2の3 エルフの国へ(中)
はい、中編です、長いです
あれから数日
カイト達は、最前線の街ベリドゥにいた。ベリドゥでは突如として現れた王族護送用の大型馬車に響めき、中の人物達を一目見ようと多きな人集りが出来ている。冒険者達の視線は、その馬車を引いている見慣れない馬や馬車の周りを四方警戒に配置された奇抜でカラフルな鎧を身に付け、見慣れない武器を身につけた異様な騎馬の集団にもその好奇な視線は向いている。
カイト達を乗せた馬車はベリドゥの街中で止まることはなく合流場所であるベリドゥ中央の教会前広場へと辿り着く。教会前の広場にはもう一つの人だかりが出来ている、それは見覚えのあるブブポンというカバのような生物が引く黒鉄の馬車である。
カイト達を乗せた馬車は、その黒鉄の馬車に横付けされると、後部の2枚扉を開いてカイトが出て来る。
「武士衆、集合して下さい」
カイトの一声で、カラフルな武士集団は下馬すると馬止めを使うことなくカイトの前に一列の横隊で整列した。すると、放置された馬達はゆったりと姿が薄らぎ、消え去る。これは死霊馬というも。本来は夜のみしか扱えない代物なのだが、シイナ直下の近衛にあたるカシの武士衆は、誰もが昼でも使える特別な死霊馬を持っている。疲れず、餌も必要ない死霊馬は一見最高の足ではあるが、朝に使用するには使用者の体力を大幅に使うため、万能と言うわけではない。昼間の死霊馬は非常に脆く、ちょっとした攻撃や刺激だけでも消えてしまう為、朝の死霊馬の扱いには細心の注意が必要となる。カイト達も例外ではなく、ここに来るまでに3回騎手を変えており、すでに約束の時間を大幅に遅れていた。
カイトの前で整列した武士衆の少年達にも明らかな疲弊が表情にでている。
「夜まで休憩です、馬車の中の皆さんにも今のうちに休んでおくよう伝えて下さい」
「はい!」
少年達は全員で馬車へ向かうと、手早く2人一組になり鎧を外し始め、中のメンバー達も武士衆の武装解除を見ると、各々に自由に行動をし始める。じっとしていられない野生児マールは真っ先に馬車から飛び降り、鎧を外した武士衆やガルーダなど、ベリドゥが初めてな仲間達に、指差しで施設を教えている。
「カイト君!」
そこで、黒鉄の馬車から1人の青年が降りてきた、男は高貴な赤と白の礼服に身を包み頭には王冠がある。鉄の国の王代理、アジルだった。
「遅くなりました、アジルさん」
カイトは遅れをアジルに詫びると、アジルはにこやかに笑う。
「いいよ、俺と君の仲じゃないか」
アジルは熱っぽい視線をカイトに向けてきて、カイトは思わず退いてしまう。
「どうですか?鉄の国の執務は」
このままでは襲われかねないと貞操の危機を察したカイトはそう話題を切り替えた。するとアジルは実に落胆した表情を浮かべる。
「自分の王としての才能の無さを痛感する毎日だよ」
アジルは苦虫を噛み潰したような表情で語り出した、鉄の国の国営は何もかもが砂の国とは違っていた、しかも、今の今まで鉄の国の執政や国営をになっていた人物達は、ドラドを裏切った重罪人として処刑されていたためアジル王の国営は手探り状態から始まった。
砂の国から援助を求めようにも、それをしてしまうと砂の国による実効支配となってしまう為現実的ではない。砂の国の王、アジムの実の弟であるアジルが王の座に座っている事実上の実効支配ではあるのだが、生前ドラド王とも交流が深かったゼノリコの審査のもとで鉄の国の出身者のみの側近達に纏められ、何とか国としての体裁を保てているという状態である。
「兄がいかに偉大か実感したよ…」
アジルは、くたびれた様子で肩を落とし以前会った時よりもやつれているような印象をうける。
「それにしても…」
アジルの目が鎧を脱ぎラフな格好に刀だけを腰に下げた武士衆の少年達へ向く。
「何処からあんなに可愛い戦士達を連れてきたんだい!?半分くれ!」
「は、はは、いや、あげませんよ?」
花の国の武士達に関しては彼に言わない方が様だろう、カイトはそう思いつついらないことをする前に話題を切り出した。
「それで、エルフの女性たちは?」
カイトの言葉に緩みきっていたアジルは真顔に戻ると黒鉄の馬車を指さす。
「中にいる、言葉が分からないから話せないんだ…身振り手振りで状況は伝えているんだがね、どうにも見下している様子が感じられる」
アジルは困った様子を見せた、カイトはそれを聞き自らの馬車の中へ向かう。
「ギムルさん、エルフの言葉わかりますか?」
「ええ、分かりますよ」
