3の5 グレンデル
AM 04:00
朝日と共に唐突にけたたましい音電話の鳴り響く。
「うるせ…なんの音…あれ?」
騒がしい音により起こされた魔法少女、茜は身を起こすと、自分がいつのまにかベッドに寝かされていた事に気がつく
「いけね…寝ちまったのか!?」
微睡む視界をほぼ叩く事で正気にしつつも、ベッド脇に備え付けられた目覚まし時刻を掴んで手繰り寄せ確認。朧げな記憶が蘇ってくる、確か昨晩、マールが持ってきた見たことのない巨大な貝のスープを飲んだ記憶は残っている、あれはとても美味しかった…思い出すだけで口の中に溢れた涎を垂らす前に飲み込んだ。
「とりあえず…着替えるか…」
ただ、不思議な事にあれだけクタクタだった身体は僅か3時間弱の睡眠にも関わらず全快していた。とても具合がいい、軽い体操で体の具合を確かめ、朝のシャワーでも浴びるかと変えの服を手に取った。
「しかし、うるせーな…誰のスマホだ…絵里香か?」
苦笑しつつも変えの服を片手に外に出て、キャンピンデスクで音がなっている事に気がつく、デスクの上には雑に設置されたインカム用の卓上充電器とそれに差し込まれた全員分のインカム…そして、無骨な大きめの衛星電話がある。その衛星電話の裏には赤い字で急患報告用と書かれて…!
「綾奈!霧香!急患だ!!起きろ!!!」
茜は即座に二台目のキャンピングカーへ突入、二人は奥のベッドで抱き合って寝ており、茜は容赦なく綾奈の頭を引っ叩く。
「いた!なんだよっ!」
直ぐ様飛び起きた綾奈は煩わしそうに叩いた犯人を睨むが、茜はもういない。
「霧香を起こせ!急患だ!」
茜の声と共にやかましい衛星電話の音が綾奈の耳にも届き、微睡んでいた思考が一気に覚醒すると、まだ眠っている霧香の身体を揺らす。
「霧香、起きろ!急患だ」
「うー…あと5分」
「だめ!それが1時間だ2時間だになるんだから!」
「じゃーさんじかんー」
ふざけてんのか?綾奈は霧香を引き立たせて軽く身嗜みを整えてあげると背負いあげる。
「しゃあ!いくぜー!!!」
そのまま風のような速度で第一拠点へ走って行った。あまりの騒がしさに起こされた絵里香が、髪を整えながらも外に出てくる。
「朝から騒がしいですねぇ…」
「絵里香、マールはそっちの車にいるか?」
外には既に朝のシャワーを浴びて身嗜みを整えた茜がおり、手にした刀をベルトに通すところだった。
絵里香は首を傾げ、キャンピングカーに戻り中を確認、中にはフラフラと起きあがろうとしている青葉がいるだけだった。
「いえ、そっちにいるのでは?」
絵里香は青葉を連れ添って出てくると、共に朝シャワーへと向かっていく。
「ああん?…」
茜はキャンピングカーの窓を覗き込む。
「ぐごご…ぐごごご…」
中では栞が鼻提灯を作って幸せそうな顔のまま寝ている。
「はやく、起きろっ!」
「あいった!!」
茜は寝ていた栞の頭にゲンコツを落として叩き起こして周囲を探すがマールの姿はない、仕方なく充電器からインカムとついとなった骨伝導イヤホンを身につけた。
「おはようございます、茜、起床しました」
いつもの定時報告をインカムに告げる。
『おや?茜ですか、早いですね』
いつもは何も帰って来ないはずの報告に少年の声が返ってくる。
「カイト?はええじゃん」
『ええ、帰っていませんから。青葉のタブレットに本日の行動計画を送信しています、青葉の準備が整ったら貰ってください』
「あん?ああ……」
マジかこいつと、茜は驚愕しながらと横目でデスクに載ったタブレット端末を見る。
『どうかしたんです?』
茜の反応の悪さを直ぐ様カイトは刺してきた。
「いや、マールの姿が見えなくてな、しらないか?」
『ああ、マールならキャンピングカーの屋根ですよ』
即答だった、茜はキョトンとする。
「は?嘘だろ??」
外で寝たのか?と、茜はカイトの言葉を信じられずにキャンピングカーの上へよじ登ると、そこにマールはいた、昨晩丁寧に処理していた鹿の毛皮に包まって丸まり、手を顔の前で祈るようなハンカチをギュッと握りしめたままハンカチに鼻を押し付けるようにしていた。
「ん…」
マールはゆっくりと目を開くと身を起こす。
「ごめん…寝坊しちゃった?」
茜は何も言えなかった、マールの顔にはくっきりとした涙の跡があり、その表情には明らかな疲労が色濃く残っている。
「いや、まだ時間はあるからシャワーでも浴びてきたらどうだ?水だけど」
マールは未だ重たく、開かない瞼を擦りながら頷く。
「うん、そうする…」
そう言って立ち上がると、小走りでシャワーへ向かっていった。そんなマールの背中を見送った茜はシャワー室に姿が消えるのを見届けてからインカムに触れる、
「カイト…ありゃあ…なんだ?」
インカム越しにカイトへ問いかけてきた。
「ん?何がです??」
「いや、とぼけんなよ」
そんな茜に成る程…とカイトは察するような言葉をつぶやいた。
「あなたが心配する事はありません、大方、キャンピングカーのベッドが柔らかくないのが気に入らなかっただけでしょう」
「そ、そうなのか??…」
茜は訝しんでいたがシャワーの方からマール達の笑い声が聞こえてくると納得した様だった。
そうして、マールを含めた魔法少女たちの災害救助支援2日目が始まる。マール達は迎えにきたヘリコプターへと乗り込み、一先ずは本日から共助に当たる神奈川県の中央都市区画(以降A区画)の全域を上空から確認する。
『カイト、私は先に飛んで拠点にできそうな場所を探します』
青葉から無線が入ると、マール達を乗せた輸送ヘリを追い抜き、青葉を乗せた偵察用の小型ヘリが飛んでいく。
「はい、逐次気づいたことがあればこちらへお願いします」
『了解!』
青葉の通信がきれ、カイトはA区間の惨状をモニター越しに睨む。
「まるで怪獣があばれたあとのようですね」
茜や絵里香の視線カメラに映されの悲惨な街の惨状を見て呟くカイトの言葉に、篠崎は癖なのか爪を噛む。
「怪獣あいてならどれだけよかったか…みんながぶっ飛ばしておわりなんだから…」
確かにそうだな…とカイトは口を閉ざすも、篠崎は忌々しげに画面を睨みつけていた。1日目に栞が道路の土砂や巨岩をどけて輸送路を確保した事で、その道を通った大量の重機達だったが彼等は行く先々で倒壊したビル群の残骸に行手を阻まれて立ち往生している。
『マール、大丈夫ですか?』
ヘリの後部座席で眠そうに船を漕いでいたマールに、カイトは声をかける。
「ん…だいじょうぶ…少し…眠いだけ…」
全く大丈夫そうには見えない、いつもの様に悪夢にうなされたマールは明らかな疲労が表情に出し大きな欠伸をして重たい瞼を擦っている。
「少し寝ていますか?」
エリカは、どうぞと手を開いてマールを受け止めようとするがマールは瞼を擦りながらも首を横に振る。
「んーん、へーきだよー…」
「おら、これ飲め」
茜はそんなマールに何かを投げつけ、マールは眠そうにしながらも飛んできた何かを掴み取る。
「なにすんのさ…」
マールは掴んだそれはゼリー飲料だった。
「わあ!甘いやつだ!」
マールは喜んで蓋を開けてちびちびと味わう様に吸い始める。
「本当に大丈夫なの?」
あまりにもふわふわしているマールの様子に、篠崎は心配そうに呟きながらカイトに問いかけた。
「はは、まあ…大丈夫でしょう」
カイトは苦笑してから首のインカムを掴んだ。
『マール…今日の午後には私も現地へ向かいます…なので、もう少し我慢してください』
その言葉にマールはがしりとインカムを掴んだ。
「んならさっさと拠点作っちゃおう!」
カイトが来るとしって明らかにテンションが上がったマールは元気に吠えると、にこやかな笑顔で立ち上がるなりヘリの扉を開け放つ。
「アカネとエリカは僕についてきて!いくよー!!」
マールは上空の雑音の中でもよく通る声を張り上げつつも、ヘリコプターから飛び降りた。そんなマールに、二人はお互いに顔を見合わせてからお互いにため息を漏らした。
「ああ!」「わかりました!!」
同時、二人もマールの後を追いかけてヘリから飛び降りた。
「なー!なー!カイト!なんでウチだけ別行動なんや!?」
