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4の1 アイドル護衛作戦1

今回、長めです

わたしの名前は小金井色葉、15歳、職業はアイドルだ。物心ついて直ぐに見て憧れたアイドルになりたいと夢を見て、世界で一番のアイドルになろうと志したのは5歳の頃だっただろうか?そこから、歌に、踊りに、美容に、勉強、武術やスポーツに至るまで、有りとあらゆる研鑽を重ね常に最強を目指して来た。わたしは日々アイドルであることを忘れたことなど1秒とてない、なぜならば、わたしは寝ても覚めても最強のアイドルだからだ。だが、当然、その程度の努力ではこの世界の人々は自分に見向きもしてくれない。だからわたしは総理大臣だったお爺ちゃんのコネをも使い世界中に自分を売り込んだ。


その甲斐もあって、わたしは今や世界一のアイドルである。わたしが道を歩けば道ゆく人達は悲鳴をあげて喜び、食事をすればその店の商品は瞬く間に売り切れる、歌って踊れば全てのものを魅了し、売り出した曲はどんな形であり飛ぶように売れる。


そうだ、わたしは夢だった最強のアイドルになったのだ…そう【この世界にはもう、登るべき山はない】…そう、自惚れていた。


「マネージャー…これは…どういう事?」


その日、わたしは信じられないものを観た。つい先程配信サイトに無料でアップした新曲のMV、自身でも最高傑作と自負する渾身の出来で、自画自賛できるほどに自信に満ちた一曲だった。当然アップロードからたった1時間足らずで200万再生を記録する。


しかし、記録は2位だったのだ…。


「わ、わかりません…そ、その」


マネージャーの男は気弱だ、わたしに強くはでられない。彼はいつもの困り顔で画面をスクロールして1位の動画を見る。それはどこの誰ともわからない配信者がアップロードしたただの切り抜きの動画だった、再生時間は1分にも満たない、タイトルはただ、ふしぎな歌というだけである。


「再生して」


色葉に言われたマネージャーは恐る恐る再生する。画面は夜なのか真っ暗だがプレハブの壁が見える事から災害の被災者が撮影したものだろう。窓越しに曇っている夜空が見える。


【〜♪】


動画が再生された10秒後…ようやくよく通る女の子の歌が聞こえてくる…聞いたことのない声、知らない歌、言葉ではない、ただの単語を繋ぎ合わせただけの他愛なく、つまらないものだ…しかし、自然と柔らかな腕に包み込まれるかのような…そんな聴き入ってしまう歌だった。


動画の説明欄にはわたしはこの歌で救われたと短い感謝が書かれている。それだけではない、コメント欄にも…毎晩この歌を聴いて眠っていた、最近聴こえ無くなって悲しかった、などと被災者達の感謝の声や惜しむ声、動画で聴ける事に対する感謝などが寄せられていた。それだけではない、参加していた米軍や自衛隊員などもこの歌に元気付けられた事を赤裸々に語っているではないか。アップロードされて数分で、この1分にも満たないただの歌声は既に1000万再生にもなっている…桁違いの数字に色葉は膝が折れて一人でに倒れ伏していた。


久しく感じることの中った完敗の感覚に色葉の身体は耐えられなかったのだ。だが、次の瞬間には怒りに任せて立ち上がり、思い切りテーブルを叩いていた。色葉の一撃を受けたプラスチックのテーブルは真っ二つに割れて上に置いてあった何もかもが床に落ちる。


「大浦!直ぐにこの動画をアップした人にアポを取り話を聞きなさい!」


今の今まで圧倒的な勝利を収め、それに見合う努力を積み重ねて来た色葉にとって、この大敗は何よりも耐え難い屈辱であり同時に新たな登るべき山に対する歓喜もあった。相手の歌は1分にも満たない動画だとか、被災者を利用した感動ポルノだとかそんなことは関係ない、どんなに取り繕うと負けは負けなのだから。


「クソ…クソっ!!派手に負かしてくれちゃってさあ!!絶対に許さないから!!」


その日、色葉は屈辱を噛み締め涙を流しながらも天に吠えたのだった。


「嫌だ!!!」


場所は変わり、マールはカイトの提案を拒絶した。テーブルの上には結晶に閉じ込められた腕がある。その腕は魔王軍の幹部にして1000年前の勇者パーティの一人、黄昏のグンヒルドのものである。


「カイト!!自分が何を言ってるのかわかってるのかな!?こいつは敵なんだよ!?ベルラートでこいつがやった事を忘れたの!?」


マールはいつになく本気で怒っていた。


「わかっていますよ、彼の攻撃で冒険者だけでなく、一般の人々にも多く犠牲が出てます、ですが…」


「じゃあ!そんな奴を復活させるなんて思わないよね!?」


殺気にも似た圧を受けカイトも少し怯んでしまう。


「聞きたい事があるんです」


「僕は聞きたくない!!聞くことなんてないんだから!」


困った、こうなったらマールはとても頑なだ、とりつく島はない…。


「ではこうしませんか?」


「しない!こんなものここで砕いてやる!!」


即答かよ…マールはグンヒルドの腕を床に放り出し思い切り足を振り上げる。マールは本気で踏み潰すつもりだ、早くしろ、早く考えて彼女を止める言葉を発言しろ…。


「やめてくださいマール、あなたを嫌いになりたくない」


なんともみっともない話しだが、こんな言葉しか思い浮かばなかった。


「……」


しかしマールはこちらをみると目を見開き、振り上げていた足を元の位置へ戻した、マールの瞳が動揺に揺れている。


「わかりました、なら一先ずはゼノリコ様に判断を仰ぐというのはどうですか?」


即決できない事案は一度持ち帰り検討、現代ビジネスの基本だ。


「…う、うん…それなら…いいよ」


マールはやけに素直に身を引く。


「カイト…それで王様が砕けって言ったら…ボクの事、きらいにならないよね?」


「?…ええ、ゼノリコ様が砕けと判断されるのならば、私にはどうしようも無いですからね」


それを聞いたマールは安堵のため息を漏らしながらもグンヒルドの腕を掴んで勇者の剣の中へしまい込む。


「そういえば、ママは?」


マールは気紛れに冷蔵庫へ向かい大好きなオレンジジュースとグラスを持ってダイニングテーブルに用意された自分の席へ座る。


「父とデートだそうです」


父と母は若返った事でマールに弟か妹を作るという新たな目標を得た、その為週末の土日は必ず何処かへデートに行くようになった。


「ママとパパって仲良しだよねー!」


元々近所でもおしどり夫婦とみられる位なのだからそれはそうなのだろう。マールは持って来たグラスにオレンジジュースを注ぐとそれを一気に飲み干すと決意したのか派手にテーブルへグラスを置く。


「カイト!ボクはまた映画を観に行きたいよ!」


また唐突な提案にカイトは苦笑しつつも時計に目を向ける既に時刻は8時過ぎの日曜日である。


「わかりました、ならば今日は2回目のデートをしましょうか!」


「さんせー!!」


ダイニングテーブルには母が作り置きしてくれたおにぎりが山のように置いてある、これを食べながら今日の計画を立てることにした。


「では、とりあえず、朝食を食べましょうか」


「はーい!!」


マールは満面の笑みで自分の席に座ると、目の前のおにぎりを手に取り口に運ぶ。


「はわ、うめぼしだー!」


マールはこちらの世界の生活に恐ろしい速さで順応した。本当にここよりも遥かに不便な異世界からやって来たのかと思うほどに馴染んでおり、現代人のみの持つ様々な文化の中で、特に映画に強い感銘を受けたようで、暇があるとこうして映画に行きたがる。ジャンル的は深く考えなくても観れるという理由でモンスターパニック映画がお気に入りのようだ。


「これみたい!太古の眠りから目覚めた巨大セイバートゥースサーモンが、道ゆく川の人々を食い荒らしながら故郷へ帰還する映画!サーモンキング〜王の帰還〜が観たいな!」


…これまた凄まじい作品だ、タイトルもう少し何とかならんかったのか…王の帰還て、カイトは苦笑しながらもスマホを操り上映している映画館を探す。


【デーデン!デーデン!】


すると、唐突にマールの子供携帯から耳馴染みのあるサメ映画のテーマソングが高らかに鳴り響き始める。


「ママかな!」


マールはご機嫌に子供携帯を取ると通話ボタンを押して耳に当てる。


「なーにー?」


通話を始めたマールだったが、すぐに笑顔が崩れた。


「なんだキミか…」


その対応だけで、電話相手が篠崎である事がわかる、マールは災害支援以降、彼女の存在を察すると露骨に不機嫌になるようになった。


「…ふーん、やだ」


当然の拒絶、早々に電話を切ってしまいマールはおにぎりを頬張る。


「篠崎さん、なんだって?」


カイトは問いかけるとマールは口の中の梅干しの種をがりごりと噛み砕いて飲み込んだ。


「僕に会いたいって人がいるから来てほしんだって」


マールはそれだけいうと子供携帯を丁寧にテーブルに置いた。


「ふむ…それはおかしいですね?」


あの災害以降、各界の著名人がマールを一目見たいと魔法少女保護対策課を訪ねてくるというのは多々あった。しかし、マールを見せ物にしたくないカイトは、そう言った要望や申し出は全て断るように伝えてある。マールとこれ以上の関係悪化を恐れているであろう篠崎が、ルール違反を犯すことなんてあり得ない話だ。


「マール、わたしが話しても良いですか?」


「いいけど……あいつ嘘つくよ?」


心底嫌そうに言う、本当に嫌われていて草も生えない。


「ご心配なく、つまらない話なら蹴飛ばしますので」


「…むう、ボクは話して欲しくないんだけど…」


マールは不貞腐れた様子で嫌そうにテーブルの子供携帯をカイトへ差し出し、受け取ったカイトは篠崎へ折り返すとワンコールで出た。


『カイトくんね?良かった』


予測済みか…とカイトは苦笑する。


「マールが映画に行きたがっているので…手短に頼みます」


敢えて壁を作り、マールの側へ立つと篠崎のため息が聞こえる。


『悪いけど、今日、あなた達は映画館には行けないわ…』


随分勝手に決めるな…。


「…そうですか、理由を伺っても?」


『マールちゃんから聞いてないの?会いたいって人が来ているのよ』


「聞いていますよ、だから伺っているのです。わたしは彼女を見せ物にするつもりはありません、その手のお話は全てお断りすると伝えてあった筈です。随分とあっさり約束を反故になさるのですね?」


『し、仕方ないじゃない!!今回はばっかりは…特例中の特例!わたしじゃつっぱねられないのよ!』


例外中の例外があった…ということか?警視庁でもかなり上の立場にある篠崎ですら従わざるを得ない権力などそうそう。


『【小金井幸三】が来てるの…』


篠崎の台詞にカイトの頭が静止する。小金井幸三、現代日本の総理大臣を三度経験し、戦後デフレに陥った日本を救った英傑の一人である。御歳88才という高齢でありながらも今も現役の総理大臣を続けている本物のチートといえよう。


「はは…冗談ですか?…笑えないですよ?」


『冗談だったら電話なんてしないわよ!』


ごもっとも、怒る篠崎にカイトは苦笑するとマールに目を向ける。


「マール、あなたに会いたいと言った人がわかりましたよ」


「…うん、だれ?ボクはあいつのお願いってだけで絶対断るつもりだけど…聞いたげる」


受話器越しに篠崎のうぐっとうめくような声が聞こえカイトは苦笑してしまう。


「現在の内閣総理大臣、小金井幸三さんみたいです」


「ふーん…へんな名前だね、ないかくそーりだいじん、どんなやつなの?」


テーブルのおにぎりを一口で放り込み、梅干しの種ごとゴリゴリと噛み砕いてから飲み込んだ。


「役職的にはゼノリコ王と同じですね…」


やる気なく、不機嫌におにぎりを頬張っていたマールもピタッと止まり、目を丸くする。


「この国の…王様?一番偉い人って事?」


「はい、厳密には二番目ですがゼノリコ様より偉い人ではあります」


同郷だしな。


「…王様より偉い人…」


それを聞いたマールはピタッと固まり、その手からポトリとおにぎりがテーブルに落ちる。


「な…なな、なんで?なんでそんな人がボクに会いたいの?」


ゼノリコより偉い人と言われて、学の無いマールですら非常事態である事は理解したようだ。


「…確かに」


いくら特異な力を持った存在とはいえ、マールは外見通りのただの子供なのだ、そんな彼女に会いにわざわざ公務の間に来ているというのだから大袈裟がすぎる。


「理由を伺っても?」


カイトは電話越しに篠崎へ問いかける。


『ごめんなさい、わたしは何も教えられてないの…』


秘匿事項か…すると、急にマールがピンと背伸びをして席を立つと、露骨に周囲警戒を始める。


「……」


唐突な臨戦体勢も頷ける、何せ、鈍感なカイトですら気付ける程の気配の変化があるのだから。


「迎えがついたみたいね、じゃあ、早めに来てね?」


篠崎からの通話が切れ、同時にインターフォンが家中に鳴り響くと、インターフォンに取り付けられたカメラが勝手に家の外にいるぴっちりとした黒服にサングラス姿の男女数十人が整列している姿を映し出す。