馬車の中からカイトと共に現れたのは緑色の肌をしたトカゲのような人間だった。手足には鋼鉄の腕当てと膝当てを身に付け、胴にはホーバージョンと呼ばれるチェーンメイル、その上から白に赤い線が描かれたサーコート(シュールコー)を身につけている。エルフの国へ向かい、差別と迫害の対象であるレプテリアンの素顔を隠すかの話には当然なったが、カイトの答えは敢えて隠さないというものだった。1に、エルフに事態の重さを受け止めさせるためだ、彼らにとって差別や迫害の対象を使わなければならない程に事態は切迫しているという意思表示だ。というのは建前で、本当の芯にはエルフへの不信感である。カイトは花の国で勇者による様々な文献を暇がある度に読み漁っていた。その文献のどれにも、同じようにエルフに対する不信が記されているからだ。
「レプテリアン!?」
アジルの反応的にもやはりレプテリアンは希少なようだ。
「君は、アジルだったね。王様になったというのは本当だったんだ」
ギムルは黄金に輝く縦割れの瞳を縦に瞬きしながら軽く頭を下げる。レプテリアンには敬語という人種特有の文化は無く、相手が誰であっても対等に話す事が礼儀とされているらしい。
「いや、済まない。流石の俺でもレプテリアンを見るのは珍しくてね、無礼を詫びよう、ギムル」
アジルはギムルに手を差し出して握手を交わす。
「冷たいな」
「低体温なので…」
気が合うようだ、2人はそう笑い合うとアジルは真顔になる。
「早速エルフの通訳を頼めるかな?」
「任せて欲しい」
そう言って手を放すと、アジルの後について行く。
「カイト、僕も行く」
先程まで武士衆と一緒にいたマールがいつの間にか隣にいた、その顔はいつものマールとは明らかに違う、敵意に近い感情を表情に出していた。
「暴れないでね?」
「多分無理、頑張るけど」
そんなマールの反応に、カイトは苦笑しつつもアジルとギムルの後を追いかけた。アジルと共に馬車へ入ると、馬車の中には3人のエルフの女性がいた、美しい白い肌に青い瞳、明るい色の金髪。カイトの想像する漫画やゲームの中のエルフがそこにいた。
エルフは一緒に来たギムルを見るなりいきなり憤りを露にし、弾けるように立ち上がり不思議な音で喚き出した。
「穢らわしいトカゲを連れてきて、なんのつもりだ、下等生物の猿ども」
ギムルは特に気にせず侮辱と取れる言葉を淡々と通訳する。
「ちっ…」
マールは舌打ちと共に派手な音を立てて椅子を蹴飛ばし、エルフの女性達を威圧する。女性達は一瞬で恐怖に引き攣り、3人で纏まってマールから離れるかのように角に寄る。
「やめてマール…」
カイトはそんなマールの前に敢えて立つことで制止すると、そのまま前に出る。
「ギムル、引き続き通訳をお願いします」
「わかった」
カイトはエルフの前に行くと丁寧に頭を下げる。
「私は人間のカイトです、これからあなた方をエルフの国へ還す手伝いをさせていただきます」
ギムルがエルフの言葉で訳すと、エルフの女性達は顔を見合わせてから何やら話し出した。
「人間は野蛮と教わった、信用出来ない」
ギムルの通訳にマールは真顔に変わると背中の大剣を手にしながら、馬車の豪華な長椅子を蹴り壊した。
「マール、待って。それと物に当たらないで」
カイトは再びマールを制止した、マールはカイトが指示を出せば嬉々としてこのエルフ達を殺害するだろう。見ればエルフたちはマールに怯えている、顔は恐怖に引き攣り恐慌状態になっているのは間違いないだろう。そんなエルフ達にカイトは笑いかける。
「選んでください、ここで彼女に斬られて死ぬか、下等な人間種に護られながらエルフの国に帰るか」
「カイト、それでは戦いになる」
「大丈夫ですギムル、訳してください」
ギムルは渋々訳した、それを聞いたエルフ達はカイトからも引いて警戒を露にする。そしておそらく一番年長であろうエルフの女性が口を開く。
「彼女を遠ざけて欲しい」
ギムルの言葉にカイトは頷き、背後でアジルに掴まれて今にも斬りかかろうかとしているマールに目を向ける。
「マール、外にいて」
カイトの言葉を聞いたマールは一瞬反発の意志をみせるが、大きく深呼吸を繰り返して怒りを鎮める。
「……わかった」
そう言ってアジルの手を払い除けると、馬車から出て行った。
「あいつ、なんであんなに怒ってるんだ?」
アジルは分かりやすく怒りを露にしていたマールにそんな言葉をつぶやいた。マールが出ていくのを見たエルフ達は漸く落ち着きを取り戻すと、何かを語り出した。
「あなたに従う、国に還してほしい」
ギムルの訳にカイトはほくそ笑む。
「では、ついてきて欲しい」
カイトの言葉をギムルが約すと、エルフの女性達は立ち上がると、そそくさと早足にカイトの側へやって来る。
「ギムル、ありがとう」
