↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/73

4の2 テレビ局

朝


「どこに行ってたのよ!!」


朝練を終えて家に帰ると、色葉はリビングの椅子に座したまま腕を組んで凄んでいた。寝起きなのか、頭は寝癖が爆発し、どこかの世界の野菜人のように逆立っている。


「どこって…朝練ですよ?」


カイトがそう告げると、怒っていた色葉は目を丸くして朝食の支度をしていた母の静香に目を向ける。


「朝練…何よそれは!!」


朝から声も態度もでかい色葉の問いかけに、マールが前に出る。


「魔法少女のみんなと集まって毎朝走ってるんだよ!」


それを聞いた色葉は激しい怒りを露わにする。


「なによそれ!なんでそんな楽しそうな事に私を誘わないのよっ!!」


誘って欲しかったのか…そう考えていると、マールが脛を蹴飛ばして来る。


「いった!?」


見ればマールは翡翠色の瞳をジト目にしてカイトをにらんでいる。


「ほらー、やっぱり誘った方が良かったじゃん!」


そう、朝、出る前にマールは色葉も誘おうとしていたが、カイトが止めたのだ。


「いてて…彼女はこの後仕事があるんですよ?冒険者体質の訓練につき合わせたら支障がで…」


「そう、明日からはわたしも誘いなさいっ!」


食い気味に色葉が吠え、マールは大喜びである。


「なら明日からはイロハも一緒だね!!」


マールはとても嬉しそうに笑顔で応えた、彼女は来るものは拒まない。もっとも去る事も許されないのだが…。


「いいのですか?言っておきますがマールの朝練は死ぬほどきついですよ?」


近頃は茜と絵里香の神託の数字が爆発的に伸びたのもあり、徐々にだがペースが早くなりつつある。彼女達はすでにベルラートでも上澄みの冒険者達と肩を並べられる程度の実力に育っている。他のメンバーも順等に育ってきており、そんな中へ色葉を放りこんでついて来れるのか?という話でもあるが…カイトの心配をよそに、それを聞いた色葉は腕を組んだまま踏ん反った。


「大丈夫よっ!!心配いらないわっ!」


なんともフラグたっぷりなセリフを色葉は自信満々に放った、ならばカイトとしては何も言うことはない、明日の朝練で彼女がどんな顔になるのかのか、今から楽しみになった。


「ほら二人とも!今日は忙しいんでしょ?早くシャワー浴びてご飯食べちゃいなさい?」


色葉が教えたのだろうか?台所で朝食になる大量のトーストを大皿に山にしている母に言われてカイトは時計を見る。時刻は7時、色葉のマネージャーが迎えが来るまではまだ1時間はある。


「はーい!」


マールは、元気に手を挙げて返事をするとカイトの手を掴んできた。


「ん?」


唐突に掴まれたカイトは良く分からずに首を傾げてマールと見つめ合う。


「時間ないんでしょ?一緒にはいろ!?」


何を言ってるんだこの野生児は?…。


「ふふ、マールちゃん、そのバカの事はコッテリ洗ってやってちょうだい?」


気でも狂ったか!?


「はーい!」


母の指示という大義名分を得たマールは機械的な怪力で軽々とカイトを頭上へ持ち上げ、そのまま風呂場へ連れて行かれた。


いつもより早くシャワーを終えたカイトは外に母が用意してくれた服を身に付け、外行きの準備を手早く済ませると、母が用意した朝食を取るべく用意された席に座る。


「ママー!ふいてー!」


少しだけ遅れて、いつものようにマールが水浸しの裸のまま出てくる。


「こら!ちゃんと拭いてくるっていつも言ってるでしょっ!」


母は素早く裸で出てくるマールをシャワー室へ押し込むとバスタオルで拭く、何度も怒られ、このやり取りは朝のルーチンとなっている。母の言いつけは必ず守るマールがこれだけは従わないのは、ワザとなのだろう。


「ごはんー!ごはんー!!」


母に服を着付けてもらったマールはパタパタとやってくると、テーブルに置かれたトーストを手に取り、母の自家製いちごジャムをたっぷり塗りつけてから齧り付く思い切り齧り付く。


「こらっ、頂きますは?」


「むごごもご!」


「口にものが入ってる時は喋らない!!」


子供か!…いや、子供だったか。母は隣に座りながら、甲斐甲斐しくナプキンを手にマールの口についたパンクズを拭った。


「地味ね…」


ジャムたっぷりのトーストを齧りながら色葉はポツリと呟いた。


「ングッ…なにがー?」


母に言われた通りにしっかり飲み込んでから問いかける。すると色葉は手にしたトーストを一飲みにすると、ガタリと立ち上がる。


「最強のアタシの従者にしては装いが地味だっていってるのよ!」


いつものように腕を組んでふんぞりかえる。マールは不思議なものを見るように色葉を見つめながらも手は止めずにパンを取ってはジャムを塗りつけてからモグモグと咀嚼しながら首を傾げた。


「もういいわ!お母さん、マールの服を持って来て!ありったけ全部!!!」


いつの間にお前の母になったんだ…と思わず出かけた言葉をカイトは口に入れたパンと一緒に飲み込んだ。


「うふふ、はいはい、今、持って来るわね!」


特に突っ込む事はない母、むしろ娘が一人増えたとでも考えているのかもしれない。何故か嬉しそうに微笑みながらも二階へと向かった。


「い、いつの間に…こんなに?」


少しして、カイトは眼前の服の山に目を見開く。少し前まで数着の服しかなかった筈、いったいいつ買ったのか?母は両手いっぱいに抱えた大量の服を次々と持ってきてはリビングのソファの上に置いて山にしていった。


「マール、ちょっといい?」


母に呼ばれたマールは口いっぱいのトーストを咀嚼しながら顔を向ける。


「少し、じっとしててね」


母はマールの脇に手を入れ猫のように抱き上げた。普通なら嫌がりそうなマールだが、彼女は事、母の言いつけだけは守っている…というより母のする事に対して反発をする気がないようだ。母によって色葉の眼前に立たされた色葉はマールをマジマジと見つめている。


「ふむふむ…」


色葉は形のいい顎を手に触れてジッとしたままのマールを


「あんた、本当に悔しいくらい素材だけはいいわね…」


もしも彼女がアイドルを志していたなら、最強の自分でも危なかった…そう素直な感心を見せた色葉、その視線を一身に受けたマールだったが、直ぐにジッとしてはいられなくなる。


「ねーいろはー、もういいー?」


武器や防具以外で自らの装いには殆ど興味がない。今、こうして何もせずに立っているだけという状態はこの上なく退屈だったのだろう僅か数秒で身体が揺れだし、その手をテーブル上に山積みにされたトーストへと伸ばす。


