3の4 魔法少女保護対策課
何度書き直したか…おまたせです!
AM 0:00
『申し遅れました、私は篠崎香織…今回の災害において超常現象の様な力で被災者を助けている魔法少女隊を指揮するものです…』
篠崎は大量のフラッシュを浴びてほくそ笑み、記者達からの質問に答え続ける生中継を横目に、カイトはインカムに触れる。
「みなさん、0時です。本日の作戦は切り上げます青葉、頼みます。」
カイトに託され、上空から見ていた青葉はインカムに触れる。
「各員、各々にキリをつけ、第一拠点にいる本田さんと合流してください」
その日の救助活動の打ち切りを全員に通達した。
『カイト!ボクはもう少しこの辺を回ってから帰る!』
マールの視界は早送りのような動きで目まぐるしく景色が移り変わっており、今は植林地帯を回っているのか木々が見える。
「はい、宜しくおねがいします」
カイトは穏やかに快諾し、インカムから手を離し手元にあるスマート端末に映されたマップに視線を向ける。死者132名、行方不明者27名、重軽傷者318名…そこにはその日のうちに発見された被災者の人数が移されている、リアルタイムで一人ずつ発見される死者が増える一方で、秒刻みで重軽傷者の数が減っているのは回復術師の霧香によるものだろう。
「霧香、緊急性のあるもの以外は衛生課の皆さんに任せても大丈夫ですよ?」
見えてはいないのにカイトは微笑みながら囁きかける。
『まーちゃんにいってよー!?ひどいんだよ!?さっきから運び込まれるひとたち、みんなてあしがないんだから!!ちゃんとはやしてあげなきゃかわいそーでしょ!?』
ふわふわとした口調のまま明確な恨み節が返って来る、とはいえ、被災者達の手足の切断を命じているのはカイトなので責任の一端はこちらにあるのだが。
「それは失礼しました、霧香。綾奈、彼女の気が済んだら連れて来てください」
「…ああ、言われるまでもねえよ」
それから約30分、第一拠点に合流した霧香と綾奈、マールを除いた魔法少女達は、そこから僅かに離れた高い位置にある無人の駐車場へと集められた。その駐車場は海も近く、海で遊んだ市民が体についた砂を落とす為のシャワーなどもある。
そこに2台の大型のキャンピングカーが用意されておりキャンプ用の大きな机や椅子が複数個雑に置かれ、机の上にはナイフやまな板などという調理器具も置かれている。
しかし、魔法少女達はそんなものには目もくれず、名前の札が書いてあるキャンピングカーへと突入し、卓上充電器にインカムを放るなり自らの着替えを手に備え付けられたシャワーに直行した。
「はー…さっぱりしたぁ…」
真っ先にシャワーから帰って来たのは茜、ダブダブのシャツにショートパンツ姿に首からタオルといったラフな格好で髪を結ぶ事なくキャンピングカーへ入り、冷蔵庫に配備されていたミネラルウォーターをとって出て来ると、外に用意されたキャンプチェアにどかりと腰掛け、燃えるように赤い髪を手に取り臭いを嗅ぐ。
「うっ…流石に水じゃあ臭いまでは取れねえか…」
髪にはコボルト達の血が放つ悪臭が残っており、シャンプーの匂いと混ざってより混沌を極めてしまっている。
「匂い消しならありますよ、使います?」
遅れてやって来た絵里香は高価なシルクの薄着に高価そうなブランケットを羽織り、いかにも海外のセレブの様な寝巻きを身につけている。
「いや、良いや…あんまり変わらなそうだし」
「あはは…そうですね」
テーブルのそばに腰掛けた絵里香は、水を含んでボリュームがました髪の毛をタオルでまとめ、これまた高価そうな純白のポーチから様々な化粧品を広げ、寝る前の支度を始める。そこへ車柄の子供パジャマを身につけた栞が走って帰ってくる。
「絵里香の姐さんまたごっつい化粧品やな!!」
「ふふ、栞にもやってあげようか?」
絵里香はにこやかに側の椅子を寄せる。
「ホンマ!?やってやってー!!」
栞は喜び勇んで絵里香の前に座ると、絵里香はポーチから取り出した様々な化粧品を栞に使い始める。
「何やってるんですか?栞…」
遅れて帰って来た薄いネグリジェに癖っ毛な髪を包んだタオル姿な青葉は、絵里香の手により早速可笑しな髪型にされた栞を目撃した。
「ふっふっふっ!ウチは今から姐さんの手によって宇宙一の美人へ生まれ変わるんや!」
自慢げに腕を組み、相当な自信が伺える。もっとも、青葉の目には髪型を遊ばれているだけに見えるのだが…彼女の為にも言わないでおこう。青葉はそう考えながらも自らの名札が書かれたキャンピングカーへ入りインカムを身に付けて出て来ると、茜の隣の椅子に腰掛け、電源を入れる。
「カイト、いますか?」
『…おや、青葉ですか?どうしました?』
カイトはまだ指揮所にいたようだ。すぐさま返答が返って来た。それを聞いた青葉は側のテーブルにスピーカーモードに切り替えたインカムを眼前に置く。
「本日の定期報告をしたいです、よろしいですか?」
『ん?ああ、もうそんな時間ですか?…勿論、ではいつもの場所で…コードを送ります』
「はい!是非お願いします!」
パッと明るくなり端末を取り出しすなり嬉々として報告を始める青葉を見て絵里香と茜は肩を竦めた。
「真面目だねえ…」
「そうですね」
リーダーとしての自覚が芽生えて来たからか、青葉は魔法少女としての活動外でもこうしてカイトと1日の活動を振り返る事が多い。
「よー、お前ら早いなー」
そこへ、ふわふわした毛玉をおぶった黒髪ショートの中性的な少女、綾奈がとぼとぼと歩いてやってくる。
「おう!お疲れーー!」
お団子がたくさんついた面白い髪型にされた栞が元気に手をあげる。
「あん?随分楽しそうな事してんな?」
そう告げられた栞はふふんっと自慢げに腕を組みふんぞるかえる。
「わかっとらんな綾奈よ、ウチはこれより宇宙一の美少女になるのだよ!」
大層な自信だ、綾奈の目にはただ髪型を遊ばれているだけにしか見えないが、栞のために敢えて何も言わなかった。
「ま、頑張れや…」
綾奈はそう言って周囲を見渡した、彼女の周囲にはそこの浅いキャンピングチェアしかないため、疲労困憊で衰弱している霧香を座らせるには適さない。
「お前らのベッドは二号車だぜ?」
茜は察してキャンピングカーを指差す。
「あー…わりい、まだいいや」
綾奈はやんわりと断る、みれば硬く握りしめた握り拳が、綾奈の服をがっちりと掴んでおり離そうとはしていない。
「なら、しゃあねえか…」
そんな綾奈と霧香をみた茜は目を伏せ、背もたれに体重を預ける。
