3の1 新たな地へ…
モンハンが悪い!モンハンが悪い!
翌日、早朝からカイト達一行は、行動を開始し最前線の街ベリドゥへとやって来ていた。
「では、臨時クランリーダーはエレーネ様に任せます」
最前線の街ベリドゥで降りたカイトは、エレーネに告げた。
「わ、私ですか!?」
エレーネは唐突なカイトの無茶振りに驚いた様子を見せており、そんなエレーネの肩をマールが叩く。
「任せたよエレーネ!」
若干強引な無茶難題を押し付けに、エレーネは不安そうな表情を浮かべ、カイトとマールを交互に見つめている。
「で…ですが…」
「アンネマリーさんとエイレーンさんはエレーネ様の補佐を頼みます」
カイトはアンネマリーとエイレーンの二人にも指示を出す。二人は即座に立ち上がると胸に手を当てる。
「わかりました!」「ええ!」
二人の顔を見て、エレーネも覚悟を決めた様子で頷いた。
「わかりました、任せてください!」
エレーネの瞳には闘志がみなぎりやる気の輝きに満ち溢れていた。
「はい、よろしく頼みます」
カイトはそうエレーネの肩を叩いた。
エレーネやメンバー達と別れたカイト達はベリドゥにて三日分の保存がきく携行食糧や、最低限の調味料などを買い揃え。最後のメンバーである剣聖、ヒューゴと待ち合わせをしている人間領、最後の砦となる高い城壁の上へとやってきた。
「すごいテントの数、エルフ達も諦めがわるいなあ」
マールは正面を固めるのはエルフ達の天幕に目を向けて見渡しており、カイトもその物々しい戦場風景を横目に、城壁の上を歩いて横断し、険しい山岳地帯へ通じる入り口から外へ出る。今回はエルフの森がある西側ではなく東側へ向かう為、反対側の山岳地帯を通るルートをカイトは選んでいた。
「待っていたよ」
山岳ルートへの入り口にはヒューゴがいた、ヒューゴもカイト達と同じ様に個人用のテントを背負い、いつもの紅白のおめでたい礼服ではなく、旅用のものなのか、汚れが目立たない衣服にみを包んでおり上からはフードのついた外套を羽織っている。武器も普段使っている装飾煌びやかな長剣ではなく、一般的な長剣を下げている。
「ヒューゴさん、だいぶ思い切った装備ですね?」
カイトの問いかけにヒューゴは頷く。
「ああ、準備はしっかりしてきたからね」
ヒューゴはこの間の時とは違い、キラキラと瞳を輝かせてかなり浮かれている様子を見せている。
「ヒューゴ、ボクよりはしゃいでない?」
マールに指摘され、ヒューゴは肩を揺らして笑う。
「ふふ、実はこうして仲間と一緒に冒険に出るのは初めてでね…母から聞かされた冒険者達の御伽噺に憧れていたのさ、カイト!そしてみんな、よろしく頼むよ!」
テンションがいつもよりも高いヒューゴは全員に挨拶し、メンバー達各々な反応をとる。
「では行軍隊列を決めます」
カイトは地図を広げて、最前線周辺の地図を拡げ、眺める。
「前方索敵で行きます、シイロ、クウは左右に別れ、10歩先に、マールは隊列の前、ヒューゴさんは後列で私とギムルさんが中央へ入ります」
「はい!」
全員が散り散りとなり素早くマールが前に行く。
「カイト達は常にこのような隊列を敷くのかい?」
ヒューゴは物珍しいものを見る様子でカイトの指示に従いつつもカイトに問いかける。
「はい、普段前方はマールだけにお任せするのですが、今回は未開拓地域ですので二人に前を任せています」
「成る程!」
ヒューゴは熱心な様子でメモをとっている。
「では、参りましょう!マール頼みます」
「おっけー!」
マールは元気に手をあげると、一歩前に踏み出した。そして険しい山岳地帯へ歩みを進めた。
山岳地帯には至る所にさまざまな国の監視場や駐屯地が等間隔に配置され、山岳地帯から人種領へ入ろうと試みてくるエルフ達を防いでいる。元々は亜人達の侵入を防ぐために設けられた基地群ではあるのだが、エルフに対しても優秀にその役目を果たしている様だ。
「景観もクソもないね…」
そんな基地群を見ながらマールが呟いた、禿山とかした山岳地帯には至る所にエルフ達の死体が集積され、折り重なって山になっており、なんとも言えない腐敗臭が漂っていた。
「死体の野晒しは衛生的に良くありませんね。人の死体を食べた獣が味を覚えてしまうのも良くありませんし」
死体の野晒しには戦術的に相手の士気を下げる効果がある、ワラキア公国の王、ヴラド三世が行った死体を利用して敵の士気を削ぎ撤退させたという話はあるが。
「あれ?これは君の提案ではなのかい?」
ヒューゴは驚いた様に聞いてきた。
「ああ…もしかして最初の襲撃の時に指揮した夜襲や斥候を捕らえたら殺して晒せという指示を今も行ってしまっているのですか?」
カイトの問いかけにヒューゴは頷く。
「ああ、それだ」
あれは、侵攻に対する士気を削ぐためのあの場のみの指示だったのだが。思った以上に有効的だったのだろう。
「それは失礼しました、私の言葉が足りなかった様ですね。」
戦争の為とはいえ、死んだ相手を意味なく辱める行為に不満が集まるのは当然ではある。実際、ワラキア公国ではこれをやり過ぎたが故に国民の不信を強めてしまい自らの破滅を招いてしまった。
「クウ、先に走って駐屯地の長にこれを渡し。死体を片付け、埋蔵するよう指示してきてください可能なら火葬がいいですね。土葬は土壌を汚染してしまうので」
「わかった」
十歩先を歩いていたクウはカイトへ歩み寄ると、カイトの手から金貨を数枚受け取ると、先に見える駐屯地へかけて行った。
「いいの?」
マールの問いかけにカイトは頷く。
「はい、遺体の晒しは敵の士気を大幅に削ぐことに効果的な戦術ではあります、しかし同時にこちらの士気も落としてしまう諸刃の剣でもあるのです。それ以前に不衛生ですからね…」
「成る程ねぇ…」
マールはそう唸りながら歩いた。
「カイト!」
突然前を歩いていたシイロが声を張り上げ、駆け出し全員は敵襲を警戒して身構える。
「見てください!!崖キノコです!花の国では結構高級品なんですよ!?」
シイロは興奮した様子で声を張りながら、しゃがみ込むと、ゴミの様な黒いヒラヒラを摘み取るとかけて来て全員に見せて来た。
「なんだキノコか…」
マールが拍子抜けした様子で警戒を解き、ヒューゴも剣の柄に触れていた手をゆっくり遠ざける。
「あれ?みなさん…どうしました?」
シイロは状況がわかっていない様子を浮かべいる。
「キノコや野草は自生地域の環境によっては毒をもつ可能性がある、少し見せてくれ」
ギムルはシイロの側へ行くと、シイロの手にした崖キノコを受け取り、その場に座り込むと、手にしていた医療鞄をピンセットを取り出してキノコをつまむと持って来た小さな小瓶に入れた。そしてその中に水筒の水を僅かに入れ、反応を暫く見つめてから一欠片を口に入れ舌の上に乗せる。
「ふむ…なるほど…」
ギムルは舌に乗せたキノコのカケラを飲み込む。
「だ、大丈夫なのですか?」
シイロが問いかけると、ギムルは首を横に振る。
「これはダメだ、君達人種には悪影響があるだろう。死にはしないが神経系に異常をきたす可能性がある。」
「毒ですか?では、それを飲み込んだギムルは大丈夫なのですか?」
当然の疑問を投げるヒューゴにギムルは頷く。
「我々レプテリアンは過酷な環境下でも生き延びられる様に強い毒耐性をもっている。私のいた村には毒をスパイスとして楽しむものたちもいたくらいだ」
