3の2 【転生者の国】
スランプりました、中々内容が気に入らず何度も書き直しました
カイト達は転生者が居る可能性のある国の攻略の為、しばらくはレプテリアンの村内にある族長の大きな屋敷に滞在する事となった。
「皆さん、おはよう御座います」
カイトはまだ寝ぼけて目を開けられないマールを連れだって広間へやって来ると、既に全員が食卓に着いており、メンバー全員の視線が刺さる。
「ほらマール、起きてください。ご飯ですよ」
カイトの服に小動物の様にくっ付いて離れないマールを揺さぶるが、彼女はグズっており中々目を覚まそうとはしない。
「やれやれ…」
カイトは困り顔で声を漏らしつつも空いた席へ向かうい、シイロが引いてくれた椅子にマールを座らせた。
「いい匂い!」
その途端、鼻で食事に気がつき、大声をあげながら跳ねるとその大きく美しい翡翠色の目をパチリと見開き満面の笑顔になる。
「美味しそう!シイロ!もう食べてもいい?」
「はいどうぞ、おかわりもありますから沢山食べて下さいね」
シイロとマールは親子の様な会話みカイトが席に着くと、静かに食事が始まった。朝食は昨晩マールがとって来た草食恐竜の腸に香草と共に挽肉にされた肉食恐竜の未利用部位を包んで蒸した肉包みである、どうやって蒸したのだろうか。
「皆さん、これからの方針を話します。食べながらで構いませんので聞いてください」
謎の蒸し料理を思考から追い出し、カイトはすぐに本題を切り出し、全員の視線が集まる。
「我々は暫くの間、この村に滞在し、件の転生者の国を攻略するために詳細な情報を集め、戦略を構築していく事にいたします」
カイトはそう言いながらも奥で食事をしている族長にも目を向ける。
「ただ当然それだけではありません、転生者の国攻略と並行し、この村が直面している食糧問題の改善に関してもお手伝いができればと考えています」
「それは私からもお願いしたい、部外者のしかも別種族の我々を助けて頂こうなどと都合がいいかもしれないが…」
「そこは気にしなくてもいーよ、僕は君を助けたいと思ったからやってるだけだし」
族長の言葉をマールが切り裂き、大口を開けて肉包みを口いっぱいに頬張る。
「しかし…」
族長は訝しみマールを見るが、カイトが補足する。
「マールの言葉に嘘はありません、我々はマールの意志に従うのみですから」
カイトの言葉で族長は周囲の様子を伺う、向かいに座っているクウや配膳を続けているシイロと目を向ける、二人は困り顔で苦笑しており視線に気づくと小さく頷いた。次に同族であるギムルに目を向ける、彼ははやれやれとため息を漏らしつつもその口元は笑っており賛同をうかがわせていた。最後にヒューゴだが、彼にに至っては腕を組み、何度も頷いている。
「さすが…やはり、マールは美しいな…」
そうマールに艶やかな視線を送り続けていた。等の発言者のマールといえば…。
「?」
見れば隣のマールは驚き顔で目を丸くしている。
「カイトなら口うるさく小言を挟むと思って準備してたんだけど…まあ、いっか!殴ろう!!」
見ていたカイトの脛を理不尽に放たれた蹴りが炸裂した。
「むぅ……しかしそうは言われてもな…」
つい最近、同じ人種に騙された手前である、簡単にカイト達の言葉を信用する事は出来ないのだろう。いま、村に滞在してこうして朝食を囲えている事すら奇跡に等しい。
「族長、少し耳を貸してくれ」
族長の側で食事していたギムルが静かに族長へ耳打した。途端に族長の目が大きく見開かれる。
「何!?…いや、そんなバカな…」
動揺に声を荒げる族長、ギムルはそんな族長へ静かに口元に指を立てて静止する。
「し…信じられん…私を馬鹿にしているのか!!千年以上前の話だぞ?信じろと言うのは無理がある!」
族長は明らかに動揺し、そして怒りに黄金の瞳を燃やしていた。彼は冒険者ではない、だからマールの頭上に浮かぶ加護の数字を見ることは出来ない。故に彼女が勇者であると言われてもそれを証明する事は難しい、カイトはそう考えていたがギムルはマールの右腕を指差した。
「…それを見てみろ」
族長はギムルの指差した先にあるそれを見て、ただでさえ大きな黄金の瞳を更に大きく見開きマールの顔をまじまじと見ている。
「そ、その腕のもの見せて貰えるか?」
「え?これ?ごめんこれ外せないんだよね…えっとどうしようかな…」
マールは右腕にぎっちり張り付いた青水晶の腕輪を右腕ごと彼の視線の前へ差し出した。彼は慌ただしく立ち上がると、側に来てマールの手を手に取り腕に巻かれた水晶の腕輪をマジマジと見つめ、そして指先で軽く触れ、直ぐに手を離す。
「間違いではない。これは、エルフの鉄だ」
どうしやってそれを判断したのだろうか?カイトは疑問に思っているとギムルが教えてくれた。
「エルフの鉄は我々レプテリアンには有害なものなのさ、触れると皮膚が爛れる程度のものだがね…」
族長は自身の指先をカイトに見せてくれる、その指先はギムルの言葉の通り、酷く爛れていた。まるで火傷したかのように。
「エルフの鉄は当然だが人間や冒険者にも有害だ。触れた冒険者の加護を無限に吸い取るし、人の場合はより重い症状がでる事もある」
思えばマールは心が折れたり辛い時はこのエルフの鉄で作られた勇者の剣のところに行って抜こうとしていた…あの時から彼女は加護を吸われていなかった事を考えると勇者としての素質を見られていたのだろう。
「それを身につけられるのは、勇者の証である…」
族長はその場に膝をつき服従の姿勢をとろうとする。
「ストップ、そういうのやめて?あと、勇者呼びも禁止ね僕はそう呼ばれるのは好きじゃないんだ」
族長はギョッとマールを見ていたが、彼女のまっすぐな瞳を受け、族長は静かに理解を示し頷く。
「仰せの通りに、マール殿…」
そして静かに席へ戻る。席についた族長の手をギムルは掴み取り爛れた指に回復術を施し、癒してゆく。ただ、そんな族長の畏まった姿勢にマールは複雑な表情を浮かべており、行き場のない感情を見ていたカイトの脛を蹴飛ばす事で解消する。
「で…では、これからの方針を伝えます」
苦笑しながらも注目を集めたカイトは話題を切り替える。
「クウ、貴方はマールと一緒に敵地とされる転生者の国を偵察して来てください。道中のマップ化も忘れない様にお願いします」
「わかった」
「おっけー!よろしくねクウ!」
マールは向かえの席にいるクウに笑いかけ、クウは大きく頷いた。