「わりい霧香、敷くものとかねえわ…」
魔術の糸でアスファルトの上の砂利や破片などを退けると、綺麗にした地面の上に背中に背負っていた霧香を寝かせ、硬く握られた拳を柔らかく手で包むと、霧香の手が離れる。
「霧香、もう寝るか?」
「………うう…」
ぐったりと具合の悪そうな霧香だが、弱々しく首を横に振った。それをみた絵里香はキャンピングカーに入る。
「良いものがありましたよ、これを使いましょう」
絵里香がキャンピングカーから持って来たのはアサルトライフルを包むのに使っていたOD色の毛布だった。使い込まれて薄汚れてはいるが、それを硬い地面に敷くと、それをみた霧香はゴロリと寝転がって毛布の上に移動した。
「地べたに寝かせるよりはずっとマシですよね?」
そう言ってキャンピングカーへ戻ると冷蔵庫から持って来た甘いジュースを差し出して来る。
「!!!!」
うすらと目を開け、お気に入りのジュースを視界に捉えた霧香は、目にも止まらぬ速さでジュースを絵里香から奪うと、一気に飲み干してから倒れる。
「ぷはー!…たすかったあ…」
ジュースを飲んだだけだが、彼女の言葉通りに先程までとは打って変わり顔色もだいぶよくなっている。
「おら霧香、すこし元気になったならシャワーに行こうぜ?」
「やーや…あるけないー…」
いやいやと子供の様に嫌がりながら寝返りを打ってそっぽを向く。そんなわがままな彼女を咎めるべきなのだろう、だが、誰一人として咎めようとはしなかった。何故ならばその衣服は、飛び散った大量の返り血が渇いて茶色になっていたからである。それだけで彼女がいかに過酷な環境にいたかが伺える…。
「なーカイト?なんでウチらこんな拠点から離れたところにいるんや??うちらもじえーたいさんたちと第一拠点でよかったんとちゃうん?」
閑話休題、唐突に栞が反省会中の青葉の膝上にドカリと座ると、そんな些細な不満をカイトにぶつける。
「こ、こら栞…」
『被災者達と同じ空間に貴方達を置いたら貴方達が休むことができないでしょう?それに…』
年若く美形な彼女達が自衛隊員達の集積地に置いたりすれば、それは飢えたライオンの群れに新鮮な生肉を投げ入れるようなものである。そんな間違いがあってはならない為、本田や篠崎了解の上で今の離れた位置に特別措置としてキャンピングカーを配備しているのだから。
「えー…ここなんもないやん…つまんないー!!」
楽しそうな爆発した頭の栞はゴロリと地べたに横になると、バタバタと駄々を捏ね始めるがすぐにアスファルトの冷たさが心地よいのか、直ぐに目を閉じて大人しくなる。
『上を見てみて下さい』
カイトに言われて全員が上を観る、その上をマスコミの何機ものヘリが飛び交っており時折眩いサーチライトの光が茜達を照らす。
『あれのおかげで日本国民の大半があなた達の動向を気にしています、こういう時は下手に調和を目指すよりも、はっきりと隔離した方が都合が良いのです』
「まじ!?ウチら有名人!?ジャニーズとかにスカウトされてまうやんー??」
お調子もので目立ちがり屋な栞は目を輝かせた。
「ジャニーズは男だけだろうが…例外があったとしても俺くらい格好よくないとなー!」
中性的な顔立ちの綾奈はキメ顔でポーズまでつけると、栞は不服そうに唇を尖らせた。
『そういった事なら全然構わないのです…私が恐れている事は別にあります』
「別の事…とは?」
絵里香の問いかけにカイトは言い淀み、小さくため息を漏らす。
『我々冒険者は、いわば進化した次世代の人類なのですよ。過去、人類は進化と共に適応出来なくなった旧人類を物理的に滅ぼして繁栄して来た歴史をもつ種族なのです』
カイトの言葉に、その場にいた全員の表情が凍りつく。
「わ…我々が…人類を滅ぼす側になると?」
『ええ、いずれはそうなるでしょう。今は特別な力を持った同族として持て囃されはするでしょう。まるで珍しい動物のように蝶よ花よと甘く煽てくれ、きっと栞の言うようにテレビやSNSで話題が飛び交い引っ張り凧にもなるかもしれません…』
ですが…とカイトは続ける。
『冒険者体質の人間が増えていくに連れてその考えも薄れ、才能や技能のないもの達が嫉妬し、嫉み、それがやがて差別や迫害へと発展し、迫害された憎悪が積もりに積もった結果、人々を戦争へと駆り立てる。私としては人類と冒険者がどのような戦いをし、どのような戦術が生まれるのかは気になるところではありますが、そうなればどちらかが必ず滅ぶこととなるでしょう』
軽く脅すつもりで大袈裟に語ったつもりが、魔法少女達は完全に黙り込んでしまう。モニターに映ってはいないが、士気が落ちていくのが感覚的にわかってしまう。これはよくない、カイトはそんな少女達の反応に苦笑しつつも手元の冷めたコーヒーを空にする。
『ですから!そうならないためにも…最初を走る冒険者である我々は、理性ある新人類として、旧世代の人類と調和していけることをしっかりと示せばよいのですよ』
そう、話を終えると青葉はインカムに触れる。
「…山根組討伐の際に言っていた、我々が人類の敵にならない為というのはそういう事ですか?」
静寂を破って声を上げたのは青葉だった。
『はい、我々が現人類の敵にならない為の絶対条件は何があっても人を殺さない事です、これさえ破らなければあとはどうにでも言い訳は出来ますからね』
「でも、あたしらと違う冒険者体質の奴がぶっ殺したらどうすんだよ?」
『ええ、当然そういった事をするものも出て来るでしょう…そうなったならば対処は簡単です』
魔法少女達はインカムに顔を向け集中する。
『魔法少女保護対策課で処理するんです、要は、貴女方が殺してしまえばいい』
「…人間は殺しちゃだめなんじゃなかったのか?」
『冒険者体質は現人類ではないじゃないですか』
うっ…と茜は気まずそうに目を逸らす。
『新人類の犯罪は新人類の我々で対処する、それに大抵の冒険者は殺しても復活できますからね!』
「そっか…そういやそうだな」
茜は納得したように笑うと頬杖をつくと天を仰ぐ。
「しっかし…これからは朝練中にも追いかけられたりすんのか?」
全員が茜がしていた様に天を仰ぎ、空を飛び回るマスコミのヘリを見上げる。
「嫌ならば相手にしなければいいだけでは?」
寝る前のスキンケアとして保湿液を顔にまぶしながら絵里香が返す。
「いや、霧香がな…」
ぐったりとしたまま寝転がっている霧香に手を仰いで風を送ってやると彼女は気持ちよさそうに目を細める。
「すーずーしー…」