そこはひょっとしたら現代人に似ている習性かもしれない。カイトがそう考えていると、ギムルは岩キノコを複数摘み取り、薬草入れの革袋へ入れる。
「回収するのですか?」
「ああ、成分を分析すれば新しい薬になるかもしれないからな。冒険者は病にはならないが、普通の人々はそうではない…ゆえにこういった新しい発見は助かる」
革袋を大事そうに医療鞄へとしまった。野草はちゃんと保存しなければ成分が損なわれてしまう気がするが、ギムルには何か考えがあるのかもしれない。
「山岳地帯で自生すると毒を持つなんて、キノコはやはり怖いですね」
「キノコだけじゃないぞ?野草は大体そうだ、同じ外見の野草だからといって必ず無毒だとは限らないという事だ」
シイロは改めて頷いた。
勉強になります!とシイロはメモをとる。そこへ駐屯地へ指示を出しに行っていたクウが帰ってくる。
「指揮官に指示を出して来ました。すぐに取り掛かるとのことです」
「ありがとうございました、クウ」
クウにお礼を告げると、クウは再び配置へ戻っていった。
「ん…」
険しい山道を暫く進んでいると、不意にマールが鼻をスンスンと鳴らしながら空を見上げた。
「どうかしました?」
カイトの問いかけにマールは周囲を見渡している。
「雨が来る」
マールはそういうと側に立っていたカイトを掴んで抱えあげた。
「え!え?」
「クウ、シイロ、雨宿りできそうな場所を探せる?」
「わかりました」
クウとシイロは周りを見回す、ギムルも目を凝らして周囲を見ている。
「見つけた、この先に洞窟がある」
爬虫類の性質を併せ持つギムルは、瞬時に洞窟を感じ取ると、その先を指差した。
「おっけ!急ごう!」
マールはギムルの差した方向へカイトを担いだまま駆け出す、洞窟は程なくして発見された。それは洞窟というよりは洞穴に近い浅いものであった。
「魔物の巣か…」
ヒューゴは剣を引き抜くが、マールはカイトを降ろしながらヒューゴを止めた。
「大丈夫、ここを根城にしていた魔物は別の住処へ移ったみたい。僅かに匂いは残ってるけど…大丈夫そう」
マールはそういうと、無警戒に中へ入っていく。中は狭く食べたものだろう骨が散乱し、わずかな生活の名残が伺え、6人が入るにはやや手狭ではある。
「まあ、住めば都でしょ!」
マールはパンと手を叩くと土属性の魔力の輪を表すと、洞窟内部の土が激しく揺れてひっくり返され、中に散乱した骨などを瞬く間に地中深くへ混ぜ込んでしまうと、瞬く間に綺麗な土と変わり人が住める最低限の環境へ作り替えた。
「こんなとこかな?」
洞窟内部に入って行き、周囲を確認して風通しなどを仕切に確認している。
「焚き火はここかな?みんな、入って来ていいよ」
マールは焚き火の位置に小石を置き、入り口で待っていた全員を招いた。
「今日はここで野宿ですか?」
中に入りながらカイトが問いかけると、マールは頷く。
「うん、もうちょっとしたら結構強い雨が来ちゃうと思うから今のうちにご飯と寝床を準備しとかなくちゃね?」
マールはそう言いながらにこやかに笑い、自分の荷物を壁際へ放る。
「ヒューゴ、ちょっと外で乾燥した薪と、緑の木々を伐採して持ってきてくれる?クウは焚き火を作っておいて」
マールはパンと叩くと本来は、敵を貫くために使うロックスピアを生やすと、それを砕いて大小様々な岩を散乱させる。
「ああ、任せてくれ」
「わかった」
ヒューゴと頷いて外へ出ていき、クウは散乱した岩で焚き火の位置を囲うように置いていく。
「後は休んでていいよ」
マールはそう言い残すと背中の大剣を手にして引き抜くと、外へと出ていった。
「焚き火用の薪はここに置いておくよ!わたしはもう少し集めてくる」
入れちがうように帰って来たヒューゴが持って来た短時間で集めて来たとは思わないほどの大量の木の枝で入口を埋めた。
「とりあえず、火をつけましょうか?」
シイロは立ち上がり、ヒューゴの持って来た枝や木々を並べて火打石を擦って積み上げた薪に火を灯した。
「あ、もう火がついてたんだね!」
暫くすると、マールがそこそこ大きな魔獣を抱えて戻ってきた。一撃で首を刎ねられたのか鹿の様な生物に見えるが外観はよくわからない。
「いい子が取れた!この子、捨てるとこがない上に美味しいんだ!」
マールはニコニコとしながら鹿の様な魔獣を洞窟の脇で大剣を地面に突き刺しそれに引っ掛ける様に吊るす。
「カイト、ダガーナイフ貸して」
「はいどうぞ」
カイトはダガーナイフをマールに渡す。
「シイロ、お鍋出して?」
「え?あ、はい」
シイロは言われるがままに鍋を出すと、マールは魔獣の腹を裂き、出てきた内臓を鍋に入れていく。
「それ、火を通せば食べれるからがっつり焼いちゃって?」
「はい、わかりました」
シイロは焚き火のそばに鍋を持っていくと薪を火に焚べて火力を強めつつ鍋をおくために岩で火の周りを囲うと、その岩の上に鍋を置き、内臓肉に塩を振る。
「追加だ!まとめておくよ!」
ヒューゴは大量の木々を抱えて帰って来て入り口に置いた。マールに言われた通り大量の生木もある。
「ありがと!」
生木を持って来てどうするのかと考えたが、マールは焚き火に適さない生木を拾い集めると、落ちた木の葉を蔓や繊維を用いて丁寧に編みこみ簡単なカーテンの様なものにするとそれを使って入り口を塞いだ。
「成る程、これで吹き込む雨風を防ぐのか?」
ギムルは感心の声を漏らす
「そ、何もないよりはマシだし、これ結構あったかいんだよー?」
しかも、風通しが良いため洞穴の中で一酸化炭素中毒になる様なことはないだろう。
「うん、それに、こうしておけば死体モドキもよってこれないからね」
死体モドキ、洞窟や光のない場所に好んで生息するキノコだが、人間の死体を模倣する習性を持っている。人肉が好みで、就寝している冒険者を襲って生きたまま食べる、食べられたものは死体モドキのもつ神経毒により、意識を持ったまま自分が食べられる姿を見続けなければならない…恐ろしい植物である。
「なるほど、これは死体モドキが嫌う木の葉か?それの群生地だとは知らなかった…」
感心しながら落ちた葉っぱを見つめてからギムルはマールが編んだカーテンを見つめた。
「そういうこと」
マールはそう言いながらも大剣に吊るした獣から手早く毛皮を剥き、丸々とした肉にすると、部位に分けて切り分けていく。
「手慣れていますね…」
「これでも鍛冶屋の娘だからねー、狩猟した動物の解体や処理なら任せてよー」
鍛冶屋の娘は狩猟はしないと思うが…マールは切り分けた肉は全てシイロへ次々渡すと、残った毛皮を持ってカイトの隣に座って毛皮の裏面を広げた。
「シイロ、塩頂戴」
マールはシイロから塩を一握りもらうと、皮の裏側に振りかけてから塩を揉み込み始めた。
「何をしているんです?」
カイトが問いかけると、マールは得意げに狩った獲物の毛皮をカイトへ見せつけた。
「この魔獣の毛皮は高く売れるんだ!だからこうやって傷まないように生皮の裏側に塩を揉み込んで乾燥させとくの」
マールはニコニコとしながら楽しそうに生皮の裏側へ塩を揉み込んでいる。
「マール、鍋に水をください」
シイロは自ら持参したまな板の上で火を通した内臓肉を細かく叩きながら告げ、マールは鍋に魔術により作られた水を注いでゆく。
「内臓肉はそのまま食べた方が美味しいよ?」
