2の3 魔術舞踏会・後半
お待たせしました!
今回は長いです!
まばゆい転移の光が消えると、マールの目の前には岩山の凹凸が目立つ山岳地帯にいた。
「…広っ!」
マールはため息と共に周囲を見渡し状況を確認する、魔術舞踏会は転移とともに開始される。転移魔術は生徒達を指定された孤島の様々な場所に強制的に転移させたらしい。戦況は常に中継され、講師達には特別に生徒を上から追いかける視点が配られ、カイト達は山岳地帯に転移したマールを確認した。
「山岳地帯ですか…運が悪いですね」
カイトの発言と共に、開始早々に運悪く近場で転移した生徒達の闘いが開始される。島のあらゆる場所で魔術が飛び交い、派手な爆発が轟いて孤島の至る所から爆炎が上がる。その後、少ししてから最初の脱落者の亡骸が食堂に転移されてくる。どうやら死体の転移にはそれなりの時間がかかるようだ、最初に転移されて来たのは全身を真っ黒に焼かれた焼死体だった、こんがりと焦がされており男か女かも判別ができない。肉の焼ける臭いが鼻をつく。
「早く運び出せ!!」
この為に用意された回復術師達が忙しなく動き出し、担架を持って来て焼死体を運び出す。その間にも次々と死体が転移されて来る。転移されてくるのは無惨な姿となった亡骸ばかりである、身体を袈裟に切られた少女、全身を土に潰されたもの、丸焼きにされ顔もわからないほど黒焦げにされたもの。転移されてきた亡骸は忙しなく走り回る回復術師達が担架で運び出してゆく。中央の大型モニターでは、さまざまな魔術師達の活躍がリアルタイムで中継されている。特に偉才を放ったのはやはりエイレーンであった。
エイレーンは鮮やかな青のスカラーを旗めかせながら、逃げも隠れもしないという自信の現れなのだろう、不意に彼女の前から飛び出した赤い腕章の男子生徒がエイレーンめがけて大きな火球を放つ。
大きな火球が真っ直ぐにエイレーンの顔へ飛び、直撃と共に爆炎が巻き上がった。
だが、次の瞬間にはエイレーンを包んだ筈の爆炎が吹き荒れる風によって跳ね返り、ファイアボルトを放った男子生徒を逆に焼き払った。エイレーンは風の障壁を張って火球を受け止め弾けた炎を打って来た相手に撃ち返して見せたのだ。エイレーンは涼しい顔で速度を緩めずただ練り歩き、飛んでくる魔術の悉くを瞬時に使う風の障壁でもって無効化したり跳ね返し、次々と目につく生徒達を手当たり次第に殺害していき、観客はその派手な戦い方に興奮して歓声が上がる。
「今年の生徒達は血気盛んでよいですな!」
観客の1人が興奮した面持ちでつぶやいた。
「そうですな、特に風属性の生徒達の成長は目を見張る」
「火属性も土属性も素晴らしい先生揃いですな!これは魔術師の未来は安泰でしょう」
お互いの感想を語り合う2人、しかし最後に映し出された映像に肩の力が抜ける。
「くあ…」
至る所で魔術が飛び交う最中、マールはというと素早く山岳地帯から人の気配を避けながら付近の森林地帯へと移動し、一際背の高い木の上に登り大きな枝の上で呑気な大きな欠伸をしながら横になった。運悪くそんなマールの行動が中継のモニターにデカデカと映し出され、笑いが起きる。
「ちょ!!あの子はなに寝てるの!?」
フィオレはディスプレイを見ながら羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら絶叫した。嘲笑の中、フィオレは隣のカイトに弾ける様に飛びかかる。
「カイト!なんとかなさい!あれじゃいい恥晒しじゃないのよー!!」
今更どうしろと言うのだろうか…フィオレはヒステリックにカイトを揺らすが対してカイトは冷静なままである。
「落ち着いてください、最初はあれでいいんですよ」
そこで試合開始前にカイトがマールに何やら作戦を告げていたのを思い出した。
「は??まさかあれ!あんたの指示ね!?どういうつもりであんな指示をしたのよ!」
ヒステリックに喚きながら派手に体を揺すってくるフィオレの手を掴んでとめ、カイトは不気味な笑みを浮かべる。
「この魔術舞踏会の勝利者はたった1人なんです、ならば序盤は下手に動かず体力を温存するのが無難です、ですからマールには序盤は森林で身を隠して消極的に動くべし、と伝えてあります」
もっとも、物理攻撃が容認され、マールが剣を携えていたのなら。序盤は消極的に動けなんて指示はしなかっただろう。マールの気質的にも、好きにやらせた方が効率が良いからだ。
「そ…そういう指示なのよね?…」
他にも懸念はあるものの、あえて今伝える必要はないだろう。カイトは頷くとフィオレは周囲から向けられている嘲笑に落ち着がない様子で、席に着いてからも不安そうな顔でソワソワとしている。
「まあまあ、茶でも飲んで落ち着けよフィオレ」
イザベラはどこから水筒とカップを三つ取り出すと、順番にカップにお茶を注いで行く。
「天才のあんたにはわからないわよ!凡骨なあたしらの事なんて…お砂糖二つ!」
フィオレは僻みながらも図々しく砂糖を要求しながらイザベラからお茶を受け取った。イザベラはそんなフィオレに苦笑しながらカイトにも注いだお茶を渡しつつ角砂糖の入った瓶をテーブルに置く。
「お二方は随分親交が深いようですね」
砂の国のお茶なのか、独特な薬草の様な香りを感じながらも2人に問いかける。
「同期だからな」「同期よ」
二人は息を合わせるように揃って口にした。
「たしか、隣の席だっけ?」
「優等生様に覚えていただけているなんて光栄ねっ!」
「あまり怒るなよ、シワが増えるぞ?」
「むきー!!あなたのそう言うところがムカつくのー!!」
二人は昔話に華を咲かせている隙にも、事態が動く。昼寝しているマールの木にも複数人の魔術師が集まってきていた。彼等の右腕には緑色の腕章が揺れており、風を頼りに周囲を索敵しながら距離を詰めている。
「ちょ!!ちょっと!あいつら何で争ってないのよ!」
フィオレがモニターを見て驚きの声をあげながら席を立つ。
「やはり、そうですよね。」
カイトがマールに序盤は消極的に動くように指示したもう一つの懸念はこれである。同じ属性のクラスメイト同士で結託し徒党を組む事である。
「ここまでは想定内です、おそらく他のクラスの人達もそうでしょうね」
カイトは想定内の出来事には特に興味は無く、立ち上がったフィオレを横目で見上げた。
「だから序盤、下手に動かず様子を見る必要があったのです。マールは慣れない魔術で戦うのですから戦場では常に優位を握らなければ…」
「ゆ…優位?敵がまとまってるっていうのに何を悠長な事を…」
フィオレは余裕なままのカイトに訝しみ、ゆっくりと着席する。
「フィオレ!君が自慢した質の生徒はもう終わりそうだよー!?」
離れた席でフィヨルドは高らかに笑いながら大声で勝利を確信し挑発するように叫んだ。
「好き勝手言いやがって…」
フィオレはギリギリと歯を食いしばりながら怒りを滲ませる、その隙にもモニターの先では木の上で眠るマールを生徒達が発見していた。
「居たぞ!あの木の上だ!!」
索敵の魔術を使いながら先頭を歩いていた男子生徒達がマールを発見して声を荒げると上を指差し、背後の女子二人が詠唱を開始する。だがそんな危機が迫っていようとも木の上にいるマールは動かない。
「何でマールはなんで起きないのよカイト!?」
フィオレは叫びながら言葉をカイトへ投げかける、しかし、カイトは穏やかなままモニターに目を向けることなくノートを開いていた。
「マールを相手にあんなに近づいて…迂闊ですね」
「…へっ?うか…え?」
間抜けな声をもらすフィオレはモニターに目を戻した。其処では今にも攻撃を開始しようと風属性の生徒達が詠唱を始めていた。
【ウィンドカッター!!】
二人の女子生徒より放たれた風の刃が、マールがいる木の峰を襲い、鋭利な風の刃は見事に太い木を両断してしまうと、支えを失った木はそのまま横倒しに倒れてしまう。
【サイクロン】
横倒しになる木に目掛け、男子は手にした大きな両手杖を振り上げると、風の刃が渦を巻きながら大木を包み込み隙間なくズタズタに切り裂いた。
「ははは!終わった!」
中継を見ていたフィヨルドが叫ぶ、だが現実は違う。
マールは即座に倒れる木々を足場にしつつ側の木に飛び移り高速で木の上を移動しながら手にしたステッキを下に向けた。
「【バブルショット】」
マールは力強く言葉を発しながら魔力の泡を発生させながら、3人の頭上を高速で動きまわると、大量の魔力を帯た泡が降り注ぐ。
「な!なんだ!?」
