第4話 飛行大隊としての訓練
ニーボードと景色を見比べ、開始地点がすぐそこであることが分かる。3つの飛行隊による編隊飛行、この規模になるとハンドサインは中継をしなければ末端まで指示が届かず、末端の機体は指示にすぐ反応しなければならない。
ここで編隊の形について確認する。まず3機V字で小隊を組み、小隊長を先頭にして僚機が左右後方に位置する。飛行隊を4つの小隊に分けて、隊長は第1小隊長として第1小隊を、副隊長は第2小隊長として第2小隊を率いるというように第3小隊、第4小隊を組む。ヰツは第2小隊に属しており、小隊長の右手後方に2番機として位置している。そして飛行隊での編隊はデルタ編隊を組み、第1小隊を先頭に第2小隊が右翼、第3小隊が左翼、第4小隊は第1小隊の後ろに組む。そして今回は3つの飛行隊が組む36機の飛行大隊だ。大隊の隊形はV字編隊で第3飛行隊は左翼に展開する。今回は第1飛行隊の隊長が大隊長となっている。
3番機や他の機体に接触しないよう気を張りながら小隊長を見ていると、手を高く上げた。これは命令が来る合図で、次に手のひらを外側に向けて押し出すように動かした。これは編隊を広げる合図であり、本格的に動き出すことを意味する。
指示に従って機体を右に傾けて、高度を下げて間隔を取る。これで少し気が楽になったように思える。
「──シラハさん、他の機体とぶつかりそうになったら教えてください。この規模だと気をつけていても衝突が起きかねないので」
「ええ、分かったわ。にしても……壮観ね」
パイロットとしては俯瞰したように見る余裕がないが、後部座席からでもよく見えるのだろう。36機による編隊飛行なんて見たことがない。
小隊長の指示と地図、景色を行き来して次の行動の準備をしておく。そして予定地点で小隊長が頭の上で円を描き、左方向を指さした。つまり左へ旋回の指示である。この場合、2番機は遠回りになり、編隊を崩さないために出力を上げて追従しなければならない。そして大隊が左に旋回し始め、応じて出力を上げて他の機体とぶつからないようにバンクをする。そして水平飛行に戻り、次は右方向を指さした。右旋回では、内側にあたる2番機は速度を落として旋回しなければならない。そして他の機体とぶつからないように少し高度を落とすことも必要だ。大隊は徐々に右旋回をし始め、応じて出力を下げてゆく。少し機体を落として他の機体が通りやすいように道をあけておく。徐々に直進の動きになり始めたため、出力を戻して元の位置に戻る。この編隊の運動を何度か行う
次の指示が来た。腕を右斜め後方に突きだしている。これはエシュロン隊形の指示だ。普段であれば3番機が2番機の右後方について一直線をなすが、今回は大隊規模である。全ての機体が並び直すと距離が凄まじくなるため、今回は飛行隊単位で並び直す。つまり第3飛行隊は右後方に移動して第2飛行隊の右後方につく。そして今回はステップアップをすることが決められている。これは機体同士の高度を変化させ、ステップダウンであれば先頭が一番高く、ステップアップであれば最後方が最も高い。ちなみに編隊を広げる指示の時には軽くステップダウンを行なっていた。
小隊長の動きを観察し、移動に備える。少しづつ右に移動し、スロットルを調節し、編隊を維持したまま第2飛行隊の後ろ上方に移動する。今回は飛行隊同士と小隊内がステップアップを行うため、同じ飛行隊内ては小隊長同士、2番機同士、3番機同士が同じ高度となる。小隊長に追従して高度を上げ、小隊長より上に位置を安定させる。
そこまで余裕はないが、この規模でステップアップなんて機会は殆どないため視野を広げてみる。
「「──わぁお」」
規則的に並び、綻びが見られない美しい編隊だ。シラハさんも同じような感想を持ったことだろう。さすが皆傭兵をやっていただけあって落ち着いているし、独特の柔軟性を持っている。この規模は経験したことは無くても、今までの様々な経験が活きるのだ。
大隊長がいそうな場所を見ると、左右に小さく機体を振った。それが伝播して隊長格の機体が左右に機体を振っている。それが第2小隊にも来ることを確認し、一連の流れに面白さを感じた。そして大隊長はピッチングの動きを行い、それが伝わる。この動きはトレイル隊形への移行を意味する。トレイル隊形は単純で、直線1列に並ぶ隊形だ。トレイルではステップダウンを行うことになっている。