「いたっ!」


色葉がその手を素早くたたいて止めていた。


「まだ!食べるのも禁止!口も拭く!」


色葉は母親のようにテーブルの布巾をとると、甲斐甲斐しくパンクズまみれのマールの口に押し付けるようにして拭う。


「うー…やめてよー…」


とても嫌そうに顔を背けるマール、ただ母の前だからか暴力に出るようなことはしない。


「よし、わかったわ!!」


そう言った色葉はマールが取ろうとしていたテーブルのトーストを手にとって押し付けるように渡すと、ソファを占領した服の山へと向かう、派手にバサバサと漁り、めぼしいものを反対のソファーへと投げる。


「マールちゃん?一旦食べるのやめれる?」


「う、うん…」


マールは嫌そうに顰めながらも、手にしていた齧りかけのトーストを自分の取り皿へ置いて戻ってくる。


「………」


待つ事数秒、自称最強のアイドルの目利きによってお出しされたのは白いワンピース姿のマールである。化粧は愚か、髪留めやアクセサリーまで無駄な装飾は一切ない、実にシンプルだがとても可愛いく仕上がっている。


「ママー、これじゃあ戦い辛いよー…」


ただ、マールは丈の長いスカートを掴んでは鬱陶しそうに揺らしている。


「そうやって直ぐに戦おうとしないの!似合ってるわよね?カイト」


「ええ!とても似合っていますよ?」


にこやかに返してみると、マールは面白いほどに動揺している。


「…そ…そう…そうなんだっ」


マールは静かなまま恥じらいを見せ、可愛らしい仕草でもみあげに触れていじいじしている。


「うん!これなら及第点ねっ!」


やり切った色葉は満足気に腕を組んで踏ん反り返っていた。


「それで……そろそろ大浦さんが迎えに来るんでしたか?」


カイトの問いかけに、色葉は頷く。


「ええ、そうよ!!けど遅いわね?いつもなら5分前に来るはずだけれど…」


そう言いながら色葉はリビングの壁掛け時計に目をやる、待ち合わせは8時、すでに時刻は8時になろうとしていた。すると窓の外、とても大きなワゴン車がのろのろとやって来た。


「来たわ、行きましょう?」


色葉は小さなポーチを手に玄関へ向かう。


「僕もー!」


マールは行こうとするが、母が行手を塞ぐ。


「マール、門限は覚えてる?」


「じゅうはちじっ!!」


「遅れそうになった時は?」


「ママかパパにでんわする!」


「よろしい!!」


母はマールの子供携帯を首から下げてやる。


「行ってきます!!」


微笑ましいやり取りを終え、元気に走って玄関へ向かう娘の背中を見送った母は、ギロリとカイトに殺意混じりの視線を向けてくる。


「マールを深夜まで連れ歩かないように!!2回目は許さないからねっ!」


「は…はいっ…」


余りの覇気にこれだけで気を失いそうです。カイトは渋々頷くと早足で外へ出た。すると玄関から出て直ぐそばにマールは待っていた、何やら困っている。


「遅い!!大浦!!5分前行動っていつも言ってるわよね!」


ギャンギャンと良く通る声で怒鳴りつける色葉と、そんな色葉にペコペコと頭を下げている。


「す、すみません!早過ぎると迷惑になるかなって思いまして…」


男は力士を思わせる程に縦にも横にも大きく、よく肥えていた。上はパツパツにはったシャツ一枚に見窄らしい上衣、もちろん下のジーパンもパッツパツになっている。色葉に怒鳴られながらも、絶え間なく流れ続ける汗を手に持つタオルで拭いとる。


「全く…」


不意に、色葉は大浦がちらちらと後ろを見ている事に気がつき、色葉はため息混じりに振り返るといつものようにふんぞり変える。


「二人とも紹介するわ!こいつは大浦!あたしが認めた最強のマネージャーよ!」


縦にも横にも大きな見た目は確かに最強である、紹介された大浦は穏やかに微笑んだ。


「大浦勝といいます、よろしく!」


「はい、わたしはカイトです!」


「君がカイト君!?こんなに小さいのにしっかりしてるね!」


それは25才だからな…とは言わず、大浦はカイトの容姿の幼さに目を丸くしていた。


「ふおおあ!?」


しかし、唐突、そんな大浦が悲鳴を上げた。


「見てカイト!!ぷにぷにー!!」


何事かと思ってみれば、マールである。彼女はキラキラと瞳を輝かせながら大浦の腹を揉みしだいていた。


「こ、こらマール!失礼ですよっ!」


カイトは慌ててマールを掴んで大浦から引き剥がす。


「やーだ!もっとさわりたいー!」


子供か!いや、子供だったわ…年相応の駄々を捏ねたマールは手を振り払い、勢いよく大浦へ襲いかかった。


「ひいいー!!」


マールは自分よりも何倍も大きな大浦の腹に抱きつくと顔を埋めて感触楽しみ始めた。その様相はさながら水牛を仕留める雌ライオンの構図である…。


「や!やめてー!汗臭いからー!!」


乙女のようなことを叫びながら必死に暴れてマールを引き剥がそうとするが、大浦の力でマールを引き剥がすことなど出来るわけもない。ふくよかな大浦の感触を散々楽しんだマールはパッと離れ、満面の笑みで大浦を見上げて手を差し出す。