我関せず、といった感じにしている霧香をみて、その場にいた全員が同時に頷いた、確かに霧香は不味いな…とスピーカー越しに聴いていたカイトですら苦笑してしまう。
「その時は栞にまかせましょ?よ!ジャニーズになるんだもんね?栞?」
「任せたぜ栞!」
茜と絵里香は栞の肩を叩いて見せる。
「お??おう!?」
よくわからず目をぱちくりさせている栞に、寝転がったままの霧香が手を伸ばす。
「まかせたー!」
よくわからずみんなの真似をした霧香が叫ぶ。
「任せとき!」
よく分かっていない様子の栞だったが、悪い気持ちはせず、元気に吠えた。
「わかりやすいやつ…」
霧香に風を送りながら綾奈はジト目に呟いた。
「うーん…」
そんな雰囲気の中で茜だけは浮かない顔をしている。
「どうしたの、茜?」
絵里香が問いかけると、茜は腕を組む。
「いや、霧香よりマールのほうがやばいだろ…?」
茜の言葉に全員が口を紡ぐ。付き合いは短いがマールの幼さと危うさは誰もが、栞でさえも頷く程だ。
『彼女なら心配はいりません』
ただ、カイトだけは即答で否定した。茜は頬杖をついてニヤけて笑う。
「わかんねえだろ?ムカついて記者をぶんなぐったりするだろ?あいつなら…」
『茜、あなたは彼女を誤解しているようですね。確かに、彼女は単細胞だし二言目には拳を叩き込んでくる野蛮人で野生児ですが…』
「そこまでは言ってねえよ…」
『それでも彼女は勇者なのです、だから無辜の民を傷つけようとする事はありません』
つい先程の出来事だ。彼女の背中について被災者を瓦礫から掬い出す手伝いをした茜だからこそ理解出来る。今日…マールによって救い出された人々は、まるで炎を分け与えられたのかとでも思うほどに、瞳を輝かせて明日を向いていた。
「……確かに」
茜は静かに口を閉ざした。
「そういや、そのマールはどうしたん?まだ救助してるんか?」
栞が思い出したようにつぶやくと、ぐったりと目を閉じていた霧香がくわっと目を開いてガバリと起き上がる。
「まーちゃんっ!!!」
辿々しくふわふわした喋りであまり怒りを見せない霧香がガバリと素早く起き上がり、珍しく激しい怒りを表情に露わしていた。
「まだ来てねえよ…」
「まぎらわしいなあ…」
霧香はふにゃっと溶けるように表情を崩し、再びクッションへ体重を預けた。
「テントに来る重症の被災者の大半が手足がねえからさ…回復の負担がデカいって苛立ってんだよ」
『それはわたしの指示です、マールに怒りをぶつけるのは間違いですよ』
「ちがうのー!きったなら切った方も一緒に持ってきてほしいの!あたらしくはやすのとくっつけるのじゃつかれかたがちがうんだから!!」
パタパタと可愛らしく見えるが本気で怒ってしまっているようだ。そういえば以前、ギムルも同じことを言っていた事をカイトは思い出す。
『それは失礼しました、明日からは気をつけるよう伝えます』
「うー…ならよし!!」
まだ冷めないのだろう顔は顰めたまま不貞腐れたように吐き捨てた。
「うしキリカ、そんなに怒れるなら動けるな!!シャワーに行くぞ!!ほら…」
そんな霧香を綾奈がシャワーへと連れだす。
「え!?ちょ…いたいよあーちゃん!じぶんであるける!まだシャワー行きたくない!」
「そう言ってサボるんだろうが!おらっ、こい!!」
綾奈は嫌がる霧香を引きずって奥のシャワー室へと連れて行った。
「たく、騒がしいやつらだぜ…」
茜は椅子の背もたれに体重を預けつつ天を仰いだ。
『現在、マールは救助へ当たった担当エリア全域を回っています』
「ほん?それまたどうして?このエリアに生存者はもうおらんのにやるんか?」
絵里香から解放された栞は霧香が寝ていた毛布の上で横になる。
『コボルトの残党がいないかの確認です』
カイトの返答に、魔法少女達は一同に首を傾げた。
「そんなもん、わざわざマールに頼まなくても青葉が上から見ていたんだろう?なあ?」
茜はそう言って青葉に問いかける。青葉は頷く。
「はい、上空をなん度も旋回して確認しましたが、コボルトの姿は見えませんでした」
すると、カイトはインカム越しのカイトはふむと合槌。
『コボルトに関しては念には念を入れる必要があるんです。スカウトの目は壁越しや地中の情報までを詳細に見る事は出来ませんし、ましてや上空からの偵察ではさらに精度がおちます、過信はいけません』
あ、うっ…とショックを受けたように青葉は縮こまってしまう。
「け!けどよ!コボルトなんて雑魚だろ??態々虱潰しにする必要なんかなくないか??」
茜は当然とも言える疑問を投げて絵里香や青葉も同様の反応を見せた。
『亜人は人類の明確な脅威です、脅威は1匹残らず駆逐するべきではないですか?』
もっともな事を言うカイトに茜は苛立つ。
『ああ…貴方達はコボルトの恐ろしさを知らないんでしたね』
思い出したかのように呟き、手を叩く音が聞こえる。
「恐ろしさ…ですか?ギガースのような危険性を感じるような亜人には思えなかったのですが」
『そうですね…確かにコボルトは単体で見れば脆弱な亜人です。態々最大戦力であるマールを使ってまで虱潰しに倒す必要なんてない程の雑魚です』
カイトは淡々と話し続ける。
『ですが、逆に考えてみてください。私やマールが率先して虱潰しに叩く必要があると考える程の恐ろしさが彼らにはある…と言う事を』
インカムからコーヒーを口にする音が聞こえ、カイトは続ける。
『コボルトは1匹でも増える事ができる脅威的な繁殖力を持っているのですよ』
「単一生殖が可能…なのですか?」
絵里香は驚いた様子で問いかける。
『はい、しかもその成長速度も異常です。なにせ、産まれたコボルトが次のコボルトを産めるようになるまでに半日とかからないのですから』
「1匹取り逃がしたとしたら…どうなるんですか?」
驚きながら青葉が問いかける。
『1匹が2匹になり2匹が4匹になりねずみ算式にバンバン増えていきますね』
「ゴキブリやんけ…きっしょ…」
『ゴキブリ以上ですよ、コボルトは』
不快感を露わにする栞はウゲっとうめきながら舌を出す。
「それだけの繁殖をするのなら、餌が必要なのではないですか?餌の確保はどうしているのです?」
当然の疑問を絵里香は投げかける。
『コボルトは空気中の魔力を吸収する事で栄養にしているようですね。つまり、呼吸ができる環境ならばどこでも生きていけるし、無限に繁殖する事が出来るのです』
「むちゃくちゃやんけそんなん!!」
聞いていた栞が不快感を表して声を張り上げる。