「それとマール、あなたにもう一つ頼み事があるんです」
「なに?あんまりたくさん言われても僕は覚えられないよ?」
素直に言ってのけるマール、うん、可愛いね!バカがよ…カイトは苦笑しつつ続ける。
「難しい事ではありませんよ、手頃な魔獣がいたら狩ってきて欲しいのです」
カイトの言葉にマールは首を傾げる。
「ふえ??昨日のでっかいやつでこの村の肉に関してはしばらくは大丈夫なんじゃないの?ね?シイロ」
「はい!肉に関しては昨晩、族長様の声掛けのおかげで村人のみなさんに手伝っていただき、全て小分けにして塩揉みまでは終わっています」
シイロはそう言いながらも族長へ笑いかけた、族長はフンと鼻を鳴らしつつも照れくさそうに顔を背けている。
「後は干すだけだからその程度なら我々にも出来る、既に指示もしてある」
そんな族長とマールの空になった器に新たな肉包みを載せてる。
「我々(冒険者)を含めたとしても一カ月は食い繋げる量ですね」
「だってさ、同じ地域で頻繁に狩るのはダメだってじい様が言ってた、あのでかいやつは強くて楽しいけど、暫くは獲らないよ」
めっとマールは声に出した。カイトは信じられない言葉が返って来たので驚いていた。
「何その顔!!むかつく!」
「いやいやいや!?だって、あまりそういうの考えないタイプでは!?イノブタは容赦なく狩るじゃないですか!?」
「イノブタはいいの!爺様もあれは良いって言ってたし…てか!!君は僕をなんだと思っているのさっ!!!」
「え…えーと…野生児?見境のない感じの」
「なんだとーーーっ!?」
マールは怒りで顔を真っ赤にしながらカイトに掴みかかるとひ弱なカイトをその場で軽々捻り潰した。
「いだだだだ!!!我々の分の食事ですっ!!許してマール!!」
「僕達の食事ぃ?」
マールはカイトの関節をゴリゴリと痛めつけてから開放し、カイトはしきりに関節を決められた腕をさすりながら席に戻る。
「っ…つ、さっ昨晩の調理で我々は携行食糧を全部使ってしまったんですよ、なので我々には食糧の補充が必要になります」
「ふーん、へーそうなんら…」
マールは特に興味もなさそうなまま席に戻ると皿に盛られた肉包みを口いっぱいに頬張りまるでリスの様に頬を膨らませ、ごくりと飲み込んだ。
「そこでリクエストなのですが、昨晩逃したという足の速いやつが食べたいですね」
唐突なカイトのリクエストにマールは目を丸くする。
「君がリクエストとか珍しいじゃん?そんなにあいつが食べてみたいの?」
マールの言葉にカイトは笑顔で頷いて見せる。
「ええ、常日頃から走っている生物がどんな味かは気になりますね!」
実のところ、カイトはあの生物を食べたいとは思ってはいない。ただ、マールはこうして標的を定めておかないと、絶対にイノブタを仕留めて持って来てしまうのが目に見えているからだ。
「仕方ないなあー!カイトがそこまで言うなら獲って来てあげるよ!」
「任せましたよマール」
滅多にないカイトからのお願いはとても嬉しかった様だ。マールはドンと平らな胸を叩いて見せた。
「カイト、私は村の畑の様子を見にいきたいのだが…」
挙手しながらギムルが呟いた。
「ちょうどよかった、私からもお願いしようと考えていた所です。よろしくお願いします」
野草に精通するギムルならば、この村の畑が枯れた原因もわかるかも知れない。
「ならばギムルよ、我が村の男達も使うが良い」
族長の提案に、ギムルは深々と頭を下げる。
「ありがたく使わせてもらう、族長」
うむっと深々と頷いた族長は、そうしてカイトに目を向ける。
「カイト殿、実は昨晩の塩揉みで村の塩が残り少なくなってしまったのだ」
この異世界に於いて唯一の調味料である塩が無いのは致命的である、この村の周辺には塩はなく、海もない、どのように入手しているのか…カイトは眉を顰める。
「なので遠方の海にある同族の村で塩を補充したい、道中の護衛に人員を一人貸していただけるだろうか?」
「え!?近くに海があるの!?」
野生児が食い気味に反応を示す。
「え、あ…ああ、近くではないが…」
「はいはい!僕!!僕行く!」
何故、いつぞやの心情風景をうつすという教室の中に海がなかったのだろうか…彼女はそれ程海が好きなのである。そんなマールにカイトは思わず苦笑してしまう。
「あなたは転生者の国の偵察ですよ」
カイトの言葉にマールは明確な不快を表情に示した。
「むう…じゃあ僕がそっちに行く!ヒューゴが国の偵察に行きなよ!…」
唐突に言葉を投げられ、そんなマールを微笑ましく見つめていたヒューゴはその笑顔のまま口を開く。
「行きたいのは山々だが私は魔術の類を使えないからね、この中で魔術が扱えるのは君だけだ」
「そ!それが何だって言うのさ!!」
食ってかかるマールに、ヒューゴは薬草の茶を一口飲みながら告げる。
「偵察に向かうのは地図を作る為、だから地図を使えるマールが行かなきゃいみがない」
ヒューゴは淡々と告げられ、マールはどんどんテンションが下がっていくのが目に見える。
「ぐぬぬ…そうだった…」
忌々し気に唸っている。そんなマールの肩をカイトはポンと叩いた。
「海までのマップ制作も当然必要になります、この件が片付いたら、次はその海の村へ向かうことにします、それではダメですか?」
謙るカイトを見てマールも何とか欲を引っ込め、拗ねながらも絞り出す様に吐き出した。
「…約束だよ?絶対だよ?嘘ついたら〆るからね?」
真顔である。彼女の真顔は本気の現れなので違えれば確実に〆られるだろう。マジでなんでこんなに好きなのに彼女の心情風景には海が無かったのか…。カイトは落書きしかない真っ白な空間を思い出しつつ告げる。
「はい、約束です」
「ヒューゴ!今回は君に譲ってあげるっ」
マールはそう言いながらもヒューゴを指差した。
「えっ?私ですか?」
ヒューゴは思わずカイトに目を向ける。
「はい、私もヒューゴさんが適任だと考えています」
その指示に、ヒューゴは腑に落ちてはいない様子を伺わせる。
「護衛といえば重要なのは早期発見だろう?その面ならば、弓を扱うシイロの方が優れてはいないかい?弓兵の神託ならば視力に恩恵を得ているのだし、敵が接近する前に迎撃が出来る。それにいざ接近されたとして、シイロは白兵戦もある程度熟るじゃないか、この辺りの魔獣が相手でも十二分に立ち回れるだろ?」