栞は不満をインカムに愚痴っていた、彼女は現在、最初の拠点であったD地区から出た施設科大隊と共にA地区へと繋がる道路の確保に入っている。
『もちろん、貴女には瓦礫の撤去作業をお願いしたいからです』
「なんでや!?ウチかてマール達と中央で活躍したい!!」
女の子らしい承認欲求なのだろうか…駄々を捏ね始める。
『栞、目を閉じて下さい』
カイトは優しい声音で囁く様に告げた。
「…んあ?…閉じたで?」
栞はカイトの囁きに従い、素直に目を閉じた。
『あと、数分もしないうちにマール達はA区画の中央に被災者を集めるための大規模拠点を作成するでしょう、米軍や航空輸送部隊の皆様もそれを待っています。直ちに着陸して、瞬く間に拠点を構築し、救助活動が始まればあっという間に被災者で溢れ返る事になります』
「う、うん…そうなんやな?」
『考えても見て下さい、空輸で運び込める物資の量などたかがしれます。この都市区間の被災者全員を賄うには当然足りず不足する事になる。』
「うー…難しくてようわからん!」
マールかな?カイトは思わず苦笑しながらも彼女にもわかる様に言葉を選ぶ。
『えっと…簡単に言えば、今の拠点には被災したみなさんが食べるためのご飯が足りていない状態なのです』
「あかんやん!!」
ようやく、彼女も事態の深刻さに気がついたようだった。
『だから、あなたの出番なのですよ栞』
「おお!ウチの…出番?」
『ええ、目を開けて前を見てください、何が見えますか?』
「自衛隊さん達や…かっくいー車で壊れた建物をどかし取る」
『はい、そうですね。しかし、彼らの重機ではここの瓦礫を退かして中央の拠点へ向かう迄に3日以上かかるでしょうね』
「なんやて…それじゃみんな死んでまうやん!」
漸く事態を知り、栞は焦った様に声を荒げる。
『ですが、あなたが入れば半日とかからない。今日中に拠点へご飯を届けることができる』
「うっしゃあ!!やったらあーー!!」
目に見える程に士気が向上した栞は、行手を遮る自衛官達をかき分けながらも倒壊したビルの残骸へ向かう。
「ほら邪魔や!栞ちゃんのお通りやで!!」
突然小さな子供が入って来たがために、自衛隊員達はこぞって驚愕し、驚き顔のまま反射的に身を引いて道を譲ってしまう。
「こらお嬢ちゃん!どこから入ったんだ!」
隊員の一人が栞を咎めようと駆け寄るが栞は聞かず、目の前に立ち塞がる瓦礫を不敵な笑みを浮かべたまま見上げる。
「お嬢ちゃん!聞いてるのかい??」
そんな態度の栞を隊員は叱ろうとするが、栞はチラリと隊員に目を向け指を差した。
「これを退ければええんか?」
「そうだよ!だから、危ないから離れ…退ける?」
言いかけた所で栞の問いかけの不自然に首を傾げてしまう。
「下がっときっ!あぶないで!!」
栞は元気に吠えながら小さな身体からは想像もできない力で側にいた隊員を下がらせると、落とさないように紐で首からぶら下げていた黄金のガンドレッドを両腕に装着、その細く短い両腕を瓦礫の下へと突っ込んだ。
「いや、それは無理だろ…流石に」
隊員の一人がそう呟いた、当たり前だ…彼女が今持ち上げようとしている瓦礫はビルの一区画である、裁断機で細かく砕いて軽くしてからクレーンで避けるつもりだったのだから。しかし、隊員達の予想とは裏腹に、小さな栞は軽々と瓦礫を持ち上げた。
「なー!これ、どこに運ぶん?」
巨大な瓦礫を持ち上げたまま驚愕したまま固まっている自衛隊員達へ栞は問いかける。
「で!ではこ、こちらに…」
「おーらい!!」
一人の隊員が前に出て先導を始め、栞はその誘導に従って瓦礫を傍に退ける。
「うっしゃー!!どんどんやるでー!!」
そう叫んで手を挙げて自衛官達に意味不明なアピールをした栞は、残った瓦礫も次々と傍へ退けていく。
「は、班長…あれは?」
遥か遠方、双眼鏡で栞の動きを観察している男に隊員が問いかける。
「あれが昨日から噂されていた魔法少女と呼ばれる連中だろう」
「魔法少女…あれが…」
驚愕する隊員の横で、班長は元気に瓦礫を運ぶ栞を見つめる。自分の娘と変わらない少女が巨大なビルの残骸を持ち運ぶ漫画の様な光景にただただ驚いていた。
「とりあえず我が隊は魔法少女のフォローだ、破砕機は傍に逸らした瓦礫に集中させ、ひび割れたアスファルトを補修するっ!」
「はっ!!」
班長の指示により、自衛隊も活発に動き始めた。重機の配置が変わり、裁断機や破砕機は栞が傍に集積した瓦礫へ集中、同時に砕けた道路の清掃やアスファルトの補修も並行して始まる。
「うまく使うわねぇ…」
忙しく動き出す自衛隊の流れを見ながら篠崎が呟いた。
「何がです?」
カイトが見れば、篠崎は大きなため息を吐き出す。
「栞よ、彼女…大人の言う事はまるで聞かないのよ?」
大人の言う事を聞かない?初めて聞く情報にカイトは耳を疑う。
「とてもそうには思いませんでしたね、今も自衛官達と意思の疎通が出来ている様に見えますが…」
「それはあなたの指示があるからよ、わたしや本田の指示じゃあんな風にはならないわよ?」
そうなのか?思い返してみるが、基本的に従順で協力的な栞しか見ていない…何度も微妙な見解の食い違いにカイトは首を傾げつつもコーヒーカップを手に取る。既に冷めきったコーヒーの水面に映る自分が見える。
「……ふむぅ」
カイトは小さく唸ると、首に付いているインカムに触れて電源を切った。
「ま!マールに比べたらなんだって可愛いものですよ!!彼女のイヤイヤは命の危機なんですから!!」
後に篠崎は、その時のカイトはいつも以上に真剣だったという。
「へっくち…」
マールは大きなくしゃみをして鼻を啜る。
「風邪ですか?」
絵里香は心配そうに塵紙を取り、鼻に押し当てちーんとさせる。
「んーん、後でカイトが来たらぶん殴らないといけない気がしただけー!!」
何かを察したようにマールは言いながらインカムをてにする。
『カイト!いい立地を見つけました』
そこへ空を回る青葉の報告が入り、カイトは青葉の視線カメラを見る。
「少しわかりづらいですね、マール、青葉が回っている周辺を高い位置から見れませんか?」
『えー!?しかたないなあ…』
マールは面倒そうに呟きながらも駆け出すと、運良く倒壊を間逃れたビルの外壁を駆け上がって屋根上へと辿り着くと、青葉を乗せた小型ヘリを見る。青葉はマールにわかりやすい様にホバリングしな周囲を回る様に飛んで、チカチカと光らせてマール達に合図を送る。
「カイト!!みえるー?」
唐突に呼ばれたカイトは即座に端末とモニターに集中する。
『少しお待ちください、青葉、もう少し高度をあげて全体を見せてください』
『了解!』
カイトの指示を受けた青葉の視界モニターから全域の映像を睨み、さまざまな地域の次々と画面に表示すると、凄い速さで照らし合わせていく。
「ふむふむ…成る程」
ぶつぶつと考えを呟きながらもペンタブレットを駆使してマップに拠点の落書きをしていくと、インカムを握る。
「お待たせしましたマール!派手にお願いします!」
カイトの合図にマールは頷いた。
「よしゃ!決まりだね!!しっかし派手にか、うーん…」
マールは使う魔術を悩んでいるのか、うーんうーんと腕を組んで唸りながら考え仕草をする。
「そうだ!!」
何かを閃いた様で大きく息を吸い込んだ。そして、よく通った透き通った声で歌い始める。言葉ではない、母音で音を紡ぐだけのただの音、歌詞などない、しかしながらその声はその場にいた誰もが聞き惚れる美しいものだった。…カイトを除いてだが。
「…聴いたことのない詠唱です…なんです?これは…」
カイトは聴いたことのないマールの詠唱に動揺を示して立ち上がって身を乗り出しマール一挙主一等速を観察する。魔術の根源とは言の葉を発すること、言の葉に気をこめれば込める程に威力が跳ね上がる。言の葉を歌として魔力をこめるとなれば…その威力は想像を絶する。だからこそ、聴いたことのない詠唱を始めたマールの思惑がカイトには分からず動揺を露わにしているのだ。
「…ん?」
瞬間、ほんの刹那にマールの身体から高まりつづけた余剰の魔力の残滓が光となって溢れ落ちる。それは緑の色の光だった…
「緑…風?…ストームコールか!!」
プロミネンス並みに魔力を練った後のストームコール、いったいどれほどの範囲と破壊力を持つのかなど想像出来ない、そこからのカイトは早かった。
