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2の5 マンイーター

お待たせしました、マンイーター編です

朝、夜明けと共に目が覚めると…そこは違う天井が広がっていた。


「ここは…」


目の前に広がる豪華な紅い天井、視界を動かすと黄金のシャンデリアがある。


「そうだ…僕は…」


マールは身体を起こし、ベッドから立ち上がり側に備え置かれた鏡に自分の顔が映る。また、涙の跡がくっきりと付いていた。


「またかぁ…」


これは、マールの意思で涙を流しているわけではない。カイトから教わった、マールは夜、何もないのに魘され涙を流すのだと言う。そうは言われても、マールにはそんな記憶は一切ないからこまりものである。


「…んん…」


ゾクリと、何かが彼女の首筋を撫でた気がする。昨日の村でのコボルトとの戦闘以来小さな不安と胸騒ぎが収まらないのだ。


「身体、動かそ…」


こういう時、マールはいつも身体を動かすことにしている。身体を動かせば、程よい疲れと共に嫌な感覚を忘れることが出来るからだ。マールは部屋の側にかけられた自分の衣服と鎖帷子と一体化した皮の鎧を身につける。思えば、この鎧とは長い付き合いになる。今まで、マールは武器や防具に執着はなかった…壊れたらまた作ればいいそう考えていたのだが…この皮の鎧は違う、この鎧は、カイトと初めてあった時に…ゴブリンの巣へ入る際にカイトのアイディアで改造された皮の鎧である、マールは気がつけばこの鎧を大事にしていたのだ…壊れるたびに治して、皮がダメになったら新しいのに張り替えて、今もなお、使い続けている。そしてこれからも、使い続けるのだろう。マールは普段着としても愛用している皮の鎧を身につける、もはや着慣れた鎧は着心地が良いのだ。ふと、鎧から何かが落ちる。見ればそれは白いハンカチだった。


「ありゃ…カイトのじゃん、なんでこんなところに?」


シイロが間違えて入れたのだろうか?だがマールは考えることをやめた、面倒だったからだ。マールはおもむろにハンカチを鼻に当てた。彼女の鋭い嗅覚はそのハンカチについたカイトの匂いを感じたのだ。不思議と彼の匂いを感じると胸騒ぎが落ち着いていく。


「カイト…」


マールはあの冴えない少年が居ないだけでここまで心細くなるとは思わなかった。当たり前に側にいるはずの指揮者の少年、戦力にもならず戦いではほぼ役に立たない役立たずな少年、見てると腹正しくなる太々しい少年…そんな少年が側にいないだけでここまでも不安を感じてしまうのだ。


ひとしきりハンカチから匂いを嗅ぐと、ハンカチを丁寧に畳むと鎧についた小物を入れるポケットへ仕舞い込んだ。マールは部屋からでて、屋敷の外へと出ていった。


そとは見晴らしのいい鉄の国の坂の上に屋敷はあった、ヒューゴの屋敷は実に大きく広い、カイトの屋敷の3倍はあると言える。マールは気にせず駆け出し鉄の国の中を走って回る。鉄の国の落日により多くのリザードマンに入られ、破壊された筈の鉄の国は随分と復旧されている。もはやあの時の爪痕は、今の鉄の国には殆ど残ってはいない。高山のある険しい断崖を背に造られた鉄の国は、ベルラートとは大きく違う。その産業のほとんどは、国から直接入ることのできる鉱山から採取される様々な鉱物と、それらを使った製鉄や鍛冶が主の産業となっている。この国は鍛冶を志す者にとっては聖地なのだと言う。街の至る所に造られた製鉄炉の煙突からは常に白い煙が立ち登り、鉄の焼ける独特な香りが鼻をつく。ただ、今のマールにはこの見慣れない景色や臭い、そのどれも新鮮であったのだ。鮮やかな黄色に輝く太陽の日差しが彼女の目を刺して視界を奪う。


走り始めて1時間程、何処かから嗅ぎ慣れた人の匂いを感じた。


「この匂い…」


マールは、パッと明るくなると猛スピードで駆け出した…マールが向かった先には…。


「ふー…ふー…」


ドラド、ここに眠ると書かれた大きな石碑の前に、黒髪に褐色の青年が湾曲刀を手にしたまま片足立ちになっている、上半身には何も身につけてはおらず筋肉質な褐色の肉体が汗と日差しで輝いている。


「アジルにいちゃん!」


マールが声を張ると、そのままアジルへと突撃する。


「お!マール!?かあ!!」


アジルはマールに面食らった様な驚き顔をするも、即座に手にした湾曲刀を捨て、突撃して来たマールを正面から受け止めると抱き上げ、小柄なマールの勢いに任せて3回、4回と回転するとゆっくりと降ろした。


「にいちゃん、相変わらずだね?でもいいの?代理とはいえ王様の立場の人がこんなところで汗流してて」


マールの言葉に、アジルは顔を顰めて白い歯を剥き出しする。


「余計なお世話だ!そんなことよりマール、来るなら言えよ!いつ来た?」


まるで親戚の老人のように、生意気な妹分へ突っ込みをいれながら問いかけた。


「昨日の夜かな?」


「ははは!そうか!て事はカイト君もいるのか!?どこにいる?」


少年が好きなアジルはカイトを想い描いて手をワキワキとさせている。


「…えっとね…その、カイトはきてないの…」


マールは何処か寂しそうな表情を浮かべ、それを見たアジルは真顔に戻る、そして首を傾げた。


「…喧嘩でもした?」


「し、してないよ!!」


アジルは麻布を首にかけ、床に落ちた湾曲刀を雑に蹴飛ばしてドラドの石碑の側へ転がすと、自分もその石碑の前でどかりと腰掛けると、そこに置いてあった水の入った竹の水筒の蓋を開けるとそれを飲みながら自分の隣を叩いた。


「……」


マールは静かにアジルの隣に座ると、アジルは水筒をマールに差し出し、マールは水筒を手に取り中の水を飲む。


「ふう…ヒューゴがね?僕を妻にしたいんだって」


「はあ!?ヒューゴが?お前を!?ははははっ!面白い冗談じゃないか!最高だ!…ははは…はは…」


わざとらしく笑っていたアジルだが、マールの複雑そうな表情を見ると、次第に声量が治り真面目な顔をする。


「え…まじなの?」


アジルの問いかけにマールは頷いて膝を抱える。


「うん…鏡面石で作った剣までくれたんだ、婚約指輪の代わりなんだって」


「きょ…鏡面石ぃ!?…」


アジルは一瞬顔を顰めるが、すぐに思い悩むマールの背中に優しく触れる。


「で?どうなんだ?」


「なにがぁ?」


「応えるのか?あいつの想いに…」


アジルの言葉に、マールは膝を抱えたまま揺れ動く。


「分かんないよ…僕…こんなの初めてだし…」


マールは悩んだ様子で頬を膨らませ、そんなマールを見たアジルは小さく吹き出した。


「じゃあ、俺が言っとくな?やめとけ!俺はあいつ嫌いだしな!可愛くないから!」


少年愛好家らしい見解をアジルは述べながら高らかに笑い飛ばすとマールはアジルを見上げる。


「そうやって悩んじまっている時点で、お前には合ってないのさ」


「…そういうものなの?」


マールは引き気味に表情を引き攣らせていると、アジルはマールに身を寄せる。


「だってお前、カイト君に同じ様に迫られたら迷わず頷くだろ?」


「なっ!?そ!そんなわけないよ!その場でお断りだよ!!」


マールは分かりやすく顔を真っ赤にするとぶっきらぼうに言い放ちぷいっと顔を背けた。そんなわかりやすい妹分の反応に、アジルは満足そうに肩を揺らして笑っている。


「いや、だが待てよ?お前があいつと結婚したら…俺がカイト君を好きに出来るのではないか?!」


唐突に閃いたアジルが語り出す。


「はあ?」


「マールに振られ、傷心のカイト君…そのタイミングならきっと俺の愛も届く筈!!そうは思わないか?よし、鉄の王命令だ!今すぐ結婚しろ!」


また始まった、少年愛好家なアジルの妄言はうんざりするほど聞かされている。こう言う時は8割冗談で、マールの反応を楽しむために言っている。しかし、マールの中で一つの決心がついた。


「だーめ、僕は結婚しないし、カイトもにいちゃんにはあげないよ!あいつは僕の指揮者なんだからっ!」


その言葉に、アジルは目を細め急に殺気立つ。


「なにー?妹分のくせに生意気を言う様になったな、反抗期か?」


強者のみが放つ、全身をビリビリと痺れさせる独特な殺気の感触に、マールの胸が踊る。


「なあに?今の僕、めちゃくちゃ強いけど?やりあう気?やめといた方がよくない?」


マールの煽りにアジルは分かりやすく舌打ちを鳴らして睨みつける。


「はっ!勇者だかなんだか知らねえが…少し背伸びした程度ではねっかえりやがって、ガキのくせに生意気言ってんじゃねーぞ?」


ばちばちと火花が飛び散りそうな程の睨み合いの後、二人は静かに立ち上がると、アジルは雑に脱ぎ捨てられた上衣の位置に置かれた儀礼用の剣を拾いあげると、マールに投げ渡す。


「こんなので戦えっての?」


マールは笑いながら儀礼剣を受け取ると鞘から抜き放つ。


「勇者の神託は、武器ならなんでも使いこなせるんだろ?それともその噂はハッタリなのか?」


「まあ、手加減には丁度いいかな?」


マールも負けじと煽り返すと、アジルは自分の足元に転がっていた湾曲刀を強く踏み跳ね上がったそれを空中でてにする。


「久しぶりわんわん泣かしてやるよ妹分!!」


「あはっ!やってみなよ!!にいちゃん!!」


マールは儀礼剣を構えて腰をずしりと落とすと、アジルと派手にぶつかった。当然、勇者の信託により使いこなしたとしても儀礼用の剣が最速の剣士の攻撃と打ち合えばどうなるかなんて子供でもわかるだろう。マールは儀礼剣を派手に叩き壊し、アジルと共に秘書からしこたま叱られるはめになったのであった。


平和でのどかな朝のひとときとは裏腹に、鉄の国にはちゃくちゃくと脅威が迫って来ていた。


「グブブブ…」


マールを追いかけ、鉄の国までやって来たマンイーターは遥か遠くの丘の上から鉄の国を一望しながらニヤニヤと笑っていた。


「ぜんだい…包囲を…」


マンイーターは山を埋め尽くす程のコボルトを指示し、ゆっくりと動き始めた。


「カイト!!」


ビルドの工房に褐色に黒の上下を身につけた少年が飛び込んできた。工房の奥ではカイトとビルドが集中しながら熱した鉄に砂の様な何かをかけ、鎚で叩いて均等に伸ばし、伸ばした鉄の棒を挟んで捻り、再び熱し、砂をかけて均等な力で伸ばしてを繰り返している。