ヒューゴの意見は至極真っ当である、ただ、それはこの周辺の生態系を理解した上での判断である。
「この周辺に出没する魔獣はまだ未知数です、弓矢が通じない肉質を持った魔獣が襲撃する可能性も十二分にあるのです、ですからシイロを護衛に付けるのはリスクが伴います」
カイトの反論にヒューゴは肩を竦める。
「私を選ぶ理由は?」
「単純です、貴方はマールの次に強いからです」
そう言われてヒューゴも悪い気はせず、諦めたかのように肩を落とした。
「それに、美味い食事を作れるシイロが村から離れられるのは困る、彼女には野草の調理も頼みたいからな」
野草の調理法?シイロも含めて全員が疑問を表情に出していた。ギムルへ目を向けた。するとギムルは肩から力を抜くように溜息を漏らす。
「当たり前のことだが干し肉だけでは栄養が足りない。腹に入ってしまえば全部同じな我々冒険者だけならばそれでも構わないだろう、が、ここの村人達は人間だ。確かにレプテリアンは他種に比べて丈夫な種族だが…とはいえ健康状態を維持するためにはもっと沢山の栄養が必要必要になる」
完全に失念していた…確かにその通りである。冒険者となってから食糧の重要性を説いては来たものの、冒険者達は食事さえとっていれば病気にはならないという特性上、栄養にまで頭を回す必要が無かったからだ。それをしなかったからこそ、壊血病などのビタミン不足による病気が過去の戦地では蔓延し、多くの兵の命を奪って来たではないか。
「マール、わたしの頭を叩いて下さい」
「へ?…う、うん…」
自らの考えの至らなさに、カイトは戒めを設ける。マールの拳が自分の頭を小突いた。心なしかいつもより弱い気がする。痛いは痛いのだが…
「…確かに、それは大事ですね。ではシイロ、あなたはギムルと共に糧食班としてこの村の食糧の改善を手伝って下さい」
「は、はい!」
「でも、先に寝なきゃだめだよ?」
マールの言葉を聞いてカイトはシイロの顔を良く見ると、シイロは目元にうっすらとだが隈を作っていた。きっと昨晩夜通し塩揉みをしていたからだろう。
「…はい…」
マールに釘を刺され、シイロは申し訳なさそうに声が落ちる。
「どうやって気付いたんですか?」
マールに問いかけると、マールは無言で鼻を指差した。
「疲れてる人は酸っぱい匂いがするからね、すぐ解るんだ」
犬かな?恐るべし勇者の嗅覚。
「…わかった請け負うよ」
「よろしくねっ、ヒューゴ」
少し嫌そうだったヒューゴだったが、マールに言われては従わないわけにはいかないのだろう。ふっ、と笑い目を伏せた。
「では、食後に動き始めるとしますか…」
そう言ってカイト達は朝食の処理に取り掛かった。最も、カイトの肉包みは既にマールの胃の中に収まっていたわけだが。
「カイトはどうします?」
食事を終え、全員が各々に行動を開始し始めた最中、食器を片付けるシイロに問われた。
「私は…どうしますか…」
自分の行動を全く考えていなかったカイトは、小さく呟き部屋からカイトのポーチを持って来てクウに差し出し準備しているマールと目があった。
「君の仕事は僕達が戻ってからでしょ?なら、今は何にもしなくていいんじゃない?変に動かれても邪魔になるだけだし」
話を聞いていた様だ、言葉はキツイがマールの言うことは正しい。冒険者として加護を受けてはいるものの、カイトの身体能力は一般人と大差がない。むしろこの女神から渡された器は精通前の少年の体である為、一般人にすら劣る程貧弱なものである。
「では、この村を見て回ることにします」
正直にいえば、レプテリアン達の文化レベルを見る時間が欲しかったカイトとしては、マールの提案は有り難かった。モルタルにより構築された壁にも興味があったし、いざと言う時に備え、この村の設備を把握しておく必要があるからだ。
「いたたたた!!」
などと考えている頬をマールにつねられて現実へ引き戻された。
「その顔、怖いからやめて!」
「そ、そんなご無体な!?考えてるだけですよ!?」
理不尽につねっていたマールはカイトが戻って来るのを見るとすぐに解放する。
「むう………」
マールに暫く無言で睨まれていたのは何故なのだろうか…。
族長の屋敷から出たカイトは、塩を貯蔵する為に海へと向かうヒューゴと数人のレプテリアン達の補給部隊と偵察に出るマールとクウを見送り、この村の周囲を取り囲む様に造られた立派なモルタルの壁を見上げた。入り口には壁の外が偵察出来る木造の物見櫓が二つ置かれ、そこには黒曜石が巻き付けられた槍が何本も立てかけられている。
「おはようカイト!」
「はい、おはようございます」
複数の若いレプテリアン達は梯子もない物見櫓を器用に登って行き、上に一つ置かれた椅子に腰掛ける。本来ならばここにハンター達がここの警邏に立つのだろうが人手の無い現状ではこうする他ない。
カイトはモルタルの壁に沿って村の内側を観て回る。この村のレプテリアン達は製鉄などの技術は持ち合わせてはおらず、黒曜石を武器に用いる極めて原始的な文明レベルである。だからといって、彼らの技術力が原始的なのかというとそんな事はない。
カイトは壁に手を触れる、この村の周囲を取り囲むこの堅牢なモルタルによる壁は、彼らが作ったものである。転生者の知識などを得ずに独力でモルタルの製作に辿り着いているがその証拠と言える。よく見れば壁の至る所にこの壁の原料となった貝殻の破片が見える。おそらくは村のそばを流れる大きな川で取れる貝などを使っているのだろう。サリムとリジーは先祖達が長い年月を掛けたと言っていた事を思えば、この危険な地域でこれだけのモルタルの壁を築くには一体どれだけの犠牲と時間を掛けたのだろうか、しかもそれだけには止まらない。
「す…水車?」
川から引いた水によって回る大きな水車がそこにあった。現代の大工にも負けず劣らず削り出された木材により組み上げられており、しっかりと防腐処置が施されており、幾つもの修理跡が確認できる。何度も言うが、この村に製鉄の技術はない。つまり彼等は黒曜石の刃でこれを削ったのだ。
「手先が器用なんてもんじゃない…」
そんな感想がこぼれるほどに、立派な水車だったのだ。川の力を利用して回る水車の先には大きな石臼が接続され水車の回転に合わせて回り続けている。畑で収穫した穀物をここで脱穀し、粉状に擦り潰す為の物だろう。すぐ側には粉にした穀物を捏ねてパンにする為の石釜や器材なども複数置かれている。