「青葉!マールからできるかぎり離れてください!今すぐ!!」
『え…え?』
弾ける様にインカムを握る。
「魔法少女隊全隊に通達、マールはいまから最大威力のストームコールをぶっ放します!!どれほどの威力になるかわかりません!!可能な限り身を低くして衝撃に備えて下さい!!」
カイトの叫びに時が止まる様な反応の後
『り、了解!?』『ちょ!ま、まておい!おいてくなよーー!!』
側にいた二人、絵里香と茜は真っ先に踵を返して全速力でマールのいるビルから離れた。離れていく絵里香と茜を見ながらも、篠崎に目を向けた。
「篠崎さん!上空にいるマスコミと自衛官達にも通達して下さい!出来る限りマールから離れるようにと!」
「い、今やってるわよ!」
篠崎はスマートフォンを片手に叫び、指揮所のオペレーター達が危険と警告を各所へ伝達。報告を受けた自衛達のヘリは速攻で離脱を開始、それを見たマスコミのヘリ達もすぐさまマールから距離を取る、まるで蜘蛛の子を散らすかの如く方々へと散ってゆく。
『退却完了!いいですよマール!!』
響くカイトの声を聞き、歌い続けるマールは口元を笑わせ、手にした剣の持ち手のような形をした杖を天高く掲げれば、全身が眩く輝きを放ちだす。練りに練り込まれた魔力が臨海に達し、光として溢れ出ているのだ…そして。
【ストームコール】
それは囁く様な優しく呟く様な詠唱、その瞬間世界は音を失った。マールの身体を包み込む様に巨大な竜巻が突如として立ち上がる。竜巻は渦を巻きながら周囲の瓦礫、木々やアスファルトに至るまで…総てを粉々に粉砕しながら移動し、数分にも満たないわずかな時間でマールは都市区に大きな砂地を創造した。
「そ、空まで…」
突然の異常気象によって空にあった雨雲すらも纏めて吹き飛ばし、拠点となる小さな場所だけが晴天の青空へと変わっていた。あまりに常軌を逸した異常気象を目の当たりにした事で、篠崎は唖然としながら壊れた人形のような動作でカイトにゆっくり顔を向けてくる。
「いまの…あ…あれは…なに?」
「竜巻を呼び寄せる風の最上位魔術【ストームコール】と言います」
「ストーム…コール?それって初日にもやっていなかった?もっと穏やかな魔術?だったはずだけど…」
「本来のストームコールはあっちですよ?」
マールは勇者の信託によって魔術を模倣しているに過ぎない。だから規模も威力も本来の風魔術に比べれば格段に落ちているはずだ。もしも、風魔術のエキスパートであるエイレーンが同じことをしたらその破壊力と規模は計り知れないものとなるだろう。カイトは一部始終に興奮していた。
同時、指揮所に激しい電話が鳴り響き、職員達が電話対応に駆り出される。
「各所になんて説明したらいいのよ……」
篠崎は頭を抱えながら鳴り響くスマホを手に席を立つ。
『かいとー!みたみた!?プロミネンスみたいにやってみたー!!』
沈む篠崎とは打って変わり、モニター越しでは元気にはしゃぐマールの声が響く。
「ええ、あまりに凄すぎてびびっています。流石はマールです!!」
沈む篠崎の横で、カイトはマールを褒め称えた。
『もっと褒めていいんだよ!?』
きっと胸を張っているのだろう、可愛いやつめ。
「ははは、それは直に会った時のためにとっておく事にします。しかし、あの大規模のストームコールでは、被災者も巻き込まれたのでは?」
カイトの問いかけに、指揮所はピタッと動きを止めて振り返る。マールが粉砕した規模には大勢の被災者が取り残されている可能性はあった。
『むっ!生きてる人が残っていたらこんな魔術使わないよ!!今の地域に生きてる人の匂いは…しな』
話の途中でマールは自ら創り上げた砂地にへたり込む。
「マール!?」
『あはは…ごめん、ちょっと無理しすぎた…ちかれた…』
ただでさえ寝不足、疲労を残したままの強過ぎる魔術の行使に身体が先に限界を迎えたのだろう。
「茜、絵里香、フォローをお願いします」
『もう向かってるよ!』
『マールちゃん、すぐ合流しますね?』
二人の返答はとても速く、すでにモニターは風の様に走っていた。
『ありがとー…なんか、食べるものがあると嬉しー!』
呑気にリクエストもしながら、マールは砂地に横になると、雲を削られた為に青空が視線カメラに映る。
『なーんか……おかしいんだよ、ここ』
寝転がったまま、マールは呟いた。
「おかしい?」
カイトの問いに、疲れ切った彼女の視線が縦に頷いた。
『うん、なんかねー…この辺りだけ妙なんだ、血の匂いはすっごくたっくさん感じるけど、死の匂いがしないんだ』
死の匂いがしない?…マールの言葉を受けカイトの体は身の毛が良立つ程の強烈な嫌な予感が過ぎる。
「………わかりました、マールは一先ず休憩です茜と絵里香が合流したら一緒に休憩してください」
『うーん、わかったよー…』
不服そうなマールだったが、身体が動かない様子そこへ茜や絵里香がやってくる。
「ほら、朝のだけどやるよ」
駆け寄ってきた茜は朝に支給された2本のカロリーバーを差し出すと、それを見るなり身を起こしたマールは瞬時に茜の手の中から奪い取るなり勢いよく包みを剥がして二本一緒に口へ放り込む。
「あまい!おいひー!!ぶほ!!」
チョコバーは口の水分を持っていく、2本のカロリーバーを一気に口へ詰め込んだらどうなるかなど火を見るより明らかだった。
「ほらほら、落ち着いて食べないから」
絵里香は隣に座ると、背中をさすりながらも腰に下げた水筒をマールへ差し出すと、彼女は即座に絵里香から水筒をとり、すごい角度で飲み始める。
「ングッ!!ング!!」
1リットルは入る水筒を一気に飲み干した。
「ぷはぁっ!!たすかったあ…ありがとう二人ともっ」
そんなマール達のやり取りを眺めていると、篠崎が肩を叩いてくる。
「さっき、マールちゃんが言っていた死の匂いがしないってどう言う事?」
篠崎の問いかけに、カイトは肩を竦める。
「おそらくは死体の匂いを感じないという事かと、彼女の鼻ならば死体の数を嗅ぎ分けることできるでしょうから」
事実、初日のE地区に行方不明者はいない。なぜならば、マールが死体も含めた全てを発見し、場所を伝えたからだ。
「ホント…彼女は犬が何かなのかしら…」
マールがもつスペックの高さにため息を漏らす。
「それなら、奇跡的に死者が出なくて、全員で移動したとか?…」
「あの状況で、全員が助かったとは…とても思えません」
マールのストームコールで更地にする前の惨状を思い出した篠崎は大きなため息を吐き出しながら席に着き、画面へ目を向けた。
『それでね!カイトのやつがめっちゃ臭くてさあ!!』
マール達は既に談笑を始めており、リザードマンの解体をした時の話で呑気に笑い合っている。
「もしや…マール!」
カイトは唐突にインカムを手に取とり問いかけると、マールはピタリと止まるとインカムに触れた。
『なあに?』
「…ホモセクトの可能性はありませんか?」
カイトの言葉に、絵里香と茜は同時に目を見開き驚愕を見せている一方でマールはジト目をしたまま大きなため息を吐き出した。
『はあ…あいつらがいたらさすがにすぐ分かるよっ』
侵害そうにマールは告げ、それを聞いたカイトだけでなく目の前の絵里香も安堵しており。
「良かったぁ…」
茜からも安堵の声が漏れる。
『まったく、ビビりすぎだっての…ボクが居るんだから大丈夫!みんなももっと肩の力ぬきなー?』
今一番消耗しているだろうマールが誇らしげに胸を張りながらふんぞりかえってみせた。
「ええ、頼りにしていますよマール」
カイトの返答は予想外だったのか、キョトンと瞬きしていたマールは、次の瞬間にはとても嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
『うん!!任せてよっ!』
通信が終わり、カイトは気疲れした様子で席に着くと目の前のコーヒーカップを手に取る、既に空である事に気がついた。
「はあ、ごめんシノ、戻るついででいいからコーヒーを二つ持って来てくれる?ブラックでいいから…」
「はい!わかりました!」