先頭にいた男子、ヘラルドは頭上から降り注ぐ魔力の泡から離れた。
「バブルショット!?」
後ろにいた女子、アンナは無詠唱の初級魔法による攻撃を不安がり、その隣にいたクラスメイト、フィーは怒りを露にする。
「バカにして!」
フィーは激昂しながら前に出てステッキを振り回し始めた。
「!?フィー!よせっ!!」
ヘラルドの制止も虚しく、フィーの振り回したステッキが無詠唱で発射された魔力の泡を弾いた。その瞬間。
【パァン!】
渇いた空気の中で弾けた発破音、それと共にフィーのステッキを握った右手を想像を絶する威力の空気が叩き、手首から上をちぎり取って木に叩きつけた。
「へ?」
フィーは無くなった手首から上を見つめ。
「い!!いやあああああっ!!」
激しい痛みに泣き叫び、その場で崩れ落ちた。
「フィー!!くそっ!」
助けに行こうとするヘラルドだったが、空中を漂う殺人泡が行手を塞ぐ。そこでアンナが吠える。
「触れろないなら風で吹き飛ばせば!!」
アンナは風を操り天高く泡を巻き上げ、フィーに駆け寄った。
「フィー!!大丈夫!?」
「ぎゃああああああ!!」
駆け寄り、フィーの安否を確認したのも束の間、次はヘラルドの甲高い悲鳴が森に響き渡る。見ればヘラルドが首から上を失って床に崩れ落ちている姿だった。
「へ!?ヘラルド…うそっ…」
アンナは驚愕に目を見開きながらも両手杖を握りしめながら立ち上がる。横目て手首を抑え衰弱しているフィーを見ながらもこの森の何処かにいる脅威に気を払う。
「ど!どこ!?」
歩きながらヘラルドの亡骸へ歩み寄る、いつもの澄まし顔は今は丁寧に切り取られて存在しない。
「出てきなさい!!」
何処かに、いる。アンナは風の索敵魔術を使い周囲を索敵した、その時、既にマールは頭上から降って来ていた。
「え?」
アンナは次の瞬間には身体が縦に裂けていた。
「い!いやああああ!!」
最後に残されたフィーが絶叫し、もはや失血で身動きできないフィーにマールはゆっくりあゆみよると、手にした杖軽く左から右へと振るった。その瞬間、悲鳴をあげていたフィーの首が綺麗に切断され、地面を転がった。
「な、なんだあれは!?へヴァン!あれは物理攻撃ではないのか!!!」
会場はどよめいていた。中継で一部始終を見ていたフィヨルドが怒鳴り声を張り上げながら立ち上がると、怒りに任せて観客席から中央に降りて来ると、弾けるような勢いでヘヴァンにつかみかかる。
「反則だろ!!失格にしろ!!」
フィヨルドのこの反応は無理もない。荒いモニター越しでは、マールは杖で彼の生徒達を惨殺した様に見えたからだ。その証拠に…
「かあああ!何やってんのよあの子はー!!なんで!?物理攻撃は反則って口酸っぱく言ったのに!!」
フィオレも、マールが杖で殺害した様に見えていたようでフィヨルド同様に隣で頭を抱えながらヒステリックに叫んでいるからだ。隣のイザベラも不安気に表情を曇らせており、隣のカイトへ視線を向けている。
「マールはちゃんとルールに乗っ取って魔術で戦っていますよ?」
カイトはそう言い放ち、ゆったりと立ち上がると、その場にいた全員がカイトに目を向ける、ヘヴァンだけは分かっていた様子で腕を組んでいた。
「魔術!?どう見たって杖で……」
勢い良く掴み掛かったフィヨルドだったが、そこで何かを察したのかゆっくりカイトを解放した。
マールが殺害した生徒達が転移されて来たのだ、その全員が鋭利な刃で綺麗に切断されているのだ。どんな武術の達人であったとしてもあんな木の棒ではここまで綺麗に人を切り裂くなんて出来ない。
「ウォーターシュートの応用です。ウォーターシュートを最大出力で放出しながら、放出している場所を狭め、小さな穴に収束させるイメージです」
カイトはノートを開き、フィオレに見せるとフィオレはノートを奪い取り立ったまま食い入る様に眺めている。
「なに…これ?」
「水は高出力で放出したまま収束すると鋭利な刃物になるんですよ。それが、マールが使っているあの魔術の正体です。名付けるなら【水剣】でしょうか?」
カイトの説明が終わると、会場は静まり返っていた。
「……アクア…セイバー」
フィオレは直ぐにカイトが言われた原理で杖の先でウォーターシュートを放水し、徐々に収束するにつれ…。
「ここで剣をイメージすると…」
フィオレはそう囁きながら念じると、瞬時に杖の先で水の剣が出来上がった。彼女は何を思ったのか隣に置いてあった椅子に向かって水の剣先を近づけた。その瞬間、椅子は真っ二つに切断されて弾け飛ぶ。
「おおお…」
その瞬間、会場が一気にどよめいた、弾け飛んだ椅子の切断面が、先程の生徒達と同じ綺麗な切断面だったからだ。
「………」
フィオレはそのあまりの威力に目を点にしていたが、すぐに我に帰ると持っていた杖を投げ捨て隣にいたカイトの肩を掴んで揺さぶった。
「…あんたなんつう魔術を作ってんのよ!!こういうのはちゃんと!!あたしに教えなさいよ!!!」
講義室の使い方を教えるのが面倒だから自習を禁止にしたくせによく言う、ただ。そうはいってもノートにまとめたとはいえ原理を伝えただけですぐに実演してしまえるフィオレは紛れもなく天才なのだが。
「マールが内緒にしようと言いましたので」
カイトは激しく揺さぶられながら呟くと、より強く揺らされてしまう。
「おバカーー!こんな魔術40点よ!!発想は素晴らしいけどこんな荒削りで中途半端な魔術を作って来るだなんて…私に教えてくれていたらもっと実用的にしてあげれたのにっ!!貸しなさい!!」
自習禁止したのはお前だetc…苦笑するカイトにガミガミと怒鳴り散らしたながらもノートを奪い取り席についたフィオレは、ぶちぶちと文句をいいながらノートを添削し始めた。
「成る程な、水の剣とは…まさに勇者らしい素晴らしい発想だ。どうかな?フィヨルド先生?」
へヴァンはいつもの様な毅然とした態度でフィヨルドの手を叩き落とすと、即座に皺が寄った襟を正した。
「み…水の剣?…あ、あんな…未完成の魔術なんかで…」
フィヨルドは信じられないと言った様子で呆然としている。そして詰め寄っていたヘヴァンから後ずさると、目を見開いたまま崩れ落ちた。
「思い出した、あの水属性の生徒確か勇者の神託があるって子だろう?」
観客席の1人がつぶやいた。
「ゆ、勇者?…まさか、迷信じゃなかったのか?」
「魔術師ですらない人間が…なんで?」
「ばっか!お前しらねえのか?勇者の神託は全ての武器を使いこなすって話だぜ?つまり魔術だって使いこなせるわけだ」
会場は勇者の噂で持ちきりであった、そうこうする間に中継は再びマールを映した。
「森の中は擬態の危険がある、森を焼き払うぞ!」
騒ぎを聞きつけて付近までやって来た火属性の腕章をつけた生徒達は、森の中でのマールの奇襲を警戒して森に杖から火を放ち、次々と木々を焼き払いはじめた。
「ほう?やりますね彼ら」
「なに呑気な事を言ってるのよ!!どうするの!?あれじゃ近づけないよ!?」
「残念ながら、マールにあれは悪手です。場所を教えるだけなので…」
カイトは哀れみでもって火属性の赤い腕章を揺らしながら木々を焼き払う生徒達を見つめていた。確かに、森に火を放ち戦場の優位を相手に渡さない。戦術として上策だ。しかし、それは相手が普通の人間ならばの話である。
残念ながら彼らが今、相手にしているのは。犬並みの嗅覚を持ち、瞬く間に数百mを駆け抜ける脚力を持った勇者(化け物)なのだ。そんな彼女相手に、悠長な攻撃をすればどうなるか直ぐに身を持って体感する事になるだろう。
「………」
マールは無表情のまま、燃える木々を見るなりすぐさま反対方向へ駆け出した。カイトも戦闘時のマールの動きをはっきり見るのはこれが初めてだ。マールは素早く森の中から抜け出すと、燃えゆく森を大きく迂回しながら彼らの背後に回った。信じられるだろうか?マールは立った数分でこれをやってのけることが出来るのだ。改めて見るマールという規格外の化け物にカイトは嬉々としていた。
「えーと…確か、こう!」
マールは見晴らしのいい丘の上から森を焼き払う生徒たちの中から1人に狙いを定めると、何を考えたのか杖を仕舞うと両手を手を胸の前で合わせた。
「なんだ?あのバカみたいなポーズは?」
観客席の1人がマールの体勢を嘲笑する。それは一見、馬鹿みたいな姿勢にも見える。モニター越しでもそんなマールの可愛らしい馬鹿みたいな姿勢が映し出されると笑いが生まれる。
「あの構え…まさか魔弾の海魔?」