「マール、どうやら拒否権はないようですよ?」


「…全員ぶっ飛ばせば良くない?」


気配に当てられたマールは臨戦体勢を表す無表情である。そんな事をすれば戦争待ったなしだ。


「そんなことしたら母さん、めちゃくちゃ怒りますよ」


母に怒られると聞けば、臨戦体勢だったマールもおとなしくなる。


「それは…やだ…」


シュンとしているマールも絵になるものだ。


「ですが、もしも我々を害する事が目的であるならば、その時は頼みます」


それを聞いたマールは笑みを浮かべた。


「まかせて」


カイトはインターフォンの前に行き通話を押す。


「すみません、まだ寝巻きなので着替える時間はもらえますか?」


「どうぞ、お待ちしております」


インターフォン越しに女性の声が響く、カイトは急いでマールを他所行きの服に着替えさせると、自らもそれなりに高い服を身につけてからマールの手を取り、一緒に玄関へと向かい扉を開ける。


「カイト様、マール様でお間違いないですね?」


玄関の扉を開けるなり、外には黒服を身に纏いサングラスで輪郭を隠した長身の女性がいた。


「はい、そうですが」


そう伝えると、女性は笑みを浮かべてサングラスを外した、サングラスの下は整った顔立ちの美人である。


「わたくし、幸三の秘書を務めておりますオノダと申します、以後お見知りおきを…」


秘書ときたか…オノダは小さな名刺を差し出すと、わざわざ白い手袋を外してからカイトとマールに握手を求めて来た。


「それでは早速ですが外に車を待たせています、どうぞこちらへ…」


オノダにエスコートされ、家から出ると外には黒塗りのやたらと長く大きな車…リムジンがいた。


「何このクルマ!長い!」


さっきまで不機嫌だったマールも、初めて見るリムジンの外見に興奮して大はしゃぎである。


「中へどうぞ?」


「乗って良いの!?」


「ええ、勿論、お迎えにあがったのですから」


「わあああ!おじゃまします!」


マールは大喜びでリムジンへと乗り込み、カイトも後を追うように乗り込む。中は広くまるで高価なホテルの一室のような作りになっており、豪華絢爛な装飾が施された棚に様々な酒が並び、その前には一際豪華なカウンターが一つ置かれ、口髭が立派なスラリと背の高い初老の男性が立っている。


「いらっしゃいませ、マール様とカイト様ですね?どうぞ…此方の席へ」


男はマールとカイトをカウンターテーブルの席へと案内し、座ったマールの前にお品書きや様々な食器などを配置していく。


「申し遅れました、わたし、此度の移動の一時を提供いたします、山本と申しますどうぞよろしくお願いします」


山本は深く頭を下げて美しいお辞儀を見せる。


「はい、よろしくお願いします」


「あ…う…うん…よろしくおねがいします」


珍しい、誰とでも同じ対応をするあのマールが、山本に対して明らかな人見知りを発動している。


「どうぞおくつろぎ下さい。よろしければお品書きをどうぞ、そこに書かれているものならばなんでもお出しできます」


カイトは目の前のお品書きに手を伸ばして開く、お品書きには同じ言葉がいくつも並んでいる。きっと、世界の主要な言語で料理やカクテルの名前を書いているのだろう、ただ、これは最近ひらがなを覚えたばかりのマールには荷が重い。


「えと…か…しす?」


現にお品書きを真剣に見つめているではないか、届かない足をプラプラさせながら辿々しくレシピを読んでいる。


「すみません、彼女は読み書きがあまり得意ではなくて…」


カイトが男に伝えると、男はなるほどと頷いた。


「それは大変失礼しました、よろしければ私に好きなものを教えていただきますか?」


「あ、うん…えっと…」


マールは緊張しており、遠慮がちにカイトを見てくる。彼女が人見知りをするのは珍しいが、普段見れない一面が観れるのはいい事だ、とカイトは笑う。


「そうですね、では市販ではあまり見かけない炭酸ジュースを頂きたいです」


「ふむ、市販ではあり見かけない…炭酸ですか」


少し意地悪すぎたか?とカイトは考えるも、山本は不敵に笑いマールに目を向ける。


「でしたら、ブルーハワイのフロートなどはいかがですか?」


「ぶるーはわい?…ふろーと?」


初めて聞く単語にマールは首を傾げてカイトに目を向ける。


「青空のような美しい青色の炭酸に甘いミルクのアイスクリームが乗った飲み物です」


山本は丁寧に言葉で教えてくれた。


「あいすくりーむ…?」


そうか、彼女はアイスクリームを知らなかったか…。


「では、それで」


「カイト様はいかがします?」


自分のオーダーを失念していた。


「わたしはブラックコーヒーでいいです、ナッツもつけていただけると」


「かしこまりました」


山本は再び深く礼をすると、運転席に合図を送る。オーダーと共に車が動く予定なのだろう。カイトのコーヒーはシンプルなもののため、すぐにナッツと共に提供される。


「カイト!ボクもボクも!」


「山本さん、彼女にもナッツをもらえますか?」


カイトの問いかけに準備に動いていた山本は意図を察して笑う。


「かしこまりました」


すぐに高価なグラスに入れられたナッツがマールの前に提供される。


「おおー!」


マールは物珍しそうにナッツを見つめ、一つを口に運ぶ。


「味がしない?」


「香りと食感を楽しむものですからね、コーヒーの苦味によくあうんです」


「ふーん?」


口に合わなかったのか、すぐにナッツを押し付けて来た。


「見てください、ブルーハワイができますよ?」


指を差すと、山本は様々な液体の入った瓶を次々とカウンターから取り出し、銀色に輝くシェイカーをカウンターへ置くと、最後に氷の塊を冷蔵庫から取り出しては機敏な動きで出したばかりの氷の塊を瞬く間に削りとってシェイカーへ放り込み様々な液体を加えて封をして、パキリ、パキリと子気味良い音を立てながら液体を混ぜ合わせ、シェイカーが宙を舞う。


「しゅ…しゅげー!!」


マールは山本の一挙種一動作全てに感動して目をキラキラ輝かせていた、そしてマールの前に置かれたグラスを自らの手元に手繰り寄せると、シェイカーの蓋を開封してグラスへと傾ける。炭酸の弾けるいい音と共に青い液体が注がれ、削られた氷の粒子が最後に現れて水面を薄らと凍らせ、手早く冷凍庫から取り出されたアイスクリームが氷上にトッピングされる。


「カイト!すごい!綺麗な青のしゃわしゅわに白い雪が乗ってるよ!!これがぶるーはわい!?」


視界の全てが初体験だろうマールの興奮は最高潮だろう、年相応な満面の笑みが眩い。


「はい、出来ましたよ?」


山本からスプーンのついたストローと共に渡される。


「ふわあ…な、何から手をつけたらいいんだろ…」


本格的なバーテンダーから芸術的なブルーハワイを提供されたら誰でもそうなるだろう、そんなふうにマールが悩んでいるとオホンと、山本が咳払いをした。


「では僭越ながら…まずはストローについたスプーンで白い雪、アイスクリームからお召し上がりください」


「わ!わかった!」


山本に言われた通りに、マールはストローを手に取ると、先についたスプーン状の口でアイスを救って口に運ぶ。


「あまい!!これなに!?雪みたいにつめたいのに甘くておいしい!?」


アイスクリーム初体験のマールの頭はいま様々な感情でぐちゃぐちゃだろう。スプーンでアイスクリームを削っては口に運ぶ。


「ちめたい!」


とても楽しそうだ。


「口が甘さで満たされたらソーダをどうぞ」


「う、うん!」


マールは言われた通りにストローを深くジュースに刺して吸う。


「わあ…わああああー!?」


感激の声を上げる、少し甘すぎるミルクアイスに満たされた口の中が、爽やかなハーブの香るブルーハワイに洗い流される感覚は感動ものだろう。マールはとても楽しそうに再びアイスを口に運んでから、ソーダで洗い流す感覚を楽しんでいる。


「そこです、思い切ってアイスとソーダを混ぜてみてください」


山本の指示でマールは残りを見る、丁度ジュースが少なくなってグラスの半分になっている。


「おっちゃんすごい!天才なの!?」


マールも山本の意図を理解したようだった、言われたようにアイスを崩しながらソーダを混ぜ合わせ、ミルクアイスの白濁が青色のソーダと混ざって見事なコントラストを作りだし、それを一緒に口へと運ぶ。


「これ!!すごい美味しい!!おかわり!!」


瞬間、山本は目ざとく空になったグラスをさっと片付けて新たなグラスをマールの目の前へ置く。


「おかわりも良いですが…わたしのおすすめがいくつかございます、よろしければ次は別の味、そうですねメロンフロートなどはいかがですか?」


山本は丁寧にお品書きを開いてメロンソーダを指さしてマールへ見せた。お品書きにはちゃんとイラストが載っており読み書きが出来なくてもある程度はわかるよう配慮されている。


「またシャカシャカする?!」


どうやらシェイカーがお気に召したらしい、山本は大きく頷いて見せる。


「ええ勿論」


「やったー!!」


こうして他愛のないことに大袈裟に喜び、笑っている時はどこにでもいる可愛い女の子なのだがな…とカイトはモノ思い耽りながらナッツを口に運ぶ。その間にも山本は出来上がった本格的メロンソーダを目の前に置き、その上にアイスクリームを置く。


「いただき!」


「まだですよマール様、これがあります」


赤く輝くさくらんぼを見せ、アイスクリームの上にトッピングする。


「おおおお!!!」


それだけでマールは大喜びしてメロンフロートを楽しんだ。こうしている間にもリムジンは警視庁の地下にある魔法少女保護対策課の基地へと入って行き、いつしか駐車場へと辿り着く。


「ヤマモト!またね!」


本格的バーテンダー山本と別れるのが心の底から名残惜しいのか、マールはカイトに手を引かれて歩きながらも振り返る手を振っている。


「はい、またのおこしを心待ちにしております」


山本は最後に深くお辞儀をして、リムジンの扉が閉められリムジンは遠くの駐車スペースへと行ってしまう。


静まり返る駐車場、基地に通ずる入り口には数多くの黒服にサングラスの男女が待ち構えている。


「……」


その全員がボディアーマーやタクティカルベストを目立たないように身につけ、人間を殺すには大きすぎるハンドガンを携行している事に気が付いた。それだけで、彼らが厳重な警戒体制の中にある事を理解する事が出来る。


「なんか、ピリピリするね」


殺気だつ黒服達の圧に当てられ、マールはカイトの手を強く握り返す。


『こいつら結構やる、ボクから絶対離れないでね』


マールの結構やるは本当に強いということ。彼女は戦闘に於いてお世辞は言わない、故に彼らは一人一人がそれだけの実力者ということだ。そんな上澄みのガードマン達が廊下の至る所に大袈裟な人数が配備されている、いかなる状態、いかなる事態にも即応出来るよう女性一人に男性二人の理想的な3人一組が何組もいる、いくら要人の警護といえど、これほど過剰な人数が配置されていれば気にもなる。