そんなワイルドな食べ方はご遠慮願いたい。
「ふふふ、もっと安全でかつ、美味しい食べ方があるんです。ギムル、何かいい薬草はありませんか?」
先程採集したキノコを調べていたギムルにといかけると、ギムルは少し考えてから医療鞄の中から枯れた薬草を取り出す。
「少し待ってろ」
ギムルは草に回復術をかけると、枯れていた薬草はみるみるうちに生の薬草へともどり花を咲かせる。なるほど、彼はこうやって採取した植物を回復術で復活させて研究を行っているのだ、カイトの疑問はそこで解けた。
「鉄の国の街の中に生えていた薬草だ、苦味は強いが栄養豊富だぞ」
それ…雑草では?カイトの脳裏を良くない思考が走り抜けるも、シイロはそれを受け取り、薬草の匂いを嗅ぐ。
「んー?」
マールも気になるのか薬草の匂いを嗅ぐが、すぐに鼻を摘んで飛び退いた。
「うえ!!何これ…こんなの入れるの!?」
驚くマールの横で、シイロは叩いた内臓肉に薬草を混ぜてからさらに叩いて挽肉状にしていく。
塩揉みを手早く終わらせたマールは、生皮を地面に突き立てた大剣の持ち手に引っ掛けると器用に引き伸ばして乾燥させる体勢を作ると、興味深そうにシイロの横に行きその手元を見つめている。
「シイロ!これは何を作っているの?」
マールの問いかけに、シイロは得意げな顔をする。
「ふふふ、出来てからのお楽しみです」
そう言いながらも、鍋に注がれ焚き火の火で温められる水の中に、脊髄のあたりの骨を拾って中へ放り込む。
「うえ!?骨も入れるの!?」
「骨からはいい出汁が出るんです、クウ、このお肉達を串に刺して、焚き火で軽く炙ってください。
「わかった」
「僕もやる!」
クウと手伝いを名乗り出たマールは肉の塊を串に刺しては焚き火の側に刺して炙る。余分な脂が落ち、程よく焦げる香ばしい香りと、骨の煮えるなんとも言えない香りが立ち込め食欲を誘う。
「これなんの匂い?すごくいいにおいがする」
マールはスンスンと鼻を鳴らして幸せそうに顔を緩めた。
「さっき入れた骨の匂いですよ、いい感じに煮えて出汁が出てきたようですね」
「へえー!骨ってこんな匂い出すんだあ!」
そこでマールの腹の音が盛大になった。マールでなくてもこの匂いはそうなるだろう。
「お玉を下さい、灰汁取りはわたしが」
「お任せします」
シイロは鞄から木のお玉を取り出してカイトに差し出すと、カイトは水面に浮いた灰汁を掬いとり、捨てる。
「え!なんで捨てちゃうの?」
マールがショックそうに見ている。
「出汁を取る際に出る臭くて美味しくない汁がこうやって浮いてくるんです、それを取っているだけですよ」
カイトの説明に、マールは鍋の中を覗き込む。
「あ、ほんとだ…なんか色々浮いてる!これは悪いやつなのか…」
マールなりの解釈で納得したが、やはり目の前で灰汁を掬って捨てる行為には慣れないのか、少し勿体なさそうな反応を見せていた。
「クウ、炙った肉を鍋に入れてください」
「まだ中までやけてない」
クウの意見に、シイロは不敵に笑う。
「余分な脂を落とすのが目的です、それ以上焼くと硬くなりますよ?」
「むっ!」
クウはそう唸ると、肉の塊を次鍋へ入れる。
「はいどうぞ」
ある程度煮えた事を確認したカイトは出し殻の骨をシイロへ差し出した、シイロはそれを受け取ると、腕力でバキバキと砕いて中の骨髄を引き抜いて共に叩いた内臓へ加えて更に叩く。
「楽しそう!」
「やってみます?」
マールに包丁を差し出すと、マールはにこやかに肉を叩き始めた。その間に、シイロは焼かずに脇に置いていた小腸を手に取ると、マールの叩く肉に塩を降りかける。
「はい、そのあたりでいいですよ」
マールを制止し、叩かれた肉のペーストを丁寧に小腸へ詰めていきながら、見事な腸詰を作ると、くるくると綺麗にまとめていき、それを大事そうに絹の包みに包んでしっかり結びつけ。
「クウ、これを焚き火の下に埋めておいてください」
「え!?それ今食べないの!?」
「今食べるのはそっちですね、そろそろ野菜を入れていいでしょう」
シイロは乾燥野菜を鍋へ放り込むと、半分ほど残した挽肉を手のひらで丸めて団子にすると、鍋に放り込んでいく。
「楽しそう!僕もやっていい?!」
「はい、もちろんです」
マールはシイロの隣に行き、一緒になって挽肉を丸め始めた。二人が仲良く料理をする姿はどことなく親子の様にも見える。
「ふふふ…」
急にヒューゴが笑い出した。
「なに?なんかおかしい?」
マールはヒューゴを睨みつけるが、ヒューゴは首を横に振る。
「いやね、私は実のところ。引退するまではずっとあの城壁からは離れられないって思っていたんだよ。それがどうだい?今は仲間と一緒にこうして鍋を囲えるんだ…嬉しくて泣きそうだよ」
感傷的になるヒューゴは、本当に泣きそうにしているので、何か嫌味の一つでも言ってやろうとしていたマールだったが黙ってしまう。
「一緒にやる?」
「いいのかい!?やる!」
ヒューゴは喜び勇んでマールの隣に行き、子供のように好奇心で目を輝かせながら一緒に肉団子を丸め始めた。
そうして今晩の食事が出来上がる、しっかりと出汁を取って作られた肉団子と魔獣肉の鍋は、血抜きが不完全故に多少血生臭くはあったのだが、カイトにとっても暖かく、旨さを感じるほどだった。
食事を終えたタイミングで、マールの予期した雨が降り出し、激しい滝壺のような雨風の音がそとから聞こえ、マールお手製の木の葉のカーテンが揺れ動き、少し吹き込んだ雨が入り口を濡らし始める。
「マールの言った通りでしたね…」
その激しい音に耳を塞ぎながらもシイロはつぶやいた。
「よし!シイロ、せっかくの大雨だし天然のシャワーと行こっか!」
マールはにこやかに告げると立ち上がり、身につけた服や鎧を雑に脱ぎ捨て裸になる。
「ふふ、それもそうですね、では行きましょうか!」
この世界は女性も男性も裸になることや見られることに恥じらいは薄く、シイロも恥じらう事なく立ち上がると衣服を脱いで裸になる。
「シイロ!洗いっこしよ!男性陣は僕達が終わってからねー!」
マールはそう言い残すと石鹸を手に、シイロと共に洞窟の外へ出ていった。本来ならば反対するべきだろう、雨風をシャワーにするなど良いことでは無いはずなのだが…
「そうか、カイトはこの世界の豪雨は初か?」
「え?はい…そうですが」
「そうか、ならば…反応が楽しみだ」
そう告げるとギムルはニヤニヤとわらい、ヒューゴも意味深に笑った。
「カイト、きっと驚くよ」
クウも同じように楽しそうにいいながらも、マールが雑に脱ぎ捨てた衣服を丁寧に畳んで荷物の側へ置いた。
暫くしてマールとシイロがずぶ濡れで返ってくる。
「はー…良い気分〜」
「はい、運がよかったですねー」
マールは濡れた犬のようにぶるぶる身体を振るって身体の水気を飛ばしつつ、荷物の側へ行って中に手を入れ、タオルを取り出して体を拭う、そのまま替えの衣服を身につけ、クウによって畳まれた衣服を荷物の中にしまう。
「どうせなら洗って来ちゃった方がよかったかな?」
「洗うなら川のほうがよいです、明日水場を探して洗いましょう」
「ん!そうだね!」
そしてマールとシイロの視線がこちらへ向く。
「カイト達もいってきなー?すごくきもちーよ?」