流石、水魔術に精通するフィオレは海魔も研究している様子で、直ぐにその姿勢の正体に勘付いた反応を見せる。
【パン】
「ん?」
気分よく森を焼き払っていたある男子の1人は、背後から聞こえた拍手の様な音に振り返る。そこには背の高い丘があり、その丘の上で何かが光り、瞬間、眉間を何かに貫かれ後頭部から内容物を派手にぶちまけた。
「な!なに?…えっ!?」
異変に気づき、頭の半分を吹き飛ばされた男子を見た女子、しかし遅すぎる。次々と音速で飛んでくる何かが左で森を焼いていた生徒達を貫き、貫かれた生徒はまるで弓矢を食らったかの様に吹き飛び地面に倒された。直後自分の意識も頭の上半分ごと吹き飛ばされた。
「きゃあああ!!」
隣にいた女子が突然浴びせかけられた内容物に発狂し、悲鳴を張った。しかしそうしている間にも女子の眉間や胸に三つの風穴が空き、踊るように回りながら地面に崩れ落ちた。
「な!なんだ!?」
「ひ!!ひけ!!ひけー!!」
「退くにしても…どこに!?」
目の前では自分が燃やした木々が燃え盛っており、逃げ場は無い、左右に逃げようにも左右は開けている。その間も次々と飛んでくる音速の何かが、火属性の生徒達を次々と撃ち抜いていく。10人以上はいた生徒達はマールの放った魔術によりまとめて射殺されたのである。
「魔弾の海魔の技を魔術に応用するだなんて考えたわね…カイト?」
今度の魔術に関しては、フィオレも騒ぎ立てず冷静なままである。
「あれはマールの持ち込みです、私も言われるまでは考えもしませんでしたが」
この異世界にいるその魔弾の海魔は、カイトの世界にも実在するテッポウエビという生物である。テッポウエビは特殊な構造をした鋏を開き、水流を流し込みつつ強い力で挟み込む事でプラズマ衝撃波を発生させその衝撃波を獲物に浴びせて気絶させる事で狩猟を行う。その技から着想を得たマールのイメージを形にしたのがあの魔術の正体である。ただマールの話を聞くに、この異世界のテッポウエビは5、6m程に巨大化しているらしく。海底から漁船を撃ち抜いて落ちた漁師達を好んで捕食するのだと聞き、海には絶対に行かないと決めたのだった。
「【水弾】と今は呼んでおきましょう、射程も威力も申し分のない魔術ではありますが…あのバカみたいなポーズをしなければならないのはたまに傷ですね」
「そんな事ないわ、素晴らしい魔術よ。この水魔術は80点あげちゃう」
思いがけない高得点がフィオレの口から飛び出した。
「あたしも魔弾の海魔が使うあの技を魔術に応用出来ないか考えていたもの、まさか先を越されちゃうなんてね…ただ」
フィオレはそう言いながら片手に握った杖を軽く振るうと、マールが使ったものとは比べものにならない威力の水弾が発射され、床に深々と突き刺さり地面を抉り取った。
「先に教えてくれてたら、あんなバカポーズしなくても撃てるように出来たのよ?」
お前がetc…とは言え、勇者がこの数日間努力してようやく物にした術を、このフィオレという女教師は、模倣するだけでは飽き足らず、より精度を高めた解答を出してくる。彼女は人間としては底辺に位置するが、紛れもない天才なのだろう。
「勇者様が危ない!」
今まで黙ってモニターを観ていたイザベラが荒げた声を漏らす、みれば調子に乗って狙撃し続けていたマールの足元で地面が揺れ動いている。
「【ロックスピア!】」
突如隆起した岩の槍がマールを襲ったのだ。
「うわ!!…いっ…つ!」
完全に不意を突かれ、咄嗟に避け損ねた岩の槍の一部が彼女の右足を掠め、深く肉を抉り鮮血が飛び散らせながら尻餅をつくが、即座に身を起こして体勢を立て直しながらも周囲を警戒した。しかしマールを攻撃した土属性の生徒の姿はどこにも見当たらない。
「土に擬態してる、あれじゃみえないわ」
フィオレは悔しそうに吐き捨てた。画面の中でマールは即座に反応して右足を引きずりながら移動し始めると、その足元で岩の槍は次々隆起し、マールを串刺しにしようと追いかけてくる。
「……!」
足の怪我が思ったよりも深い、マールは痛みに顔を歪めれば、次第に追いかけてくる岩の槍との距離が縮まってくる。そんなマールの前に、待ち構えていた1人の生徒が前を塞ぐように飛び上がる。
「【ロックレイン】!」
飛び上がった生徒は空中で空中に大量の岩を生み出し、マールの上から夥しい岩の槍が雨の如く降り注ぎ、激しい土煙をあげるほど、容赦はなかった。
「マール!!!!」
フィオレは思わず声を張る。
「ふー…危なかった」
その横で、カイトはその横で小さく胸を撫で下ろしていた。そんなカイトの反応に、フィオレはキョトンと口を開けて目を向けている。
「やった!やったよ!!」
「ああ、あれは倒したな」
男女2人の生徒が擬態を解き、岩の槍が突き刺さった地点へ歩み寄ると立ち上がった土煙が晴れるのを待つ。1人は先程マールに三等分にすると宣言された土属性の生徒、ゴドーである。ゴドーは周囲の様子を見回し、そして足元に散らされた赤い血液をみて勝ちを確信する。
「ふん、なーんだ、勇者とかいっても大したことなかったな」
「ねー?」
そう隣の女子と笑いあっていると、土煙が晴れていく。
「ご、ゴドー!」
女子が叫ぶ。土埃が晴れると、そこには地面に背を向け、仰向けで倒れ、全身の至る所を岩の槍に貫かれて琴切れた、無惨なクラスメイトの姿が現れたのである。彼らが見ていた赤い血液は、そのクラスメイトから流れ出た血液であったのだ。ゴドーは瞬時に血の跡を辿る、その先には…。
「!?ミヤ!!!直ぐにそこから離れろ!!」
ゴドーは叫ぶ、ミヤは目を見開いていた。ゴドーがそんなに焦る顔を初めて見たからである。
「え??」
それがミヤの最後の言葉になる。次の瞬間には横合いから伸びてきた白い水の刃がミヤの側頭部を貫いた。ミヤの体が脱力するとともに、横合いから伸びた小さな腕がミヤを掴むと、ロックスピアで出来た岩槍の大きな影に引き摺り込んだ。
「クソが!!」
ゴドーは素早くミヤが引きずり込まれた岩陰に向かい杖を構える。しかしそこには夥しい血液だけが地面にあり、ミヤの姿はない。そこら中が血に染まりもはや血の跡で追跡は出来ない。ゴドーは即座に撤退も考えたが、勇者を倒すという欲が彼の頭から撤退の2文字を追い払ってしまう。
「くそ!何処だ!?出てこい!卑怯者!!」
ゴドーはそう叫びながら必死に目を凝らし、興奮した様子で左右を見回す、そんなゴドーの背後で何かが動いた。
「そこか!!」
男子生徒は素早く岩の槍を背後で動いた気配に発射する、岩の槍は見事に気配の元を捉え貫いた。それは…
「み…ミヤ?」
先程後ろで岩陰に引き摺り込まれたミヤだった、側頭部を縦に割られ、驚き顔のままのミヤの亡骸の腹部を、ゴドーの放った岩の槍は見事に貫いていた。
「なっあ……」
同級生を貫いてしまったという罪悪感と動揺で彼はフリーズしてしまう、その一瞬の隙をマールが見逃す訳もなく、体勢低くミヤの横をすり抜け踏み込んで来たマール、ゴドーが気づいた時には、振りかぶったままの体勢で懐深く入り込んでいた。
「えっ…」
「………」
マールは無表情のまま振るった水の剣で、ゴドーの身体を2回、3回と斬りつけ、宣言した通り彼を三等分切り分けた。
「ふう…一瞬ひやっとしましたよ」
一部始終を見届け、そこでカイトは胸を撫で下ろし、肩の力を抜いて背もたれにもたれかかる。
「どういうこと!!?マールはどうやってあの状況を切り抜けたの!」
フィオレがヒステリックに叫びながらカイトに掴み掛かり問いかけると、イザベラが軽く手を上げる。
「……言っていいか?カイト」
「はい、どうぞ」
イザベラはわざわざカイトに問いかけ、カイトはにこやかに了承した。
「ロックレインを使うために前で飛び上がった生徒を盾にしたんだ」
「うそ!?あんな一瞬で!?」
フィオレは驚愕に目を見開いている。そんなフィオレを見てイザベラは小さくため息を吐き出した。
「マールは別にすごい事はしていません、あの程度の状況判断と行動ならば、最前線の冒険者達は普通にやるでしょう、相手が迂闊すぎるだけです」
マールだからではない、最前線で戦う冒険者達なら当たり前に同じ事をする、出来る。カイトはそう言いながらも手元のモニター越しにマールを心配そうに眺めていた。モニター越しのマールは木陰に身を隠すと木の鶴を引っ張り太ももに巻き付けてキツく締めて止血し、傷口に破った袖を当てがうとそこにも木の鶴を何重にも巻き付けきつく結びつけると太ももに止血のために蒔いた鶴も傷口を覆った制服の袖に巻き付けている。カイトの時代でも古となったルーズソックスを履いているようにも見える。