『ええ、そんなめちゃくちゃを当たり前にやって来るのが亜人、貴女方の敵なのですよ?』
そう、再びコーヒーを口にする音とともに会話を終えた。
「そういえば、カイトは先程のコボルトの襲撃の際…少ないって言っていましたね?」
絵里香はぼそりと漏らしたカイトの声を聞いていた様だ。
『…ええ、万全のコボルトが襲撃したのならば、山を埋め尽くすほどの大群です、1万、2万は当たり前です』
「ま…まじかよ…」
茜は絶句し、青葉も不安を表情に現す。
「カイトが栞や綾奈を要請しなかった理由はそれですか?」
『はい、その通りです』
絵里香の問いかけにカイトは素直に答え。
『あのコボルト達が拠点攻略の為の陽動、または類する別動隊である可能性を考え、絵里香と茜に当たって頂きました』
はえーと、魔法少女の面々は感心する。
『繁殖力の高さは前座ですよ?』
「ま、まだあんのかよ…」
『ええ、厄介なことにコボルトは高い社交性を持っているのです』
社交性?魔法少女達は同時に首を傾げ、絵里香ですら困惑を表情に浮かべる。
「社交性があったら…なんなんだよ?」
茜が問いかけた。
『分かりませんか?コボルトは他の亜人とも協力関係を築く事ができると言う事ですね』
「え……ええと」
『あなた方に分かりやすく伝えるなら、コボルトを襲ったらギガースと戦闘になる…と言う事です』
「………」
茜は思い出す、それは自分がギガースと鉢合わせになって死亡した作戦。あれは確かコボルトの討伐作戦だったはずである。
「あれは…そう言う事だったのかよ…」
茜は奥歯を噛み締めて怒りを鎮める。
「では、先程の襲撃の時に用心棒の姿が見えなかったから別動隊を警戒していたのですか?」
『ええ、まあ…』
カイトの返答に全員は唸るような声を漏らす。
「カイトって実は凄いやつなんやなあ…」
それは褒めているのだろうか?栞はうむうむと相槌を繰り返す。
「で、では…用心棒はどこに行ったのでしょう?」
青葉の問いかけに全員同時に肩をすくめている。
「地震で埋まっててくれ…」
茜はお願いするかの様にぼやいた。
『そうあってほしいですが、望み薄でしょうね』
そんなの言葉に、全員は同時に深いため息を吐き出す。
「…コボルトはどんな用心棒を雇うんだ?」
茜の問いかけに、その場にいた全員がインカムに視線を向ける。
『なんでも雇います、ですが大抵はギガースかオークです。この二種の亜人とは特に友好的な関係を築いているようです』
「ギガースは分かりますが、オーク?…は初めて聞く亜人ですね?」
『オークは非常に危険な亜人です、魔術を弾く緑色の肌に2mから3mの巨躯に生半可な刃ですら弾き飛ばす鋼の肉体を有します』
「…は!面白え!!あたしの刀が通らねえか試してやるぜ!」
闘争心剥き出しの茜はパチリと手を叩いて合わせ、音を鳴らす。
『良い士気ですね、ですがオークの単体戦闘力はギガース等よりも遥かに上です』
「…そ、そんなにつええのかよ…」
『ベテランの冒険者でもコボルトを狩りに行って用心棒のオークと戦闘になり、死体になって帰って来る…なんていうのはよくある事ですから…なんならマールに聞いてみたらいいです、彼女はオークとの戦いに慣れていますからね』
…………全員が言葉を失った。もしかしたら明日、そいつに遭遇するかもしれないと誰もが考えたからだ。
「さ!さあさあみんな!明日も忙しいし、夕食を食べてさっさと寝ましょ?」
そう言って静寂を切り裂いた絵里香はキャンピングカーの中からOD色のナップザックを持って来て一人ずつ投げ、霧香と綾奈の分は手前に置く。
「まぁたこれかよ…しかも同じ味…」
茜は渋い顔をしてバッグの中の簡素なチョコバーを見て顔を顰めた。
「文句があるなら食べなくてもいいんですよー?」
絵里香は涼しい顔でカロリーバーを咥える。
「まさかと思うが…明日もこれだけか??」
茜が問いかけると、絵里香はニコリと笑いかけながら口に咥えたカロリーバーを齧り取る姿を見て全てを察してがっくしと項垂れた。
「流石に夕飯ぐらいは肉が食いてえ…」
軍は胃袋で行軍するものであるとはよくいう、茜の士気が目に見えて落ち込んでいくのが分かる…茜だけではない、カロリーバーはマールを除く魔法少女達には不評のようだった…その誰しもが疲れきった様子でナップザックを持ってはいても中に手を入れようとはしていない、シャワーを浴びて帰って来た綾奈と霧香ですらそのナップザックを見るだけで。
「うげ…」
という有様だ、アスファルトに敷かれた毛布の上にいた栞を糸魔術で巻き取って転がしてどかすと、霧香をその上へ座らせる。水とはいえシャワーを浴びて大分気分が良くなったのか真っ白だった顔色も少しは良くなっている。
「霧香、綾奈」
絵里香は手にしたナップザックを二人に投げ渡し、二つとも綾奈は糸で受け止めて側に寄せる。
「あーちゃん…ゼリーとって」
「おう、ほらよっ」
霧香の要望を受けた綾奈は中からゼリー飲料だけを取り出し、蓋を外して渡すと、霧香は綾奈の持っているゼリー飲料を口に咥えた。
「おい…自分で持てよ…聞いちゃいねえ…」
霧香はゼリーを弱々しく吸っており、綾奈は目を
「みなさん、今我々は被災中なのですよ?支援に来ている身の私達が贅沢なんて出来るとおもいますか?」
それはそうだ、分かるからこそ誰も言い返さないし、最初に不満を漏らした茜ですら盛大なため息を吐くだけにとどめてからナップザックに手を入れゼリー飲料を取り出した。
「あー…冒険者殺しとか…でてきてくれへんかな…」
栞は気怠げに岩を背もたれに天を仰ぎぼやく。
「ぼーけんしゃころし?」
冒険者殺しと呼ばれるミミズの様な怪物の事を知らない霧香と綾奈は首を傾げた。
「ごっつうでっかいミミズのバケモンやで!!」
栞は身体をいっぱいに使って大きさを表す。
「きもっ!そんなやついるのー!?」
霧香は怖気付きドン引きしている。
「外見は紫色で生ゴミみたいな臭いがするんですよ?」
「人を好んで食べる化け物だったか?」
青葉と茜は楽しそうに笑い合っており、知らない綾奈と霧香は怪訝な顔をする。
「うげ…まさか食うとかいわねえよな?その生ゴミみたいな臭いのする人喰いの化け物を…」
難色を示した綾奈と霧香に青葉と茜は顔を見合わせて苦笑する。
「それがな?めっちゃめちゃうまいんよ、歯応えがコリッコリしとってな?程いい硬さの肉質で噛めば噛むほど肉汁がとびだしてきてなー?ぎゅうたんってあるやん?あれを口いっぱいに頬張ってるかんじ!」
話しながら味を思い出した栞は涎を垂らす、綾奈も霧香もそれで想像できたのか顔が綻んだ。