目ざとくトイレに立とうとしていた女性職員に指示を出した篠崎は、問いただしたそうにカイトを睨んでいた。
「ホモセクトって??」
やはり来たか…とカイトは考えながら苦笑する。
「人の型をした虫の亜人です、彼らは他の亜人とは違い、人を好んで捕食するのでもしかしたらと思ったのですが当てが外れた様です」
篠崎は想像をしてしまったのか顔面が蒼白となる。
「外れてくれて助かったわ…本当に」
絶望顔のまま放たれた嘆き、カイトは苦笑を返すと先程の女性職員がコーヒーを二つ持って来てくれた。
「お、キタキタ!!」
茜が手を瞼の上に置いて影を作り、空の彼方からやって来る大量のヘリ群を見て叫ぶ。初日同様、マールによって創造された大きな空き地にやって来た大量の輸送ヘリが次々と降り立ち、物資を抱えた隊員達が降りてきては統制された動きで役割に応じて別れ。後続の輸送ヘリから中に満載された天幕や簡易的な救護ベッドなどを降ろしては並べていく。また別の班が広く展開し、天幕の位置を決めて線をかく。
「マールちゃん、あれみて?」
絵里香が指差した先には前後に大きなローターがついた大型のヘリコプター【チヌーク】がやって来た。
「おー!おっきい!」
昨日も見たはずだが、マールはキラキラと瞳を輝かせてチヌークの着陸を見ていると、後部の大きなハッチが開いて中から二台の中型ジープが格納庫から飛び出すと素早く周囲に散って行く。
「かっくいー!車がでてきた!?」
マールはすっかりチヌークが気に入った様だった。
「米軍の連中もきたなー」
初日と同様に空の彼方から米軍のオスプレイも複数機やって来て着陸すると、下部ハッチが開いて筋骨隆々とした大量の兵士たちが物資と共に投入され、持って来た大きな天幕などの展開を始める。
「……んー……」
「マールちゃん?どうしたの?」
絵里香の問いかけにマールは頬をかく。
「なんか、観られてる?」
マールの言葉に茜が肩をすくめた。
「そりゃ、当たり前だろ…お前」
巨大竜巻を呼び寄せ、広範囲に散らばっていた瓦礫の山を更地にすれば誰でも同じ反応を見せると、茜は思っていた。
「うーん…そうなのかなあ?」
マールは米軍の兵士たちから自分に向けられた視線に嫌感じが混じっている事を肌で感じつつも、そういうものかと飲み込んだ。
「ん?」
不意に、嗅いだことがあるどこか懐かしい臭いをマールの鼻は感じ取り、そちらへ意識が引っ張られて視線を向ける。そこには倒壊した建物の残骸があり、匂いはその残骸の下から漂っている。
「マール?」
「アカネ、エリカ!ちょっと来て!」
マールはそう言って立ち上がるなり残骸に駆け寄ると、躊躇するなく瓦礫を蹴飛ばした。ゆうに数十tはありそうな巨大なビルの瓦礫は小さな少女の蹴りによって二つに割れながら飛んでゆく。
「お、おい!何してんだ?…」
茜がマールに問いかけるが、そこにあったものをじっと見つめたまま、首のインカムに触れる。
「カイト、これ見えてる??」
マールの問いかけを受けたカイトは身を乗のりだしてモニターを見るが、マールの小さな手のひらしか見えない。
「マール、カメラを覆っています、何も見えません」
『え!?あ、ごめん!あはは!!』
楽しそうでいいね!と愚痴リたくなる気持ちを抑えつつ、画面に映し出されたそれに目を丸くする。それは実に大きな物体であり、カイトにはそれが何かはわからなかった…。
「初めて見ます…なんです?それは…」
『え?うそだよ、オークの武器だよ?見たことない??』
オークの武器?カイトの脳裏には分厚い鉄板の様な剣や鎧を身に付けた武装オークを思い出す。
「オークの武器ってあの分厚い鉄の剣じゃないんですか?」
カイトの問いかけにマールはがっくしと肩を落とす。
『君さあ…まあいいや、オーク達は大型のワイバーンの骨や甲殻を加工してこういう武器を作るんだ!』
マールはそう言ってオークの武器の全体を見せる様に視線を離す。全長は2m前後、飛竜の顎を加工したのか、ベージュ色のトゲトゲした大きく長い刀身に、鈍色の錆びついた甲殻が繊維を束ねたような縄によって乱雑につなぎ合わされており、まるで幼児の図工の授業で作ったような…実に稚拙な形をしている。
その持ち手には飛竜の大腿骨の部分がそのまま使われており、持ち主だったオークの腕が付いている。あいにくその腕は第一関節からその先はなく、ただただぶっとい骨や損傷した筋繊維が露出し、紫色の血が滴っている。
「…それ、オークの…腕ですか」
「正解!」
絵里香の問いかけにマールは楽しそうに習得した武器を軽々と拾い上げて地面に突き立てると、持ち手にくっついたオークの腕を手を引き剥がして茜と絵里香に見せる。
「よ、よせんな…」
茜は思わず引いてしまい、マールはニシシと悪戯な笑みを浮かべている。
『瓦礫の下にあったという事は瓦礫に潰されたのでしょうか?』
「違うね、これを見て」
マールはオークの腕、その痛々しい切断面を寄せると、オークの筋肉に白い何かが突き刺さっているのが見える。
「歯…ですか?」
絵里香の問いかけにマールは頷くと、突き刺さった歯を引き抜いた。その歯は肉を引き裂くために鋸状にギザギザがついており、とても鋭い。まるでサメの歯の様だった。
「こいつは襲われて、食べられたんだよ」
マールはそう言って、手にした歯の臭いを嗅ぐ。
「信じられません、ゴブリンやコボルトならわかりますが、武器を持ったオークを捕食できる奴なんてそうそういるとは…」
「やったのはお掃除やさんだね」
お掃除屋さん…実にマールらしい可愛らしい呼び名だ、聞いたことのない名前にカイトは首を傾げていると隣にいた篠崎がマイクを握る。
「その…お掃除屋さんってどんなやつなの?」
『え?どんな…うーん、まっくろでー…おっきくてー…てあしがながくてー…結構くさい』
うん!可愛いね!!全くわからない。
「なぜ、お掃除屋さんって呼ばれているんです?」
『んっとね、こいつらは死体を食べるんだよ。最前線だと僕達は亜人の死体を掃除したりしないから沢山の魔物が亜人の死体を食べに来るんだ。だからみんなそいつらをお掃除屋さんって呼んでるの』
「最前線?…」
「成る程!スカベンジャーなんですね!!」
あえてテンション高く声を張り上げて誤魔化しつつマールへ問いかける。
『スカ…なにそれ?』
「死体を食べる生物の総称です、ちなみにそのスカベンジャーに名前はあるんですか?」
『んっとね…たしか…ああ!ゼオラがグレンデルって言ってた!!』
とても可愛らしい仕草だった。
「つまり、グレンデルって魔物がここにいた死体を食べた…と?」
『うん、多分巣穴に持ち帰ったんだとおもふー…』
言い終えたマールは、急に持っていたオークの腕に齧りついた。
「ちょっっ!!お前っ、何やってんだ!!??」
唐突なマールの奇行に、茜が悲鳴に近い声をあげた。オークの腕は既に腐敗が進んでおり虫もたかっている。そんなものを唐突に齧り出せば誰もが驚愕に顔を歪めるだろう。カイトすら絶句していると、マールは??という表情できょとんとしながらオークの腕に残った緑色の皮を引き剥がし、その下の筋繊維に指を入れて引き剥がしてビーッと引っ張り出す。
「ペッ…みんなどしたの?」
マールはキョトンとしながら腕に残った筋繊維を一本ずつ引き剥がしている。
「えっと…マールちゃん、お腹空いてるの?」
ドン引きして引き攣った笑顔を浮かべた絵里香が問いかける。
「はあ??流石の僕だって亜人なんか食べないよ!!気持ち悪い!」
「いやいやいやいや!オークの腕齧ってたじゃねえかよ!!?」
茜が問いかけると、マールは首を傾げる。
「ん?…あー、オークの皮膚は硬いから歯で切って剥がしたんだよ?ほら」
そう言って剥がした皮膚を茜に差し出すが茜は身を退く。
「で、では今は何を??」
「ん?その武器の背負い紐を作ってるんだけど?」
背負い紐??全員が理解できずにしている間にも、マールはオークの腕に何度も齧り付いては同じ動作で皮膚を剥がしてから筋繊維を引っ張り出しては引っ張って伸ばし、弛ませ、束ね、気づいた時には…いつも無骨な大剣を襷がけしているあの紐になっていた。
「あの紐…オークの筋繊維だったんですか…」
「ん??いつものはギガースの皮膚だよ?あっちのが丈夫で柔軟なんだー!オークの筋繊維も悪くないけどね〜」
