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2の4 切断公の到来

お待たせしました、今回は若干グロ注意です

魔術学園での短期留学を終えたマールとカイトは、ベルラートへの帰還を果たした。フィオレは最後の最後までマールに残って欲しかったようで無駄な抵抗を続けてはいたが、今に至る。そして今は久しぶりのクランハウスでの朝の日課の最中である。


「カイトー!!おそいぞー!!」


魔術学園での一ヶ月で、体が鈍ってしまったらしいマールは、ベルラートに戻るなり過酷過ぎる体力錬成スケジュールを組んでいた、前を走るカイトの尻を蹴飛ばす足にも力が入る。ぬ


「マール!…ハ…はぁ…手加減して…」


「何言ってんだぁ!魔術学園では散々サボったんだからダメ!!今日は後3周するからね!!!ほら、走れー!!」


マールはきゃんきゃんと甲高く叫びながらカイトの尻を蹴飛ばした。カイトの速度に合わせたら負荷が足りないようで、実家である鍛冶屋の店先に並んだ重装備な鎧兜を勝手に拝借して身につけ、大きな盾を背負い、土が入った土嚢袋を両手に抱えている。それでもまだ足りないと言いたげで全速力で走っているカイトの背中に息一つ切らす事なく汗の一滴も流す事なくついて来ている。そうして、数時間もかけて朝の過酷な日課を終えクランハウスの大きな門前でカイトは倒れた。


「ふう、おつかれさま!」


ようやく満足できたのか、マールはにこやかに入り口で倒れたカイトを掴んで通行の邪魔にならないように端に転がした。


「カイト!あんまり寝てないでね!邪魔だから」


マールはそう言いながらも機嫌良さそうにサッサっと敷地内へ入って行くと、数刻もしない間に武装して帰って来る。


「ゲイツ!ゲイル!アンネマリー!遅いぞー!!」


その背後には重装備に大盾を背負い、槍を手にした三人がマールを追いかけて来た。


「マール殿!少しペースを…コレでは現場に着く前にばててしまいます」


恰幅のいい男、ゲイルが弱音を漏らし、隣を走る長身の男、ゲイツが頷いている。


「うるさい!君達が依頼をこんなに貯め込んでいるのが悪いんでしょ!!急がないと全部やるまでに日が暮れちゃうんだから!」


「ぜ…全部ぅ!?」


ゲイルとゲイツは顔を青くし、アンネマリーも苦笑を漏らした。


「当たり前でしょ!よし、まずは集落の住み着いたコボルトの掃討からね!」


マールは足取りの重い三人を引き連れ、ギルドの依頼消化へ向かった。


「カイト、無事?」


クウがやってきて倒れたままのカイトを気にかけた。


「クウ!カイトなんてもやしはほっといて良いの!」


「え?は、はい、わかりました…マール」


クウは心配そうにカイトを見ていたが、やってきたマールに手を引かれて連れて行かれた。


「何をやっているんですか?貴方は…」


マール達が出て行って暫くすると、突然、入り口で倒れていたカイトに誰かが声をかけてきた。カイトは仰向けになると、そこには少女がいた。緑の長い髪をポニーテールに結び、鮮やかな青いマフラーを巻いている。


「え!エイレーンさん??」


カイトは跳ね上がるように起き上がると、エイレーンはカイトの手を掴むと引き起こした。


「ありがとうございます、エイレーンさんはこんな所で何を?」


見ればエイレーンは制服は着ておらず、汚れてもいい茶色のフードがついたロングコートのような上衣を身につけていた。下には絹による純白な上下を身につけ見るからに上流階級を感じさせる装いをしている。


「学校は先日、退学してまいりました」


エイレーンは澄ました顔で告げてきた。彼女はカイトの反応を待たずに続けた。


「マールに誘われたのです。もっと強くなりたいなら、学校なんて辞めてギルドに所属し実戦を経験するべきだと。それで、この場所が描かれた地図を渡されまして」


エイレーンはそう言って肩から下げたポーチから一枚の紙を取り出し、カイトへ差し出した。それは自分の字で描かれたものである。


「ん?…ああ…あの時の」


それは、短期留学期間を終える数日前、マールから唐突にクランハウスへの行き方を聞かれたので紙に記して渡したのだ。珍しいこともあるんだな…等と考えていたが、それがまさかエイレーンを勧誘するものだったとは夢にも思わなかった。


「わかりました、マールからは他に何か言われてませんか?」


エイレーンの装いは実に軽装なものだった、身包みと小さな杖を越しに下げた肩から小さなポーチを襷掛けしている。


「いえ、特には。ここに来いと言われただけです」


「えっと…ギルド所属の手続きとかそういうのは…?」


カイトの言葉にエイレーンは静止し、小さく首を傾げた。


「な、成る程そこからですか。エイレーンさん、生まれはどちらですか?鉄の国?砂の国?」


カイトの言葉にエイレーンは再び首を傾げた。


「わたし、ラピュセル内に有る小さな村の産まれでして…外世界については…すみません、国があるのと王がいる程度の知識しかないもので…」


カイトは驚いた、ラ・ピュセルの中に村があるとは思わなかったからだ。


「となると、まずは住民登録からですかね。ちょっと待っていてください」


カイト達の住むクランハウスの門前には大きな呼び鐘が存在しており、その鐘を強めに鳴らすと敷地内から鐘の音を聴きつけた誰かが駆けつける決まりとなっている。呼び鐘により、中からやってきたのはシュウだった。シュウは鍛錬の途中だったのか上半身に服は身につけておらず、鍛え抜かれた身体が汗に濡れている。


「お呼びですか!カイト殿!」


シュウは爽やかに首にかけたタオルで汗を拭いつつ、カイトの装いを見てから隣のエイレーンへ目を向けた。


「成る程、私はシュウと言います」


瞬時に意図を理解したシュウは一歩前に出てエイレーンへ握手を求めた、しかしエイレーンは一歩身を引いてしまう。


「なな!なんで裸なのですか!?あなたには恥じらいとかないんですか??」


顔を真っ赤にしながら顔を手で押さえた。至極真っ当なエイレーンの反応に、シュウは爽やかに笑っている。


「ははは、随分と初心なお嬢さんだ」


そんなやりとりをしていると、新たに二人が外から帰って来る。


「カイトにシュウ?呼び鐘の音が聞こえたが?」


声の方を見ると、異世界RPGに居そうな鮮やかな緑色の髪をポニーテールに結び、青を基調とした服の上から軽装の鎧を身につけたガルーダと、いつぞや砂の国へ遠征した際に製作され、以来この水の国の経済を支える一角となったロリカセグメンタータに身を包み、ヘルメットを被った女性、エレーネもいた。


「隣の方はどちら様ですか?」


エレーネはカイトに問いかけながら、ヘルメットを両手で外すと、中に収まっていた長い黒髪が重力と共に落ちる。エレーネの背中にはマールのお下がりである無骨な大剣が襷掛けされており、その背後には荷台に載せられた巨大なイノブタが横たわっている。


二人はギルドから配布された午前の依頼を終えて帰ってきたばかりの様子で、好奇な視線をエイレーンへ向けている。


「彼女はエイレーン、魔術師学園の生徒でしたが。今日から私達の仲間となります」


エイレーンをメンバーに軽く紹介するとエイレーンは自ら一歩前に出る。


「私はガルーダ、よろしくエイレーン」


「エレーネと言います!」


エレーネとガルーダは軽く名乗るとエイレーンと握手を交わす。


「エレーネ様、私は少し着替えてきますので…エイレーンさんを食堂へ案内してもらえませんか?」


「はい、わかりました!行こっエイレーン」


エレーネはにこやかに笑うと、エイレーンの手を掴んで引いた。


「わ!?ちょっと、ひっぱらないで!!」


そう言いながらエレーネにエイレーンは連れて行かれた。


「ガルーダ殿、良ければ後で一本立ち会っていただけませぬか?」


残されたガルーダにシュウは語りかける。


「私も丁度お願いしようと思っていたのだ。このイノブタを捌いてからでもいいか?手伝ってもらえると助かる」


「承知、向こうで吊るして血を抜きましょう」


シュウはガルーダからイノブタを乗せた荷馬車を受け取ると、二人で仲良く歩いて行った。


「…よし」


カイトは二人の背中を見届けると自分の家に戻った、玄関に入ると白い髪に割烹着の少女が掃き掃除をしている最中だった。


「お帰りなさいカイト、随分遅かったですね?」


シイロは立ち上がると腰をトントンと叩きながら側へやって来て、カイトが脱いだ靴を手に取ると、脇の靴入れへとしまう。


「マールのしごきにも困ったものですね、まったく」


シイロも苦笑した。


「昼食の前に一度お風呂で汗と疲れを流して来ては?」


「そうします」


「では、着替えを持って来ますね。午後の予定は確かゼノリコ様の執務を手伝う予定でしたか?」


シイロは割烹着の袖からメモを取り出して内容を確認している。シイロはマメな性格で先日の夜に予定を確認して来る程である。


「いえ、予定を変えます。先にマールが勧誘してきた仲間の登録手続きを優先することにしました」


カイトの言葉にシイロは苦笑する。


「またですか?では、身綺麗な礼装にした方が良さそうですね、用意しますので先に入っていてください」


そう言ってため息を吐き出すと足早にエントランスに架けられた階段を駆け上がって行った。


「あ、はい…お願いします」


カイトはシイロの背中を見送ると、正面の二枚扉の先、この屋敷にある大浴場へと向かった。


入浴を終え脱衣所に戻ると、運動服は回収されており下着と綺麗に整えられた礼服が下げられていた。いつのまに仕入れたのか鮮やかな刺繍の入ったストールなどもついている。カイトは用意された衣服を着付けると食堂へ向かう。