「まじかよ…食ってみてえ…」
「くちいっぱいのぎゅうたん…はわわ」
霧香も想像できた様子で涎を垂らしている。
「縁起でもない事言わないで下さい、今の被災地にあんなバケモノいて欲しくないですよっ!」
絵里香はそう怒りながらも、本心では食べたいのか目は泳いでいる。
「みんなおまたせー!!」
そこへマールが帰ってきた。全員が声の方へと振り向くと、その背中に大きな四足獣を背負っている。
「な、何だそりゃ!?」
茜が指差すとマール首を傾げる。
「前食べたじゃん?しかっていう奴!いっぱいいたから帰るついでにとって来たの!焼いてたべよー?」
マールはとてとてと歩いてロックスピアを出現させると先端に鹿を引っかけ宙吊りにする。
「アオバ、それ貸して?」
「は、はいどうぞ…」
青葉は腰に下げた小太刀をマールに差し出すと、マールは小太刀を引き抜いて手元でくるくると弄びながら
非常に慣れた手つきであっという間に肛門から刃を入れて真っ直ぐに切り裂き、手早く毛皮を剥ぎ取ってから腹を裂き、内臓を取り出した。
「あ、置く場所ないや…」
そう言ってマールは再びロックスピアを足元から生やすと根本から蹴飛ばして平らな石の台にし、その上に内臓肉を放っていく。
「だれかこれ洗って来てー」
「わ、わたしが!」
「手伝います!」
居ても立ってもいられず、絵里香と青葉が動く。駆け足でキャンピングカーを突入し、大きなお盆を持って来ると大量の内臓肉を抱えてシャワーへと持っていく。
「なあ、カイト…これ大丈夫なのか?」
茜は不安気にインカムに問いかける、鹿などの哺乳類にはいくら害獣とはいえ狩猟に許可が必要となるからだ。
『ははは…野営でのマールの行動は概ね予想が出来るのです…ですので予め害獣駆除の名目で狩猟許可は貰っていますよ…』
篠崎は被災地でサバイバルでもするつもりなのか?と最後まで難色を示していたのだが、マールは勝手に獲りますよ?と伝えるなり盛大なため息を吐き出しながら書類にサインした。
『鹿だけ!!鹿だけよ!!』
と、口を酸っぱくして何度も言っていたのには思わずカイトも笑ってしまう。
「ほらほらみんな!ぼさっとしてないよ!!燃やせるものを集めて!」
甲高いマールの声で騒ぎ立て、その声で全員が動き出す。
「わあった!栞、いくぞ!!」
「ええ!?うちも!?…しゃーないな!」
マールに囃し立てられた茜は栞を連れていく。二人もそれなりの疲労の蓄積はあるが、焼いた肉が食べられると思えばやぶさかではないのだろう。雑用に向かう二人の表情は明るかった。
「アヤナ、これあげる」
マールは鹿の中から何かを摘出すると、それを投げて来て綾奈が直前で受け止める。べちゃりとした気持ち悪い感覚に綾奈は不快感を示す、みればそれは鹿の心臓だった。
「アヤナ、それをキリカに食べさせて?」
「は?こんなもんを??」
「生物の心臓には魔力があるんだって!だから枯渇したら食べろってフィオレちゃん言ってた」
フィオレ…魔術学園でマールとカイトの担任だった水魔術の専門家である。マールは授業中の大半は寝ているか遊んでいた筈だが…自分に理がある情報はちゃっかり耳に入れていたようだ。
「食わせろたって…生だぞ??病気になったりし…」
「君の信託は飾りなの!?火の魔術くらいなら誰でもできるんだからそれで焼けばいいじゃん!」
そう言われても…火の魔術くらいと言われても糸の魔術以外使った事のない綾奈は困ってしまう。
『綾奈、マールをよく見ていなさい』
カイトに言われ、マールに目を向ける。マールは足を振り上げ強く地面を踏み叩いてアスファルトを砕くと、一際大きな岩の槍を足元から隆起させ、それも同じ様に蹴飛ばして砕き、大きな岩の台を作り出すと、その岩の台のしたから4本の岩の槍を隆起させて岩の大きなちゃぶ台の様なものを作り出し、下に落ちている枯れ木や枯れ草をかき集めて放り込み、流れるような動作で人差し指から燃え上がった小さな火を枯れ木へと放った。
『今のが火の基礎魔術、【ヒートショット】です』
「ひ、ヒートショット…?」
綾奈はちんぷんかんぷんない様子だ。
『魔術の基本はイメージに魔力を載せる事、綾奈、人差し指を立てて、指先にイメージしやすい火を思い描いてください』
「ん、んなこと言ったって…どう」
『ライターの火とかいかがですか?100円ライターを付けた時のイメージです』
「あ……ああ!それなら!!」
綾奈は人差し指を立ててライターの火をイメージする、すると人差し指から100円ライターのような火が噴き出す。
「おお!!カイト!出た!?火がでた!!」
『そのイメージ、焼きたいものに向かって【ヒートショット】と唱えて下さい』
「…え…えーと」
綾奈は鹿の心臓を側のテーブルに置くと指先を向け集中する。
「アヤナ!」
唐突、マールはアヤナに何かを投げ渡して来た、それは剣の持ち手のような形をしたもの。
「それ使ったほうがやりやすいよ」
「あ、ありがとう…?」
借りたはいいが、こんなものを使ったことのない綾奈は戸惑いながらも握る。
「え……あ…」
握った瞬間、綾奈は瞬時にそれが杖である事を理解した。同時に思考が瞬きする間にクリアになっていくような不思議な感覚に囚われる。いな、綾奈はそれが自身の体を流れる魔力の本流である事を理解した。同時に、自身が今使いたい魔術の名前が脳裏に浮かび上がる。
【ヒートショット】
瞬間、杖の先から飛び出した小さな火の粉が、眼前の鹿の心臓に燃え移り瞬く間に燃え上がる。
「食べごろだよっ」
トンと、背中を叩かれて我に返った綾奈が振り返るといつのまにかマールが側にいた。
「へ?」
無意識だった、みれば鹿の心臓は程よく焦げてしまっている。
「あはは、下手っぴだね!アヤナ!!」
程よく焦げた心臓をみてマールはそう悪戯に笑うと、綾奈の背中を軽く叩いて鹿の解体へと戻っていく。
「んなこと言ったってよ…俺は初めてなんだぜ?」
そんな愚痴を漏らすが、マールは既に聞いてはいない。仕方なく程よく焦げた鹿の心臓を抱いて霧香の側へいく。
「ほら霧香、マールがこれを食えってさ」
「なあに?これ?…」
「それを食べれば楽になるってよ」
綾奈は敢えてそれが心臓だとは言わなかった。霧香は黒く焦げて炙られているとはいえ、血生臭いその塊をちゅるんと口の中に入れる。
「かふぁい…くさひ…おいひくなひ…」
当然だが不味いらしい、ただ霧香は口に入れた心臓を吐き出す事なく咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。