更に驚くものがある、何とこの村には下水と上水の概念が存在しているのだ。生活は川から上水に引いて来た水を使い、飲み水などに使われる水は砂利や砂などが敷き詰められた場所を通って濾過された水がそのまま貯水槽に届けられ、彼らの生活を支えている。使用された水は下水として村の中を通って下流へと流れていく。
これは、彼らレプテリアンが水の扱いに長けており、しっかりとした衛生観念を持っている事を現している。
「…凄いですね…レプテリアン…」
極めて小規模なこのレプテリアンの村は、村の中で衣食住を完結出来るような造りになっている、つまりそれは…。
「籠城戦に使えるという事…ですか…」
勿論、畑が枯れ、食糧難に喘ぐ今の状態では籠城戦に使えはしないだろう。だが、食糧が潤沢にあり、ちゃんと要塞化すればこの村は堅牢な要塞に姿を変える事だろう。
カイトは久しぶりに与えられた暇を、この村の要塞化という妄想をしながら村中を歩き回った。
「うわっ…!」
カイトは躓いて倒れた。すぐに立とうとしたが立ち上がれない。足が痙攣していて動かないのだ。無意識で歩き回り続けていたがために、身体が先に限界を迎えたようだ。立ち上がる事を潔く諦めたカイトは、その場で仰向けになり空を観る、空は既に朱色に染まりつつあった。暫くそうしていると上の方から見覚えのある顔が覗き込んでくる。茶色のショートボブに翡翠色の綺麗な瞳が心配そうに見つめている。
「なにしてんの?」
マールだ、偵察から戻って来たのだろう。
「マール、戻ったのですね…」
カイトの声は酷く乾いており、マールはすぐさま腰に下げていた自分の細長い木製の水筒をカイトへ差し出してきた。受け取ったカイトは浴びるように中の水を飲み干しマールへ返す。
「はあ…ふう…たすかりました」
濡れた口元を拭い、ゆっくりと上半身を起こそうとしたカイトにマールは手を貸し、助け起こしてくれた。そこにはそして何事もなかったかのように空になった水筒を腰のベルトへ取り付けているマールとその背後にはクウがいた。二人はダチョウのような大きな生き物を担いでいる。
「で、なんで倒れてたの?」
そんな状態にも関わらずマールは気にすることもなく聞いてきた。
「ああ、はい、考え事をしながら歩いていたら、体が先に限界を迎えたようです…」
「朝に別れた後からずっと??」
「え??はい、そうなりますね」
それを聞いたマールはニコニコと満面の笑みを作る、意味がわからずカイトはきょとんとしていたが、その笑顔の理由は直ぐに理解することとなる。
「そんなに身体を鍛えたいだなんて、僕は嬉しいよ!よし、その頑張りに免じて、明日からは僕が直々に面倒を見てあげよう!」
地獄確定、カイトは苦笑しながらクウにも目を向ける。
「おかえりなさい、二人とも」
「そんなことより!みてみて!君が食べたいって言ってた魔獣!ちゃんととってきたよ?」
マールは実に軽々とカイトのリクエストしたガリミムスの巨体を地面に降ろし、クウも続けて隣に並べる。
「あと、これ地図ね!」
クウの腰に下げられたカイトのポーチを手に取ると、中から複数の地図を取り出して座り込んだままのカイトに投げ渡した。
「ご苦労様です」
カイトは地図を受け取りつつ地面に倒れたガリミムスの亡骸に注目する。首を深々と切り裂かれ既に腹にも傷があり中身は抜かれ、血抜きも済んでいるようだ。
「流石にダメになっちゃうと思ったから、現地で内臓は抜いてお昼ついでに二人で食べて来ちゃった♪」
マールの反応を見るにそこそこ美味しかったのだろう、どことなくクウは申し訳なさそうな顔をしていた、カイトはゆっくりと立ち上がる。
「流石!えらいですよマール!よーしよし」
カイトはわしゃわしゃとマールの頭を撫でてやった。
「えへへーそうでしょそうでしょー?…って!ちがーう!僕はペットじゃないやい!!!」
恥ずかしそうにカイトの手を弾き飛ばした。普通に嬉しそうに撫でられていたのをカイトは見逃さない、本当に嫌なら彼女は性格上確実に弾き飛ばすと同時に鉄拳が飛んでいるからだ。それを側で見ていたクウも寄ってきた。
「僕もとってきた!」
珍しく強気に主張しては頭を此方に差し出して来る。撫でろって事?カイトは試しにクウの頭を撫でてやる。
「よーしよしよし!!良くやりましたね、いい子ですよクウ!!」
昔見たテレビ番組で、老人がペットの犬を撫で回していた光景を思い出す。クウはとても嬉しそうにカイトに撫でられている。表情に変化の乏しい彼だがもしも尻尾があったなら激しく振り回していることだろう。
「むむむ…なんだろうな、負けた気分…凄くムカつく」
何故か苛立つマールの視線に刺されながら、気にせずクウの頭を撫で続けた。
「マール、やっと帰って来たか!」
そこへギムルが走ってやって来るなりマールの手を掴むとそのままの勢いで連れて行く。
「ふえ?ちょ!?ギムル!?……」
「早くしなければ陽が沈む、急ぐぞ!付き合ってくれ」
「……わ、わかった!!わかったから!引っ張らないでー!」
勢いに流されたマールはそのままギムルに手を引かれ、引き摺るように連れて行かれた。
「クウ、カイト!それ皮剥いて捌いといてー!!!」
遥か遠くでマールの悲痛な叫びが届く。
「カイト、一大事…僕、捌き方、わからない」
それは一大事だ、カイトは地面に横たわる大きなガリミムスを背負い上げる。ガリミムスは尋常じゃないほどに重たかった、歩き疲れてヘトヘトなカイトでは背負い上げるので精一杯である。マールはこんなのを片腕で軽々持っていたのか…。
「…と、とりあえず…シイロの所へ持って行きましょうか」
「無理しなくていいカイトは休んでて」
彼はカイトの背負ったガリミムスをひょいと奪うと、足元のガリミムスも拾いあげ、自分よりも遥かに大きな二頭の恐竜を頭の上に乗せた。
重さを感じさせない軽やかな足取りで、シイロの居るだろう族長の屋敷へ向かって走っていった。
「……冒険者って凄いなあ…」
そうカイトは感心しながらクウの背中を見送り、再びその場で横になる。
「…ああ、そうでした。」
カイトはゆっくりと身を起こすとマールから雑に渡された自分のポーチから複数の地図を取り出した。几帳面で勤勉なクウらしく丸まった地図には羊皮紙の帯で巻かれており帯には地図のタイトルが書かれている。カイトは複数ある地図の中で、国と書かれた帯に巻かれた地図を視線を落とす。
「………成る程…これは厄介ですね」