「湯加減は如何でしたか?」


シイロは頭に三角巾を身につけ、吹き抜けの厨房から聞いてきた。


「少し熱いくらいでしたが、おかげで疲れが取れました」


「適温にしていた気がしますが…ああ、先にマールが入ってますからそのせいですかね?」


かなりの速度で行き来していたようだが…ちゃんと入っているのだろうか?カイトはそんな心配をしながら席に着く。目の前にはベルラートの出来事や最近の情勢などをまとめた資料が置かれている、それはシイロとクウがカイトが居ない間に集めていた情報を纏めて資料にしてくれたものである、ちょっとした新聞のようなものになっており、昼食が運ばれて来る間の暇つぶしには持ってこいである。


「ふむ…」


資料にはベルラート国内の経済状況の不景気が赤裸々に綴られており、物価の上昇などによる民草の苦悩なども書かれている。しかし、その中でも一番カイトの目を引いた情報は別だった。


「コボルト…?」


「はい、ここ最近、ベルラートの周辺でコボルトが頻繁に目撃されています」


シイロはそう言いながら焼いた魚の切り身と、野菜と干し肉が入ったスープを持ってきてくれた。


「ふむ…被害は?」


「今のところ目立った被害は有りません、農作物を襲われたくらいですね。それには既にギルドの冒険者が討伐に動いたようですね」


カイトは腕を組む。


「どうかしました?カイト?」


シイロはカイトの反応に不安そうに問いかける。


「コボルトは本来、人を恐れる臆病な亜人です。複数匹が集まったからといって用心棒になる大型の亜人がいない限りは農作物を荒らすなんて事をする筈…少し気になりますね…農作物…まさか…食糧の確保?」


カイトが考えている間にも、シイロにより配膳された食事が並んで行く。


「カイト、食事が冷めてしまいます。今日は腕によりをかけました!」


シイロは自慢げに腕を捲り上げた。


「そうですか、ありがとうございます」


思えば、マールが早足にゲイル達やクウを引き連れて飛び出して行った際、コボルトの掃討を口にしていた…カイトはそう考えながらもお椀を手に取ると中に並々入ったスープを口に運んだ。


「…えっ?…美味しい…」


思わず声が出てしまった、しっかりとした魚介の出汁を感じられ、焼いた魚の風味が鼻の奥を擽る。この異世界に来て初めて心から美味しいと感じる、現代人の味覚に近いものだった。


「どうですか?ふふふ、ユズから出汁?というものの取り方を教わったのです。まさか、捨ててしまうだけだった魚のアラにあんな使い方があるだなんて、目から鱗でした!」


ユズ、エルフ遠征の際に保護した転生者の一人である。


「ユズもクランハウスにくるのですか?」


「はい、お城の食事が不味すぎて食えたものではないのだとか…」


彼女にとっても、この異世界での味付けは耐えられないものだったようだ。おそらく、現代人の大半はこの異世界の料理を食べ続けるのは不可能だろう…と、カイトは納得してしまう。シイロ、というよりも花の国の食事は古代の日本と同じ風習を歩んでいることから味付けは現代に限りなく近いものがある、それゆえにユズはここへくるようになったのだろう。


「今度はトモヤが、らーめん?スープなるものの作り方を教えてくれるそうで、楽しみにしています!」


ラーメンスープ…それはゼノリコが怒りそうだが…本音を言えば、カイトとしても楽しみなので黙っておくことにしよう。


「それは楽しみですね」


カイトは素直に告げると、料理の処理に取り掛かった。そんなカイトを見ていたシイロの表情が暗く変わる。


「トモヤやシホからこの世界の料理は美味しくないと教わりました。もしかしたらカイトもそうなのでは?と思いまして…やはりそうだったのですね?」


目に見えて落ち込んでいるシイロの姿に、カイトは思わずスープを吹き出しそうになるがなんとか堪えて苦笑してしまった。


「…現代人は味覚が肥えていますからね、食文化が未発達なこの世界の料理が物足りなくなってしまうのは、仕方ない事でしょう」


この異世界は料理をあくまでも栄養補給のための行為として考えられている傾向があり、量を大雑把な味付けで誤魔化し、腹に詰め込むという感じである。以前、マールは腹に入れば皆同じと言いながら野菜を避けながらまずいイノブタの肉を食べていたが、それはこのような食文化から来ているのだろう。


「もっと頑張って美味しい料理をつくれるようになりますね」


シイロは側へ来て褒めて欲しそうにソワソワとする。よく見れば頭の上でショートヘアに隠されるほど小さな耳が動いている。彼女は古人と呼ばれるこの世界に古くから存在する人類と現人類のハーフで、古人の身体的な特徴も合わせ持っている。


「楽しみにしていますよ、シイロ。それといつもありがとうございます」


シイロの料理の腕ならば、現代人でも唸る程の料理は作れるだろう。カイトはシイロの頭を撫でると、彼女は目を伏せ撫でを受け入れ嬉しそうにしている。シイロを暫く撫でてあげてから食事を済ませたカイトは外にでると、エイレーンは既に外でエレーネと共に待っていた。


「遅いですよ!」


エイレーンはぷりぷりと怒りをぶつけ、エレーネに宥められていた。


「エイレーン、ここの食事があまりにも美味しくて待ち合わせの場所に行くのを嫌がっていたのですよ?」


ラピュセルの偏った大雑把な食事からすれば、シイロの料理レシピを元に作られた食事は唸るほど美味いだろう事は間違いない。


「え!エレーネ!それは言わないって…」


「え?そうでしたっけ!?」


エイレーンとエレーネは早速打ち解けたようで賑やかに戯れあっている。


「一先ずはベルラート王に会いに行きましょう。エレーネ様も同行してください」


「ええ…」


エレーネは嫌そうに顔を顰めて目を逸らす。


「大丈夫ですよ、私が王様に捕まった後に彼女に街の案内をお願いするだけですので」


「ホント!?それなら、任されました!」


エレーネは実に嬉しそうに胸板の鉄のフレームを叩くと前に出て前進を始め、自分達も後を追いかけるように進み出す、不意にエイレーンが隣に来る。


「カイト、一つよろしいですか?なぜ、彼女を様付けで呼ぶんですか?」


小さく囁いてきた。


「ああ、彼女は鉄の国の王、ドラド様の娘なのですよ」


「ドラド王?…たしか、この間お亡くなりになられた筈…つ、つまり、次期王女??」


「はい、ドラド王が亡くなったあと。年若いエレーネ様に国営は不可能と判断されまして、現在はベルラートの王であるリコ様が養子として引き取り、成人なされる16歳まで面倒を見る事となっております」


時制に疎いエイレーンでもドラド王の訃報は知っていた様子だった、そしてもっともな疑問を浮かべる。


「待って…16?今、彼女は何歳なんです?」


「9歳です」


「きゅ!?…9歳」


エイレーンは驚きながら前を歩くエレーネを見た、無理もない、エレーネの姿はどう見ても9歳の子供には見えないのだ。外見はスラッとしていて高く現代で言えばモデル体型と言えるだろう。外見だけなら17、8に見える程大人びているのだ。


「戦士の神託の影響なんだそうです」


戦士の神託は身体能力を大幅に向上させるため、それに伴い肉体も急激に成長させる効果があるとの事。


「……成る程」


「私のクランハウスにいる間は、身分を気にする必要はありませんよ。彼女もそれを望んでおりますので。」


カイトはそう言って前をあるくエレーネに視線を向ける。エレーネの背中にはマールの大剣が揺れており。


「エレーネ様、もうその大剣はものにしたのですか?」


カイトの問いかけに、エレーネは振り返り器用に後ろ歩きしながら得意げに背中の大剣を片手で抜き、何もない空間を片腕で振り回してみせた。マールほどではないにせよ、しっかりとした挙動をみせている。


「ご覧の通りです、カイト!今朝のイノブタを仕留めたのも私なんですよ!」


エレーネは鼻息荒げに器用な後ろ歩きをしながらマールの大剣を背中に襷掛けしつつも胸を張った。マールの身体に合わされた大剣は今のエレーネには少しだけ小さくも感じる。しかし、その動作や挙動の節々にはマールを感じる面影がある。


「昨日、マール姉様にも褒めてもらいました!今日も依頼を終えた後に稽古をつけてもらえる約束をしているので、すっごく楽しみです!」


エレーネは目をキラキラと輝かせていた。クランハウスに戻ってからというもの、マールはエレーネを連れ出しては稽古を付けているようだ。マールは自分の境遇に近いエレーネを妹の様に可愛がっており、依頼を終えた後は寝るまでエレーネに付きっきりで稽古をつけ、可愛がっている。一人っ子である彼女的には姉という実感がよほど嬉しい様子で、過保護な程に面倒見の良さを見せている。そんなこともあり、戻って来てから数日でエレーネはマール譲りの明るさとわがままを身に付けてしまっている。