「ようマール!」


前から聞き慣れた声がする、見れば燃えるような赤髪をツインテールに結んだ少女、茜が道着姿で歩いて来ていた、腰にはいつもの刀を帯刀している。


「アカネじゃん!なにそのかっこう、今から死ぬの??」


マールには道着姿が死装束に見えたようだ。


「死なねえよ!!日曜日は剣術の授業なんだ、篠崎さんが橘立身流の先生を呼んでくれてるんだぜ?」


橘立身流、カイトには聞き馴染みのないものだ。


「おまえら知らんのか?しかたねえなー!」


茜は自慢げに教えてくれた、彼女が言うには、戦争がなくなったこの現代日本に於いて最も実戦に則した剣術が学べる流派なのだという。


「実戦のけんじゅつー??ププ、君達の剣術が亜人に使えるのー?」


マールはとてもムカつく顔でバカにしていた。


「な!!バカにすんなよ!先生はあたしでも勝てないんだからな!」


冒険者体質の人間を圧倒する人間は稀に存在する、プロボクサーのガランもそうだった。そう言われたら、どのような技を使うのか興味がある。


「まあ、アカネじゃそうだろうね、キミ弱いし」


「なんだとー!?」


茜がマールに掴み掛かりじゃれ合い始めると、背後にいたオノダが咳払いをして二人はピタリと止まる。


「カイト!!ボクも道場に行きたい!!茜と一緒に行ってていい?」


マールは満面の笑顔で問いかけて来た


「あなたは総理大臣に呼ばれているでしょ?」


「えー!!?やだー!いきたいー!いいでしょー?」


めちゃくちゃ可愛い仕草でおねだりをしてくる。相手が私でなければ即堕ちだったろう。


「ダメです」


「やだやだやだ!行きたい!」


こんな駄々をこねるのも珍しいと思いながら見ていると茜が反応する。


「総理大臣?なるほど、この物々しい連中は総理のガードマンだったのか」


茜は察したように呟きながらも納得し、背後のオノダと目を合わせる。


「まあ、今日はなんかゲストもくるとかで長い時間やるみたいだから終わったら顔出せよ!」


「カイト!終わったら行ってもいいでしょ?」


とても可愛いおねだりだ。


「はい、もちろん、というより顔合わせだけしてお仕事の話が始まったら大丈夫ですよ?」


「本当!?やった!カイト大好き!!」


マールは喜びながら抱きついて来た。


「じゃあねアカネ!顔合わせしたらすぐに行くから!」


「ああ、楽しみにしてるなー!」


茜と別れたカイトとマールは背後にいたオノダに押し出されるように、黒服達の配備された廊下をひたすら進み、遂には会議室へと辿り着く。


会議室には応接間と本会議室があり、まずは応接間に通され、呼び込間れる事となる。応接間には篠崎が本田や複数の職員と共に待機しておりカイトとマールを見るなり慌てた様子で駆け寄って来た。


「遅いわよ二人とも!何をしてっ…いた…の?」


めくじらを立てて怒っていた篠崎だが、無表情のマールに睨まれて静かにトーンダウンする。


「先に中で待っています、準備ができたらどうぞ…」


静かに背後をついて来ていた秘書のオノダは、にこやかにつげながらも奥にある会議室の扉前に立つと、コンコンと独特なリズムで扉をノックする。


「オノダだね?入りなさい」


扉の奥で精悍な男性の声が響き、オノダは素早く扉の中へ入っていく。あまりにも早くて吸い込まれたようにも見える程だった。


「……カイト、ボクもう道場に行ってていい?」 


さっきまでの笑顔が嘘のように、無表情となったマールは吐き捨てる。理由はとても簡単、その視線の先に篠崎がいるからだ。


「まだです、我慢してください、マール」


「……」


マールは無表情のまま篠崎をじっと見ていた、笑うでも、嫌悪に顔を歪めるでもなく、獲物を前にした爬虫類のような、まるで温度を感じない視線を向け続けている。明確すぎる敵意と警戒だった、もしもカイトが殺害禁止を告げていなければ、彼女は確実に目の前の篠崎を殺害するだろう。そうカイトは考えながらも篠崎へ顔を向けると、彼女も無事なわけがなく、マールに敵意を向けられ続けたことでダラダラと冷や汗を流しているため、気の毒になった。


「小金井総理は奥に?」


カイトが問いかけると、篠崎は何度も頷いた。


「…え…ええ」


我ここにあらずだがそれも仕方ない、マールはずっと篠崎に警戒心を向けている。冷たい刃を喉元に突きつけられているような感覚で、向けられている方は気が気ではないだろう。


「あの…」


篠崎が恐る恐る声をかける。


「ボクに話しかけないで」


出鼻をくじく明確な拒絶、マールは無表情のまま一切の感情もなくただ吐き捨て。篠崎はショックを受けたように俯いてしまった。そんな無表情のままのマールの頬にカイトは触れる。


「ふぎゅ…なに?」


無表情だったマールに表情が戻る。


「いきますよ?」


マールの手を取り、引っ張るようにして篠崎の横を抜ける。


「…オマエも、同じ目にあったらいいんだ」


すれ違いざまにマールははっきりと聞こえるように吐き捨て、篠崎は振り返るが、その時には会議室の両扉がガチャリと開いた。


「どうぞ奥へ、幸三様がお待ちです」


扉の先のオノダによって招き入れられ扉を閉める。会議室には白い円卓が一つとその周囲を囲うように椅子が並べられ、その椅子の一つに彼は座っていた。テレビで散々観た精悍な顔立ち、王というにはあまりにも優しい眼差しをした老人、ピシッとした礼服に身を包み、ピンと伸ばされた背筋のせいかとても大きく見える。


「オノダ、二人を座らせなさい」


「失礼しました」


オノダはすぐに椅子を用意してマールとカイトをエスコートし座らせる。


「突然の呼び出しをしてしまって申し訳無かったね、私は小金井幸三、この国の内閣総理大臣をやっておる」


幸三は杖をついて立ち上がり、深々と頭を下げた。年端もいかないカイトとマールに頭を下げる総理大臣の図など誰が想像できるだろう?カイトも立ち上がると深々と頭を下げる。


「私がカイト、隣の子がマールです」


「よ、よろしく…お願いしますっ」


マールも幸三から溢れ出るオーラに気押されているようだ、立ち上がるなり深々と頭を下げた。


「早速ですが、要件を伺いましょう」


カイトが頭を上げ見ると、幸三は顔を上げホッとした様子で笑みを浮かべ、オルダに支えられて席に着く。


「話がはやくて助かるよ、オノダ」


幸三はいつのまにかそばにいたオノダに呼びかけると、オノダは奥にある扉の前に行くとパァンと派手に扉が開いた。


「おじいちゃん!!待ちくたびれたわ!!いつまであたしを待たせるの!?」


少女だった。スラリと背は高いが年若く顔立ちは幼い。しかしながら鋭い吊り目が性格の荒々しさを想像させる。凄く美形だ。染められているのかプラチナに輝く髪は電灯の光を受けて七色に輝き今時の若者がするだろうショートパンツにラフなワンピースの上から着る意味がなさそうなジャケットを羽織っている。


「はっはっは、すまないな色葉」


幸三は満面の笑みで笑い飛ばしつつ、カイトに目を向ける。


「こやつは孫の色葉イロハ、少し背が高くて大人びてはいるが、まだ15歳の小娘だ。生意気で礼儀作法も知らん…」


年齢としてはそう変わらないし、色葉の方が2歳歳上になるのだが、そう紹介する幸三の前で色葉は腕を組んで仁王立ちしながらふんぞり返る。


「色葉よ!!あんた達がマールとカイトね!よろしく!!」


見てくれの迫力の割に礼儀正しい、とても大きな声だが少女特有のキンキンとした不快感がない。これが陽キャというものなのだろうか?不意にマールの手がカイトの手を握り返して来る。


『こいつ、冒険者だ』


え?マールの体温と共に言葉が脳裏に響き、カイトは即座に眉間に力を入れながら色葉を見た。


「ん?何よ?あたしの顔に何かついてる?」


色葉の頭上にははっきりと加護を示す数字が浮かび上がり、カイトは信託をみるべく右目を動かしスクロールさせる、彼女の持つ信託の名は【歌姫】であった。


「ちょっと、あたしが挨拶してるのよ!無視すんじゃないわよ!」


目の前でふんぞり返っていた色葉の顔が不快に歪む。


「失礼しました、よろしくお願いします色葉さん」


カイトは素直に謝罪して握手を求めると、色葉はうむっと唸りながらも強く手を握り返してグイッと引き寄せるような力強い握手をする。そして隣のマールに睨みを効かせる。


「ん?ああ、よろしく?」


マールは特に気にしていない興味もない様子でそれだけを呟いた。


「これ色葉、萎縮しとるではないか!そんなに睨むでないわ!」


幸三に釘を刺され、色葉はため息を漏らしながらもカイトの手を離す。


「不出来な孫ですまんのう、この通り粗暴に育っておるが根は真面目なのじゃ、どうか、許してやってほしい」


幸三は素直な謝罪をのべると、色葉を手で後ろへと回す。


「……それで、要件というのは?」


カイトが問いかけると、幸三は口本を笑わせる。


「それが…」


「あたしを護りなさい!!」


幸三が口を開く前に色葉が吠えた。護る?カイトが訝しむと、幸三はその表情で察したのか苦笑する。


「今から三週間後にこの子のデビュー5周年を記念するライブがあるのだ。君達にはそのライブが終わるまで色葉の身辺警護をお願いしたいのだ」


身辺警護…カイトは首を傾げ、マールも同じように首を傾げている。


「申し訳ありません、既にご存知とは思いますが、我々、魔法少女隊は対亜人に対しての戦闘を想定した活動を行っています、対人を想定した作戦行動は極力避けたいと考えています」


カイトは睨むように幸三を見つめると、幸三はふむと顎に触れる。


「人の敵にならない為、じゃったか?」


その問いかけに頷く、しかし幸三の表情を変える事はない。


「そこを曲げて欲しいとお願いしておる、そのためにこうして直接会いに来たのだしのう」


そういう事か、なんと横暴な総理だろうか。


「我々は特異な体質を有していますが所詮は単なる子供です、警護は初体験、プロではない、私達よりも適任はいると思います」


「それはあたしがお願いしたの!」


カイトが否定する前に色葉が吠える。彼女はわざわざマールの前に出てきて仁王立ちで腕組み凄んで見せる。


「いいこと!?単なる護衛じゃあたしの護衛は務まらないからよ!それにどうせ側に置くなら歳が近い方がいい!だからあなたたち魔法少女隊を選んだわけ!」


ならば絵里香か茜に任務を渡すかとカイトは考えているうちにも色葉は語る。


「いいこと?よく聞きなさい!あたしは最強のアイドルなの!だったら?警護につく人間も最高で最強じゃなきゃ務まらないわけ!!人類を超えた存在である魔法少女という新人類の中でも最強の子を警護につけるべきじゃない?」


だから総理大臣の祖父に頼んで、魔法少女隊で最強のマールに護衛を頼みに来たとのこと。


「カイト、もう行ってもいい?」


マールは色葉など気に求めずに袖をひいてきた、よっぽど退屈なのか既に眠そうである。


「もう少し我慢してください」


「えぇ?だってつまんないんだもん…」


カイトの注意にもマールは嫌そうな声音で反抗するといじけだした。


「ちょっと、マールだっけ?あんた何歳よ?」


急な色葉の問いかけにマールは見上げて首を傾げる。


「…13だけど?」


マールは素直に答え、パァンといい音がなる。カイトは目を疑った、唐突に色葉の手がマールの頬を張り飛ばしたのだ。


「あたしより二つも下じゃない!生意気ね!礼儀がなってないわ!」


やばい、これは…カイトが考えたのも束の間、ボゴッとこれまたいい音が聞こえた、見ればマールが握りしめた小さな拳を色葉の顔面に叩き込んで振り抜いていた。


「いきなりなにすんだよ…おまえ!」


おわった…内閣総理大臣の目の前で、彼の孫娘を殴り飛ばしていても物怖じせずに吠えるマールをみたカイトは頭が真っ白になり血の気が引く。


「ほっほっほっ!」


だが、幸三は穏やかに笑っていた。なぜ?カイトが不思議がっていると、その理由はすぐに判明する。殴られ身体をのけ反らせた色葉、だが、それは倒れそうになったのではない、何かがぶつかるような鈍い音が響いた、ために溜め込んだ頭突きがマールの頭を打った音である事に気づいた。


「あぐっ…」


強烈な頭突きによるカウンターを諸に受けたマールも流石に怯んで後退る、だがそんなマールを色葉はにがさない間髪入れずに彼女の襟首を掴むと綺麗な大外狩りでマールを地面に張り倒した。


「ぐは!!」


柔道など食らったことのないマールは受け身も取れずに背中から床に叩きつけられて息を吐き出す、そんなマールの腹を膝で潰しながら馬乗りになると、容赦なくマールの顔面をハンマーブローを叩き込む。


「目上は敬え!!このちんちくりんが!!」


雨のようなハンマーブローの浴びせられついにマールもキレる。


「っの!調子に乗んなっ!」


マールは腹筋の力で色葉の身体を真上に跳ね上げ天井に叩きつけると、起き上がりながら落下する色葉を掴んで頭から床に思い切り叩きつける。ズドンと大地が揺れ、床の材質に亀裂が入るほどの威力だ、普通なら死ぬ…だが色葉は即座に起き上がって身を翻す。