第1飛行隊は高度を上げ始め、第2飛行隊が第1飛行隊の後ろに動き出し、合わせて第3飛行隊も移動し始める。今回も機体が多いので飛行隊単位だけでトレイル隊形移行を行い、飛行隊内ではデルタ隊形を維持。高度を下げて1列に並んだところで、より小隊長より高度を下げる。色々変則な部分もあるので、気を抜いているとすぐに間違えそうだ。ここでニーボードを確認し、次の内容を確認する。そして
「シラハさん、ちゃんと奥歯を噛み締めておいたほうが良いかもですよ……じゃないと強めに舌を噛むかもです」
「あら?そんな強い力がかかるのね。気をつけておくわ」
飛行に慣れてきたのか、伝声管から微かに鼻歌が聞こえてくる気がする。こちらはぶつからないか、編隊を乱さないかどうかで気を張り続けている。その余裕を分けて欲しいものだ。
大隊が高度を上げ、少し旋回を挟んで経路を調整し、次の行動指示に備える。
──来た。小隊長が機体を小さく左右に振った。間をおいて、次は大きく左右に機体を振った。これは攻撃の合図だ。今回は低高度にバルーンが地面に固定された上体で設置されている。そのバルーンに向けて降下し、模擬的な攻撃を行う。前方を見ると、続々と降下しているのが見えて緊張感が上がる。角度や速度など頭の中で何度も確認し、操縦桿の機銃セーフティを解除してそのときに備える
第1飛行隊が降下しおわり、第2飛行隊が降下──そして第3飛行隊の番がやって来た。第1小隊が降下し、第2小隊も続けて降下し始める
「──舌を気をつけて!」
再度舌に注意を促し、緩降下に移る。始めは体が浮く感覚を覚え、降下に完全に移ると再び落ち着く。問題はここからだ。バルーンは3つ並んで配置してあり、我々は模擬弾を撃って機体を引き起こす。
この引き起こしに言葉にならない緊張感を持つも、ここまで来たらやるしかないと自分を落ち着かせて操縦桿をしっかりと握る。小隊長、バルーン、計器をせわしなく確認する……今!
トリガーを引いて模擬弾を撃つ。そして操縦桿を引いて機体の引き起こしに移る
「──ッ──ゥッ──」
強烈なGが体全体にかかり、機体もギチギチと限界が近いことを訴えてる。視界は段々と色を失い、狭まり始め、そして黒に染められてゆく────
「──ふぁっ……やっぱり苦手だ」
Gから開放され、そんな独り言が飛び出す。小隊長と編隊を確認し、そのまま離脱の動きを続ける
「大丈夫ですか?シラハさん?」
「──えぇ、大丈夫よ。舌もくっついてるわ……まさか、こんな体験をするなんて……驚きよ」
深呼吸をして落ち着かせているようだ。まぁあんなGを受けることなんて今まで無かったことだろう
全隊が終えたところで再集合を行う。飛行隊ごとに事前に集合場所を決めており、そこで各小隊と合流してデルタ隊形へ。そして飛行隊同士の集合だが、これは信号弾を用いることになっている。少し待機していると、我々の右後方に緑の信号弾が打ち上げられた。あそこに第1飛行隊がいるようだ
第1飛行隊、第2飛行隊と合流してV字編隊を組む。そして次が最後の内容だ。これは試験的なもので、魔法使い側に課された内容だ。人さし指同士で接続を表すハンドサインが出された
「シラハさん、開始の合図が来ました」
「──了解よ」
既に何か作業していたのか、こもった返事が聞こえた。この訓練は魔法使いを通じた無線連絡について──らしい。詳しいことは分からないし、原理も分かったもんじゃない。どうなれば成功なのやら
「ヰツさん……今から言う2つの言葉を覚えてて欲しいのだけれど。メモでもいいわ」
覚えきれる自信がないので、紐で縛られた鉛筆を持ち、ニーボードの紙を少しめくってメモ用紙を露出させる
「大丈夫です。言ってください」
「言うわよ。1つ目は─ヤナガトレ……2つ目は─ホシヲサセ……書けたかしら?復唱はいる?」
「書けましたよ。1つ目はヤナガトレ、2つ目はホシヲサセ、ですね?」
「えぇ、ちゃんと書けてる。帰ったらこの2つを訊かれると思うから、そのときに使って」
「?……なるほど?分かりました」