そうこうしている間にベルラート城の門前へと辿り着く。門前では二人の門番が立っており、うち一人がエレーネに気づく。


「カイト様!ゼノリコ王が謁見の間で首を長くしてお待ちです、それとエレーネ様おかえりなさい!!」


元気のいい門番がよく通る声を張り上げた。エレーネはわーわーっ!と門番を黙らせようとする。


「わ、私はここで待ってます…」


エレーネは周囲を見回して警戒していたが。


「あら、エレーネではないですかおかえりなさい」


城の入り口から純白の司祭服へ身を包んだ金髪ショートの女性が現れる。


「は!?!ハイデ様?」


「ハイデ…え!?ハイデ大司教!?本物!?え!?」


エイレーンはハイデを知っている様子で激しく動揺していた。


「知らないわけが無いでしょ!!ラピュセルはハイデ大司教の分派ベルラート大教会の多大な支援で成り立っているのですよ!?」


エイレーンはそうカイトを捲し立てると、すぐさまその場に跪き祈る様な姿勢を取る。


「あら、あなたはラ・ピュセルの生徒なのですね?」


ハイデはにこやかに歩み寄ると、合わせて掲げた腕に軽く触れる。


「楽になさい」


エイレーンはハイデに言われると祈りの姿勢を解いて立ち上がる。


「ああそうだカイト、ゼノリコが奥でカイトはまだかって愚痴っているの、早く行ってあげてくれる?」


「すみません、マールが新しいクランメンバーを勧誘したものですから、本日は先に彼女の住民登録を行おうかと」


カイトの言葉にハイデは納得して頷き、エイレーンに目を向けた。


「成る程、それなら仕方ないですね。では、一緒にいきましょうか?」


エレーネはすぐ様踵を返して逃げようとしたが、ハイデはそんなエレーネの襟首を掴んで止めてしまうと、マールでも抵抗できないハイデの怪力を前にエレーネが抗えるわけもなく、手足をばたつかせて抵抗した。


「いやだあああ!」


しかしハイデは涼しい顔でエレーネを米でも背負うかの様にマールの大剣ごと軽々と肩に担ぎ上げてしまう。


「とりあえず、行きましょうか」


「は、はあ…」


ハイデは先へ歩いて行きカイトはその後ろへ付き従う。しばらく長い廊下を進むと、その先にはただただ広いフロアへと辿り着く、その奥には行き止まりがあり大きな玉座が置いてあった。そこがこのベルラート城の謁見の間となっている。玉座には既に少女のような外見の王がいつものように胡座をかいて座っている。


「遅いぞカイト!ワシの執務に遅刻とは良い、度胸…じゃの?」


ブロンドの金髪ロングを揺らし蒼い瞳は怒りに燃え唇を尖らせていたが、カイトの後ろに立つ少女を見てトーンが下がる。


「すみません、リコ様」


カイトは静かに頭を下げると、横に逸れてエイレーンを前に出す。リコと呼ばれた少女は背後から出て来たエイレーンを見て訝しむように顔を顰めた。


「え、エイレーンと申します!」


少女はエイレーンの容姿をジッと見つめ、そして小さなため息と共に肩の力を抜くとニイと目を細めて卑しく笑いながらも左手で何もない空間を泳がせ始めた。彼が女神から貰ったギフト、ステータス閲覧の動作である。彼はエイレーンのステータスを横目で一瞥だけするとさっさと閉じてしまう。おそらく転生者でないかを確認したのだろう。


「我が名はゼノリコ、この国ベルラートの国王である」


ゼノリコは名前を偽る事なく名乗ると、椅子から跳ねるように立ちあがり、エイレーンの前に立つ。


「ようこそ、ベルラートへ」


この世界の住民にはあくまでも寛大で善用な王であろうと振る舞うゼノリコは笑顔でエイレーンと握手を交わす。


「彼女はラピュセルの出身で、まだ何処の国にも所属してはいないようです。」


カイトはゼノリコへ補足すると、ゼノリコは少しムッとしたように顔を上向ける。


「不勉強じゃな、カイト?ラ・ピュセルが何処の支援で成り立っておる学校なのか知らんのか?」


「ベルラート大教会と聞きましたが…」


「その通り、つまりラ・ピュセルはベルラート領の一部というわけじゃ。じゃから、ラ・ピュセルの民は自動的に我がベルラートの民となる。故に、ラ・ピュセルで生まれ育ったエイレーンは、ベルラートの子となるわけじゃ、じゃから住民登録は必要ない」



ゼノリコはその後ろでエレーネと共に静かにしていたハイデへ目を向ける。


「とは言え、クランに参加するならギルドでの登録は必要となる。ハイデ様、手伝ってもらえるかのう?」


「勿論、喜んで」


ハイデはそう頷いてエイレーンの側までやって来る。


「では、ついて来て下さいな」


そう言ってハイデはエイレーンをエスコートして連れていき、いつのまにか降ろされハイデの後ろでしがみついていたエレーネもハイデについて行こうとする。


「エレーネ、お前は残りなさい」


ゼノリコはエレーネを呼び止め、呼び止められたエレーネは実に嫌そうな表情で不貞腐れている。


「はあ…今更帰って来いなど言わん。安心せい」


そんなエレーネの様子に、ゼノリコはため息を漏らしつつも、いつになく真面目な顔をしている。その雰囲気を察したエレーネはゆっくり側へ来てカイトにしがみついた。


「人類会議の日程が決まった、お前も鉄の国の王として出席する事になるから先に伝えておこうと思ってのう?」


人類会議、花の国、鉄の国、砂の国、そして水の国が集まり人類の今後の方針を決める大事な会議である。その一角である鉄の国の王、その言葉を受けエレーネの手に力が籠る。


「リコ様、エレーネ様にはまだ酷なのでは?」


カイトの問いかけにゼノリコはフンと鼻で笑う。


「勿論じゃ、其奴は我らの話は一ミリもわからんじゃろう。じゃが、鉄の国の次期王女となるものが各国の王を知らず、認知もされておらぬというのもそれはそれで問題じゃろう?」


「成る程、確かにそうですね」


ゼノリコの話を聞いたエレーネはゆっくりとカイトから離れる。


「はい、理解しました」


エレーネ素直に肯定し、カイトの袖もくいくいと引いてくる。カイトが見るとエレーネは困り顔でソワソワしており、耳に顔を寄せ囁いた。


「もう行っても良いですか?」


カイトはすぐにゼノリコへ目を向ける、エレーネの言葉を察しただろうゼノリコは小さく頷き顔を手で覆った。


「はい、ハイデ様に合流し予定通りエイレーンさんに街を案内してあげてください」


エレーネはパッと明るくなると、ゼノリコに頭を下げた。


「…失礼します」


エレーネは踵を返すと、脇目も振らずに走って行ってしまう。そんなエレーネの姿が見えなくなると、ゼノリコは肩から力を抜く。


「一月前より冷え切っていませんか?」


そんなカイトの言葉にゼノリコは今にも泣き出しそうな顔をする。


「はあ…じゃかしいわ…わかっとるわ、たわけが」


精一杯の強がりを見せるが、心中は穏やかでは無さそうだ。


「成る程、反抗期ですか…ならば、好きにやらせてあげれば良いでしょう」


カイトはそう告げればゼノリコは動揺に目を泳がせたまま爪を噛む。彼は心の底から動揺した時は親指の爪を噛む悪癖があるようだ。


「しかしのう…彼奴はワシのことを明らかに嫌っておる…今更好きにさせたとて、雪解けは…」


「チャンスはいずれ、私が作りますよ」


彼が思うほど、エレーネはゼノリコを嫌っている訳では無い、カイトはそう考えていた。ゼノリコもエレーネもどちらも傷つけない様に相手を思って行動をしているがために、すれ違っているだけに過ぎないのだ。


「…ふむ、その時は頼む」


珍しく弱音を漏らしたゼノリコ、そこへ一人の黒く長い髪を雑に結んだおさげにした少女が、のろのろと沢山の書類を抱えながらやってきた。少女の肌は病的に白く、実に小柄、今は書類を抱えているが普段は猫背なため、小さな身体がより小さく見えてしまう。ベルラートのカラーである青のストールを肩にかけ相変わらず眠そうにジト目をしていた。


「ゼノリコ様、午後の業務を持ってまいりました」


彼女は転生者の一人ユズである、ユズは小さな身体には不釣り合いな書類の山を持っていられずプルプルと膝を震わせている。


「ああ、ご苦労だったな。カイト、ぼさっとしとらんで早よ持ってやらんか」


「はい、すみません」


カイトはユズから書類を半分受け取ると、ゼノリコは寝室の扉を開け中に入る。中は以前とは異なり家具がほとんどなく、執務用の机とベッドだけになっていた。


「ゼノリコ様、寝室でも執務を?」


カイトが聞くと、ゼノリコは頷く。


「仕事をしとらんと煩悩に狂って見境なく襲ってしまいそうになってしまうからな…妊娠してからここ数ヶ月、ずっと無沙汰なのでの…流石にしんどい」


成る程、そういう理由か…カイトは納得


「ゼノリコ様は王なのですから、もっと沢山側室を囲い、ラムセス王のように世継ぎをつくれば良いのでは?王妃様に一途なのは良い事ですが、一国の王のあり方としては健全とは言えませんよ?」


ユズの意見はご尤もではある、この異世界ではいつ何があるかわからないし簡単に命を失う事が多分にある、故に古代の王族の様に側室を多く囲い、子を残しておくことは国の存続を考えるならば当然といえよう。


「古代は子供の生存率が低かったからじゃ、世継ぎが増えれば増えるほど後々の争いになり、国の滅亡に直結する末路ばかりじゃろう?幸いベルラートは出生率は安定しておるし、子供の死亡率は低い。この世界の異世界人は冒険者でなくとも丈夫じゃし、寿命も倍以上に長い。じゃから古代に習う必要なんぞ無い。そもそも浮気じゃろが!!だめ、絶対!」


ゼノリコは勇ましく小言を並べながらも書類をゼノリコの机へ置くと側に立てかけられていた折り畳み式の長机を作り、執務机の前へ置いた。


「そもそも、ゼノリコ様は不死でしょう?世継ぎに国を託されるのですか?」


カイトの問いかけにゼノリコは頷く。


「当たり前じゃろ、わしはゼオラの子にこの国を託す気まんまんじゃぞ?ふふふ…ゼオラとの隠居生活が今から楽しみで仕方ない」


ゼオラは確実に冒険者への復帰を望むだろうからゼノリコの隠居は相当先になりそうではある。


「なさそうな未来ですね、ええ、これは視なくても分かります」


ユズは預言者の神託と未来予知のギフトを持っており、気軽に他者や自分の未来を視ることができる。しかし彼女は、強靭な精神力で自分のギフトは勇者のためだけにしか使わないと自らロックを掛けており、マールの為にしか未来予知を使えない状態になっている。