カイトは地図を一目見て、その国が転生者の手が加わった国である事を悟った。顎に手を当て喰い入るように地図を睨みつ付け、頭の中で記憶している現代の戦争から攻城戦を当てはめ、攻め方を模索する。
「ぬお!!?」
唐突に、カイトの頭にずしりと重たい何かがのり、あまりの重さに耐えきれずそのまま地図に顔面を押し付けられる。それはカイトの頭が下がったことをいいことに、カイトの頭からゆったりとした歩調で地面に降り、頭が軽くなったと共に顔をあげて見ればそこには白く輝く大きな鳥がいた。
「ああ、ハイデの鳥ですか…いつもありがとうございます」
撫でようと手を伸ばすが、ハイデの鳥は激しくカイトを拒絶しその大きな翼で手を弾き飛ばす。
「あいた!す、すみません…」
思わず謝罪を述べ弾かれた手を撫でる。彼はカイトの事を完全に下に観ており、カイトの態度が気に入らないとこのように大きな両翼を広げ激しく威嚇してくる。ただでさえカイトには敵意を剥き出しにしているが今日は長旅をさせられ、より虫のいどころが悪かった。
「……」
彼はギョロリと大きな目でカイトを睨みつける、彼がここへ来た理由はただ一つ、カイトの能力で増える金貨の集金と、王の伝令である。
「わ、わかっていますよ…」
カイトは懐から金貨袋を取り出し、女神より遣わされた能力によって得た金貨五枚のうち三枚を鳥に差し出した。いつもならすぐに受け取って飛び去るのだが、今日の彼はそうはせず、地面をつついてここに置けと指示してくる。
「?…はい、仰せの通りに」
カイトは指図された位置に金貨を置くと、鳥は足に取り付けられた小さな筒をカイトに差し出すそれを取れと言うかのように。
「あ、ありがとうございます」
カイトは速やかに筒から手紙を抜き取った。その瞬間彼の眼は周囲を瞬時に確認した。周囲は暗く、灯りは無い。いつも目ざとくカイトの周りを警戒して威圧感を撒き散らしている小娘や、小僧もいない…つまり、カイトはこの暗い闇の中でたった一人でいるのだ。
「っ!!?」
瞬間、ハイデが従える筈の大きな鳥はカイトに殺意を向け、右脚を振り上げた。彼の脚は特殊であり、爪先の下に鋭く長い刀状の爪が格納されている。自然界の彼らはそれを用いて大型の獲物を狩猟し、糧とする。鳥が振り上げた脚にカイトは驚いて立ち上がり飛び下がりなんとか初撃を回避できた。
「な、なんの真似です!?」
飛び下がるカイトが抜刀する前に鳥は間合いを詰めて来る。長距離を短時間で飛べる彼らからすれば、この程度の間合いを詰める事は造作もないのだ。
「ぐあっ!!」
ダガーを抜こうとした右手を蹴り上げられ、同時に右腕を深々と爪が切り裂き血が噴き出る。
「うわああっ!」
カイトはあまりの激痛にその場で疼くまる、右腕の肘から先の感覚がない。おそらく健をやられたのだろう。彼は明確な殺意をカイトに向け、飛び上がる。
鳥は考えていた。こいつが死ねば、もうここまで飛ばなくても良いのではないか?と、こいつには前々からイラついていたが、今誰もいないこのタイミングで、引導を渡してやるのも良いかもしれない…と。
「……」
よし殺そう…鳥は思考の後にその大きな両翼を広げて地面を蹴りつけ、その鋭い刀状の爪を生やし、最早地にうずくまっているカイトの顔面に突き立てるべく…
「うーん?今晩の食事には焼鳥も追加かなあ…?」
横合いから細い腕が割り込み鳥の首を掴むとグイッと引き寄せた。
「……!!!?」
咄嗟の出来事に展開した刀状の爪を振り抜けない、一瞬でも敵意を見せたなら首ごと潰す…そう思わせる圧が、彼女にはあった。
「…抵抗してもいいよ?僕は君を殺すから」
いつ来た?周囲にこの小娘はいなかったはず。鳥は認識する事は出来なかった。マールは真顔のまま鳥の首をその機械的な握力で徐々に締め潰していく。彼の中の野生の本能が告げている、お前は死ぬと。
「マール、その辺で許してあげてもらえますか?」
「いいの?こいつ君を殺そうとしてたけど?」
マールはゆっくり手の力を緩めていく、鳥は必死に首を横に振っている。生命の本能故の逃避、賢いからこそ、決して敵わない相手には逆らえない。
「……お願いします」
カイトは鳥の狼狽ぶりに哀れみを覚え、マールに頭を下げた。カイトに真顔で言われれるとマールは弱い。
「ほんと…君って変わってるよね」
鳥の首を絞めていた指の力をゆっくりと解いていく。そして顔を寄せ目を観ながら告げた。
「カイトに感謝しなよ?でも、次は無いから…」
彼が理解するかはわからないが鳥は何度も頷いており、そして開放されるなり逃げるように飛んでいった。
「ありがとうございますマール、いてて…」
「門を潜ったら君の良くない血の臭いがしたからギムルを置いて来ちゃったよ…見せて」
良くない血の臭い?血の臭いに良いも悪いもあるのだろうか?そう考えていると、マールはカイトの腕の傷を見るために歩み寄る。恐らく全速力で来たのだろう、体力お化けなマールが珍しく額に汗を滲ませていた。見れば若干だが息が上がっているようにも見える。彼女は一度大きく息を吐き出すだけで息を整えると、唐突にがしりと斬られた腕の傷口を直接掴んで来た。
「いっ……!!」
「我慢して!」
一見、傷口を抉る行為にも見えるが、縛るものがない、何も無い時は指圧による止血も大事な延命手段である。
「…的確に動脈をやられてる…あの鳥、やっぱり明日来たらシメて丸焼きかな?まったく。」
マールは珍しく怒りを滲ませ、感情の高まりに伴い握力が強まる…すごく痛い。
「痛いなら神経まではやられてないんだね、運がいいじゃん?神経やられてたら回復の時めっちゃ痛いからさ」
マールはカイトの顔色を伺いながら指圧を続ける。彼女の力で指圧されれば、暫くは失血死する事は無いだろう。問題はとんでもなく痛い事である。この止血方法は本当に何も無い時の最終手段である事を改めて思い出し、カイトはだらだら冷や汗を流しながら痛みに耐えた。
「マール、いきなり走るんじゃない…まったく…」
待つ事数分、マールから遅れてギムルがゆっくり歩いて来てその惨状を目の当たりにすると、すぐさま背負っていたカゴをその場に置いて駆け寄り、服の袖から繊維で編み込んだ細い草紐を取り出すとカイトの傷口の上部分をきつく結びつけた。
「マール、もういい…」
「あっ、うん」