「ビルドさん、大丈夫です」


「ふいー…カイトよう!お義父さんでいいぞ?」


「は、ははは…」


ビルドとカイトは仲良さそうにそんな会話をしていると、クウがズイズイとやって来て存在をアピールする。


「クウ?どうしました?」


カイトに問われると、クウは手紙をカイトに差し出す。


「カイトの読み通り、最前線近くの物見塔から報告があった…山を埋め尽くす程のコボルトの大群が、北東へ向かって動いていたようです!」


クウの報告に、カイトは目を見開くと即座に立ち上がり地図を広げると物見塔から北東へ真っ直ぐ線を引く、その前の先には…鉄の国はがあった。カイトはゆっくりとクウに顔を向ける。


「クウ、クランメンバー全員を直ちに集めてください、完全武装も忘れずに」


「わかりました!」


カイトの表情から事態を察したクウは、勢いよく外へと飛び出していった。


「ビルドさん、どれ位で作れます?」


カイトの表情から危機を察したビルドは鎚を握る手に力が籠る。


「1時間…いや!30分くれ!!バッチリ打ち上げるわい!」


ビルドは一晩かけ、大きなダマスカスの塊を生成した…そのダマスカスの塊を勢いよく炉に焚べると、カイトの手渡した設計図を一瞥してから槌をてにする。


「刀鍛冶衆も呼んでこい、奴らに持ち手を作らせる」


「分かりました!」


工房を飛び出したカイトはその足で素早くクランハウスへ向かう、クランハウス内は多くの仮設テントが設けられ、修道女達が避難民達の面倒をみている。カイトは手早く刀鍛冶衆を召集すると、ビルドがいる工房へ走らせた。


「カイト!」


走るカイトをクウが呼び止める、見れば既に全員が武装してこちらへ向かって来ていた。背後にはゼノリコを護送する馬車と、馬に鞭打つガルーダの姿がある。


「ガルーダさん、いつのまに馬車の騎手を?」


カイトはガルーダに語りかけると、ガルーダはニヤリと笑う。


「ふん、わたしは元々騎馬に乗れるからな、馬車の扱いもこの通りだ」


ガルーダは自慢げに胸を張る。


「ガルーダさん、騎手ができたらもっと役立てると言って一生懸命練習していたんですよ?」


「アンネマリー!余計な事はいうな!!」


ガルーダは顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに声を張った。クランメンバー達が横隊で整列する。


「一緒にいけないのが残念でなりません…」


不意に背後から声がすると、金髪ショートの司祭、ハイデが実に残念そうに呟きながらカイトの隣に並ぶ。


「流石に大司教を戦場に連れて行くのは…色々怒られてしまいますからね…」


カイトは苦笑すると、ハイデは落胆のため息を吐き出す。


「次は一緒にいきますからねっ!」


まじか、カイトは苦笑した。


「はあ…はあ…間に合いましたか…」


するとクランハウスへ一人の訪問者がやってくる。それは少女だった、ベルラートの紋章の入った青と金の外套を身に纏い黒髪おさげで眠そうな瞳、小柄な身体を猫背に丸めた少女が歩いてくる。全速力で走って来た為かゼエゼエと喘ぎながら肩で息をしている。


「ユズ!?どうしたの?」


シホが前に出て来てユズと向き合う。


「カイト様、此度の遠征は私も同行させてください…」


カイトは一瞬訝しむが、そんなカイトを見てユズはニタリと笑う。


「予言ではわたしがいた方がいいようです、勇者様を救うなら…迷わないでください」


「わかりました、ユズ、貴女を信じましょう」


カイトはそう告げると、ユズは息を整えて笑い姿勢を正すと胸に手を当てて敬礼した。


「鉄の国には直球せず、必ず最前線へ寄ってください…」


「……なにかあるのですか?」


カイトはといかけるが、ユズは首を横に振る。


「わかりません、予言ではそうありました…」


最前線から戦える冒険者に助力してもらえということなのかもしれない。


「あれ?ユズ…化粧してるの?珍しい…」


シホの発言を聞き、初めてカイトもユズが化粧をしていることに気がついた。いつもの不気味なオタク的な印象がどことなく薄いのはそのせいかもしれない。


「皆さん、馬車に乗車してください!ビルドさんの武器が出来次第、最大全速で鉄の国へ向かいます!!」


カイトは声を張り上げ、全員が馬車へと乗り込んだ。数分後、ビルドが刀鍛冶衆の少年たちと複数人で剣を抱えてやって来る。


「カイト!言われた品じゃ!重すぎてわしでも一人じゃ持ち上がらん!がはは!!」


ビルドはそう笑いながら馬車へ大剣が包まれた麻布を積み込んだ。


「シホ、トモヤ、てち丸クランハウスはお任せします」


冒険者ではない二人と1匹は戦地には同行しない、トモヤはドンと胸板を叩く。


「任せてください!」


威勢よく吠えたトモヤに頷くと、カイトは騎手のガルーダへ指示を出す。


「目標ベリドゥ!前へ!」


カイトの号令と共に、ガルーダは馬に鞭を打ち、馬車が動き出す。そうしてカイト達は一路、最前線の街ベリドゥへと向かった。


場所は変わり、鉄の国…アジルとの運動を終えたマールはヒューゴの屋敷へ帰って来ていた。


「やあ、マール、朝から騒ぎを起こしたそうだね?」


ヒューゴはフロアに設けられたソファでくつろいでいた。マールはヒューゴと会った時にすぐに断ろうと考えていたが、ヒューゴの顔を見ると、彼の好意を無碍にする事は気が引けてしまう。


「やんちゃなのは構わないが…いや、それも君らしさなのかな?」


ヒューゴはそんな冗談を口にして一人で笑っている、マールはそんなヒューゴに笑いかけると自室へ戻ろうとしてフロアの階段を上がろうとした。フロアの階段の上には大きな女性の肖像画が飾られている。


「その女性が気になるのかい?」


ヒューゴに後ろから声をかけられ、マールはびくりと跳ねた。


「あ、う、うんそう…綺麗な人だなって」


マールはそう言って肖像画を見上げ、ヒューゴが隣に並ぶ。


「マールにそう言って貰えるとはね、母も喜ぶだろう」


「え?お母さんなの?」


マールの問いかけに、ヒューゴは苦虫を噛み潰した様な顔をする。


「…ああ、母であり、我が家の汚点でもある」


「お…汚点?」


すると、ヒューゴは語り出す。


「母はマンイーターになったんだ」


マンイーター…生きたまま女冒険者の内臓を喰らうという怪物である。マールはヒューゴに目を向けるとヒューゴは腰に下げた長剣の持ち手を握りつぶさん勢いで握りしめていた。


「老いていく自分に耐えられなかったんだとか…母は永遠の美しさを手にする為、加護喰いに手を出したのさ…夜な夜な駆け出しの冒険者の少女を屋敷に招き入れては毎晩のように内臓を食い荒らして殺害したのだという…駆け出しの冒険者は皆、加護も少なく蘇生に必要な数字を満たせない。資源が乏しい鉄の国では数字を満たせない冒険者の亡骸は死者として埋葬されてしまうことが殆どだ。だから明るみになる事が遅れたのさ…」


「酷い…」


マールは素直な気持ちを言葉にしてしまう。


「あ、ごめん…」


「いいのさ、事実だからね…」


ヒューゴはマールに目を向ける。


「で、お母さんはどうなったの?」


マールの問いかけを受けたヒューゴは目を伏せる。


「私が斬った」


ヒューゴは手を震わせる。


「今まで多くの亜人や魔物を斬り捨ててきたのに、不思議と自らの生みの親を斬り捨てたあの感覚だけは、ずっと消えないのさ」


「自分の親だもんね…僕にはいないからわからないけど…」


マールはそう言って再び肖像画を見上げる。


「彼女の行った狂気の償いとして、駆け出しの冒険者達の蘇生のために全ての資産を投げ打ったが為に…我が家は没落した。」


「そこはちゃんとしたんだ?」


「勿論、そうしないと気が済まなかったからね?」


ヒューゴはそういうか男だ、付き合いはそれほど長くはないが、マールはそう感じた。


「でも不思議、ヒューゴは僕の事、嫌いだと思っていたのに」


マールはそう笑うとヒューゴも肩を揺らして笑う。


「私なりには好意のアプローチのつもりだったんだよ?嫌がらせに取られていたのは正直ショックだった」


「うそ!本当に??…僕なんかのどこがいいんだか…物好きだねえ…」


そう思っているのはマールだけだろう、ヒューゴはそう考えながらも息を漏らす。


「君を事故で殺してしまったあの日から…わたしは君に惚れていた」


「うげ…いやな惚れ方だなあ…」


マールとヒューゴとの出会いは、そこだった。ある日の最前線で、ヒューゴが倒したジャイアントギガースの身体にマールは押し潰されて死んでしまったのだ。


すぐ様蘇生されたマールだが、謝りに来たヒューゴを思い切り殴りつけた事を思い出す。


「あのパンチは痛かったな、素直にいうと、君に見惚れていて避ける事が出来なかったんだ」


ヒューゴは誇らしげに語りながら頬をさする。


「うう…」


恥ずかしがるマール、そして静寂が二人を包む…マールはヒューゴに断りを切り出そう…そう決心した、その時だった。


急に、鉄の国全体を激しい鐘の音が鳴り響く。それは亜人襲撃を知らせる特別な鐘の音である。


「なに!?コボルト?」


アジルの元にも城壁の兵士からの報告がもたらされた。青ざめた様子の兵士は顔を上げる。


「はい、コボルトの大群です!国の周囲を何重もの列を作っています!地平線を埋め尽くす程の大群が!我が国に迫っています!」


「……笑えねえな、それは」


アジルは顔を顰めると、すぐに立ち上がる。


「直ちに各国へ救援の鳩を飛ばせ、ベリドゥなら近い、すぐに救援が来るはずだ。橋を持ち上げ、堀に水を入れて籠城の体制を作れ、コボルトは1匹たりとも鉄の国に入れるな!!」


アジルな各員に指示を飛ばすと、鉄の国の臣下達が慌ただしく動き始めた、アジルも立ち上がり、腰のぶっ壊れた儀礼剣を側の机に置くと、そこに置かれた自らの無骨な湾曲刀を手に取った。


「王よ、まさか自ら打って出るとかいいませんよね??」


口うるさい鉄の国の秘書官が前に出て来て立ちはだかると、アジルを睨みつけた。


「え?そりゃ…」


彼は一歩前に出ると、油断していたアジルの腰から湾曲刀を取り上げた。


「ダメです!なんで我が国の国王はどいつもこいつ最前線で戦いたがるのですか!死なれるこっちの身にもなって下さい!」


彼はドラドの臣下として常に忠誠を誓っている秘書官であった、ドラドの二の舞は絶対にさせないと言う決意が目にみなぎっており、激しい剣幕で捲し立てて来る。流石のアジルもそこまでの剣幕で捲し立てられては素直に従うしかない。