マールは楽しげに語りながらオークの筋繊維で作った背負い紐を突き立てた武器に縛着する。
「マール、それ使うのか?」
「ん?そうだけど?…ちょっと僕には軽すぎるけど素手よりはマシだからさ!」
そう言って背中に襷がけして背負い紐の長さを調整していく。
「な、なあマール!ならあたしにくれないか!?」
オークの無骨な武器は茜に刺さったようだ。
「え?君には爺ちゃんの刀があるじゃんか、そっちのが丈夫だし使いやすいと思うけど?」
まあいいか…と、オークの武器(以降オークの大剣)を茜に差し出した。
「わりいな!!へへへワイバーンの武器とかカッケェーじゃん!!」
茜は興奮した様にマールから大剣を受け取り、取り落とし、ズドンと再び地面に突き刺さる。
「ん?何やってんの?」
「マール、お前、軽すぎるって言ってなかったか?」
「言ったけど?」
マールは言った通りに軽々と大剣を引き抜き、再び差し出して来る。
「え、絵里香…持ってみろよ」
「は?欲しいのはあなたじゃないんです?…まったく」
絵里香はそう言いながらマールから大剣を受け取り、マールの手が離れる。
「お!!?おもっ!!」
絵里香はなんとか持ち上げようと顔を真っ赤にしながら持ち上げようとするが、オークの大剣はそんな絵里香の抵抗虚しく地面に突き刺さった。
「なあ!?あたしが落とした理由分かるだろ!?」
茜はここぞと声を張り上げ、絵里香はガクガクと何度も頷いた。
「成る程ね、二人にはこれが重いのか!」
マールはニヤニヤと笑いながら地面に突き立ったオークの大剣を軽々と片腕で持ち上げて背中に襷掛けで背負う。
「ちぇ…欲しかったのになあ…」
「んふふ、持てるようになったらあげるよっ」
そんな茜に、マールは意地悪に笑いながらインカムに触れる。
「カイト、これからどうする?」
『うーむ…そうですねえ…』
カイトは腕を組み唸りながら席に着きながらインカムに触れる。
『グレンデルは単独でオークを捕食できる程強いんですか?』
カイトの問いかけにマールは首を横に振る。
『んーん、ぜんぜん強く無いよ?死体食ってるような奴が強いわけないじゃん?多分単独なら返り討ちにされちゃうと思う』
「地震によって負傷していた所に多勢に無勢ですか…」
『多分ねー?』
「マールちゃん、奴らの巣穴は分かる?」
篠崎の問いかけにマールは首を横に振る。
『ここ、いろんな臭いがしててわかんない』
「わかりました、マール、動けそうですか?」
『うん!もうばっちしだよ!』
マールはにこやかにポーズをとって見せる。
「では、マールはこれより単独で生存者の救助に当たってください」
『りょーかい!』
『え!おいカイト、あたしらは?』
「絵里香と茜は拠点の防衛をお願いします」
『わかりました』
『は?いいのかよ絵里香!』
『当たり前でしょ?私達がここを離れてグレンデル達が戻ってきたらどうなるとおもうんですか?』
『そ、それはそうだけどよ…』
『そいじゃ、ボクは行くね!アカネ!あんまり拗ねないでよー?』
『拗ねてないわ!!』
『あははは!じゃーねー!』
マールは笑いながら元気に視界いっぱいに広がる瓦礫の海に走って言った。
『あ、そーだしのっち』
「篠崎司令ね、なに?」
『空飛んでる人達を退避させて?』
え?…カイトも、篠崎もポカンとした。
『グレンデルは飛んでる生物を捕獲するのが得意なんだ、ながい手足で捕まえてー!』
『きゃあああああ!?』
唐突に響く青葉の悲鳴、観れば青葉の視線カメラにはヘリのコクピットにしがみつく黒い体毛をしたテナガザルのような長い手足に犬のような頭をしたけむくじゃらの化け物の姿があった。
「あ、あわわ…」
「ベルトを外して!!早く!」
青葉は瞬時に判断し叫びながら座席脇に置いていたアサルトライフルを目の前にしがみ付くグレンデルにぶっ放しす。
「ぎゃん!!?」
グレンデルは防護ガラスを貫いて飛んできた5.56mmをしこたま浴びて顔を逸らした。
「飛びますよ!」
「え!?ええ!?」
座席の上に立ち、左手でパイロットを掴み上げるなりレバーを踏みつけると、ヘリはコクピットをグレンデルごと上向きになり、青葉は座席を強く蹴っ飛ばして目の前防護ガラスに向かって自らの身体を弾丸の様に撃ち出し勢いよく貫抜きながらガラス越しにいたグレンデルの身体を掴み、一緒に落下して行った。
『マール!すぐに青葉の救助に向かって!願い!!』
墜落を目の当たりにした篠崎が叫ぶが、マールは既に風の様に走りながら目につくグレンデルを片端から斬り伏せて仕留めていた。
「わかってる!!けど、ちょっと時間かかるかも!」
彼女は走りながら目ざとく瓦礫の下から現れるグレンデルを確認しては、手にした大剣を振り下ろした。
『茜、絵里香は救助に行ってはダメです』
「あん?あたしらも行くべきだろうがよ!?」
「茜!!」
絵里香の悲鳴に似た声に遮られ、振り返る。
「……はあ?」
絵里香は目を見開き、間抜けに口をあけたまま、真っ直ぐと目の前を指差した。その先の方向から、黒い何かが土埃を上げながら走って来ている。それは…グレンデルの集団、その数は数十にも数百にもなる。
「…まじかよ…んだよあの数!!」
茜と絵里香はそれを見るなり駆け出していた。
「篠崎さん、自衛隊員と米軍を接触予定地から極力退がる様に指示してください」
いたって冷静なままのカイトは、特に動揺もせずにタブレットに二人とグレンデルが接触する予定地点にバッテンを描いていく。
『っ…わかったわ!』
篠崎はカイトの指示で立ち上がり、スマホを耳に当てる。唐突に騒然となる指揮所の中で、カイトは大モニターに表示された青葉の墜落予測地を睨みつける。
「ふむ…」
カイトは既に緩くなりつつあるコーヒーをすすりつつ思考を巡らせた。
「い…つつ…」
場所は変わり…高さ数十メートルから飛び降りた青葉はゆっくりと身を起こす、幸い身体に怪我はない。…落下前、青葉はガラスに張り付いていたグレンデルを掴んでクッションにした。目の前にはクッションにされて全身を強く打って死亡したグレンデルの亡骸がある。人二人分の体重を一挙に浴びたためか口から内臓が飛び出ている。
「タシロさんっ…起きてください!タシロさんっ」
すぐ隣で気絶していたパイロットの男性、タシロの肩を掴んで強く揺さぶる。
「う…う…」
タシロは呻きながら身を起こして目を開けると、口から内臓を吐き出して横たわるグレンデルと目が合った。
「ひいい!?ば!!バケモノ!?」
跳ね起きて逃げようとするタシロを、青葉は掴んで引き寄せるなり口を塞いだ。
「さわがないで下さい、死んでます」
青葉は冷静に囁くと、パニックだったタシロは次第に落ち着き、体から力がなくなるのを見て口を開放する。
「ここは?…俺たちはどこに落ちたんだ?」
声を顰めてタシロが問いかけると、青葉は周囲を見渡した。幸か不幸か、青葉達は倒壊した大きなビルの瓦礫に囲まれており、まるで落とし穴に落ちたかのようだった。
「そうだ、通信機…俺たちの…へり…?」
タシロの愛機である偵察ヘリはタシロの目の前で無惨な姿で横たわっていた。後ろから地面に落ちたためかただでさえ小さな機体がより小さくなっている。
「………」
絶望して立ち尽くすタシロの傍で、青葉はインカムに触れている。
「こちら青葉、こちら青葉!HQ!聞こえていますか?カイト!篠崎さん!」
そう、何度も呼びかけていた。しかし帰って来るのは砂嵐だけである。
「ダメです、落下の衝撃でこれも壊れてしまったようです」
「俺のスマホも動いてるけど圏外だ…」
タシロも胸ポケットから取り出した携帯端末を見てから青葉に見せる。
「八方塞がり…ですね」
青葉は乾いた笑いを浮かべてから楽な体勢で座る。
「青葉ちゃん?」
「大丈夫です、すぐにマールが助けにきてくれますよ」
そう言って笑うと、不安に染まっていたタシロの表情が僅かに和らいだ。
「そうだね…彼女の鼻ならすぐに見つけてくれるよね!そうするしかないかあ…」
初日、タシロは青葉と共に被災者達を瞬く間に救うマールの姿を見ている、だからこそ落ち着くことができ…タシロは青葉の前に腰を下ろした。
ガコッ!