「ゼオラ様は話す度に復帰を心待ちにしております、先日もお見舞いに来られた勇者様と、復帰したらまず何処へ行くかを相談されておられたので」


「ぬえええい!!余計な事はいい、手を動かせ」


ゼノリコはそう怒鳴りつけてユズを黙らせると、書類を手に取り執務を始めた。


「しかし、カイト。貴様、スカラーを引き抜いてくるとは余計なことをしおって…」


席についたカイトに睨みをきかせ、恨み言を呟く。


「勧誘したのはマールです、理由はわかりませんが…というか、彼女がスカラーだとよくわかりましたね?」


カイトの問いかけにゼノリコは鼻で笑う。


「あのダサいマフラーを後生大事に身につけとるやつなんぞ、スカラー以外おらぬわ。それくらいはステータスを見んでもわかる」


ゼノリコは書類にサインしながら次々傍の箱に入れて行く、カイトも書類を見れば書類は経済的な政策についての書類ばかりである。


「で?指揮者よ、ラ・ピュセルの生徒たちはどうじゃった?後に控える戦争には使えそうか?」


ゼノリコは書類にサインしながら聞いて来た、ユズも気になるのか手を止めカイトに注目する。


「率直にいうならば、実戦では使えません。スカラーを有したエイレーンですらS級が良いところ、他はよくてY級といったところです。教師陣には見込みのある魔術師は多々おりましたが、それでもエルフならまだしも、亜人には使えないかと」


「ふうむ、成る程の…トドマツが来た時の脅しに使えそうじゃ、ユズ、メモって置いてくれ」


「かしこまりました、リコ様」


トドマツと面会の予定でもあるのだろうか、ユズは言われるがままに懐から取り出した小さなメモ帳に書き殴り、カイトは執務へと戻る。


「ゼノリコ様、ここ一か月、私たちが開けている間…何かありませんでしたか?」


書類にサインを書き込みながら、カイトはゼノリコへ問いかけた。ゼノリコは顔を上げ真顔になる。


「なぜ、そんな事を聞く?」


ゼノリコは逆に問いかけて来た。


「シイロとクウからの報告で、コボルトを頻繁に目撃する様になった…と聞いておりまして」


「コボルトなんぞいつもその辺に出没しておるじゃろう??そんな珍しい事か?」


確かにその通りではある、コボルトは廃墟や古城跡など放棄された人の施設を好んで縄張りとし、陣地を作り、用心棒になる強い亜人を雇い入れてからは大胆な行動に出てくる習性はあるが。カイトの警戒心を感じゼノリコは執務の手を止めユズに問いかける。


「ふむ…ユズ、何かコボルト関連で事件はあったか?」


ゼノリコの問いに、ユズはメモ帳を捲る。


「特には何も無いですね、農作物への被害が増えていますが魔王が亜人を招集して以来、雇われる亜人がいないからか、目立った行動はありません」


「そうですか…ありがとうございます」


考え過ぎか?とカイトは執務へ戻る。


「コボルトと言えば、少し前、Y級の冒険者達がコボルト討伐依頼に失敗し、死体で帰って来た事がありましたね」


「コボルト相手に冒険者が?」


いくら低級の冒険者とは言え、コボルト相手に倒される事があるとは考えにくい。


「いえ、彼らを殺害したのはコボルトでは無い様ですなんでも…観た事がない人型の怪物なのだとか」


ユズはメモ帳を捲りながら続ける。


「冒険者達の死に方も異常でしたね、死亡した冒険者は男性二人、女性一人、の計三名。二人は頭を潰されて即死…女性は…」


ユズは読みながら一瞬言葉を詰まらせる。


「小腸から大腸に掛け、綺麗に無くなって死んでいたそうです。状態的に、ひどく暴れた様な跡があるので…生きたまま食われたのではないかと」


「……熊か何かですか?」


カイトの問いかけにユズは首を横に振りゼノリコを視る。


「この世界の熊は10m近くあるから人間なんぞ餌にせん、人喰い亜人を雇った感じか?」


「亜人で人を食べるのはホモセクトくらいで、他は食べようとはしません。それに、ホモセクトならば男性冒険者も残さず食べるはずです、女性だけを食べているのは引っかかりますね」


カイトは亜人図鑑を取り出して広げた。


「ん、まて…女性…そして小腸から大腸にかけての内臓を生きたまま…」


ゼノリコは何かを察した様につぶやいた。


「かなり昔だが、加護喰いと呼ばれる行為がこの異世界で流行った事があるんじゃ」


「加護喰い?」


カイトの反応にゼノリコは頷く。


「うむ、女冒険の生肝を喰うと、その冒険者の持つ加護を丸々頂け、永遠を手に入れる事が出来るという…根拠もない下らん迷信じゃな」


「……まさか、そんな事で相手の加護が奪えるのですか?」


「そんなわけなかろう?いうたじゃろ?ただの迷信じゃ、そんな事を人がすればどうなるか…お主らならどうなるか知っておるじゃろう?」


そう、人が人を喰らう行為は病気に繋がる、しかし。


「病気にならない冒険者がそれを行った場合は、どうなるのですか?」


カイトの疑問にゼノリコは渋い顔をする。


「詳しくは知らん……じゃが、記録によればマンイーターと呼ばれる怪物になってしまうとあった」


マンイーター、カイトの世界ではライオンの怪物だが、こちらではカニバリズムを行い続けた冒険者がなるのだとされているようだ。


「鉄の国のとある貴族がな、永遠に美しくあるために、夜な夜な冒険者の少女を自宅へ招いては、生きたまま内臓を食らって殺害していたと言う話じゃ…」


「まるで、エリザベート・バートリの様ですね、彼女は血でしたが…」


何処にでも永遠の美を追求するものはいるのだな、カイトはそう考えながら聞いていた。


「その貴族はいつしかマンイーターとなり、誰彼構わず女性を襲い、生きたまま内臓を喰らう怪物へと成り果てた…」


「それで…その貴族はどうなったのですか?」


「自分の息子と一騎打ちとなり、首を跳ねられて死んだと言われている」


「ありがちな悲劇ですね、特に面白くもない」


ユズは辛口に評価しながら執筆へ戻る。


「では、そのマンイーターがコボルト達と共にいる可能性がある…ということですか?」


カイトの問いかけにゼノリコは顔を顰める。


「女性冒険者の内臓を生きたまま食うなんて怪物は、それくらいしか考えられん…」


「…暫くは女性冒険者の任務受注の禁止を提案します」


「マールが従うと思うか??」


絶対に従わないだろう。


「彼女なら、そんな話を聞くなり、僕がやっつけてあげるよって飛び出して行きかねませんね…」


じゃろう?とゼノリコは渋い顔をして見せた。


「一先ずはギルドに、警戒とパーティ上限を五人以上にする様に触れを出しておこう」


「そうですね…」


「キエエエー!!!」


すると、唐突にユズが声を張り上げながら椅子を吹き飛ばしながら女の子がしてはいけない顔をしながら目を見開いた。


「指揮者様!!勇者様に!!不穏な影が迫っております!!」


ジト目だった少女は目を飛び出しそうな程に見開きながら立ち上がりながら喚いた。


「!」


カイト、ゼノリコは即座に反応する。こんな話の後では無理もなかった、マールにマンイーターが迫っている、そんな嫌な予感が二人の脳裏に過ぎる。ユズは動物的な動きでこちらへ顔を向けた。


「うおおっ!!指揮者様!!!!直ぐに戻ってくだされい!!!そして!片時も勇者様から離れてはなりませぬぞ!!!」


絶叫しながら再びブリッジするようにのけぞりながら派手に倒れ、ピタリと止まると何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、しれっと席へつく。


「何をしているのですか?カイト様、早くクランハウスへお戻りください。」


「え…?あ、ですが…」


「聞こえんかったんか??はよいけ」


ゼノリコは否定するかと思われたが特に気にしてはいない様子を見せた。


「ユズの予言は絶対じゃ、勇者の危機を口にしたなら必ず危機は訪れる。そして指揮者は片時も離れるなといった、ならば行け、マールから離れるな」


「は、はい…わかりました!」


「ああ、扉は開けっぱでいいぞ?それと門番に一人来るように言ってくれ」


何故そんなことを頼むのだろう?と考えたが、ユズを見て納得した。性欲に支配されそうな時に密室に女子と一緒に二人きりなんかにされれば、何をするかわかったものではない。カイトは城を後にし、朝の訓練でも出来ないほどの全速力で走ってクランハウスへと戻る。マンイーターがマールを襲うかもしれない…そんな不安が脳裏を行き来し続けている。すると、クランハウスの門前で大きな人集りが出来ていた。見ればブブポンに引かれた巨大な鋼鉄の馬車が停泊しており、脇には赤と白の模様の盾が描かれている。


「鉄の国?…」


カイトは人並みをかき分けて馬車の側へ歩み寄ると、人並みの中には一人の青年が立っていた。紅白の礼服に身を包み、肉厚な長剣を腰から下げ。炎のような赤い髪を逆立てた青年。知らないわけがない、A級冒険者にして切断公の二つなを持った剣聖、ヒューゴがそこにいた。