「ボク、マール!」


「よ、よろしくマールちゃん…」


マールによって弄ばれた大浦は疲れた様子で彼女の小さな手を取ると、マールは元気にブンブン振った。


「よく、そんな汗臭い奴に抱きつけるわね…」


そんなやりとりを見ていた色葉が不機嫌そうに告げると、大浦は絶句している。


「んー?臭くないよっ?」


ただマールは明確に否定を口にした。


「これは頑張ってるヒトの臭い!だから、ボクは臭いだなんて思わないねっ」


そう言ってマールは色葉に見せつけるように大浦に腹に頬擦りして見せる。


「ま、マールちゃん…」


大浦は感動する。生まれてから今まで、マールのような可愛い子にここまで好意的に迫られた事なんて無かったからだ。


「………」


成る程、こうやってギルドの冒険者達を次々勘違いさせていったのか…。その様子を見ていたカイトは切実にマールに異性との接し方を教えるべきか考えるのだった。


「はっ!!!」


我にかえった大浦は、握り拳を作って自らの頬を殴りつけ邪な感情を頭から弾き出すと、腹にしがみついたマールの肩に触れて引き剥がそうとする。


「むにゃ…」


大浦の温もりで既に天使のような寝顔を見せるマールに再び理性が飛びかけるも、唇を噛み潰す事で、なんとか踏み止まる。


「良かった…危うく新たな扉が開くところでした…」


口の端から溢れた血を拭う。


「えっと……警察行く?」


「酷いっ!」


「あはは、冗談よ」


色葉はからかいながらもスマホの時計を見て目を見開く。


「不味い!遅刻するわ!ほら大浦いつまでマールを抱きしめてるの!!」 


怒りを露わにした色葉は大浦にくっついたマールの首根っこを掴んで一息に引き剥がし、カイトへ押し付ける。


「うわっ!」


おしつけられたマールに既に意識は無い、カイトはその小さい身体を支える。不思議とずっしりとした


「ぼさっとしてないでさっさと乗りなさい!?出発するわよっ!」


色葉にせかされたカイトはマールを抱き上げ、車へ乗り込んだ。


「さ!?寒っ!!?」


車内は冷房によってキンキンに冷やされており、まるで冷蔵庫のようだった。


「そんなに寒いかしら…ねえ?」


助手席に腰掛けた色葉はガンガンに効いた冷房を浴びながらも顔色ひとつ変えずにポーチから取り出した化粧品を広げつつ運転席の大浦へ目配せする。大浦も涼しそうに顔をしていた。


「はい、適温かと」


大浦的には適温だったらしい、カイトはその間にもしがみついて眠るマールを窓際の座席へ座らせてシートベルトをつけてあげた。


「さ…さむっ…」


眠っていたマールはあまりの寒さに目を覚ますと身体を抱え込み素肌を摩る。


「では、出発しますねー」


そんな二人の着席をバッグミラーで確認した大浦はアクセルを少しずつ踏み込んだ。


「ねー、イロハー!」


発進して暫くは窓の外を眺めていたマールだったが、寒い車内で眠ることも出来ず、マールは肌をさすりながら問いかけた。


「んー?何よ?冷房なら止めないわよ?」


図星だったのかマールは唇を尖らせる、一方の色葉は寒い車内で色葉はダストボックスや車の溝をうまく使って並べた化粧品を決められた順番でつかい顔を作りながらバックミラーに目を向ける。


「へっくち!」


マールが唐突に可愛らしいくしゃみをして肌をさする。


「だ、大丈夫ですか?」


カイトはレッグポーチからティッシュを取り出して鼻に当ててやると、マールはチーンと鼻を噛む。


「えへへ…ごめん、寒くてさ…」


考えてみれば彼女の生まれ育ったベルラートには四季がない、だから暑くも寒くも無く常に過ごしやすい平温がずっと続くなである。鉄の国や砂の国も夜は寒い地域にはなるはずではあるが…冷房のような直接的な寒さにはなれていないのだろう。実際、マールは身体を震わせていている。


「仕方ないですね…」


見ていられない、カイトはマールのシートベルトを外し、キョトンとして見ていたマールを抱き寄せる。


「な!?なにしてんの?!」


流石のマールでも声を荒げた、人前でも平気で裸になり、大浦にも好意的に抱きついていた奴が身を寄せたら恥ずかしいのか…?疑問に思うカイトの身体をマールは押し除けようとする。


「知らないのです?寒い地域の動物はこうして身を寄せるのですよ?」


「そ、そうなの?…そう、なんだ…」


そう、と間を開けたマールは納得したのか抵抗をやめるなり逆に身を寄せて来た。マールの温もりを直に感じられたのは良かったが、こうも素直に応じられるとむしろこちらが恥ずかしくなってきた。


「そうです!」


恥ずかし紛れにカイトは背負っていたリュックサックを手に取り、前へ持って来て中に手を入れると、いつものインカムとタブレットを取り出した。


「本田さんから借りたんです!必要ないとは思いますがつけておいて…」


そう隣を見ると、マールは露骨に嫌そうな顔でインカムを見つめていた。


「マール…そろそろ許してあげませんか?」


少し前まではマールが似たようなことをカイトに言っていた気がするが…因果なものである。ただ問われたマールは気まずそうに目を逸らしている…雪解けはまだ遠そうだ。


「ちょっとカイト?なによ…それ?」


話の途中でメイクに勤しんでいたはずの色葉がインカムをまじまじと見つめていた。その瞳には好奇の光が宿っている。


「えっ…ええと…これは魔法少女隊が作戦遂行中に使う通信装備です、ここにカメラがついていてぇ」


「何それ!!?かっこいいじゃない、映画のエージェントみたいだわ!?」


唐突に身を乗り出してインカムを食い入る様に見ている、彼女のいう映画で登場するような数字で名を呼び合うスパイ達でも、こんな高性能なインカムはつけてはいないだろうが…と心の中で考えていると手にしたインカムを掻っ攫われる。


「ふふん!どうカイト?ボクもエージェントっぽい!?」


掻っ攫ったのは当然マール、さっきまで身につけることを躊躇っていたマールはどこに行ったのか?思えば色葉の言っていた数字で呼び合うスパイ達が活躍する映画はマールも父と一緒に興奮しながら見ていた事を思い出す。マールはインカムを身につけると、色葉に見せつける様に胸を張る。


「は、ははは…」


もっとも…残念なことにこのインカムはマールの容姿にはびっくりする程にあってはいないのだが、敢えてそこは言わない事にしよう。


「くうう!カイト!今直ぐあたしにもそれをよこしなさい!」


色葉は予想外の反応で悔しがり、本気で欲しそうにしている。


「へーん!これは僕のだよーっ!」


子供か!子供だったわ…。いや、マールのものではないのだが…マールに見せびらかされた色葉は悔しそうにゴリゴリと音を立てて歯軋りしている。


「はあ…」


カイトはため息混じりにリュックサックからマールのものと同型のインカムを取り出すと、色葉の顔がパッと明るくなる。


「大事にするわ!!」


すごい速度でインカムは奪われた。別にあげたわけではないのだが…色葉は年相応な反応で上機嫌にインカムを身につけると、手鏡に映る自分を見ている。さすが最強のアイドルを自称しているだけあってその仕草はとても様になっている。


「いたっ!」


思わず見惚れていたカイトの足を踏みつけられ、みればマールが不機嫌そうに睨んでいる。


「ねー…あれって、カイトのじゃないのー?」


不貞腐れたマールは、わかりやすくやきもちを焼いて唇を尖らせている。


「え…ええ、わたしにはタブレットがありますので…二人にはここから指示を出せますから大丈夫です」


元々、色葉にはインカムをつけてもらおうと考えていた。だから自分からインカムをつけてくれるのは願ってもない出来事だったのだ。そう、カイトはほくそ笑みつつも、タブレットに取り付けた骨振動イヤホンを繋いで耳の後ろへ取り付ける。