何かの音がした、もうマールが助けに来た。そうタシロも青葉も考えて、即座に音の方に目を向ける。
「あ……ああ…」
しかし、タシロから漏れた声は、歓喜ではなく絶望の声だった。なぜ?青葉達の視線の先、落とし穴の様になった断崖の瓦礫の上には、複数のグレンデルが立っていたからだ。
「タシロさん!!すぐそこの瓦礫の裏に!!」
【ガッウオオオオオオ!!!】
青葉が吠えると、同時に1匹のグレンデルが咆哮、左右にいた2匹のグレンデルが瓦礫を駆け降りて目の前にやっと来ると攻撃タイミングを測る様に左右に別れ、ゆっくりと歩き出す。
「あ、青葉ちゃん!」
青葉が指示した瓦礫に逃れていたタシロは、すぐに顔を出して青葉を見つめていた。その場に残った青葉は、小太刀を手に身構えながらも距離を取りつつ彼らが視界から外れない様に動く。
青葉は焦っていた、今、瓦礫の上にいたグレンデルは仲間を呼んだのだ。一刻も早く彼らも始末しなければ沢山のグレンデルがここに傾れ込む事となるだろう。そうなれば自分だけではタシロを守り切ることなど出来ない。
「(考えるより先に動け!早くこいつらを倒して安全を確保しなければならないんだ!ビビるな青葉!)」
青葉は目を大きく見開き、そして覚悟を決めるなり一気に駆け出す。彼女が向かったのは左右のグレンデルではなく真っ正面に鎮座するグレンデルだった。
「はああああっ!!!」
吠えながら小太刀を鞘から引き抜き、瓦礫を一気に駆け上がり眼前のグレンデルへと襲いかかる。
グレンデルは予想だにしなかったのだろう、きょとんとしたまま青葉の振り下ろした小太刀による一撃をもろに頭部に受けて唐竹割にされた。
「一匹!!」
「青葉ちゃん!!!」
突如、遥か下からタシロの叫び声がして振り返る、背後から左右に別れた2匹のグレンデルが追いかけてきてえたり、すぐそば迄迫っていたのだ。
「それは見えてますよ!!」
振りかざすグレンデルの腕をくぐり抜けるように避けつつ脇腹を突き刺しそのまま切り抜ける。
「ギャン!!」
グレンデルは切り裂かれた腹部を抑えて蹲り、その隙に青葉は勢いを殺さずもう1匹の身体へと突撃、全体重を乗せた青葉の突撃は、グレンデルの背中に達するほどの威力だった。
「2匹!!」
即死したグレンデルの身体を蹴飛ばし、蹲ったグレンデルの後頭部に小太刀を振り下ろして殺害する。
「3匹!!…」
荒々しく息をしながらも、仕留めたグレンデルから小太刀を引き抜き、振りかえると、その視線には既に複数匹のグレンデルが走って来ている姿が見えた。
「はあ…はあ!!これは…きついですね…?」
手にした小太刀を強く握りしめ、腰を深く落として身構えた。すると、唐突にグレンデル達が退いていく。
「…なに?」
グレンデルの群れの中から、一際大きなグレンデルがのしのしと歩いてやって来る。その大きさは異常で、通常のグレンデルがテナガザルのような外見だとすれば、今、目の前にいるグレンデルはまるでゴリラを思わせる程に丸太のような腕だった。
「あなたがリーダーですか……」
青葉は笑いつつも一気に駆け出した。こいつさえ仕留めればなんとかなる。そう青葉は考えながら眼前に迫る大グレンデルは…ただ腕を振り上げた。
咄嗟のことに警戒する青葉だったが、すぐさま身をくねらせ走りながら振り上げた腕に小太刀の刃を走らせる。
「なっ…」
目を見開く青葉、それもそのはず、大グレンデルの腕は小太刀の一撃を弾いたのだ。無防備に弾きあげられた青葉の脚を大グレンデルは掴む。
「いぎいっ!!」
掴んだ、ただそれだけで青葉の脚は潰れてひしゃげ、痛みに悲鳴をあげる隙もなく振り上げられた青葉の体は、次の瞬間には思い切り地面へと叩きつけられた。
ただの一撃で青葉は動かなくなり、大グレンデルは興味をなくした様に青葉を子分達の方へと放り投げる。
「がは!」
地面に落ちた衝撃で気絶から回復した青葉であったが、次の瞬間には目の前の光景に絶望する。
「い…いや…いっ…」
片足を潰され、武器も失い、倒れた青葉を涎を垂らしたグレンデル達が見下ろしていたのだから。
「いや!いやああああっ!!」
悲鳴をあげた青葉にグレンデルの群れが襲いかかり腕に足に、次々と噛み付いては肉を食い千切り血が飛びちる。激痛と恐怖による声にならない青葉の悲鳴がこだまする
「アオバッ!!」
そこへ遅れてたどり着いたマールは、複数のグレンデルに貪り喰われる青葉の姿を目の当たりにする。
「お、おまえらああああっ!!」
激怒、マールは1発で地面を砕く程に踏み込んで自らを打ち出すと、目弾丸のような速度で目の前のグレンデル達を一撃の元に薙ぎ払うと、マールの登場に目を見開いたまま驚愕していた大グレンデルの眉間にオークの大剣の一撃を叩き込む、大グレンデルは咄嗟にその両腕でマールの一撃を受け止めようとしたのだろう…しかし、マールの一撃は彼が想定していたよりもはるかに重かった。
グジャリと肉の潰れる音と共に、大グレンデルはペシャンコに潰れ、二度と動く事はなかった。
「アオバ!!」
大グレンデルなど目もくれず、マールは手にした大剣を捨てて青葉へと駆け寄った。青葉に手足はなかった、腹を破られ内臓も引き出されている。
「……ひゅー…ひゅー…」
冒険者の耐久力によるものだろう、そんな状態でも青葉は薄らと目を開け、何とか息をしていた。
「偉いぞ、よく頑張った…」
マールは瀕死の青葉の頭を撫でてやると、半開きな青葉の目をじっと見つめながら告げる。
「すっごく痛いけど、我慢してね」
マールの言葉は聞こえてはいない、しかし青葉は覚悟を決めたようにゆっくりと目を閉じた。
「合格!いくよ!!」
マールは回復術を青葉に施した。
「ま、マールちゃん…青葉ちゃんは!?」
暫くして、マールは穴の様に空いた瓦礫の下にいたタシロの元へとやって来る。
「貪り食われてたけど大丈夫、今は落ち着いて寝てるよ」
マールはそう言ってパイロットに背を向ける。
「え??」
「早くつかまって?飛ぶから!」
飛ぶ?疑問を浮かべたタシロに痺れを切らしたのか、素早くタシロを掴んで肩に担ぐと、一っ飛びで瓦礫の穴から抜け出すと。倒れていた青葉の隣にタシロを放りだす。
「いたあ!…」
タシロは顔面から落ちて顔をさすりながら身を起こすと、目の前に横たわる青葉を見た。
「あ、青葉ちゃん!!」
彼女の顔は真っ白になっており、横たわる瓦礫には夥しい量の血の跡がついている。そこでタシロはマールの言っていた貪り食われていたけどの意味を理解し、思わず口を押さえる。
「全く…ホント間に合って良かったぁ…」
マールは安堵のため息を漏らすと、眠ったままの青葉を背負い、大剣につけていた背負い紐を外すとそれで青葉を締め付けて拘束する。
25分前
「はあ!?先に目につくグレンデルを一掃しろ??」
風のように走り、道ゆくグレンデルの身体を薙ぎ払いながらマールは叫んだ。
「はい、青葉が落ちた地点にはかなりの数のグレンデルが潜んでいる可能性があります。なので、先に周囲を一掃しておいた方が都合がいいんです」
「その間に青葉がやられちゃったらどうすんのさっ!」
「青葉が倒れる前に貴女が殲滅すれば良いだけです、彼らの興味が青葉に向いているのならば逆に敵の背後を突くチャンスです」
カイトは淡々と告げる。
「君!!本当に性格わるいっ!!」
マールは心底軽蔑したように吐き捨てながら速度が増していき、目に付くグレンデルを大剣で叩き潰し、胴を薙ぎ払いながら突き進む。
「茜、絵里香、様子はどうですか?」
『こちら茜!!敵は素早いがやれねえこたあねえ!!』
茜は俊敏に動き回っては次々とすれ違いざまに斬撃を浴びせて倒していく。茜の一撃は軽く致命の一撃にはならない、しかしながら生物の大半は腹を斬られれば行動不能になるもの、グレンデルも例外ではない。茜が切り裂き負傷させ、あとを追いかけて来た絵里香による強烈な一振りによって首を跳ね上げられる。