「結構深くやられているようですね…」
マールは痛みを堪えながら何重にもキツく蔓を結んでいるのを見ると、傷の深さは相当なのだろう。
「大丈夫なの?あの子…」
「問題は無いかと」
カイトはキッパリ言い退けた、短い期間とはいえ、最前線でひたすら戦い続けてきた彼女にとってあれ位の怪我は日常茶飯事なのだ。その証拠に、深く脚をえぐられ痛い筈なのにも関わらず、マールはとても楽しそうだった。
「わ、笑ってるよ…」
中継の大モニターに映され、魔術師達に息を飲む。軽い処置を終え立ち上がったマールは、ルーズソックスのように膨らんだ脚を何度も地面へ蹴りつけ、飛び跳ねて可動域を確かめている。
「大丈夫そうですね」
「な!なんでわかるのよ!?」
常に側でマールを見てきたカイトは、マールの強さと怖さをここにいる誰よりも理解している自負がある。
「残りは何人かしら?」
フィオレはそう言いながら名簿を開くと、残り人数を確認し、イザベラも覗き込む。
「結構減ったな…」
カイトも気になり覗き込む、魔術の名簿は脱落者を自動的に消してくれるようだった。名簿に残った名前は残り50、49、48、とこの間にもドンドンと数を減らしている。
「マールは…」
マールはというと木陰に身を潜め、動かずにジッとしていた。
「やっぱり足が痛いのかしら…」
フィオレはマールの足を心配していた、カイトも中盤からの動きは特に指示してはいない。普段から落ち着かず、じっとしていることが苦手なマールがただ何もしないなんて事は基本ないはずだ…カイトはそう考えながらマールを見つめていた。
「…ん?…なにか…おかしい…」
不意にカイトは不自然な気分に襲われる、何か変だ。マールの不自然な行動もそうだが、何か引っかかる、この感覚はいったいなんなのだろう?そうこう考えている間にも残り30人にまで生徒の数は減っていた。中盤になり180もいた火属性の生徒達が自らの意思で潰し合いを始めた事もあり、秒単位でみるみる数を減らしている。火属性19、風属性5、土属性5そしてマールという、中継画面は特に動きがない膠着状態を表示している。
「…ん…」
そこでカイトは、モニター越しの風景が暗くなっていることに気がつき、先ほどまでの違和感が再び再燃する。
「なんか…変じゃないです?」
カイトの言葉にフィオレとイザベラは顔を見合わせた。
「何が変なんだ?」
イザベラに問いかけられ、カイトは答える。
「なんか、孤島が暗く…」
「なんだ、そんなことか…」
イザベラは残念そうに呟き、フィオレも顔を抑える。
「そりゃそうよ」
フィオレはそう呟きながらも自慢げにつぶやいた。
「魔術舞踏会の会場になる孤島は、幾つもの魔術師達が集まって魔術によって作られた仮装の空間なの、だから時間の経過も普通とは違うわ!」
つまり、孤島の時間経過は此方の時間よりも速い事になっている。日が傾き始め夕闇が辺りを包み始める。他の魔術師達は夜間の戦闘を避ける為か、各々が陣地を設け、野営を始める者達もいる。そんな中で、茂みに潜んでいたマールだけは1人、もそもそと動き出した。
「成る程、そういう事ですか…流石ですね」
そこでカイトはさっきまでの違和感の解消と共に、マールの不可解な行動の意味を理解した、そして満足そうに声を漏らした。
「な、なによ!!どういう事!?」
フィオレの問いかけに、カイトは実ににこやかに返す。
「マールは夕暮れが近い事を感じ取ったんです。だから下手に動く事をやめて身を潜め、暗くなるのを待っていたのです」
「夕暮れを…感じ取る…?どうやって?」
フィオレの疑問をカイトになげ、イザベラも肩をすくめている、そんな2人に見えるようにカイトは自らの鼻を指差した。
「マールは嗅覚がとても優れているんです」
「…へー、嗅覚、すごいわね、で?どれくらい?」
フィオレはジト目で特に興味もなさそうに聞いて来た
「ホモセクト並みですね」
「イザベラ、ホモセクトの嗅覚ってそんなすごいの?虫ケラでしょ?」
亜人の話に全く興味がないらしく、フィオレはイザベラに聞いた
「凄いなんてもんじゃない、ホモセクトは数十キロ先のフェロモンの匂いや血の匂いも感じ取ってやって来るんだぞ?あいつらの前じゃ擬態なんて無意味だ」
「ホモセクト達が夜行性ではない事は唯一の製造上の欠陥であり、救いでしょうね」
カイトはいつもの亜人図鑑を取り出し、ホモセクトのページを開いた。そこにはホモセクトの持つ様々な習性や特徴が書かれており、それを見たフィオレは目を点にする。
「マールは匂いで夕闇をいち早く察知した、だから木陰に身を隠して自分がもっとも優位に動ける夜をまったのです」
カイトが言った通り、モニター越しのマールは小さな鼻をクンクンと動かしては身を低くし、どこかへと向かった。その先には火属性の生徒2人が呑気に焚き火を燃やして愚かにも自分達の位置を知らせてしまっていた。彼らは敵が来るのは望むところだったようだが…彼らが呼びつけたのは、マールという勇者である。マールは獰猛な獣のように、そんな生徒達の側に忍び寄る。
「リコ!!ヒバナ!!!気付け!!だめだー!!」
向かいの席でオズバーンが悲鳴に近い声を張りあげる、だが無情にもリコとヒバナと呼ばれた生徒たちは談笑しながら二手に別れようとする。
「ん…なんだ?」
髪を真っ赤に染め炎のように逆立たせた男子、リコは視界の端に青い光を見た。
「ちょっとそっち見てくるわ!」
「気をつけてね!」
リコはそう言いながらヒバナに見送られ、マールが潜む茂みの側へ歩み寄る。
「気のせいか…?」
リコは振り返り、ヒバナの元へ戻ろうとしたその瞬間、背後の茂みから伸びたマールの手がリコの口を塞ぐと強引な力で草むらへ引き摺り込みアクアセイバーを首に突き立てて切断し、一瞬で息の根を止めた。
「リコ?そっち大丈夫?」
今目の前で彼が死んだことなど知る余地すらないヒバナと呼ばれたまだあどけない少女は呑気に振り返る、その目の前に焚き火の弱い光に照らせれ、横たわるリコの足が映る。
「り…リコ?ちょっとやめてよー!冗談でしょ??」
ヒバナは笑いながらリコの足に歩み寄り。見た、そこにはさっきまで笑い合っていた…男子生徒の首なし死体があった。
「ひ!!!?!?」
ヒバナは驚き声を張ろうとしたその瞬間、背後から伸びてきたマールの手が、あどけない少女の口を塞ぎながらリコの時と同じように草むらへ引き摺り込むと作業のようにアクアセイバーを彼女の小さく薄い身体に突き立てた。
「!!!!ー!!」
くぐもった悲鳴と共に草むらから飛び出した少女の足が虚しくバタバタと動いていたが、次第に力を失い、そして急に背伸びをするように突っ張って痙攣すると、そのまま硬直し…二度と動く事は無かった。暫くしてしっかりとどめを刺したマールが現れるとアクアザッパーで焚き火を消火し、辺りが闇に包まれる。
「ま…魔術師の戦い方じゃないよ…あんなの」
マールは魔術師ではないので…と言いかけたカイトだったが、フィオレの反応を見て出かけた言葉を飲み込んだ。ただ、他の魔術師達も同様の反応をしていた。直ぐにリコとヒバナの亡骸が転移されてくる。
「成る程な、先程カイトが口を塞ぐ事を反則かどうか確認していたのはこの為か…」
ただ1人、魔術師達の中でもヘヴァンだけは興味深そうにマールにより殺害された2人の死体を側まで行って死因を確認していた。水の剣で首を切断されたリコ、これでは声を上げる暇もなく瞬殺だっただろう。ヒバナは腹から心臓まで一直線に線が引かれている、多少暴れていたからか、傷が荒々しくなっている。
「………あっちか」
液晶の向こうでは、再びマールが何かに反応して動き出す。次にマールが向かった先には土属性の黄色い腕章をした男子生徒がいた。彼は焚き火の火を頼りに火属性の生徒を襲撃するべく、体の半分を魔術により土に擬態させながらゆっくりと動いていた。だが、突然焚き火の火が消えた事により視界が真っ暗になった事で方向感覚を失い、しきりに周囲を確認している。
「は…!」
目の前に青い光が浮かび上がる。それが揺れる腕章が放つ光である事に彼は気が付かなかった。
「う!うわあああ!」
男子生徒は恐怖に声を張りながら岩の槍を光目掛けて撃ちまくった。
「はあ…はあ…どうだ!?」
息を切らせ、土埃が晴れると青い光は消えている。
「は…ざ!ざまあみろ!俺をどっ…が!!あっ?」