マールはカイトの傷口から手を離すと飛び出る血液を遮るようにギムルの手が患部を包む。ヒヤリとしたレプテリアン特有の体温は心地よく、一瞬痛覚が和らいだ気がした。同時に暖かい光に包まれ傷口がみるみるうちに塞がっていき、傷ひとつ残さず怪我は消え去った。
「随分深々とやられたな、なににやられたんだ?」
「ハイデの鳥、でっかくて白いやつ」
マールは忌々しげにしながらも手についたカイトの血の匂いを仕切りに嗅いでいる。
「ハイデ様の鳥!?それってあの鳥か??それににやられたのか!?…何をしたらそんなふうに攻撃されるんだ?…あの鳥は基本温厚なはず…しかもこの傷、爪を抜かせたのか…何をやったんだ本当に…」
「次見たら焼き鳥だけどね」
「やめんか、馬鹿者っ」
マールを強めに注意してから、ギムルはゆっくりと立ち上がる。
「さて、私はシイロにこの野草を渡してくる、マールはどうする…マール?」
手についたカイトの血の匂いが気になるのか、ずっとクンクンと臭いを嗅いでいた。ギムルに呼ばれてビクリと反応する。
「あ!?う、うん…僕は…ここにいるよ」
「大丈夫か?…」
「う、うん大丈夫…ちょっと疲れただけ…」
今日マールは一日中動き回っていた事を考えればそれは当然かもしれない。ギムルはそうかと安堵するように肩を撫で下ろす。
「…今日は助かった、ありがとう」
ギムルはそういいながらマールの肩をポンと叩く。
「うん、僕はカイトといるから、ご飯になったら呼んで?」
「ああ、わかった」
そうしてギムルは地面に置かれたカゴを背負い直すと、屋敷への道を歩いて行った。中央では大きな松明の火による灯りが村の中を明るく照らす。その灯りを合図に、正面の門にある監視台にも火が灯り、村全体が明るくなっていく。そして、家屋の至る所から食事の煙が上がりはじめた。
「マール、そんなに臭いが気になるなら洗って来ては?」
カイトは座り込んだまま、手の臭いをずっと嗅いでいるマールに告げる。
「なんかわからないけど…凄く気になるの…嫌な臭いなのに…なんでかな…」
人には臭いものを嗅ぎたがるというものがある、マールもその類なのかもしれない、マールは嗅ぐのをやめ、背中の大剣を地面に突き立てるなりカイトの隣に寄り添うように座った。
「…マール、疲れてます?」
その時のマールはやけに色っぽく、何となくだが何時もより可愛くみえた。妙に頬が赤いのは気になるが…マールに限ってはそんな事はないだろう、きっと疲労によるものだろう。カイトは理性を保つために、何度もそう心の中で言い聞かせる。
「うん…そうみたい…でもまだ…大丈夫…」
そう言いながら、寄りかかってきた。
「……本当に?」
「うー……僕はいいのっ、で?王様はなんだって?」
煩わしそうに言いながらも目ざとく聞いてきた。そういえばそうだったとカイトは手に握りしめたままだった小さな筒の蓋を開き傾けると、中から丸まった小さな手紙が出てくる。それを開くとそこに大きく、許す、痕跡一つすら残すなと…だけ描かれていた。
「カイト、これなんて読むの?」
「許す、痕跡一つ残すなですって」
そんなカイトの言葉にマールはブフッと吹き出して控えめに笑う。
「転生者には容赦ないなぁ」
隣に寄り添っていたマールが静かに離れてその場で仰向けになった。
「雑魚寝は身体を痛めますよ?」
やんわりと注意を伝えるが、マールは今にも寝そうである。
「慣れてるからへーき、ご飯になったら起こしてー」
「待ってマール、寝る前にお願いがあるのですがいいですか?」
「んー?…どーせ例の国を見に行きたいとかでしょー?」
なんでわかったのだろうか…?何も言わずに見ていると目を閉じてうとうとしているマールは口を開く。
「それくらい分かるよ…どんだけ君と一緒にいると思ってるのさ?」
それはそうか、とカイトは納得する。するとマールはパチリと目を開きカイトを見るとイタズラな笑みを浮かべた。
「まあ、僕は君が地図を作って来いって言ったあたりから次は連れて行けって言い出すだろうなって思ってたけどね〜」
「な…成る程…」
お見通しだったようだ。
「連れて行くのは別にいいよ、でも君を連れて行くなら山を迂回したルートが良いかなぁ…危なくないし、ただ遠いよ、君の足だと多分往復に1日2日は掛かっちゃうと思うけど」
……今、マールはなんと言った?山を迂回?どこの山を?
「え?ですが…今日君は朝にでて夕暮れ前には帰って来ていましたよね…?」
「うん、僕とクウの足ならそんな時間かからないもん。僕達は冒険者だよ?普通の人とは違うんだから…」
マールの言う通りだ、この世界に於ける冒険者と呼ばれる存在は、女神より身体能力に加護を受けており超人的な身体能力を獲得している。カイトの世界にいるスーパーヒーローのような存在が、この世界の冒険者と呼ばれる存在である。
「僕たちはあの山を真っ直ぐ超えて行ったからねー」
そう言ってマールは寝たまま闇の中で微かに明るく浮かぶ岩山を指差した。標高何メートルだろうか?活火山のためか山肌に雪はなく、マグマの熱源により光って見えている。ハンニバル・バルカのアルプス山脈越えのような事をさらっとやるんじゃない…彼女が珍しく疲労していたのはこれがあるからだろう。彼女は普通の人間の足でも一日二日かかる道を半日で駆け抜けたアルプス山脈のような険しい岩山を踏破して転生者の国を偵察しにいった…それに加えてガリミムスのような足の速い魔獣を2匹も狩り、抱えて帰って来た。さらにギムルに連れられ野草をとるべく駆け回っていたというのだ。
「君、今失礼な事考えているでしょ?」
「いえ…君でも疲れるんだなって…」
するとマールは不機嫌そうに顔を顰めた。
「何それ?僕だって人間なんだからあたりまえじゃん?僕なんて冒険者達の中から見たら下の下なんだから…」
下の下?最速のレイとほぼ互角に立ち回れるマールが?カイトには俄かに信じられなかった。
「カイト、最前線がもう一つあるのは知らないの?」
マールはキョトンとして首を傾げた。最前線が、二つ?カイトはこの世界に来てそれなりに立つが、二つ目の最前線については聞いた事がなかった。
「ふうん?まあ、ほとんど話題に上がらないし、僕も師匠から聞いた話でしか知らないんだけどね…何せそこは、A級冒険者じゃないと行く許可が降りない場所だし…」
思えばこの世界の人種の人口はかなり多い、にも関わらずA級冒険者は最前線に数人しか居ないのだ。にも関わらずA級冒険者は沢山いると取れる発言をしていたのはこのためだったのか…?
