4の3 東郷正宗
大浦が色葉の為に持って来たオードブルで昼食を食べたカイト達は、次の番組に出演する準備をしていた。
「ほら、ジッとしてる!」
色葉はマールを立たせ、身だしなみを整わせる。
「つまんないー…」
マールにとってはただジッとしている時間は退屈なのだろうジッとしていられずに動き出す。
「出演するって言ったのはあんたでしょ?ホラ!」
その隣で鏡を見ながら自分の化粧を施している色葉に言われ、マールは唇を尖らせる。
「ぶー…おのれカイトめ…」
騙されたとでも思ったのだろう、チークを塗られながらも不貞腐れてしまったマールに睨まれる。
「マール」
「…なにさ」
「とても、似合っていますよ?可愛いです」
「うっ!!うるさいっ!!バカ!!」
真っ赤になって怒ったマールは手元のティッシュ箱を投げつけてからそっぽを向いた、どうやら怒らせてしまったらしい。なんとかご機嫌をとっておかねばならないだろう、カイトはマールの側へ行くと、タブレットの電源を入れ、スケジュール表が映し出される。
「なっ…なにさ?」
不安そうに画面を睨むマールにもわかるように画面を指差した。
「この人…」
指差した先には東郷正宗という字が書かれている。マールは字が読めない為、目を細め不快を露わにする。
「だれ?読めないよ…」
「示現流の達人です」
示現流使い手と聞いたマールは目を見開かれ、カイトに目を向けた。
「じげんりゅうって…にのたちなんとか?」
「はい、二の太刀いらずです」
以前、マールはそれに似た技を使ったゴブリン・ロードに不覚を取っている。あの日以来、マールは見様見真似でそれっぽい動作で技を練習していたのだが、上手くいかず、カイトも理屈はわかるのだが言葉だけでは限界があるため詳しく教えることができなかったのだ。
「………」
それを聞いたマールは、見たことがないほど、静かな笑みを浮かべた。
「ほら!!二人とも!?いつまでもいちゃついてないで、さっさとリハに行くわよ」
さっさと化粧を終わらせた色葉に囃し立てられた。
「あ!うん!まって!」
マールは色葉に駆け寄ると、二人は手を繋いで楽屋から出ていった。
「いい?マール、収録中は無駄話はダメ!退屈でも寝たりウロウロするのもダメだから」
「わかった!」
元気な返事を返すマール、多分、わかってないだろうな…とカイトは苦笑しつつもインカムに触れる。
『いざとなれば私もフォローしますよ』
耳の後ろに身につけていたイヤホンを介してカイトの声が耳に届き色葉は不安気な顔をした。
「マールちゃん!本番中に退屈になってじっとできなくなったら僕をみて?」
大浦はマールにそういうと、マールはキョトンとして首を傾げた。
「なんで?」
「ふふふ、内緒、退屈になった時のお楽しみにしといて?」
指先を唇に当ててかっこいいポーズを取る、彼がふくよかな体躯じゃなければ道ゆく異性の大半は振り向いたであろう。
「二人とも、よろしく頼むわね」
色葉は首のインカムのボタンを押し込みながら返してから笑う。
「やっぱこれかっこいいわっ!!買い取ろうかしら!」
魔法少女対策課のインカムがよっぽど気に入ったのか、押し込み方のスイッチを何度も押し込みカチカチと鳴らして遊びだす。
「これたのしいよねー!」
マールも一緒になってインカムをカチカチならす。こうしてはしゃぐ姿はどちらも年相応といえよう。そうして、しばらく歩いたのち目的地のスタジオ前につくと、前をいく大浦が防音扉を開けてスタジオ入りする。
「色葉さん!マールちゃん!入ります!」
入り口に立っていたガードマンは色葉の姿を見るなり大声で知らせると、セットの前で打ち合わせしていた出演者達やスタッフがこちらへ目を向ける。
「やあ、色葉さん!マールちゃん!」
出演者の一人がすぐさまやってきた、小柄で痩せ型の初老の男性、目にはメガネをかけており道着に袴姿、上からは黒の羽織りを身につけ、まるで時代劇に出てきそうな装いをしている。橘立身流の師範、橘平八だった。
「あれ!へーはちじゃん!!どうしたの!?」
マールは見知った顔にテンションがあがり、笑みを浮かべて橘に抱きついた。
「ホッホッホッ、わたしも武芸者の端くれいい刀剣が観れると聞けば断るわけがない!」
橘はそう少年のように若々しく唸りつつマールの身体を撫で回している。相変わらずの色狂いは幼いマールに対しても変わらないらしい。
「女の子が誰にでも気安く抱きつくものじゃない」
唐突、マールの肩を掴んで橘から引き剥がす。
「わ!?ガランじゃん!!」
タイの絶対王者、クム・ガランがそこにいた。テレビ用なのか目元に戦化粧を施しており、ヘビィ級のボクサーにしては小柄な体躯をピシッとした黒のタキシードでバッチリと決めている。
「久しぶりだな、マール」
強面なガランはうっすらと笑みを浮かべると、マールはさらにテンションが上がって興奮し出した。
「ガラン!君、なんか前より強くなってない!?匂いが強くなってるよ!?」
そんなマールにスカした態度でガランは笑う。
「フン、当然だ、あの日、お前と打ち合った事で俺に足りないものがわかったからな…」
この絶対王者、意外とノリがいいのかもしれない。格好をつけて前髪をかき上げてみせる。
「それは凄い!ね!後で見せてよっ!!」
マールはボクシングの構えを作って見せると、ガランはとても残念そうに肩の力を抜いて見せる。
「とても魅力的な提案だ、しかし今回は遠慮しておこう…」
「えー!?なんで!やろうよー!」
不満げに唇を尖らせ反発するマールにガランは気まずそうに口を紡いで目を逸らす。
「ガランさんは母国に待たせている奥さん達に会いにいきたいんだよ!」
一緒に来ていた小太りな中年男性、トレーナーの山本武が割り込んできてそんなことを言った。
「タケシッ!!」
「おくさん??…たち?」
マールが首を傾げるとガランは恥ずかしそうに頬をかく。
「……ああ、母国には俺の帰りを待つ妻達がいる」
「へー!ガランにもコイビトがいるの?」
マールが興味深そうに目を輝かせる。
「コイビト…まあ、そんなところだ。だから二人の妻を待たせるわけにはいかなくてな。」
「ふたり?」
マールはキョトンとし、そんなマールの反応にガランは首を傾げる。
「何かおかしな事を言ったか?」
するとマールはムッとガランをジト目でにらむ。
「ママ言ってたよ?コイビトを沢山作るのは浮気ものだって」
「浮気者…か、その認識は間違いだな」
ガランは平然としたまま腕を組む。
「マール、番とは何のためになると思う?」
「わ、わかんない…」
「強い子孫を残すためだ、次の世代に次の子孫を残して血を絶やさない様に後世に繋げてゆくこと…それこそが生き物の本能であり義務である」
ガランはマールの頭に手を触れ撫でる。
「で、あるならば強い雄に雌が集まるのは自然の摂理といえよう?後は雄の問題だ、俺は強い、二人を同時に抱きしめる力がある」
一夫多妻に対する考え方は人それぞれ、ガランはマールの頭から手を離すと、マールは不満げにしていた。
「……そ…そうなんだ」
「日本人には不誠実に見えちゃうかもね、でもガランさんは愛妻家で有名なんですよ?しかも、家では奥方達に頭が上がらないんだ!」
山本がすかさずフォローするがマールはジト目のままだった。
「へー…そうなんだ…」
心底興味が無さそうだ…。
「じゃあさ!帰って来たらやろうよっ!!」
「フン、望むところだ!」
ガランはそう言ってマールと今一度強い握手を交わす。
「マール…その人、知り合いなの?」
驚愕したまま動けず声も出せなかった色葉に問われると、マールは大きく頷いた。
「うん!カイトとデートしてた時にやり合ったの!あの時は負けちゃったけどね!」
「そうなのね?流石は無敗の王者ね!マールを負かすなんて凄いわっ!」
色葉は嬉しそうに褒め称えるとキラキラとした眼差しをガランへ向けた。
「あたしは小金井色葉!!よろしくね、クム・ガラン!」
色葉はいつものように踏ん反り返りながらも手を差し出すと、ガランは素早く応じる。
「聞き及んでいるよ、最強のアイドル。イロハ・コガネイ」
強く握手を交わしてお互いの力量を推し量るかのように火花を散らすほどに睨み合う。
「ねータケシ!」
マールに呼ばれたタケシは目を向ける。
「なにかな、マールちゃん?」
「このっばんぐみって刀剣のお話をするんでしょ?なんでこぶしで戦うガランがいるの?」
「えっと…ボクサーね?」
「そう!ぼくさん!」
うん、可愛いねっ!画面越しには苦笑している山本が映っている。
「実はガランは、アニメ魚滅の刃の大ファンなんですよ!稼いだファイトマネーでオーダーメイドの模造刀を作らせていた位です」