何かが凄い勢いで背後にぶつかると同時に腹から白い水の剣が突き抜けてた。
「!!ー!!!」
マールは素早く激痛に暴れる男子生徒の口を塞ぎながら、背中に突き立てたアクアセイバーをゆっくり心臓の位置まで走らせて息の根を止める。
「腕章、目立って邪魔だなあ…」
マールはとても邪魔そうに闇の中で青く光る腕章に悪態をつくと、殺した男子の血を腕章に塗りたくる。途中、新たな敵の接近を感じ、死体を茂みの中に引きずっていく。そこへやってきたのは緑色の腕章を身につけた女子の2人。
「な…何これ…」
地面が水に濡れながら穴が掘られており、夥しい血液が引き摺られ、茂みの中へと続いている。
「……」
2人の女子達はアイコンタクトをしあうと、1人が前にでて短いステッキを茂みに向かって振るう。飛び出した風の刃が茂みを斬り払う。当然そこには何もない。
「流石にもういないんじゃない?」
瞬間、パァンという渇いた発破音と共に何かが光、同時に頬へ水飛沫が付着する。
「え?」
見れば隣にいたクラスメイトの頭、上半分がなかった。
「ひ!?」
唐突の出来事に驚き、怯んだ次の瞬間。口を塞がれて背中を貫き、胸の真ん中から水の剣が生えた。マールはまるで作業のように、殺害した生徒の亡骸を茂みの中へと引き摺っていく。そして何事もなかったかのように出てくると、再び身を低くして歩き闇夜に紛れて動き出した。その手慣れた動きは、さながらホラー映画の殺人鬼の様だった。
「あたし、あの子の敵にだけはならないようにするわ…」
暗闇の中、迷わず生徒の元へ忍び寄るマールに、フィオレは腕を抱えて震えを抑えた。狡猾に効率的に1人、また1人と生徒を殺害していくマールの姿に恐怖を覚えた様だ。
「ふざけるな!!へヴァン!なぜあいつを失格にしないんだ!?何が勇者だ!!あれはただの殺人鬼ではないか!!」
フィヨルドも怒りに身を振るわせながら机を派手に叩き、審判のへヴァンに対して声を張り上げた。
「そうだ!!魔術師らしくない!!闇に隠れての奇襲など卑怯にも程があるだろう!!」
オズバーンも同じように怒鳴り散らしながら観客席から降りてくる。食堂のホールにはマールに殺害された無惨な生徒たちの亡骸で溢れている。全員が驚きと恐怖に顔を彩りながら腹から心臓にかけてを一直線に切り裂かれていたり、首を切断されていたりと凄惨な死に方を極めている。
「こんなの魔術師の死に方じゃないよ!ヘヴァン!彼女は失格にするべきだ!!」
オズバーンは今にも泣き出しそうな声で喚き散らし情に訴えていた。
「ハハ…魔術師らしい死に方ってなんだい?」
そんなオズバーンを、カイトの隣に座っていたイザベラが鼻で笑う。
「ええ、戦場では誰であれ皆平等、死に方を選ぶなんて贅沢もいいところですね」
カイトもため息を漏らしながら吐き捨てた。だが、教員二人に詰め寄られたヘヴァンは特に気にしている様子はない。
「しかしですな、フィヨルド先生、オズバーン先生。殺し方はどうあれ、彼女が使っているのは魔術だ、口を塞ぐ行為は反則ではないと事前に伝えているはずだ」
へヴァンはそう、フィヨルドとオズバーンを制するが二人は引かない、ついにはフィヨルドもホールへ降りて来て弾けるようにヘヴァンへつかみかかる始末。
「エイワーズ先生!あなたも彼女は失格にするべきだと思うであろう!?」
オズバーンは席に座ったままのエイワーズにも言葉を投げかけた。しかし、エイワーズは首を傾げている。
「失格…なぜだ?魔術師の戦いとはいえ戦いは戦いだ。戦場で死に方を選ぶ事など出来るわけがないだろ?」
意外にもエイワーズはカイトと同じ事を二人に言ってのけた。そして隣に座った蘇生されたばかりのゴドーへ言葉を投げる。
「お前も、彼女は失格になるべきだと思うかな?ゴドーよ」
ゴドーは斬られたあたりが気になるのか、手で軽く摩りがらも首を横に振る。
「いいえ、思いません」
ゴドーは表情に悔しさを滲ませていた。エイワーズはそんなゴドーの頭を軽く触れて横に振る。
「本音を言うとな、私はあの勇者に感謝しているのだ。お前の傲慢な鼻っ柱を簡単にへし折ってくれた事に」
エイワーズが開幕前の顔見せの際、マールへ向けていた不思議な視線はその期待による視線だったのだろう。そして、マールは見事に彼の期待に応えてくれた。
「先生…」
ゴドーは悔し涙を流し、顔を伏せた。
「焚き付ける為とはいえ、彼女を煽った事は謝罪せねばならんな」
エイワーズはそう呟きながらも懐からパイプを取り出し火を灯した香草に火をつけた。エイワーズを味方に出来なかったオズバーンとフィヨルドは気不味そうな顔をして後退るのを見たヘヴァンは此方へやって来る。
「フィオレ先生、君はどう思う?彼女は反則かね?」
ヘヴァンは席で呆然としていたフィオレに声をかけ、フィオレは驚いて我にかえる。
「反則な訳がないです!!ね?カイト、あの魔術…えっと名前なんだっけ?」
「アクアセイバーです」
「そうそれ!アクアセイバーはまだ荒削りで未完成な魔術ですが…後でより精度を高めたものを水弾と共に申請しますので、取らないでくださいよ?」
フィオレはさりげなく生徒のオリジナル魔術を自分の水魔術にしようとしながら、笑顔でヘヴァンに釘を刺した。ヘヴァンはそんなフィオレに苦笑しながらも抗議に来たオズバーンとフィヨルドの元へと戻る。
「はっ、はん!バカバカしい!!魔術師が近接の魔術を使う??そんなものは半人前がする事だ!!敵が接近する前に細切れにしてしまえば良いだろうにっ!」
「そうだ!!接近された時の術を学ぶより、いかに接近させないかが重要なのではないですかな!?」
そんな状況は絶対にないと、誰が言えるのだろうか。それに彼らは大きな勘違いをしている。カイトは肩を揺らして笑い出した。
「こ、こらカイト…」
流石にフィオレも笑うカイトを戒めるが、カイトは軽く咳払いする。
「失礼…お二方が遠回しにマールにやられた生徒達は自分の生徒も含め、半人前と言ってらっしゃるのが最高に滑稽で…」
カイトの発言に二人の教師はポカンとして静止し、次の瞬間には言葉を理解して激怒する。
「何だと貴様!付人が偉そうに!!!何がおかしい!!」
オズバーンは激怒し、顔を真っ赤にしながら短いステッキを抜き放つとカイト目掛けて特大の火球を杖の先から放った。巨大な火球は此方に向かうほどに大きくなりながら向かってくる。だが、巨大な火球はカイトに直撃する直前で向きを変えたのだ。見れば隣のイザベラが吸い込んでおり巨大な火球はイザベラの口の中に吸われて掻き消えてしまう。
「相変わらず、しょぼい火だな?えぇ?オズバーン」
イザベラは口の端から火を吐き出しながらもオズバーンへ笑いかけた。
「い…イザベラ!?…か、灰燼の魔女が…何故…いや!何故そこに!?」
オズバーンと共に、そこで初めて全体がイザベラの姿を認識し、会場が響めく。それはそうだろう灰燼の魔女の二つ名を持ち、魔術師の中では唯一であろうA級冒険者の資格を持ったイザベラが観に来ていたとあっては彼らも驚愕せざるを得ない
「オズバーン、指揮者に手をあげたってことは勇者様に牙を向けたって事だ。つまりテメェは今、この瞬間あたしの敵になったって事でいいんだよなァッ?」
イザベラは、ゆらりと立ち上がると威圧感たっぷりに背中から激しい炎の柱を天高く燃え上がらせながらオズバーンに語りかけた。
「い…いえ…め、めっそうも…ありません…」
オズバーンは小さな身体をさらに小さくしながら杖を降ろしつつカイトを睨みつける。A級冒険者であり、この世界でも最強の炎使いであるイザベラに凄まれれば、いくら炎の魔術師であるオズバーンであっても杖を降ろさざるを得ない。
「けっ、根性無しが…早く席に戻んなっ」
イザベラは退屈そうに吐き捨てると、オズバーンはいそいそと席へ戻りながらもカイトをジッと睨みつけていた。
「すみませんでした、イザベラさっ」
謝ったカイトの顔面にイザベラの拳が深々とめり込みぶっ飛ばした。
「ぐふ!!」
「雑魚もやしが!!やたらめったら煽るんじゃねえクソボケが!」
イザベラはそういいながら気が収まらないのか2発、3発とカイトを割と本気で殴りつけてから座る。
「す…すみません…」
謝りながらも座ったカイトの脛を、フィオレが強く蹴飛ばしてきた。
「いっ!!…た!」
カイトは激痛に飛び跳ね、足を抑えた。マールのような事をする。
「っとに、気をつけなさいよ?あんたの着てる服は本来なら人権なんてない人が着るものなんだからっ…メンツを潰されたオズバーンに逆恨みされて殺されたって文句言えないのよ!?」