「砂の国の北側、大きな砂漠の先にあるんだって。山を埋め尽くす程の亜人が日夜押し寄せて来る場所なんだってさ」
そんな激戦区を未だ抜かれずに守り続けているというのか…カイトは冷や汗を流す。
「そんな…貴女でも敵わないほどに強い冒険者が沢山いるというのは俄には信じられないですよ」
カイトの知る中で、圧倒的な力を見せつけた震脚のアリエッタや黄昏のグンヒルドも冒険者ではあるのだが、そんな彼らに匹敵する怪物がまだまだいるという事実にカイトは戦慄する。
「師匠でさえ二軍に置かれちゃう位らしいからねー」
マールが背伸びしても勝てないあの最速のレイが二軍?カイトは絶句した、この異世界にいる冒険者達はまだまだ底が知れなさすぎる。
「は、話を戻しましょう、今日、マールが超えたという山は私には無理ですか?」
「うん、無理だね。君の体力じゃすぐバテる」
側から見れば嫌味に聞こえるかも知れないが、マールはこういう時、他人には決して世辞は言わない、出来る出来ないをキッパリと教えてくれる。
「しかも魔獣だらけで結構危ない」
「…それは、マールが一緒でもですか?」
なんとなく聞いてみると、マールはムッとして腕を組む。
「うん、君を守りながらあの山は登りたくないかな…もう一人位強い人が一緒なら大丈夫だとは思うかな?」
「では、ヒューゴが戻ったら聞いてみましょう」
ヒューゴは族長の頼みで遠方の村へ塩の回収に出ており、明日まで帰ってはこないだろう。
「うーん、確かにヒューゴが一緒なら…大丈夫だけど…」
渋々とマールは頷いた。
「二人ともー!!ご飯が出来ましたよ!」
シイロがわざわざ呼びに来た。
族長の屋敷にある食堂にはすでにギムルとクウが席に着いている。テーブルにはさまざまな野草を用いた料理が置かれており、これは試食も含めているようだ。
シイロは食堂に戻るなりバタバタと駆け回っては焼いた肉の塊を配膳し始める。それはマールが取ってきたガリミムスの肉を焼いたものだった、香草と塩を塗りこんで焼かれたそれはとても香ばしい匂いを出しており肉から滲み出る脂が食欲を誘う。
「うわーいい匂い!!僕とクウが取ってきた奴?」
マールはすぐ様席に着きシイロに問いかける。
「はい、なにぶん初めてなので捌くのに苦戦しましたが…」
シイロの表情からは苦労が伺え、向かえの席にいるクウも視線を逸らす、シイロに任せた後ろめたさがあるのだろう。
「もう食べていい!?」
「はいどうぞ、皆さんもどうぞ」
シイロの言葉を合図にマールは勢いよく齧り付き、食事が始まる。
「カイト、畑の話なのだが…」
ギムルは食事をしながら語り出す。
「単刀直入にいうならば、原因は土だ…」
土…?野草に明るくないカイトは首を傾げる。
「土に含まれている筈の栄養が根こそぎ無くなっていた…わかりやすく言うなら…土が死んでいたと言うべきか」
死んでいた…?
「それは…大丈夫なのですか?」
カイトの問いかけにギムルは渋い顔をした。
「ダメだな…移転を考えなければならないレベルだ」
その言葉に族長は目を見開きギムルを見て、ギムルは手で彼を制止する。
「本来ならば、な」
ギムルはそう区切ると、野草の茶を啜る。
「大丈夫なのか?」
族長の問いかけにギムルは頷く。
「ああ、マールが狩ってきてくれた巨大魔獣のおかげでな、あれの糞には想像を絶する程の栄養が含まれていてな…おそらくだが奴らが主食にしている豆が持つエネルギーの余剰分だと考えられる」
あの巨大な身体の生命を維持するだけでは飽き足らず、糞になってもエネルギーを持て余すと言うのだろうか?