成る程、好きなアニメに触発されて刀剣に興味を持ったと。
「た、タケシッ!!」
羞恥に激昂したガランはヤマモトの頭に光速の拳骨を喰らわせる。もちろんガランの一撃を喰らった山本は無事なわけもなく倒れ、ノックアウトした。
「トレーナーが失礼した」
何もなかったかの様にフンと格好をつけてから、再び前髪をかき上げて決めポーズをするが、もう遅い。
「魚滅ならボクもみたよ!でもボク!剣士の人たちより素手のあいつのが好きだなー!」
「気が合うなマール!…あのキャラの良さがわかるのか!!」
つまりアニメの影響で刀に興味を持った、そして、たまたまこの番組からのオファーが来たがために食い付いたという事だ。
「二人とも、声量抑えなさい?うるさいわ」
本番前の打ち合わせの筈だが凄い熱量で語り合い始めていた二人を色葉が咎め、怒られた二人は直ぐに大人しくなる。
「東郷先生、入ります!!」
スタッフの人が声を荒げ、全員がピタリと口を閉ざす。
「はっはっはっ、おや、話の節を折ってしまったかな?いやはや失礼、是非続けてっ!」
東郷は大きな声で笑いながら歩いてくる。喪服の様に黒い上下の背広に黒いシャツに黒いネクタイ…全身真っ黒な衣装を身につけた、痩せ型の男、ひどく痩せており頬は骨が浮いており目元には深い隈が見える、不気味な雰囲気ではあるが、とても優しげな表情をしていた。
「東郷さん!お久しぶりですな」
直ぐに橘が親しげに歩み寄ると、東郷は素っ気なく応じる。
「どうも橘さん…久しぶりですね、今日はよろしく」
特に違和感のない穏やかなやりとりには見えるが、東郷は心底どうでも良さそうにしている。
「…マール、あいつには気をつけろ」
しかし、ガランは警戒するように東郷を睨みながらもマールへ囁いた。
「うん?…そうなのー?…」
マールもつられて東郷を見る。
「へー…確かに強いじゃん?でも、警戒するような人?キミでも余裕でやれちゃいそうだよ?」
「フン、当然だ…」
しかし、とガランは語る。
「奴は、裏の世界では人喰い東郷と呼ばれている」
「ひと…ぐい?…」
マールのインカムを介してカイトの耳にも届く。
「奴は裏の世界では有名な殺し屋だ、奴には心情があり…奴が口にする食材は自分で仕留めた人間のみなのだとか」
「うげ!…なにそれ、キモッ」
マールは大袈裟な反応を見せて顔を顰めるていた、ガランはフンと顔を伏せた。
「ん?」
唐突なガランの仕草にマールが首を傾げながらガランの視線を追いかけると、ちょうど東郷がこちらにも挨拶をしにやって来た。
「初共演ですね、よろしく色葉さん」
「え…ええ」
話を聞いてしまっていた色葉もドン引きな様子で東郷と握手を交わす。
「いい手だ、スベスベで柔らかい…」
色葉の手に触れた感想を述べ、東郷は狂ったような笑みを浮かべる。そのあまりの不気味さに背筋が凍った色葉は思わず掴まれた手を反射的に振り払い、距離をとった。
「おや、どうやら嫌われてしまったようだ…」
そんな色葉の反応に、東郷は実に残念そうに肩をすくめている。色葉は冷や汗を流しながら触られた手を撫でていた、何をされたわけでもない…なのに本能的に回避させたのだ。
「若い子は敏感でいいねえ…クックック」
今一度、東郷は大きなため息を漏らしつつもガランと向かい合う。
「クム・ガラン…タイの闘神…クク、お会いできて光栄だ」
「つくろうな、貴様の事はよく知っている…人を喰うんだってな?」
ガランは動じる事なく槍のように鋭い視線を向けられると東郷は狂気的な笑みを返す。
「彼女に嫌われてしまった原因はキミか?これはとんだ営業妨害をされた…」
不気味に笑う東郷はカタカタと肩を揺らして笑う。
「お前の趣向に口を挟むつもりはない。だが、俺の友人や知り合いに牙を向けるつもりならば容赦はしない…肝に銘じておくがいい」
「素晴らしい殺気だ、ゾクゾクするよ…ああ、わかった、肝に銘じておくよっ!」
飄々とした態度ではぐらかす東郷に、ガランは眉をピクリと動かして苛立ちをあらわにしていた。一触即発な空気はすぐにスタジオに広まり、全員の視線がこちらへ向いており、番組プロデューサーもこちらへかけて来た。
「ガランさん、困るよ!共演者に喧嘩を売らないで?」
「…す、すまない、気をつけよう」
ガランは申し訳なさそうに伝えると、プロデューサーの愚痴が始まると、その隙に東郷は最後の一人であるマールへ目を向けた。
「!!?」
東郷は思わず目を見開き、取り繕った笑顔を崩した。
「んー?なあに?」
退屈そうにしていたマールはゆっくりと東郷へ目を向ける。東郷は目玉が飛び出そうな程に目を見開きながらもヨチヨチとした歩調でマールの側へやってくる。
「…な、何さ…」
マールは引き気味に問いかけた、しかし東郷は唐突に満面の笑みに変わる、まるで好物の食べ物を目にした子供のように…。
「失礼!!君、お名前は?!」
瞬く間に距離を詰めて来た東郷は、無警戒なマールの手を取って抱き寄せる。
「う!?うわ、いきなりなんだよっ!?」
突然の加害に動揺するマールだが、東郷は気にせず満面の笑みで笑いながら顔を寄せる。
「お嬢ちゃんお名前は???どうかわたしにお名前を教えておくれ?!」
必死に懇願してくる東郷にマールはドン引きする、仕方なく名前を告げようとした瞬間、強烈な悪臭がマールの鼻をつく。
「く、くさっ…!?やだ、凄い臭いよ君!?」
強烈な悪臭に耐えきれず、マールは反射的に東郷の身体を両手で押し除けた。
「そんな事言わないでよお嬢さん!!この通りだ!」
しかし東郷は気にせずマールの腰に手を回して抱き寄せる、東郷の身長は大きく手足も長い。故にマールがいくら押し除けようとも、すぐに包み込まれてしまうために意味がない。
「やめて!離してよっ!!」
本気の拒絶で身体を暴れさせ振り払おうとする。それでも東郷は振り払えず、拘束をやめようとすらしない。あまりの奇行に見かねたカイトがすぐにインカムに触れる。
『マール、本気で…』
しかし、カイトの言葉よりも速く、マールの横合いから放たれた光の拳が、東郷の頬を貫いた。
「ぐおっ!?」
ガランだった。完全な不意打ちをもろやな受けた東郷はたまらずによろけるが、間髪入れずに放たれた光のジャブが東郷の顔面を打ちまくる。合計で8発、テレビカメラでもスーパースローでなければ映らないほどの光速の打撃を受けた東郷の手から力が抜け、マールはその隙に東郷の身体を突き飛ばすと、すぐさまガランの背後に身を隠した。
「ガラン、ありがとう!」
「…肝に銘じておけ、そう言ったぞ?俺は」
ガランはしがみついてくるマールを自分の後ろにさげながら身構えた。
「ちょ、ちょっとガランさん!?わたしさっきいいましたよね!!」
突然の暴行にプロデューサーがすっ飛んできた。
「プロデューサー?あたし見てたんだけど、ガランはそこの東郷がその子に強引に迫ってたから助けただけよ?」
一部始終を黙って見ていた色葉に言われ、プロデューサーは目を丸くし東郷を見ると、東郷はゆったりと身を起こす。
「凄い一撃だ、鼻の芯を砕かれてしまったよ…ははは!」
東郷は何事もなかったかのように砕けて変形した鼻を元の位置に戻してから鼻血をふくと、笑いながら立ち上がる。
「く、ククク…色葉さんの言うとおりだ、彼女があんまりに可愛くてつい手をだしてしまったんだ、騒がせてごめんよぉ?」
「と、東郷さんっ!そういうのは困ります、笑い事じゃないですよ!?」
番組スタッフは強い口調で東郷を叱りつけながら連れていった。
「マールちゃん、ごめんね?怖かった?」
「へ?んーん、怖くはなかったけど…」
けど…マールは何か引っかかる事があるようで、スタッフから注意を受けている東郷を見つめた。
「マールちゃん、ごめんなんだけどこの事は…」
プロデューサーはとても言いづらそうに告げた、それもそのはず。東郷がやっていた事は明らかなセクハラ事案だ、しかもマールのような年端もいかない少女、未成年に対して行ったともなれば世間体は最悪になる。
「えー?…なんのはなしー?」
マールはわかっておらず首を傾げていた。
「はー…プロデューサー、少しいいかしら?」
見かねた色葉は大きなため息を漏らしつつも、プロデューサーをセットの外へ連れていった。色葉はプロデューサーに座席の順番を告げ、プロデューサーも色葉の提案に頷くしかなかった。
「…それじゃ!リハーサルしてから本番です!みなさん席について下さいね!」
やって来た番組スタッフ達が各々を連れて位置へ連れていく。
『マール、大丈夫ですか?』
移動中、カイトが安否を確認する。
「ん?なにが?」
マールはあっけらかんとしていた、強い力で握り込まれた影響か、マールの手には東郷の手の跡がくっきりとついていた。