『10匹斬ったあたりから数えていませんよ!』
グレンデルの返り血を浴び、額についた血糊を拭い取る。二人は突っ込んできたグレンデルの群れに正面からぶつかり、多勢に無勢をものともせずまとめて切り伏せた。彼女達の足元には大量のグレンデルの亡骸によって埋め尽くしても尚、休む事なくグレンデルの亡骸を量産する。
「綾奈、援護をお願いしたいのですが?」
『ああ、いいぜ!霧香!俺は向こう行くからなー!』
はーい、と霧香の声が遠巻きに届いてくる。
「本田さん、綾奈と合流。途中で栞も拾ってください」
『あ、ああ、でもヘリで大丈夫なのかい?』
青葉のヘリが撃墜されるところを見ているのだから、当然の反応だろう。カイトはタブレットの画面を共有する。
「グレンデル達は今、自衛隊のキャンプを目指しています、防御に回った茜と絵里香とぶつかっているため全体の注意は二人に向いている。今なら侵入も容易いでしょう」
『侵入したとして、そのあとはどうするの?』
「此処に、群れの後方で栞と綾奈を投下してください」
『はあ!?敵の群れの中に二人を投下する!?』
「はい、攻めあぐねたグレンデル達が他の被災者キャンプへ狙いを変える可能性が充分にある。だから今のうちに綾奈と栞の両名を敵群の最後尾に投下、後背を突き、退路を断ちます」
『り、りょうかい!』
指示しながらカイトはモニターに目を向ける。運が悪いことに、グレンデル達が次に狙うだろう被災者キャンプへの進行予測ルートには青葉が墜落した地点がある。
「まさか、カイト君はそれを見越してマールに殲滅を優先させたの?」
隣で聞いていた篠崎の問いかけにカイトは頷く。
「はい、マールが真っ先に青葉救援に走った場合。グレンデル達は狙いを近場のキャンプへ変える可能性は充分にありました…」
『カイト!カイト!!うち!?うちも行ってええんか!?』
栞は大喜びで通信を挟む。
「ええ、もちろん!」
『うっしゃー!!暴れるで!!』
「浮かれるのもいいですが、今回の敵には青葉もやられてます充分に注意して下さいね」
浮かれる栞に釘を刺すつもりだったが、それを聞いた栞はピタリと止まる。
「……そか…」
栞は手にした瓦礫を握力で握りつぶすと、インカムを掴む。
「早よ来いや本田ァッ!!モタモタせんとちゃうで!!!」
栞は怒りを滲ませて大声で怒鳴った。
「と、そんな感じ」
マールが語り終えると、ヘリが頭上を飛んで行く、先程彼女が話していた栞と綾奈を乗せたヘリだろう…。
「ふう、いよし…んじゃ!僕達も行こっか」
マールは地面に捨てられていたオークの大剣を拾いあげる。
「い、行くって…?何処へ」
「被災者キャンプに決まってんじゃん!いつここに雪崩れ込んでくるかわかんないんだよ!?ほら走れー!」
そう言ってマールは追い立てるようにタシロの尻を蹴飛ばした。
「いってえええ!?」
あまりの痛みにタシロは飛び退くと、すぐさまマールから逃げるように駆け出した、マールはその後を追いかける。
「おそいぞー!!もっと早く!全速力!!!」
「ひ!ひいい!!」
逃げるタシロの尻を蹴飛ばしながら、マールは戦域から離脱する。
「あの蹴り、めちゃくちゃ痛いんですよね…」
あの蹴りの痛さをよく知るカイトはしみじみと語る。
「魔法少女の皆さんも、毎朝ああやってマールに追いかけられているんです」
パイロットの背中を映すマールの画面を観ながら篠崎は腕を組む。
「後で暴行事案で訴えられないかしら…」
そっちの心配か…。
『綾奈ちゃん!栞ちゃん!!間も無く指定座標だよ!!』
本田の怒鳴り声が指揮所に響き渡った。
輸送ヘリの中にいた栞は無言で立ち上がり空中でドアをこじ開けた。
「まじでこの高さから飛び降りるのかよ…」
さすがの綾奈もビビって尻込む高さ。
「先行くで…」
栞は棍棒とセラミックの盾を手に取るとバイザーを掴んでおろし、一歩踏み出し重量に従って真っ直ぐに落ちていった。
「ま、マジか…あいつ!」
微動だにせず落ちていった栞を追いかけるが、ビビった綾奈は尻込みしてしまう。
「ほ、本田さん!…もうちょい高度…さげて?」
その降下音は、遥か遠方で戦う茜や絵里香の耳にも届く。
「来ましたか!」
絵里香はグレンデルを唐竹割りに斬り、横凪に振るって3匹を真っ二つにする。
「たく…おせえんだよっ」
既に息があがりつつあった茜だが、口元を笑わせてから駆け出し向かって来るグレンデルを次々と斬り伏せてゆく。
ドォンと、硬いアスファルトに突き刺さった栞は突如として背後に現れた小さな少女を見つめて静止したままのグレンデルへ、ゆっくりと歩みより右手の棍棒を振り上げ頭に振り下ろす。
凄まじい打撃音が響くと共に、グレンデルの頭蓋は潰れて地面に叩き伏せられ命を散らす。背後からの敵襲に驚いたグレンデルだが、数を頼り小さな栞に襲いかかる。しかし、栞は手にした棍棒を素早く振い向かって来るグレンデルを片っ端から地面に叩き潰し、壁に叩きつけ、足で踏み砕きながら歩き続ける。
「ギャアアアアア!」
賢いグレンデル達は複数匹で散り散りになり、四方八方から同時に襲いかかる。
「そいつぁ、無理なんだなあ…」
飛びかかったグレンデル達は空中で目に見えない糸に絡め取られ栞に触れる間も無く八つ裂きに引き裂かれバラバラになる。グレンデルは突然のことに目を見開き頭上を見上げる。そこには一人の少女が何もない空間に立っている、いな、銀色の糸を蜘蛛の糸の様に張り巡らせてその上に立っている。
「ぎゃん!!」「ぎゃああ!!」
綾奈に注意を向けている間も栞の進撃は止まらず容赦なく正面のグレンデルを叩き潰し、叩き伏せ、薙ぎ払い、潰し、倒し、死骸の頭を踏み砕きながら進む。
だが、死体に擬態したグレンデルが唐突起き上がるなり栞の腕に噛み付いた。しかし、グレンデルの歯は黄金の鎧に阻まれ、皮膚に達することは無い。
「………」
栞は気にせず腕を噛み付いたグレンデルごと振り上げ、思い切り地面に叩きつけ、その顔面を踏みつける。全身で数tにもなる鎧を纏った栞に踏みつけられたならば、グレンデルの頭蓋など当然耐えれるわけもなく卵の殻のように簡単に潰れ、脳髄を周囲に撒き散らす。その隙に複数匹のグレンデルは襲いかかるが、綾奈の糸によって八つ裂きにされて倒れる。
「おいおい、俺を無視すんなよ…」
キレた綾奈は目を見開きながら笑いかけつつ栞の前に立つなり次々と銀色の糸を放出し、向かって来るグレンデルを絡めとるなり即座にバラバラにしてしまう。
「し、しおりに…あやな?…あんなに強かったの?」
二人は変わる変わるに前に出ては、次々に襲い来るグレンデルを、蹴散らしながら進み続け、栞の届かない範囲は綾奈が、綾奈が叶わない相手には栞が前に出て、絶妙なコンビネーションを見せている。
「マールが言うには、彼女達はとても筋がいいそうですよ?特に栞は良く褒めていました。
」
「……栞が」
「マールの戦力眼は絶対です、こと戦いにおいて彼女はお世辞を言うようなことはありません。彼女が褒めるというのは、それだけの意味があるんですよ…ホントに…羨ましいな…」
カイトは心底才能の塊に囲まれている篠崎にそう吐き捨てつつも、デスクに広げていたタブレットや端末の予備などを自らのリュックへ入れて行く。
「ど、どこかへ行くの?」
「現地へ向かいます」
「はあ!?現地!?なんでっ?」
反発する篠崎を無視して軽く身だしなみを整えると立ち上がり、インカムを手にする。
「本田さん、すみませんが私を迎えに来て貰えませんか?」
『え?そ…それはいいけど…』
「ダメよ!ダメ!何!?何をいってるのよあなたは!」
篠崎はガタリと勢いよく立ち上がってカイトを睨みつける。
