第43話:海域ごと買い占めた旦那様と、衛星をジャックした義弟(推し)
テロリストの掃討から数時間。エーゲ海の夜風は、戦いの熱を冷ますように心地よく吹き抜けていた。
だが、甲板に立つ湊さんの口から出た言葉は、ちっとも「静か」ではなかった。
「……湊さん、今、通信機でなんて言いました? 『この海域を買い占めろ』って聞こえたんですけど」
「……その通りだ。……神宮寺の妻に銃口を向けた報いだ。……この海域の全航路を向こう一週間封鎖し、俺と君、二人きりの『クリスタル・パレス』を海上に建造させる」
湊さんは、返り血一つない完璧なシャツ姿で、私の腰をぐいと引き寄せた。……供給。……夜の海を背景に、世界を意のままに操る「支配者の推し顔」の供給。
彼が指を鳴らすと、水平線の彼方から数千機のドローンが光り輝きながら集まり、海上に巨大な「光の城」を編み上げ始めた。
(……建設スピードが物理法則を無視してるぅぅ!!)
その時、客船の巨大モニターが突如ジャックされ、ノイズと共にKYLO様が映し出された。
……絶景。……宇宙(衛星)から通信してくる、銀河系最強の「義弟の推し顔」の供給。
「……兄さん、海を買い占めるなんて発想が古いよ。……僕はね、花音のために『新しい星』を登録しておいたんだ。……今、夜空で一番輝いているあの星の名前は、今日から『KANON』だよ」
(……星の命名権!? 宇宙規模で名売りされてるんですけどぉぉ!!)
「……KYLO、余計な真似を。……花音、あんな遠くの光など気にするな。……俺は今、この手の中にいる『太陽』を独占したいだけだ」
湊さんはモニターを消すと、逃げ場のない甲板の隅で私を閉じ込めた。
……天然。彼は「弟への対抗」をしているつもりだろうが、その瞳は、宇宙の星よりも、海上の城よりも、目の前の私を「食べ尽くしたい」という野性的な本能に満ちていた。
「……湊、さん……っ、……やりすぎ、ですよ……っ」
「……足りない。……世界中の富を君の足元に敷き詰めても、君が俺を呼ぶその声一回分にも満たないんだ。……今夜は、誰にも邪魔させない。……君の心も体も、俺の愛という名の重力で、永久に束縛してやる」
(……ひ、ひいいいっ! 溺愛のスケールが天体レベルになって、私の理性がブラックホールに吸い込まれちゃう!!)
神宮寺湊の「天然な傲慢さ」は、ついに「地球と宇宙」を自分のプロポーズの小道具に変えてしまった。
私の『推し活OLライフ』は、ついに『海を統べる王と、星を贈る王子に奪い合われ、一ミリの自由も許されない贅沢な監禁』という、全オタクが前世で宇宙の創生に立ち会ったとしても体験できない「神話級のハネムーン」へと突入したのだった。