知らぬうちに終えたようで、何もなさすぎて、何も考えることもなく、編隊を維持することに注力する。そして小隊長が距離を寄せるよう指示が出され、訓練は本格的に終わりに向かう。第1飛行隊の小隊から段々と分離してゆき、3機V字のまま流れるように着陸している。そして我々の番になり、着陸に移る。編隊を維持し、小隊長の動きに合わせて着陸姿勢に移る。フラップを降ろし、出力を下げ、段々と降りる。そして同じタイミングでフレアをして3機ほぼ同時に接地して着陸した。
そのままタキシングを行い、先頭に小隊長、次に2番機、3番機として誘導路を進み、格納庫前に機体を止め、エンジンも切る。そして整備兵や先に降りて格納した人と協力してもらい、格納庫に押し込んで駐機させる。チョークを設置してひとまずの区切りを得る
シートベルトを外し、コックピット内をひと通り確認して機外へと出る
「──お疲れ様でしたシラハさん。」
飛行帽を頭から外しながら、後部座席へと向かう。
「あなたこそお疲れ様。あんまり分からないけれど、いい腕してるわね」
シラハさんもシートベルトを外してゴーグルをおでこ付近に置き、飛行帽の顎紐を外して耳当てを垂らしている
「おーいヰツ!これを書いてくれ」
隊長が紙が挟まれたボードを持って来た。急いで機体から降りてボードを受け取る。内容を見ると、先程の2つの言葉が必要なようだ。ニーボードの紙を少し確認して書き込む。正直、なぜこんなことをする必要があるのか未だに分からないのだが……
すぐに書き終わって隊長に返す。「はい、お疲れ~」と言い残して格納庫の外へと歩いていった。この後は今回の訓練飛行についての講評を行う予定だが、懐中時計を見るとまだ時間がある。
機体へと振り向くとシラハさんがちょうど降りたようだ。
「シラハさん達はこの後ってどうするんです?」
「一応後で集まって反省会よ……あなた達も?」
「そうです。もし良ければなんですけど、さっきのって何だったか訊いてもいいですか?ずっと気になってるんですよ」
「──えぇ、大丈夫よ。時間もあるし」
懐中時計を手にとって時間を確認した後、説明の流れへと移る。
「──たぶん、通信についての内容ってのは聞いているわよね?」
「そうですね。それについては聞いてます」
「で──飛行機の無線機はガサガサで全く役に立たないっていうのは、あなた達が一番実感してるわよね?」
頷いて肯定する。無線機が積んであっても外す人が多く、自分もその一人だ。
「その無線機を魔法で再現出来ないかっていう試みよ。原理としては、箱型の装置の中に結晶が入っているのだけれど、この結晶は魔法に共鳴して近くの同じ結晶に伝える性質があるのよ」
「ハエ〜」という間抜けな口の形を作りながら頷く。結晶すごい、魔法すごい、アイデアすごい、である。
「本番はここからよ。私達は魔法を流しつつ、共鳴に乗せて指向性と内容を持たせないといけないの。しかも飛行機ってずっと動いてるじゃない?その状態でピンポイントに結晶へぶつけないといけないし、同時に繋げちゃうと混線が起こったり、ノイズ処理をしたりとか、まぁ、色々考えないといけないの。 大変だけど、もし出来るようになれば幅が広がるわ」
「す、スゴイっすね。」
もし無線連絡が出来るようになれば、天気を知れる・航法の改良・夜間や悪天候での飛行・機体同士や陸との連携……いくらでも可能性が広がるだろう
「──で、2つの言葉について何だけど……あれは通信ができたかどうかの確認用よ。一つは地上から、もう一つは機体同士ね。なるべくズルが出来ないように、ってこの変な方法になったらしいわ」
「──なるほど」と噛み締めるように首を振る。説明の後は雑談を話し、互いに時間が近づいてきたところで、途中まで雑談しながら格納庫裏へ抜けてそれぞれの場所へと向かった
講評のために指定場所に向かうと天幕が立ててあり、椅子と黒板が設置されている。大抵はピストと呼ばれる指揮所付近で行う事が多いのだが、今回は人数も多いので別の場所に建てたようだ。そして人が集まって談笑している。
「もしかして、もうやってる?」
話し合ってる友人が見えたので、邪魔をして申し訳いことを思いながら話しかける。
「ん──まぁ、チョットだけ始まってるぞ」
「マジか」
見たところ全員が集まっている感じてもなく、隊長も居ないので、少しのフライングだろう。まず飛行隊で分かれて整理をしており、机を囲んでいる