「ふうん……」


腹の虫が治らないマールは再びカイトの足を蹴飛ばしてから静かに背もたれへ体重を預けると目を伏せた。


「……?」


普段のマールならもう4、5発は殴りつけてきそうな気もするが…。


「……マール?」


「……」


どこか上の空なマールはパチリと静かに翡翠色の瞳を瞬かせると、ゆっくりとこちらに目線を向けてくる。


「なにか、体調に変化はありませんか?身体が重いとか、関節が痛いとか…」


不思議とマールの体調が悪そうに見えた。


「ん?んー…そんなもんあるわけないじゃん?」


マールはにへらと笑ってから目を伏せた。念の為、カイトはマールの顔色を確認する。やや赤みがある気がするが冷房の効いた車内のせいだろう、そもそもゼノリコがいうには冒険者体質は病気にはならないと言っていた、陸兎もその説を科学的に保管してくれていた。彼がいうには冒険者体質の人間にはダチョウなど比べものにならない程に高い免疫力を持っており、さらに高濃度の核放射能にさえ影響されないのだという。


「すみません、気のせいでした」


そういうとマールは口元を笑わせる。


「しんぱいしょーだなぁ!だいじょーぶだってー!」


「なら…いいのですが…」


確かに考えすぎだろう…カイトはそう安堵しながらも手にしたタブレットの電源をつけスケジュールアプリを起動する。マールは一瞬だけ興味深そうに画面を覗き込むが、昨晩大浦から共有された今日のスケジュールが表示されるなり直ぐに興味を失って背もたれへ倒れた。


「今日はこれからテレビ夕日で朝のニュース番組へゲスト出演、昼食後は別スタジオにてレギュラー番組の収録ですか…」


レギュラー番組の一ヶ月分の収録を行う為、13時からは休憩を挟みつつも21時まで拘束されることとなる。


「まあ、ボディガードだなんて言っても収録中に襲われることなんてないだろうし…撮影が始まったらあんた達は好きにしてていいわよ?」


色葉はファンデーションで顔を仕上げながらつげる。願ってもない提案だった。


「良いんですか?」


カイトの問いかけに、色葉は頷く。


「楽屋で待っていたって退屈でしょ?良いわよ、それで」


色葉はチークを塗りながらもバックミラー越しにマールをみており、カイトは察する。成る程、マールを気遣っての提案か。とうのマールは既に眠っていた。


「マール、寝ないでください、起きてください」


カイトは起こそうと肩を揺すると、マールは薄らと目を開ける。


「なあに?もうついた?」


大きな瞳が薄らと開く。


「いえ、まだですねいたい!」


何故か殴られた。


「ついたらおこしてよー」


不機嫌になってしまったらしい、寝返りを打つと再び静かな寝息を立て始めた。


「全く…ではマール抜きで…」


こうして、マール抜きでテレビ局内での動きをある程度詰めたカイト達は、目的地であるテレビ夕日の出演者窓口である地下駐車場へと辿り着いた。関係者以外立ち入り禁止の文字が踊る地下駐車場に入り、複数のガードマンによる検問をいくつも抜けて車は止まる。


「すごい!!すっごい!?」


車の中でしっかり眠って元気をフル充電したマールは、車が止まるなり外へ飛び出して目に映るあらゆるものに興味を示した、何を見てもすごい!なにあれ!?と興味に瞳を輝かせてはカイトに聞いてくる。


「カイト!ここすっごいね!いろんなものがあってすっごく楽しい!!」


「当然でしょ?なんたってここはテレビ局なのだから!」


何故か色葉が腕を組んだまま自慢げに答えた。


「テレビ局!すごい!!」


子供か!…いや、二人とも子供だったわ。語彙力の足りない二人の会話を聞きながらも、カイト達はテレビ局の廊下をひた歩く。道中には様々な番組のポスターや看板が装飾されており、その中にはマールが好きなアニメやドラマのものもあり、マールは見るもの全てに目を輝かせて歓喜の声をあげる。道ゆくスタッフや社員達はそんなマールに視線を投げかけているが、マールは気にせずにはしゃいでいた。


「楽しいね!カイト!」


うん、良かったね。満面の笑みで瞳を輝かせながらはしゃぐマールを咎める事などカイトには出来なかった。


「あ、色葉さん!おはようございます!」


はしゃぐマールをよそに、道中、あらゆる人々が色葉を見るなり挨拶をする。番組のスタッフ、従業員、清掃員や別事務所の芸能人など多岐にわたるがその誰もがにこやかである。


「ええ!おはようございます!」


色葉は誰にでも気さくに挨拶を返し、他愛のない会話を交わし、誰にでもわけ隔たりはない。何故か腕は組んだままだが…。


「おや、おはよういろはちゃん!相変わらず早いね!」


しばらく歩いた先、今日の収録が行われるスタジオの前へと辿り着くと、分厚い防音扉の前に髭面にアロハシャツと言った実にラフな格好をした男に声をかけられた。


「おはようございます!岡山さん!」


色葉はフンと鼻息荒く腕を組みつつも、挨拶を返した。岡山とよばれた男は、そんな色葉に苦笑しつつもこちらに目を向けた。


「誰だい?その子達」


「安心して、おじいちゃんがあたしのように拾ってきた養子とかじゃないわよ!」


色葉なりの場を和ませるジョークなのだろうが…岡山はやりづらそうに苦笑しながらも目を逸らして口を紡ぐ。


「二人とも紹介するわ?この局で最強のプロデューサーの岡山さんよ!!」


色葉に最強と呼ばれた岡山は照れ臭そうに笑った。


「最強の岡山です、よろしくね、二人とも」


穏やかな笑顔で握手を求められ、カイトが手をとると凄まじい汗臭さが鼻をつき、思わず離れそうになる。


「か、カイトです、となりはマールといいます」


「カイトくんに、マールちゃんね!!」

 