「ふっかつ!!!」
霧香は急に生命力が漲った様子で立ち上がった。
「からっからの魔力が少し戻っただけだから、君は座ってなー?」
吊るされた鹿肉を丁寧に切り分けては火種によって少しずつ温まり始めた岩板の上へ乱雑に放りながら霧香に言うと、霧香はすっかりとご機嫌になった霧香はニコニコ笑顔で椅子に腰掛ける。
「お待たせしましたー!」
そこへ内臓肉を洗って来た青葉と絵里香が帰って来ると、岩板に載せられた鹿肉の山を見て瞳を輝かせる。
「調味料を持って来ます!」
青葉は急いでキャンピングカーの中に入ってると。調味料などが沢山乗ったトレイを抱えて出てくる、その間にも絵里香はナイフを岩板に並べ折り畳み用のテーブルなども引っ張って側に持ってくると、二人は次々と板に並べられた鹿肉をまな板の上に乗せては食べやすいサイズに刻んでゆく。
「わりい!待たせた!」
そこへ茜と栞が走って帰ってくる、みれば二人とも大小の瓦礫を持っていた。
「ふたりともおそいぞー!早く中にいれて?」
マールはそう怒りながらも火種が燃え上がる岩板の下を指差した。
「よし栞!投げろ」
「ほいよっ!」
栞は持ってきた大きな木の柱を放り投げ、刀を抜いた茜がアニメのように瞬く間に切り刻んで細かい木材へと変えた。
「これ大丈夫なやつ??ちゃんと燃えるかなあ…まあ…ないよりマシか…」
マールはその木材に文句を言いながら拾い上げ、岩下の火の中へ雑に放り込む、小さかった炎がより強く大きくなり岩板に載せられた血がパチパチと良い音と脂の焼ける香ばしい香りがあたりに漂い始める。
「んーと…」
マールは熱くなった岩板に触れ、熱を確かめてから手を離す。
「うっし、焼けるよー!」
「はいはーい、霧香も焼くの手伝って?」
「はーい!」
絵里香と青葉が横に並んでさまざまな部位の肉を大きな岩板に並べて焼いていく。霧香もやってきて手にした大きな肩肉の骨付きブロックを岩板に乗せ、綾奈も続く。
「みんな焼けたら先に食べててもいーよー!」
マールはそう言うと血と脂に塗れた小太刀を軽く払ってからテーブルへ置くと、シャツに手をかけて脱ごうと…
「な!?!?」
咄嗟に茜はマールのシャツを掴んで脱げないようにする。
「ちょ…なにすんだよー!はなせー!」
シャツを気遣い暴れる事ができないマールをなんとか茜は抑え込む。
「いやいや!そもそも脱ぐな!!」
『マールをキャンピングカーの中へ!』
カイトの指示が飛び茜は瞬時に頷く。
「脱ぐならこっちだ、こっち!」
「うわ!?ちょ…わかった歩けるよー…うわ!」
茜はそのままキャンピングカーの中にマールを押し込んだ。
「ちょっ?ここあけてよー!」
トントンと内側から扉を叩き声を張る…他人のものを不用意に壊さないという母の教えの賜物だろう、マールはキャンピングカーを破壊しようとはしなかった。
「あけない!なんで裸になるのか理由を先に言え!」
「ええ?今から泳ぐのに裸じゃないと濡れちゃうよ?」
何を言っているんだ?と茜も絵里香も訝しむような顔をした。
「お、泳ぐだあ!?こんな真夜中に??海で!?」
「その鹿だけじゃ僕達全員分は足んないよ!?」
鹿一頭なら20人から30人前はあるのだが、確かに冒険者体質6人の食事には少し足りない。
「た、確かに…」
「だから海でなんかとってくるのー!」
当然の事を聞くなと言いたげな声が響き渡る。やはりそうきましたか…とカイトは頭を抱えインカムに触れた。
『マール、あなたのリュックを見てください』
「ええ…めんどくさいよ!裸でいいじゃん!」
『いいから…お願いします』
「…わかったよ、仕方ないなー…」
マールは素直に背中のリュックサックを下ろし、チャックを開いて中を見る。
『それ、紺色の奴』
「んん?なにこれ…僕…こんなの買ったっけ?」
マールが取り出したのは競泳選手が身に付ける水着である、ぱっと見にはスクール水着にしか見えないが。
『私が入れました、日本で海に入る時はそれを着ないといけないんです』
「ええー…服なんて邪魔だよ、裸でいいじゃん!」
尚も反抗的なマールにカイトは苦笑する。
『騙されたと思って着てみて下さい、きっと驚きますよ?』
「…そうなの?…んー?なんかサカナの皮みたい…」
マールは水着を拡げる着方がわからないようで苦戦している。
「絵里香、すみませんがマールに着方を教えてあげてください」
「え?ええ…わかりました」
絵里香は少し訝しむように呟くと、キャンピングカーの中へ入っていく。
「じゃ!行ってくるー!!」
暫くして、水着に着替えたマールがキャンピングカーから飛び出すと、大はしゃぎで夜の浜辺へ向かって走って行った。遅れてマールのインカムとイヤホンを手にした絵里香が疲れた表情で出てくると、外の卓上充電器に装着した。
「あいつ…夜の海を泳ぐって…大丈夫なのかよ?」
そんなマールの背中を茜は心配そうに見送った。
『放っておいて大丈夫です、それより今のうちにお肉は食べちゃいましょう』
「え?…いいのかよ?あいつが獲ってきた鹿だぞ?」
口調の割に律儀な茜は遠慮しがちにカイトへ問いかける。
『…あなた方が食べる分には食べ尽くしたとしても彼女は何も言いませんよ、むしろ早く食べてスペースを開けて置いた方がいい…』
「え…何をとってくるんですか?」
絵里香はインカムに問うと、インカム越しのカイトは吹き出し笑い。
『…クジラは獲っちゃダメだと伝えておくべきでしたね…』
魔法少女達全員、そしてそれを聞いた司令室の全員も振り返り目を見開いている。
「と…取れるんですか?…クジラを…?」
オペレーターの女性職員は信じられないものを見るような目でこちらを観ている。
「伝えていませんでしたか…水中で彼女に勝てる生物なんて存在しませんよ」
向こうの世界ですらいないのだからいるわけがないだろう…残って作業していた職員達は全員絶句する。
『マールはその昔、訓練の一環として筏一つで大海原に放り出された事があるそうです。持参したのは愛用の武器一つ、その頃は今のように魔術なども使えませんでした』
「どう言う訓練だよ…」
茜は小さくボヤき、絵里香や青葉も苦笑している。
「ど…どうやってそんな状態で生き抜いたんや?」
『海の生物を狩って命を繋いでいたそうですよ』
彼女は大体の生物の味を知っており、美味しい奴、不味い奴、不味い奴にも美味しい部位があることなど知識が豊富だった。
「にわかには信じられませんね…」