「やあ、カイト君」


ヒューゴはカイトを見つけると自ら歩み寄って来てスラリと背の高い彼はカイトを見下ろした。


「何かありましたか?A級の貴方が非番をとるだなんて…」


カイトは最前線に何かあったのかと考えたが、ヒューゴは首を横に振る。


「最前線に異常ないよ、今もレイとその弟子達が元気にエルフの残党を蹂躙しているだろうね」


カイト達が学業に精を出している間、最前線ではエルフ達による第二波侵攻が行われていた。しかし、その第二波はレイと花の国からやって来た武士衆の少年達によって蹂躙され尽くしたのだという。撃退されたエルフの第二波はしぶとく残党を残しており、レイ達はその残党を日夜潰し続けているのだとか。


「イザベラも戻っている、だから今私は長期の非番をいただいてここに来たわけだ」


ヒューゴはそう言って顔を何処かに向けると、その先には目を輝かせた女冒険者達がいる。まるで現代のアイドルか芸能人のように、彼は彼女らに手を振り、黄色い歓声が飛ぶ。


「何のために?」


カイトの問いかけにヒューゴは目を向ける。


「わかるだろう、忘れてないだろうね?ライバルなんだよ?私は」


そこで、カイトはハッとする。そう、彼、切断公ヒューゴは…マールに純粋な恋心を抱いている一人なのだ。そしてカイトは何を思ったのか、彼をライバルと言ってしまった。つまり、彼が今日この大層な馬車で非番をとり、態々ベルラートへとやって来たその理由は一つしかないだろう。


「ちょっとちょっと!何?この人だかりは!」


マールは甲高く声をあげ、人だかりを散らしながら布が掛けられた荷馬車をゲイツとゲイルに引かせてやって来た。


「あ!カイト!いいところにいた!!ちょっと来て?」


マールはカイトを観るなり呼び寄せ、カイトはマールの側へ行く。


「コボルト掃討依頼の途中で回収したの」


マールは布を剥がすと、二人の少女の死体が現れた、二人は苦痛に顔を歪め、目を見開いたまま口には大量の血を吹いた跡がある。見れば二人とも同じ様に腹から血を流していた。


「たしか、V級冒険者の二人だったと思う。みて?お腹の中を食い荒らされちゃってるみたい」


マールはそう言いながら亡骸の一人を仰向けにすると腹の中を開いてみせた。そこにあるはずの臓器は綺麗に無くなっている。


「コボルトってこんな事する?シタイモドキの可能性もあるけど…あいつらが嫌う様な開けた場所に転がってたんだ。それに、V級の二人がコボルトなんかにやられるなんて俄には信じられないかな…」


しかも、外傷は腹の傷以外は見当たらない。ひどく暴れたのか指や膝には擦過傷が見られるが、これは死因に直結するような重症ではない。まるで…生きたまま腹に食いつかれた際に相手を引き剥がそうとしていた様な…。


「亜人で人を食べるのはホモセクト位ですよ…やはりこれはマンイーターの仕業でしょうね」


「マンイーター?…なにそれ」


カイトは一瞬マールに伝えるべきかと悩むが、マールは特に気にする事なく側にあれ巨大な馬車を見上げた。


「で、カイト、これはなに事?」


マールもカイトと同じ様に馬車についた紋章を見て首を傾げ、そして不意に顔を向けると、そこにはヒューゴがいた。


「久しぶりだね、マール」


「わ、ヒューゴじゃん!どうしたの?最前線がやばいの?」


カイトと同じことをマールは口走り、ヒューゴは少しムッとした表情を浮かべる。


「いや、今回は長期の休暇を取ったんだ」


「へえー、君がお休みを取るなんて珍しいじゃん?」


マールはにこやかにヘラヘラとしていると、そんなマールを見つめながら、ヒューゴは一度大きく深呼吸をした。


「マール」


「ん?」


マールはぼけっと聞き返すと、ヒューゴはそのマールの前で膝を降り、彼女の右手を取った。


「マール、私の妻になって欲しい」


全ての時が静止したような気がした、周囲に散っていた観衆もギョッと目を見開き、荷馬車を引いていたゲイツ、ゲイル、アンネマリー、そしてクウですらも目を見開いている。


「つまってなに?」


マールはカイトに投げかけ、カイトは転けそうになる。


「……こほん、結婚して欲しいって言われているんです」


「へー…結婚、へー…」


マールはそう言って3秒ほど静止した、そして言葉の意味を理解し、顔がみるみる赤く染まっていく。


「え!!ええ!?…僕!?なんでっ!?」


マールはヒューゴの手を振り解くと甲高く叫びながら動揺している。


「わ、わかった!また僕を揶揄っているんだ!そうやって僕が動揺する姿をみて……その」


マールはジッとヒューゴの顔を見て声量がだんだんと小さくなる、揶揄っていない事を表情で察したのだろう。


「ぼ…僕…ガサツだし、ご飯だって手で食べるよ?君にはもっと相応しい子がいるんじゃない?」


「私は、君がたとえ奴隷階級の物乞いであったとしても、同じことをしているだろう」


ヒューゴは白い衣服に汚れがつくことも気にせずに、再びマールの手を取った。そこまでまっすぐな好意を浴びて、マールは感情の整理ができずに混乱する様な表情を浮かべる。


「ちゃんと君に渡すプレゼントも持って来たんだ。じい、あれを持って来てくれ」


ヒューゴは立ち上がり、執事らしい老人に指示を出すと、彼は急ぎ馬車の中へと入り込むなり麻布に包まれた大きな何かを四人がかりで持って出て来た。


「本来ならば、指輪を用意するべきだろうと思ったが。戦う君は指が塞がるものはダメな気がしてね…だから君が喜びそうなものにした、受け取ってほしい」


執事達は地面にそれを突き立てると、麻布を一気に剥ぎ取った。麻布に包まれていたのは一振りの大剣。光を反射する鏡のように磨き上げられた美しい輝きを放っていた。


「綺麗…」


思わずマールは率直な感想を口に出す。


「鉄の国で稀に取れる鏡面石で作り上げた大剣だ」


「え!ええ!?」


マールは大袈裟に飛び退いた。


「…鏡面石とは?」


カイトは聞きなれない鉱物の名前にマールへ聞いた。


「えっとね、製鉄すると鏡みたいな光沢をだす特別な金属なんだ。とにかく硬くて、強くて、こぼれない…でもとっても希少で、年にこんな一欠片しか出ないから…とっても高価なんだよ」