「どういうつもり!?まだ戦っているのよ!?指揮を放棄するのかしら!」
ヒステリックに怒鳴りながらモニターを指差し、グレンデルと戦う魔法少女達を指差した。
「これから瓦解したグレンデルの掃討だけなのに、私の指揮など必要無いですよ。追いかけて背を討つだけに作戦なんて入りません」
「なに…いってるの…あなた?」
意味がわからないといった感じの篠崎を見上げ、カイトは不気味に笑いながらも一つのモニターを指差した。そのモニターは風のようにものすごいスピードで市街を駆け抜け、視界に広がるなり眼前に広がる大量のグレンデル達の中へと飛び込むなり、中央で土埃が舞い上がり、たくさんのグレンデル達が天高く飛んでいき血の雨が降り注ぐ。飛び込んだのは当然マールだった。
「派手にやりますねえ〜」
カイトは下手くそな口笛を吹く。
「前後を魔法少女に阻まれておこまれ、固まった脇腹に猛将の突撃です…ハハッ想像したくも無い地獄絵図です」
そうグレンデル達を嘲り笑ったカイトは踵を返すと、歩いて司令室を出ようとする。
「カイト君」
「まだ何か?」
篠崎はため息混じりに肩を落として笑いかける。
「せめてシャワーぐらいは浴びて行ったら?少し臭うわよ」
カイトはハッとして臭いを嗅ぐ。確かに自らの衣服は少し臭っていた…こんな状態で向かったらマールに何をされるかわかったものでは無い。
「危なかった…感謝しますね」
カイトはにこやかにお礼を告げると、指揮所を後にした。カイトの姿が見えなくなると、篠崎は深くため息をはきだしながらも席に着く。
その後、時間を待たずに事態は一気に動いた。中央に突撃したマールとの戦闘を嫌がったグレンデル達は、隊列を前後に分断かれて遁走を始めたのだ。その淀みは前方の茜と絵里香、後方の栞と綾奈にすぐ様伝わる。
「押し込むぜ!絵里香!!」
「わかってます!!」
「ちゃんすや!!!」
「閉じ込め栞!!フォローはしてやる!!」
淀みを見たそれぞれの魔法少女達は同時に猛攻を開始する、あっという間に前後中央に押し潰され大量のグレンデルの群れは地上から消滅した。それは奇しくもカイトが告げた通りの展開だった。
「はー…はー……」
栞は、グレンデルの死骸に埋め尽くされた道の真ん中に立ち尽くし、肩で息をしていた。眼前には疲れ切った綾奈がグレンデルの亡骸の上に座っている。
「………」
綾奈は喋る元気もなさそうに、支給品のゼリー飲料を加えてボーっとしている。
「ナイスファイト!シオリ!」
そこへ、やってきた誰かが栞の背中を叩いた。
「いった!!…なんや?」
鎧を通すほどのあまりの痛みに振り返ると、そこにはマールがいた。
「アヤナもやるじゃん!少しだけ見直したよっ!」
マールに褒められて、綾奈は照れくさそうに手を振る。
「喋る元気もないか!まあ、初陣ならそんなもんだよねっ!」
マールはテンション高く、ケタケタと興奮している様で笑っていた。そんな不自然にハイテンションなマールに、栞は首を疑問気に傾げつつ顔を隠したバイザーを押し上げると、困惑して目を丸くしている栞の顔があった。
「せや!マール!!青葉は?!どうなった?」
不安気な栞を見て、マールは口元を笑わせた。
「大丈夫、死んで無いよ。まあ、かなり派手にやられちゃってたけどね」
マールから青葉の無事を聞き、栞は安堵して肩の力ががっくしと落ちる。
「そか、良かったぁ……」
そこで、安堵と共に巨大な疲労が押し寄せ、栞はその場で尻もちをついた。
「はいっ」
マールは手にしたオークの武器を栞に投げ渡す。
「へ?ち!!あぶ…おっも!!」
栞はあまりの武器の重さで潰されそうになりながらもなんとか両腕で支えて傍に置く。
「なんやねんこれ?おもすぎひんか?」
「オークの武器だよ、ワイバーンの骨で出来てるんだ」
ワイバーンの骨の武器、栞とてワイバーンがどんなものかは物語でよく知っている。
「ワイバーンの骨!?!これ武器なん!!?」
茜と感性が似ている栞は目をキラキラと輝かせそばによせたオークの大剣を手に取ると、瞳をキラキラと輝かせながら見つめている。
「かっこええー!!」
「僕じゃ使い潰しちゃうから、君にあげるよ」
それを聞いた栞は目を爛々と輝かせる。
「ほんまか!?貰ってええんか!!」
「うん、いいよっ!」
「いやったああ!!」
心底嬉しそうに立ち上がり、その場で貰ったばかりの大剣の素振りを始める。
「いいなー、なあマール!俺にもなんかくれよ」
綾奈は羨ましげに栞をみながら、マールに触れると、マールは力なくその場に倒れた。
「え…マール?」
栞も、綾奈も信じられないものを見たような反応で倒れたマールを見つめた。
「おいおいおい!!マール!?うせやろ!!?大丈夫か!?綾奈!なにしたんや!」
切羽詰まったように動揺して詰め寄る栞に綾奈は首を横に振る。
「し、しらねえよ!ちょっと触れたら倒れたの!嘘じゃねえよ!」
綾奈も動揺していると、倒れたマールが小さくうめく。
「マール!大丈夫か?」
仰向けに倒れたマールは、小さく手を動かし、綾奈にわかるように指で寄せるようなジェスチャーをする。
「ん?…」
それに気づいた綾奈はらマールの口に耳を寄せた、うんうんと頷いた。
「……なんや?」
「……寝るから運んでくれってさ」
「はあ?なんやねんそれ…人騒がせなやっちゃな」
栞は不満を漏らすと、同時に怪獣の鳴き声のようなイビキが響き出す。
「うるせ…まず、口塞いどくか…」
「せやな…さんせー!」
一方その頃、指揮所は騒然としていた。彼女達からしても最大戦力になるマールの離脱は全体に大きな動揺を走らせるには充分すぎた。
『カイト!マールちゃんが倒れたの!!』
マールが倒れたという報告は、すぐさまシャワーを浴びてから屋上で待っていたカイトの耳に届いた。
「…でしょうね」
『でしょうね…ってあなた!心配してないの!?』
「心配です、だから現地に行くんですよ」
『え、どういう事?』
ヒステリックに詰めて来る篠崎にカイトは苦笑してしまう。
「マールは私がそばにいないと安心して眠れないんですよ」
『待って?じゃあ彼女は昨日?一睡もしてないの!?』
「正確には寝ても悪見にうなされてしまうのです」
『ど、どうしてそんなことに??』
「あなたが気にする必要はありません」
カイトは篠崎にそれ以上を語らなかった、そこで一機のヘリがやって来て、警察署の屋上に備え付けられたヘリ発着場に降り立ったた。ヘリは全体を濃いモスグリーンに塗っており、機の側面には日本の国旗が付けられた高速輸送ヘリであり、着陸と共に迷彩服に身を包んだ複数人がカイトへ駆け寄った。
「カイトさん…ですね?」
カイトは端末の時計に目を向ける。予定時刻よりも30分近く早い。
「おや?随分早い到着ですね」
見たことのない迷彩服にM9という外国製の独特な型のハンドガンがある。自衛官がそんなものを持つわけがない、カイトは警戒して篠崎に確認しようと首のインカムに手を伸ばす。
「動かないでほしい」
迎えに来た男は徐に拳銃を抜いてカイトに向ける。
「知っているよ?君は他の化け物のような少女達のように強くはない…とね」
男はジェスチャーで首についたインカムを捨てる動作をした。成る程、あの指揮所には内通者がいたのか…そしてマールという厄介な存在が倒れた今、一番弱い指揮者の自分を連れて行こうという腹づもりらしい。
「…はあ、わかりました従いますよ」
カイトは大人しく両手を上げると、男は拳銃を向けたまま距離を保ちつつ降りてきた大柄の二人にジェスチャーで指示を出すと、統制された素早い動きでカイトの頭に頭陀袋を被せ跪かせると、両腕を後ろ手に縛り付け身動きを封じる。首筋に何か冷たいものが押し当てられた。
「がはっ!!」
首からスタンガンにより電流を流されたカイトは小さく悲鳴を上げながら倒れ、そのまま気を失った。