「いっ…たいわね!!年下の癖に生意気!!!」


頭から血を流しながらも戦意は衰える事はない。


「年下年下って!!うっさいんだよ!!2歳くらいで威張んなよ!!」


マールも完全に頭に血が昇っており色葉を正面からぶつかり合う。


「すまんな、カイトくん」


取っ組み合う二人を見ながら幸三は何度目かの謝罪を口にした。


「……護衛というのは建前じゃ」


「護衛が…建前?」


彼は大きく頷いてから殴り合う色葉に目を向ける。


「色葉に護衛など必要ない。見ての通り喧嘩っぱやく腕っぷしも強い、生半可な暴漢など相手にもならんじゃろうな…その上で頭がよい、なんでも一眼見ただけで全てをものにしてしまう器用さを持ち合わせ、言葉の壁もあやつには存在しない。時代が時代ならば悪魔憑きと呼ばれて処分されていたであろうのう…」


総理、お言葉ですが頭が良さそうには見えないのですが。マールに頬を引っ張られて間抜けな顔を晒している。


「疑っとるな?あやつは10歳でアメリカの学校も主席で卒業しとるぞ?卒業論文はお前さんの兄、あの陸兎の点数を上回っておる」


……まじか、カイトの兄である陸兎は、医学部だがその大学で最高記録だったはずだ、その兄の点数を上回るという時点で天才という称号に納得する必要がある。


「……実はな、あやつは本当の孫ではないのじゃ」


唐突な暴露だ…カイトは何も言わずに穏やかに語る幸三を見つめた。


「15年前、ワシがまだ野心に溢れていたころ、巡業先でゴミに埋もれて泣いていたあやつをオノダが見つけてな…わしは点数稼ぎのつもりであやつを保護し、孫としたのじゃ…」


どこかで聞いたことのある話だ…。


「その話は彼女に?」


問いかけると、幸三はゆっくりと首を横に振る。


「賢いあの子のことじゃ、きっともうわかっとるじゃろうよ…だからあの歳で学校にも行かず卒業試験だけを終わらせて、一度の入学をすることなく社会人になって既に今のあやつの稼ぎはわしの年収の倍じゃ…そんな親孝行が出来る孫など愛さぬわけがなかろう?」


幸三は俯き、意を決した様に語る。


「ワシはもうご覧のとおり高齢じゃ、先は長くない。ワシが死んだ後、愚かな息子夫婦どもがワシの全てを持って行こうとするのは明白、じゃから、そんなつまらない事になる前に、あやつを小金井の呪縛から解き放ってやりたいと考えておった所に君達、魔法少女が現れた」


彼は語る、神の思し召しがあったのだと感じたのだという。


「孫は、常人では考えられない器用さと身体能力を持ち…そして、良く食べる…どうなのじゃ?」


幸三は色葉が確実に魔法少女だとわかった上で、彼女をここに連れて来た。


「……はい、お察しの通りです」


カイトの返答を聞き、幸三はやはりかと安堵のため息を漏らした。


「はは、確か、君達は視覚的に同族を判別できるんじゃったか?」


「良くご存知ですね?その通りです。最も、マールと本気で殴り合えている時点でわかりそうですが」


確かにと…幸三は笑いながらも小さく咳き込み、オノダが取り出したペットボトルの水で乾いた口を濯ぐ。


「しかし、それならば魔法少女保護対策課に伝えて押し付けてしまえばよかったのでは?」


「当初はそのつもりじゃった…あやつからマールに会いたいと騒ぎ出してのう、これ行幸と総理大臣の立場を利用し、あやつの護衛としてマールを付けるよう、篠崎の娘に打診した次第じゃ…」


篠崎家と小金井家は家族同士の付き合いがある程親密な関係にあるのだ…だから篠崎は突っぱねることができなかったのだろうとカイトは察した。


「一応、護衛も全部が全部嘘なわけじゃないぞ?あやつは目立つし、喧嘩っ早いからのう?少しでも気に入らないと暴力に出て方々に敵を作りまくっとる」


何と無くだがいまの惨状を見れば察しはつく。


「故に色葉に死んでほしいと思っとる奴はごまんとおるでな…」


「成る程、わかりました」


カイトは小さく頷いた。


「此度の護衛任務は、特別にお受けしましょう」


「特別か…ふむ、まあ良いほっほっほっ」


幸三は僅かに眉を顰めた、望んだ結末とは違かったのだろう。しかし、知った事ではない。話が終わり、戦況に目を向けると、マールが色葉を圧倒し始めている、そろそろ殺し合いに発展するので止めなければならない。


「二人とも、落ち着いて下さ」


「うるさい!!」


背後から羽交締めにしようとしたカイトはマールが唐突に振り抜いた裏拳によって壁までぶっ飛ばされる。


「…はっ…」


ぶっ飛ばしてからカイトだった事に気づいたマールは、慌てて壁にめり込んだカイトへ駆け寄って助け出し、回復術をかける。


「いったあ!?」


回復の痛みで意識を呼び覚まされたカイトが飛び起き、眼前のマールを見た。


「…ごめんなさい」


殴られた後に謝られるとは思わなかった、カイトは苦笑しつつも申し訳なさそうなマールの頭をポンポンと優しく叩いてから立ち上がる。


「ちょっとあんた!あたしにもその治すやつやりなさいよ!!」


色葉の顔面は内出血や打撲ですごい事になっている。


「なんで攻撃して来た奴を回復してあげなきゃいけないのさ!!やだよ!そのままでいなよ!」


マールも同じようなものだったが、冒険者体質の人間は軽傷の打撲や内出血ていどならばじっとしていればすぐに回復してしまう。二人とも話しているうちには綺麗に治っている。


「マール、一応彼女は護衛対象なんですよ?」


「護衛ぃ!?コイツに護衛なんて要らないよ!!強いもんコイツ!」


「コイツコイツうるさいわね!!私は歳上なのよ!!さん付けかせめて名前で呼びなさい!」


「山猿さんごめんなさい」


「誰が山猿よ!!あんたの方が猿みたいじゃない?チビだし!あたしが山猿ならアンタは小猿ね!!ぴったりよ!!」


「んなっ!?なんだとおお!?」


二人とも似たようなものだと、カイトは思ったが口には出さなかった。またもや取っ組み合いが始まる、ただカイトを殴った手前だからか、手は出ていない、口汚く言い合うだけである…もしかしたらこの二人、相性がいいのかもしれない。


「ほっほっ!色葉よ、元気が有り余るのも良い事じゃが、もうそのくらいでよいじゃろ??のう?」


幸三が色葉に睨みを効かせると、二人はピタッと喧嘩をやめて静かになる。色葉ならわかるが、不思議とマールまでピタッと色葉の横に習っている。


「よろしい、ではカイト君、マールちゃん…」


精悍な顔は含み笑いを浮かべる。


「うちの孫をよろしく頼む」


それだけ言うとゆっくりと立ち上がり、そばのオノダが支えて立たせ、扇動する。


「色葉、あまりお二方に迷惑をかけるんじゃないよ?」


「…っ、わかってるからもう行ってよ。明日からアメリカ外交なんでしょ?気をつけてよ?」


色葉は幸三の乱れた衣服を手直しした。


「ほほっ…そうするよオノダ、頼む」


「はい!幸三様!」


オノダは幸三の手を引いて、足早に会議室を後にした。しかし、カイトは見逃さなかった、幸三は去り際カイトに向かって舌を出して笑っていたのだ。


「やられた…」


思わず声に出してしまった、つまりこれはこの気難しい山猿をアメリカ外交の前に程良く押し付ける為の茶番なのだ、おのれ、これだから政治家という奴は。


「さて、じゃああたしらも行くわよ!!ついて来なさい」


色葉は腕を組んだまま、早歩きで会議室を出ていく。


「あいつならほっといても大丈夫そうだし、かえる?」


「ええ、そうですね…彼女なら無人島でも生きていけるでしょう、予定通り映画を観てから帰るのはいかがでしょう?」


「さんせー!!」


カイトの提案にマールは元気よく手を挙げて賛同をしめした。


「コラ!二人とも!!モタモタするんじゃないわよ!」


駆け足で戻って来た色葉に怒鳴られて顔を見合わせて苦笑する。


「行くのは構いませんが、これからどちらへ?」


アイドルというからには打ち合わせや番組のロケなどだろうか?と考えながらカイトは問いかけると、色葉はニッコリといい笑顔をした。


「第三訓練場よ!!橘立身流剣術の先生が来てるのよ!!おじいちゃんにお願いして特別に練習に参加できるようにしてもらったのよ!」


そういえば、茜もゲストが来ると言っていた…まさか彼女がそうだったのか。


「なんだ、ボク達も行こうと思ってたとこじゃん」


ちょうどいいやとマールは歩き出す。


「なによ貴方達も行こうとしていたの?」


「はい、魔法少女の子も参加していますので興味は有ります」


「そうなのね!!なら早く行きましょう!?」


色葉は居ても立っても居られないのか早足で歩き出し、二人は後を追いかける。


「あたしはね!異世界に憧れているの!!」


道中、聞いてもいない事を色葉は語り出した。


「あたしはこの世界が嫌い!だってつまらないもの!」


廊下の先を見つめながら、彼女はただ愚痴を吐き出していた。


「だから、異世界転生ってのをやってみたいのよね!!違う世界では私なんて才能も取り柄もなーんもないただの冒険者!毎日毎日魔物や亜人との闘いに明け暮れて、夜になったら酒場でその日の稼ぎを使って仲間達と飲んで騒いで…そんな生活をやってみたいの!!」


人目に晒されても恥ずかしい事など一つもないとでも言いたげに気持ちよさそうに語っていた色葉をみてマールはププと吹き出した。


「そんな良いもんじゃないよー?酒場のご飯はぼったくりだしそもそも美味しくないんだからっ!!」


確かに、向こうの世界の酒場のご飯はお世辞にも美味しくはない、強い塩味を酒と共に流し込むものばかりである。


「しったような事を言うわねあなた!!」


見て来たというかそういう世界の出身だといったら彼女はどんな顔をするだろうか…ここは黙っておこう。


「ふふん、何せ僕は君が憧れている異世界から来た人間だからね!!!」


いや!言うんかーーい!マールはふんぞりかえって誇らしげだ。


「はー…そうなの、よかったわね…」


何故か信じてもらえないのもあるある、色葉は自慢げに胸を張るマールの額に手を当てつつ自らの額にも触れた。


「ほんとだよ!?ボクとカイトは!ベルラートっていう」


「仲良い友達まで妄想に巻き込むのは良くないよー?」


「ち!!ちがうんだってー!!」


マールは信じてもらおうと必死だが、正直、カイトはホッとした。そうこうしている間にも3人は第三訓練場と書かれたプレートのある入り口へと辿り着いた。色葉は待つ事なく扉を力強く開けた。


「たのもー!!」


バーンと派手な音が鳴り響く、カイトは飛び込んでくる情報に思わず息を飲む。訓練場の中は数十人もの木刀を携えた男達が正座している。


「………」


重苦しい武芸者特有の殺気だった。そんな空気に体の産毛が立ち上がる。隣を見ればマールは歯を剥き出しにして笑っているではないか、彼女も根っからの武闘派、この空気に当てられては身体が疼いてたまらないのだろう。どうやら門下生達の中には警察官や魔法少女保護対策課の職員などの顔もあり、どうやら一緒に訓練を受けているようだった。見知った顔の数人はこちらをみたが、直ぐに視線を元の位置へと戻す、彼らの視線の先では、木刀を正眼に構えた男と燃えるように赤い髪をした少女、茜が向き合っている。丁度組み手を始める直前であったようだ。


「はじめっ!」


先生らしい風貌の老人が声を張ると、双方が同時に動き出す。


「だあああっ!!」


裂帛の気合いと共に上段から襲いかかる茜は、向き合っていた男は受け止めようとして防御の構えを取り、二撃、三撃と打ち下ろされ、木刀とは思えない激しい打撃音が何度も弾ける、当然、冒険者体質の茜に打ち込まれては、例え大の大人といえどその力の差に打ちのめされてしまう、案の定、打ち合った男は一度の反撃すら許されずに端に追いやられてしまう。