「本当にな、お前が死んだら勇者様がどれだけの悲しみに襲われるか…もっと自覚しろバカ」
二人に執拗な説教を喰らいカイトは縮こまってしまう。
「んで?」
怒っていたはずだったフィオレの唐突な問いかけに、カイトは首を傾げた。
「アクアセイバーよ、どうせなんかあるんでしょ?はやく教えなさい」
フィオレの言葉にカイトはバレたかとバツが悪そうに頬を描く。
「は、はは…アクアセイバーはウォーターシュートの応用で、マールが得意な接近戦をするために必要だから剣の姿を無理やり模っているだけなんです」
カイトの言葉にフィオレは納得したように腕を組む。
「なるほどねぇ、だからあんな不完全な魔術形態だったのね?」
フィオレの問いかけにカイトは頷くと、突如として激しい轟音が中継から漏れた。みれば稲妻を伴う巨大な竜巻が天高く巻き上がり、森林に紛れた生徒たちを木々や茂みもろとも纏めて薙ぎ払い、細切れにしながら吹き飛ばした。
「おお!あれは!エイレーンだ!!」
その竜巻に声を荒げ、興奮したようすで先程までイザベラにビビって萎れて縮こまっていたフィヨルドが机に足を乗せて熱狂している。
「我がクラスでトップの成績を収め、一年でありながらスカラーの称号を与えた我が愛弟子!!【エイレーン】が扱うオリジナルの風魔術!【ストームコール】!」
フィヨルドは自慢げに声を張り、観客達の視線が画面越しに映されるエイレーンに集中する。エイレーンは巧みに手首を操って手にした小さく短い杖を振るって動かすと、杖の先に誘導され稲妻を纏う巨大な竜巻がその先へ向かい道ゆく木々を薙ぎ払う。強風で彼女がポニーテールに結んだ長い緑髪をはためかせ、次々と森を更地にしてゆく。
「エイレーン!小賢しい勇者もどきを森ごと薙ぎ払ってしまえー!!」
フィヨルドは歓声をあげている。その歓声が聴こえているのかいないのか、エイレーンはストームコールにより呼び出した稲妻を伴う巨大竜巻を操りつつ、周囲の木々を生徒達もろともまとめて薙ぎ払いながらじわじわとマールに接近していた。
「………」
当然、マールもその竜巻による風の流れに気づいており、すぐさまエイレーンから距離を取る動きを見せている。
「流石のマールもあれは手に負えないのかしら?」
フィオレは隣のカイトに言葉を投げかける。
「さて?どうでしょうかね?」
だが。
「しかし、エイレーンが消耗の激しいストームコールをこのタイミングで発動したのは何故だ?」
期待以上に。フィヨルドは予定に無いタイミングでのストームコールの使用に不信を感じていた。フィヨルドは魔力の消耗が激しいストームコールは、きめどきかもしくは危機を感じた時に使うようにエイレーンには指示していた。つまりは…
「危機を感じているというのか…?エイレーン…」
フィヨルドは強張り、モニター越しに活躍するエイレーンを見上げた。
「っ…!…!?」
エイレーンは不意に背後に視界を向ける、当然そこには何もいない、背後には自分が更地にした地平が広がっている。
「く!!!この寒気はなんだ?」
エイレーンは常に敵意を感知できる風の魔術、風の鎧を身に纏っており、敵からの敵意を感じると風の鎧が察知して教えてくれる。つまりは…
「ぐあああ!!」
背後にいたのは火属性の生徒だった、エイレーンは目を向ける事なくそちらに向かってスパークウェブを炸裂させ、擬態しながら迫っていた彼は痺れて倒れる。
同時に、痺れた彼の身体はストームコールによって呼び出した竜巻に襲われ、巨大な竜巻の中で押しつぶされ殺害される。このように、如何なる奇襲も風の鎧によって察知して先んじて攻撃する事が可能なのである。
「……」
ゾクッ 再び悪寒が走り、風の鎧が察知した気配が耳たぶを触れた…ような気がした。
「!!!?」
バッと、即座に振り返るエイレーン、しかしそこには何もいない。
「何、この感覚は…」
この森に入ってから不意に訪れる背筋を凍り付かせる何かの気配、この森には何かがいる。確実に誰が敵意を伴う視線を定期的に向け、挑発してきている。
「一体どこに?…この森には何がいるの?」
頬を冷や汗が伝う、できるなら今すぐこの森から離れたい。事実、彼女の足取りは重く、進み続けるエイレーンを縛っていた。しかし、その警戒は悪手である、警戒のためとは言え、それだけ目立つ動きを続けていればそれは新たな敵を呼び込んでしまうのも当然だろう。突如としてエイレーンをまばゆい灯りが照らした。
「!!?…風よっ!」
彼女の頭上から大きな火球が雨のように大量に降り注いだのだ。エイレーンは即座に風の防御魔術を展開して降り注いだ火球をスレスレで撃墜し、直撃を間逃れた。しかし弾けた火球は当然だが衝撃と熱を撒き散らし、風の障壁で受け止めきれないそれらの副次効果がエイレーンの体を襲う。
「く!…」
衝撃と熱に身体を焼かれ、怯んだエイレーンに頭上に次々と無数の火球が雨のように降り注いでいる。見れば遠くの丘の上で、二人の生徒がファイアボルトを放物線を描くように飛ばし続けてきている。
「よくもっ!!よくもおおおっ!!!」
エイレーンは怒りに身を任せながらダメージにより掻き消えた稲妻を伴う竜巻を即座に再召喚すると。杖を巧みに操って飛んでくる火球を纏めて絡め取り受け止めると、遥か遠くから自分を撃ってきた生徒を睨みつけ…。
「【シュトゥルーム】!」
手にしたステッキを火球が飛んできた方角へ向ける。その瞬間、ストームコールにより呼ばれた稲妻を伴う竜巻巻きは巻き上げた火球達が形成する風の中で爆ぜ、灼熱の竜巻へ姿を変える。そして、手にしたステッキを遥か遠方の対象に向け振りおろす。その瞬間、灼熱の竜巻が自分を攻撃した火属性の生徒達の元へじわじわと近づいていく、生徒たちは逃げず、次々火球を放って竜巻をかき消そうとしたのだろう、だが竜巻は止まるわけもなく彼らに襲いかかり周囲の地形ごと、まとめて焼き払った。
「ストームコール、名前負けしない素晴らしい魔術ですね」
カイトはエイレーンの魔術に感心していると、隣のイザベラは首を傾げる。
「派手な分消耗もバカでけえし、よく目立つ、あたしにはリスクしかねえと思うぜ?」
イザベラは冷静にストームコールの粗を指摘した。
「成る程、確かに」
カイトはノートにストームコールの情報とイザベラの指摘を書き殴る。
「ちょっとカイト!!感心している場合じゃないわよ!?マールは勝てるの!?あいつに!」
フィオレは興奮しながら体を揺らしていた。
「ふむ…」
カイトはノートを書く手を止め、モニターを見上げる、そこでは息を荒げ肩で息をしながら辛そうに表情を歪めているエイレーンが映される。イザベラの言った通り、ストームコールは消耗が激しいのだろう。
「あの程度なら、大丈夫でしょうね」
カイトは特に警戒した様子も、興味を持った様子も見られずに告げ再びノートに視線をうつし、そんなカイトの発言にフィオレはただただ驚愕して目を見開いていた。
「す…スカラーを…あの程度?…」
そんなフィオレは気にせず、カイトはみるみる数を減らす名簿に目を向けてからマールに視線を戻す。
「………」
マールはエイレーンを静かに遠目から観察していたのだ、彼女の竜巻が収まったのを確認すると、自らの行動を開始した。彼女が一直線に向かったのは…
「成る程、成る程…あなたはそう動きますか」
「何よ!何1人でわかってるのよ!私にもわかるように解説しなさい!!」
フィオレは気になる様子でカイトの肩を掴んで揺らしながら叫んだ。
「マールはエイレーンを餌にしたんですよ」
「…え…えさ??」
理解できないフィオレはきょとんとしていると、カイトはにこやからに語りだした。
「今、エイレーンさんは大技を連発したことで、著しく消耗をしています、この魔術舞踏会で一番の脅威であり目立っていたのは間違いなく彼女だった…その彼女が弱っている、今なら運が良ければ討てるかもしれない…漁夫の利を得ようとする魔術師達を誘き出す良い餌になるでしょう。マールはエイレーンを狙って集まってくる魔術師達を狙っているんです」
それを聞いたフィオレは再びモニターへ視線を移す、マールはカイトが言ったように迷う事なくエイレーンを狙って集まって来た生徒に向かっていた。最初の犠牲者は土属性の生徒だった、彼女は遠くで暴れる竜巻が消えるのを見て、ゆっくりと擬態しながらそちらへ歩みを進めていた。今ならスカラーを討てるかもしれない、そんな期待に胸が踊っていた。その完全に油断していた彼女の横合いからマールが飛び出して来た。