「残念、味見でもしておけばよかった…」
離れた位置に連れられていくマールを見ながら、東郷は名残惜しそうにしていた。
「こんばんは!!」
そこへやって来た司会の芸人が大きな声でカメラの前で語り出したことで、リハーサルが始まり、直ぐに本番の収録が始まる。番組の開幕はVTRが流れ、セットの出演者達は自由な待ち時間となる。
「マール、水で口を湿らせて起きなさい?」
色葉は合間合間でマールに世話を焼き、コップにお茶を注ぐ。
「甘い奴!?」
「ただのお茶よ」
お茶と聞いてマールは一気に顔を顰めた。
「いらないー!」
「Vが開けたら質問がはじまるんだから!!飲んでおくの!ホラ」
色葉は逃げるマールを捕まえて口にお茶を押し付け無理やり飲ませる。その後、色葉が言った様にVTR明けに視界がゲスト達を紹介しながら感想を聞く。
「では色葉さん、VTRをご覧になっていかがでした?」
「ええ、わたしも刀剣には興味がありましたが…」
色葉はVTRを一切観ていなかったはずだ、しかし的確にVTRの内容を言及している。
「成る程、さすが色葉さんだ……では皆、ご注目!先の大災害で多くの人命を救った魔法少女隊からマールちゃんが来てくれましたっ!マールちゃん、どうかな?」
「え?!えーとね…うーんと…」
マールは目を踊らせる、VTRなど一ミリも観ていなかったのだ。困り果てたマールは司会の芸人の後、カメラに映らないセットの外にいる大浦を見る。
「面白かった!!」
うん、いい反応だね!大浦はホワイトボードに大きく面白かったと書いていた。それを聞いた司会はお笑い芸人らしくずっこけ、その可愛らしさにスタジオから笑いが起きる。
そこからは橘立身流師範、橘平八による実戦語りに始まり、ガランの光の拳を見せたりなどスタジオに呼ばれたゲスト達が己が技を伝えては戻る。特に目を引いたのは最後に出て来た東郷である。示現流の免許皆伝を得ている彼は、一際太く重たい木刀を持って現れ、一度、二度と綺麗な素振りをみせる。
「すご…」
今まで退屈そうにしていたマールが目を見開いて声を漏らした。カイトにはただの素振りにしか見えないのだが、マールには違って見えている様だった。
「ただ棒を振ってるだけじゃない?」
隣に座る色葉が退屈そうにしながらぼやく。
「んーん、そんな事ない。あいつはちゃんと敵を殺す想定で振ってるよ?一切のぶれもなく頭に振り下ろしてる」
マールは薄らと口元を笑わせていた。
「そんな熱い視線を向けられると照れてしまうよ?」
素振りしながら東郷はマールに語りかけた。司会はチラリとマールに目を向ける。
「マールちゃん、興味あるのかな?やってみたい?」
さっきの騒動を見ている筈だろうに、司会はそんな提案をした。
「いいの!?やる!」
マールは立ち上がると直ぐに降りて行き、東郷と向き合う。
「じゃあ、これを貸してあげよう!」
明らかにテンションが上がった東郷が自らが握っていた木刀をマールへ渡す。
「ありがとう!」
マールは純粋にお礼を言って分厚い木刀を受け取る。
「あれ?ただの木がこんなに重い!?ふっしぎー!」
本当に重たいのかと言いたくなるほど手元でバトンの様にクルクル回して遊び始める。
「はは、中に鉛が入っているからね?」
「へー!?」
マールは素直に感心しつつ木刀を東郷の様に身構える。マールは普段のスタイル的に剣を構える事などほとんどない。身体能力の高さに物を言わせた自由形なのだ、だからすごく不恰好に見えてしまう。
「もっと肩の力を抜いて?こう」
東郷はエア木刀を握って身構えてみせる。
「こう?」
マールは見ただけで基本の構えを取る。東郷はマールの背後へ回ると肩に手を触れる。
「重心が高いな、もっと腰を落として?」
「こう?」
「上手だね!そしたら素振りをしてみようか?」
「うん!」
マールは振り上げ、振り下ろすとブアッと剣圧が吹き荒れセットに座っていた橘の顔に当たる。
「いやはや…やっぱりあの子凄いなあ…」
橘は顎に手を当て、羨む様に呟く。
「マールちゃん、手加減してる?」
しかし、東郷にはバレていた。
「うん、だって本気で握ったら君の木刀壊れちゃうし…」
「壊れていいよ?何本もあるから、だから本気で握って?」
「え…うー…まあいっか」
パキンと音が弾ける、見れば木刀の持ち手が意図も容易くマールの手の形に潰れた。
「振れる?」
「うん、一回だけなら」
「じゃあ振って!もちろんだけど本気で!」
「うえ?…しらないよぉ?」
マールはキョロキョロしてスタジオに何もないスペースに目を向ける。
「そこどいてー!」
そこにいたスタッフ達にマールは良く通る声で叫んだ。スタッフ達は目を丸くしてからマールに言われた様に道を開ける。マールはそれを見るとさらに強く木刀を握り込み振り上げ、全力で振り下ろす。
凄い音が鳴った、木刀はマールが振る力に耐えキレずに割れ、振り下ろされた拍子に飛び出した剣圧は空気の刃となって空いたスペースの床に大きな切り傷をつけ奥の分厚い防音壁が真っ二つに裂ける。
「………」
その場にいた全員が絶句している。ただ一人、東郷だけは平然としてマールのそばへ歩み寄る。
「下手だねぇ」
東郷は哀れみを述べつつマールの背後に立つと両腕に手を伸ばして掴むと、構えを是正していく。そして脇に指していたもう一本の木刀をマールに手渡す。
「その構えでもう一度、振ってごらん?思い切り」
「う、うん!」
マールは素直に応じて振り上げ、一気に振り下ろした。再び強烈な剣圧が吹き荒れ、そして空いたスペースを無慈悲な斬撃が襲うと、床から防音の壁を纏めて引き裂いた。
「す…凄い!?これがじげんりゅう?」
マールは嬉しそうに東郷を見上げると、東郷は満面の笑みで応える。
「すごいねえマールちゃん、少し構えをいじっただけでもう達人の風格だ…妬けちゃうな」
マールは今の今まで我流で剣を振っていた、だからこそ力一杯振り下ろしても最大火力に至っては居なかった。東郷によって構えを是正された事で彼女の一振りは今、完成に至った。
「でも、完成には程遠いねぇ」
え!?…東郷の言葉にマールも頷いた。
「うん、そう思った!」
マールも納得していない様子で見上げた。
「何が足りない?ボクに」
教えを問うマールに東郷はイタズラな笑みを浮かべる。
「それは教えない、キミは弟子じゃないし、私はキミを弟子には取らない。だからそれくらいは自分で見つけてご覧?」
「えー!そんなのわかんないよ…」
マールはしおらしくすると、東郷は垂らした涎を拭う。
「じゃあ、ヒントを一つだけ」
「いいの!?」
マールは飛び跳ねると東郷は頷く。
「毎日本気で素振りをしなさい?さっき教えた構えで、疲れて腕が上がらなくなるまで」
「ん?…そんなんでいいの?」
「ああ、それでいい。口惜しいけど、キミはそれをするだけで完成できるのだからね」
東郷は満面の笑みのまま嫉妬を口にすると、肩を回しながら自らの席へ帰って行った。
「すぶり…すぶりかあー…」
『マールが素振りに使える武器を見繕うところからですかね?』
エイブラムス戦車でも米軍から借り受けるべきだろうか?カイトは戦車で素振りをしているマールの姿を想像して思考から放り出した。
「うーん…うーん…」
彼女は席に戻りながらも考えて唸っていた。そこからは番組に持ち込まれた様々な刀剣を鑑賞するというコーナーへとかわり、武器の用途を語り合うと言う感じの流れとなる、長い話を嫌い、じっとしている事が苦手なマールは直ぐに飽きると思われたが、運び込まれた奇抜な刀剣達を見ては、初めて見る形にはしゃいで真剣に話をきいたのだった、そのコーナーの中で、特に彼女の注目を引いたのは…。
「ツヴァイヘンダーだ!!」
それは、カイトがマールの誕生日に拵えた武器、その同型である。
「あはは!ボクのよりも少しやせてる?でもでも!ホントにブッサイク!!」
マールやビルドに言わせればこの形は不細工なのだそうだ、しかし、マールはその不細工な外見が特に気に入っているとも語っている。
「!!!!」
すると、色葉の隣で興奮していたマールが、次にやってきたそれを見て驚愕に目を見開きながら勢い良く席から身を乗り出す。運ばれてきたそれは、持ち手の二つある蛇行する蛇の様な刀身を持つツヴァイヘンダーに、マールは更に興奮していた。
「マールちゃん!これが気になるの?」
「うん!すっごく不細工!!」
「ぶ!ぶさ!?」
マールはひとっ飛びで司会の前へ着地すると、小走りで展示ケースの剣を見上げる。マールは自身の身長の倍はある大きな大剣に瞳を輝かせた。
「これ!ツヴァイヘンダーなんだよね?でもふっしぎー!?なあに?この刃…ん?工芸品?いや、でもこの刃の形は…」