岡山はマールにも握手を求め、マールは不思議そうに目を丸くしながら手を取り見上げる。


「ぷ…ぷろろさー?」


鼻の効くマールは嫌がるかもとも思ったが、特に気にしてはいなさそうだ。


「プロデューサー、現場を仕切る人…えーと、カシさんみたいな立場です」


カシ、花の国の武士集を仕切る指揮官にしてシイナの右腕、武力の象徴とも言える存在である。


「カシ!?すげー人じゃん!?」


厳密には違うが、マールにはそう伝えた方がいいだろう、岡山が凄い人だと知ったマールは、キラキラとした尊敬の眼差しを岡山へ向けた。


「よろしくおねがいます!」


しますな、そんなマールをみていた岡山は、不意に顎に手をあて難しい顔をする。


「君、すごい可愛いね…アイドルとか興味ない?」


唐突な勧誘、テレビ局のベテランから見てもやはりマールは一定以上の可愛さがあるらしい。


「……あい…なにそれ?」


「岡山さん!あたしのボディガードを勧誘しないでくれる!?」


色葉がマールを引っ張り背に隠しながら前に出る。


「はは!手強いなあ!…色葉ちゃんは!待って?ボディガード??」


ボディガードと呼ばれた二人を岡山はまじまじと見つめて目を丸くしている。


「…この、子供達が?…」


岡山から見れば二人はどう見ても子供なのだ、岡山は信じられないものを見るようにカイトとマールを交互に観ていた。


「そうよ!なんたって魔法少女なんだから!!」


魔法少女の言葉に岡山の目の色が変わる。


「魔法少女って…この間の災害の時に活躍した?…」


岡山は改めてマールに目を向けると、マールはその好奇な視線が嫌なのか色葉の背中に隠れてしまう。


「そうよ!!おじいちゃんにお願いして付けてもらったの!」


色葉は自慢げに腕を組んだままふんぞり返る。


「凄いね…うーむ…」


岡山はやり手のプロデューサーなのだろう、マールを見つめながらも何かを考えているようだ。


「岡山さん、今日はよろしく頼むわね!!」


その声に我に返った岡山はハッとしてから腕時計を観る。


「こちらこそ!本番は15分後だ、今日もきっつい色葉節を期待してるよ?」


「ええ!任せなさいっ!」


色葉は鼻息荒く岡山とハイタッチして別れ、そのままさらに廊下をひた歩き、その少し先に小金井色葉様と名前の書かれた紙が貼られた扉が視界にはいると、色葉は足を止める事なく真っ直ぐにその扉に手を触れるなり勢いよく開け放ち中へ入る。


「うわー!!?なにこのお部屋!!面白い!」


続いて入ったマールは初めて入る楽屋の内装を見渡して感激を言葉にした。


「ここは楽屋って言って、演者さん達が休んだりメイクしたりする場所なんだよ?」


大浦に教わったマールはキラキラと目を輝かせる。


「がくや!!!」


言葉を覚えたての子供のような反応で復唱してから部屋中を駆け回る。


「なにこれ!?干し草!?」


高い位置に敷かれた畳をバシバシ叩いて感触を楽しみ、靴を雑に脱ぎ捨てて上がるとごろりと寝転がった。


「ほら、埃が立つからあばれないで」


そんな興奮するマールをやんわりと注意しつつも、さっさとポーチを大浦へ投げる。


「行ってくるわ!あとよろしくね!」


「了解です!」


踵を返した色葉は、速やかに楽屋から出て行った。大浦は色葉から託された化粧品がたくさん入ったポーチをガラス張りのカウンターテーブルへ置くと中の化粧品を並べていく。


「ふたりとも少しまってて?色葉さん用の準備をしてから見学パスをもらってくるから」


「はーい!」


大浦はそう言って慌ただしく外へ出て行った。


「うわー!」


マールはたのしげに畳の上で転がってはしゃぎ、すぐに静かになる。寒かった車内から解放されて畳の上に寝転がった事で眠くなったようだ。


「かいとー…こっちきて…」


寝転がったマールは微睡みながらもトントンと叩く、畳の香りに満たされたマールは一眠りしたいようだ。カイトも靴を脱ぎマールが叩いたところに座ると、マールはカイトの手を取り、静かに目を閉じる。


「あれ、マールちゃん、また寝ちゃった?」


暫くして、大浦が帰って来た。彼はその手に大きな銀の皿を抱えており、皿の上にはたくさんのおにぎりやサンドイッチといったいわゆるケータリングと呼ばれる物がのっている。


「ごはん!?」


食べ物の匂いを嗅いで熟睡していたマールが目を覚まして飛び起きる。


「…ああ、これ?」


大浦は銀の皿に載せられたケータリングを見て問いかけると、マールは激しく頷いた。


「ケータリングと言います、役者さん達がメイクや衣装変えの合間に片手間に食べられるものなんです」


カイトが伝えると、マールは興味深々で大浦にくっついた。


「はは、少し待ってね?先に色葉さんのを並べちゃうから」


おにぎりやサンドイッチを欲しがっているのを察した大浦は、紙皿におにぎりやサンドイッチを二つずつとり分けて色葉の席に置く、同時に水のペットボトルを二つと何も入っていない紙コップを二つ、順番に並べてから新たな紙皿に別のサンドイッチを取り分けてから出入り口の側に置く。


「ねーマサル!それなんの置き方なの?」


「ふふ…見てればわかるよ」


大浦はそう得意気に笑うと、腕時計に目をやり楽屋に備え付けられたテレビモニターをつける、楽屋のモニターは現在撮影中のスタジオの映像が映し出されるようになっており出演番組の場面を見る事ができる。


「あ!この番組知ってるー!」


朝、暇なときに母と見ているニュース番組である。色葉はコメンテーター席に解説の学者達と共に座っていた。


『小金井総理がこの時期に米国との首脳会談をするのはどういった意図があるのでしょう?色葉さん』


『おじいちゃんももう歳ですからねぇ…引退前に後進に引き継ぎがしたいんじゃないかなって思いますね』


慣れた様子でコメンテーターのフリをズバズバ斬り込んでいる。


「政治系の話題なんて批判を呼び込みそうなものですが…」


モニター越しに色葉を観ながら感想を呟くと、大浦も苦笑する。


「実際、出ると批判が凄いんだよ?殺害予告だって来るんだ!でも色葉さんはそれすら良しとしてるんだ…憎まれるのも大事だってね?」


賛否両論があるということは注目を集めているということ、それを己が力に出来るからこそ最強のアイドルなのだろう。


『それは、解散が近くにあるということですか?』


『さあ…今年のうちはやらないと思うけど…なんにせよ、野党は攻めどきかもしれないわね?』


勝ち誇るように呟く色葉は、言い終えてから口を濯ぐために手間のお茶を手にしたところでカメラがコメンテーターの男性へと切り替わる。


『ありがとうございます、ではここで今日の天気を…』


「5分休憩だね、見ていてご覧?」


大浦はそう言って立ち上がると楽屋入り口を開ける、同時に色葉が中へ飛び込んでくる。


「スタジオ暑すぎ、汗かいちゃったわ!」


別に取り分けたサンドイッチを手に取りながら口に詰め込み、化粧品が並べられた場所へ座ると、水を手に取ると少量を口に含んで濯ぎ紙コップに捨て、顔を濡れたタオルで拭い、軽くファンデを叩いてあっという間に化粧を直すと、おにぎりを手に取り口に運ぶ。


