 吸っていた煙草を灰皿に押しつけて、軽いトーンで話を出してきた。


 「一つ君に訊きたい。この任務……どこまで信じる?」


 「──面倒くさそうな話題は辞めてください……まぁ魔法まで目撃した訳ですし、もうそこまで疑ってはないですよ」


 「いやーごめんごめん。僕もそこについては疑っては居ないんだよ。皆と魔法も見たいし、機体の準備も本気を感じる。──ただね。もっと先の、結果が見えはじめそうな時に懸念を感じるんだ」


 「その懸念とは?」


 「言うなれば──世界大戦かな?」


 言っていることは壮大で荒唐無稽に感じるが、この男に妙なカリスマ性があるせいで妙に説得力を感じてしまう。


 「こんな話題、初めてあった奴に話すことですかね?敬遠されますよ?」


 「君はたぶん疑り深いほうだろう?そして僕をそこまで嫌わないとみた。あと、君ならその時が来たら、すぐに分かってくれるだろうからね」


 薄い笑い顔でそんなことを言いながら遠くを眺めている。


 「……お!機体が運ばれて来たかもしれない。手が空いているなら組み立てを手伝ってくれるかな?」


 自分の機体に給油して飛行するか、この人の機体組み立てをするかで天秤にかける。


 「──しょうがないですね、すぐに終わらせましょう。貴方には恩を売っておいた方がよさそうだ」


 「え、君ってそんな事するタイプだったの……?じゃあチョット遠りょ」


 「はい行きますよーさっさと行きましょー」


 嫌がる素振りを見せているので、背中を押して強制的に部屋から出た。


 その後、整備兵と製造メーカー側の整備士とも合流して、汗にまみれながら機体を組み立てた。


 ∶


 ガバっと、バネ仕掛けの機械のように起き上がった。呼吸は焦りを感じさせ、体には強張りの感覚が残っている。


 「──はぁ~、精神が擦り切れるぅ」


 深いため息と同時に起きた原因を振り返る。が、あまり自分でも信じるに値しない。

 確かに飛行機に乗り、草原地帯を飛行していた。優雅で気分が良かったのだが……突然にクリスタルが左主翼を貫き、主要な構造を破壊する音を残して視界から消え去って、結果的に左主翼も視界から消え去って機体が横転。感覚的に主翼の8割をクリスタルに持っていかれ、機体は完全に制御が不能になった。呼吸がさらなる焦りを生み、殆ど効果の無い操縦桿を逆に動かして止めようとする。


 「──ハァッハァッハァッ……」


 我慢ならない気持ちを掠れる喉に押し込み、冷静さを意識しながらベルトを外す。そして機体を思い切り蹴って暴れる機体から勢いよく離れる。あとはパラシュートを開くだけ────が、視界の端にはクッキリと地面が映り、だんだんと花が近づいて──目を閉じた──

 夢であっても墜落自体も恐ろし体験ではあったが、更に不思議な感覚も残っていた。それは、クリスタルは機体ではなく、自分を狙っていたような感じがした。

 もう一度だけ落ち着くためのため息をつき、ベットから出て軽い支度を始める。今日から魔法使いと共同で訓練をすることになっている。やはり後部座席に人がいると考えると、肩の荷が増える気がする。もし気絶してしまったら?腕の骨が折れたら?空間識失調を起こしたら?……考えてもキリがないし、殆どの場合は各自で脱出するだろう。しかもあの魔法使いだし、低空であっても道連れなんて起きないだろう。

 ──ドンッドンッ 時計を見るといつもより早い。いつもとは、友人が朝食を一緒に食べるために食堂に誘ってくる時間だ。

 少し急ぎ足で玄関まで歩いて扉を開ける。


 「おはようさん」


 「──隊長?今日って何かありましたっけ?」


 「いや、元々は何もなかったんだが、今朝に伝えられてな。どうやら急ぎで機体に装置を取り付けてくれと」 


 「……別にいつもの時間で良くないですか?」


 「俺もそう思う。だけど強制だ。」


 ため息を堪えながら「はい」と答える。殆ど支度は終えていたのでそのまま出る。そうして一部屋づつ扉を叩いて、全員で格納庫まで移動する。

 格納庫には整備兵が追加装備を用意しているところだった。装置には3種類あり、どれも航空機に装着するものとしては初めて見るものだ。


 「これってどこに付けるんですか?」


 整備兵に訊くと「これです」と書類を出してきた。見ると、主翼と胴体内部のスペースに付けるようだ。

 装置を割り振られたので、それを持って機体まで運んでマニュアルを読み込む。装置を手にとって観察してみると、所々がガラスになっていて内部にクリスタルが見える。何だか不思議な装置だ。細長くて先端は筒状になっており、筒の先端はこれまたガラス。試作のガンカメラを見たことがあるが、少し似ている気がする。胴体用の装置は箱以外にあまり特徴が無く、大型のバッテリーのように見える。けれどそこまで重くない。

 機体の下部から外板を開き、装置を取り付ける。電装を繋いだら試しに動かしてみる。コックピットに乗り込み、前まで使わなかったボタンやレバーを動かして接続を確認する。ヴゥゥンという低い起動音を響かせ、起動を表す部分が点灯。マニュアルどうりに出力を上げて動作を確認すると、キュイイインという甲高い音が出力に比例して響いてくる。動作的には異常はなさそうだ。