「ふふん!マールちゃん!なんとこれはツヴァイヘンダーじゃないよ!!」
自慢げな司会はマールに勝ち誇った様に告げる。
「なっ…なんだって!?」
マールは面白い顔で絶句していた。
「これは燃ゆる炎の刃!【フランベルジュ】!」
「もゆるほのおの刃!?」
燃ゆる炎をイメージした波打つような刀身を見上げ、マールは恍惚とした表情を浮かべると、躊躇なく手に触れ自分の体の何倍もあるフランベルジュを軽々と持ち上げた。
「ちょちょ!?マールちゃん!」
「すごい…すごいねっ!これっ!!!」
そう言って満面の笑みを浮かべたマールは、フランベルジュを棚へ戻すと、席へ帰って行った。
『どうです?フランベルジュは亜人に使えそうですか?』
「どうかな?鋼材にもよるとおもうけど…」
マールは真面目なトーンでつぶやいた。鍛冶屋モードのマールだ、この時のマールの集中力は尋常ではない。
『かなり好印象ですね?あんな形状の刃は、あなたにとっては工芸品に見えそうですが…』
「工芸品?そんなわけない!あの刃の形は切断した相手の傷をより深くするものだった!たとえ自分が死んだとしても、手傷を与えた相手は必ず殺す…そんな強い意志が込められている」
流石、鍛冶屋の娘である。マールは数秒凝視しただけで、フランベルジュの持つ殺傷力に気がついていた。どうやらマールの意欲に火を灯してしまったらしい。
「そうだカイト、返ったらクランの装備を統一したものに新調するって話してたよね?」
『え…あ、ええ…』
まさか、クラン全員にフランベルジュの炎を施した装備を持たせようとでもしているのだろうか?そうこうしている内にも、最後の一振りが現れる。白い布に仰々しく包まれたそれを舞台の中央にそれが現れると、フランベルジュで頭がいっぱいだったマールも目を向け、そしてポカンと口を開けた。
「なに?…あれ…」
「あー?なにがよ…」
マールよりも先に飽きていた色葉は頬杖をしながら欠伸を噛み殺す。
「では皆さま!当番組の予算の大半を使って漸く借り受ける事ができた国宝をご覧にいれましょう!!マールちゃん、今度は触らないでね!!!」
マールにあらかじめ釘を刺して笑いを誘いながら、スタッフが白い布を引き剥がす。
「天下五剣が一つ!【三日月】です!!」
この番組の為に持ち込まれた天下五剣【三日月】を一目見たマールは目を見開いたままフリーズした。
「マールちゃんが静かだね!気になるのかな?カッコいいねえ?」
「ここからでもわかるよっ!その子を打った人はとてつもなく凄い!!」
興奮しているマールに気をよくした司会は笑顔を作る。
「そりゃあ三日月は国宝だからねっ!」
司会は自慢げに告げるとゲスト全員を見渡した。
「準備が出来た様です、ではみなさん!ぜひ近づいて見てください!」
準備?と見れば、いつの間にか三日月の入ったケースが赤いロープに囲まれていた。その距離からなら見学ができるという事だろう、マールは色葉と手を繋いで意気揚々と見に行き…しかし間近で三日月を見るなり踵を返した。
「あの、マールちゃん?もういいの?」
さっきまで食い入るように見ていて興奮していたマールとは打って変わり、冷めた様子で帰っていくのだから、司会の芸人も思わず呼び止めた。マールはゆっくりと振り返り物悲しげに告げる。
「うん、だってその子…もう終わっちゃってるから…」
とても寂しそうに告げたマールに司会は首を傾げる。
「終わっちゃって…る?」
司会が聞き返すが、マールは何も言わずに席へもどるので、色葉は後を追いかける。
「か、カイト?今のどう言ういみ?」
色葉がインカムに聞いてきた。
『武器の寿命の事です、マール達は寿命の尽きた武器を終わる、といいます』
「寿命が…尽きてる?」
意味を理解した色葉が思わずこぼすと、それを聞いた司会は目を見開きバッと三日月を見る。
「寿命が尽きている?…天下五剣が?」
司会の問いかけにマールは頷く。
「うん、芯がスカスカになっちゃってる、あれじゃあもう役割を全う出来ない」
「や…役割って…」
「敵を斬り、主を護ること」
マールはそう呟くと口を継ぐむのだった。司会もそんなマールに言及をやめ、三日月についての歴史を語りだし、そのまま番組は終了した。
「それでは番組の最後に告知をお願いします」
色葉が出演する本来の目的であった告知を済ませ、番組が終了を迎え、これにて色葉の本日のスケジュールを終えた。
「マール、また会おう。帰ったらまたスパーをたのむ」
帰りの廊下で、ガランはわざわざマールの元までやってきてそう告げた。
「うん!すぱー?はわからないけどいいよ!」
マールは嬉しそうに笑みを向けると、ガランと熱い握手をかわしてニヤリと笑いあう。
「フン、その自信を粉々に叩くのも俺の役目だ…」
「…ガランにできるかなー?うん、楽しみにしてるね?」
お互いに火花を散らし合うと、ガランは先にスタジオを後にする。
「じゃあね、マールちゃん!あとこれをカイト君に」
山本は帰り際に小さな紙をマールへ渡すと、ガランの後を追いかけて行った。
「だってさ?カイト」
マールは渡された小さな紙をインカムの目線カメラに映す、それはガランの連絡先が書かれた名刺だった。
「何が書いてあるの?」
『ガランさんの連絡先が書いてありますね、後でもらいます、大事にしてくださいよ?』
「うん!わかった!」
マールは特に興味もなさそうにしていると、色葉が横から掠め取った。
「あ!やめて、かえしてよっ!」
マールは取り返そうとするが、色葉はそんなマールの頭を抑え撫でる。
「あんた、入れ物とか持って無いでしょ?」
「あ、そっか!」
控えめに抵抗していたマールは素直に応じた。
「じゃ!よろしくー!」
「何か顎で使われたみたいでムカつくわね…まあ、いいわ…帰りましょ?」
色葉はマールの手を引いて早足に楽屋へと戻った。
「お疲れ様です、二人とも!」
一足先に戻って来た大浦が二人のために手早く楽屋を綺麗にすると、帰って来た二人は直ぐに椅子に腰掛けると、まずは色葉が、マールの顔についたファンデーションを化粧水で溶かして深々のタオルで拭う。
「ふはー!」
漸く色々な臭いから解放され、マールは声を荒げる。
「そうだ、はいカイト」
色葉は化粧を落としながらも名刺を差し出した。
「ありがとうございます」
カイトは名刺をポーチへとしまう。
「…うーん」
珍しい、退屈紛れに大浦辺りにしがみ付くかと思っていたマールが、座って腕を組んで唸っていた。
「フランベルジュ、そんなに気に入ったのですか?」
カイトが問いかけると、マールは首を大きく横に振る。
「ううん!ちがう!あいつ…めっちゃくちゃくさかった!」
それは…悪口では?恐らく東郷の事だろうか?カイトは苦笑する。
「そんなにくさかった?確かに気持ち悪い奴だったけど、わたしは全く気にならなかったわ?」
色葉もフカフカのタオルで顔を拭いながら呟くと、マールは唸りながら目を伏せる。
「でも、あいつの臭い…前にどっかで嗅いだ事があるんだよなぁ…なんの臭いだったかなぁ…うーん」
何か引っかかりがある様だ。
「何故、思い出したいのですか?」
カイトが問いかけると、マールは唸りながらもカイトに目を向けた。
「思い出さなくちゃいけない気がするんだ…だから頑張っているんだけどー…」
腕を組み、うーんうーんと抱きしめてやりたくなるほど可愛らしく唸りつづけた。思い出す必要がある…その言葉にカイトは一抹の不安がよぎる。
「転生者とか?」
「んーん、転生者はもっと臭いし」
そんなに臭いのか…。カイトは自分の臭いを嗅ぐ。
「では…亜人ですか?」
「亜人……いや、違う亜人じゃない」
今の間はなんだろうか?一瞬考えるような動作をしたところを見ると亜人に近いのかもしれない。ならばその辺りから攻めてみるか
「もしかして魔王ですか?」
「魔王はカイトの臭いににているかな…」
そうなんだ…。
「魔手のオーレウス?」
「おじいちゃんはいい匂いだよ?嫌な匂いはしない」
何故かマールは敵のオーレウスには懐いている。向こうに敵対の意思がなかったから…かもしれないが。
「では、黄昏のグンヒルドや震脚のアリエッタとか?」
「あいつらは…どっちかといえばガランの匂いに近かったかな…って!ちがうよ!なんでさっきから魔王軍ばっかなの?!」
怒ったマールに飛び掛かられ、馬乗りになったマールにボカボカと殴られた。
「ほら二人とも!いつまでもいちゃついてないで帰るわよっ」
「いちゃついてないよ!!?」
色葉に遮られてマールが素早く反応した、マールが退いた事で身を起こすと、二人は既に身支度を整えていた。
「あ、マール、お母さんに遅れるって電話しときなさい?」