マールは焚き火の側に大剣を移動させて突き立てると、濡れたタオルを掛けて、火で乾かしながら言われた。ギムルは立ち上がりなんの躊躇もなく脱いでしまう。それに習い、クウやヒューゴも特に躊躇なく脱ぎ始めた。
「え…ええ」
カイトも渋々裸になって外へ向かった。率直にいうとこの世界の豪雨は、現代の豪雨なんて比較にならないほどに激しいものだった、現代には滝に打たれる禊というものがある。カイトがイメージするのはそれだった。ならば洞窟の中に水が流れ込むのでは?と思われるがそんなことはなく、洞窟の脇を通るように雨水はながれている。降り続ける雨水は程よく生暖かく、現代人のカイトにとっても心地よく感じるものだった。これならば、清潔を保つ為と考えるならば、悪くはないのかもしれない。とはいえ当たり続けるのも良くないと考えるため、手早く身体を洗ったカイトはひと足先に洞窟内へ戻る。中ではマールとシイロが鎧や装具も身につけず、ラフな格好で各々好きにしている。シイロは余った肉に塩を振って火のそばに置いて干しており、マールはいつのまにか身につけた衣服を洗ったのか大剣の持ち手に吊るして干しており、焚き火の側で退屈そうに膝を抱えながらゆらゆら揺れていた。
「あ、おかえりー」
マールは帰ってきたカイトに気づくと、焚き火で乾かしていたタオルを投げる。
「ありがとうございます、まさか山の雨がこんなにも心地よいとは思いませんでした」
現代では雨で水浴びなど到底考えないのだが…これはこの異世界ならではのものだろう。カイトはそんなことを考えながら身体を拭い、鎖帷子の下に着込んでいる下着を着る。
「鎧などは身につけなくていいのですか?」
退屈そうに火を見つめているマールへ問いかけると、マールは一瞬考えるような仕草をする。
「んー?この洞窟内ならへーきだよ、ここにいた持ち主も多分そんなに強いやつじゃないだろうし」
それだけ言うと薪を一本手に取り焚き火に放り込む。
「シイロ!いい野草を見つけたぞ」
ずぶ濡れのギムルが帰ってきてシイロに詰め寄ると手にした薬草をシイロへ差し出した、当然裸である。
「この葉を煎じた茶は美味いんだ」
現代なら間違いなく事案だが、この異世界では裸には対した抵抗はないようだ。それの証拠に、側で退屈そうに揺れているマールやシイロも無反応である。
「良いですね、お茶を煎じますか」
シイロは裸のギムルに気にする様子はなく、焚き火で乾かされたタオルを差し出しながらも野草を受け取ると焚き火の側に避けられた鍋を手に取る。
「クウ、ちょうどよかった、少しこれに雨水を貯めて来てくれますか?」
ちょうど帰って来たクウに鍋を渡した。
「ん、わかった」
クウはそう頷いて戻っていき、入れ替わるようにヒューゴが帰って来る。
「クウは鍋を洗いに行ったのかい?」
そう言いながらもシイロから投げられたタオルを受け取り水に濡れた体を拭う。彼の身体は実に引き締まっており、無駄な筋肉が一切存在してはいない、現代のアスリート達もこぞってどうやってこの体を作ったのかと質問責めに会うことだろう。それほどにも、A級冒険者である彼の肉体は完成されていた。
「お茶の為の水を汲んでもらっているんです」
「ああ、成る程お茶か、それはいいね!」
ヒューゴは賑やかに自分の位置に行きラフな格好に着込むと地面に後座を敷いた、それはカイトが支持して持たせたものだ。
「ヒューゴ、もう寝る支度?」
マールの問いかけに、ヒューゴは頷く。
「ああ、もうやることもないだろうし…この洞窟なら寝ずの番は必要無さそうだ」
そういうとヒューゴは大きな欠伸をしながら横になる。
「え、そうなのですか?」
てっきり寝ずの番が必要だと思っていたカイトにマールが告げる。
「この洞窟に限っては寝ずの番は要らないよ、カイトも寝て平気、てか、君は僕達の中で一番弱いんだからやっちゃだめ。」
マールの純粋な意見に殴られ、カイトは少し落ち込んだ。そこで裸のクウが帰って来る、手には鍋一杯に入った雨水を抱えている。
「クウ!ありがとう」
シイロは鍋を受け取り火の上に置くと、水に濡れたクウをタオルでワシワシと拭いてやっている。その間にもギムルは、鍋の中にとって来た野草を放り込む。暫くして中の水が温まりお湯に変わる段階で蒸らされた薬草から柑橘の様な甘い香りが立ち込め始める。
「良い匂い!甘いやつ!?」
鼻の効くマールがスンスンと鼻を鳴らしながら薬草から出る甘い匂いにテンションが上がっている。
「残念だったな、苦いぞ?」
ギムルはそう笑いかけると、マールはなんともいえない表情になる。
「砂糖は持って来ていますよ?」
そんなマールに、シイロは自らのバッグから小瓶を取り出して見せた、そこには沢山の角砂糖が入っていた。
「やったぁ!三つ!三つほしい!」
流石に甘すぎではないか?とは考えたが、甘いものが好きなマールは自分のカップを取り出してシイロへ渡した。シイロはそのカップの中に角砂糖を二つ入れ、カランコロンと金属の弾ける音が漏れる。マールはお玉で鍋の中のお茶をカップへ注ぐ。
「うへへ!」
角砂糖が溶けていくのを見つめながら、楽しそうに笑みをこぼしている。
「カイト達もカップを下さい」
シイロに言われ、カイト達も各々の荷物の中から鉄製のカップを取り出し、受け取ったシイロはにこやかに鍋の中へ放り込みお湯を掬うと差し出して来た。
「ありがとうございます」
焚き火の火もあるためか洞窟の中は暖かく、豪雨の中でも寒くは無い。時折風が吹き込んでくるが逆に心地よいくらいではある。
「ヒューゴはどうします?」
「いただこう、私も甘い奴が欲しい」
既に眠そうにしていたヒューゴも、角砂糖とお茶を受け取る。カイトはそんなヒューゴ達を見ながら、カップのお茶を啜った、ギムルがお勧めした薬草のお茶は甘い香りでは考えられないほどに苦味は強いが…どこか落ち着く味わいだった。
「この薬草、美味しいですね。明日もう少しとって乾燥させておくのもありかもしれませんね…」
シイロはそんな事を呟いていた。
翌日、日が上ると共にカイトはマールによって叩き起こされ、行動を始める。足早に雨に濡れた山岳地帯を抜け、何処までも続く大きな平原へと辿り着く。
「草原ですか…」
カイトはマールにより作られた地図を見つめながら目的地の方針を決めかねていた。
「カイトみてみて!イノブタが沢山いる!!」
そんなカイトに、ツヴァイハンダーを地面に突き立てその上に器用によじ登ったマールがはるか遠くを見渡しながら叫んだ。イノブタとはこの世界に居る3m近い大型の魔獣で、その丸々と肥えた身体から取れる肉は非常に多い。何処にでも生息しているため砂の国では貴重な食糧となっている。ただ、何故この魔獣が何処にでも居るのかといえば、それは非常に不味いからである。肉に筋張っていて異常の硬さを有しており、脂に旨味も無ければ臭いもない、驚く程無味無臭なのである。その為、捕食生物や亜人達ですら滅多に狩らない程である。
「イノブタは持ち運べないので今はダメです、あと持ち運べたとしても美味しく無いので却下です」
「えー!?でも、ご飯は狩れる時に狩らないと夜は危ないよ?」
ぐぬ…フィールドワークではマールは一枚も二枚も上手でありぐうの音もでない。
「ダメなものはダメです」
「ケチー!」
拗ねた様子で唇を尖らせ、大剣から飛び降りた。マールはお腹いっぱいお肉が食べられるという理由であのイノブタが大好きで、ベルラートにイノブタ討伐依頼があれば率先して取りにいくほどである。事あるごとに大きなイノブタをとって来てはシイロを困らせている。