「どういたしまして」
マールは馬車の外で困惑していた、自分のうちから湧き上がるエルフに対する憤りがどこから来るものなのか分からなかったのだ、当人として至ってまともであり、あの程度の言動で殺意が湧き上がるほど憤るとは思っていなかったのだ。
「おらおら!退きな!てめえら!!」
そんなマールの前に、真っ赤な民族衣装に身を包む背の高い妖艶な女性が、豊かな胸を揺らしながら他の冒険者達を押しのけやって来る。A級冒険者【灰燼の魔女】の異名をもつイザベラだった。彼女は手に高価な赤い包みを持っており、マールの前へとやってくると、その包みをマールの目の前へ投げ捨てる。
「拾いな小娘!くれてやるよ!」
そう言ってマールの肩に手をおく、その瞬間、マールの頭にイザベラの声が届く。
『無礼な物言いを失礼します、勇者様』
マールは驚きイザベラに目を向けようとする。
『そのままで、誰が聞いているか分かりませんので…』
イザベラはマールの肩を強く掴み、睨みつけながら引き寄せる。
「お、おいイザベラよせ!」
「黙ってなぁ!」
イザベラは見事な演技力で止めにかかろうとする冒険者達を黙らせる。
『エルフの国へ行かれると伺い、居ても立っても居られず…勇者様にも扱えるスクロールをご用意しました、これに書かれた文字を貴方様が読み上げれば、私の魔術を使えます』
『ぼ、僕、字読めない…』
マールの声が返ってきてイザベラは驚く。
『さすが勇者様です、この魔術をもうマスターされたのですね?』
『え、これ魔術なの?』
マールの反応にイザベラは頷く。
『はい、これは私が編み出した熱伝達とでもいいましょうか…この魔法ならば、誰かに聴かれる心配はありません。普通の人なら返す事は無理でしょうが、あなたの言葉を、相手に伝えることができるでしょう触れた肌面積が大きければ大きいほどよく聞こえる筈です』
イザベラはマールを突き飛ばし、スクロールの袋を掴んでマールに押し付ける。
「おら!さっさと受け取りなよ小娘!」
『スクロールは色に分けております、今から伝えますので、絶対に忘れないで下さい』
マールに敢えて色が見えるようにスクロールを見せる。
『スクロール発動の呪文は、アンサズ。スクロールを開きながらアンサズと唱えれば、その声に反応して一度だけ魔法を発動します。赤はファイアボルト目の前に爆裂する火の玉を放ちます。青がイラプション相手の足元を爆破します、範囲が広いので自爆には注意してください。黄色いはヒートオーラ、蘇生魔法です、治癒術師が倒れた時に使ってください。緑はリジェネイト…持続回復です治癒術師ほどの即効性はないですが徐々に体力を回復します。そして紫、これは本当に危機に直面した時にお使い下さい。』
『うう…覚えていられるかな…』
『大丈夫です、あなた様なら必ず使えます…』
マールの気弱な声が帰ってくるが、イザベラは笑いながらマールを突き放し、マールは石畳の床に尻餅をつく。
「ふん!!可愛くない奴だ」
そしてイザベラは、再び冒険者達を掻き分け歩いて行き、人混みの中へ消える。
「酷い人ですね、誰です?あの人」
見かねて出てきたアンネマリーがマールの手を取り引き起こす。
「大丈夫、イザベラの事は悪く言わないで」
マールはそう言って手にしたスクロールをギュッと抱えた。
「い、イザベラって!?A級冒険者の、あのイザベラですか?」
アンネマリーの問いにマールは頷き、アンネマリーはマールの手にした赤い袋を見る。
「それ、スクロールじゃないですか?!」
アンネマリーは赤い袋を軽く開き、中にあるカラフルな巻物達を観る。
「え?すごい物なの?」
「すごいなんてものじゃないですよ!スクロールは一つでも金貨10枚は必要な高価なものなんですよ?…それをこんなに…」
マールは驚き、再びイザベラが歩いて行った方向を見るが、そこにはもう人混みしかなかった。
「マール、アンネマリーも、夜まで休んで」
カイトがやってきて告げると、マールはカイトのそばへやって来ると手をとった。
「?…なに?」
カイトは首をかしげるが、マールは特に何かを言うでもなく夜までずっと手を繋いだままだった。
夜になり、死霊馬の本息となった時刻にカイト達は動き出す。
「よう!!来たな?」
そこは巨大な城壁につけられた鋼鉄の巨大な2枚扉の前、そこには2mはあろう大男、塔の異名をもつA級冒険者デュートリヒを含めた多くの冒険者が集まっていた。
「デュートリヒさん!」
カイトは馬車から降りると、デュートリヒを見上げた。
「エルフの国に行くんだろ?は!羨ましいぜ」
デュートリヒはちっとも羨ましそうなそぶりは見せずにそう吐き捨てた。