第3飛行隊内での話し合いに耳を傾け、時々口を出しながら開始を待っていると、隊長が飛行機の模型を持ってやって来た。
「皆、そろそろ始めようか──」
∶
「──よし、ひとまず終いにしようか」
──徹底的な洗い出しを行った。この規模だと、指摘はほぼ全方位から出ることを覚悟しなければならない。あの時の動きはどうだった、あの時はもっと速く動くべきだった、もっと角度を付けるべきだった………次の訓練、そして来たる実戦に役立てるために、徹底的に──
「ヰツ、飯食いに行くか?」
時間は昼前だ。次の訓練は第4から第6飛行隊の飛行大隊の訓練が終わった後になっている。それまでは昼食なり昼寝なりの休憩だ。特段予定もなく、そこまで食欲があるわけでもない。だが軽い食事だけでも摂っておいたほうが良いだろう
「うん、昼食に行こう」
この日は食事が外に用意されており、片手間でも食べに来ることが用意になっている。比較的目立つ天幕が立てられ、それを目指して一直線に歩いて向かう。
天幕に着いたあたりで、ブゥーーンとエンジンと風切り音の混ざった低い音が響いてくる。格納庫のせいでよく見えなので滑走路端の方向を眺めていると、3機のV字編隊が空の規律を構築していくように、ピシャリと飛んでいくのが見えた。
「──よし、この弁当でお願いします」
机には多様な食事が用意されており、おにぎりに麺類、パン、弁当にお菓子と豊富だ。ちなみにお菓子が極端に減っているが、これは魔法使い達が貰っていった結果だそうだ……それはそれとして、なるべく軽めの弁当を選び、友人は弁当とおにぎりを頼んだ。
机に弁当を置き、椅子に座り込んで空を眺めながら食事をする。機体が等間隔で飛び立ち、空には雁行が組まれ続けている。
当然、ここに来るのは我々だけではない。同じ飛行隊仲間や名前も知らないパイロットも疎らに食事に来る。しばらくすると、ほぼ席が埋まり、隣に見知らぬ人が座る可能性が大きくなる。初対面に強い友人がいるのでそこまで気にならないが。
「──隣に座っても?」
「えぇ、大丈夫ですよ。」
聴いたことのある声、見覚えのある風貌だ。なぜなら、ちょうど終えた飛行大隊の大隊長を務め、今日様々な場所に顔を出していた人物だからだ。ただ非常に不思議なことに名前を知らない。飛行隊の独立が強く、他の隊については一部の人物の役割ぐらししか知らない
「──ん!第1飛行隊の?」
口に含んだ食べ物を飲み込んでから声をかけた。
「そうです。あなた方は──」
「2人とも第3飛行隊です。」
「ちなみに俺は『ヲミネ・ジロウ』、こっちはナガヤ・ヰツ」
「私は『ヰシデ・フヒト』で──」
「「「────え────」」」
その名前に反応したのはここの2人だけではない。この周囲にいた全員が目の前の男に反応した。
ヰシデ・フヒトという名前は全員が全員知っているような知名度ではない。歴史が好きな人物に訊くと知ってる人がいるぐらいだ。だが、パイロットの業界になるとガラリと変わる。現在使われている飛行方法・戦闘方法や機体自体の改善など、飛行機の躍進を支えた人物だ。
だが、これではない。十数年ほど前、2国間で戦争が起こった。そこで世界で初めて航空機が戦争に導入され、航空傭兵企業の前身が生まれた。片方の国は正規軍、もう片方の国は航空傭兵を雇って戦った。
結果は歴然だった。傭兵側は次々と新しい戦術を考案し、柔軟に取り入れ、次々と撃墜し、正規軍の機体を1機残らず破壊した──そして、その戦いにおいて重要な働きをした人物であり、国を勝たせた男として圧倒的な存在だ。この結果によって航空傭兵の需要が高まり、正規軍は最後の手段のような考えが広がった。
「──す。以後よろしく」
少し寂れた貫禄を感じさせる雰囲気を全身にまとい、背中を縮こませているような佇まいだ。あまり目立つことが好きではないように見える。失礼ながら、なぜこの人物が大隊長なんだろう?と考えていたが、これ以上ない説得力だ
「まさか……この任務で出会えるとは……」
「だな……こんなこともあるんだな」
ヰシデさん本人は慣れなのか、気にせずに食事をしている。ジロウと共に、できるだけ迷惑にならないような会話でヰシデさんから話を聴き出す。
空からは数十機分の風切り音が共鳴し、大きい壁を形成したような音が響いていた