「イノブタは…私もちょっと嫌ですね。美味しく作れる自信がないので」
前を歩いているシイロも苦笑して言われ、さすがのマールも諦めたようだ。
「みんな贅沢だなーそれじゃあ大きくなれないぞ?」
と、一番小さいマールが言い放つ。ならお前は野菜を食え。と、いう言葉が口から出かけるがなんとか飲み込んだ。
「マールは野営が得意なんですね?」
見かねたシイロが十歩先から話題をすり替えると、マールはよくぞ聞いたと自慢げに胸を張る。
「ふふん!僕は小さい時ずっと爺様と一緒にベルラート中で修行していたからねー!!海を漂流した時に比べたら陸地は楽ちんだよー」
100%野生児の理由はそれか、ただ、その理由もある程度理解できてしまう、ビルドはマールが勇者である事を知っていた、その為、あらゆる環境下でも生き延びられるようにマールを連れ回して鍛えていたのだろう。
「その得意をもう少し色々な勉強にむけてくれれば…字は覚えて」
「うるさい!」
理不尽に激怒したマールにより尻を蹴飛ばされた。
そんなこんなで、カイトはしばらくの間、何も無い草原を進む、景色は良く、視界には大きな禿山が映っている、草原に道は無くさまざまな野生の魔獣が闊歩し自然を謳歌している。
「カイト!あれ見て!」
マールが背伸びをして遠くを見ながら叫んだ。見ればそこには現代の図鑑で見慣れた形の生物がいた。
「なっ!?」
カイトですら思わず感激で声をもらさせてしまう程だった。
その生物は、非常にデカかった全長は10メートル近くあり、その巨大な身体を支える大きな4本の足は歩くたびに大きな地響きを響かせる。もたげた長い首を伸ばして背の高い草木を貪っている。
「じゅ…獣脚類…?」
恐竜の図鑑で見たことのある巨大な草食恐竜によく似た生物がそこにいた。1匹や2匹なんてものではない、数十匹が群をなして移動し、木々のビュッフェを思う存分楽しんでいた。彼らが歩くたびに大地は揺れ動いている。
「大きいな…」
見ていたギムルが声を漏らし、ヒューゴも頷く。
「ああ、あれだけ大きな体をどうやって維持しているのだろうね…」
確かに、ヒューゴの疑問にカイトも頷く、彼らの巨大な身体を維持するには食糧となる草木が大量に必要な筈、それを補うにはあの程度の木々を食うだけでは足りない筈である。1匹だけならいざ知らず群れでの行動ともなれば。
「まさか…」
この草原が草原となった原因は彼らなのでは?そう考えながら、群れの中には一際大きな姿も見える。おそらく、あれが群れのリーダーだろう。
「カイト!一匹狩ってもいい?」
リーダーを見たマールは、狩りたくてうずうずしているようだ。リーダーを狩る気かこの野生児は…
「せめて荷馬車がある時にしてください」
もっとも、あれ一匹でどれだけ大量の荷馬車が必要になるかわかったものではない。
「ええー!僕が引きずってあるくからー!」
「それはそれで倫理観的によくないのでやめて頂きたく…」
「カイトのケチ!」
マールは拗ねた様子でツンと唇を尖らせ後頭部に両手を置くと、さっさと歩いていく。カイト達を驚かせたのはそれだけではない、草原にはありとあらゆる生命に溢れていた、カイトが恐竜図鑑で見ていた恐竜によく似た魔獣がそこかしこに闊歩しており、草を貪って居る、時折食事をして居る肉食魔獣にも出会い飛び出して行こうとするマールを止めつつも、カイト達一行はそのまま地図を作りながら広大な草原をひたすら歩き続けた。時折休憩を挟み、シイロが昨晩作った肉詰めの蒸し焼きを頂いた。
「これすごい!毎日食べれる!」
肉詰め自体はベルラートにもあったが、やはり味覚が現代人に近い花の国出身であるシイロの味付けは絶品であった。ギムルの薬草が良いアクセントになっており鼻を抜ける薬草の香りが心地よく口へ運ばせる。
「ねーしいろー!今晩もつくってよー!」
マールはそれが相当気に入った様子で、シイロの腕に絡みついてはおねだりしていた。
「楽しくて美味しいなんて最高だね!」
ヒューゴもにこやかだ、彼としてはまた肉団子を作りたいだけなのかもしれないが。
さすがに森の反対側に位置する方角でエルフ達の姿はなく、やはりエルフ達は外交をせず、森付近にある人の街に依存していたようだ。当初予想されていた亜人との戦闘も特に無いまま歩いていると。
「カイト、そろそろ寝床の準備をしよう」
唐突にマールが空を仰ぎながらクンクン鼻な鳴らした。おそらく日没を感じ取ったのだろう。
「まだ空は明るいよ?流石に早すぎやしないかい?」
ヒューゴの意見を聞き、マールはカイトに目を向ける。
「君もそう思う?」
「いえ、私は野外での知識は無いのでマールに任せます」
カイトの言葉を受け、マールは満足そうに頷いた。
「よろしい!しかし、寝床かあ…」
マールは辺りを見回した、周囲は見渡す限り草原であり見晴らしがよく隠れるには向かない。野生生物が多く、肉食性の生物は見えない。
「夜行性なだけ、夜になったら危ないかもね」
カイトの思想を読み取ったマールはそう言いながらも一本の木を見つける。そこはあの巨大な草食恐竜がうまそうに食事をしていた背の高い木の根本である。
「あそこにしよう!」
スキップするかのように、マールは目的地へ向かう。
「ここは、安全なのですか?」
クウが木を見上げながらマールに問いかけると、マールは首を横に振る。
「ぜんぜん!!」
カイトは思わずずっこけた。
「なんでここを選んでだのですか!」
カイトの反論にマールはドカリとその場に背負っていたリュックを投げ捨てる。
「こんな草原じゃ、どこでもいっしょってこと。とりあえず燃えるものを集めといて?僕は今晩のゴハンとってくるから!」
「あのデカいのはだめですよ?」
カイトに釘を刺され、やる気満々だったらしいマールは渋い顔をするので、カイトは敢えて付け加える。
「私は、あの大きいやつの周りを走り回っていた足が速くて首が細いやつが食べたいです、常に走り回っているなら美味しいのではないかなと」
それを聞いたマールは一瞬考えるが、頷くとにこやかな笑みを浮かべ、ドンと胸を叩く。
「任せといて!しかたないなー、カイトが食べたいならとって来てあげるよー!」
そう言ってマールは草原の向こうへ走って行った。
「昨日の塩漬け肉も残っているのにまた狩りにでるんですか?」
シイロの疑問にカイトは大きく頷く。
「私は冒険者は一度の食事量が多いですからね。我々六人の大所帯を考えると、取れる余裕がある間は取った方がいい。野菜の量にも限りがありますのでね」
「カイト」
唐突に呼ばれて振り向くと、木の上にいたギムルがスルスルと降りて来た、彼の手には草食恐竜が食べていた草が握られて居る。
「彼らの食事がわかったぞ、これを見てくれ」
その葉っぱの根本には小さな種のようなものが沢山付いていた。それは…
「豆ですか?」
カイトが聞くとギムルは大きく頷き、その一粒を手に取る。
「ただの豆じゃない、この一粒に相当なエネルギーが蓄えられている」
「我々が食べたら一粒でお腹いっぱいになる魔法の豆になったり?」
「エネルギーが過剰すぎるな、こんなものを食べたら我々レプテリアンですら腹を壊す」
つまり、この植物はあの巨大恐竜に食べさせる為に、この豆を実らせて居るということだ。なんのために?