「デュートリヒは最近、彼女に振られたんだ」
隣でそんな言葉をいい笑うのは切断公の異名をもった紅白のめでたそうな外見の男、A級冒険者のヒューゴである。
「振ったんだよ!!あいつじゃ俺様の防御はぬけねえってな!!」
そんな強がりを叫びながらブワッと涙を流して吠える大男にカイトは失礼ながら笑い出しそうになってしまう。
「ヒューゴ!」
唐突に声がかけられ、ヒューゴが顔をあげると、長い黒髪の少女がかけて来る。その背中にはその身体に不釣り合いな長い両手斧をマールのように襷掛けしている。
「ええと…どちら様かな?女性の知り合いは忘れないんだが…」
ヒューゴはいつもそう言ってやって来る女性冒険者達をかわしているのだろう、スカした様子で前髪をかきあげる。そんなヒューゴに少女は笑いかけた。
「あなた、いつもそうやっているの?」
その言葉にヒューゴは不自然を感じる、そして考える。自分はこの少女を知っていると。
「エレーネ様!いけません」
アンネマリーが馬車から降りて追いかけて来る、その言葉にヒューゴは驚愕に顔が引き攣る、そしてカイトを見た。
「お?エレーネって9歳のチビじゃなかったか?この娘、どう見ても一桁のチビじゃねえだろ?」
ディートリヒは至極真っ当な事をいいながらエレーネを見下ろした、流石に巨漢のディートリヒに見下ろされるのはエレーネにとっては怖かったようで、直ぐにアンネマリーの後ろへ隠れてしまう。
「彼女は紛れもなくエレーネ様だ…」
ヒューゴには見覚えのある仕草だった、エレーネは人見知りで、恐怖を感じると誰かの背後に隠れる癖があった。助けたあの晩も、エレーネはゼノリコの後ろに隠れていた。
「これはどういう事だい!?なぜエレーネ様が冒険者になっている!?まさかエルフの国へ連れて行くとかいわないよな!?」
ヒューゴは弾けるような勢いでカイトの襟首を掴んで締め上げながら怒鳴り散らす。
「や!やめて下さいヒューゴ!」
アンネマリーの後ろから出てきたエレーネの静止にヒューゴは素早くカイトを突き飛ばすとその場に膝をつく。
「エレーネ様!申し訳ありません!」
忙しい奴、と思いながら尻餅をついていたカイトは立ち上がり、服についた土汚れを払い、服を正す。エレーネはそんなヒューゴの手を取り立たせると、じっとヒューゴの顔を見上げながら告げる。
「私は私の意志で冒険者になり、自分の力で席を勝ち取ったからエルフの国へ行くのです」
この数日間、エレーネの活躍はクウを通してカイトの耳に届いていた。あの夜にカイトに焚き付けられていこう、必死に群の戦いを学び、依頼を通して実演してきた。今の彼女は個人でも相当な実力ではあるだろう、そんなエレーネの思いにヒューゴは感激の涙を流す。
「ご立派です、エレーネ様…」
ヒューゴはエレーネの両手を取ると再び膝をつき自ら服従の姿勢を取る。
「貴女こそが、我らが鉄の王…我らが鉄の子達は貴女に従い貴女に尽くす」
カイトは驚いた、その場で膝を付いたのはヒューゴだけではなかったのだ。その場に集まっていた冒険者達が疎に前へ出てくると、その場で膝を付くと自ら服従の姿勢を取る。それは鉄の国出身の冒険者達だった、すぐ側にいたアンネマリーですら膝を付いて服従の姿勢をとっているのだ。
「ありがとう、ヒューゴ、皆さん。そしてアンネマリー…」
エレーネはそう言って鉄の国の冒険者達をゆっくりと見回しそして宣言する。
「私は、必ず父に負けないくらい立派な王になりますから」
エレーネはゼノリコの方針に真っ向から反対していた訳ではなかった。ゼノリコの方針では足りない、そして間に合わないと9歳の若さで焦って居たのだ。それゆえに、自ら冒険者になる道を選び、カイトの元で学ぶことを選んだのだ、それもこれも全て、自らが目指す理想の王の姿になる為のもの。そんなエレーネの立ち姿にドラド王を重ねたヒューゴは立ち上がり、腰の長剣を抜き放つ。
「では、あなた様の露払いは、このヒューゴ全身全霊を持ってやりましょう。さあ!エレーネ様、馬車へお戻りください、ここはまもなく激戦となります」
ヒューゴはそう言いながらアンネマリーを強く睨むと、アンネマリーは眉間に皺を寄せながら睨み返して頷くとエレーネの手を引き、馬車へ帰っていく。
「では、みなさんよろしくお願いします」
カイトもそう言いながらもその後へ続く。
「カイト!」
ヒューゴはそんなカイトを呼び止めた。カイトは嫌な予感をしながらも振り返ると、ヒューゴは素早く間合いを詰めるなりカイトの肩を力強く掴む、そして華奢なカイトの肩を握り潰さん勢いで握りしめながらこの世の恐怖を凝縮したような顔で告げた。