「しかしなあ…こんな状態だぞ?…」


「にいちゃん!」


そこへ、マールとヒューゴがやってきた。


「城門まで行って状況を見てきた!!すっごい数、山の向こうまでコボルトがびっしりだった!!」


そんなマールの報告に、先ほどまでアジルに怒りをぶつけていた秘書官は見るからに狼狽し、青ざめる。


「な、なんという事だ…」


そこでヒューゴが前に出て来る。


「相手がコボルトなら、中にいる冒険者で充分事足りる。ギルドに命令して出陣させたらいいだろう?」


ヒューゴはそう告げると、アジルはため息を漏らすと秘書官に目を向ける。秘書官は口を手で抑えると目を逸らした。


「それがな…」


アジルは肩の力を抜き、目を覆うとゆっくりと語り出す。


「冒険者がいない!?!?」


ヒューゴの声が響く。


「ああ、秘書官の指示でな。鉄の国の冒険者達は今、最底辺のZ級のみを残し、ベリドゥへ送っているんだ」


「何故だ!!どうしてそんな事をした??なんで!」


「お、お許しください!まさか…まさかこんなことになるだなんて思わなかったのです!」


秘書官が前に出て来て頭を下げるが、ヒューゴはそんな秘書官を掴んで雑に放ると、弾ける様な勢いでアジルにつかみかかる。


「提案を受け、指揮をしたのはお前だろアジル、責任はお前にある」


ヒューゴは殺意に満ちた視線をアジルに向けながら首を絞めあげた。アジルは尚も飄々としてい。


「簡単な話だ…最前線が抜かれた時、一番最初に被害を受けるのはこの鉄の国だからな。亜人が魔王により招集された今、国の防衛は最小限にし、エルフが押し寄せている城壁に集めた方がいい…秘書官はそう提案したし、俺もいい考えだと思った、それだけだ。」


「その決断の結果が、この国にはZ級の軟弱な冒険者しか残っていない…という事か?無能がっ!!」


ヒューゴは怒りに身を任せ、力強くアジルを突き飛ばす。それを見たマールが無表情になるなりヒューゴに掴みかかろうとしていたが、素早くアジルは手で静止している。


「しかたない、わたしが打って出る」


ヒューゴが声高らかに宣言すると、鉄の国の臣下達が湧き立つ。


「おお!行ってくれるか!切断公!」


これならば大丈夫だ…そう言いたげに秘書官すら安堵の表情を浮かべた。


「ダメ!行っちゃダメだよ」


しかし、一人だけはヒューゴの提案を真っ向から否定した。


「マール?」


ヒューゴは目を丸くして顔を向けると、マールはアジルの側へ向かう。


「にいちゃん、地図ある?」


マールに言われ、アジルは臣下の一人に指示を出し、指示された臣下は駆け足で大きな地図を持ってきた。


「何故出てはならないんだ、マール」


ヒューゴの問いかけにマールは頷いた。


「前に鉄の国が奪われた時、カイトが教えてくれたの、この鉄の国は相手にとっては攻め辛い地形に有るんだって…」


そう言って他の臣下が持って来た長机に地図を広げ、マールは鉄の国の背後の断崖を指差した。


「背後は険しい断崖による天然の城壁があるので、背を打たれる心配はない、これは同時に敵は城壁を囲うように展開しなければならないんだって、つまり、敵は僕達の視野で治る程度でしか展開は出来ないの」


マールはそういいながら次々城壁の凡ゆる所に石を置いていく。


「あの事件の後、城壁の周りにはカイトの提案で深い堀が掘ってあるでしょ?」


鉄の国を取り返したあと、カイトは鉄の国の周辺を取り囲むように深く大きな堀を掘るように提案しており、落ちても大丈夫なように常時水が張られている。


「堀があるから敵はハシゴをかけられない。入り口三方の橋は上げちゃってるんだし、敵がこの国に接近するには堀にはられた水を泳いでくるしかないの、そんなの矢でいくらでも射てるんだから、今城壁にいる兵士たちだけで十分事たりるんじゃないかな?そもそもコボルト達は水を嫌うってカイト言ってた、だから包囲はできても、それ以上はない。こっちから動く必要はないよ」


「流石カイト君だ、そのための堀だったのか!」


アジルは一人で感激していた。鉄の国の臣下達も関心を示しており、だが、ヒューゴは苛立つような表情を浮かべた。


「…マールは籠城すべきだと言うのかい?あいては高々コボルトだぞ??」


ヒューゴの問いかけに、マールは頷いた。


「うん、カイトが言ってたの。敵に戦場の主導権は絶対に渡しちゃいけないんだって…今、戦場の主導権は僕たちが持ってる状態なんだよ?わざわざ手放す必要ないんじゃないかな?」


マールはそう言いながら地図を指差し鉄の国の外郭を撫でる。


「カイトならもっと分かりやすく言ってくれるんだろうけど…多分、相手は自分達の戦場に僕達を誘い込もうとしてるんだ。コボルトは弱い亜人だが、一番怖い亜人だってカイトは口酸っぱく煩いくらいに言ってた、だから、敵の出方がわからない状態の今は、下手に付き合ってはだめ、カイトなら…」


「カイトっ!カイトと!!もうカイトの話はいいだろう!!」


痺れを切らしたヒューゴが声高らかに怒鳴り声をあげ、マールは黙ってしまう。


「マール!君は…あんな腰抜けは信用するのに、わたしの実力は信用してくれないのか!!?」


ヒューゴは明らかに我を忘れるほどに怒っていた、自分が支離滅裂な言葉を言っていることにも気がつかないほどに。


「おい、マールはそんな事は言ってないだろう?」


すかさずアジルがフォローに入るがヒューゴは聞かない。


「部外者は黙っていろ!!これは鉄の国の問題なんだ!」


「いや、俺一応王だし…代理だけど」


アジルは既に勝った気でいる臣下達に目を向けた。


「お前達は?ヒューゴ派?俺はマール派、指揮者の知識は本物だ。それは鉄の国を救われたお前達とて同じじゃ無いのか?」


カイトが指揮をとった事でこの国は救われている。それを思うと、指揮者の実力は認めざるを得ない。臣下達は顔を見合わせ、手を挙げるものは居なかった。


「指揮者様の見解は正しいかと、私もマール様の判断に賛成します」


一番口うるさい秘書官が、真っ先に賛成を示した。それに伴って次々と臣下達が賛成し、マールの方へ行く。


「き、貴様ら!…」


ヒューゴは誰もこちらへ来ない事にショックを受けた様子で顔を顰めている。


「ですが、マール様、籠城するにしてもどうするのです?」


臣下の一人がヒューゴを無視して机に手を乗せて地図を睨み、マールへ問いかける。マールは必死に記憶を掘り起こしはじめる。


「え?…あ…えーと…籠城には確か…ご飯が必要なんだっけ…」


「我が国の備蓄食糧はどれくらいある?」


マールの言葉を素早く解読したアジルが秘書官に問うと、秘書官は書類をバラバラと捲る。


「この国の冒険者が出払っていて助かったかもしれません、今の状態ならば、一月は持ちそうですね」


「僕達がこの国に入るために使った坑道の抜け道はまだあるの?」


「あそこは事後に潰してある。もうあそこから敵が入ってくる事はないだろうが…念のため、入り口も塞いでおくか?」


「うん、それがいいと思う。コボルトは穴掘り得意だから、掘られちゃうかもしれないから。」


マールの同意を得て、アジルは臣下の一人に視線を投げかける。


「はっ!」


指示を受けた臣下は焦ったように走って行った。


「では、国の方針としては。ペリドゥからの救援をまつという事でいいんですか?」


秘書官の言葉に、アジルはマールに目を向け、臣下達はマールへ目を向ければ、マールは大きく頷く。


「ですが、救援は来ますかね?…いくら鳩を飛ばしたとはいえ…」


臣下は不安を吐露しマールに視線が集中する。


「カイト達は多分そう動くはずだよ、あいつなら既に動いてる可能性だってある、なんとなくだけど、もうベリドゥまで来てるような気はするし」


マールはそう語り、アジルも頷いた。


「カイト君、戦争好きだもんな…彼なら確かに既に近くまで来ている可能性はある」


アジルも納得して頷いている。


「成る程、それで指揮者様と共にやって来たベリドゥ側の増援と同時に、俺たちも打って出て行き、挟み込むわけだ」


アジルの言葉に、秘書官の男が首を横に振る。


「な、なりませんよ国王!打って出るにしても戦力はどうするのです!?」


「大丈夫、カイトが言うには…背後に敵の襲撃を抱えた状態での正面からの攻撃って、受ける側はかなりのストレスになるんだって。人間だってそうなるんだから、人間よりも弱くて小さなコボルトならより強いストレスになる筈」