「簡単な話だ、あの豆の中には種がある、消化されずに残った種が糞と共に放り出される。つまりはあの恐竜を使って子孫を幅広く広める戦略なんだろうな」
恐竜達は身体を維持するに充分な栄養を得て、植物達は恐竜達を使って子孫を繁栄させる、素晴らしいサイクルである。
「カイトー!」
そう褒めていると、マールが慌てて帰ってきた。いつもの彼女なら獲物の1匹は担いでいそうだが、何も担いではいない。
「どうしました…マール…?」
マールは人を二人連れていた、黄金の瞳に爬虫類の顔、ギムルと同じレプテリアンである。
「同族か」
熱心に豆を調べていたギムルはそう呟くと立ち上がり、マールの連れてきたレプテリアンの二人も驚いたような顔をする。
「驚いた、同族が人と旅をしているのか?」
「人は恐ろしい生き物と聞いていたが…」
二人のレプテリアンはボロ布の上下に身を包み木に尖った黒曜石を縄で括り付けただけの石槍を手にしていた、見たところ冒険者ですらない。
「カイトの言ってた獲物を探して走っていたらこの人達があのでかいのを狙っていたところにであったの、危ないからやめさせようと声をかけたんだけど…」
マールはそう言いながらも口ごもり二人のレプテリアンを見上げた。あの巨大な生物を仕留めようと狙っていたところを偶然マールに見つかり、ここへ連れてこられたのだろう。
「マール、外の事柄に介入するなってアジルさんの言葉をわすれたのですか?」
カイトはやんわりとマールを注意するが、マールに悪びれる様子は一切ない。
「仕方ないじゃん!人が困ってるんだよ?」
「はあ…全く貴女という人は…」
カイトは諦めてレプテリアンの二人に顔を向ける。二人は不思議なものを見るような顔をしてカイトを見つめていた。
「私はカイトと言います、よろしく」
カイトは笑顔を浮かべて手を差し出す、レプテリアンの二人はその文化には不慣れなのかギムルに顔を向けた。
「心配しなくていい、人種の定番の挨拶だ。握手という」
レプテリアンの二人は頷き、右の方が出てきてカイトの手を取る。
「俺はサリム、こっちはリジーだ」
力強い握手を交わし、お互いのメンバーを紹介しあった。サリムとリジーは村の状態を事細くカイトに伝えた、彼らはこの近くの村の生まれであり、彼らの村では現在作物の不作による飢餓に見舞われ、三日は何も食べていない状態が続いているのだという。
「成る程、大体事情はわかりました」
「カイト!助けてあげよう!」
少し黙っていてほしい…カイトは苦笑しながら口を開いた。
「では、取引きをしましょう」
取引きの言葉に二人のレプテリアンは顔を見合わせ訝しむような顔をする。
「ご心配なく、お金を寄越せなどとは言いません一晩あなたの村の寝床を貸していただきたいというだけです、それと彼女が狩る食糧の分け前は我々もいただきます」
カイトの提案にサリムとリジーは首を傾げた。
「そんな事でいいのか?」
二人は都合が良すぎると不安そうにしている。
「心配はいらない、カイトとマールは私の【ヤンマー】だ」
ギムルが【ヤンマー】と言った瞬間、二人のレプテリアンは安堵のため息を吐く。
「ヤンマー…とは?」
カイトが聞くと、ギムルは照れ臭そうに顔を逸らす。
「レプテリアンの言葉で良き人、良い友人という意味だ」
「よし!!そんじゃああいつは狩っていいんだよね!?ね!?」
マールは居ても立っても居られない様子で興奮している。
「はい、いいですよ。それと、先程私が言ったやつもついでに頼みます」
「あはは!任せてどっちもとって来てあげる!」
終始マールはニコニコだった、そうしてカイト達は一先ずはサリムとリジーに案内され、彼らの村へとたどり着いた。レプテリアン達の村は大きな川の横にあった。カイトはもっと原始的な村を想像していたが、それなりの規模がある、驚くことにレプテリアン達は高度な技術力を有していた、何よりカイトを驚かせたのは、村の周囲を囲う外壁である。
「…これは?」
カイトは壁に触れ、その材質の感触に驚愕する。
「モルタルだ…」
どうやってセメントを手に入れたのか?側に火山があるのだろうか?それ以前にモルタルの外壁で村の周囲を取り囲むだなんて、まるで要塞を思わせる様相を見せている、外を闊歩する危険な恐竜達を見ればこの外壁で村の全方位を囲むのは難しい合点がいく。
「その壁が珍しいの?」
「はい、これはモルタルと呼ばれる材質です。現代でも防衛拠点や要塞の外壁に使われていたものです」
「ほへー…カイトの世界でも使われてたものなんだ…」
マールは一瞬無表情になる、ひょっとしたらこの村には転生者がいる可能性がある事を察した可能性はある。
「珍しい壁なのか?」
サリムが問いかけて来た。
「はい、とても素晴らしい壁です」
カイトの言葉にサリムとリジーは顔を見合わせてから誇らしげな顔をする。
「人種に褒められる事があるとは思わなかった、我々の先祖達が長い年月をかけて築き上げた自慢の壁だからな…と、この話はまたの機会にして欲しい」
「そうですね、失礼しました」
サリムはすぐに背を向け、大きな両扉の門を開けると中にカイト達を中へ案内した中には川から引かれた水路が引かれており大きな畑がある、彼らが言った通り、畑は悲惨な状態になっていた。家屋は小さなものが六つと一際大きく立派なものがある。全て木造りの上に茅葺きの屋根が付けられたものだった。
中央は祭事に使うものなのか、大きな石の祭壇が設けられていた。
「…これは思ったより深刻だな…」
「はい、そうですね」
ギムルの呟きにカイトも頷いた、村には複数人のレプテリアン達がおり見慣れない来訪者を好奇な目で見ていた、その誰もがやつれてしまっている。
「カイト、彼らには一刻も早い食事と救護が必要だ、許可をくれ」
カイトは快く頷くとシイロを見た。
「許可します。シイロ、炊き出しを行ってください、今ある保存用の食糧も使って大丈夫ですので」
「はい!」
カイトの指示にシイロは頷くと全員はすぐ様荷物を下ろして祭壇の側にまとめる。
「サリム、リジー、長に許可をもらって来てくれ」
「ああ、わかった」
サリムは頷くと走って立派な大きな建物へ入っていく。マールはシイロが用意した鍋に魔術による水を並々注ぎ、クウとヒューゴは手分けして素早く焚き火台を用意すると、シイロは全員の携行食糧を惜しみなく全部を鍋の中へ入れる。焚き火がついたタイミングでサリムが帰ってくる。
「長から滞在と炊き出しの許可をもらった、順序が前後してしまったが、よろしく頼む」
「そうと決まれば早速いくよ!リジー、サリム!」
マールは早速彼らの名を呼ぶと、サリムとリジーを連れ村の外へと走っていく。
「私たちは薪を集めてこよう、クウ、いくよ」
「わかりました」
ヒューゴはクウを連れて村の外へ出ていった。
「わたしは村人達の状態をみてくる、三日も食べてないとなれば健康状態が心配だ…」
「はい、お任せします」
ギムルの提案にカイトは頷くと、ギムルは直ちに走って行った。さて、自分は…と手持ち無沙汰にしていると。
「カイト、灰汁取りをお願いできますか?」
「わかりました」
カイトはシイロからお玉を受け取り、携帯食糧のごった煮の灰汁取りを始めた。鍋の水が焚き火により温まるに連れていい匂いが立ち始め、それにつられた村のレプテリアン達が次々と顔を出し始めた。
「みな、すぐに食事ができる。もう少し待って欲しい」
ギムルが全員に言い聞かせると、飢えた彼らはゆっくりと頷いた。
「ギムルさん、どうでした?」
カイトの問いかけにギムルは渋い顔をする。
「飢餓状態は本当だ、リジーとサリムに僅かな食糧を渡して彼らの狩猟に全てを託していたようだな」
彼らがガリガリにやつれていなかったのはその為か、とカイトは納得し、ギムルに問いかける。
「食事を消化する体力はありそうですか?」
「?…どういう事だ?」
ギムルは疑問そうに首を傾げた。