「え??」
バッとマールは時計に目を向ける、時刻は17時30分。
「なんだ、まだごじはんじゃん?」
母に時計の読み方を教わったようだ、ちゃんと教わったことを実演できるマールに、カイトは感動の涙が出そうになる。
「あのねえ、自宅からここまで30分近くかかるのよ?」
「間に合うじゃん」
「甘い!都会の道路は夜になればとてつもなく混むの!だから今のうちに電話しておきなさいってのホラはやく!」
色葉にせかされ、マールは渋々とした顔でカイトのポーチに手を入れ、中から自分の子供携帯を取り出した。
「カイトやってー?」
「はいはい、いい加減に覚えてくださいね?」
すると、焦ったくなったのか色葉が手を伸ばしてマールの携帯を奪うとボタンを操作して耳に当てる。
「あ、お母さん?ごめん、たった今収録が終わったの!いまから帰るから!」
色葉はにこやかなやりとりをし、そして通話を終える。
「ママ、なんだって!?」
「今夜はカレーだって」
そう言いながら、マールの子供携帯をカイトのポーチへとしまう。
「カレー!!!?すぐ帰ろう!早く帰ろう!!」
此方へ来たマールが真っ先に好きになった日本の料理はカレーライスである。子供っぽい好物の様にもおもうが(甘口だし)彼女が言うには沢山食べなくてもお腹が一杯になるのだと言う。それが本当ならば、向こうでも作れれば、冒険者の食糧消費の改善になるかもしれない、一考の価値はあるのかもしれない。
「早く早く!!!」
物思いに耽っていると、マールは運転手の大浦に飛びついて器用に身体をよじ登ると肩車の体勢となる。
「いけーまさるー!ダッシュだー!!」
「あいあいさー!マールちゃん!」
大浦はノリがいいらしい、マールが落ちない様に脚を持って支えながらも足速に楽屋から出ていきカイトと色葉も後をおう。
「大浦、今度あたしにもそれやって!」
色葉は可愛らしく袖を摘んで引いて問いかける。
「ダメです!」
「なんで!?」
「わたしはあなたのファンに刺されたくないです」
真顔である、キリッとキメ顔までするほどだ。確かに…アイドルの女の子を肩車して歩いていたら、嫉妬に狂ったファンに刺し殺されかねない。
「ざんねんだったねイロハ!!マサルのここはもうボクのとくとーせきだよ!」
高い位置から見下ろすマールは上機嫌に色葉を煽ると、色葉はギリギリと歯軋りして見せた。
「マール!!ずるいわよ!!?」
マールと色葉が仲良く言い合いをばしている間に、カイトは隣に並んで歩く。
「ご苦労様です、重たくはないですか?」
カイトは大浦へ問いかけると、大浦はデレデレに溶けた顔を向ける。
「なんのなんの!マールちゃんは軽いですから大丈夫です!」
軽い?マールの身体が?カイトは視線に気付き、目を向けるといつのまにか色葉との言い合いを止めたマールが此方を見つめていた。
「ボク程の冒険者になれば、自分の体重くらい操れるよー?知らないのー?」
知らなかった……。
「そんな事が出来るんですか!?」
「うん!!師匠が言うには加護の操作って言うんだって!僕が天井にぶら下がる訓練をしてるでしょ?」
あれはそう言う訓練だったのか…もしや、母や絵里香に抱かれていた時もそれをしていたのか?
「待って下さい?つまり…私が抱き上げている時は操っていないと?」
マールは少し顔を赤ながら目を逸らす。
「…だって…ボクの意識がない時ばっかじゃん」
なんだその仕草、可愛いが過ぎるだろ…。
「ねえマール!その技ってあたしも出来るかしら!?」
体重の話はアイドルの前ではしてはいけない。今後の教訓である。
「出来るけど、慣れないうちはめっちゃ疲れるよ?」
「帰ったら教えなさい!すぐに!!」
凄まじい剣幕だ、マールは何度も頷いていた。
「…ん?」
その時、何気なくカイトは不自然に気づいた。そのまま来た廊下を戻っているだけだと言うのに…あまりにも人が少ない…まるで、ゴブリンの巣に乗り込んだ時の様な…。
「!?…マサル!」
唐突、マールは大浦から飛び降りながら地面に手をつきながらも大浦を思い切り蹴りつけた、マールの蹴りを受けた大浦の大きな身体はカイトと色葉を巻き込んでまとめて吹き飛ばされる。
「い!?…マーッ」
いきなりのマールの強行に、カイトは声をあげようとした。しかし、カイトが声をあげるよりも早く雨の様な銃弾が凄まじい轟音と同時にマールの身体を打ちのめした。
どしゃり
派手な音を立て、打ちのめされたマールの小さな身体が仰向けに倒れる。
「マール!!」
色葉は即座に飛び出そうとするが、カイトが掴んで止める。
「…カイト!?」
見ればカイトは無言のまま痛いほどの力で握りしめており、その目は地下駐車場の出入り口を睨みつけていた。
「咄嗟に気がついて仲間を庇った…か、実に美談だね、でも残念、狙いは初めから君だ」
拍手をしながら割れた自動扉のガラスを踏み砕きながら現れたのは喪服の様な黒い服の長身の男、その腰には胴田貫と呼ばれる持ち手の短い独特な形状の刀を挿している。東郷正宗だった、その後ろからはサブマシンガンを手にした黒いライダージャケットにフルフェイスで顔を隠した者達が後に続いて入り口から入って来て来ると、横並びに整列する。
「目撃者は面倒だ、殺せ」
東郷は冷酷に告げると男達は手にしたサブマシンガンを一斉に構え狙いを定める。
「人喰い東郷!」
咄嗟に声を荒げてカイトが前に躍り出ると東郷は手を振り上げて射撃を止める。
「何かな?少年、あまり時間はかけさせないでほしいのだが?」
余裕の笑みは崩さない、まな板の上の鯉などいつでも殺せると考えているからだろう。
「時間は取らせませんよ、何せ、貴方達はその引き金を引く前に地に伏せることになりますから」
唐突なカイトの言葉に東郷はピクリと眉を顰めた。
「なんだと…?」
「しかしながら少しがっかりです、東郷正宗といえば示現流の達人。己が食材は自分で仕留めて喰らうと噂の鬼人ですのに、まさか数を頼り、銃まで使うだなんて…」
カイトは東郷を挑発する様にペラペラと語り、そして満面の笑みを浮かべて告げる。
「そんなにマールにビビっていたんですか?雑っ魚」
「っ…」
東郷は苛立ちを見せると音もなく腰の刀を抜き放つ。やはり持ち手が短く分厚く太い刃、示現流の使い手が扱う刀といえばこれだろう。
「ならば望み通り!君を真っ二つにしてあげるよー!!」
大声でツバキを飛ばしながら大地を強く蹴って前に出た東郷は、一瞬で距離を詰めつつ上段に構えた。そんな東郷へカイトは満面の笑みで告げる。
「仕留めた獲物の確認はした方が良いですよ?」
「!?」
東郷は一歩、強く踏み込みながら、刀を振り下ろすだけだった。しかし、東郷は踏み込むことは出来なかった…何故?踏み込もうとした足を仕留めたはずのマールが掴んでとめていたからだ。
「な!?」
驚愕に目を見開く東郷、その刹那に満たない間にもマールは素早く身を起こしながら掴んだ東郷の体を軽々と振り上げ、思い切り地面へと叩きつける。
「ぐごが!?」
背中から叩きつけられた衝撃により、東郷は意識を飛ばして手にしていた刀が滑り落ちる。
「お…おい?」
目の前で人一人が軽々と持ち上げられ、地面に叩きつけられるなんて非現実を目前とすれば、誰もが呆然としてしまうのは当然だろう。
「ば!ばか!うて!!!」
一人が勇敢にも吠えるが、マールは直様手にした東郷を背後の仲間達めがけて投げつけた。
「う!うわああ?!?」
仲間達は飛んできた東郷にぶつかり、直撃を受けて体勢を崩し、せっかくの横隊が大きく揺らぐと、マールはその揺らぎに飛び込んだ。
【ボギャン】
激しい打撃音、突っ込んだマールが被害なく立っていた男の顔面に膝蹴りを喰らわせた音だった。鈍い音と共に強化プラスチックのフルフェイスをぶち抜いた膝は奥の顔面を潰さながらぶっ飛ばす。
【ドギャン】【バキャ】と激しい打撃音が立て続けに響き渡り、八人の武装したライダージャケット達は、カイトのが言った通り、引き金を引くこと無く地に伏せる事となった。
「ナイスよーどー!さすがカイト!」
マールは満面の笑みを向けると、カイトは肩をすくめる。
「ヒヤヒヤしましたよ、苦労様です、マール」
そうして歩み寄るカイトに、マールはバッと手を出して制止した。
「待って!まだ外にいるよ!!」
そう叫んだマールは、クンクンと臭いを嗅ぐ仕草をしてから勢いよく駆け出すと、壊れた自動扉を蹴破って地下駐車場へ突入。
「う!撃て!うっ…」
直様、銃声が響くが、肉の叩きつけられると鈍い音がしてかや車の警報ブザーが高らかに鳴り響く。
「うわあああ!!」
それからは蹂躙、響き渡るのは男達の絶叫と肉や機械の潰れる音だった。それを見ながら、カイトはモンスターパニック映画見ている気分になったのだった。