「はい、直ぐに温度を下げるよう伝えてきます」


「お願い!」


色葉のお願いを受け、大浦は外へ出て行った。


「やれやれねー」


そう言って色葉もサンドイッチを二つ手に取り口に放り込むと、水で一気に流し込み、素早く現場へと戻っていく…この間3分。


「カイト…イロハってもしかしたらめっちゃすごい人?!」


この一連の流れを見たマールはただ楽しそうにおにぎりを口に入れている。


「あ!それ食べて良かったの!?」


「んぐ?美味しいよ?」


味は聞いてねえよ、そこへ大浦が帰って来てもぐもぐしているマールを見て苦笑した。


「銀の皿の上のやつだったら大丈夫ですよ?」


「ありがとうマサル!!」


了承を得たマールは、カウンターテーブルの上に置かれた銀の大皿を抱えて畳の上に置かれたチャブ台の上にもってくると、おにぎりやサンドイッチをバクバクと凄い勢いで食べ始めた。


「おいひー!!」


朝食はしっかり食べたはずだが…とても幸せそうな顔で食べているのでよしとしよう。カイトは水を頂戴して一口含み、乾いた口を濯ぐ。


「カイト!!このけーたりんぐ??ってやつ!ボク達の家にもおこうよ!シイロに作ってもらってさ!」


悪く無い発想だ。


「発想としては悪くないですが、保存料が有りませんからね…」


「塩握りでいいじゃん!ママの好きだよ?ボク」


確かに、花の国との外交の結果、今のベルラートには米はある。塩おにぎりならば保存も効くだろう。


「いや…炒ったクコの実ならあるいは?」


クコの実、たった一粒で冒険者一日分のエネルギーを得る代わりに死ぬほど苦い豆である。そのあまりの苦さにマールでさえ、避けて通る(尚、カイトは結構好き)


「ウゲ!あんなのいらないよ!?」


クコの実はクランの面々にも概ね不評だった、あのシイロを持ってしてもあまりの苦さに悶絶する程で、それは転生者であるシホやトモヤ、ユズも同様だった。ゼノリコに至っては毒を盛ったのか?と怒り心頭となり、危うく処刑されかけた。


「そっか、そろそろお昼だったね!…はい!二人とも」


大浦が持って来たのはテレビ局内のどこにでも行けるフリーパス証である。


「無くさないようにね?」


大浦は丁寧にマールの首からぶら下げ、カイトにも同じように首からぶら下げた。


「マサル!これなあに?」


マールはフリーパス証を物珍しそうに見つめている。


「それがあれば局内のどこにでも入って行けて、好きなだけ施設を見学が出来るんです!撮影も見れるよ?」


「おー…お?」


思わず首を傾げた。


「今、この局内には様々な収録が行われているんだ!見てご覧?」


大浦はモニターのチャンネルを切り替えると、時代劇や料理番組、ドラマの撮影風景など切り替わり色葉のいるニュース番組へと戻される。


「…よくわかんない!」


だと思ったよ!


「はい、これがあれば、この建物のどこにでもいけるって事です」


「なるほど!!」


マールはポンと手を叩くが、多分理解はしてないだろう。


「カイト君、13時に収録が終わるから5分前には返ってきてね?」


「わかりました」


カイトはスマホにタイマーを設定すると、マールの手を取った。


「行きましょうマール」


「うん!」


降ってわいた第二回の都会デート、テレビ局編…マールを楽屋から連れ出したカイトは一先ずは色葉のスタジオへ行く、大きな防音扉の前にはガードマンはいたがカイトとマールの首から下げた許可証を見るなり快く通してくれた。


「マール、撮影中の現場では声を出してはいけませんよ?」


「わ、わかった…」


防音扉の先からなんとも言えない緊迫した空気を前に、マールは真剣な面持ちで頷いた。


【いろはいた!】


静かに気配を立てないようにセットの前へやって来るなりマールの手の熱から声が響く。セットの中ではコメンテーターがニュースを読み上げつつ色葉と共演者達が様々な仕草で聴いている構図。色葉はカメラから目を逸らすとこちらに手を振った。素晴らしい視野の広さである。


「二人とも、収録の現場は初めてかい?」


いつのまにか背後に岡山がいた。マールは振り返ると満面の笑みを見せた。


「このビリビリする空気、最前線で亜人の大群と向き合ってる時みたい…」


戦場の空気と収録の空気が似ているかは議論の余地はあるが…。


「亜人?最前線?…なんだいそれ?」


岡山は興味深そうに問いかける、彼もマスコミの人間、魔法少女の発言は気になるのかもしれない。


「あ…えっ、と」


「我々、魔法少女隊の本来の任務は亜人と呼ばれる人類の脅威を駆除する事です…彼女はその最前線で誰よりも多くの亜人と戦い続けているのです。その戦の空気とここの空気が似ているようですね」


「そ、それは……凄い話だね」


顔を見ればわかる、子供の戯言だとでも思われているのだろう。しかし今は、それでいい。


【ありがとう、カイト】


気まずそうにマールの手が触れると、体温と共に言葉が頭に流れてくる。


「そうだマール、隣のスタジオで殺陣シーンの通し稽古をやっているみたいですよ?」


「たて?」


「そう、たて、戦う演技です」


「たたかうえんぎ!?」


テンションと共に声を荒げるマールに指を立てて見せると、マールは口を抑えて気まずそうにする。


「では、行きましょう!」


カイトはマールの手を引いてスタジオの外へと飛び出し、すぐ隣のスタジオの前に行く。スタジオの防音扉には殺劇!新撰組というポスターが貼られていた。異世界に転生した新撰組の面々が転生先の人々を守るため己が剣技のみで亜人を相手に立ち向かうという作品である、本日は本番前の通し稽古が行われていると聞くと、カイトは防音扉を開ける。