「エレーネ様の身体に消えない傷を一つでもつけてみろ?その時は君の身体をポタージュにするまで切り刻んでやるからな…」
怖過ぎる、カイトはなんとか苦笑で乗り切ったが本心ではちびりそうなほどにビビっていた。
「大丈夫です」
ヒューゴは嘘を言っていない、彼は必ずやるだろう、そう思わせる迫力があった。
「やあ、カイトくん」
解放されたカイトを新たな誰かが呼びかける、振り返るとそこには冒険者達をかき分けて現れたメガネをかけた白髪の優男、だらしなく気崩された布の服の上から、色褪せた安物の皮の鎧を身につけ。ベルラートの低ランク冒険者が最初に手にするだろう安物の鉄槍を手に持ったている。彼こそ、最強のA級冒険者と呼び声高い【最速】の異名を持つ男、レイである。
「相変わらず冴えない顔をしているね君は」
レイは、そんな皮肉を口にしながらも優しげな笑みを浮かべつつ、キョロキョロと周囲を探している。
「ところで、私の弟子は一緒じゃないのかい?」
「ああ、今日は少し虫の居所がわるいらしくてあそこにいます」
カイトが指を差した先で、エルフと同じ空間にいるのが嫌で、馬車の騎手を務める武士衆の少年の隣で、不貞腐れて座って胡座をかいている。
「マール!!」
レイはそんなマールを視界にいれるなり大声で呼びかけながら、瞬間移動のような速さでマールの側へ行く。
「わわ!!師匠!?」
驚き慄くマールは直ぐに逃げ出そうとするが、レイは片腕で逃げ出すマールの襟首を掴んで捕まえる。
「なんだい?その腑抜けた顔は!!」
そのままマールを大剣を襷掛けしているにもかかわらずまるで猫のように軽々と抱き上げ、こちらに連れて来る。
「カイトくん!5分くれ!!」
そう言ってマールを放り出すと、マールの着地を待たずにどこにでもある槍で軽くマールに突きを放つ。
「あぶなっ!!」
眼前に迫る鋭い突きにマールは素早く反応して大剣で槍を弾きあげる、しかしレイは弾かれた端から次々突き放ち続けた。まるで高性能なマシンガンの高速連射のような乱れ突きになる。
「わたしは、いかなる時も気を抜くなと教えたよ!マール!!」
言葉を吐きながら次第に速度が上がって行くレイと、そんなレイと均衡するように打ち合い続けた。
「そ!そんなことわかってるよー!!」
マールはほっといて!と言いたげに叫びながら打ち合い続ける、すでに一般冒険者たちからしたら未知の領域だろう、いきなり始まったレイとマールの激しい打ち合いは否応なく冒険者たちの視線が集中する。ただ、レイとマールにとってはウォーミングアップ程度の流しなのだろう一通り2人は打ち合うと、マールが距離を取る。
「そろそろ本息でいくよ、マール!」
「ま、まってよ師匠!ちょっとは僕の気持ちも!」
「問答無用!!!」
マールの反論など聞く耳持たないレイの本息の突きがマールへと迫ると、マールはそれを力強く弾き上げた。先程とは比べものにならない激しい金属の衝突音が弾ける。
「話を聞いてよ!バカー!!」
今度はマールから前に出てレイめがけて大剣を思い切り振り下ろした。レイは普通なら受け止める事ですら致命傷になるはずの一撃を、何処にでもある鉄の槍で受け止め、直後に払いのけて見せた。
「そう思うのならば躊躇をするな!」
渾身の力で振るったマールの腕は強く頭上に跳ね上げられ、同時に振り上げられた足でマールの腹を蹴り上げる。
「かはっ…!」
口から息を吐き出しながら腹を抑えて後退るマールに、レイの雨のような連続突きが襲いかかる。先ほどのマシンガンの様な連続で放たれる突きのその一撃一撃が、マールの大剣に弾かれるたびに派手な音を立て火花を散らしている。信じられない光景だろう、花の国では無敵だった筈のマールが、レイの前ではまるで子供扱いなのだから。レイの怒涛の攻撃にマールが目に見えて押され始めた。
「マール退くな!君が退いたら仲間が死ぬんだよ!!」
レイの勢いに押しこまれジリジリと後退させられていくマールに、レイは厳しい指摘を投げながらどんどんマールを押し込んでいく。気づけば武士衆の少年達が馬車の中から食い入るようにレイを見ていた。
「凄い!!」
彼らも槍に覚えがあるため、レイの動きを見逃すまいとしているのだろう。
「世界には、このような手練れがいるのか…」
シュウも信じられないものを見るような顔をしてレイの槍捌きを見ていた。
「もう!うるさいよーっ!!」
マールがついにキレて声を荒げ叫びながら大剣を両手で握ると力強く踏み込みながら全力で上に向かって振り上げた。だがその瞬間、大きく振り上げた大剣の一撃を紙一重に避けながら前に出てマールの身体を突き飛ばす。
「うわっ!」