「絶食が続いている人に一気に食事を与えると死んでしまうんです。我々人種はですが…」
昔、豊臣秀吉が兵糧攻めにより飢えさせた兵士たちに降伏させたのちにお粥を振る舞ったのだが、飢えた兵士達はそれを一気に食べた事により死んでしまったとされている。
「ふむ、人種でそうならレプテリアンも変わらない可能性はあるな…ふむ」
ギムルは小さく頷く
「シイロ、彼らの食事は粥にします、野菜は強火で煮崩して下さい」
「へ?はい!わ、わかりました!」
シイロはクウとヒューゴが持ってきた薪を全部焚き火に焚べて火を強め始める。
「カイトー!取って来たよー!」
そこでマールの声がして振り返ると、驚くべき事にマールは、彼女自身の言っていたように仕留めた10mはあろう巨大な獣脚類の草食恐竜を自力で引きずって来ていた。
「本当に引きずってこれたんだ…」
本来なら荷馬車が必要と思われていたのだが…それだけではない、マールと一緒について行ったリジーとサリムも頭の上に恐竜を掲げている。巨大な首長竜に比べればだいぶ小さい肉食のもののようだ。恐らく襲いかかってマールにやられたのだろう。
「ごめん、カイトの言ってた奴はとれなかった」
マールは少し悔しそうにしていた。
「随分デカいですね…」
思わず声を漏らしてしまう、側で見ればその馬鹿げた大きさにである。
「でしょー?こいつ、すっごく強かった!僕の一撃にも踏みとどまって反撃して来たの!仕留めるのに二撃も掛かるだなんて思わなかった…痛い思いをさせちゃったなあ…お肉に血が回っていなければいいけど…」
二撃で倒したのなら十分に凄いのだが、実に悔しそうにマールは語る。見れば確かに仕留められた彼の首には二つの大きな切り傷があった、一撃目はおそらく骨に止められたのだろう、浅く切り裂かれて骨が見えている。決め手となった二撃目は、おそらくツヴァイハンダーの上の持ち手を使って強引に押し込んで骨ごと断ち切ったかのように骨ごと切り裂かれている。
「そっちのは?」
「うん、群で来て僕たちの獲物を横取りしに来たの。サリムやリジーにも襲いかかって来たから、とりあえず一匹切り倒したの、諦めがわるくてさ、全部殺しちゃうのは流石に可哀想だし、仕方ないから尻尾部分はあげちゃった」
恐竜相手に何をしているのやら。
「そういう時は内臓肉の方がいいのでは?」
「内臓は美味しいし、栄養満点なんだからダメ!」
昔の猟師は新鮮な内臓をその場で生で食べたりしていたという話を思い出した。
「マール!ちょうどよかった、魔術の火を下さい!火力が足りなくて!」
「ええ!?今からこの子捌くんだよ!?」
「お願いします!!」
シイロがマールの手を掴んで引っ張っていき、そこで自分が注目を浴びて居る事に気がつき、人集りに目を向ける。
「わ!ギムルがいっぱい!!でもみんなやつれてる?ちょっと待っててね!」
彼らの表情から、状況を察したようだったマールは手を叩くと赤い魔力の輪を出すとそこから大きな炎を作り出し、それを焚き火の下へ投げ入れた絶えず、魔力が尽きない限り燃え続ける魔力の炎の火力は凄まじく、直ぐに水が沸騰を始めた。
「これでよし、直ぐに解体に取り掛かるからね!」
マールは全員に聞こえるように叫ぶと、背中のツヴァイハンダーを引き抜き巨大草食恐竜の解体に取り掛かった。マールは力強く一振りを振るうと、その巨大な腹を横一文字に切り裂き、巨大な体を支える内蔵器官がすべりでてくると引っ張り出す。
「サリム、リジー!動ける人達を使ってこれを持って行って!」
「ああ!」「わかった!」
サリムとリジーは直ちに村のレプテリアン達を呼ぶと、全員でマールの引っ張り出した内臓を持っていく。
「これは…凄いな」
そこに薪を抱えたヒューゴとクウが帰って来た。
「ヒューゴ!ちょうどよかった!解体したお肉渡すから、切り分けてくれる?」
「わかった、どう切ればいいのかな?」
ヒューゴはにこやかにマールの側へ行き剣を抜くと、マールは大剣を抜いてから傷口から腹の中へ入っていくと、瞬く間に巨大な身体を部位毎に分けていく。
「ヒューゴ、お肉のブロックを骨にそって切り裂いてくれる?こんな感じで」
マールはそう言って大剣で切り分けたブロックを骨毎に切り分け始めた。
「ああ、成る程!わかった!」
ヒューゴは、マールが実演した通りに肉のブロックを切り分け、スーパーに並ぶ切り身のようになっていく、その倍はでかいのだが…。
「肉質がだいぶ硬いな、この肉はしっかり煮込んで柔らかくしないと、飢えた彼らの胃袋では破けてしまうだろう…」
ギムルは、ヒューゴによって小分けにされたブロックを拾い上げ、肉質を確かめている。先程カイトが教えた事が気になるようで心配そうにしていた。
「ギムル、こっちにお肉を下さい、それだけの量なら3切れもあれば十分です」
ギムルにクウもヒューゴが切り分けた肉のブロックをシイロに持っていくと、シイロは腰の刀を抜いて肉ブロックを更に細かく刻んで鍋へ入れていく。
そこへ、サリムとリジーに手を引いて連れられた小柄な老人がやって来た。彼は恐らくこの村の長だろう。
「カイト殿、長が話したいそうだ」
サリムに呼ばれ、カイトは長の側へいくと、長はブツブツと何かを呟くが、カイトには聞こえないほどに小さい。
「おじいちゃん、お腹減って喋れないんでしょ?シイロ、ちょっともらうよ!」
マールはそういうとドロドロになったシチューのような鍋の中に木の器を放り込んで掬い取るとそれを長の前に持って行き雑に渡す。
「ほら食べて、お礼とかは助かってからにしな!みんなも器持って来て!シイロがじゃんじゃん作るからバンバン食べちゃってよ!!」
マールはにこやかに、そして高らかに告げた。そんな彼女を、レプテリアンの人々はどう見たのかは分からないが、次々に彼女に頭を下げそして各々が木の器を持って来て盛大な食事が始まった。
「一気にかっこむなよ、焦らなくてもたくさんある、今は食事に体をならすんだ」
ギムルは食事するレプテリアンの仲間たちにゆっくりの食事を促しつつ、前を歩いて行こうとするマールを掴んで引き寄せた。
「わわ!ギムル、なに?」
マールはきょとんとした上目遣いでギムルを見上げると、ギムルは普段では絶対にしない顔をしながら彼女にしか聞こえない声で静かに伝える。
「間違えても彼らに、お前が勇者であることは伝えるなよ…」
「へ?なんで?」
マールは更にきょとんとして首を傾げて見せた。
「レプテリアン達にとって、勇者は信仰すべき神なのだ…つまり…」
その言葉にマールは察した。
「わ…わかった…」
「マール、内臓肉を切り分けてください!こっちで火を通したいので!」
「ほいよー!今行く!」
ちょうどいいタイミングで、シイロに呼ばれマールは元気に走って行く。マールは手にした大剣で内臓を雑に切り分けると、シイロはそれを腰に下げた刀で更に小さく刻んで鍋に放り込んだ。マールはなにも言われずとも魔力の水を鍋に注いで注げたし、焚き火の上に焚べた。
「さあーて、一番の大仕事をやろっかあ…」
マールは大剣を地面に突き立てると魔術の杖を取り出し巨大な大腸の前に立つ、大腸は既に異臭を放っており中身もぎっしりと詰まって居るようだった。
「マール、ここでは開かない方が良い。こっちだ」
ギムルはマールと大腸を畑の方へと連れて行った。
そうして居るうちに空が暗くなって来て、レプテリアンの広場に松明の火が灯り明るく照らされる。レプテリアン達は人種とは異なり空腹が満たされるとすぐに元気を取り戻し、自ら率先してマールが取ってきた草食恐竜の肉ブロックを焚き火の火で焼いて食べ始め、痩せ細り死にかけていた彼らは見違えるようにもりもり大きくなって行く。人種からすれば大きな方のギムルが常々自分を小柄な方だとよく言っていた。あれは冗談ではなかったのだとカイトは骨身に染みることになる、まさにその通りである一般的なレプテリアン達は実に屈強な体付きをしていた。若いサリムやリジーでさえ、ゴリゴリのマッチョに生まれ変わっている。先程までサリムとリジーに連れられてようやく歩いていた村長ですら、今はもりもりの筋肉に包まれ威厳のある顔つきとなっている。村長は両手に肉ブロックを手にむしゃむしゃ齧りついている。