「こいつとー、こいつー」
暫くして静かになった駐車場で無邪気な少女の声が響き、全身を返り血で抹茶色にしたマールが帰って来る。
「全員片付いたよー!」
その手にはライダージャケット達が力なく連れられており、マールはそれらを前に放り投げた。
「ば…ばけもの…」
倒れたライダージャケット達は呼吸の度にそんな言葉が漏れている…何があったのかは聞かない方が良さそうだ。
「ん?カイト…怪我してる?」
マールに指摘され、彼女の目線を追いかけると服に血がついていることに気がついた。身体に痛みはない、服をめくって確かめるが、傷はない。では…誰の血?そう考えて振り返ると、ふくよかな大浦の身体から血が溢れていた。
「お、大浦!?…ちょっ大丈夫なの!?」
色葉は悲鳴に近い声をあげ、動かない大浦の身体を揺らす、咄嗟にマールが庇ったとはいえ跳弾した弾までは防げなかったのだ。
「だ…大丈夫…かすっただけ…ですよ」
そんなわけがないのは見ればわかる。唇はチアノーゼが浮き出ており、彼の大きな腹は弾丸によって大きく抉れ、千切れた筋肉繊維の隙間から溢れでた内臓まで見えている。
「派手にやられたねー!マサル!今治すから!気をしっかりしてね!!」
今にも意識を失いそうな大浦の頬を叩いて気付けをするとマールは大声で話しかけ、大きな手を取り肩に触れさせ、銃撃によって破れたお腹に触れる。
「ふぐあああ!?い、痛い痛い!いたい!!」
突如、ぐったりとしていた大浦が激しい痛みに悲鳴をあげのたうち回ろうとしたが、マールの怪力によって押さえ込まれて身動きを封じられると、大浦はマールの肩を強く握りしめる。
「だ、大丈夫なのよね?」
「回復術を使っています、見てください!」
心配する色葉を見ながらも大浦を指差した。こぼれ出た血液がゆっくりと身体の中へと戻り、千切れた筋繊維が少しずつ修復されていっている。
「け、けど…あの痛がり方尋常ないわよ?」
「当然です、回復術には回復痛というものがあります。焼いた鉄を肌に押し当てられる様な激しい痛みが彼に襲いかかっているんです」
「マサルー!たかだかお腹が破れただけじゃん?!もうすぐ治るよー?」
マールはにこやかに大浦を励ましながら回復をし続けた。普通は腹が破れたら死ぬんだよマール?とは言わない方がよいだろう。そうしている間にも大浦の傷口は綺麗に塞がっていた。
「ぐは!!…はー…はー…」
息を止め、マールに抱きつく様にして痛みに耐えていた大浦の口から声が漏れ、脱力した。
「よしゃ…おっけー!」
「大浦!?…大浦!」
色葉が真っ先に大浦へと飛びついた、なんだかんだ言っても心配していた様だ。回復を終えたマールは立ち上がりつつ額の汗を拭い取り、こちらへ笑いかけてきた。あとは警察を呼んで事態を…
「うわっ!!?」
不意に誰かが後ろから首に腕を回し、ヘッドロックの状態で締め上げられた。
「ぐ…ふふ…ちゃんと…確認は…しないとねぇ…」
ねっとりとした声は間違いなく東郷のものだ、頸動脈を締め上げられ、最早何も出来ずに意識が暗転する。
「大人しくしていてね?じゃないとこのガキの首をへし折るよ?」
東郷は気を失ったカイトの首を絞めながら片手で首を強引に曲げていく。
「…ごめんカイト、こいつは殺すね?」
「人質が見えないのか!?近づくっ…」
次の瞬間、ほんの一瞬だった、気づいた時には拳が顔面にめり込んでいた。どれ程の威力だろう?東郷は痛みが身体に伝わるより早く身体が宙を舞う感覚にとらわれていた。
「ぶはっ!」
東郷の腕から落ちたカイトは地面に落ちた衝撃で意識が戻り、息を吸うと身を起こす。
殴り飛ばされた東郷は派手に地面に叩きつけられつつも、曲芸師の様な身軽な動きで受け身をとると側に落ちていた自身の刀わ拾う。
「っ?」
刀が持ち上がらない、見れば少女の小さく華奢な足に踏まれていた。顔を上げるなり視界に飛び込んでくるマールの小さな拳。東郷は直撃の瞬間に仰向けに倒れる事でダメージを流すことに成功する。
「はあ…はあ…」
しかしながら代償は大きい。マールは間違いなく殺すつもりで拳を振っていた、直撃していたら頭が風船の様に弾けていたのは間違いない。そんなダメージを流したとして、無事で済むわけがない、東郷は脳震盪で朦朧とする意識の中で、一先ずは死んだふりでやりすごそうと考え薄らと目を開く。
「ひ…ひい!?」
彼の視界に映ったのは自分を見下ろすマールの顔だった、眼は狂気に見開かれ表情はない、ただ静かに見下ろしていた。
「しんだふりはおしまい?じゃ、もう死んでいーよ?」
そう言って、マールはゆっくりと姿勢をただすと、ゆったりとした動きで足を振り上げ、東郷の顔面を踏んだ…まるでただそこに足を乗せるかの様に。
「ひっ…」
踏み砕かれる事を想像し恐怖した東郷、しかし踏み砕かれたりはしない。
「い?…あ、いた…いっ!?」
しかし、顔に乗った足が少しずつ力が加わり、重くなって来ている事に気がついた。
「ひ!ひい?や、やめ!!?」
東郷は両手でマールの脚を掴んで退かそうとするが、マールの脚は機械の様に重たく、東郷の力ではびくともしない、そうしている間にも足はじわじわと沈んで皮膚を裂き、肉を潰し、骨を砕いた。
「!!?!!?!」
想像を絶する痛みに声にならない悲鳴をあげながら、マールの脚を掴んで引き剥がそうとした、しかしマールの足はまるで機械の様にビクともしない。必死にタップしつづけるがマールの足は沈み込んでくる。
「マール!!ダメだ!!」
カイトの声にマールは反応して振り返ると沈み続けた足が漸く止まる。同時に東郷は気を失い、脚を掴んでいた彼の腕が一人でに地に落ちる。
「ボク、こいつは殺したい」
ゾクゾクと背筋を冷やす程の殺意がマールから感じられる、早く否定しなければマールは必ず彼を殺すだろう、それだけは何としてでも避けねばならない。
「マール!ダメです、やめなさい!」
カイトの否定を聞いたマールの顔に表情が戻る、そして気まずそうにし始める。
「もうっ!!わかったよ!!」
根負けしたマールは怒りながらも東郷の顔から足を退ける。東郷の顔面は目を背けたくなるような酷い状態になっていた。
「これ…生きてますよね?」
カイトの問いかけに、マールは東郷の服で足についた血肉を拭い取りながらツンとそっぽを向いた。
「しらないよっ!」
完全に臍を曲げてしまっている、後でプリンでも買ってやらねば当分話を聞いてくれないだろう。そう考えながらも東郷の胸が呼吸に動くのを見る。
「まだ息がありますね、マール、早く彼に回復を」
見ればマールはすごく嫌そうな顔をしている。
「帰り道で好きなデザートを買ってあげますから!!」
それを聞いたマールはパッと一瞬目を輝かせた、欲望には正直だ。しかし、直ぐに真顔に戻ると、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「じゃああれ!もっちりなめらかプリン!」
そう言ってマールはドカリと東郷の体の上に馬乗りになると、潰れた顔面を掴んで実に雑な回復をかけはじめる。マールの回復は強烈な回復痛を伴う、普段痛みに慣れている戦士達ですら痛みに耐えきれずに絶叫するほどだ、しかしそんな回復を受けても身じろぎ一つしないあたり完全に気を失っているようだ。
「よし」
カイトは振り返ると、視線の先には騒動を聞きつけてやってきたであろうテレビ局の職員達に目を向ける。
「誰か、警察を呼んでください!」
「もう呼んでるわよ!」
色葉は携帯で素早く通報していた様子で、タイミングよく人混みを掻き分けテレビ局に常駐していた警察官達が現れる。
「離れてください!」
警察官達は統制された動きで各々の役割へと別れ、大衆を現場から退がらせる班、現場を記録する班、そして現場を確認する班へと別れ、一人が現場を見るなり腰の拳銃を引き抜きながら歩み寄る。
「い、一体何事です?…これ」
おや、どこかで見たことのある顔だ…はて、どこだったか。
「あれ?ヨシオカじゃんっ!!」
回復をかけながらマールが彼の名を呼んだ。カイトも思い出す、そうだ、彼は昨日の橘立身流の稽古場にいた門下生ではないか。まさかと思い警察官たちを見ると、全員見知った顔であった。
「あれマールちゃん?!昨日ぶり!」
ヨシオカはそうマールと笑い合うと、すぐにカイトに目を向ける。
「それで、これは一体何があったの?」
カイトはヨシオカに今起きた出来事を話した。
「突然攻撃されたって…こいつらに?」
ヨシオカはマールによって制圧された男達を見ると、肩に取り付けられた無線へ手を伸ばす。
「バリケード以外は集まってくれ」