「おー!!」


中へ入ると、中世チックのセットに主役になる新撰組の法被をキュイラスの上から羽織った隊士達が、刀を手に撮影されているところであった。


「カイト!カイト!あいつらが新撰組ってやつ?」


マールは西洋風のキュイラスの上から青い法被を羽織った集団を指差して笑う。


「はい、元々は百姓だったり薬屋だったり、取り潰しされた武家だったりが集まって作られた自警団のようなものだったんですよ?伊武浪士組と呼ばれていました」


「あ…あれ?」


マールが目を向けた先には新撰組の格好をしたエルフやドワーフたちが大きな怪物の着ぐるみを取り囲んでいる。


「どっかでみた…ような?」


なんだっけ?と首を傾げる。


「よく覚えていますね?茜達に私が教えた戦術です」


鉄心の鍛冶屋側の川で行った実戦訓練の際に行った戦術である、あれは新撰組が不逞浪士を始末する際に実際に使っていたとされる戦術である。


「みていてください?まずは一人が注意を引く」


新撰組に扮した役者が手にしたロングソードを振い敵の反撃を誘う。誘われた役者がロングソードを払い退けながら上段に振り上げながら前に進みでる。


「背後が左右が空きました、背後が先に動きます」


後ろに立っていた別の隊士が動いて背中を斬りつけた。当然芝居なのでダメージになるわけがなく、敵役はすぐさま背後に向き直るが、同時に左右が動き深々て刃を突き立てすぐに引き抜く。脱力した対象を誘いを行っていた隊士が首に刃を走らせ、落とす。お芝居なので当然首が堕ちず横殴りに倒れる。


「はえー…ボクもああやってやられちゃう可能性があったのか」


お芝居の流れだから上手くいっているのもあるが、マールは感心するように見えていた。


「当然、目の前のアクションはフィクションですよ?実戦でああ綺麗にはいきません」


「それはわかってるよ、でも…実際やられたら嫌な攻撃なのは分かる」


「おし!つぎー!沖田のシーンいくぞ!」


監督がメガフォンで叫ぶと敵役と一般隊士役の役者達が一瞬ではけていき、沖田役の俳優が出てくる。中性的な顔立ちの若いイケメンの俳優で病弱の設定だからか頬に白粉を塗って顔色が悪く映っている。


「なにあいつ、ひょろひょろじゃん?めっちゃ弱そー…」


沖田総司の女性人気は凄まじいのだが、マールにはただ弱そうに見えるているらしい。


「よーし敵役頼んだよ!」


監督が叫び沖田と、敵兵役の役者達を押しのけながらのしのしと歩いて現れたのは体躯に恵まれ、その丸太のような大きな手に握られた巨大なバトルアックスを肩に担いだモヒカン男、いかにも自分で狩ったであろう動物の革で上下を固め、如何にもな当て馬にされる蛮族だ。


「あいつ、めっちゃつよそー!これは一瞬だねっ!」


「よーい、アクション!!」


監督が叫び、モヒカン男が笑いながら踏み込む。


「うおおおおおお!!!」


手にしたバトルアックスをブンブンと大きな腕をいっぱいに振り回しながらツッコミながら沖田役の役者目掛けて走って行き、そのまま前のめりに倒れた。


「へ??転けたの?」


マールは目を見開いて驚き、首を傾げた。


「カット!」


スタッフがかけて行き、血糊のついた刀と持ち替えさせる。


「スタート!」


沖田役の役者は刀についた血を払い、袖で血を拭いながら鞘へ収める。


「ふう…みなさん、後を任せます」


にこやかなスマイルを浮かべつつ隊士達の方へはけていった。


「な!なんでっ?あいつ何にもしてなくない??」


「ははは、演技ですからね?」


「おっちゃん、ご飯食べてなかったのかな…」


ご飯の問題じゃねえよ…カイトは苦笑する。


「これは演技ですが、彼が演じている沖田総司という人物は天才剣士と呼ばれていた人物です」


「天才剣士?あんなひょろひょろなやつが?」


「はい、なんでも目に見えない程に速い突きが出来たと言われています」


「目に見えない突き…それってそんなすごい技なの?」


マールは首を傾げた。


「ええ、彼の得意技である平三段突きは、早すぎるがあまり3回が一回に見える程だったとか」


「ふうん?3回が1回に見える速さか…」


マールは納得がいかない様子で唇を尖らせていた。


「よしつぎ!!土方と近藤のシーン!」


次に現れたのは大浦のように縦にも横にも大きな黒い法被を身に付けた近藤役の役者と、精悍な顔立ちに鍛え抜かれたほっそりとした顔立ちの役者。


「スタート!!」


「でええええあ!!」


近藤役の男は、その大きな体で迫力たっぷりに吠えながら駆け、次々と敵役の兵士達を跳ね飛ばしながら突き進む近藤、当然集団の中に飛び込めば敵役は当然取り囲むが近藤に注意がそれた瞬間を土方役の男性が飛び込み次々と切り倒していく。そんな勢いで突き進む近藤に奮起された隊士達が続いて勢いの良い槍となって敵の束を粉砕する…とまあ、そんなシーンになるのだろうが、収録ではただ剣を振り回しながら進む近藤と、その後ろに追従して敵役の役者達数人を切り払う土方役という姿である。


「くあ…」


唐突に、見ていたマールが退屈そうに大欠伸する。


「退屈ですか?」


カイトの問いかけにマールは頷く。


「では、移動しましょ」


カイトはマールの手を取りスタジオを後にした。


「カイト!なんか!いい匂いがするよ!!!」


マールはクンクンと鼻を動かし、盛大に腹を鳴らした。廊下の向こうを指差した。


「おや、どうやらこの先では料理の超人という番組が収録されているみたいですね」


「いこう!!すぐに!」


行っても食べられるとは限らないのだが…マールはカイトの手を引いて風の様な速度で廊下を駆け抜け、料理の超人のスタジオへと辿り着き、重たく分厚い防音扉を力いっぱいに開いて中に入る。今回のスタジオはかなりの大きなスタジオブースになっており二つの大きな調理場が二つあり、二人のコックが凌ぎを削っていた。


「カイト!カイト!あれ、なんて読むの!?」


「肉料理…みたいですね」


「肉!!?」


マールは興奮して涎を垂らし始めたのでハンカチを口に押し当て涎を拭う。


その間にも、二人のコックの手元に視線を向ける、一人は塩の板を炙りながら豪快に大きな肉を炙っており、もう一人はひたすら煮込んでいる。


「ステーキと…にこみ?…ですかね?」


隣でマールが盛大に腹を鳴らす。


「残念ですが我々は見学です、食べられませんよ?」


「ええっ!?」


マールは絶句して今にも泣き出しそうな顔をする。


「そんな顔をしないでください、食堂に行きましょう?テレビ夕日の社員食堂は美味しいで有名みたいですよ?」


マールの手を取る。


「うう…食べたい…」


無理なことは分かっているのだろう、しかしながらとても名残惜しそうに付いてくる。


「待って!君、ひょっとしてマールちゃん?」


不意に誰かが呼び止めた、振り返るとそこにはメガネをかけた骨の様な痩せこけた男がいた。出演者なのかピンマイクをつけ、煌びやかな貸衣装に身を包んでいる。マールはすぐに困惑してこちらを見る。