「おーみんな二回りはおっきくなった?」
そこへ、マールがギムルと共に帰ってきた。
「ええ、みなさんもうすっかり元気で…今は自らお肉を焼いて食べてます」
やりきったシイロが疲れた様子でやってきてその場にへたり込んでしまう。
「一先ず大丈夫そうなら、僕達もご飯にしよっか?」
マールはそういうと、肉の山になった草食恐竜の脇によけて吊るされてあった小型の肉食恐竜を持って来る。いつのまにか血抜きをしていたようで、腑も抜かれている。
「す、すみません、今…」
「いいよ、シイロは休んでて?これはそのまま焼いて食べちゃうから」
そう言ってマールは立とうとするシイロを座らせると空になった鍋に雑に切り分けた肉食恐竜の肉を放り込み魔術の炎で燃えたぎる焚き火に焚べた。魔術の炎の火力により直ぐに焼けた肉が今晩の食事となった。肉食恐竜の丸焼きはお世辞にも美味しいものでは無かった。血抜きのおかげで血生臭くはないが独特な臭みがあり肉は筋張っており硬い。
「カイト、どうかしたの?」
カイトの反応にマールは気になったのか、彼女はカイトの倍もある肉の塊を両手に持ち、強靭な顎で筋肉質で筋張っている肉を齧りとり、飲み込みながらも問いかける。
「いや…その、なんていいますか…」
「あっ!わかった美味しくないっていいたいんでしょ!」
カイトの反応からマールは察したようだ。
「悪かったね!シイロみたいに料理が上手じゃなくてさ!!」
実に不愉快そうに言いながら自分の肉を齧り取る。
「すみませんマール、そうではないんですよ」
素直に謝るが、マールは訝しむような顔をしている。
「…はあ、この村のレプテリアン達があんなにも飢えていた理由を考えていたのです」
美味しくないというのも本当ではあるが、カイトの考えはそちらへ向かっていた。
「周りが危ないからじゃないの?今日狩ってきた魔獣達は冒険者じゃないただの人で相手するのは多分無理だよ?」
「その通りです、無理なんですよ」
カイトの返答に、マールは理解できていない様な顔で首を傾げた。可愛いね、バカがよ…すると隣で話を聞いていたクウがはっと息を吸う。
「彼らは長い年月、ここに住んでいるのですよね?あの立派な壁を長い年月をかけて作り上げたと言っていました…」
「正解です、数日数週前に彼らはここへやって来たわけじゃないんです。彼らの身につけている衣服はボロボロではありましたが、この地域の魔獣の皮をつかったものに見受けられます…ならば、どうやってそれを手に入れたのか?です」
「狩りではないのですか?」
その問いに、シイロは屈託なく答えた。
「マール、サリムとリジーは狩りが上手でしたか?」
その言葉にマールは首を横に振る。
「ううん?全然!」
はっきりと言うマール、聞こえていたのか遠くでリジーとサリムの肩から力が抜けたのが見える。
「そうだな、この村にはハンターがいない」
ハンター?現代では猟師の意味ではあるが、ギムルに全員の視線が集まる。
「レプテリアンの村には必ず二、三人ハンターと言う冒険者になったものがいるはずなんだ。これだけの規模や危険性を見るに4、5人は居そうだが…」
「それは、私がこの村のハンター達を近くの国へ出稼ぎに出してしまったからだ…」
急に声をかけられ、そちらへ目を向けるとそこには大きな身体のゴリマッチョとなった村長がいた。威厳たっぷりな眼光を光らせカイトへ向ける、その威圧感に思わず息が詰まりそうになってしまう。
「旅の方、我が村の窮地を救って頂いたことを感謝する」
「気にしなくていいよ爺ちゃん、困ったらお互い様じゃん?」
礼節なくマールはケラケラ笑いかけた。
「マール、もう少し口調を…」
「よい、リジーから聞いた、そこの娘さんがあの巨大草食魔獣を仕留めて来てくれたのだろう?ならば我々は彼女に命を救われた様なものだそれに、レプテリアンの村ではその方が良い」
「レプテリアンの文化では目上であっても敬語を用いないのが礼儀だからな」
村長の言葉尻にギムルが付け加える。村長はギムルにも目を向ける。
「お前はどこの部族の出だ?」
「…私は緑眉一族の出だ」
緑眉一族?ギムルの発言にカイトが注目すると、それを見ていたギムルが口を開いた。
「レプテリアンは長の特徴的な部分を部族の名前に付けるんだ」
「緑眉眉一族…知らん部族だな、何処から来た?」
「あの険しい山の先だ…」
ギムルは自分達が来た道の先に聳える山を指差した。
「なんと…あの山の先は亜人に滅ぼされたと聞いていたが…そうでは無かったのだな?」
「人種は堅牢な城壁を築き、亜人達を受け止めながらも持ち堪えていたのさ、緑眉の我々はその時期にベルラートへ移住したらしい、詳しくはわからないが…」
「成る程…そうであったか」
長はそう言いながらもカイトの前にどかりと腰掛けた。
「脱線してすまなかった、恩人よ…どうか許してほしい」
長は深く頭を下げると、金色に輝く瞳をカイトへ向けた。
「話を聞かせていただけますか?」
カイトの言葉を受け、長は小さく頷くとゆっくりと語りた。
「君が察したとおり、この村には防衛と狩猟を担当する屈強なハンターはいたのだ。しかし、ある日あの山の先から特使を名乗る人種がやって来た、我ら部族は来訪者を拒まない我々は彼を客人としてもてなし話を聞いた…奴によれば、この村の近くに大きな国があり、その国を開拓するのに屈強なレプテリアンの冒険者が必要だと言って来たのさ…破格な報酬を提示してな…」
長が手を掲げると、リジーが何かを持って来る。長はそれを手にするとカイトへと手渡して来た。
「…こ…これは」
それは、明らかに紙であった…それを束ねたメモ帳であるのだ。この世界にあるはずの無いものである。
「…それはメモ帳というらしい、特使を名乗った男が我々に譲ってくれたものだ、それに契約を書くために使うのだと言ってな」
「……」
カイトは直ぐにメモ帳を捲り中を見る、そこには破格の条件の報酬の文面が並び、そして下に見慣れた文字が書かれていることを確認する。
「長、この下に書かれた文字がわかりますか?」
「?…サインか何かだとやつは言っていた」
「これは、異世界の言語です。日本語と言います」
ニホンご?全員がカイトに注目する、そうこの世界に日本語は存在しない、文字は全てこちらの世界の言葉や言語で書かれているのだ。だからこそ、レプテリアンは愚か、この世界の誰であっても読めないものであることは間違いない。
「カイト、それ、なんで書いてあるの?」
ある程度察してはいるのだろうマールが煮え沸る怒りの形相でカイトを睨んでいた。
「嘘だよバーカ…です」
「爺ちゃん、その国何処にある?」
マールは弾ける様に長に問いかけた。
「マール、待ってください」
「他所の出来事には介入するなって言うんでしょ?悪いけどこれは譲る気ない、僕は…」
「違いますよ、だから座って下さい」
「……っ、わかったよ」
マールは分かりやすく舌打ちをすると、その場にどかりと音を立てて座り腕を組む。
「我々は他国の出来事に介入はしません…」
カイトのその言葉を聞いた瞬間、マールはため息を吐きだして立ち上がる。
「ですが、転生者が絡んでいるのであれば話は別です」
カイトはそう言って長に目を向ける。
「国の場所を教えてくれますか?」
長は不思議な気分を味わった、何故かは彼にはわからないが、カイト…この一番弱そうな少年が、この中の誰よりも恐ろしいと肌が感じていたのだ、不思議と少年の視線から醸し出される圧に心臓を鷲掴みされた様な感覚になる。
「な、何をするつもりだ?」
圧に耐えかね、思わず問いかけた長に、カイトはにこやかに笑いかけた。
「…国を一つ滅ぼすだけですよ」
次回は少し早めに上がるように頑張ります。