「え!?」
次の瞬間には彼女の意識は無くなっていた。マールはすれ違い様に彼女を斬り伏せると、足を止めることなく駆け抜け、その先にいた風属性の生徒目掛けていく。暗い闇の中では視野が狭くなるため土属性の生徒の姿を確認出来てはいなかったのだ。そのため、闇の中でも瞬時に臭いを頼りに行動して走り回るマールの接近にギリギリまで気がつくとことはできなかった。
「へ?…えっ!!」
気づいた時にはマールによってすれ違い様に斬り伏せられ地面に倒されているのだ。マールは尚も止まらない、身体が温まって来たのか次第に運動能力が上がっているのが目に見えて分かる。怪我をしている脚も今は気にならない程に速くなって行く、次の瞬間には獣のように闇夜の森を駆け抜け、木に飛びつくとスルスルと登っていき、枝の上を飛びながら次の生徒の元へ向かっていく。
「え!?な、なに??」
火属性の生徒は木の上を移動するマールの足音に動揺し、上を見上げて周囲を警戒していた。だが、次の瞬間には上から降って来たマールに体を縦に割られて抵抗する間もなく地面に倒れて血に染まる。
「うーむ…」
大モニターで生徒たちを次々殺害するマールを見ながら、カイトは渋い顔をしながら腕を組み意味深に唸っている。
「な、なによカイト?なんかあるの?」
フィオレはカイトの表情に対して問いただす。
「イザベラさん、わかりますか?」
「ああ…」
カイトの問いかけに、イザベラは小さく頷いた。
「ちょっと、2人でわからないでよ!教えなさいよ!マールがやばいの??」
「いえ、マールではなく、他の学生たちです」
カイトは語りだした。
「率直に言えば、学生達があまりにも弱すぎるんですよ。」
「そ、それはマールが勇者で凄いからなんじゃないの?」
そんなフィオレの頭をイザベラが軽くこづいた。
「痛い!何すんの?」
「そうじゃねえ、勇者様はこの大会の中では特段凄いことはやっちゃいねえんだ、X級以上の冒険者でもあれくらいの事は普通にやれるんだぜ?」
イザベラはそう言いながらも忌々しげに背もたれに体重を預け、足を組むとカイトは頷いた。
「はい、彼らは戦闘力以前に経験値があまりにも足りていないんです。これはかなり致命的な欠陥です」
カイトはため息混じりにモニターを指差した。その指の先では一人の生徒が呑気に歩きながら、走って来たマールに首を刎ねられた。
「相手が自分たちと同じ魔術師だから、当たり前にするはずの警戒心が欠如している、当たり前を怠っているんですよ…」
そのせいで、彼ら、彼女らがマールの接近に気がついた時には既に懐深く入られてしまっている。そこから魔術を撃とうとしてももう遅い、何せマールは既に展開したアクアセイバーを振るだけで良いのだから。その間にも火属性の生徒が袈裟に切り倒され、倒されている。
「この中から何人かはいずれ最前線にくるんだって考えるだけで頭が痛くなるぜ…」
イザベラははっきりと言った。その間にも1人、2人、3人と、マールは次々と生徒達を斬り捨てながら止まらず走り続け、そして時折り、チラリと空を見上げる。空には残り人数が大きく表示されていた。
「3だから、あいつと僕と…もう1人だね」
マールはクンクンと鼻を動かしにおいを察すると、最後の1人を探し当てる。しかし、そちらへ向かおうとする前に、最後の1人は巻き上がる竜巻の鎚に隠れていた森ごと叩き潰されてしまう。
「やっと見つけた!やはり貴女だったのね?勇者!」
更地になったマールの目の前で、スカラーを意味する青いマフラーをたなびかせながら、エイレーンが降り立った。完全に息は上がっている、顔色も悪く肩で息をし、左手は胸を押さえフラフラの状態である。それでも戦意は衰えず、マールに向かって手にしたステッキの先を突きつけた。
「へー?いいじゃん!来なよっ」
マールはそんなエイレーンを素直に敵と認めると、バサリと制服の上衣を脱ぎ捨てた。
「言われなくたって!!」
エイレーンは甲高く吠えると、ステッキを縦に振るい、彼女のステッキから風の刃がマール目掛けて放たれる。
「うわっ!危なっ!」
マールは唐突な風の刃にを身を捩りながらスレスレで避けつつも距離を取る。
「ならこれでどう!?」
エイレーンはステッキを振り回し、次々と風の刃を放ち続けると、マールは踊るような軽快なステップを刻み、エイレーンから放たれる風の刃達をスレスレで避け続けた。しかし、脚の怪我のせいで動きがいつもよりもぎこちない、避けきれない風の刃が頬や手脚を掠め、浅く切り裂かれて血が飛ぶ。
「ほらほらほらほら!その足でっ!…いつまで避け続ける事が出来るのかしらっ!?」
息も絶え絶え、満身創痍はエイレーンも同じではある。完全に息は上がり最早低級の風魔術を振り回す位しか手段がない、しかしそれでも彼女はマールの脚に巻かれた制服の袖から怪我を見越し、彼女の脚に負担がかかるように脚を狙った風の刃を放ち続けている。
「…ちっ、ちっ、ちっ……ちっ」
隙間なく放たれる風の刃による攻撃を、マールは小さく舌打ちしながらリズムを刻みながら強く踏み込むと急に大きく距離を取った。
「!?」
何か来る、エイレーンは即座にマールの行動を大技と察するなり距離を取りながら自分も腰を深く落として身構え、眼前に大きな風の障壁を展開した。強力なファイアボルトも空中で受け止めて押し返すほど鉄壁の護りを見せて来た。
「フィオレ先生、アクアセイバー本来の姿が見れます」
カイトがモニター越しにマールを指差し、距離を離したマールは、剣の柄を握るように持っていたステッキをちゃんとした持ち方へ持ち変える。
「持ち方を…変えた?」
フィオレは目を細めてモニターへ身を乗り出した。マールは胸の前で左手から青い魔力帯を出現させると、ステッキの先端を通し、手首に纏わせるように一気に収束させる。
「ん?…あれは…まさか!【魔掌拳】!?」
その変化にヘヴァンが気づき声をはり、カイトの隣でイザベラもガタリと立ち上がり、モニターを食い入るように見つめて息を呑む。
「魔力帯を…腕に?」
瞬間、エイレーンの背筋を強烈な寒気が駆け抜ける、これは防げない、今すぐ避けろ。エイレーンの脳裏が咄嗟に判断を促した、しかし手遅れだった。マールは収束させた魔力帯を纏わせたまま、杖の先をエイレーンへ突きつけ発声する。
「【アクアレイザー】!」
強い発声により収束され過ぎた帯が砕け散り、中に溜め込まれたアクアセイバーが暴発、流し込まれた魔力の本流は杖の中を通ってまっすぐ先端から溢れ、白い水がまるで光線のように地面を深く切り裂きながらエイレーンの足元を切り裂いた。
共に静まり返る食堂、モニターを見ていた魔術師たちは騒然としている。モニターの中でエイレーンとマールは向き合ったまま止まっている。それを見たフィヨルドは安堵の溜息を漏らした。
「何をするのかと思えば…不発か?エイレーンは無事…」
次の瞬間、エイレーンが頭の後ろに結んでいた髪がバサリと落ちると、体が足元の地面と同じように縦に割れ、地面に崩れ落ちると、鮮やかな青いマフラーが溢れ出る血液で赤黒く染まっていく。
「ん?…」
マールの手にしたステッキは、流し込まれた膨大な魔力量に耐えきれず中程が風船のように膨らんでおり、先端がタンポポの花のように爆ぜていた。
「なに…あれ??マールは何をしたの!?」
フィオレの言葉にカイトは答えようとするが、即座に何の脈略もなくイザベラにぶん殴られ床に転がされる。
「どう見たって魔掌拳だろうが!!」
興奮した様子でイザベラに怒鳴られ、フィオレは目を見開き驚きのあまり席を立ち上がってしまう。
「うそでしょ!?もうとっくに失われた技術だった筈よ!?ヘヴァン先生が何十年も研究しても復元に至れなかった魔術の最奥を…なんでマールが使えるのよ!!」
フィオレはイザベラに殴り飛ばされぐったりしていたカイトをイザベラが引き起こす。
「知ってんだろカイト!なんで勇者様があれをつかえるんだ!?」
イザベラは力一杯にカイトの体を揺さぶった。カイトはイザベラの手をタップするとイザベラは静かにカイトを解放した。
「マールは少し前に黄昏のグンヒルドと戦闘しているって話はしましたよね?」
黄昏のグンヒルド、その名前を口に出した瞬間、会場が騒然とする。
「まさか、その時に覚えたというのか?」
イザベラの言葉にカイトは頷く。
「戦闘中に何度も食らったようですからね、見慣れない技だったから印象には残っていたのでしょう。ここに来たことで、原理を理解したマールが復元に成功した…と言ったところなのでしょうか?」