「今日、あの糞を天日に晒し、干し草と混ぜて肥料にして撒いてみたが…あれはすごい肥料だぞ?今日撒いた麦の種が通常の倍の速さで育つのだからな…今日撒いたばかりだと言うのに、既に発芽して深く根を張っている程だ」
「そ、それは凄いですね…」
カイトの言葉にギムルは興奮している様子を見せる。
「ああ、凄い。ベルラートで使われている肥料なんて比べ物にならん程の代物だ、ゼノリコ王に進言すると良いだろう。経済難に喘ぐ彼ならすぐに食いつく筈だ」
「それ程ですか…分かりました、明日迄に手紙を書いておきます」
カイトは感心して見せる、その隣でマールは肉の塊を口いっぱいに頬張っている。
「むぐぐ…むもも…む」
相当美味しいのか、脂を口の周りにいっぱいつけながらモグモグ口を動かしていた。彼女の前に置かれた大皿にデカデカと置かれていた筈の肉の塊は既に空になっている。
「美味しい?」
カイトに問われ、マールは幸せそうに頷く。
「うん!」
それは良かった、カイトもナイフで切った肉を口に運ぶ。ガリミムスの肉は走り回っているのもあって筋張って硬いのかと思っていたが、実に柔らかく、歯触りが良い。噛むごとになんとも言えない旨味を含んだ脂が口いっぱいに広がる。
「お、美味しい…」
カイトでさえ、思わず声に出してしまう程だった。
「しかし不思議な事がある…」
ギムルは再び切り分けた肉を口に入れ飲み込む。
「不思議な事?」
カイトはギムルに問いかけると、ギムルは口を拭う。
「この村の農業を見せてもらったが特に不備は無かったんだ…普段使っている肥料も別段わるいわけでもないむしろベルラートよりもいいものを使っているくらいだ…なのにあの土だ、土が死ぬなんてよっぽどの事だぞ?」
ギムルはそういいながらも鎖帷子と白く塗られたハードレザーの鎧の隙間から革袋を取り出した。
「死んでいた土と、畑の周りの土だ…」
「…どうだったんですか?」
カイトは問いかけると、ギムルはギロリとカイトを見た。
「見てわからないか?周囲の土は生き生きとしていたのさ…あの畑の土だけが、まるで狙われたかのように死んでいたんだ…」
ギムルはそう呟きながら袋をひっくり返し袋の中に入っている土を出す。真っ黒に変色した土と、白く輝く土、その差は明白なものだった。
「ギムル、それかして?」
不意に、誰かが声をかけた。見ればそこにはマールが居た…口元は脂でだらしなくテカテカと輝いており、紛れもなくマールである筈なのに…何かが違う。
「あ?…ああ…」
ギムルもそのマールの不自然さに気づいていたが、死んでいる土が入った袋を差し出す。それを受け取ったマールは目の前の空になった皿の上にぶちまける。
「なっ、何して!?」
声を張り上げるシイロをマールは手で制すと、制したその手で黒く変色した土に触れる。その途端、土は黒い煙を上げながら、ギムルの持っているただの白い土へ戻った。
「…転生者のギフトによる能力だね」
マールは語ると、置いてあってナイフで手を薄く斬りつけ、出血した血を右手に巻かれた腕輪へ触れる。その瞬間、腕輪が青白い光を放ち、マールの身体を包み込む。その状態で傷口から垂れる血を砂へこぼした。
「指揮者、この砂を畑に…それで畑についたギフトを取り払う事ができるよ」
皿に乗った砂をマールは差し出してきた。マールの血を含んだ砂は、いつのまにか青白い光を放つ銀色の砂へと変わっていた。
「はい…え、マール…?」
カイトが皿を受け取ると、マールは糸が切れた人形の様に崩れ落ち、空になったテーブルに額を思い切り打ち付けた。
「いったい!!!な、僕…食べながら寝ちゃってた!?」
マールはそんな事を言いながらも周囲から向けられる好奇な視線に気がつき、顔をキョロキョロとしてから気まずいのかカイトに目を向けた。マールはジッとカイトを見つめそれから静かに口を開いた。
「……僕、寝てる間に何かしてた?」
カイトの表情から察したようだ、その瞬間マールの表情が変わる。その瞳は動揺に揺れ動く、それは…恐怖である。カイトは目の前のギムルに手にした皿を差し出して渡すと、マールの肩に触れ静かに告げた。
「…この話は後程にします、いいですね?」
「え…う…うん、わかったよ」
マールは以後考え込む様に黙ってしまい、俯く。そんなマールにギムルは何か問いかけたそうだったが、口から言葉が出る前にシイロにすごい形相で睨まれ、渋々だが言葉を飲み込んだ。
食事を終え、我ここにあらずなマールをシイロは水浴びに連れて行き、カイトは水浴びを手短に済ませてから寝室へ戻る。
「わ、マール?灯りくらい付けて下さいよ!」
寝室には既にマールがいた。昨日とは違い実に落ち着きが無く、まるで何かに怯えているようだった。その証拠に昨日は自室に置きっぱなしにしていたツヴァイハンダーが手の届く範囲に立て掛けられている。彼女は不安になると武器を手元に置く癖がある、暗闇の中、匂いでカイトが来た事に気がついて顔を上げる。
「あ、カイト……」
彼女が何を恐れているのか、カイトにはわからない。おそらくだが、彼女自身もわかっていないのだろう…しかしわからないながらも、自分が知らない内に何かをしていたという事は怖いのだろう。カイトは静かにマールの隣に座り枕を力強く抱きしめたまま小刻みに震えるマールの横顔を見つめた。そして、良しと心を決める。
「マール、今日は寒いです」
唐突なカイトの言葉に、マールは目を丸くしながら顔をこちらへ向けた。
「はあ?…なに言ってんの?…」
引き気味に呟いたマールに身を寄せたカイトは寄り添う。
「とても寒いです!マール、助けてもらえますか!?」
勢いに任せて立ち上がったカイトに詰め寄られ、マールはギョっとしている。
「わ、わかった…何をしたらいいの?」
「では、まずはそこで横になって下さい」
ベッドの真ん中で横になる。
「で、次は?」
聞いてくるマールにカイトは勢いよく抱きつき胸に顔を押し付ける。
「うわわっ!いきなりな、なにしてんだよう!!!」
抱きついてきたカイトの行動に驚いたマールだったが、次第に顔に表情がなくなっていく。
「……ふう…」
マールは本気で殴るつもりで手を振り上げる。
「貴女がいつも私にしていることですよ、たまには、私がしたって良いではないですか?」
カイトはマールの胸に顔を埋めたままそう呟くとマールはハッとし、振り下ろそうとしていた拳から力が抜くと、マールは振り上た拳を雑に降ろす、それをみたカイトはゆっくり離れようとする。
「いいよ、そのままで…今日はカイトの番って事で…特別だからね…」
マールは不貞腐れた様に告げたので、カイトはお言葉に甘えることにした。
「何も聞かないの?」
マールの問いかけにカイトは無言で頷く。
「そっか…」
マールは小さくため息を吐いた。
「でも…そろそろ離れてほしいかも…その…吐息が…擽ったい…」
! カイトも途端に気恥ずかしくなってきた、すぐさま顔を上げると、マールの横に寝転がり天井を見上げた。
「ありがとうカイト」
マールはカイトにはっきりとお礼を告げた。
「どういたしまして…」
カイトはそう返すと今度はマールの方から抱きついてくる、いつものことだろうと考え好きにさせていると、マールは唐突にカイトの襟を掴掴み、そのままカイトと口付けしてきた。
「…………っ!?」
突然のことにカイトが固まっていると、マールはゆっくり離れた。その顔は暗闇の中でもわかるくらいに赤くなっていた
「え、えへへ!僕だって…君がしたことのお返しなんだから!」
それは黄昏のグンヒルドと戦った時のお返し、マールは驚いて固まったままのカイトに対してそう照れ臭そうに笑いかけると、流石に恥ずかしくなったのか顔をカイトの胸に埋める。
「おやすみ!!」
そうして、よっぽど疲れていたのか、顔を埋めるなりすぐ様小さな寝息を立て始めた。
「………だめだよカイト、だめだよ…」
思わず飛びそうになる理性を頭を殴りつけて何とか保ち、出そうになる手を頭に置き、撫でながら眠りについたのだった。
ありがとうございます!次回ははやめにだします