マールは親指と人差し指の先を合わせ小さな丸を作った。


「それに、並の炉では全然溶けないから、専用の炉がないと製鉄出来ないって爺様が言ってた…」


流石鍛冶屋の娘である、鉱物の説明をする彼女は何処となく楽しそうだった。


「これは、私が君に捧げる婚約指輪だ」


ヒューゴは再び前に来ると、今度こそは力強くマールの手を取った。


「マール、君が好きだ」


小手先などではない、ただ真っ直ぐにマールを見つめ一番の直球を投げつけた。


「……ぼ、ボク…よくわからないよ…」


マールは、感じたことの無い感情に襲われ、真っ直ぐな視線を向けてくるヒューゴから目を逸らしてしまう。そんなマールを見て、手を離すとゆっくりと立ち上がった。


「焦らなくても良い、君はまだ13だ。正式に籍を結ぶには3年もあるのだから。其れまでに君を必ず私の妻にして見せる。さあおいで?」


ヒューゴはマールの肩に手を回し、武器の側へと連れていく。


「さ、触ってもいいの?」


「勿論、君のものだからね」


マールは恐る恐ると持ち手を握りしめると、執事が四人がかりで漸く運べた大剣を軽々と引き抜いた。


「…ん?」


一瞬、大剣の持ち手を握ったマールが、顔を顰めた様な気がした。あまりに一瞬だった為に錯覚を疑う程である。


「さて、カイト。私はマールを借りていくがいいかな?」


「え!?あ、いや…何処に行くの??」


驚くマールだが、ヒューゴはにこやかに笑いかけた。


「勿論、私の実家さ二人で住む事になる屋敷になるのだから今から慣れておく必要は有るだろう?」


「うえ…い、今から?僕、今日エレーネの稽古を見てあげるって約束しちゃってるんだけど」


それを聞いたヒューゴはカイトに目を向ける。


「エレーネ様には君から言っておいてくれ、カイト?」


カイトが反論する前にヒューゴは更に言葉をぶつけて来る。


「まさか断りはしないだろうね?」


ビリビリと殺意の籠った視線がカイトを突き刺した、断らせない。とでも言うかのように。


「わかりました、エレーネ様には伝えます…」


「え!?カイトっ?その僕!」


マールは乗り気では無さそうだ、カイトはそう言いつつも言葉を続ける。


「ですが、今は危険なマンイーターが周囲に出現しています、マンイーターは年若い女冒険者を襲うと言われています、無論、マールも例外ではありません。」


「マンイーターか、それなら私は何度も遭遇しているし、何匹も倒しているよ。君に言われずとも奴らの事なら君よりもよく知っている」


ヒューゴは心外そうに表情を歪め小さなカイトを見下すように睨みつけた。


「甘く観られたものだ、A級の私が、加護喰いをした程度の冒険者崩れごときに遅れを取ると思われるだなんてね」


ヒューゴは静かに苛立ちを見せた。ダメだこれは、ヒューゴは想像以上に頑固で話にならない。


「なら、マールと少し話がしたい」


ヒューゴはカイトを無視してマールの手を引いて連れて行こうとする。


「ヒューゴ、僕もカイトと話がしたい」


マールはそう言ってヒューゴの手を優しく解く。


「…わかった、少しだけだよ」


マールの言葉には従い、ヒューゴはマールを解放すると、マールは早足にカイトの側へやって来た。


「ユズが君に危機が迫っていると予言しています、近いうちに必ず君はマンイーターに襲撃されます」


それを聞いたマールは真顔になる。


「さっきから言ってるそのマンイーターってなんなの?」


マールはカイトに身を寄せてきた、カイトはゼノリコから聞いた通りの話をマールにわかりやすく伝えた。


「ようは、人を食べて怪物になった冒険者ってこと?それがコボルトと一緒になって周囲を荒らしてる…そう言う事?」


マールは持ち前の理解力の早さで状況を理解した。その表情は不安の色に染まっている。


「ユズの予言は明確に君の危機を知らせました。恐らく、今ベルラートを騒がせているマンイーターは、ただのそれでは無いんです恐らく…」


そこで言葉が途切れた、ヒューゴがカイトを強く蹴飛ばしたからだ。相当な力で蹴り抜かれた為か、カイトの小さな身体が軽々とふっ飛んで派手に地面に転がった。


「カイトっ!」


クウが倒れたカイトをすぐさま抱き起こす。


「ちょっとヒューゴ!!何すんのさ!!」


マールに怒鳴られ、ヒューゴは悪びれもなく肩をすくめた。


「すまない、君を独り占めしようとしていたからついね」


「今、カイトは大事な話をしていたんだよっ!?それを君はっ…!」


「好きな子が目の前で私以外の男と仲良さそうに話しを続けていたのなら、嫉妬するのは当然だろう?」


相手がライバルのカイトであるのならば尚更その嫉妬は拗らせてしまうだろう。殺すつもりで蹴り付けていないだけヒューゴはまだ理性的ではあっただろう、ヒューゴはそう言うと再びマールの肩に手を回す。


「さあ、行こう!!マンイーターが来ようと心配はいらないさ。君には指一本触らせない」


「…うーん」


ヒューゴはこれと決めたら話を聞かないタイプである。マールは勢いに負け反論を諦めた。そしてカイトから聞いたユズからの予言、そしてマンイーターと呼ばれる得体も知らない怪物が、必ず自分を襲撃すると言う言葉にマールは一抹の不安を覚えていた。今の彼女は普段から使い慣れた大剣は無く、武器として使えそうなものはこの鏡面石の大剣と、魔術学校の帰り際にカイトに買って貰った剣の柄のような形の杖だけである。格下ならなんとでもなるが…マールは考え過ぎだろうと不安を頭から追い出した。


「マール、足元に気をつけて」


ヒューゴはマールをエスコートし、馬車に乗り込む。マールは窓越しに倒れたまま気を失い動かないカイトを心配そうに見つめている。


「馬車を出してくれ!」


マールを乗せた馬車はすぐさま出発、ベルラートの外へと出ていった。


「カイト殿!!無事ですか!?」


見た目よりもかなり強く蹴られていたカイトは、完全に気を失っておりクウとゲイルに身体を揺らされ叩かれた拍子に息を吹き返す。


「かは!…はー…はー!」


「カイト!」


ゲイツもカイトを覗き込む。


「ギムル!こっちです!」


そこで、いつのまにか走っていたアンネマリーがギムルの手を引いて連れて来ていた。緑の肌に黄金の大きな瞳をしたレプテリアンの男、ギムルは倒れたままのカイトを見つけると、直ぐ様膝を折る。


「随分つよく蹴り込まれているな、内臓も損傷していそうだ」


ギムルはカイトの腹部へ手を当て回復を開始する。


「アンネマリーとボルドー兄弟は死体を診療室に運んでくれ、シホが居るから指示に従ってくれると助かる。私はカイトを処置したら直ぐに向かうと伝えてくれ」


ギムルはクランに合流してからクランハウス内で小さな診療所を営んでおり、転生者の一人シホを弟子に迎え、てち丸という猫族の少年と共に過ごしている。ギムルの医療技術は本物で、ベルラートじゅうから冒険者だけで無く多くの患者が治療を求めてやって来るため、大変盛況であり、現在ではカイトのクランハウス内では数少ない収入源にもなっている。


「わかりました!」


アンネマリー達はギムルに指示された通りに荷馬車を引いて診療所へ向かい、ギムルは気を失ったままのカイトに回復をかけ続けた。


場所は変わり、マールは馬車の中で落ち着かずにソワソワしながら窓の外を見ていた。


「落ち着かないのかい?」


向かいの席に座っていたヒューゴが囁き、マールは頷く。


「う…うん…ごめん」


マールの落ち着かない様子にヒューゴは苛立ち自らの膝を打つ。


「ちっ、カイトめ…離れたくないからとあんな脅しを使うなど…卑怯な奴め」


そう言って、マールの手を取ると落ち着かずに震える手を温める様に両手でつつむ。


「マール、あの腰抜けに何を言われたのかしらないが、心配はいらないさ。私が居るんだから」


優しい声音でマールに囁きかける。


「あのさ…」


マールはヒューゴの手を振り解く。


「カイトの事、悪く言わないで」


マールははっきりと言いながらヒューゴを睨んでいた。


「君は陰口が嫌いだったね、悪かった…二度としないよ」


「あ…う、うん」


いつものヒューゴならどこ吹く風な雰囲気を見せていたが素直な謝罪を返され、マールは少し気まずそうにし声が小さくなり、気恥ずかしそうに縮こまる。

そんなマールを微笑ましく見つめていると、急にマールはくんくんと周囲の臭いを嗅ぎ始める。


「何この臭い…」


鼻のいいマールの言葉に、ヒューゴは素早く警戒し、馬車から外を見る。その視界に遥か遠くで立ち昇る煙を見た。


「!…マール!」


ヒューゴは弾けるように声を荒げると窓を勢いよく開ける。


「…え?」


マールは少し違う反応をするが、ヒューゴは立ち上がり身を乗り出して煙の方角を見つめている。窓からでは背の高い草に視界を塞がれ遠くまでは見通せない。


「亜人の襲撃か?こうしてはいられん!馬車をとめめろ!打って出る!!」


ヒューゴはすぐに馬車を止めさせ、席に置いていた剣を手に取りベルトに取り付けると外へ飛び出して行こうとした。しかし、袖を誰かに掴まれた。


「待ってヒューゴ、落ち着いて」


マールだった。マールは落ち着いた様子で窓から顔を出して嗅ぐ。


「マール?」


マールは窓から身を乗り出すと、猿かトカゲのように馬車の外壁を登って屋根に上がった。


「カイトが前におしえてくれたの、考えなしに飛び出すのはダメで、ボクの悪い癖なんだって」


「カイトが?…」


「うん、だからまずは偵察して戦闘の主導権がどこにあるのかを冷静に判断するのが大事なんだってさ!ボクには難しくてよく分かんないけど…」


マールは馬車の上で手で目の上に日差しを作り遥か遠くの煙の下に村を見つける。


「コボルトだね、ゴブリンもいる。人を女と男に分けてる、男たちは処刑して、女たちは孕み袋かな。既に何人か犠牲が出てる…武器を持ってるから抵抗したんだろうね」


次から次へと状況を報告したマールは馬車の屋根の上で腰から下げた小さなステッキを抜くと、剣の柄のように握る。


「ヒューゴ、僕が魔術で火球を投げ込んで民家を焼きまくるから君は背の高い草の中を移動して真っ直ぐに村へ斬り込んで」


「み!民家を焼くだって!?」


「うん、とりあえずあたり一面、手当たり次第に焼いて、やばいやつが来たように見せかけるよ。そうだね、今から僕は火龍だ」


マールは自慢げに胸を張る。


「わ、わかった、君が言う通りにする」


ヒューゴは顔を引き締めると剣を鞘から抜き放つと、窓から外へ出ると、背の高い草の中へ飛び込んでいく。それをみたマールは、ステッキの先に大きな火球を生み出した。


「お父さん!お母さん!!怖いよう!!」


泣き喚く子供、突如として複数匹のゴブリンにより襲撃された村は絶望に染まっていた。先に武器を持ち抵抗の意思を見せた村の男達は瞬く間に殺されてしまい。後からやってきた人の形に犬の顔を持った小人のような亜人コボルトにより、村人達は次々と捉えられていた。村人達は女と男に分けられ、女は服を剥がされ縄を手にかけられ、男は跪かされ首を落としやすい体勢にされる。ゴブリンの一匹が手にした血がベッタリとついた斧を振り上げながら歩み寄る。あとは振り下ろせば男の首は落ちるだろう。


「ぎい!?」


急に一匹のゴブリンが空を見て固まった、全員が見れば、大きな光る玉がこちらへ目掛けて降ってくるではないか。光る玉は真っ直ぐにゴブリン達の背後にある大きな民家へ激突し、激しい炎と爆発と共に巻き上がる。


「な、何だ!?」


今処刑されそうになっていた男が叫ぶと、火球は次々と降り注ぎ民家や彼らの耕した畑を爆破して焼き払う。


「ギャアアアアアアアーーーッ!!!」


けたたましく、甲高い、巨大生物の鳴き声が響き渡る。


「あの声は…ま、まさか…火龍??」


村人達は火龍の接近を察し、怯えふためき始める。人間たちの恐怖を察したゴブリンやコボルト達も火龍の鳴き声に慌てふためき始める。


この異世界に存在する火龍と呼ばれる存在の主食は、自らの炎で焼いた有機物の炭である。その巨体を維持するためには多くの有機物を焼き払う必要があるのだ。もしも、本当に火龍が接近しているのならば、コボルトやゴブリンの足では、今から逃げ出しても間に合わない。


「う!うわあああ!!」


「お、おわりだ…火龍まで来るだなんて…」


そうしている間にも降り注ぐ火球、ぼさっとしていたら自分たちも危うい。コボルトとゴブリンは同時に目配せをするやいなや。自分達が確保した人間達を捨て、一目散へ逃げ出した。