「栗色の髪に翡翠色の瞳!!やっぱりマールちゃんだね!!」


男はマールの特徴を叫びながら間合いを詰めて来ると、その大きな手でマールの手を掴みとった。


「え…あ…あう?」


そんな男の反応にスタジオにいた出演者達やスタッフ、調理中のコック達までもが、物珍しげな視線を向けてくる。


「私は料理研究家の梶谷というんだ、よろしく、マールちゃん」


「カジタ…さん、よろしく?」


母の教育の賜物か?何故かマールは彼にはいつもの様に呼び捨てではなく敬語を使った。


「ははは、カジヤでいいよ。それよりこのスタジオには何をしにきたんだい?まさか…亜人が出たのかい?」


梶谷に問われ、マールは困り顔でこちらに目を向けて来る。


「いえ、こちらには任務ではなく休暇で、テレビ局の見学に来ているのです」


「成る程!それでこのスタジオの収録を見学に来たと…」


梶谷の問いかけに、マールは小さく頷いた。その表情から何かを察したのか梶谷はニィッと笑みを作る。


「監督!ちょっとこっちに来てくれるかい?」


梶谷は唐突に声を荒げると、スタジオの奥から一人の男がやって来る。


「梶谷さん、困りますよ…収録中に…」


「監督、確か芸人の枠に欠員がでていたよね」


「え?ええ…確かに」


監督と呼ばれた男は不思議そうにマールとカイトに目を向けた。


「ならばどうだろう?この二人で埋めてみないか?いや!ぜひともお願いしたい!」


「え…ええ?誰です?一般人の子供達だよね?」


「知らないのかい?彼女はあの神奈川の大災害で多くの人命を救った魔法少女!マールちゃんだ!」


監督はギョッとして目を見開いてマールの顔をマジマジと見つめている。


「ま…魔法少女…ほ、本物?」


監督の問いかけにマールは人見知りに黙って目を逸らしてしまう。


「はい、確かに彼女は魔法少女隊で最強と言われるあのマールで間違いはありません」


「か、カイト!?」


マールは慌ててカイトにしがみついて来るがカイトは目配せするだけで監督へ向き直る。


「こいつあいい!!魔法少女隊の中でも謎が多かったマールちゃんを撮れるだって!?そんなの!むしろこちらから頼みたい位だ!!」


監督はかなり乗りの分かる人の様だ。


「じゃ、料理が出来るまで審査員席でまっていてよ!」


「だってさ、良かったね?マールちゃん」


梶谷の提案で、マールとカイトは一流シェフの料理を堪能できる事になった。マールはどちらの料理も美味しい美味しいと感動しながら食べ尽くした。


「カジタ!ありがとう!!とっても美味しかった!!」


収録終わり、カイトとマールは梶谷にお礼を言った。


「ありがとうございました、梶谷さん」


すると梶谷は不思議と目を丸くしていた。


「いやいや、御礼の言うのは私の方だよ」


なんでも、先の災害の時にマールが救出した被災者の中に梶谷の娘がいたそうだ。廃材に腹を貫かれ、瓦礫に埋まって両足を潰されて身動きもできず、ただ死を待つだけだった娘をマールが助けたのだと言う。


「君は私達、家族の命の恩人だ、こんな程度のお礼じゃ全然足りないよ」


「そ…そんなのぜんぜんいーのに」


マールは照れくさそうに顔を逸らしていた。


するとポケットに入れていたスマホが、ブブブブと不愉快な音を立てて震え出す。


「はい」


『こらカイト!!どこに居るのよ!』


ハッとしたカイトは時計を見る、時間は13時をすぎていた。


「しまった!マール!」


カイトは素早くマールの手を掴むと彼女を引っ張って駆け出した。


「ちょ、カジター!バイバーイ!」


マールは得意な後ろ走りでかけながら梶谷へ手を振っていた。


そこから、長い廊下を風の様に走り抜け、色葉達の待つ楽屋へと戻った。


「遅い!どこで何してたの!」


「すみません、B3スタジオの料理の超人という番組の見学をしてました」


「は?料理の超人?……」


「すっごく美味しかったよ?なんだっけ?こうしのなんとかとビーフシチュー!」


仔牛のワインソース掛けの事はすっかり忘れられたらしい。代わりにビーフシチューはしっかり覚えているあたりマールの中ではビーフシチューの圧勝だったのだろう、彼女は満面の笑みで伝えると、色葉の瞳が怒りに燃え上がる。


「あんた達何してんの!?あのスタジオは関係者しか入れないし見学もできないのに!?」


「ふえ?…そうだったの?誰もいなかったけど?」


確かにガードマンは誰も立っていなかった。


「しかもその口ぶりだと食べてきたわけよね?」


「え、ええ…」


「どんな魔法を使ったの?スタジオに審査として招かれなきゃ食べられない筈よ?…まさか力ずくで!?」


色葉は顔面蒼白となる。


「んーん?見てたらカジタが食べたいですか?って聞かれて食べたいって言ったら席に連れて行ってくれたの!」


「かじた…?」


「…まさか、梶谷トシオじゃないですか?」


大浦が反応して色葉の目が見開かれる。


「有名な方なのですか?」


「有名なんてレベルじゃない!!!大ベテランの俳優にして国民栄誉賞の受賞者よ!!あたしだって貰った事ないのに!」


欲しいのか、国民栄誉賞…色葉はひとしきり悔しがり、マールの肩を掴んで揺らしまくる。


「ずるいわ!!ずるい!あたしも出演したかった!大浦ッ!」


「無茶言わないで下さい、あの番組のプロデューサーを足蹴にしたあなたが出られるわけないでしょ?」


「仕方ないじゃない!あいつが邪魔な位置にいたのが悪いのよ!」


何してんの…マジで。


「それで…これから何をするんですか?」


「何もしないわよ、15時まで休憩だから昼食を食べて午後の仕事に備えるだけ」


そうしている間にもマールは畳にゴロンと横になっている。


「じゃあ大浦、持ってきて頂戴?」


「わかりました」


そう呟いた大浦は外へと出ていく。


「ええと午後の番組は」


カイトはタブレットを開き、スケジュールへ目を通す。番組内容は…


「そうそう、マール、岡山さんが次の番組はあんたにも出演して欲しいって言ってたわよ」


「えー…やだー…」


「いえ、出演しましょう」


「はえ!?」


マールはガバリと起き上がってカイトを見る。


「次の番組、世界中の刀剣を集め実物を見ながら歴史を語る番組の様です。興味あるんじゃないですか?」


「っっ!?」


マールの目が興味に輝いた。


「国宝の刀まで来るみたいです」


「出る!!出演するー!!」


即答か、カイトは出演者に目を通す。


「お…」


その中に、見覚えのある名前があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。