マールは軍議用の兵士を模した駒を手にすると、入り口とベリドゥ側へ並べていく。


「ですが…そんな戦力どこに?…はっ!まさかZ級の駆け出し冒険者達を使うつもりですか?」


秘書官の男は勘づいてマールに問いかける。


「うん、この挟撃状態なら。Z級の駆け出しや燻ってる底辺なみんなでも充分に戦える状態になるはずだよ?士気?ってカイトはいってたかな?…それに」


マールはゆっくりと視線をアジルへ向けた。


「どうせ、にいちゃんの事だから自分のクランメンバー達は国内に残しているんでしょ?」


マールに嫌な笑いを向けられ、アジルは顔を顰める。


「な、国王!それは本当ですか??」


秘書官は驚き臣下達も目を向ける、アジルは観念したようにため息を吐き出した。


「バラすんじゃねえよ妹分コラ…」


悪態をこぼしながら端に寄せてあった駒の中から騎馬を手に取り、入り口へ置く。


「俺のクランメンバーは砂の国から連れて来た騎馬50、俺が選りすぐった精鋭で全員G級以上の実力者だ。俺達が正面で、Z級の駆け出しどもを引っ張ってやる」


そしてアジルはマールを見た。


「勿論、僕も加わる」


「ははっ、勇者が一緒なら心強いな」


二人は笑うと、秘書官は握り拳を作る。


「…ここにA級冒険者のヒューゴも加わるのか、いけるぞ!」


「ああ!いける…」


希望を見出した臣下や文官達の顔に笑顔が現れる。そこで一人が気がついた。


「ちょっ!ちょっと待て!!…ヒューゴはどこだ??」


全員は目を向ける、先ほどまでそこにいた筈のヒューゴがいない。


「まさかあいつ、一人で行ったのか?」


アジルが小さくつぶやいた、その隣でマールも頭を抱えて机に突っ伏した。


「もー!最悪っ!!」


大きな声を挙げながら机をバンバンと音を立てて叩いた。アジルも他の臣下達も肩を落として盛大なため息を吐き出した。


「…はあ、仕方ないかあ…アジルにいちゃん達は作戦通りに城門を固めてベリドゥの救援を待って」


マールはそう言うと踵を返した。


「お前はどうするんだ?」


「……バカを助けて来る。頑張っては見るけど、もしも僕が死んでも絶対に来ちゃダメだから、カイト達が来るのを待ってね?」


そう言い残すとマールは笑いかけ、ヒューゴの後をかけていった。


「あんのボケナスが!!」


いつも飄々として感情の底を見せようとしないアジルが、激しい激昂と共に怒鳴り声を張り上げ、そして怒りの勢いそのままに、前に置かれた長テーブルを思い切り叩き砕いた。


「少しでも危機を視覚で伝える!国中の炉をつけ!木炭をぶちこんで狼煙をあげろ!!国が攻め入られているように見せかけるんだ!!」


「あ、アジルさま?そんなことをすれば産業が…」


「いいから!!早くしやがれってんだ!!!!」


アジルは殺気を隠さず、口答えするいつも口うるさい秘書官の胸ぐらを掴み上げ、首を締め上げた。


「ひ…ひい!…お、お許し…お許しを…」


マールですら尻込みしてしまうアジルの殺気を、ただの文官が受け切れるわけもない。アジルはそんな秘書官の泣き顔を見て我に帰ると、秘書官を解放する。


「すまん…頼むわ」


アジルは弱々しくつぶやいたのだった。


「鉄の国から大量の煙が!!?」


早馬を使い、馬車であるにも関わらずベリドゥまで来ていたカイト達は、ちょうど馬を変えている状態でその報を受けた。


「はい、ベリドゥの非番冒険者達にも動揺が走っています。コボルトの大軍団が既に鉄の国を落としている…だなんて悪い噂まで立っています」


「それは…急ぐ必要がありますね」


カイトは冷や汗を垂らし、空を見上げる、まだ太陽は真上には来ていない。まだ昼前といったところだろうか。


「カイト!!鉄の国に勇者様がいるってのは本当か!?」


そこへ、イザベラが息を切らせながら走って来た。


「私も連れていきな!!いや!断っても私も行くぜ!!」


イザベラはカイトも聞かずに馬車へ乗り込んだ。ただでさえ人手が足りないと言うのにここでイザベラの加入は、カイトにとってはありがたい誤算であった。


「よし、出発…」


手早くガルーダは馬車の馬変えを済ませたのを確認したカイトが出発の号令を出そうとしたその瞬間、ユズがカイトの手を掴む。


「カイト様、まだです。今すぐ酒場へ行って来て下さい、そして誰でも良いので連れて来てください、貴方は必ず正解を掴みます!」


「わ、わかりました」


カイトはユズに言われるがまま、全速力で酒場へと走った。こんな事をやっている場合ではない、カイトは今すぐにでも鉄の国へ向かいたかったのだが…ユズの予言を蔑ろにする事は良くないと、何故か確信してしまう。はやる気持ちから、ドカリと酒場の扉をカイトは蹴り開けた。酒場には多くの冒険者達がおり、全員が此方を見ていた…その誰もが腕に自信のある高ランク冒険者ばかりである。誰でもいいとユズは言っていた、カイトも選ぶつもりもなかったのだが、ちょうど目の前のバーカウンターに重装鎧姿の大男が突っ伏したまま泣いていた。


「うう…寂しい…どいつもこいつも俺より先に結婚だの彼女だの…うう…」


熊のように大きな体に馬鹿でかい盾と大斧をカウンターに立てかけ、何本もの酒の瓶を空けている。


「ディートリヒさん?」


ベルラートが誇るA級冒険者、塔の二つなを持つディートリヒが何本目の酒瓶を空にした。ディートリヒはカイトを見ると目を見開いた。


「おお!カイトじゃねえか!なんだ!?お前も俺を笑いに来たのか!?」


ディートリヒはどうやらまた女性に振られたらしい、今年で30になるディートリヒは焦っていた…周りの同期達は次々と身を固め、生き遅れとなる事に恐れていた。そんなディートリヒの前に現れたカイトに、ガバリと立ち上がる。


「カイト!お前のクラン、可愛い子がいっぱいいるよな!!?誰か紹介してくれ!!頼む!」


ディートリヒは弾けるようにカイトの肩を掴んだ。


「良いですよ、ディートリヒさん。私のクランの子を紹介してあげます」


「マジか!?誰だ!!ガルーダ!?アンネマリー!?シイロさんでもいいぞ!!」


名前まで覚えているのか…カイトは苦笑しつつ。


「馬車にみんないます、好きな子を紹介してあげます」


「ま!マジか…!!」


「そのかわり、一仕事請け負ってはくれませんか?」


「…それは別料金だな、金貨一枚くれ後払いでいい」


ちゃっかりしている、ディートリヒは大きな体を持ち上げて立ち上がると巨大な斧と盾を背中に担いだ。


「よっしゃ!なら一仕事と行こうぜ!!」


ディートリヒが仲間に加わった! なんてことを脳裏に浮かべながらディートリヒを連れて馬車へと戻る。


「ディートリヒ!てめえもくんのかよ!」


イザベラは文句を呟いたが、ディートリヒはガハハと豪快に笑う。


「おうよ!…おっ!」


ディートリヒは笑いながらも、馬車に乗り込もうとしてピタリと動きが止まる、そしてすぐにガバリと背を向けカイトの肩を掴んだ。


「カイト!!」


ディートリヒは怒りを顔に表してカイトの肩を握りつぶさん勢いで握りながらまるで猫を抱えるようにして連れていく。


「は、はい?!」


強面な上に巨漢なディートリヒにそんなふうにされては、カイトもあまりの怖さにちびりそうになる。するとディートリヒは真顔となる。


「カイト、今回の仕事は報酬なしでいい…代わりにあの子を俺に紹介してくれ!!!」


ディートリヒはそう言いながら馬車を指差した、その先には後部座席があり、そこには猫背に黒髪の小柄な少女、腫れぼったい目を細めたユズが座っていた。


「え…ユズですか?」


カイトは予想外のディートリヒの反応に、驚いていた…ディートリヒは強面な顔を朱に染めながらも。その槍のように鋭い目を輝かせる。


「ユズさん…ユズさんというのか?…素晴らしいお名前だ…」


褒めるのが下手か!思わず突っ込みそうになるカイトだったが、カイトはブンブンと首を縦に振った。


「よし、決まりだ!!」


ディートリヒはカイトを降ろすと、唐突に単発の髪をその熊のように大きな手でかきあげる。と、その場でカイトに跪き服従の姿勢をとる。


「塔のディートリヒだ…これより御大将の指揮下へ入る。存分に使い潰してくれ!」


ディートリヒは盛大な名乗りを告げる。そしてカイトは察した、ユズが化粧をして来た理由、そしてこの危険な遠征に無理やりにでもついて来たその理由、それはディートリヒを勧誘するためである。そしてそれは、ディートリヒが必要な場面が必ずくると言うことでもある。


「おい!ノロマども!早く乗りやがれ!!」


勇者の危機にいてもたってもいられず見るからに焦っているイザベラに急かされ、カイト達は素早く馬車へと乗り込んだ、気づけばディートリヒは当然ユズの隣に座っている。先程までの勇ましい女に飢えた彼はどこへやら、ユズの隣に座るだけで彼は一杯一杯になっているようだ。


「塔のディートリヒ、我が国が誇る最高峰の冒険者とゼノリコ様から聞いております」


「!?」


ユズはボソボソと呟きながら、ディートリヒを見上げた。


「どうか、勇者様を救って頂きたい」


ユズの真剣な眼差しを受け、ディートリヒは不思議と上がって硬くなっていた緊張が解れた気がした。


「任せてくれ、ゼノリコ様の期待通りの働きはするさ」


ディートリヒはそういうと、自らの頬を全力で殴り飛ばすと、まだ現地でもないのに兜を身につけ、フルフェイスをおろし、無言となった。


場面は再び、鉄の国。


ヒューゴは早足に歩きながら城壁へ駆け上がる。


「おお、ヒューゴ様!」


不安がる兵士達がヒューゴを見るなり顔を緩ませる。


「守備はどうだ、敵は動いたかい?」


ヒューゴはそう問いかけると、兵士達は顔を見合わせる。


「いえ、敵は堀の水を恐れているためか静かに待っています!」


「そうか…警備、ご苦労である」


ヒューゴは雑に労う言葉を投げかけ、それを受けた兵士は感涙の涙を流した。


「……」


ヒューゴは苛立っていた、マールが口にしたカイトの言った通りの展開が目前に広がっているからだ。コボルトは水を恐れ、包囲はしてもそれ以上の行動にはでて来ていない。


「君達は運がいい…」


ヒューゴはそう囁くと、兵士達は尊敬の眼差しをヒューゴへ向けて来る。


「今から君達は、A級冒険者の力を直に見れるのだからね!」


その言葉に、兵士達から大歓声が上がる。そしてヒューゴは軽く助走をつけると、一気に走りながら飛び、城壁から飛び立ち、堀を軽々と飛び越え、コボルトの海の中へと飛び込んだ。その瞬間、ヒューゴが飛び込んだ辺りのコボルト達がまとめて切り刻んで吹き飛ばされていく。


「たかがコボルトの集団ごときにカイト…カイト、カイトと…」


ヒューゴは忌々しげに声を漏らす、マールは戦いになる度に語尾のようにカイトは、カイトは…と口にしていた、とても楽しそうに。


「そんなにカイトが好きかっ!!!!」


ヒューゴは吠え、取り囲むコボルト達の身体が瞬く間に細切れにされ吹き飛んでいく。彼が腕を振るうたび、通るたび、彼の行く道は、バラバラにされたコボルトに敷き詰められていく。ながれおちたコボルトの血液が堀へこぼれ落ち、美しい水を真っ赤に染め上げていく。


「グブブブ…おー?いきがいいやづがいるなあ??」


コボルトの群れの中で、一人横になっていたマンイーターが、突如として起き上がってその巨体を晒す。ただでさえ小さなコボルトの中で立ち上がったマンイーターは、よく目立った事だろう、彼は黄土色に変色した皮膚をマンイーターはかきむしり、人の腑を食うためだけに発達した下顎からはダラダラと涎が垂れる。


「グブブブ…」


不気味に笑い続けるマンイーターは、コボルト相手に暴れ回るヒューゴの姿を確認すると、落胆のため息を漏らした。


「なんだ…オスか…」


見るからに落胆したマンイーターは、再び寝転がろうとした、そんなマンイーターの姿をヒューゴも遠巻きに確認する。周囲のコボルトを纏めて斬り払い、遥か遠方で退屈そうにしているマンイーターを睨む。


「貴様か?…このコボルト達の親玉は…」


ヒューゴは目視でマンイーターを確認すると、手にした剣を腰深く落として構え、たった一足の踏み込みで前を塞ぐコボルトの集団を瞬く間に蹴散らしながらマンイーターの前へ立つ。


「グブブブ…おめでたいバカがづれだなあ…女じゃないのが残念だ…」


マンイーターは異常発達した両腕を地面に付いてのしのしと歩き、ヒューゴと向き合った。


「釣られた?だと?いい威勢だ化け物!今、私は虫の居所が悪い、貴様は特別に細切れに刻んで畑の肥料にしてやろう」


「くああ…」


ヒューゴの発言中にもマンイーターは退屈そうに口を大きく開けて欠伸した、同時にヒューゴは斬りかかる。


「おお!?」


ヒューゴの素早い剣撃にマンイーターは目を見開いて驚きをあらわにすると、咄嗟に右腕を振り上げ盾にした。ヒューゴの剣は右腕を深々と切り裂かれる。


「いってえ…」


マンイーターは弱々しくヒューゴに怯んだ。ヒューゴは逃がすことなくマンイーターの身体を斬り刻むと切り裂かれて血が吹き飛ぶ度にマンイーターの脚が後ろへ後ろへと下がって行く。一見は防戦一方にも見える、しかし…