「!?」


直後、光る斬撃が飛ぶと男の側で斧を手にしていたゴブリンの首をすれ違い様跳ね上げた。一人の冒険者が火龍が来るだろう方角から飛び込んできたのだ。冒険者は赤い髪を炎の様に逆立て、紅白の目立つ色の衣服に身を包んでおり、手にした長剣を巧みに操り瞬く間に目の前で動揺し固まっていたゴブリンやコボルトを瞬く間に細切れにしてしまい、村人の側にいた亜人達を次々切り捨てる。


「あ、あなた様は!?」


突如として斬り込んで来た冒険者に、今まさに処刑されそうだった男は目を丸くしていた。


「皆、その場から動くな!」


ヒューゴはそれだけを言うと、直ぐに踵を返して背を向けて森へ逃げていくコボルトやゴブリン達を見た。


「マール!民達の安全は確保したぞ」


ヒューゴが声を張ると、コボルトやゴブリンの悲鳴が先程逃げていった方角から響き、見ればマールが木の上から降りてきた。彼女の両手には数匹のコボルトを抱えられている。


「ヒューゴダメじゃん、コボルトはにがしちゃ!」


「す、すまない…民の安全確保を優先的した」


いつ、先回りした?驚くヒューゴには気を止めず、マールは側までやってくると、急にくんくんと周囲の臭い嗅ぐ。


「バレバレ」


マールはそう言って両手に抱えたコボルトを地面に捨てると、剣の柄の様なステッキを民家へ向けた。そのステッキからは水の弾丸がとび、燃える民家の木の壁を撃ち抜くと、脆い壁を壊して中にいたコボルトが倒れた。


「これでよし…一先ずは」


マールは冷静に周囲の臭いを嗅ぎ安全を確認すると村人達へ歩み寄る。


「あ、ありがとうございます…」


村人の一人がマールに頭を下げた、しかしマールは首を横に振った。


「まだコボルトは周囲に沢山いる、この村に冒険者の用心棒もいないし君達弱いってバレたから。また直ぐ来るよ?」


マールの言葉に村人達は不安に表情を染め、顔を見合わせている。


「で、ではどうしたら?」


「そうだね、一度ベルラートまで避難してコボルトの討滅依頼を出した方がいいかな」


「そ、そんな…用心棒だって雇う金もないのに、討滅依頼だなんて…」


村人のどよめく。ベルラートのギルドは討伐依頼は比較的安価ではあるが、討滅や巣の掃討など危険や人手が必要になる依頼はそれだけ高額となる。いま、資産を焼き払われたばかりの彼らにはそんな余力はないだろう。


「誰か、紙と書くもの持ってない?」


マールは村人達へ問いかけると、村人達は慌てて一枚の紙をマールへ差し出し、受け取ったマールはその紙をヒューゴへ渡す。


「?」


ヒューゴは不思議そうにマールを見ながら紙を受け取る。


「ボク、文字書けないの。だから書いて、コボルトの巣あり助力こう」


「成る程、わかった」


ヒューゴは焼け落ちた家屋の炭を拾うと紙に簡単に字を書いた。


「これでいいのか?」


マールはヒューゴから手紙を受け取り、折り畳むと村人の一人に差し出した。


「外にいる門番に事情を話せば通してくれるはず、あとはカイトって人の事を聞けば案内してもらえるよ」


マールはおもむろに親指を噛んで、出血させると、手紙の端に押しつける。


「これで、カイトは信用してくれる」


「は、はい」


村人は不安そうにしている。


「後は…」


マールは足元に転がったコボルトの亡骸の腹を切り裂くと、内臓を引き抜く。


「みんな、これを持って行って、気持ち悪いからって捨てちゃダメだよ」


そう言って民達に内臓をちぎって握らせる。民達は嫌そうにしながらも言われた通りにコボルトの内臓を握りしめながらも立ち上がり、ベルラートへ向かって歩き出した。


「マール、なぜあのようなことを民達に?」


ヒューゴは疑問をマールへ投げかけた、するとマールは他にもコボルトの死体を集めて来ては損壊して内臓や血を地面にぶちまけて行く。


「カイトに教えてもらったの、コボルトは鼻がいいから獲物はどこまでも追いかけてくるらしいの。あの人たちは臭いを覚えられてる、だから、こうやって臭いコボルトね内臓肉を持たせることで、コボルトは警戒して追いかけて来ないんだって」


またカイトか…マールはカイトの話をする時はにこやかである、ヒューゴには苛立つ要因でもある。


「な、なるほど…では今しているのは?」


マールはバラバラにしたコボルトやゴブリンの亡骸をばら撒いている。


「コボルトは集落に住み着いちゃうの、定着しちゃうと色々面倒だからこうしてコボルトの血肉の臭いをたっくさん付けておくの、そうすれば臆病なコボルト達は近づいてこれない。衛生的に良くないけど…ま、カイト達が来た時に清掃してくれるでしょ」


一通りの死体解体を終え、マールは立ち上がると柔らかい砂にふれて血糊を擦り付けつつ魔術で水玉を作り出して手を突っ込んで洗浄している。


「すっかり魔術師だね」


「え?うーん、確かにボクとしては剣を振り回していた方が楽なんだけどねー…」


マールはそう言いながら手を取り出すと服にこすりつけて拭き、水玉が地面へ落ちる。


「背中のそれを使えばいいじゃないか?」


ヒューゴはそう言って、マールの背中にある鏡面石の大剣を指差した。


「あはは、まあ…コボルトとゴブリンには要らないよね」


マールはそう、気まずそうに笑う。ヒューゴも少し気まずくなると話題を切り替えることにする。


「マール、そろそろ行こうか?」


「え?…うん、そうだねっ…」


ヒューゴに連れられ、マールは再び馬車へと向かった。


「と…カイ…カイト!!」


誰かに呼ばれ、カイトは目を開けた。どれほど眠っていたのか?差し込んだ光で目が眩む。と歪んだ視界がゆっくりと映り、心配そうに覗き込んでいるギムルとシホの顔が映る。


「意識が戻ったか?シホ、もうしばらく手を握っていてやっていてくれ。私は向こうの患者を見て来る」


「はい!先生!」


シホは焦茶の長い髪を後ろでに纏めており、ぎゅっとカイトの手を握っている。彼女はユズと共に現代からやってきた転生者の一人で、触れた相手の怪我や病を癒す力を持っている。驚くべき事にこの能力は女神から与えられたギフトでは無く生まれた時から持っていた力なのだという。


「シホさん、私はどれだけ…寝ていましたか?」


「今、夕方なので半刻程ですね…」


夕方…カイトは横目で窓を見る、空はゆっくりと夕闇に染まりかけ朱色になっている。


「クウを呼んでください」


「ここに」


クウは即座にカイトの枕元へ現れた。


「クウ、状況を教えてください。何がありました?」


「…わかりました」


クウは懐から取り出したメモから状況をカイトに報告する。A級冒険者のヒューゴによりマールが連れて行かれた事、そして死んでいた少女の二人からの報告であった。二人の少女はやはり、生きたまま内臓を喰われており、驚くべき事に、一人は死ぬまでの光景を鮮明に覚えていた。そして、彼女達を襲ったマンイーターの容姿をクウが描く。


「…こんな感じの怪物だったようです」


全長3mは有ろう巨体に発達した強靭な手脚、腹は偏った栄養で奇形的に膨らみ、そして人の腹部を食い破るために異常に発達した下顎から牙が突き出している。


「これが…マンイーターですか…」


カイトはクウの描いたイラストを見つめる。



「グブブブ…」


マンイーターは深い森の中でニタニタと笑う、その目の先には鉄の国へ向かう大きな馬車が見えていた。


「うまぞうな…女…まぢがいねえ…あれは勇者だぁ…」


マンイーターはだらだらと涎を垂らし、長く発達した紫色の舌を垂らすと、側で甲斐甲斐しく世話をしていたコボルトを掴み握りつぶして圧殺すると頭から丸齧りにして食い殺した。


「おし…全軍に指示じろ…あのばじゃをおいがげる…」


マンイーターはコボルトの肉を齧りながら立ち上がりのしのしと歩いていった。


「カイト!!」


舞台は再びクランハウスに戻り、診療所へシイロが飛び込んできた。


「ベルラート周辺の村がコボルトに襲撃された様です!多数の村人がコチラに避難してきております!」


シイロの報告にカイトは驚くが冷静にクウを見る。


「避難してきた村人達をクランハウスへ、ゼノリコ様への報告もお願いします」


「わかった」


クウは慌てて外へと出て行った。


「しかし、それだけの事ならばゼノリコ様への報告だけで良いのでは?なぜ私に?」


ベルラートの周辺の村々は、亜人に襲撃された際ベルラートへの一時避難は許可されており、今は魔王が亜人を招集したためそこまで無くなったとはいえ、わざわざ名指しでクランハウスに来るのは不自然である。