 「おーいヰツ、使用のマニュアルは読んだか?」


 「ん?いや、まだ見てないけど」


 別冊として渡されていたマニュアルを読んでみる。内容としては、魔法使いは攻撃の手段を持っているが、威力と射程を両立することが難しい。そのため、前方に限り魔法使いとパイロットが協力してこの装置を動かすことで射程と威力を増加させる。ということのようだ。


 「はぁ、想像できなくはないけど、ピンとはこないな。図でも描いてくれていれば良いのに」


 「そうなんだよな。魔法使いってどんな攻撃をすると思う?」


 「う〜ん。魔法使いって鍋でぐつぐつ変なモノを煮て、毒リンゴを作って食べさせて、人間を動物に変化させるイメージしか無い……」


 「おいおい、そりゃあ古いな。しかも創作だろ?俺達は本物の魔法使いを見てるんだぜ。もっと想像を膨らませてみろよ」


 「みろよって言ったて難しいよ──口から火を出したり?水を使って大洪水とか?……いやぁ、やっぱり引っ張られたモノしか思いつかないよ」


 2人でマニュアルを睨みながら首をかしげる。このままでは作業が終わらないのでコックピットから機体下部に移って空けていたパネルを閉じる。すると隊長の「終わったら戻っていいぞ」との声が格納庫に響く。友人と朝食に行くことにして格納庫を後にした。


 ∶


 いつもの訓練開始時間に皆が集まり、隊長の簡単な日程の説明が行われた。その後机を引っ張って飛行経路などについて話し合う。そしてニーボードに挟む紙の整理や書き込みを各自でしていると、魔法使いの方々がやって来た。服装は見慣れない紺色の飛行服を着ている。やはり特殊な服なのだろうか?


 「皆、用意ができたら合図してくれ。俺が開始を合図するからな」


 隊長がそう伝えた後、各自が合流に動く。


 「久しぶりね」 「ですね。もうあの退場は勘弁ですよ」 「流石に怒られちゃたから、もうしないわよ。安心して」 「いや、僕の勘がまたすると言ってます」 「あら?やって欲しいのかしら?」

 「ごめんなさい嘘です」


 そんなたわごとを言い合いながら機体まで歩く。シラハさんが主翼に手を置きながら機体に上がる。その間に機体を周りながら点検を行う。そして後部座席の元に行き簡単な確認をした後にコックピットに乗り込んで機器を確認し、エンジン始動準備を手早く行って隊長に合図を送る

 伝声管の機器を飛行帽でかませるようにベルトで固定してシラハさんとの話せるか確認する


 「案外時間がかかるもんなのね。もっとスッと飛ぶと思ってたわ」


 少し嘆くように話しかけてくる。これでも速くなった方だと言ったらどう返されるだろうか?ここは自分の中の無難な返しを言っておこう


 「もうそろそろですよ。」


 その後も隊長に注視していると始動の合図が出された。前の機体からエンジンを始動していき、自分達の番を待つ。隊長機からタキシングして格納庫から出てゆく。

 整備兵に指示をしてクランクハンドルを回してもらうとキュイーンと高い音が響く。そしてコンタクト、スロットルを動かして出力と計器の動きを確認する。といっても事前に暖機運転やひと通りの確認はしていたので最終確認をして整備兵にチョークを外してもらう。


 「──じゃ、出ますよ」


 スロットルを少し上げてブレーキを弱めると、重々しく機体が動き出した。周りに注意をはらいながらジグザグでタキシングする。上には既に第1飛行隊・第2飛行隊が待機しており、我々はそれに合流する形だ。その他の飛行隊は別の組として訓練をする。

 滑走路へと入り、前の機体の右斜め後ろに止まる。3機で離陸する為、離陸準備をしながらもう1機を待つ


 「そろそろって感じね。ワクワクしてきたわ!」


 「──前回のような刺激は期待しないでくださいね、今日やったら怒られるだけじゃ済みませんよ」


 「しないわよ……私って自力で飛べるじゃない?でも自分以外の力で飛んだことないのよ。だから飛ぶだけでワクワクよ!」


 内心なるほどと思いながら、左少し後方に機体が止まって滑走の準備をしている。もう一度エンジンや燃料、オイルやフラップの展開を確認して備える。前方の機体を注視していると右手が出された。これは離陸をする合図だ。

 右手が下がって間をおいて前方の機体が滑走をし始めた。続くようにブレーキを解除してスロットルを徐々に上げる。他の機体との距離を常に気にしながら操縦桿を少しづつ引いて機体を浮かし始める。前方機体のタイヤが完全に滑走路から離れ、自機の速度も気にしながら完全に浮かせた。


 「──ふふ、この地面から離れる感覚……凄い不思議な感じ。」


 シラハさんは楽しまれていて何より。離陸後は左旋回をして事前に上がっていた編隊に合流する。速度を調節して機体との距離を意識し、残りの機体の合流を待つ。

 第3飛行隊の全機が編隊に合流し、隊形を整える。3つの飛行隊が集まるのなんて初めてだ。上空から見たら壮観なことだろう。そして高度を徐々に上げ始め、訓練の開始が近づいていることが伝わって緊張感が増す。数百m程高度を上げたところで上昇から水平飛行に移った。いよいよ始まる

 


 


 


 


 


 

 


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