普通はそうだろう、かく言うカイトですら…客船なら飛び降りて大海原を魚雷のように泳ぎ回るなんて、だれが想像出来ただろうか。
「まあいいか!!お言葉に甘えてくっちまおうぜ!!」
程よく肉の焼ける良い匂いが漂いはじめ、全員の腹が合唱する。既に霧香は大きな肉の塊についた骨を手にとり、齧り付いている。
「んんー!おいひー!!」
無遠慮にガツガツ肉を食べ出した霧香を見て、全員は合掌し各々に肉を手に取る。
「んじゃ、俺もいただきまー!」
茜は豪快にかぶりつこうと大口を開け、思い切り齧り付く。
「私達もいただきましょう…」
絵里香は手を合わせ、全員揃っていただきますと口にすると、豪快な鹿肉パーティーを楽しんだ。
「たっだいまー!!」
しばらくすると、マールは3mはあろう見たことのない生物を抱えて帰って来る。
「みんな見てみてこいつ!!!すっごいでしょ!!」
マールは魚とも竜ともつかない生物を地面にべちゃりと投げ捨てる。
「マーちゃんないに?こいつ」
「海魔!!僕の国だと結構食べられてるんだよ?このまま丸焼きにして食べるんだー!」
マールは3mの海魔の死骸を肉が捌けた岩板の上に一切の処理をせずに放り豪快に焼き始める。
「僕のお肉は?」
「ちゃんととってますよ?」
絵里香はマール用に肉を分けており、指差して示した。
「おー!さすがエリカ!!」
マールはニコニコと笑顔を絶やさず肉にかぶりつく。
『マール、食べながらで構いませんのでコボルトの結果を教えてください』
インカムのスピーカーからカイトの声が響き、マールは口に咥えた肉を食いちぎる。
「ん、結構な数のコボルトが残っていたからちゃんと始末してきたよ」
「う!うそ?…あんなにみたのに?」
青葉はショックを受けたようで落ち込んだ。
「ははは、コボルトは地面に巣を作るからスカウトの目じゃ厳しいよねっ」
マールはケラケラ笑い、隣にいた栞がぽんと肩を叩いて絶妙にムカつく顔を見せる。
「マール、カイトからコボルトは用心棒の亜人を雇っているって聞いたぜ?」
茜が問いかけると、マールはにやりと不気味に笑うと充電器からインカムを取り外して側に寄せる。
「多分、オークだねぇ…」
『多分、とは?確証がないのですか?』
カイトの問いにマールは微妙な顔をする。
「匂いはするけどだいぶ薄かったんだよね、ずっと前に去ってるんだとおもう、数も少ない感じだね」
そう言って手にした鹿の肉を骨も纏めてぼりぼりと噛み砕いてから飲み込んだ。
「地震で埋まっててくれたり…は…せーへん?」
「オークにそんなやわなやつがいるわけないじゃーん!」
マールはケラケラと屈託なく笑いながら肉に齧り付き、むしゃむしゃ食べると魔法少女達は黙ってしまう。
『マール、今の彼女達はオークと戦えると思いますか?』
問われたマールはぶちりと肉を齧りとり飲み込む。
「うん、無理だね!」
マールはキッパリと告げた。
「エリカとアカネが二人でならやれるんじゃない?」
『なるほど?それはいい情報です』
「どこがいい情報なんだよ!?あたしら二人でかからなきゃ倒せねえって話だろ!?」
『二人なら倒せると言ってるんです、マールはお世辞は言いませんのでね』
さっき、きっぱりと無理だと言われたのを思い出す。
「ねーマーちゃん!これいつたべれるのー?」
マールが持ってきた海魔が岩板の上で焼けており体内の脂が外へ溢れ出し海水と脂の焼ける良い匂いが立ち始めると、マールはじっと目を凝らす。
「…もーちょい!」
「えー!?かためんしか焼いてないよ?こげちゃわないー?」
心配そうに顔を寄せ見つめるがマールは肩を掴んで止める。
「シオリ!お皿を持って来て!」
「あん?なんでうち?」
「いいから早く!」
「しゃあないなあ…たく」
栞は面倒そうに立ち上がり前に立つと、マールは素早く栞の背後に回ってお皿を持った栞を盾にする。
「な!?なに?」
瞬間、岩板の上で焼かれていた謎の海魔が爆発、破裂した部分から真っ直ぐに内容液がぶちまけられる。
「うわっちゃあああ!?」
湯気が出るほどの熱湯を浴びせかけられ、栞は手にした大皿を投げ捨てながら逃げ出し、マールはその熱湯を身体で受け止める。
「全く、だらしないなあ…」
100度は超えているだろう熱湯にも微動だにせず、マールは涼しげな顔のままだった。
「ば、ばけもんかい自分…」
栞は信じられないものを見るような目でマールを見ていた。
「マーちゃん!めちゃいいにおいするーー!」
鼻を動かしながら破れた甲羅の中を覗き込んでいり、他の魔法少女達も興味津々である。
「なんか混ぜるものない?」
「はい」
絵里香はキャンプ用のトングをマールに渡すと、マールは破れた甲羅の中に手を突っ込みぐちゃぐちゃ掻き回す。
「こうやってーおにくとー、ないぞーとー、中の海水を一緒にごちゃごちゃにまぜてー」
マールは丼を手に取ると内容の肉を海水でかき回しただけのスープを差し出し絵里香に渡す。
「あ…ありがとう…」
渡されたのは真っ黒の液体にタコともカニとも違うよくわからない肉が浮いている匂いはすごくいいが見た目はとても食べ物ではない…。
「食べてみ?美味しいから!」
マールは笑いながら勧めてきて、絵里香は恐る恐る口に運び、みんなが注目する。
「美味しい…」
絵里香が上品さをかなぐり捨ててがっつくように食べ始める。
「そんなかよ…うそくせー…」
茜はそう冷やかしながら一口
「めっちゃうめえ!?なんだこれ!!」
散々冷やかしていた茜もがっつくように食べはじめる。
「早い者勝ちだからみんないっぱい食べてねー」
マールは不自然にその生物の壺焼きには一口も手をつけずにみんなに振る舞い、魔法少女達はその余りの美味しさにがっつくように一瞬で平らげ、そのまま眠りに堕ちた。
『マール、何をしたんです?』
「んー?海魔の丸焼きを振る舞っただけだよ?」
マールは卓上充電器からインカムを取って首に装着すると、一人ずつ丁寧に抱き上げ側のキャンピングカーの中に用意されたベッドに放って行き、岩板上の肉の残りの処理にかかった。
「…君も盛られた事がある毒だよ」
毒…?指揮所が一気にざわついた。
『私も?…ゼオラさんに盛られた奴ですか?』
マールと出会った頃、最初の拠点でマールの仲間ゼオラに飲まされたのだ。そのせいでマールに絞め殺されそうになった。
「あれは薬草だったはずです…」
「その薬草と同じ毒をこいつも持ってるんだ」
マールは中身がなくなった貝殻をポイっと雑に棄てると、海魔が陸の薬草と同じ毒を持つ?何のために?