「それが…」


シイロは小さな紙をカイトに差し出す。その紙には、コボルトの巣あり、助力こうとだけ書かれている。そして紙の端に雑に押し付けた血印が押されていた。


「成る程、マールの差金ですか?」


シイロは頷いた。


「それと、村人達はコボルトの内臓を握っていたんです、助けてくれた冒険者が握っていけと持たせたようです」


シイロの報告に、カイトは思わず吹き出してしまう。


「いや、失礼。私が以前、マールに教えたコボルトの追撃を振り切る方法ですね」


当時これを教えた時、彼女は船を漕いで寝ていたはずだが、変なところは覚えているようだ。


「あと、村人からマールに民家や畑を焼かれてしまったと僅かですが苦情もでておりますね…」


「マールらしいですね、相変わらず派手な事をします…わかりました。シイロは避難民の炊き出しをお願いします。指揮は私が取るので!」


カイトはベッドから飛び起き、側に掛けてあった外套を身につけると、シイロはカイトの着付けを手伝った。


「マールのお陰で…一先ずは、挫けずに済みそうです」


カイトは苦笑しながら小さく呟くと、足速に診療所から出る。外ではすでに多くの避難民がごった返している、数はざっと見る感じで三十人前後。


「カイト殿!無事でしたか!」


ゲイツとゲイルがやってきたカイトの元へと駆けつける。


「はい、おかげさまで寝過ぎた位です」


カイトは避難民達を一瞥する。避難民達は皆不安を表情に表し、カイトを見ている。


「一先ず、これからの指揮を取ります。クウとシイロ以外のメンバーを集めてください。」


カイトの号令で数少ないクランメンバー達が集まった。


「これより皆さんを隊で分け、指揮を取ります」


カイトは真っ先に重装部隊に目を向ける。


「重装部隊は難民の皆さんを浴場へ皆さんを誘導して下さい我々の変えですが、衣服は惜しみなく出す様に」


「「「了解!」」」


三人は速やかに踵を返し、難民達の方向へかけて行った。


「シュウさん、ガルーダさん」


「うむ」「はい!」


二人は前に出て来る。


「二人は難民の皆さんが来た道を辿り、村まで向かって下さい。極力戦闘は避け、コボルトの集団と遭遇したなら軽く蹴散らして戻って下さい、深追いはいけませんよ?」


「わかりました」「うむわかった!」


「ガルーダさんは熱くなり過ぎない様に頼みます」


「わ!わかっている!!」


ガルーダとシュウは笑いながらもクランハウスの外へ出て行った。


「ギムルさん、シホさん、てち丸は診療所にて子供達と怪我人、病人の面倒をお願いします」


「わかりました!」「任せてほしい」「おう!まかせろ!」


ギムルはそう胸を叩くと速やかに配置へ向かう、シホも小さなてち丸を抱き抱えて連れていく。


「エレーネ様は避難民の皆さんが寝泊まりできるテントの設営を頼みます、トモヤさんは先にビルドさんの工房から若い刀鍛冶衆を借りてきて下さい彼らなら喜んで貸していただける筈です」


「わかりました!」「任せて下さい、カイトさん!」


トモヤは持ち前の脚力でクランハウスから出ていく。


「お、おい、私は??」


エイレーンが残る。カイトはエイレーンのできる事は把握できていない、彼女の体付きからして力仕事は苦手そうだ…そんな事を考えているとエレーネがエイレーンを掴んで手を引いた。


「エイレーンはこっちだよ!いいですよね?カイト」


「はい、お任せします」


カイトはにこやかに頼むと、エイレーンはエレーネに引かれて連れて行かれ、各々が行動を始める中でカイトは手を叩くと、ハイデの白い鳥を呼び寄せる。


「避難民多数、救援求っと」


紙に金貨を包んで鳥に持たせると、白い鳥はすぐさま飛び立った。暫くして、ハイデが大勢の修道女達と共に押し寄せ、キャンプの設営や着るものの支給が速やかに執り行われ、シイロの作った炊き出しが完成する、さすが花の国の領主の娘だけあり豪快な鍋料理であり消化に優しいように煮崩された根野菜が見える。


「一先ずは大丈夫そうですね」


ハイデ達の到着で騒然としていた難民の扱いも静寂へ戻る。入浴施設につきっきりだった重装備部隊が開放され戻って来た頃には既に深夜だった。シュウとガルーダも複数人の村人を荷馬車に乗せ、連れ帰って来る。おそらく徒歩での移動に疲れ果て脱落した村人達だろう。シュウとガルーダは修道女達に村人を託し、コチラへ駆けてくる。


「お疲れ様でした、どうでした?」


カイトの問いかけにシュウとガルーダは顔を見合わせる。


「…これは言うべきだな」


「うむ…」


シュウとガルーダの報告は、衝撃的なものであった。


「コボルトがいない!?」


カイトが思わず声を張り上げる。


「ああ、村まで行って来たがコボルトの影はおろか、周辺に気配すらなかった」


「……」


カイトは、嫌な予感が脳裏をよぎり腹の底を何かに摘まれるような不快感を感じた。


「カイト?」


「嫌な予感がします、もしかすると…」


カイトはバッとクウに顔を向ける。


「最前線近くの監視塔に鳩を、コボルトを見かけたらすぐ報告を送る様に告げて下さい。それとゼノリコ様に馬車の手配と、衛兵を借りてきて下さい。何か渋ったらその緊急事態だと伝えて」


カイトは焦った様に早口に告げると、いつの間に買ったのか、ある羊皮紙を取り出す。


「どちらへ?」


「所用です、しばしここの指揮はハイデさんに任せます」


カイトはそれだけ言うと踵を返し、全速力である場所を目指した。


「おう、やっときおったか」


真夜中の深夜だと言うのに、クマの様な大柄の老人がパイプを吸いながらカイトを待っていた。


「ビルドさん…」


「マールがA級の小僧に求婚されて連れて行かれたと聞いたからのう。来ると思っとった」


カイトは何も言わずに羊皮紙をビルドへ差し出す。


「なんじゃい…」


ビルドはその羊皮紙を受け取ると、ランプを付けて羊皮紙を照らす。そこに描かれていたのは…


「複合鉄…ダマスカス?…」


ビルドは口をへの字にする。


「はい、私の世界に存在するおそらくですが最強の合成金属の設計図です」


「…ほー…設計図、最強の合成金属のう…ええ!?」


ビルドもマールの様な反応を見せ、やはり親子なのだと少し安心してしまう。


「マールから、お前が転生者である事は聞かされてはおったが…本当じゃったんじゃな」


ビルドは目を細めながら落ちたパイプを拾うと、再び火をつける。


「はい」


「しかし、これは難儀な肯定じゃのう?」


「本来なら、機械を使って製鉄するんです。おそらく、この世界でこの金属を作り出せるのは、貴方かあなたの技術を受け継いだマール位でしょう…」


カイトは俯いた。


「本当は…目前に迫っているマールの誕生日プレゼントにこの設計図を渡す予定だったんです…」


そして顔を上げ、ビルドを睨む様に見つめた。


「ですが、迷ってはいられない。マールに危機が迫っています。彼女には武器が必要なんです」


「ふむ、じゃがのう…カイト、マールは鏡面石の大剣を貰ったと聞いておる」


ビルドは冷酷に告げる。


「ヒューゴの坊主はA級冒険者、その実力は誰もが認めるじゃろう。おまけに鏡面石を大剣にして持ってくる程の財力もある…ふむ、お主の価値ではどう足掻いても勝てない相手じゃのう?」


彼はカイトをまっすぐに見つめた。


「いいえ、彼には足りないところもあります、彼はマールを全くわかっていません。確かに鏡面石の大剣には度肝を抜かれましたが、あれはマールには扱えない」


カイトの反論にビルドは肩をすくめる。


「…どういうことじゃ?負け惜しみは見苦しいぞ」


「負け惜しみではありませんよ、マールを見てきたからわかるんです…あの大剣は彼女には軽すぎるんだ、だからマールがあの大剣を使う事はないでしょうね」


「お主ならマール好みの武器がわかると?そのダマスなんとかつう…鉄なら鏡面石に勝てるのかえ?」


「鏡面石がどれだけ凄いのかはわかりません、わたしはこの世界の人間ではないので…ですが、ダマスカスの凄さは知っています…そして、鏡面石に勝てるかどうかはビルドさんの腕次第です」


カイトはにこやかにビルドを煽ると、ビルドはニヤリと笑う。


「言いおるわ、童が!しかし、悪くない、わしの鍛えたダマスなんとかが、あの鏡面石に勝てるかもって?腕がなるわい!で??どんな剣を打つんじゃ?あるんじゃろ?」



「勿論です…」


カイトは乗り気になったビルドに、更に一枚の羊皮紙を取り出し、綺麗に畳まれたそれをビルドに差し出す。


「それを作るためのダマスカスです、この世界には存在しない、現代の剣。現代に憧れを抱いている彼女ならきっと飛び跳ねるほど喜んだでしょうね…」


ビルドはその羊皮紙を開く、そこには一振りの大剣が描かれていた…いや、長剣と言っても良いほどの大剣である。


「…なんじゃいこれ!!こんなん武器があるんか!?」


ビルドもマールの様に興奮した様子で飛び跳ねた。


「なんじゃいこの不細工な造形!?なんでこんな形にされておるんじゃ!!」


ビルドはその剣を眺めカイトに唾きが飛ぶほどに興奮している。


「ずるい!貴様!これを孫だけに独占させるつもりジャッたと!?それは貴様ずるい!!ずるすぎるぞい!!」


やはり親子なのだな、とマールの様な反応をしたビルドはゴホンと咳をすると立ち上がる。


「カイト、この剣とこの金属はわしが打って見せよう…工房へ入れ」


「え??」


今まで工房には頑なに入れようとしなかったビルドが、初めてカイトを工房へ招き入れた。


「こんな複雑な金属を設計図だけ渡してほら作れで出来るわけがなかろうに!…それに」


ビルドは大きな手でカイトを掴むと引き寄せる。


「もう少し先じゃが、いずれ家族になる男なんじゃろ?なら、今のうちにわしの工房に慣れておくのも悪い事ではなかろう?」


「は…ははは、お手柔らかに…」


「そうと決まれば早速やるぞ!!」


やはり親子なのだ、ビルドはマールの様にカイトの手を引いて工房へ入っていった。

次回もグロです

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