一人では対処ができないと判断したのだろう、すぐさま周囲に散っていた警察官達が集まってくると、ヨシオカは集まってきた全員に的確な指示を飛ばしてマールにぶっ飛ばされ気を失ったライダージャケット達を引き起こし手錠を掛けて一人ずつ連行していく。
「ヨシオカ、見てくれこれ」
呼びかけた隊員の側へ行くと彼らから押収した武器が並べられている。ほとんどはマールの手形がついているが何丁かは無事なものがある。
「これ、軍隊用のサブマシンガンじゃないか…」
ヨシオカの言葉にマールがこちらを見る。
「ぐんたいってなに?」
そこからか…。
「国が所有する統制された武装集団の事です」
それを聴いたマールはキラキラと瞳を輝かせた。
「うん!わかんないからいいや!」
だろうなっ!東郷の回復を終えたマールは立ち上がると、ヨシオカの隣に行く。
「で!これがぐんたいの銃っ!!」
興味が湧いた様子のマールは、押収されビニールの上に置かれたサブマシンガンを雑に掴み取る。
「あ、こら!だめだよ!」
注意するヨシオカに背を向け、その場にドカリと座りこむとサブマシンガンの分解をし始める。
「こらマールちゃん!ダメだよ!」
ヨシオカは困り顔で注意するが、こうなったマールは聞く耳を持たない。強引に取り上げることもできるが…ヨシオカは助けを求めてカイトを観る。
「大目に見てあげてください、大丈夫なので…」
そう言ってカイトが指差すと、彼女は初めて触るだろうサブマシンガンを分解して床に並べている。普段、自分の武器を雑に扱っている彼女とは思えない程に丁寧だ。
「ふんふん…へー?なるほどー…」
最初は興味深そうにサブマシンガンの内部構造を見ていたが…分解を終えた頃にはすでに飽きていた。小さくため息を漏らすと、一瞬で結合してからビニールの上へ戻す。
「ありがとっ」
「もういいのです?」
問いかけるヨシオカに、立ち上がったマールは頷いて見せた。
「うん、痛くなかった時点で弱いのはわかってたからねー!あれじゃあ亜人には使えないかな…コボルトですら危なそう」
亜人に対して使えないと判断された時点で、マールの興味からは外れたのだろう。
「ちょっと待って??い、痛くなかったっ…て?撃たれたの!?」
「え?…うん、ほら」
マールはヨシオカに服を見せる様に身体を張った。彼女の身に付けた白いワンピースは所々に大きな穴が空き…よくよく見れば凄い格好になってしまっていた。
「ん?…何ヨシオカ?」
ヨシオカは律儀な男の様だ、マールの素肌を見ない様に顔を逸らしている。
「わたしの上衣をどうぞ」
カイトは素早く自分の上衣を脱ぐと、それをマールへ差し出した。
「ん?うん、ありがとー!」
マールは特に気にする素振りもなくカイトから上着を受け取るとそれを上から羽織る。
「ちゃんとチャックをあげて下さい」
カイトはチャックを上げてやると小さなマールの身体にはその上衣は少し大きく袖から手が出ず、気になるのか袖の臭いを嗅いでいる。
「すみません、汗臭かったですか?」
しまった、鼻の利くマールに身につけていた上衣を渡すのはダメだったか?という考えが過るが、マールは首を横に振る。
「んーん、この匂い…おちつく…」
マールの癖に可愛いがすぎる…危うく欲望に負け思い切り抱きしめる所だったがなんとか堪える事ができた、ここを堪えられたのはきっと前世の経験のおかげだろう、童貞歴25年は伊達ではないのだ。
「あ!そうだ!マサルは?」
マールの言葉で思い出したカイトが振り返ると、気を失った大浦を今まさに担架に乗せられようとしていた。しかし、大浦が重すぎるが為に大の大人でも持ち上げられない。
「ボクが運ぶよ!!」
マールは駆け寄ると、ヒョイっと簡単に大浦の巨体を軽々と持ち上げた。
「どこに連れて行くの?」
小さな女の子が自分の何倍も大きな大浦を軽々と持ち上げている図はシュールである。
「こ、こっちです!」
一人の女性スタッフが水先案内人を名乗り出ると、医務室へとマールを連れて行き、手持ち無沙汰になったカイトはその間にヨシオカ達の現場検証に付き合う事になる。
1時間後、現場検証を終えたカイトが大浦のいる医務室へ入ると、医務室では小さなベッドに横たわり眠る大浦と、その側には色葉とマールがいた。
「あ、カイト!終わった!?」
退屈そうにしていたマールが笑顔で接近する。
「はい、お待たせしました、どうしたんですかその服」
マールはカイトの上衣はそのままに、子供用の短パンと栞が好きそうな蛍光ピンクの怪獣が描かれたTシャツに着替えていた。
「役者用の貸衣装で廃棄予定の物をいくつかもらったのよ、あんな格好でいつまでもいるわけには行かないでしょ?」
スマホを片手にズタボロのワンピースが入った紙袋を渡される。
「あ、ありがとうございます」
流石の手際の良さに感心していると、マールが袖を引いてくる。
「カイト、はやくかえろー?」
退屈そうに袖を引くマールから色葉に目を向けた。
「カイト、わるいんだけど私は大浦と残るわ?」
色葉はそう言って眠る大浦の額に手を触れ、撫でる。
「そうですか、大丈夫だとは思いますが…お気をつけて」
カイトは立ち上がり、マールの手を取ると医務室を出てからテレビ局を後にした。
「カイトー車はー?」
「誰も運転出来ないでしょ?」
歩きながら振り返ると、マールはにこやかである。
「そうなんだ!じゃあ走って帰ろ!?」
車で1時間近くかかる道のりを走って帰るなんて冗談では無い、カイトはブンブンと首を横に振った。
「軟弱だなー!じゃあどうすんの?」
「近くに駅があります、何回か乗り継げば帰れますね」
「でんしゃ!?やったあ」
無邪気だ…はしゃぐマールが道路に飛び出ないように手を取り駅へ向かって歩き出す。
「カイトカイト!!」
マールが手を引き、目線を追い掛けるとそこにはコンビニがある。
「なめらかプリン買ってくれるんだよね?」
なめらかプリンはコンビニ限定のプリンだ、まさか…売っているコンビニまで知っていたのか。
「で…では、行きますか?」
「うむー!」
してやったりと言いたげな顔をして、マールはふんぞり返った立ち寄ったコンビニで、マールご希望のなめらかプリンは手に入ったセール中のせいで棚に20個近く陳列されており、その全部を買うことになったのは想定外だが…マールが嬉しそうにしているので良しとしよう。
「プリンはカレーを食べてからですからね?」
「わかってるよー!!」
マールはプリンがたくさん入ったビニール袋を見て恍惚とした表情を浮かべる。
「あれ?カイトとマールちゃんじゃないですか?」
出入り口に差し掛かる時、誰かに呼び止められた。振り返ればそこには金髪ブロンドに青い瞳、スラリと背の高い美少女、黄河絵里香がそこにいた。
「エリカだ!何してんの?」
マールは指をさして喜ぶと、絵里香は笑い、コンビニコーヒーの紙パックを二つ持っていた。
「はい、篠崎さんと遊びに行った帰りなんです!お二人は?」
名前を聞いたマールの顔が不快に染まると絵里香は苦笑した。
「仕事帰りです、足が無いので電車で帰ろうかと…」
「あら?なら送っていきましょうか?ちょうど通り道ですし!」
絵里香から願ってもない提案が出ると、カイトは頷いた。
「それはありがたい!ぜひお願いします!」
「ええ!?」
マールは嫌そうな声を上げ、カイトの手をギュッと握る。
「電車より早く帰れますよ?母が心配する前に帰りたくは無いですか?」
「か…帰りたいけど…その」
わかっている、篠崎と一緒になるのが嫌なのだ、しかし、カイトはマールの手を引く。
「ほら、行きますよ」
カイトはマールを引きずる様にしてコンビニから出ると、前を歩く絵里香が駐車場に駐車された車へとむかう、絵里香の軽自動車は白く、小さくて丸い…まるでカブトムシのような外観をしている軽自動車だ。
「お待たせしました、篠崎さん」
運転席へ乗り込んだ絵里香は手にしたコーヒーを助手席に座る篠崎へ渡す。
「ありがとう」
篠崎はコーヒーのカップを受け取り、チラリとこちらを見る。
「あら、カイトにマールちゃんもいたの?奇遇ね!今、二人は任務中じゃなかった?」
「今終わって、帰るところだったみたいですよ?足が無さそうでしたので、彼らを送ろうと思いまして」
「ああ、そういう事ね」
篠崎はカイトに目を向ける。
「いいわ、乗って頂戴?ちょっとこの車は狭いけど我慢してね?」
篠崎は快く承諾してくれ、カイトは後部座席の扉を開ける。
「では、お邪魔しますね?」
カイトは乗り込みながらマールの手を引く、しかしマールは篠崎を睨んだまま動かない。
「マール、彼女の事はもう許してあげなさい」
「……わかったよ」