「このまま決めてやる!」


ヒューゴは勢い良くマンイーターの右腕を深々と切り裂くと、マンイーターの顔が痛みに歪みガードが上がる、ヒューゴはそのわずかに開いたガードの隙間に入り込み、目にも止まらない斬撃でマンイーターの胴を下から袈裟に切り上げた。


「ぐあああ……!」


マンイーターは血を吹き出しながら後ろに下がりついには膝をついた。


「これで…終わりだ!!」


身体に捻りを加え、渾身の一撃をマンイーターの首をはねあげようと走らせる、取った!ヒューゴはその一撃が確実にマンイーターの首を跳ねると思って疑わなかった、しかし。


「もういいが??」


マンイーターはニイっと笑うと、膝をついたまま、渾身の力で振るわれたヒューゴの剣を目の前で掴み取っていた。


「な…」


勝ちを確信していたヒューゴの表情が驚愕に染まる、次の瞬間、マンイーターは想像を絶する握力でヒューゴの剣を握りつぶし、中程から折れてしまう。


「…っ!?」


ヒューゴは素早くマンイーターから距離を取る、マンイーターは距離を取ったヒューゴに対して追いかけようとはせず肩を揺らしながら嘲笑うとゆっくりと立ち上がる。


「おかげで…眠気が覚めたぜ…さ、遊びは終わり、お前は今からごろずぜ?」


マンイーターの全身の切り傷が瞬く間に塞がり完治した事で、ヒューゴの頭を絶望に染め上げた。そんなヒューゴのことなど気にせずに、マンイーターは軽く身構えると、軽快なフットワークを刻み始める。


「ま…まさか…こいつは…」


ヒューゴはその軽快なフットワークに覚えがあった、それは最前線にもいる、拳師の神託を持つ冒険者が使うものである。しかし、気付いた時にはマンイーターの身体はヒューゴとの間合いを詰めて来ており、その腹を強烈な左腕の一撃が抉っていた。


「がっ…は!?」


ヒューゴの身体がくの字に曲がり、あまりの威力に宙に浮く。その瞬間に三撃の攻撃がヒューゴの身体を瞬間的に打ちのめした。早過ぎるマンイーターの一撃一撃は、一瞬たりとも見えはしない。マンイーターはさらにヒューゴの服を掴むと、その身体を捻りながら思い切り地面へ叩きつける。


「…雑魚が…身体をバラバラにじではずがじめでやれ」


マンイーターは動かなくなったヒューゴを軽く蹴飛ばしてコボルト達に放り、鉈を持ったコボルト達がそんなヒューゴへ飛びかかった。マンイーターはニタニタとしながら背を向ける、次の瞬間、背後のコボルト達が悲鳴を上げたのだ。


「?」


マンイーターはその悲鳴に振り返ると、目の前にヒューゴがいた、全身を血に染めながらもその目の戦意は消えていない。振るわれた折れた剣がマンイーターの顔に迫る。


「おっ!?」


マンイーターは軽快なフットワークで後ろに下がりつつその一撃を避けるが、額が深々と斬り裂かれ血が吹き出す。


「!?…なん」


その摩訶不思議な斬撃に、流石のマンイーターも驚愕の声を漏らす。ヒューゴは一切退かずに勢いそのまま突っ込んで来る。


「【神剣】」


ヒューゴはマンイーターの身体を瞬く間に斬り刻んだ。マンイーターのフットワークが間に合わないほどに一撃一撃は早く、最早予測は不可能。更に避けたと思っても、その一撃の余波に身体を切り裂かれてしまう。剣聖の神託による一撃は、敵に回避も防御も許さない。


「ち…ぐ!?」


雰囲気の変化と共に、マンイーターの身体が下がる。ヒューゴはそんなマンイーター目掛けて弾丸のようなスピードで飛びかかり剣を振るう、目標は首だった。


「取った!」


ヒューゴは今度こそ、勝利を確信した。だが…


「おじがっだなぁ??」


マンイーターは剣が首の皮膚に当たるタイミングでヒューゴの腕を掴んで止めていた。次の瞬間には想像を絶する握力が、ヒューゴの右腕を骨ごと容易くて握り潰す。


「が!がああああ!!!」


あまりの激痛にヒューゴは叫び力を失った腕から剣がこぼれ落ちる。


「うるぜえな…高々、腕が潰れたぐれえで騒ぐんじゃねえよ…」


マンイーターはそう言いながらヒューゴの身体を天高く振りあげると。


「ごっ…!!」


思い切り地面に頭から叩きつけ、ヒューゴの体から力が抜けて行く。マンイーターは掴んだヒューゴの腕をぶちりとちぎり取ると、興味もなさそうにポイッと捨て、さっさと行こうとする。


「…ま…まだだ…」


ヒューゴは頭から血を流し、右腕を失っても尚…這いずるように身体を起こす。


「まだいぎでんのがよ…しぶでえなあ…」


マンイーターは起き上がって来る満身創痍のヒューゴにうんざりしたような様子で、周囲のコボルトに目を向ける。


「あどはおめえだぢでりょうりじでやんな…面倒だ」


マンイーターは最早戦闘力を持ち合わせないヒューゴに興味はなくコボルト達に処理を命じた。


「ま、まて!…逃げるのか!!」


瀕死のままでも叫ぶヒューゴにコボルトは槍や鉈を手に迫って来る。絶対絶滅の危機、あとはヒューゴを解体して終わり…のはずだった。それは唐突だった、コボルト達が別の方向へ顔を向けている、見ればマンイーターもそちらに顔を向けていた。


「ぐぶぶぶ…ぎだがぁ!」


涎をダラダラと垂らしながらマンイーターが歓喜に咽ぶ。その視線の先には城壁があった、そこでは絶望に染まる兵士達がこちらを見ている。


「君、それ貸して?」


一人の少女が、見ていた兵士の腰から剣を引き抜くと、城壁から飛びおりた。堀に落ちたそれは水の上に立ち右手に握った小さなステッキを操る。


「【ダイダルウェイブ】」


その瞬間、堀の水が彼女の身体を持ち上げ天高く持ち上がると…倒れ掛かる勢いで水の壁が包囲していたコボルト達の身体を押しつぶし弾けるような勢いで濁流と化した水の壁がコボルト達を飲み込みながら迫る。津波はヒューゴを避けるように中で割れ、ヒューゴの周囲を纏めて洗い流してしまう。


「だあから、僕、いったじゃん?」


満身創痍なヒューゴの前に、水の上を歩いて来た小柄な少女が降り立った。茶色いショートボブの髪を揺らしながら翡翠色の瞳が地に膝をついたままのヒューゴを睨む。


「はい、これあげる。そんな状態でもコボルト位はやれるでしょ?」


マールは雑に兵士から奪った剣をヒューゴに放る、ヒューゴは俯きながらも失った右腕の袖を契り、傷口を覆いながら歯と左手だけでキツく締め付け止血する。


「マール…すまないわたしは…」


ヒューゴは立ち上がると、マールの放った剣を左手で掴み立ち上がる、マールはヒューゴを見もしない。


「邪魔だよ、退路は作ってあげたんだからさっさと逃げて」


マールはヒューゴにそう冷たく言い放つと、目の前のマンイーターと向き合った。マンイーターは先ほどの濁流を諸に受けた筈だが、びくともしていない。


「やっっとあえだなあ…勇者ぁ!!あいがわらず美味そうだぁ…」


マンイーターは歓喜に震え、声を張る。


「んん?…」


すると、マールをみたマンイーターは首を傾げた。


「勇者…おめえ…背ぇ縮んだんじゃあねえが?…髪型も…もっどこう…なががったじゃあねえが…」


マンイーターは無警戒にのしのしとマールの側までやってくると目が悪いからなのか、じっくりとマールの顔を見つめる。


「勇者…アリエッタは一緒じゃねえのか?いつも口うるせえオーレウスは?グンヒルドは?オットーやマキメもいねえ…それに、いつも金魚のふんみたくくっついていた指揮者のガキも見えねえ…?」


それは、1000年前の勇者パーティの英雄達の名を上げ、周囲を見渡している。


「君は…誰?」


マールは問いかけた。


「忘れたのか?ひでーな…勇者…お、俺はオルド…だよ、人喰いオルド!」


人喰いオルド、聞いたことの無い名前ではある、だが、彼の口から出た1000年前の英雄達の名前から概ね予想が出来た、こいつはやはり、カイトの予想通り…1000年前の勇者パーティの一人である。


「あー…そっか…ごういうどぎは…名乗りをあげるんだったな…」


オルドはゆっくりと身体を持ち上げ、わざわざマールから離れて間合いを開けると身構える。


「我が名は【魔王軍特務隊コボルト統括顧問・人喰いオルド】」


周囲の空気が一気に変わり、ビリビリとした強者特有の殺気にマールの身体に鳥肌がたつ。少しでも目線を外したら死ぬ、彼女の経験達がそう告げている。マールは背中の鏡面石の大剣を手にすると雑に放り捨てた。


「ま…マール?」


ヒューゴはマールの行為にショックを受けるが、マールは特に気にしてはいない。彼女にとっては強者との戦いに、使い慣れない邪魔な重りを捨てただけなのだから。


「いいから君は退きなよ!」


マールはそう言いながらも、オルドへと真っ直ぐに斬り込んだ。


「ぐへ…勇者の腑はどんな味がするんだろうなあ…グブブブ!」


オルドはニタニタとしながらマールを迎え撃つ、が…


「!?」


マールは瞬間的に踵を返してオルドの横をすり抜けて…一目散に逃げ出した。


「へ?…あで?にげ…」


オルドは走って行くマールの背中を見て、そして激昂する。


「逃げるなあああ!!勇者ああああ!!!」


地を揺るがす程の咆哮を張り上げ、その巨体を揺らしながらマールを追いかけた。オルドとマールの体格差ゆえ、いかにマールが早くとも、オルドは即座にマールに追いついてしまう。


「おらあ!!」


オルドはマールの足を捕まえようと手を伸ばす、しかしマールは踵を返すなり伸ばした腕を踏みつけ、その上を伝って飛び上がり、オルドの顔面に着地して踏みつけると、そのまま再び走って行く。


「ば…バカにしやがっでえ!!ごぼるど!!包囲して塞げ!!逃すなあああ!足を止めろ!!」


コボルト達はオルドの指示に従い、マールの前に槍衾を形成する。しかしマールは足を止めない、そのまま槍衾に飛び込むと、コボルトの波を軽く蹴散らし槍を奪うと、それを流るような動きでオルドへ投げつけた。マールの怪力によって投げられた槍は簡単に音の壁を超え、激昂により我を忘れたオルドの腹を軽々と打ち抜いた。


「ぐ…ぶあ!?」


ヒューゴの剣撃にすら怯まなかったオルドが、そのあまりの威力に身体をくの字に曲げ投げ槍の勢いで突き抜けて行く。マールはオルドの反応は気にも止めず、また走っていってしまった。


「ご…ご…こけにしやがっでえええ……」


オルドは、まともに立ち会おうとはしてこないマールに怒りを募らせて行く。コボルト達はマールの足を止めることすらできない、そこでオルドはハッとなる、そして周囲の状況を確認した。