「くそっ!!」


苦し紛れに振るう反撃の一撃、しかし茜には見えている。素早く身を引きスレスレで避けながら木刀を振り上げ男の小手を打つ。


「ぐあ!」


強く打たれた痛みで悲鳴があがり、手にしていた木刀を取り落としてしまう。


「あっ?!」


彼が気づいた時には、茜はすでに振り上げていた木刀を振り下ろしていた。


「やめ!」


茜の木刀が男の頭を砕く寸前で老人が試合を止めると、茜の木刀は男の額スレスレで止まっていた。男は腰砕に倒れ、同時に見ていた周囲から拍手が巻き起こる。


「流石だね茜さん!!既に私の技の大半はものにされてしまったな!」


老人は褒め称えながらも側へ行く。


「はい先生!!今のは結構自信があります!」


実直な茜は嬉しそうに吠えるとそうだろうと老人は頷く。


「だが、まだまだ身体の捌きがぎこちないな!」


「ほんとですか!?ええと、こうですよね?」


茜は正眼に構えると、老人は茜の身体に触れ、構えや足の捌き方を丁寧に教えている。


「あの子いいなー、あたしも橘先生に直接指導されたい!」


色葉は羨ましそうに告げる、あの老人が橘で間違いなさそうだ。一見は真面目な門下生に熱心に教えているように見えるが、あれは純粋に茜にセクハラをしているだけだろう。


「彼はすごい人なのですか?」


カイトが問いかけると、色葉は不機嫌そうな顔をする。


「あったりまえじゃない!橘先生よ!?橘立身流の師範なんだから!」


色葉は自分の事のように自慢げに教えてくれた。橘平八、齢58歳にして橘立身流の開祖、あらゆる武術を収めながらも段位などは殆ど有してはおらず、若い頃は闇夜に紛れてヤクザや犯罪者を狙った辻斬りを行っていたという黒い噂も後を経たないのだという。


「ついでに色欲狂いと…」


ふむ、とカイトは情報を得た上で改めて橘を見た。


「先生、ちょっと胸とか股とか触りすぎ!そういうのはちゃんとお付き合いをした異性にやれよっ!」


律儀に茜は叱るが特に気にしてはいなさそうだった。橘は気にせずベタベタと触れている。やはり、カイトにはただのスケベジジイにしか見えない。


「マール、どう見ますか?」


隣のマールに問いかける、しかし返事はない。


「あれ?」


隣にマールはいなかった、すぐにカイトはマールを探すが見当たらない、こんな時マールならどうする?そう考え、カイトは橘と茜に視線を戻すと、既にマールは誰かから拝借したのだろう木刀を手に、背後から橘に斬りかかった。


「つまりはこうして…」


橘は茜の手から木刀を取りつつ背後のマールが振るっていた一撃を打ち払う。


「へー…やるじゃん」


完璧な死角からの一撃を払われ、驚愕したマールは素早く距離を取る。


「素晴らしい一撃だ、振りかぶるまでわからなかったよ!!という事は、君が茜が言っていたマールちゃんだね?」


「……」


マールは無表情になると手にした木刀を捨ててしまう、捨てられた木刀の持ち手はマールの握力に耐えきれずに潰れている。


「テレビでみていた時は遠すぎたが、やはり可愛いねえお嬢さん、あと5年もしたらすごい美人になるだろうなあ」


うんうんと唸りながらもマールの身体をつま先から頭まで舐めるように見回しながらも橘は卑しい笑みを浮かべつつ、振り払うために使った茜の木刀に目を向ける、茜の木刀は中からバッきりとへし折れている。


「ぎゃあああ!私の木刀が!!」


茜は折れた木刀を見ながら崩れ落ち泣いた。


「ただの一振りがこれか…凄まじい…」


橘は茜に折れた木刀を返す。



「へ?…え?…」


ついていけず置いてきぼりな色葉は、漸くマールの存在に気づいたようだった。なんどもカイトを見てから中央のマールをみては再びこちらに目を向ける。


「おっちゃん、何人殺した?」


マールは無表情のまま告げる。


「おいおい、初対面でそれはなくないかな?」


橘はニタニタと笑いながらも手元の茜に触れてから下がらせる。


「わたしは人なんて殺しちゃいないよ?」


何故だ、先程までただのスケベジジイにしか見えなかった橘から背筋が凍るほどの強烈な殺気が放たれる。まるで黄昏のグンヒルドと対面した時のような心臓を鷲掴みにされるような強者のみが放てるものである。


「嘘、君の身体、シャワーでも落とせないくらいのすっごくたくさんの血の臭いがしてるんだ。1人や2人じゃこんな匂いにならない」


マールの言葉に、橘は笑いながら顔を覆う。


「困ったな…君、この臭いがわかるのかい?それは困ったなあ…」


橘は髪型を手で崩して乱す、髪型が崩れるとさっきまでは抑えられていた強烈な殺気が溢れ出る。単なる優しげな老人はもういない、マールの目の前にいたのは剣鬼とも言える眼光をもつ白髪の老人だった。橘は踵を返して自らが広げた刀袋を手に取ると、木刀と真剣を取り出し、木刀をマールの足元へと投げる。


「私と君とはこれでイーブンだ、如何かな?マールちゃん?」


足元に転がった木刀をマールは足で蹴飛ばして手に取る。


「まあ、君なら素手でも余裕だけどね…」


マールは愚痴りながらも手にした木刀を肩に乗せて気だるそうに脱力して身構えるなり姿が消える。カイトの目には見えた、一気に跳躍と共に振りかぶりながら向かい振るう、彼女が最も得意とする【草刈りの一振り】だ。派手な金属音が一度弾けると、金属音は連続して弾け続ける。


「な、なんもみえない…なにしてんの?」


色葉は目を擦って見ようとするが、二人の動きを捉えることは出来ていない。それは周りに座る門下生達も同じなようだった。


「…まさか」


ただ、見えているカイトは絶句して声を漏らす。橘は刹那の間も無く振るわれた草刈りの一振りを抜き放った真剣で打ち払ったのだ、そこからマールは流れるような連撃を次々と打ち込むが、橘はその悉くを打ち払い、派手な金属音が弾け飛ぶ。


「カイト、これ…大丈夫なのかよ?」


真剣と打ち合っているのが木刀ではとてもあり得ない激しい打ち合い。茜が側にやってきて心配そうに問いかけてきた。


「ふむ…まあ、マールもちゃんと手加減していますし、大丈夫でしょ?」


「て!!!手加減!?本気じゃねえのか!?」


茜は絶句していた、マールは明らかに手加減をしている、とはいえ、マールのスピードとパワーにただの人間がついて来ている事が異常事態である。


「な、なにが起きてるの?カイト!教えなさい!」


唐突に色葉がヘッドロックをかけて来て後頭部に柔らかい感触を感じる。


「当然ですがマールが押してます。ただ、橘さんも粘っていますね」


橘はしっかりとマールの甘い攻撃の隙間を抜いて反撃を浴びせている、その一撃一撃はとても正確で、的確にマールの急所を抑えている。


「ぐ!」


しかし、ついに橘が苦悶に喘ぎ、マールの振るった一撃に耐えきれず刀を跳ね上げられ、身体が吹き飛ばされて尻餅をつくと、落ちてきた刀は真横に落ちる。


「ま、参った!!」


橘は降参を口にした、既に振り下ろそうとしていたマールの身体がピタリと止まる。


「ん?もう降参?」


それを言うマールの足は橘の爪先を踏んでおり、何をしてもすぐに振り下ろせる体勢になっている。


「ああ…降参だ、指が痺れて…刀を握れないよ」


橘はビリビリと痺れて痙攣を繰り返す両手をマールに見せる。


「ふーむ、まあ、いっか…」


マールは踏んでいた足を解放すると、彼はすぐ手前に落ちた刀を拾う。


「おっちゃんもやるじゃん?何回か避け損ねちった」


にこやかに笑いかけるマールも無傷ではない、頬、首、腕、至る所に僅かな切り傷が幾つか確認出来た。

しかし、受けた切り傷はすぐに塞がって流れ出る血が肌の中に吸い込まれる。


「おっちゃん!まだまだいけるよね!?僕はやっとあったまってきたんだよ!?」


マールはキラキラと目を輝かせ、木刀を構えた。


「…あ、あたたまっ…は??」


絶句する橘は声を漏らした、今の一戦がマールにとってはただのウォームアップにすぎなかったのだと察した。


「マール、そこまでですよ!!」


「えー!…せっかく暖まったのに!?仕方ないなあ…じゃあー茜!!君でいいや!やるよ!」


「お、おう!!!泣かしてやるぜ!木刀の仇だ!!」


茜は勇猛果敢に2本目の木刀を手に駆け出すと、二人で目にも止まらない打ち合いを始める。橘は助かったと肩の力を抜きながら広げた荷物のところへと歩く。


「橘先生!お疲れ様です!」


門下生の一人が濡れタオルを橘に手渡す。


「惜しかったですね!」


「ああ、あんな化け物に手傷を与えられるだなんてさすがは先生だ!」


門下生達が橘に励ましの言葉を投げるが、逆に橘は顔を曇らせる。


「おぬしら、わしが手加減されていたのに気付かんかったのか?」


橘は悔しそうに吐き捨てると、門下生達は困惑を浮かべると橘は離れた位置で茜を一方的にぶちのめすマールを指差した。


「わからんか?彼女の振り方、身のこなしから見るにあの子の本来の戦闘スタイルはもっと重く、大きな武器を振り回していると言う事じゃ、これをみい」


橘は、手にした刀を見せる。刀は刃がかけて鋼にヒビが入りマールに言わせれば間も無く終わる状態だった。


「あの子、持ってたの木刀…だよな?」


「あの木刀は素振り用の頑丈で重たいものじゃ…にしたって鋼を砕く程の馬鹿力よ…」


その間にも茜が吹き飛び転がる。


「茜弱すぎ!ボク冷え冷えになっちゃうよー??」


余裕に笑うマールに茜は身構える。


「るっせえ!!あたしはまだまだこれからなんだよっ!!」


炎が燃え上がりそうな程の闘気を漂わせ、マールへと向かっていく。


「あの子が、本来の武器で戦っていたのならわしの体は最初の一撃で床に飛び散っていたじゃろうな…そうじゃろ?」


橘は見ていたカイトに問いかける。


「いいえ?そんな事はありません」


とても楽しそうに打ち合っているマールと茜を眺めながらカイトは告げる。


「マールは先程、こう言いましたね?やるじゃん?と…」


カイトの言葉に全員は困惑する。


「我々とあなた達には大きな差があります、勝てなくて当たり前なのですよ。その圧倒的な差を持つマールにかすり傷とはいえ手傷を与えた…つまりは」


「実戦剣術とか嘘くさいって正直舐めてました!ごめんなさい!!」


マールは茜をいなしながら叫んだ、しっかり聞こえていた様だ。


「彼女は戦いに於いてはお世辞は言いません、彼女に謝らせたのだからあなたの勝ちです、誇ってくださいな」


カイトの言葉に橘は脱力する。


「そうか…わしの実戦は通用したんか…」


「うん!ちまちましていてムカつく!ヒューゴとやり合ってるみたいだったよ!」


そこまでか…叫びながら茜の足を払い、倒れた茜の顔に剣先を突きつける。


「って…て…ヒューゴって誰だ?」


痛みにうめきながらも茜が問いかける。


「えっとね!僕達のせかっ!もごもごごっ!」


素早く移動していたカイトがマールの口を押さえる。


「我々の国で数少ないA級をもつ冒険者です、剣聖の信託を持ってます」


「Aきゅう…」


「核兵器100発分に相当する戦闘力を持った冒険者の事です」


「…ご、ゴジラかなんかか?」


そこまでではないが、近いものはあるだろう。


「すっげえ!そんな奴がいんのかよ!しかも剣聖!?格好よすぎるな!!あたしもなりてえな!A級!!」


「ボクでさえまだまだなんだから、キミがそう簡単になれるわけないじゃん?」


まあ、マールの階級が中々上がらないのはゼノリコの工作によるものなのだが。


「マールですらA級じゃねえのか!」


「あれ、僕って今階級どこだっけ?」


覚えとけよ…。


「ええとこの間の銀の国での功績でPですね」


それを聞いた茜はアルファベットを指で数えた。


「P!?…マールが!?…」


「そーだよ!?ボクなんて下っ端!世の中にはボクなんかよりずっと強い奴がうじゃうじゃいるんだから!!」


半分嘘で半分正解なのが恐ろしいところである、そこでカイトは冷たい視線を背筋に感じ、後ろを見るとそこには…。


「話は終わりね!?」


今まで静かにしていた色葉がいた。


「マール!!あんたが凄いのはわかった!早速あたしに教えなさい!!」


マールをまっすぐに指差しながら色葉は吠える。


「別にいいけど、キミに出来るの?」


マールは挑発するように問いかけると、色葉は踏ん反りかえりながら吠える。


「出来ないわ!だからあなたが教えなさいっ!!」


それが人に頼む態度なのか…カイトは苦笑したがマールは気に入ったようだ。


「いいよ!気に入った、教えたげる!!」


満面の笑みで自らの木刀を色葉に投げる。


「どうしたらいいの?」


「かかって来なよ、その方が早いし」


それを聞いた色葉は即座に駆け出して木刀を拾い、振りかぶりながらマールへと迫る。


「やあああああ!!」


マールは素手のまま振り下ろされた木刀を手のひらで受け止め、跳ね上げる。


「は!?」


唖然とし万歳したような体勢の色葉、そんな色葉の脇腹へ同タイミングで繰り出された回し蹴りで脇腹を抉り、蹴飛ばした。


「がは!!」


息を吐きながら吹き飛び、床を転がりながらも見事な身のこなしで受け身を取ると、その体勢をバネに大地を蹴ってマールへと向かう。


「遅いぞ!!もっと早く早く!」


何処と無くだがその姿にレイが重なる。素手のまま色葉の猛攻を軽くいなしては甘い攻撃に強烈なカウンターを打ち込み、少しでも動きが怯めば乱打を叩き込んで容赦なくぶちのめしてぶっ飛ばす。