余の勢いで突き飛ばされ、マールの小さな身体は弾けるように後ろに吹き飛ばされて尻餅を付くと、手にしていた大剣が手から離れ、派手な音を立てながら転がった。
「いたた…」
尻餅をついたマールの顔の前に、レイは鋭い槍の矛先を突きつけていた。
「30点、君は今の瞬間だけで二度死んだ。落第点だねエルフの国から帰ったら、必ず補修に来るように…」
マールが乗り気ではなかったとはいえ、こうも簡単に勇者を打ち負かしたレイはそんなことをいいながらマールの顔の前から槍を降ろす。
「ほら、わかったら武器を拾って戻りなさい」
マールはキッとレイを睨んでから素早く立ち上がると、地面に転がった大剣を手に取るとそれを背中に襷掛けする。その時、レイは馬車の方から自分に熱い眼差しを向ける少年達の視線に気がつく。
「待ってマール、彼らは??」
「ん?彼ら?」
マールはレイを一度見てからレイの視線の先を追いかける、その先には馬車の中から眼をキラキラ輝かせながら見ている武士衆の少年たちがいた。
「ああ、カイトが預かった花の国の子達だよ?強くなりた…」
「わああああ!わああああっ!!」
マールの台詞をカイトが声を張り上げながら遮った、正直言えばカイトはレイにだけは彼等を合わせたくなかったからだ。
「何カイト、急に前に出てこないでよ殴るよ?」
そう言いながらすでに蹴りを入れてくるマール。だがカイトの犠牲も虚しく、マールの言葉の断片から彼らが修行するために来たことを感じ取ったレイは、嬉々とした顔でカイトを押しのけマールの肩を掴む。
「マール!エルフの国での仕事が終わったら彼等も一緒に連れて来なさい!一緒にみてあげよう!」
マールはそこでカイトが割って入ってきた意味を悟ったがもう遅い。
「え…ええー!」
マールは最高に面倒そうな声音で鳴いた、そんなマールの反応など気にも留めないレイは真っ白な歯を剥き出しにしながら笑っている。口では帰ってきたらといっているが、このままでは今から修行等と言い出しかねない。
「おらレイ!!餓鬼どもを困らせるんじゃねえよ!!」
その矢先、いつのまにか馬車の上に腰掛けていたイザベラが甲高い声音で叫び、レイを名指しで注意した。それを聞いたレイはスンと普段の優男へと戻る。
「そうでした、皆さんに戦闘準備を…」
レイは静かにズレたメガネを押し上げ、冒険者達に的確な指示を飛ばすと、今まで見るに徹していた歴戦の冒険者達は慌ただしく生きがい、瞬く間に隊形を整えていく。
「腕、大丈夫?」
マールの右腕はレイの攻撃によりすでに赤く腫れていた、マールは赤い腕を軽く摩る。
「ちょっと痛いけどへーき、それよりも」
マールは助けてくれたイザベラに笑いかけながら小さく手を振った、そんなマールにイザベラは素っ気ない態度で顔を背むけてしまう。
「相変わらずですね」
カイトはそんなイザベラの態度に苦笑した。
「違うカイト、イザベラの右手を見て」
マールはカイトにそう指摘すると、そっぽを向いたイザベラは右手の指で丸を作って見せていたのだ、見ようとしなければ見えないように、左腕で隠しながら。おそらくマールを助けるためにレイの執着を別方向へと向けてくれたのだろう。
「カイトくん、マール、早く馬車へ戻りなさい」
レイは最高に楽しそうな笑顔でカイトとマールに告げながら行き交う冒険者達の中へ消えていく。
カイトとマールが馬車に戻ると、それを見たイザベラが騎手席へと飛び移り、顔を真っ赤にしながらまじまじと見上げている少年の隣に立つ。
「ほら!!門をあけな!始めるよ!!」
イザベラは叫びながら両手を広げ、その手の平から火の柱が天高く燃え上がる。イザベラはそのままゆっくりと呼吸を繰り返し、そして謳うような詠唱を呟き始める。
「左右展開、デュートリヒ、ヒューゴは馬車の横につけ」
レイは的確に指示を飛ばし、その指示に並いる冒険者達が従い、馬車の左右で2列ずつの縦隊を作る。そしてデュートリヒとヒューゴがレイの指示通りに馬車の外枠を掴を掴んでくっ付く。それを見たレイはゆっくりと謳うイザベラの前に立つと髪を掻き上げた。
「さあ、行こうか…」
謳い続けるイザベラは、炎術師の神託をもつ。その神託は、炎の魔術に限り詠唱を必要としないというものだ。必要ない状態なのにあえて詠唱を用いるという事が、どれほどの絶大火力の魔法を放つ気なのか分かるだろう。
謳い終えたイザベラは手を前に掲げ、そして足を大きく開いて構えると、その目の前に巨大な魔術紋章が浮かび上がった。
「開門!開門!!」
その魔術紋章を見た門の管理官の冒険者が手にしていたラッパを高らかに鳴らす。その音色と同時に巨大な門がゆっくりと内側に開く、門の前では既に人の存在を感じ取った多くの亜人達が殺到しており、その門が開かれた瞬間。数千、数万の様々な亜人達が怒涛の勢いで雪崩れ込んだ。しかし彼らは直後に絶望することとなる。