「か、かいとさん…大丈夫なんですか?」
「大丈夫、毒ではありますが快眠出来ますので目覚めスッキリです、疲労も残らないでしょう…しかし謎ですね、なぜ海魔がそのような毒を?」
そう疑問を口にしている間にもマールは後片付けを終え、鍋に水を張ってから岩板にかけ中に残った鹿骨を入れると着替えを持ってシャワーを浴びに行った。
時刻は1時半
「みなさん、今日はここまでにしましょうか?」
カイトが口にすると指揮所の全員が振り返る。
「本番は明日からです、皆さんも今のうちに休んでおいてください。彼女達は私が観ておきますので」
そんなカイトの提案を受け職員達は立ち上がり手早く解散していく。
「カイトは?」
気を利かせた女性職員は、解散する職員達の中で一人作業を続けるカイトに問いかける。
「一先ずは彼女達が寝るまではここにいます、それに…まだやっておきたいこともあるので」
カイトはそう笑いかけてから手に持ったタブレットをゆらゆらと揺らし、察した女性職員は苦笑した。
「無理はしないように、後、シャワーくらいは浴びてね」
職員達がさり、薄暗い指揮所にカイトだけが残された。カイトは翌日の救助計画を練りながら乾いた口の中を冷め切ったコーヒーで濯ぎつつインカムの電源を入れる。
『はー…さっぱりしたー…』
浜辺のシャワーで海水を流して戻って来たマールが帰って来る、モニターにマールの視点が映る。
「マール、ちゃんと服は着ていますか?」
『うわ!?まだ起きていたの?…』
マールは驚いた様子で首のインカムを外し、カメラを自分の顔を向けるとモニターに栗色のショートボブの少女の整った顔が映る。
「明日の救助計画を考えていました、しばらくしたら私も帰ります」
『ふぅん?…そっか』
マールは木の枝を集めて岩板の下に木々を放り込み火を継続させると、火のそばに座ると青葉の小太刀を手に鹿の皮を広げ、毛皮に残った肉や脂をこそぎ落とす。
「マール、それ青葉のじゃないですか?」
『ちゃんと終わったら手入れするから大丈夫だよっ!』
それは…大丈夫なのだろうか。
『ねー!そんな事より、さっきまで着てたこれっ!』
マールはそばにおいた水着を掴んでインカムカメラへと映す。
「水着ですか?」
カイトはモニターを見ながら問いかけるとマールは自慢げに頷く。
『うん、すんごかった!!いつもの倍早く泳げるしすごく深い所まで行けた!!!』
多分、マグロのような速度で水中を動き回って居たんだろうな…深い所?深海まで行ったのだろうか。
「その海魔は何処に居たんです?」
『地面に近いとこ!見つけた時は喜んじゃった!!』
神奈川の海底まで素潜りで行ったのか、彼女はもはや勇者では無く海人にジョブチェンジした方が良いのでは無いだろうか。
『明日は何を獲ろうかなぁ〜』
既に明日獲るものを考えているようだった。
『でーきたっ!』
あっという間に毛皮の処理を終えたマールは、相変わらずの手際の良さで魔術の糸を使い、毛皮を突っ張らせて干す体勢にすると、岩板の上で殻になった海魔の殻を岩板足元に落としてから踏み砕く。
『こいつの殻は粉々にして砂と一緒に水に晒すんだ!皮に塗るとね!乾いた頃にはフッカフカになってピッカピカになるの高く売れるんだよー?』
相変わらずの鍛冶屋の娘らしい知識を披露しながら、砂と混ざった粉々の貝殻の砂を掬い上げ、魔術の水を掌に溜めて晒してどろどろにするとそれを毛皮が埋まる程に塗りたくった。
おそらくだが、あの海魔の殻には柔軟剤のような効能があるのかもしれない…一通りの作業を終えたマールは再びインカムを首に取り付ける。
『くぁ…』
可愛らしく大欠伸をしてからリュックを手にキャンピングカーの上によじ登ると、屋根の上でゴロリと横になったのかマールの視覚が夜空を映す。
「キャンピングカーの中に柔らかいベッドがありますよ?」
『みんながいる中であれになるの嫌だもん』
あれ、とは夜泣きの事だ。マールは勇者に覚醒して以降…夜眠る度に悪夢に魘されるのだ、その夜泣きは尋常で無く無尽蔵の体力を持つマールでさえ翌日に疲労を残すほどのものだ。おそらく1000年前の勇者が見て来た記録をフィードバックされているのだろう、その負荷がどれほどのものなのかは計り知れない。
『じゃーん!!』
マールは自慢げにリュックサックからハンカチを取り出した。
「私のハンカチ?」
『ふふん!これがあれば悪い夢を観ない!』
マールはそういうと、スーッと匂いを嗅いでいる。場が違えば変態の仕草であるが、あえて言わないで置こう。彼女はカイトか母の匂いを身近に感じると悪夢を見ずに熟睡する事ができるのだという。
『けど…これで凌げるのは多分今日だけだ…』
マールは寂しそうに呟いた。
「明日の夜には私もそちらへ赴きますよ」
『ほんと!?カイト来るの?役に立たないのに!?』
役に立たないは余計だ。
「はい、指揮官たるもの最前線にあるべきです」
『あはは、なにそれー?変なの』
マールは明るくケタケタと笑う。
「鹿肉、私も食べたいので…」
さっきから腹の音が止まらない、インカムマイクが拾わないのはありがたい。
『聴こえてるよー』
マジか…カイトは気恥ずかしくなり咳払いをする。
『でもね、ボクもカイトはこっちに居た方がいいと思う』
唐突にそんなことをマールはつぶやいた。
「寝れるからです?」
『ば!ち!違うよっ!』
ムキになって語気が強くなる、わかりやすいなあ。
『もう…でもね、それだけじゃない』
マールは夜空を見上げながらも目を伏せる。
『なんかね、この地に入ってからずっと胸騒ぎが止まらないの…カイトが側にいないからだけじゃない、よくわかんないけど…ドキドキするんだ』
…マールの勘は予知能力のように良く当たる、彼女がそうした方がいいと言う時は絶対にそうした方が良いのだ。
『カイト…ボクが寝るまで…側にいてくれる?』
マールは既に微睡の中にいるようだ。ハンカチの臭いがあるからか、側にいるように錯覚している。
「ええ…勿論」
『そ……良かった』
それから間も無く、マールは夢の世界へと旅立った。インカムを通して彼女の寝息が聞こえて来ると、カイトな首のインカムを外して電源を切る。
「おやすみなさい、私の勇者」
優しい声音で囁いたカイトは、そっと席を立ち、シャワーを浴びに向かった。
しかし、彼女が眠る前に呟いた嫌な予感という不穏な言葉がずっと脳裏を過ぎってしまい…カイトはその日、眠る事が出来なかった。
次回はもっと早く出しますね…