「ぐはっ…ちくしょ!」


ハンドスプリングで跳ね置き再びマールへと向かう。唐突に始まった二人の訓練は当然だが門下生達の注目を集めている。


「あ、みなさんはお構いなくみなさん稽古をしていてください!多分見ていても彼女達の戦闘は為にならないので!」


カイトの声がけを受け、橘は安堵する。


「みんな聞いたな!では素振りからだ!」


声を張り上げ、あらたな稽古を開始する。


「あ…あたしは…」


孤立した茜はカイトに目を向ける。


「何をしているんです?マールは待ってますが」


カイトからは驚きの返答が返ってきた。


「……はっ?でもいまは」


「なにしてんのアカネ!早く来なよ!!」


マールは片腕で色葉をいなしながらも叫ぶ。


「ち、後悔すんなよっ!!」


新たに木刀を構えてマールへと飛びかかる。マールは色葉を投げ飛ばし、向かってきた茜を迎え打つ。マールの動きを見て彼女がレイから教わった三ヶ月という期間がいかに過酷だったかを思い起こされる程に苛烈だった。


「いいじゃんイロハ!!良くなってきた!」


打ち合いが始まって2時間、一時も休む事なくマールは色葉と茜を同時に相手し続けている。マールの言葉通り、色葉の戦い方が徐々に様になってきている。


「はー…はー!まだっ…まだまだ!!」


色葉は既にバテバテだが、動きは正確になり振るう一撃一撃が重く、鋭くなっている様に見える。


「アカネ!!疲れが見えるよ!もうバテたの!?」


マールは振るわれた一撃を紙一重に避けつつ茜の腹を強く打つ。


「がはっ!!」


身体がくの字に曲がって怯んだ茜を掴むと、そのまま向かってきた色葉へと投げつける。


「なっ!?」


色葉は咄嗟に茜を避けるがマールは避けた色葉の脛を蹴飛ばす。


「いったあ!?」


脛を押さえて倒れ込む色葉にとどめは刺さない。


「よーし!次は二人でやって!!」


唐突な提案に茜と色葉は同時に目を見開いて顔をあげる。


「コイツとやり合うのか!?」


茜が問いかけるとマールは腕を組んで頷く。


「イロハとやって?師匠が言うには!外から見ると色々わかるんだって!だから見る!!」


マールは腕を組みながら身を引き、舞台には茜と色葉だけが残され、向かい合う。


「おら!いつまで寝てんだよ後輩!!」


マール仕込みのスパルタ、茜は脛を押さえて蹲る色葉に容赦なく振り下ろす。


「大丈夫なんですか?彼女…」


「イロハの事?大丈夫だよ!」


触れる寸前、色葉は手にした木刀で茜の一撃を振り払い、あまりの威力で茜の腕が跳ね上がる。


「っ?…」


茜は手の痺れに顔を顰めるが、色葉はその隙にも立ち上がり前に出る


「剣士のあたしが剣で負けるわけにはいかねえわな!!」


茜は燃える様な赤い髪をはためかせながらも一気に距離を取ると姿を消した。


「き、きえ!?」


次の瞬間、光の様な一閃が横合いから色葉に迫る。


「くっ!?」


色葉はすぐさま打ち込まれた一撃を弾く、だがその瞬間には次の瞬間には眼前に一撃が振り下ろされていた。


「へー…やるじゃん茜」


マールは見つめながら呟いた。


「ええ、まさに炎の様に苛烈な攻撃です」


カイトが隣に並ぶと、マールは頷く。


「強い剣士ってにいちゃん位しかしらないからさ、こうやって見るのは新鮮。しかもアカネはにいちゃんとは違うタイプじゃん?」


確かに、彼女の言うにいちゃん、アジルは水や風の様に技で翻弄するタイプだ。茜のように、燃え盛る炎の様に苛烈な乱撃を打ち込むような戦い方はしない。


「ちょ…ちょ…待ちなさいよっ!」


振り下ろされ続ける茜の乱撃に押され、色葉は苦悶に顔を歪めながらも強く足を踏み込んだ。


「隙あり!!」


同時、茜の一撃を一歩身を引く事で紙一重に避けながら、思い切りのいいフルスイングを放つ。マールが得意とする草刈りの一振りに似た色葉渾身の一撃が茜の木刀を跳ね飛ばす。


「勝った!!?」


木刀を跳ね飛ばし喜んだのも束の間、その顔面に拳が突き刺さる。剣を捨てた茜が色葉の顔面に拳を放ったのだ。


「ぎゃっ!!」


実戦ならば刀を失う事も想定内、茜に殴られた事で色葉は怯んで後ずさるが、茜は間髪入れずに飛びかかり首を掴んで頭を抱え込むようにまきつけつつ体の移動のみで床に倒すと、そのまま首を締め上げる。


「凄い!なにあれ」


初めて見る技にマールは興奮する。


「組み手甲冑術ですね、重装備の敵を相手にした際の殺人術ですね」


「本当キミの世界ってすごいんだねぇ、成る程…今度ゲイルかゲイツにやってみようかな…」


やめてあげて、二人が死んじゃう。完全に首を決められた色葉はバタバタと暴れて抜け出そうとするが間も無く力尽きた。


「うっし!どーよ!誰だか知らねえけど後輩には負けらんねーな!にひひ」


気絶した色葉を退け、立ち上がった茜は自慢げに額の汗を拭う。


「んで?カイト…こいつだれなんだ?」


「小金井総理大臣のお孫さんです、色葉さんといいます」


カイトはにこやかに告げると、それを聞いた茜がフリーズし、すぐに顔面蒼白となる。


「そ!それを先に言えよー!!?新入りだと思って本気で絞め落としちゃったじゃんかー!!」


茜は激しく動揺しながら白目剥いて気絶している色葉を謝罪しながら揺らして起こそうとする。


「でも、手を抜く余裕なんかなかったでしょ?」


「まあな、ただ、絵里香には通用しないから…驚いた」


頬をかきながら目を逸らす茜、絵里香にも使ったのか…カイトは苦笑していると、マールは笑いながら茜を退け、気絶した色葉の上体を起こすと、その両肩を同時に強く叩いた。


「はっ!!」


それだけで気絶していた色葉がすぐに目を醒ます。


「ここは?あたしは?」


真顔でキョロキョロとして、顔に触れ、そしてカイト、茜、マールと順に見てから記憶がよみがえり、目に涙が浮かぶ。


「くうううやあああしいいい!!」


負けた事を察したのか大声で泣きながら悔しがり始めた。


「イロハ!キミは全部がたりない、何よりまずは体力だよ!!基礎がダメ!」


「グスッ!じゃ…なにしたらいいのよ!」


「毎日走れ!」


「やってるわよ!」


「ふうん?なら観てあげる!!明日から朝走るから!!」


「あ、あさ?あたし明日朝から仕事なんだけど!?」


アイドルは多忙である。


「一応、朝のランニングは5時位からやりますよ7時までには終わります」


カイトが伝えると、色葉は腕を組む。


「明日の入りは8時だっけ、それなら…なんとかなるか…」


なるんだ…。それからは、橘先生から全員で橘立身流の型を一通り習う。マールと色葉はやはり飲み込みが早く全ての型を一目みただけでものにしていた。


「これ、脚の運びをもう少しこうした方が良くない?」


習いながら、マールは足運びに難癖を付ける。


「ほう、それは何故です?」


「これは平地だから出来る踏み込みかただからね、ボク達は地形を選べないんだよ?だからこの足運びだと地形によっては引っかかっちゃう、だったら、こうして…こう」


「おお…成る程…確かに!」


マールと橘先生は思った以上に意気投合していた。ただでさえ実戦的な剣術がマールの実体験を基に、より実戦的に研がれていく。マールはいつしか門下生の警察官達も見るようになる、元々面倒見がよく妹分や弟分と判断すると過保護な程に世話を焼く性質が作用しているようだ。


「もっと本気で振り下ろして!そんなんじゃ亜人の頭は割れないよ!!」


「は!はい!」


「もっと早く!本気で振らなきゃ意味がない!力を抜いちゃダメなんだから!!」


「は、はい!!」


めちゃくちゃなように見えても、マールは基本的な事をとても簡潔に伝えてくれる…隊員一人一人をしっかりと観て素振りを教えている彼女の顔はとてもツヤツヤであった。そんな時間はあっという間に流れ一般人達がバタバタ倒れていくのを横目に、最後は自主練習の時間になる。


「茜!すっごい技を教えたげる!」


思う存分に身体を動かせて満足したのか、かつてないほどにご機嫌になったマールがそんな事を言い出した。


「あん?すっごい技??どんなんだよ?」


すっごい技、その言葉に興味を惹かれた茜が返すとマールはうむっと唸りながら腕を組む。


「ボクは今、最高に機嫌がいいんだ!!だから君にはエレーネにすら教えてないボクの必殺技をおしえてあげよー!!」


マールの必殺技という言葉だけで興味を引く、茜だけではない、遠巻きに聞いていた橘先生や色葉、門下生の警察官達もマールの周りに集まって来た。


「かいとー!その防具をそこにたててー?」


それは機動隊が身につける強化プラスチックの甲冑、プロテクトアーマーの胴体を指差してから側の机に指を動かした。


「何をするんです?」


カイトの問いかけにマールはニィッといい笑顔で笑う。まあ、可愛いからいいか…カイトは言われたようにプロテクトアーマーをデスクに置いて離れた。


「ヘイハチ!君のなまくら貸して?」


唐突に橘を呼び問いかけると、橘は訝しむ。


「わたしのですか?」


「うん、その子、もう終わっちゃうでしょ?」


そう言いながら彼の広げた荷物に置かれた真剣を指差した。さっきマールとの打ち合いでぼろぼろになった刀である。


「あ…ああ…い、いいですよ?」


なまくらと言われた事にショックを受けている橘は、名残惜しそうに刀をマールに手渡した。マールは鞘から刀を抜き放ってボロボロに欠けた刀身を晒す、既に芯にまで亀裂が及び、間も無く終わろうとしている事が分かる。


「うし、んじゃ!離れてみててねー!」


マールはそういうとボロボロな刀の持ち手を独特な持ち方で持つと、バトンでも回すかのようにクルクルと手元で回し始める。


「おお…あれですか!」


カイトは思わず声を漏らして手を鳴らす。


「あれ?って?」


マールを観ながら茜が問いかけてくる。


「はい、私の大好きなマールの技です、カッコいいですよ?」


回る刀は次第に速くなり、止まる事なく高速で回り続ける刀は空気摩擦によって次第に赤熱化しはじめて刀身が真っ赤に燃え上がると、そのまま振り下ろし、プロテクトアーマーを乗せた台座ごと真っ二つにする、その一撃は床にまで及び、床に敷かれた畳が一直線に切り裂かれて刃に触れた全てから炎が燃え上がる。