「【プロミネンス】」
イザベラの言葉と同時に、巨大な紋章から極太の熱光線が発射され、雪崩れ込んできた亜人達を一瞬で消し炭に変える。ただの一撃で数百、数千、数万の亜人達をごっそりまとめて消し飛ばし、亜人達の大軍に大きな穴を開けて道を開いた。
「ガキ!馬車をだしなあ!!」
再びラッパの音がけたたましく鳴り響き、冒険者たちが前方へ突撃、同時にイザベラが、隣で騎手をしている少年の背中を強く叩くと、彼は慌てて鞭を振り、叩かれた死霊馬は嗎と共に駆け出し、一気に門を潜り最前線のその先、エルフの国へ向かって駆け出した。
門を潜った馬車を待ち受けていたのは密集した数百、数千、数万とひしめく亜人の海だった。
「消し飛びなあ!!」
イザベラは馬車の騎手席に立ったまま、進行ルートを塞ぐ亜人達にイラプションを打ちまくり地面が至る所で爆発させ、大小様々な亜人の集団を纏めて吹き飛ばし、路を強引にこじ開ける。
「ここは我々が!」
左右に展開した冒険者達はその布陣を見るなりすぐさま後列が離脱、その場で留まり亜人の集団と戦闘を開始した。その高い城壁の上からも様々な魔術による支援攻撃が降り注ぎ亜人の集団を蹴散らしてゆく。
「先行隊、前へ!」
レイを含めた前列の冒険者たちは全速力の死霊馬を軽々と追い越して前を塞ごうとする亜人の海原へと飛び込み、凄まじい速度で亜人達を蹴散らして前に大きな間隙を開けさせ、道をこじ開けてゆく。
ゴブリンが、オークが、コボルトが、リザードマンが、ホモセクトが…様々な亜人の集団がボロ雑巾のようにバラバラになって吹き飛ばされていく。硬い馬車の壁に亜人の残骸が当たり、激しい音が中にも響く。その中を死霊馬は馬車を引きながらひたすら前へ前へと進んでいく。そんな馬車の行手を遮るように、目の前で山が動く、否、それは山ではない、10mはある巨人だった。
「ジャイアントギガースだ!」
馬車の中でゲイツが叫ぶ、そのギガースはただのギガースが子供に見える程の巨軀をもち、その大きな足で地面を揺らしながら走って来ていた、しかし、次の瞬間にはジャイアントギガースの頭が天高く飛んで行き、派手な音を立てながら地面にひっくり返った。
「しゅ!しゅげーー!」
見ていた武士衆の少年たちが思わず声を張る、何故か?答えは簡単だ、ジャイアントギガースを目視するなり、レイが弾丸のような速度で飛んで行き、一瞬でジャイアントギガースの頭を跳ね上げたのだ。レイはその勢いを殺さず、亜人たちの群れにの中に飛び込むと、落下した場所が爆心地のように吹き飛び様々な亜人達が細切れになって飛んでいく。
「デュートリヒ!左右からケンタウロスの群れがきてるぞ!」
ヒューゴが馬車の左から吠えるとデュートリヒは頷いた。
「わかってるよ!!んじゃあなカイト!エルフの国での土産話期待してるぜ!!」
そういうとデュートリヒは馬車から飛び降り、着地しながら大きく息を吸い込みそして獣のような雄叫びをあげた。馬車に襲い掛かろうとしていたケンタウルスたちが瞬く間にデュートリヒに狙いを変えて殺到する。
「うし、そろそろか!」
亜人犇く大海原から馬車が抜けたことを察したイザベラは、そう言って馬車から飛び降りる。当然だがまだ亜人は数多く周囲を徘徊しており、馬車から飛び降りたイザベラに殺到する。イザベラはその悉くを纏めて焼き払い、そして大きな炎の玉を空高く打ち上げた。太陽のような明るく大きな火の玉は周囲を明るく照らし続ける。そんな魔術の太陽の明かりに照らされながら、イザベラは馬車が見えなくなるまで手を振っていた。
「イザベラ…」
マールは後部扉の前にへばりつくように、小さくなっていくイザベラをずっと見つめていた。
無事に亜人の集団を切り抜けた馬車は、エルフの森があるとされる街道へ入ると、先程までいやというほどいた亜人達の姿がパタリと消える、おそらく先ほどイザベラが空に放った魔力の灯りにつられたのだろう、追いかけてすら来ないのは、あの場で歴戦の冒険者達が激闘を繰り広げ、目を引いてくれているからなのだろう。周囲の安全を確認し、落ち着いたカイトは背もたれに体重をあずけながらも、イザベラを見届けてから隣に座ったマールに目を向ける、その膝の上には赤い袋があった。
「マール、なにそれ?」
気になって聞いてみると、マールは赤い袋をにこやかに笑いながら拡げた。
「イザベラから貰ったの!スクロールって魔術のアイテムなんだって!」
マールはニコニコしながら広げた袋からカラフルな巻物を次々と取り出してカイトに見せる。