「いや、あの段階までなら私も辿り着いている。まだ未完成だ」
ヘヴァンがいつのまにかそばへ来てカイトのノートを手に取るっていた。
「しかし…私が半生をかけて辿り着いた魔掌拳の研究を…たった一月短期留学しに来ただけのものに追いつかれるとは…な」
ヘヴァンはショックを受けた様子で手にしたカイトのノートを閉ざしてテーブルにおくと、その時同時にマールと亡骸のエイレーンが帰って来る。
「………」
マールは帰ってくるなり倒れ掛かり、急に意識を失って仰向けに倒れかけ、慌てて飛び出してきたフィオレが掴んで支えた。
「お疲れ様!!すっごい大技で舞踏会を締めくくったんだから、最後までしゃんと立ってなさいよ」
「うう…無理ぃ…もう疲れたぁ」
マールは甘えるような声を出しながら、体に力が入れることもままならず、フィオレに体重を預けたままその場に座り込んでしまう
「あ、コラ!マール!」
「いい、そのままで。あの魔掌拳が未完成と言った理由がこれだ。帯を通して持っている魔力容量を全て使い切ってしまう、この段階では1発こっきりの虎の子であるのだここからの答えに私は辿り着けない…」
ヘヴァンはそう解説しながらやってくると膝をおりマールの額に手を当てると、青い光がマールに流れ込む。ヘヴァンは自らの魔力をマールに分け与えると、その襟にパールがあしらわれた美しいバッジを取り付ける。
「?」
魔力を流し込まれても気だるそうなマールはバッジを貰いながらヘヴァンを見上げていた。
「魔術舞踏会を生き延びた生徒に送られる証だ、優勝おめでとう」
ヘヴァンはそう讃えて拍手した、それに習い多くの観客に来ていた魔術師達や、蘇生を終えて観戦していた生徒達も拍手をしはじめ喝采にかわる。
しかし…そんな中で…。
「こんな結果!認められるか!!!」
ヘヴァンの言葉を遮るようにフィヨルドが怒鳴りながら食堂へ降り立つと杖を抜き放った。
「血迷ったか?貴様、何をしているのかわかっているのか!」
「うるさい!!!」
怒りに我を忘れたフィヨルドは見たことのない風の魔術で前を塞ぐヘヴァンに浴びせかけ、即座に杖を抜いたヘヴァンは素早く魔力帯を出現させると盾にする。
「邪魔だ!どけええ!!」
フィヨルドは勢いに身を任せながら叫び、勢いを増した突風がヘヴァンを盾にした帯ごと強引に弾きとばし、眼前でへたり込んだままのマールに杖をむける。
「きさま…貴様がいなければエイレーンが勝っていたんだ…貴様がいなければ!!」
フィヨルドは怒りのままに杖を振り上げた、彼の杖の先から激し稲妻を纏った巨大な竜巻を形成するとマール目掛けて解き放った。
「マール!!」
カイトは叫びながら駆け出そうとした。だが、イザベラの手がカイトの服を掴んで止める。
「テメェが行っても邪魔なだけだ、もやしはすっこんでな」
いの一番に飛び出して行きそうなイザベラは特に動じてはいなかった。それどころか、イザベラは笑いかける。
「良かったな、カイト。あいつが何故、血祭りフィオレなんて物騒な二つ名で呼ばれているのか、フィヨルド先生がその命で持って教えてくれるみたいだぜ?」
マールを支えていたフィオレはゆったりと迫り来る竜巻の前に立つと、わずかな動作のみで自分の眼前に巨大な水の壁を立ち上げ竜巻を包み込んでしまう。
見覚えのある水魔術、あれはアクアザッパーだ。しかし、フィオレの使ったそれは、カイトやマールが教わっていた規模ではない。天井のモニターにも届く高さと規模である。
「な、なんだと…」
フィヨルドは目を見開いて後退るが、竜巻を包み込んだ水の壁が津波のようにフィヨルド目掛けて向かって襲い掛かった。
「ひ!ひいっ!」
フィヨルドは情けなく悲鳴を挙げながら風の魔術により障壁を作り上げた、だが津波はそんな風の障壁ごとフィヨルドを包み込み、水の中へ捕らえてしまう。
「この魔術は使いたくなかったのにさ、ほんと…」
フィオレはそう言いながら掲げた右手を力強く握ると、水中でもがいていたフィヨルドの身体が水の中で圧壊し、無色透明だった水を真っ赤に染め上げた。
フィオレは何の気にする事もなく術を解くと、水玉が弾け、食堂の床全体に真っ赤なフィヨルドの血液が撒き散らされる。
「解放された瞬間、真っ赤な水が飛び散ってあたり一面血だらけにするところからついた二つ名、それが血祭りフィオレ」
想像を絶する水魔術に、流石のカイトも絶句していた。もしも、フィオレが教師にならずギルドに所属していたのなら…きっと今頃彼女はA級の冒険者として大成していた事だろう。
「勿体ない、才能ですね」
「お前もそう思うだろ?でも、アイツは見ての通りの小者だからなあ、聞かねんだ、ギルドなんて嫌だってな」
フィオレらしい小者な理由ではある。
「ほらカイト!!何をもたもたしてるの!早く来なさいよ!!」
フィオレに急かされ、カイトは苦笑しながら食堂へ階段を下っていくと、床に座ったままのマールの側へいくと、マールは匂いでカイトの接近に気づくとカイトの身体へ寄りかかってくる。
「随分消耗しましたね」
「うん…つかれた…」
カイトは足の怪我に目を向ける。破られた制服の袖が巻かれており、じっとりと血液で濡れている。やはり木の鶴での止血は完璧なものとは言えない。イザベラもやってきてしゃがみ込み回復術師達を見る、彼らは今、フィオレが圧壊させて殺害したフィヨルドの蘇生に駆け回っていた。その内の一人がこちらへやってくる。
「傷口みますねー!」
回復術師の年配の女性は丁寧にいいながらマールの手当てを外していくマールの足はかなり深く抉られており骨が見える状態だった。
「だいぶ深くやられてるわね…どうしようかしら」
回復術師の女性は一旦迷うような顔をするとカイトと目が合う、そしてマールへ語りかけた。
「この怪我ですとかなりの回復痛が走ります、気を強く持ってね」
「……うう、やだなぁ…」
マールはそう言いながらカイトにしがみつくと、回復術師は傷口に手を触れた。その瞬間傷口から煙が上がり傷口の肉がぶくぶくと水のように泡立って元の形に戻っていく。どうやら今のマールは回復術を受ける事は出来るようではある。
「!!…!」
声を入れない代わりにしがみついた腕に力が入り、マールの腕力に身体を絞められ、カイトの身体がメキメキと嫌な音が響き続けた。
「はい、終わり」
回復術師と入れ替わるようにフィオレとイザベラがやって来る。
「マールは大丈夫?」
「ええ…まあ」
マールはいつのまにか痛みで気絶した様子でぐったりとしており、フィオレはマールの額に手を当てて様子を伺う。
「ま、大丈夫でしょ。わからないけど」
それで良いのか教師…フィオレはマールの安否は特に気にする事なく背筋を伸ばすと、ヘヴァンに目を向ける。
「うちの生徒は表彰式には出れそうにないわ、ヘヴァン、あたしが代わりに出るんじゃだめかしら?」
フィオレの提案にヘヴァンは渋々と頷いた。
「いいだろう、ではこれより表彰式を始める!」
ヘヴァンは手を叩いて食堂に表彰台を生成すると観客席は掻き消え、観戦に来ていた魔術師達が立ち上がり整列を始めていく。
「カイト、マールを背負って部屋にいけ」
イザベラはそういって肩に手を置くと、そのまま歩いて目の前にいたオズバーンの元へ向かう。
「ようオズバーン、ちっとつらかせよ!」
オズバーンは顔面蒼白で後退り、逃げようとするが背後にいた生徒たちに捕まった。
「お?お前たち!!な、何をするやめろー!」
オズバーンは小さな体で暴れるが、生徒達にてをあげるつもりはないようだ。
「オズバーン!!!最前線に来る質の悪い炎使いの魔術師達はテメェの仕業だったんだな??今日は特別にあたしがテメェの授業を見てやんよ!!表彰が終わったらすぐ始める、テメェらもいいよな!?」
イザベラに凄まれ、火属性の生徒達はキラキラと目を輝かせた。魔術師でありながら唯一のA級冒険者、それでいて炎の使い手とあれば、彼等の目が輝くのは当たり前であろう。
「是非!!」
全員がそんなふうに声を揃え、逃げ出そうとしたオズバーンはイザベラに差し出され、イザベラはオズバーンを小脇に抱えると、表彰台へと向かう。
「……さて」
カイトは気を失ったマールを背負いあげる、小柄でも筋肉質な彼女はずしりと重く、非力なカイトではフラフラと歩いて部屋へ戻る事となった。カイトは3回程の休憩を挟みつつ、ヘロヘロになりながら部屋へ戻るなり、マールをベッドに転がした所で力尽きそのまま倒れ気を失った。
お疲れ様です!
次回は少し飛びますね!