「…ぐぶぶぶ…なるほど?そういうざぐぜんが?」


マールの思惑を察したオルドは、マールとの追いかけっこはやめた。そして…彼が向かった先には…。


「?」


マールの前を塞いでいたコボルト達が突如として包囲を解き、その不気味な行動に足を止めてしまう。


「おーい勇者ぁ…ぞんなに逃げんなよー?」


オルドは先程までの激昂とは打って変わり、ご機嫌な様子でマールを呼びかけながら歩いてくる。その手にはヒューゴの足を掴んで引きずっていた。


「あんまり逃げるとごいつが死ぬぜ??」


オルドはヒューゴの脚を掴んだままぶら下げ、顔に寄せる。


「つ…ホント、足手纏いなんだから…」


マールは血管が浮き出そうなほどの苛立ちを見せるが、息を吐いて身体を落ち着ける。


「ガハハ…ぞうだ、勇者…おめえはげじでながまをみずでねえ…」


オルドはそう言って気絶したヒューゴを側のコボルトに投げ渡す。


「勇者が逃げたらごろぜ…」


コボルトは頷くと、手にした鉈をヒューゴの首に押し当てた。


「たまげた、抵抗するなとかいうんじゃないの?」


マールの問いかけにオルドは笑う。


「ぞんな卑怯な真似はじねえよ…ぐへへへ…」


オルドはだらりと口を開いて舌を垂らし、ダラダラと唾液が垂れる。信用は出来ない、マールは周囲と距離感を確かめるながらジリジリと間合いを詰めていく。オルドはというと、ヒューゴにも見せた軽快なステップを刻み始める。


「水弾(アクアショット)」


マールは咄嗟に手にしたステッキから水の弾丸を放った。


「!?」


軽快なステップを踏むオルドは瞬間的にその弾丸を避けるが、背後にいたコボルトが、頭部を撃ち抜かれて頭の上半分が吹き飛んだ。


「ずげー威力…」


オルドはその魔術の威力に関心の声を漏らす、マールはというとオルドから目線を外さず右手だけをどこかへ向け水弾を放つ。その弾達は、ヒューゴを抱えたコボルトの頭をぶち抜き、そしてヒューゴの頭にも直撃すると、ヒューゴは地面に倒れコボルトが蜘蛛の子の様に散った。


「おめえ…ながま…ぶっごろすんかい?」


「仲間じゃないし、足手纏いはいらないの、邪魔っ!」


その時のマールの剣幕は、余裕に満ちたオルドの内心に敗北の不安を与える程だった。いざとなればヒューゴを殺す脅しをしようと考えていたが…真っ先にマールはそのヒューゴを自らの手で殺害したのだ。


「だが…おでど正面からやりあっではぐれるんだ…なあああ!!」


オルドは一歩強く踏み込むと、瞬間移動的な速さでマールとの間合いを詰め、0.1秒にも満たない乱打をマールに浴びせかけた。先程ヒューゴにもお見舞いした光の一撃、しかし…。


「危な…」


マールは目の前に水の膜を張ってをおり、それがオルドの攻撃を受け止めていた。


「水…でめえ…火の魔術以外もづがえだのが!?」


オルドは見るからに驚愕していた、しかし瞬時に気を取り戻すと、軽快なステップを刻みながら水の壁の内側へ回り込みつつ光の攻撃を繰り返す。マールはその全てに反応は仕切れない、しかし、水の壁を動かすだけでその全てを受け止めている。


「小賢しい…魔術おお!!」


短気なオルドを苛立たせるにはマールの戦い方は十分だった、苛立ちが最高超に達したオルドは地面を強く叩いてマールの足場を崩しにかかる、だが、その瞬間には砕いた地面から水が噴き上がる。アクアザッパーである。


「ぶああ!?」


驚愕、突如噴き上がった水を被りオルドは思わず手を顔の前に晒して顔を隠してしまう。そんな僅かな隙をマールは見逃さない、流れる様に背後にいたコボルトから槍を奪い取るとクルクルと身体を使って回転しながら遠心力を使って渾身の力で突きを放つ、放たれた槍の一撃は一直線にオルドの右脚を貫いた。


「グアアアアア!!?」


オルドは大袈裟に叫びながら右足を抑えてへたり込んだ。マールはその降りて来た顔面に至近距離から水の弾丸を撃ちまくった。オルドは大きくのけ反って、そして静かにひっくり返る。


「………」


仕留めた筈、しかしマールは一切油断は見せない。


「嘘つき、僕は騙されないよ?」


マールはステッキから水の弾丸を倒れたままのオルドの身体に撃ちまくる。


「ぢ!でめえ…ござがじいんだよおお!」


オルドは死んだふりが通用せず、諦めて起き上がり、腕を振り回す、しかしそんな大振りな動きがすばしっこく動き回るマールに当たるわけもなく、槍によって膝を貫かれ、刺さったままなために再生することも出来ず、軽快なステップを踏むことも出来ない。


「ぐううう!!」


水の弾丸に身体を削られ、即座に再生されるがまた削られ続ける。再生に伴い身体が激しく代謝を繰り返し、その結果黄土色の身体が真っ赤に染まりながら身体中から煙が立ち昇る。


「ご…いづ…」


オルドは勇者の強さに驚愕し、そして同時に焦っていた。このままではまずい…身体は再生するとはいえ体力には限界がある、これを繰り返されたらいずれ自分の身体が崩壊してしまう、だが、ガードを解くことは出来ない。それほどにこのよく分からない水の魔術の威力は強力だったのだ。マールの方は油断も、余裕も、なにもない…彼女は無表情のまま、ただただ最適解の攻撃を機会的に繰り返し続けてくる。過去の勇者もそうだった様に…オルドはそこで閃く、過去の勇者は…仲間を殺すようなことは…絶対にしない、たとえそれが、死んでも蘇る冒険者であったとしても。オルドはすがる想いで倒れたヒューゴに顔を向ける。


「ゴボルド!!そいづにとどめをざぜ!!!」


「!?」


マールの無表情が初めて崩れた、マールは絶妙に威力を調整し、ヒューゴを撃った一撃に死ぬほどの威力は持たせてはいなかった。コボルト達は倒れたヒューゴに殺到し、ヒューゴに止めを刺そうと襲いかかる。


「……っ…」


マールは水弾の銃撃を止めると、素早くヒューゴの元へかけ、水浸しの地面から水を沸き上げると、それでヒューゴを包み込む。


「はあ!!づがまえだ!」


そんな行動を、オルドが見逃すわけもなく。オルドは笑いながらマールの足に目掛けて回し蹴りを放った。


「あ…ぎ!!」


小さなマールの足が見事にひしゃげ、へし折れると共に余った勢いを殺さず、オルドはマールを蹴り抜いた。


「が!!…あ…」


マールは派手に飛びながら地面を転がりうつ伏せに倒れるが、直ぐさま顔を上げる。水玉に包んだヒューゴを操りコボルト達のいない堀の先にある僅かな丘へヒューゴを移動させて見せた。だが


「おいだがずぎるなあ??」


オルドはマールの左足を踏み潰した。


「っぎ!…あっ!」


踏み潰された激痛にマールは声を漏らし、ついには左手に握っていた剣の持ち手の様なステッキを投げてしまう。


「く…うっ」


マールは這いずりながら杖を取ろうと左手を伸ばした、しかしオルドの大きな腕が伸ばしたマールの左腕を掴み取る。


「だーめ、成る程、さっぎの水魔術はこれをづがっでいだんだ…なあ!!…」


べギャリと音を立てながらマールの左腕が握りつぶされた。


「グブブブ…もっと泣き叫べよ…勇者…つまらねえだろぉ?」


両足を粉砕し、左腕も潰して、完全に勝ちを確信したオルドはマールの左腕を掴んだまま持ち上げ、目の前にぶら下げる。溢れでる血がしたたりマールの顔が地に染まって行く。


「……」


「気絶じだのが??おい、おぎろ!」


うんともびくともしないマール左腕首を掴むとまるで捕まえた虫の羽根をちぎるかの様に強引に引きちぎった。


「…!!」


マールは痛みに身悶えるが、歯を食いしばり悲鳴もあげず、ただその翡翠色の目はずっとオルドを睨みつけていた。しかし失血の影響と痛みで目から光が消えていく。


「あぞびずぎだ…死ぬ前にくわねえどいみねえ…」


オルドは、マールの腑を食おうと腕を掴んだまま顔の側へ引き寄せた。大きな口を開け、マールの腹に勢いよくかぶりつく。



ガチン!


「ん!?」


最初、なにがあったのか理解が出来なかった。オルドの予想した肉の感触ではなく、下顎の歯が噛み合う感触だけしかないのだから。次の瞬間、何かがオルドの首を締め付けた。視界がマールのズボンと腹に塞がれ何がどうなっているのか分からなかった。咄嗟に掴んだマールの左腕を引っ張るだが左腕を掴んでいる筈の腕は引っ張れずに力一杯外へ向かってしまう。同時に、万力の力がオルドの首を締め上げた


「ぐぶ!?…ぶーー!?」


状況を察したオルドから笑みが消える、マールは、噛み付かれる瞬間勢い良く身体を逸らし、骨折した筈の脚を首に巻き付けると、その頭にしがみつき、太ももを挟む力だけでオルドの強靭な首をを締め上げていたのだ。同時にマールは右手からアクアセイバーを展開して左腕を肩から自切すると万力の力でさらに強くオルドの首を締め上げる。


「は…はなぜ!!ごの!ご…ごああああ!?」


オルドが突如悲鳴を上げる、その両腕は頭に組みついたマールを引き剥がそうと必死に動く…しかしその力は実に弱々しく。マールの太ももに頸動脈事頚椎を潰された激痛は想像を絶するものだろう、マールは傷口から夥しい血液を噴き上がるも気にせず力をこめながら、歯を剥き出しにして笑っていた。


「ぼくの…肉が食べたいんでしょ?…だったら…あげるよ!!」


オルドの腕は、やっとの思いでマールの両腿を掴み取る、しかし、マールの狙いは彼を締め殺すためのものでは無かった。マールは右手渾身の力を込めて振り上げると、マールの太ももに締め上げられ、強引に塞がれた口に目掛けて振り下ろした。マールの右腕はオルドの歯を簡単に砕いて貫き、右腕を口内に無理やり押し込んだ。


「おご!!おおー!!おおお!!」


マールが何をする気なのかは分からないが、彼の脳裏を死の1文字がチラつくなり激しく暴れようと力を込めた。


「【バブルショット】」


絶叫、マールの渾身の絶叫による呪文が響くと、マンイーターの口の中で魔力を帯びた泡が大量に飛び出しては弾けた、口の中で弾けた渾身のバブルショットはマールの右腕もろとも弾けまくり、オルドのの口内で暴れまわり、その驚異的な威力はオルドの頭部を破壊し尽くした。大きな両眼がうちから泡に吹き飛ばされて飛び散りると同時にマールの身体もバブルショットの余波を受けて吹き飛んだ、力を込めて挟んでいたが為に脚は余波に耐えきれず千切れ飛ぶと、派手に地面に墜落し、鮮血を撒き散らす。