「しゅ!!しゅっげーー!!?」


茜は大興奮で声を張り、門下生や色葉達は絶句している。


「お疲れ様」


マールはバッと横殴りに切り払うと、燃え盛る炎が掻き消え赤く赤熱化していた刃がパキリと中から砕けて畳に落ち、刀身を失った刀をそのまま鞘へと収める。


「ほらアカネ!やってみ!?」


「どうやるんだ!?」


「刀持って来て?」


「ああ!!」


茜はキラキラ瞳を輝かせながら走って自らの荷物から黄金の刃を持つ刀を持って来ると鞘から刀を抜き放つ。


「刀をこうやってもつ」


「こうか!」


茜は真似をして持つと、マールは刀身を失った持ち手をクルクルとバトンのように回し始める。しかし茜は回せずに取り落とした。


「あはは、練習しなー?回せるようになったら速度をあげるだけでできるよ」


マールは橘に目を向ける。


「ヘイハチ、どっかに鉄心じいちゃんいるから、新しいの貰って?僕に刀折られたって言えば作ってくれるから!」


「な!?鉄心殿ですと!?…」


後で聞いたが、鉄心の刀は高過ぎる上に一般人には滅多に打ってくれない事で有名なのだという。


「注意だけど、この技は刀に結構負担をかけるから、切り札としてしか使っちゃダメ!まあ、鉄心じいちゃんの刀なら大丈夫だと思うけどね?」


茜は畳の上に落ちた折れた刀身に目を向ける、刀は溶けてしまってもはや原型を止めてはいない。


「技の名前はあるのか?」


「そんなもんないよ!!」


自信満々に吠えた。いやつけてあげなよ。


「茜!!キミの事は大体わかったよ!」


マールは持ち手を鞘にしまってから橘へ投げ返した。


「キミはもっと剣を振らなくちゃダメ!!」


「もっと…剣を振る?」


「うん!キミの剣には重さが全くないの!!力が足りないのもあるけどそれ以前の問題だね!!だから」


マールは茜から刀を奪い、振り上げて落とす。ズンと畳が敷かれた床が揺れた気がした。マールは、実に見事な型にハマった素振りを見せると。


「毎日素振り!!慣れてくるとタコが潰れて痛くなるけど関係ないよ!!手が痺れて刀が握れなくなるまでひたすら素振り!!」


言いながら素振りを繰り返して見せ続け、そして一際強く振るって止めると、彼女の眼前にある畳の床が一直線に割れる。


「もしもボクとカイトがいる間にさっきの技が使えるようになったら、もっとすごい技を教えたげる!」


「もっと…すごい技?」


「うん、ボクの技じゃないんだけどね!」


マールは茜の刀を珍しく両手で構えると、唐突に刀身が光り輝きそのまま軽く振り上げ、振り降す。


瞬間、光の刃が飛び出して畳を一直線に切り裂き、奥に置かれたバスケットゴールが切り裂かれて落ちる。


「……なん、は?」


それは剣聖の信託を持つヒューゴが扱う、ガード不可の斬撃【光斬】である。


「ボクは両腕じゃなきゃ使えないけど、ヒューゴはこれを片腕でつかうんだ、頑張ってね茜、期待してるから」


そう言って刀を鞘に収めると、押し付けるようにして茜に返した。


「や…やってやる!絶対教えてもらうからな!!」


茜は決意に満ち溢れたような顔をしていた。訓練場での鍛錬を思う存分楽しんだマールとカイトはホンダの車で帰路へつく。自宅に着いた頃には時刻は既に19時を回っていた。


「あたしは野菜が苦手よっ!」


当たり前のように食卓についた色葉が腕を組んで凄む。


「なぜ、色葉さんが我が家について来てるんです?」


「何故ですって!?これからはしばらく一緒なのだから、衣食住も共にするのが当然じゃない?!」


ご最もではあるが腑に落ちない、実に偉そうにふんぞりかえる色葉を母は苦笑しながら観ていた。


「あの、どちら様?」


「あ…ええと、彼女は」


色葉は立ち上がって深々と頭を下げる。


「わたしは小金井色葉といいます!お世話になります!!」


目上を敬えと自分から言うだけあって色葉は若々しい外見の母を見ても礼儀正しく対応する。


「小金井……?」


聞き覚えのある苗字に母は困惑してカイトに目を向ける。


「小金井総理のお孫さんです」


「は!?」「はああ!?」


父と母は同時に立ち上がって同じ反応をした。


「祖父の幸三からは目上の方は敬えと叩き込まれ…いえ、教わっております!なので普段通りで大丈夫です!」


「そう!なら、遠慮なく!!我が家で一緒に暮らすなら好き嫌いは認めません!」


母は驚きの柔軟性を見せてから自然に接しリビングへと向かう、カイト自身、友達を家に連れ込む様なことがなかったから分からなかったが…母は元来こんなものなのだろう。


「カイト少しこっちに来なさい」


父は静かに立ち上がる。


「え…はい」


カイトは立ち上がるとマールが袖を掴んだ。見れば心配そうな顔をしており、どうやらあまりいい雰囲気ではないようだ。


「大丈夫ですよ」


「カイト、早く来なさい」


父はわざわざやって来てカイトの服を掴むと、強引に引きずってリビングから連れ出し、寝室へ連れ込み扉をしめた。同時、扉が閉まる音と同じタイミングで父の腕が首を掴んで壁に叩きつける。


「いった!!…なに」


「何はこちらのセリフだ!お前!どう言うつもりだ?」


父は激怒していた、今すぐ首を握りつぶしても良さそうな目をしている。


「なっ…なんの話です!?」


「お前、マールがいながらあんなに可愛い女の子を連れ込んでるんだぞ!!しかも総理大臣の孫だと!?」


どうやら彼は誤解しているようだ。


「…あ、いえ彼女は警護対象ですよ?」


父はポカンと口を開ける。


「護衛?なんで?」


「総理大臣から直々に依頼されたんです、三週間後の記念ライブが終わるまでの身辺警護なのだそうです」


「な!なんだ…そうなのか?いや、だがまだあるぞ!?」


父はカイトを壁へ押し当てる。


「母さんから聞いたぞ?この間!大勢女の子が来たらしいじゃないか!みんな可愛い子だったと!」


被災前に魔法少女達が来た日の事だろう。


「彼女達は魔法少女隊です、私の指揮下なので、作戦行動前にたまたま集まっていただけですよ」


「なら、他意はないんだな!?」


父は今まで見せたことのない憤慨を見せている。こんな父をみるのは初めてだ…カイトはあまりの父の迫力に気押されてしまい無意識にホールドアップしてしまっていた。首を締め上げる


「っ…今のところ邪な感情を抱く子はいませんっ」


すると、締め上げていた腕がパッと離れる。


「ならいい…浮気はするんじゃないぞ?」


父はそれだけいうと崩れたカイトの手を取って引き起こしてくれる。


「あなた!カイト!ご飯できたわよ!!」


そこでタイミングよく母の声が響き、リビングへと戻ると、緑黄色野菜の山がテーブルの上で存在感を露わにしていた。


「い…いただくわ…有り難く」


先程野菜を嫌いだと豪語したにも関わらず、山盛りの野菜を出された色葉の顔はとても面白いことになっている。


「ママの料理は美味しいから平気だよっ!!」


その隣でマールは山盛りの野菜をもりもりと食べている。


「料理って…あんたこれ…」


野菜を煮ただけよね?と出かけた言葉を飲み込み、野菜を手に取り半分にして口に運ぶ。


「凄い!甘い!美味しい!」


ブルータス、お前もか…色葉もマールと同じで甘いもの=美味しい認識らしく、甘く煮た野菜を次々口に入れていく。


「すごいっしょ!?ママの料理!!」


自慢げに語るマールは、負けじと野菜を口いっぱいに頬張ってリスのようになっている。


「二人も早く食べちゃって?」


母は娘が二人に増えたとでも考えているのか、とても楽しそうに山盛りの料理を次々と出してくる。マールの血を得て若返った両親は、頗る体調が良くなったのもあり食事量も増えたという、カイトの生前は少食で、小さなお椀のご飯をちびちび食べていた母の姿しか印象にはない。その母が今では丼茶碗でご飯を食べているのだから…驚きの変貌である。


「二人とも、食べ終わったらはやくお風呂にはいりなさいね?」


「はーい!」


そんな母の提案にマールは従順に手を挙げた、しかし色葉は首を横に振る。


「わたしは明日からのスケジュール調整がありますので最後で大丈夫です、三週間後のライブに備えた振り付け練習もしなくてはならないので」


「そう…そういうのはマネージャーに管理してもらうものだとばかり思っていたわ」


「そういう子もいます!嫌なんですよね、そういうのは…」


本当に、しっかりしている…。食後、先に入浴を終えたカイトがリビングへと戻ると、ラフな格好に着替えた色葉が出迎えた、その横では父がおり、その膝の上で映画を観るマールがいる。


「マール、上がりましたよ?入っちゃって下さい」


「ええー!?こんないいところで!?」


マールは嫌そうに声を荒げる、今日のロードショーは名作アニメ映画だ天空に聳える城へ向かう少年少女の冒険を描いている。


「ほらマール、ママと一緒に行きましょう?」


「なんならパパとでもいいぞー?」


父よ、それは犯罪だぞ。


「じゃあ3人で行けば?」


色葉の言葉に、両親はマールを抱えて立ち上がる。


「そうしよう!!マール!行こうか!」


「えー?!ボクもうちょっと」


「ほら行くわよ!」


マールは両親に連行され風呂場へと向かった。そんな悪魔的な提案をした色葉は尚も向き合ったままである。


「色葉さん」


「色葉でいいわ、なに?」


画面から目を離さずに聞いてくる。


「わたしもミーティングに参加してもいいですか?」


カイトの提案に色葉は一瞬考える。


「そっか、一応あなた達はガードマンだし計画をしらせておかないとか…」


スンと鼻を鳴らしてから片耳のイヤホンを外してカイトに差し出す。


「ありがとうございます」


カイトは自らのタブレットを手にスケジュールに目を通す。


「大浦、明日からあたしの護衛についてくれるカイト、前に話してたでしょ?」


『マールさん…ではないんですね』


「打ち合わせとスケジュールは私の担当なんです、心配なく、マールにはやる事を告げれば良いだけなので…いまデイズコードにアドレスを送りました、招待をお願いします」


「ほいほい」


色葉は手慣れた手つきでキーボードを操りカイトを招待する。


「明日のスケジュールをいただけますか?」


「大浦、お願い」


『はいっ!』


大浦と呼ばれたマネージャーはコードに明日のスケジュールを並べていく。朝から晩までみっちりと仕事が詰まっている。


「気にせず、話を続けてください」


カイトはスケジュールを睨みつけながら黙る。


『…では、つづけますね明日は朝からテレビ夕日のニュース番組へゲスト出演、映画に使われる新曲のタイアップがあります、そのままニュース番組をはしごしていただき、15分の移動の後、バラエティ番組のロケに参加していただきます』


マネージャーから報告される仕事に目を向けながらも色葉は素早く朝の出演予定の時間を見る。


「大浦、急で悪いんだけど今月のスケジュールで朝の8時より前の仕事は全てキャンセルしてくれる?」


『ホントに急ですね?何かあるんですか?』


「魔法少女隊の子達の朝練?って奴に参加したいのよ」


『わかりました、明日キャンセルの電話を入れておきます』


大浦は怒るでもなく月のスケジュールに次々と穴を開ける。


「それと、こことここはブッキングしてる」


色葉の指摘通り、12時のスケジュールが見事にブッキングしていた。


『はい、そこはどちらも良いタイアップになると思い二つ取りました』


色葉は何も告げずにトーク番組を切った。


『視聴率的には逆の方がいいのでは?』


「あたしこの番組のレギュラー芸人好きじゃないのよね、だから嫌」


辛辣だ…。


『成る程、わかりました』


マネージャーと色葉は慣れた様子で意見を出し合いスケジュールの粗を削っていく。


「カイト、ここのロケはマールを常に私の側につけたいの伝えてくれる?」


内容を見れば、色葉の思い出の道を芸人達と練り歩いて食事を食べるという内容だった。


「大丈夫ですか?彼女に芝居は出来ませんよ?」


「このロケは事前に告知されているから大勢の人が来るの、だからマールには側にいてもらいたい」


命最優先でテレビの見栄えなど度外視というものだろう。


「わかりました、彼女には直前に伝えます」


「決まりね、大浦、マール用に服を何着か用意して?子役時代の衣装でいいわ」


『わかりました、準備しておきます』


翌日の調整を終えると、色葉は庭に出て行き、台本を手にダンスの練習をし始めた、新曲だろう鼻歌を口ずさみながら壁にかこれだけ我が家の暗く狭い庭で振り付けを確認している。


「イロハ、お風呂あいたよー?」


そこで長い長い入浴を終えたマールがやってくる、ブカブカなシャツにハーフパンツ、首からはタオルをかけてその手にいちごの炭酸ジュースを持っている。


「いろはー?」


マールは呼びかけるが色葉は集中していて聞こえてはいない。


「こうして観ると、本当にアイドルなんですね…彼女」


先程までの傍若無人な振る舞いを知っていると見違える程に美しい。


「ふーん?アイドルってなにするおしごとなの?」


マールはアイドルというものを観るのは初めてだったか、カイトは考え、ダンスを続ける色葉を眺める。


「歌と踊りで人々を笑顔にするお仕事です」


「歌と踊りで…笑顔にする…へえー?」


マールはぺたりと隣に座り、片手に持っていたコーヒーを渡してくる。


「ありがとうございます、母さんと父さんは?」


「もう寝るって、今日はカイトの部屋で寝なさいって言われたー!あと、扉は開けちゃダメなんだって!」


成る程な、人払いか…カイトはコーヒーを口にする、強い苦味が口を刺激して目が冴える。最近のお気に入りだ…カイトはお気に入りのコーヒーの味に酔いしれていると、隣でマールが色葉の鼻歌を真似して歌い出す。