マールは諦めた様子でため息を吐くと、車へ乗り込んでドアを閉める。
「では、出発しますね!」
絵里香は丁寧なバックで車道へと出た。思った以上にちゃんと運転が出来ていた。
「マール、ベルトをつけますよ?」
マールは篠崎を睨んだままジッとしており、カイトはそんなマールに身を寄せ、一緒にベルトをかけた。
「なに?今は寒くないよ?」
ジト目で睨むマールは気にせずに腰へ手を回して抱き寄せた。
「私が寒いので…」
「へ?そんな寒い?」
そんなわけが無い、マールの体温も相まって暑いくらいである。
「…なら仕方ないか、じゃあいーよ…」
マールは素直に受け止めてくれた。
「ありがとうございます、マール」
お礼をつげると、マールはフンとそっぽを向いた。
「それで?カイト君、何があったの?」
篠崎は大きなタブレットを開き、本田からの報告を受け取る。どうやらテレビ局で何かがあったという事は既に知っているようだ。
「はい、色葉さんとの護衛の帰り道、人喰い東郷の襲撃を受けました」
カイトの言葉に篠崎は目を見開き振り返る。
「人喰い東郷ですって!?」
「知っているんです?」
「警察の幹部であいつの名を知らない奴なんていないわ?」
そんなに有名人なのか…。
「で!?あいつに襲撃されたって?」
「ええ…はい」
カイトは篠崎と絵里香にテレビ局での騒動を伝えた。
「成る程ね…」
篠崎はニコリと二人に笑いかける。
「お手柄だわ、二人とも」
お手柄?カイトはキョトンとしていると、マールも同じ様な反応をしていた。
「人喰い東郷はね、お金と権力にものを言わせて直ぐに罪を有耶無耶にされてしまっていたの。だから捕まえても2、3日で出て来てたし、あいつを捕まえようとした先輩達は何人も職を追われたりもした。その人喰い東郷を現行犯で捕らえたんだから!」
篠崎は振り返りマールへ目を向けた。
「マールちゃん!ありがとう!」
流石のマールも他人の感謝を無碍にする様な事はしない、口を聞こうとはしないものの、困り顔になって目を逸らす。
「そういえば、篠崎さん。マールはあいつを臭いって言っていたんです…なんでかわかりますか?」
「臭い?…そりゃあ、日常的に人の肉を食ってる奴なんて臭いに決まってるんじゃない?」
不意に、マールの手がカイトの手を掴む。
「人を食べた奴の…臭い…」
「マール?」
見ればマールは目を見開いており、直ぐにカイトの顔を見た。
「か、カイト!どうしよう…」
彼女は珍しく動揺している。
「なにがです?」
カイトの問いかけに、マールはカイトの身体に触れ握りしめた。
「思い出したの!あいつ、マンイーターの臭いがした!!」
マンイーターの…臭い?マールの言葉にカイトは思い当たる節があった。そうだ、彼はマールに全力で床に叩きつけられていた、いくら鍛えているとはいえマールの力でアスファルトに叩きつけられたら無事ではすまない、立つ事は出来たとて継戦など出来はしない。それに収録の際、確かにガランの拳を真正面から受けて鼻の芯を砕かれていた筈だ。誰も気にしなかったが…彼の鼻は治っていた。
「ちょっと待って?マンイーターって?」
「人喰いのバケモノ!!」
問いかける篠崎へマールは大雑把に答え、直ぐにカイトへ視線を向けた。
「我々冒険者は、冒険者の生きた内臓を食べるとマンイーターと呼ばれる人喰いの怪物に変容するんです」
その言葉に運転していた絵里香も反応して目を向ける。
「な…何ですって?」
「マンイーターとなった冒険者は人しか食べられなくなる代わりに強大な力を手にし、不死身になります」
「ちがうよカイト」
隣から否定が聞こえた、見ればマールが虚な目をしてこちらを見ていた。
「ま…マール?」
あまりに不自然なマールの様子に、カイトは思わず呼びかけると、マールはハッとして瞳に光が戻る。
「はれ?あ、ごめん、寝ちゃってた」
寝ぼけてたんかい!カイトは思わずずっこけると、同時に絵里香が急ブレーキを踏む。
「ぶあ!?」
マールとカイトは一緒にベルトに腹を押し込まれた。
「ちょ!?絵里香!何してんの!?」
篠崎は絵里香を叱るが、絵里香は目を見開いて前を見ていた。
「カイト…東郷さんって…あれですか?」
絵里香が指差した先、道路の真ん中に誰かが立っている。都会の車道だぞ?そんな奴がいれば車に撥ねられて終わりの筈だ…しかし男は立っている、背後には派手に転がって燃える車両の群れ、そして刀を手にしたまま、被害者であろう誰かの腕を手にむしゃむしゃと食っている。
「カイト!指示を!」
「っ!?ダメだ!絵里香!!」
カイトの言葉より早く、絵里香は運転席から飛び出していた、腿に装備していた折り畳み式のショートスピアに触れ、展開しようとした。しかし飛び出した先には道路の前にいた筈の男が刀を振り上げた体勢で待っている。
「きゃっ!」
絶対絶命、1秒と待たずに刀が振り下ろされ絵里香の身体が縦に割られる。誰もがそう思った次の瞬間、絵里香は強く背中を押されて突き飛ばされた。何があったかを認識するより早く弾丸の様な速度で飛び出した絵里香の体が東郷の下半身へ抱きつく様な体勢になる。
「!?」
振り下ろす前に組みつかれた東郷の刀が空を斬る、絵里香の予想外の行動を前に動揺した東郷は、直ぐに飛びついてきた絵里香の処理しようと視線を向ける、が、その僅かな隙間に空気の様な何かが顔を打ちつけ東郷の身体を吹き飛ばす。
「いた!!」
絵里香がその場に倒れる。
「エリカ、今の君じゃ、あいつには勝てないよ」
見れば車の窓が開いており、その奥で剣の持ち手に似た杖を握ったマールがいた。マールは瞬時にスパークウェブを放ち、絵里香を突き飛ばす事で彼女を救っていた。
「マール!勝算はあるんですか??」
問いかけるカイトにマールは車から降りながら首を傾げる。
「ま、あいつ弱いから大丈夫じゃない?マンイーターは倒した事がないからわかんない」
マールは余裕の笑みを崩さずに、ボキリボキリと骨を鳴らしながら復帰してきた東郷と向き合っていた。
「絵里香!早く車を出しなさい!!ここを離れます!」
弾ける様な勢いでカイトが吠え、絵里香は素早く身を起こすと車に飛び乗りシートベルトをかけた。
「り!了解!」
絵里香はハンドルを握った。
「行かせないよー?」
東郷は逃亡をみるなり車の前へと躍り出て、マールの膝に顔面を潰されてひっくり返る。
「キミの相手はボクじゃん?余所見なんてしつれーじゃないかな?」
マールは東郷の身体に指先から出した糸を巻きつけていく。
「なん!?なんだこれは!」
東郷は全力で暴れ回るが、糸は刃物の様に肉に食い込んで動けない。
「この魔術便利だな…」
マールの指先から延びる銀色の魔術の糸、それは綾奈の得意とする糸魔術である。
「ぼさっとしない!絵里香!バックなさい!逃げるわよ!!!」
「はい!」
篠崎が怒鳴り、絵里香はレバーをバックに切りながらアクセルを強く踏み込むと猛スピードでバックしてマールと東郷をその場に残して去って行った。
「いやー、凄いねーマールちゃん!本気をだした俺にここまで食い下がるだなんて!?やっぱり、キミは最高だよ!!」
東郷は軽口を叩きながらも全身にからまった魔術の糸を少しずつ千切って行く。
「キミ、トーゴーだっけ」
カイト達の車を目で追いかけて背を向けていたマールがゆっくりと簀巻きの様にされた東郷に目を向ける。
「キミ、ここまで来るのに、何人殺して、何人食べた?」
不気味な問いかけ、そんな事を聞いてどうするつもりなのか、東郷にはわからない。
「さあて!!何人だろうね!?」
その瞬間、東郷は腕力で身体に巻き付いていた糸を引きちぎりながら身を起こし、側のマールを掴むと勢いそのままに押し倒す。
「バカな子だねえ!!このまま締め殺してあげるよ!」
無抵抗なマールの上へ馬乗りになり、その首を腕で掴むとマンイーターとして強化された万力の力で一気に締め上げる。
「そっか、まあ、何人でもいっか…」
東郷は驚愕した、マンイーターとして強化された腕力は並の人間の首など簡単に握り潰せる筈、しかしマールはジッと無抵抗なまま、表情のない顔のまま東郷を見つめていた。その小さな手が首を締め付ける東郷の腕に触れる。
「へ?」
マールは掴んだ腕を握り潰し、そのまま潰した肉を毟り取った。簡単な動作で…まるで粘土でも掴むかの様に。
「ぎ!?ぎやああ!?」
マンイーターといえど、痛みが無くなるわけがない、両腕の肉を毟り取られた激痛に東郷は絶叫しながらマールの上から飛び退いた。マールはゆっくりと身を起こして立ち上がる。そして暗闇の中で翡翠色の美しい瞳が輝いた。
「キミ…」
恐怖に顔を染め上げた東郷に、マールは囁く様に告げる。
「…楽に死ねるだなんて思うなよ?」