ダメだ…意識が…もう


マールは失血で意識が朦朧とし、もう瞬きする力も残されてはいない。


その暗闇に染まっていく視界のその先で、オルドはゆらゆらとよろめきながら、損傷した頭部を再生していた。


「いでえ…なんもみえね…」


マンイーターは頭部の再生には時間がかかる様で立ったままゆらゆらと揺れていた。鼻も、目も、まだ再生する事が出来ずにいる。彼は頭部が再生すれば、奴は問答無用にマールを貪り食うだろう。


絶対絶命な状況、だが、マールは弱々しく息をしながら鼻をくんくんと動かして小さく息を吐く。


「…遅いよ…」


マールはそう、囁いた。


「シイロ!!射て!!」


同時、号令が響くと共に遥か遠方から放たれた矢がまっすぐに飛んできてマンイーターの頭を打ち抜き、そのあまりの威力に頭を激しく打たれて地面へ倒れふせる。


「ガルーダさん馬脚を緩めないで!!エイレーンさんはストームコールを前方に展開!!出し惜しみは必要ありません」


「ああ!」「わかりました!」


エイレーンは前の席から馬車の屋根上に飛び乗ると、勢い良く両手を広げて天を仰ぎ、そして大きな声を放つ。


「【ストームコール】」


エイレーンの一声で、稲妻を纏う巨大な竜巻が巻き起こり、前方を塞ぐコボルトをまとめて巻き上げ吹き飛ばながら、真っ直ぐにマールを目指して前進し続けていた。それは大きな馬車だった、3匹の屈強な馬に引かせた大きな馬車の上に一人の少年が立つ。


「デュートリヒさん、イザベラさんは直ちに出撃!コボルトの陽動をお願いします!!」


「おーらい!まかせろや!行って来るぜユズさん!」


「はい、期待していますよ」


ユズの応援を受けたデュートリヒは、背後の扉を蹴り開けると投下されるように戦地へ飛び降りる。そして力一杯に歓喜の雄叫びをあげた。その雄叫びはウォークライと呼ばれ、戦士の神託が持つ技能の一人であり、その効果は敵対する生物の注目を集める事が出来るのだ、コボルトの大軍団は即座にディートリヒへ殺到する。しかし、殺到したがために固まったコボルトの集団が灼熱の炎によって焼き払われる。


「おらあ!クソカスどもがあ!!!全員灰燼になれやあああ!!」


イザベラは怒りに燃え、激しい火柱が至る所で上がってはコボルトを焼き払う。


その隙にもカイト達は道ゆくコボルトを蹴散らしながら、地面へ倒れたマールの側まで行くと、馬車の扉が開かれ、次々とクランメンバー達が飛び出してくる。


カイトは馬車から飛び降りると、四肢を欠損し、瀕死のマールへ駆け寄り抱き上げる。


「遅いよぉ…」


マールは弱々しい息をしながらそんな口を漏らした。


「申し訳ありません、遅くなりました…」


カイトはマールの頭を撫でながらも顔をひきしめる。


「重装部隊は前へ!マンイーターを包囲してください、遊撃隊は周囲のコボルトを掃討してください」


「「「了解」」」


カイトの号令でクランメンバー達が各々に散らばり、各々の動きを見せた。そんななかで白衣を身につけた爬虫類のような人間、ギムルが駆けつける。


「カイト、これを飲ませろ!緊急処置を始める!」


ギムルから赤い液体の入った小瓶を受け取ると、カイトはそれをマールの口をこじ開けて飲み込ませる。ギムルもそれに伴い回復術をかけ始めた。


「クウ!マールの手足がその辺に落ちてたら拾ってきてくれ、新しく生やすよりはくっつけた方が治りが早い」


「わかった」


クウは頷くと、倒れたマンイーターの側に落ちていた潰れたマールの手足を拾って持ってくる。ギムルはマールの手足を患部にくっつけると瞬く間に千切れた手足を修復していく。


「うう…うっ!」


修復に伴い、神経が戻る痛みにマールは身悶え歯を食いしばる。


「よくも…よくも、私の勇者を…」


カイトは吐き捨て怒りを滲ませるが、直ぐに気を取り直しマールの耳元で囁いた。


「マール、いつまで寝てる気ですか?」


カイトの言葉に、瀕死だった筈のマールが回復に伴い目を覚ます。


「カイト…いつ来たの…」


失血のためか反応がいつもより鈍く、記憶の混濁も見られる。


「ついさっきです、立てますか?」


回復を終えたマールをカイトは立たせる。


「こ、こら…カイト!マールはまだ回復したばかりだぞ!」


ギムルは止めようとするが、カイトは手で制し、ヨロヨロとしているマールを側で支える。


「まったく、この役立たず、勇者の剣じゃなくて愚者の剣に改名しろこのなまくらが」


カイトは珍しく口悪くマールの腕輪を叱りつけるとマールを支える手に力が籠る。


「ぐあああああああ!!」


同時にオルドも回復が終わると起き上がりそして眼前のカイト達を睨みつけた。


「グブブブ…なんだあ?いるじゃねえがよ…バカどもがわらわらど…」


オルドはニヤニヤと笑うが、カイトの視線に気づく。その視線には明確な殺意が宿っており、背筋に凍りつくほどの恐怖を感じ、思わず身を引いてしまう。


「…まだわかりませんか?」


カイトの不可解な嘲笑にオルドは理解が及ばずに首を傾げる、こいつは何を言っているんだ?と思いながらも周囲を見渡す。


「え…あ…え?」


オルドを取り巻いていた大量のコボルトが、いつのまにか消えており、逆に多くのカイトの仲間たちが周囲に展開してコボルトを蹴散らし続けている。


「な…あ…」


コボルトがいなくなり多くの冒険者に包囲された状況にオルドは顔を顰める。


「この戦場の主導権は既に私が掌握しました、あとは孤立した雑魚を始末するだけです…」


カイトは、珍しく憤っていた。その憤りはどこまでも熱く激っていた。


「グブブブ!雑魚?…俺のごどが?オデは…」


「貴方に従うコボルト達が可哀想でありません、貴方の様な弱いものに命令されるのは…さぞ苦痛でしょうね…」


カイトの挑発に、オルドは目に見えて激昂して口を閉ざした。


「か…カイト…?いくらなんでも…」


マールは心配そうにカイトを見ると、カイトはマールを抱いたまま身を寄せる。


「大丈夫です、ここは任せて?」


「う…うん…」


失血のせいか?マールの目にはその日のカイトの横顔が、とても格好良く映っていた。


「ごろず!!!!」


怒りに支配されたオルドは勢い良く駆け出した、しかし、全身を重装備に固めた三人が瞬間的に間に割り込み、オルドの身体を受け止めると、勢いを止めてしまう。


「な…え?」


驚いたのはオルドだった…人間に突進を止められた事など今まで無かったのだ。そして何より…オルドは眉間に力を入れる。明らかに低級の冒険者であろう小さな数字の加護、そんな雑魚に、自分は止められてしまっている。


「開け!」


カイトの号令で、重装隊は前に出ながら盾を開いて一歩前に踏み出した、その瞬間、警戒によってオルドの身体が反射的に動かされ、後ろに引いてしまう。


「つけ!右足!」


その瞬間をカイトは見逃さず、号令が飛ぶと指示通りに動いた重装部隊が右足に槍を突き立てた。


「ぎゃああ!こい…ごいづ!」


痛みに暴れ、手を振るうがその瞬間には彼らは大盾を構えている。


「ファランクス!」


カイトの号令で重装部隊は再び前に出てきてオルドの間合いを潰してしまい、その攻撃が無力化されてしまう。


「な…なんで?」


マールが疑問に目を見開き、カイトに問いかける。


「突け!右足!」


カイトの号令と共に、再び盾が開かれ、右足を槍に刺し貫かれる。


「ぎゃああああ!!」


オルドはついにその場に崩れ落ち、膝をつく。


「前へ」


カイトのは情けも、容赦も、慈悲もない、号令と共に重装隊が更に間合いを詰めて来る。


「ひ…ひいいい!?」


恐怖の声を張り上げ、大雑把に振るわれる右腕。しかしその腕は、その間にも間合いを詰めてくる大楯に無力化されてしまう。


「突け!右足!!」


重装隊は盾の展開と同時に倒れたマンイーターの右足に容赦なく槍を突き立てた。


「ギャアアアアアアアーーーッ!!!」


オルドは絶叫し、ついには素早く後退り大きく間合いをとった。まるで逃げるかの様に。


「ひ…ひい…なん…だ…ごいづら…」


執拗な右足への攻撃、オルドは完全に怯え切った様子を見せる。


「部隊後退」


詰めて来ると思われたが、重装部隊はオルドを追いかけず、寧ろ後退していく。


「ははは…本当に弱いですね、貴方は」


そんな無様な姿を見せるオルドに、カイトはあえて煽る様に肩を揺らしながら笑いかけた。


「ぬううううっ!!うおおお!!」


オルドは激昂に染まり、再び無謀な突撃を開始する、そこからは先程の繰り返しである。


「重装部隊はそのまま彼を釘付けにしていてください」


カイトは傍らのマールの耳に、顔を寄せると小さく囁いた。


「重装部隊は時間稼ぎで手一杯です、奴を仕留めるには…やはり君の力が必要になりそうです」


実際、重装部隊の行動は、素手の相手に対する対策にすぎない。頭の回るあのマンイーターはそのうち弱点と打開策を見つけてしまうだろう。カイトはそう判断し、マールを立ち直らせる必要がある。


「え…僕?…でも僕はもう…体力が限界で…それに、武器だって…」


回復したからと言って失った血液が戻るわけではない。そんなことは百も承知だ。


「おかしいですね?わたしには、諦めるなって尻を蹴飛ばしてくるくせに?」


「な!?それとこれとは…」


「…怒る元気があるなら、剣の一撃くらい、あいつにお見舞いできるでしょ?」


「その剣がないんだって………」


マールはカイトの不適な笑いを見て察する。


「あるの?剣」


「勿論…ついて来て下さい」


カイトはマールを連れ、馬車へ向かう。


「おい!!逃げるなあああ!!」


オルドは即座にマールを追いかけようとするが、素早く前に割り込んだ重装部隊に怯み、距離を取る。


「グブブブ!!…お、おのれ!!」


重装部隊は再び前進を始め、マンイーターは右足を庇うように距離を取る。その目は摩訶不思議なものを見るように怯え切っていた。


カイトは馬車の後部の二枚扉を開くと、そこにはユズが座っていた。非戦闘員の彼女は戦えないため馬車へ残ったのだ。


「ありがとうユズ、君のおかげで助かったよ」


マールは素直にユズへ感謝を伝えると、ユズは笑う。


「無事で何よりです、勇者様」


笑顔を見せはユズは手を差し出すとマールはその手をやんわり叩いた。ハイタッチのつもりだったらしい。

その足元に、白い麻布に包まれたそれが置いてあった、カイトは麻布を勢い良く剥ぎ取ると、布に包まれた中身が露わとなる。それは剣だった、大剣と呼ぶには些か細い気がするが、無骨でシンプルな作りであり、そして長い。