「マールね?」


色葉はピタッと動きを止めると振り返る。


「お風呂空いたよ、入ってきたら?」


すると色葉は考えるような仕草をした。


「マールがあの歌を歌ってくれたら入るわ!」


「…あの歌って…なに?」


マールが首を傾げると色葉は渋い顔をした。


「あなた、被災地にいた時に毎晩歌を歌っていたんでしょ?被災地の人達が毎晩聞こえてくるあなたの歌に救われた感謝しているのよ」


そういうとリビングのソファに置かれた自分のバッグから、15歳の女の子にしては無骨でなんの装飾もないスマホを取り出し戻って来ると、画面を見せて来た。画面には動画配信サイトが映されており、ふしぎな歌と書かれた動画が再生される。動画の再生時間は1分にも満たない、しかも再生されているのにいつまで経っても音は流れてこない。


「…なんもきこえないよ?」


【♪〜】


再生から10秒、確かにマールの歌声が聞こえて来た。


「あー…あれか!」


マールはポンと手を叩いて思い出したように歌い出す。


「そう!それよ!!なんの歌なの!?」


「…これは魔術の詠唱ー被災地域に迫っていた雨雲を魔術で移動させてたのー、ほら、ここに雨雲があるでしょー?」


動画の一角に僅かに写った雨雲を指差した、カイトは驚愕する。確かに、被災地が雨になる事はなかった…逐一予報には目を通しては、雨天の可能性を考えていたからだ。今思えば、雨マークだった天気予報が快晴の青空になっている事が幾つもあったではないか。


「そんな事をしていたんです?いつから?」


カイトの問いかけにマールは照れくさそうに笑う。


「えっとね、最初にやったのはカイトが来た次の日の夜?みんな寝静まってたから深夜だと思う、雨の匂いがして目が覚めたんだ。そんで外に出たらおっきな雲あったの。あのときは被災地は大変だってのはキリカやエリカから聞いてたから、雨に降られたら可哀想だなって思ってさ、なんとか出来ないかなっていっぱい考えたの…」


それでたどり着いた答えが、気象の操作だというのか?確かに魔法少女隊が災害支援に参加していた期間、被災地で一度も雨は降らなかった。死体回収もされていない段階で雨に降られたら状況は最悪となりキャンプの衛生環境も悪化…一気に疫病が蔓延してしまっていたのは明らかだろう。


「す…凄い!!とても凄い魔術じゃないですか!!」


そんな発想で神のみわざにも等しい気象の操作の魔術を即席で思いつく彼女の凄さに感激して心から称賛した。


「そ…そうかな?…あんまり誉めないでよ、恥ずかしい」


マールは照れくさそうに俯いた…想像の中のマールならば自慢げにふんぞりかえっていたはずだが。


「なんだその可愛い仕草はー!!」


感激していたカイトは心の声を叫びながらマールを抱き寄せ思い切り頭を撫でた。


「わわ!カイト?…そ、そんな凄いことなの?」


「凄すぎます!あなたは天候を書き換えたんですよ!?帰ったらさっそくフィオレさんに報告しましょう!!」


「フィオレちゃん、バカにしてこないかな?」


「そんな事したらぶちのめしていいです、許可します」


気候や気象の情報は、戦場ではとても大事な要素である。雨の一つ、風向きの有無で結果の変わった戦争は数多く存在した。マールの編み出した魔術を使えば、気候によって戦況が変わる事を避けられ、もしも雲を作り出して相手の不利を引き出せる操作が出来るようになったなら、それは紛れもない最強の戦場魔術に他ならない。それを笑うような奴ならぶちのめされて当然だ…裸にひん剥いてギルドのゴミ捨て場に捨てても許されるレベルだ。


「か、カイト…目が怖いよ…」


マールはドン引きしていた。


「まじゅつ?…まっさかー?また、夢の話?あたしそういうの良いってばー?」


色葉は信じていないようだった。


「その動画で歌に聴こえるものは、マールが魔術を行使する際に行なった詠唱ですね」


それを聞いた色葉は目を丸くする。


「な、何を言ってるの?」


「私たち魔法少女は体内に魔力を有しています、わたしはまだ使う事が出来ませんけど、マール、見せてあげてください」


「ほいよ!じゃーこれでいっか」


マールはパチンと手を胸の前に合わせて叩き、手を広げると、青く光り輝く輪がての中から現れた。


「な?!なに…手品?」


「マールの体内の魔力量や適正をみる為の基礎魔術です、マールは全属性扱えるので今回は水ですね」


マールの手から現れた水の輪は、すぐに収束して大きな水の玉になる。


「マールは雲に含まれた気化した水分を操り雲をそらしたんです、その時に行なった詠唱が…その歌の正体です」


【〜♪】


マールは水の玉を操りながら歌い始める、良く通る素敵な歌声が響き言葉を紡ぐたびに魔力が高まり光となって身体から溢れでる。


「詠唱って…歌なの?」


「いいえ?我々の魔術には本来詠唱は必要ありません。ただ、魔力の根幹とは声にあるとされ、声にして詠唱をする事で魔術の精度や威力を調整出来るのでこのように、あえてすることもあるのです」


つまり、この動画に入っている歌声は、マールが試行錯誤しながら雨雲を動かそうとしていた時の詠唱なのだ…と、カイトは語りマールは歌をピタリと止めると、パシャリと水玉が落ちて広がる。色葉はすかさず落ちた水玉を確認する、ちゃんと水だった。


「ま…まじゅつ…」


色葉はショックを受けた様で、目を見開いていた。


「あたしの新曲は…そんなものに…負けたの?」


そのままその場に膝から崩れ落ちる。


「負けたとは?」


カイトが問いかけると、色葉はスマホを投げて来た。


「再生数をみなさいよ!」


不思議な歌の再生数は既に1億を超えていた。


「スクロールしなさいよ…」


スクロールすると日刊の再生数のランキングが掲載されており、色葉の歌がずらりと並んだその上にこれがあった。


「既に世界中があんたの魔術の詠唱?をアレンジしているわ?」


音楽を入れてみたり、歌詞を当てはめてみたり、曲調を崩してみたりと様々なアレンジが施された動画が次々にアップされている。


「ふむ…」


カイトは再生を押すと、確かにマールの口ずさんだメロディが聞こえてくる。


「みんなになはこんなふうに聞こてたんだ」


聴いていたマールは恥ずかしそうに呟いて頬を描く。


「ねえ!その魔術ってあたしも使えるの?!」


色葉は興味を惹かれた様子で聞いて来た。


「色葉さん、あなたはご自身の体質をわかっていますか?」


「体質?なんの話?」


「イロハ!ここに力を入れながらカイトを見てみて?」


その手があったか…


「……揶揄ってるの?…」


ただ色葉はバカにされていると思ったのか、顔を顰める。


「いいからやってみてください」


「わかったわよ!ここでいいの!?」


色葉はいやいや眉間に力を入れて顔に皺が集中する。


「……は?」


色葉は目をしぱしぱしながらカイトとマールを何度も見ていた。


「これ…は?…なによこれ!あんた達が光ってみえる!!」


「それが、君がボク達と同じ体質である証明だよ」


マールはにこやかに伝えると、色葉は喜ぶでもなく、ただ驚いていた。


「あたし…魔法少女だったんだ…」


色葉は落ち込むように肩を落とした。


「どうしたんですか?」


カイトが問いかけると、色葉は目に涙を浮かべる。


「あたしね、産まれてすぐに両親に捨てられてね、今のおじいちゃんに拾われたの」


聞いた…話がだいぶ違う。


「…小金井総理と血のつながりはないのですか?」


色葉は頷いた。


「両親もわかってるわ、調べたから…未成年同士の淫行の結果、産まれたのがあたし。産まれてすぐゴミ捨て場に捨てられたらしいの。そこにたまたま査察で通りかかったオノダさんが見つけてくれて、おじいちゃんが保護してくれたんだって」


似ている、あまりにも。


「あたしって物心ついた時から最強でさ、おじいちゃんが本当の親じゃないこともわかってた…だからおじいちゃんの迷惑にならないように最強であり続けようとしたんだよね、なんでも出来る自分を生かし続ける為に何が出来るか考えた時に見たのがアイドルだった」


故に、色葉は最強のアイドルを目指した。身体を鍛え、勉強をして、総理大臣の孫という立場も使って芸能界に売り込んで…そして最強のアイドルになった。


「あたしは山に登り詰めて世界に退屈してた、もう上るべき山はないってそう考えていた。実は私は魔法少女だったですって?」


色葉は涙を溢す。


「ふざけないでよ…あなた達の被災地支援は見ていたわ?魔法少女の体質にも目を通していた…特別な体質を有した新人類、つまりあたしは…のぼれて当たり前の山を登ってその気になっていたっていうの!?」


「良かったじゃん、気付けて」


普段なら話が長いと寝てしまうマールは真剣に色葉の話を聞いていた…あ、まずいこのパターンとカイトは考えるより早く、マールは傷心の色葉に手を差し出す。


「カイト、ボクは彼女をクランに招待したい!!」


やっぱりかー…そうなるよなー…


「ちょ…ちょっと待って下さいマール…」


「なに?ボクは良いって言ってるんだよ?」


「彼女はこちらの人間ですよ?忘れたんですか?異世界転生者は基本死刑です。あなたまで罪に問われるかもしれないのですよ?」


「そ…それは…でも」


マールは目を逸らし泣きそうになる。きっと彼女の境遇に自分を重ねて同情したが故の勧誘であり、考えもないのだろう。


「それに連れ帰れる方法なんてありませんよね?どうやって連れ帰るつもりですか?」


「連れ帰る方法ならあるよ!!」


あるのかよ…


「その…方法とは?」


問いかけると、マールはにい!っと笑い腕に巻かれた勇者の剣を見せつける。


「勇者の剣の中に入れちゃえばいい、この子はボクの体の一部だから、ボクとして連れ帰れる!でしょ!?出来るんだよね?」


勇者の剣はチカチカと呼応するように点滅する。


「不可能という言葉があり得ないってさ!」


なんつー剣だよ、カイトは盛大なため息を吐き出した。


「わかりました、ただし条件はあります」


「ん、なあに?」


「彼女が本気で全てを捨ててでもこちらに来たいと言った場合です、つまり、同意を得る事です」


「どうい…」


「あちらの世界はこっちみたいに何もありません、かろうじて水はありますがそれ以外は原始的、ご飯も不味いし衛生面も劣悪な場所です、しかも、こちらで得たもの全てを捨てていただく必要もある。あちらに持っていけるのは記憶と命と身体だけである事は必ず伝えなければなりません!」


「よ…よくわかんない……」


まあ、そうだろうな…マールは萎れた花のようにシュンとなる。


「わかりました…そこは私が確認しますよ」


彼女を連れて帰らないように遠回しに…なんとか…


「カイト…協力してくれるの?」


カイトはがっくしと肩から息を抜いた。


「ちょっと二人で何の話をしているの?あなた達の夢の話?言っとくけどあたしはそういうオタクの悪しき文化は好きじゃないのよね!バカバカしいし!」


あなたのファンは多分そのオタク達だと思いますが…。カイトは苦笑する。


「夢の話ではありません。わたしとマールはあなたが行きたいと言っていた異世界、剣と魔法の世界からやって来た冒険者なのですから…」


色葉は真顔になる。


「嘘でしょ?そんなわけないじゃない!わたしをあんた達二人の妄想に巻き込まれたらたまらないわ…」


本当に嘘だと思っているし嫌悪すら表情に現している、これではマールがいくら誘っても現実の事とは思わないだろう。


「色葉」


カイトが何かをコインのように跳ね上げると、色葉はそれをキャチする。それは金貨だった、見たことの無いデザインでフランス金貨のようなものとは違いかなりズッシリとしている。


「わたし達の世界の金貨です、一枚で大体100万位の価値がありますね、純度99%の純金が使われています…こちらの国の金の価格はわかりませんが」


「……ええと」


付き合っていられない、と色葉は深々とため息を吐くとカイトは肩をすくめ、いつのまにか立ったまま寝ていたマールを背負う。


「その金貨を調べてみたらいい、勿論、調べなくても良いですよ?わたしとマールを妄想癖のある異常者とでも考えていただけた方が私は都合が良いんです。マールにはああ言いましたが、あなたを異世界に連れ帰る事、私は反対の立場ですので」


いつも穏やかで頼りない印象をもつ少年の瞳は、今まで出会ってきたどの人よりも、冷たかった…色葉ですら引く程になんの感情もなかったのだ。


「では、我々は先にお休みします。あなたの部屋は階段を上がって突き当たりの黒と金の豪華な扉です…それでは、おやすみなさい」


カイトはゆったりとした歩みで、階段を上がっていった。


次回はもう少し早くあげます

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