「何これ!見たことないよ!?大剣なの!?」


失血でふらふらな筈のマールが目を輝かせて興奮している、目を見張るのは刀身である、鋼ではない…黒く、傷ついた粗悪な鉄に見間違えるような模様が沢山付いていた。


「なんで?…傷だらけで、粗悪な鉄っぽいのに…スッゴイ…よくわかんない。この子、凄い…」


マールは思わずそれを手に取っていた、その瞬間パッと明るくなる。どうやら彼女好みの重さであるようだ。


「私の世界にある複合金属、ダマスカス。そしてそのダマスカスを大量に使って作られた大剣…私の世界の拳【ツヴァイハンダー】です」


「ツヴァイなんとか君ね…あははっ!ブッサイク!それにここのこれは何?」


ツヴァイハンダーをツヴァイハンダーたらしめる持ち手と鍔の上に取り付けられた革に触れる。


「刀身にも持ち手なんて斬新な子だね…でも、カイトの世界の剣かぁ…」


マールはツヴァイハンダーを相当に気に入った様子でキラキラと目を輝かせて見つめていた、その持ち手を握る手に力が籠る。


「さあマール、早速試し斬りをして見て下さい」


今すぐ何かをぶった斬りたいだろうマールの目に、見える様に、オルドの姿を指差した。


「あはっ!…おっけー!任せてっ」


マールは元気に声を張り上げると、ツヴァイハンダーを背中に襷掛けするなり勢い良く馬車から飛び出し、目にも見えない速度で飛び上がると。振り上げた剣をオルドの頭へ叩き落とす。


「おっ!!」


オルドは瞬時に身体を引いて飛び込んできたマールの一撃を避けた、しかしマールは地面を大剣で叩いた瞬間、刀身に付けられた持ち手を掴み取ると身体ごと前へ向かって踏み込んだ。ツヴァイハンダーの刀身に取り付けられた持ち手は、瞬時にポール武器のように使う事が出来る。マールのツヴァイハンダーは真っ直ぐに逃げ遅れた彼の右足を刺し貫き、切断する。


「ギャアアアアアアアーーーッ!!?」


叫んでいる間にもマールは剣を振い左脚も切り落とし、崩れたオルドの頭にマールは素早く剣を振り上げる。


「ひ!?」


オルドは情けない声を漏らしながら両手を盾にする、マールの振り下ろしたツヴァイ・ハンダーの一刀は重く、オルドの盾にした強靭な両腕もろとも頭を縦に割った。


「ごば!?」


両腕を失い、頭を割られ、ついにオルドはダルマのように転がった。


「ぐ…ぶ…ぶぶ…」


尚も再生しようとしているオルドに歩み寄ると、容赦なくその首に大剣を振り下ろした。肉が潰れる音と共に、オルドの大きな頭が地面に落ち、血液をぶち撒ける。


「ふー…ふー…」


失血により本来なら動く余力も残っていないマールの膝が笑うように震えている。


「お疲れ様です…」


カイトはそんなマールに歩み寄り肩を叩くと、マールは最後の緊張が解け、身体から力が抜け落ちカイトはそんなマールを抱き止めた。


「もう…疲れたぁ…」


消え入りそうな程に小さな声を漏らし、それと共に今まで強く握りしめていた拳が緩むと、ツヴァイハンダーが地面へと落ちた。


「ふう…なんとかなりましたか?」


カイトは周囲を見渡す、既にコボルトの大群は統制を失い、ディートリヒに引き寄せられてはイザベラの炎によって焼き払われ、みるみるうちにその数を減らしていた、中には逃亡を開始するコボルトもいたが、シイロの弓矢がそれを許さない、次から次へと飛んでいく弓矢が逃げるコボルトの背を撃ち、コボルトは地面に倒れ動かなくなる、遊撃を命じた他のメンバー達も、コボルトの集団に飛び込んでは次々と撫で切りにして制圧して行った。


「ウオオオオーー!!」


遥か遠くで鬨の声が響き、鉄の国の開門を知らせる銅鑼の音色が鳴り響き扉が開くと共に橋が架けられた。複数の騎馬が橋がかかると共に飛び出して来た。騎馬隊はコボルトの濁流の中へ飛び込むと、真っ直ぐにコボルト弾きとばして粉々にしながらこちらへ向かってくる。その先頭を走るのは見知った顔だった。


「騎馬は両翼に展開、背後の歩兵にもコボルトの掃討を命じろっ!」


アジルは檄を飛ばし、大きな旗が頭上に掲揚される。鉄の国の王を象徴とする紋章が描かれたその大きな旗がはためくと、大地を揺るがすほどの勝鬨が上がり、それは城壁の方からも聞こえてくる。


残っていたコボルト達もアジル達の大部隊によって掃討され、気がつけば周囲はコボルト達の血と屍で真っ赤に染まっていた。


「カイト君!」


アジルは隊を離れ、馬から降りてかけて来た。


「アジルさん」


アジルはカイトに支えられて静かに眠るマールを見た。


「マールは無事かい?」


「はい、ご覧の通りです。酷く出血したので…晩御飯はお肉たっぷりで頼みます」


カイトの提案にアジルは思わず吹き出した。


「わかった、指示しておこう」


アジルはそう言ってからマンイーターの亡骸に目を向けた。


「こいつが件のマンイーターか…」


「はい、そのようです…」


アジルは暫くマンイーターを見つめると、手を挙げる。


「念のためだ、油と火を持って来い!死体を焼き払う」


アジルは背後にいた部下達にそう指示を飛ばした。


「重装隊はマールの剣を運んで下さい」


カイトも、踵を返して各員に指示を出す。


「クウ、遊撃隊を指揮し、逃げたコボルトを追撃して巣の位置を特定してください」


「わかった」


クウは頷き、走っていく。


「残りは撤収します!!全員、武装解除の後、馬車に乗車をギムル!マールを頼みます!」


カイトは走って来たギムルにマールを渡すそして一人になった。そのタイミングを…彼は見逃さなかった。


「ぐおおおぎざま!!」


死んでいた筈のマンイーターが動き出し、突如として起き上がると、カイト目掛けて走り出していた。側にいたアジルを軽々と薙ぎ払い、まっすぐカイトへ迫ると、振り上げた腕を振り下ろす。


「うわっ!!」


カイトは咄嗟に後ろに飛んだ事でマンイーターの一撃を運良く避ける事に成功する。否、運良くではない。マンイーターの腕に2本の矢が突き刺さっている、シイロが射った矢がマンイーターの腕を弾いて遅らせたのだ。


「カイト!走って!!」


シイロが弾けるように叫ぶとカイトは一息に走り出す。


「のぉがぁすかあ!!!」


マンイーターの身体は次々放たれるシイロの矢を受けても怯む事なくカイトへ迫る。


「じっでるぞ!!指揮者は蘇生がでぎねえっで!」


頭を何度も貫かれ、顎から上が吹き飛び両手足がちぎれてとんでも立ち所に再生し、度重なる代謝に黄土色の身体が真っ赤に染まって行く。マンイーターは走るカイトに易々と追いつくと、再び矢に塗れた腕を振り上げる。


「矢が…」


シイロの矢が遂に底を付く、カイトへの攻撃をもう逸らすことはできない。


「カイト!!避けてええ!!」


悲鳴のように叫んだシイロの声が響く、そんな声も虚しく、マンイーターは渾身の力で腕を振り下ろした。


音が消える程の強烈な爆発音と共に土埃が柱のように舞い上がると、土埃はゆっくりと晴れていく。誰もがひき肉のように潰れてしまったカイトの亡骸が出てくると思っていた。


「う…うう」


カイトは生きていた、最後のインパクトの瞬間に前のめりに転んだのか、格好悪く頭を抱えながら震えていた。


「生きて…え?」


土が晴れると、そこには黄金の四肢を持つ赤い髪の少女が立っていた、渾身の力で振り下ろされたマンイーターの一撃をか細い黄金の右腕で軽そうに受け止めている。


「…し…震脚の…」


「アリエッタ…?」


その場にいた全ての人々がアリエッタをまじまじと見つめていた。


「あ?…やっべぇ…一緒にぶっ殺すつもりだったのに咄嗟に助けちまったよ…たく…」


アリエッタはそう口悪く悪態を吐くと、マンイーターを見上げる。


「…あ、ありえっだ!?…でめえ…」


マンイーターは驚愕に目を見開きながら声を張り上げる。アリエッタはそんなマンイーターに向き直ると、グシャリと歯を剥き出しにして笑う。


「マンイーター、いや、人喰いオルド?我が敬愛する魔王様からありがたいお言葉と褒美を私が持ってきてやったぜ?」


アリエッタは両手を大きく広げがしゃりがしゃりと独特な足音を鳴らしながら、オルドに歩み寄る。


「ま…魔王…様?」


次の瞬間


「我が軍のために働きものな人喰いオルドには、褒美として永遠の安息を与える、死ね…今すぐに…だとよ?」


目にも止まらぬ速さで振り上げられたアリエッタの足が、マンイーター…否、人喰いオルドの上半身をただの一撃で粒子単位も残さず消し飛ばした。そしてアリエッタは振り上げたままの足を小さな動作で振り下ろした。ズンッと鉄の国の大地が激しく揺れた…その衝撃波だけで、オルドの残った下半身も分子単位も残す事を許さないかのように、消し飛んだ。彼女が震脚と呼ばれる由来、彼女は本息ならば…ただ足を振り下ろしただけでも相手は分子単位まで粉砕される。


「っうし…裏切り者の制裁は完了ーっと…」


アリエッタは静まり返る周囲を見渡し、足元で頭を抱えているカイトを見た。


「う…あれ?死んでない…」


そこでカイトは自分が生きていることに気づき、目を開き背後を見ると、そこにいたアリエッタと目があった。アリエッタはカイトをただジッと見つめ…そしてため息を漏らす。


「あなたに…助けられてしまったようですね…感謝します、ありがとう」


カイトは素直にお礼を言うと、アリエッタは目を見開き小さく頬をかく。


「たく…調子が狂うやつだぜ…はぁ、じゃあな!」


アリエッタはため息を吐くと、強く地面を蹴り付け空へ飛び跳ねると、空気を切り裂きながら何処かへ飛んでいってしまった。

 

「カイト!!」


シイロが泣きながら飛びついて来た。


「お身体に異常は?無事なんですか!?」


「は…はい…まあ…」


「よかったぁぁ…」


シイロは緊張がほぐれると共にカイトへ抱きつくと声を挙げて泣き始めたのだった。


「カイト君!」


マンイーターに薙ぎ払われた筈のアジルも目立った怪我もなく、慌てて走って来た。


「無事かい?」


アジルはカイトに手を貸して助け起こす。


「あ、ありがとうございま…」


カイトはそこでズボンが湿っぽいことに気がついた、アジルはポンとカイトの肩を叩く。


「…うん、よくあるよくある。」


アジルのフォローが心に染みる、シイロも特に気にせず、いや、むしろ嬉しそうにしている。


「お着替えをお持ちしますね」


カイトはこの日、この異世界にきて、2回目の粗相をしてしまったのであった。



すみません、流石に長すぎたので切りました。

もう少しだけ続きます。



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