「アンネマリーが言うには一つで金貨10枚の価値があるんだって」
マールはそういいながら手持ち無沙汰にしている、彼女は小物入れなどは持ち合わせてはいない、いつも必ずといっていいほど服に革の鎧に大剣という軽装スタイルなのだ。
「カイトそれ持ってて、戦ってる時にそんなの身につけてたら邪魔だし」
「分かりました、必要な時は言ってください」
カイトは普段から持ち歩いている図鑑を入れる大きめのカバンに一つずつスクロールを入れていく。スクロールには中に書かれているであろう魔術の名称が記されている。
「カイト殿!」
武士衆の少年達が馬車の中で立ち上がる。それを見たカイトは意図を察すると頷く。
「タチバナ、サイトウ、イイヅカ、ネギシは周囲警戒に出てください。無理はせず、体力を残すように」
「はい!」
名前を呼ばれたタチバナ、サイトウ、イイヅカ、ネギシの4人は、馬車の壁につけていた弓と矢筒を取り、床の槍を手にすると口に笛を咥えて次々と笛を吹きながら馬車の後部扉から次々飛び降りる。
「はあ!!」
4人は空中で召喚された馬に跨り、そして馬車の四方を囲むように散らばる。カイトは前部の扉から騎手の席へ向かう。
「タニガキ!エンドウと騎手を交代してください」
「わかりました!」
タニガキは早足で前に来ると、エンドウに自分の笛を渡し、エンドウは自分の笛をタニガキへ渡すと騎手席を入れ替わる。
「夜は流石に見通しが悪いですね…」
カイトは騎手席から周囲を見渡すが、見通しが効かない、カイトの指揮者として強化された視力でも見えない。
「タニガキ、馬脚を緩めましょう、イイヅカとサイトウは警戒しながら先行して下さい!野営地を探します!」
カイトは夜の道を危険と判断し、野営可能な場所を探すべく左右前を駆けていたイイヅカとサイトウに指示を飛ばした。2人は頷くと刀を抜き放ち、脂が染みた布を刀に巻くとそれに火打石を擦り付け火をつけた、それを僅かな灯りとして前を先行する。
それに伴い後列を走っていたネギシとタチバナも刀に脂がしみた布を巻きつけ火をつけ、刀を松明代わりにしながら馬車の横へ並び、並走する。馬車は次第に馬脚を緩めていく。
「私も警戒に出ます」
すると馬車の中からシイロも出て来てカイトに進言してきた。
「お願いします」
カイトの了承を聞いたシイロは小さく頷くと馬車の上へあがり、周囲警戒を始める。
程なくして、先行していたイイヅカとサイトウから前方で街の灯りが見えるという報告がもたらされた。
「亜人の街ですか?」
当初、その言葉に耳を疑ったカイトはそう問うたが、サイトウは首を横に振る。
「亜人では無さそうです」
「私には人の街に見えますね…エルフかどうかの判断はできませんが」
イイヅカもサイトウに同意した。
「マール、馬車の上に出てください」
「おっけー!!」
マールはカイトの指示を受け、側に立てかけていた大剣を手に取り、素早く騎手席に来ると、シイロのいる馬車の上へ飛びのる
「みなさん、今から街に向かいます。亜人の接敵も考えられるので戦闘準備を」
カイトの声に馬車内のメンバー達は次々に自らの武器を手に取り、緊張が走る、ボルドー兄弟とアンネマリーは兜を被りバイザーを閉めた。当然、唐突の戦闘準備にエルフの女達は顔を不安の色に染める。
「ギムル、彼女達に街に行くと教えてあげてください」
「わかった」
ギムルはエルフのそばへ行くと、エルフに状況を伝えた、エルフは数回頷くと何やら話し始めた。
「カイト、彼女が地図をくれといってる」
「タニガキ馬車を止めて下さい」
「はい!」
タニガキは頷き馬車を止めると、カイトはエルフのそばまで行くと地図を差し出す。エルフの女は地図を受け取ると床に広げてから目を細め、その指から青白い光の玉を宙にうかせ、真っ暗な馬車の中を明るく照らす、さらに人差し指を光らせ地図に触れると、地図の一部が光り出す。
そしてエルフは喋り出した。
「ここが、今の我々の現在地」
ギムルが側で訳す、エルフは指を地図の上で滑らせ止めるとそこが大きく光る。
「ここが目的地、アルヴヘイム」
アルヴヘイムは、エルフの国の名前だろう。エルフはパチンと地図の上で手を叩くと光の粉が落ち、地図の至る所に落ちて様々な光が地図に散る。
「この光があるところに、村や街がある。お前たちが行こうとしているのは人の街だ」
「ギムル、彼女にお礼を」
ギムルは御礼をエルフに伝えると、エルフはプイッと顔を背けてしまった。人とは馴れ合わないという意思なのだろう。
「皆さんはひとまず武装解除で」
カイトは馬車の中のメンバーには武装を解除させると騎手席に向かう。
「やっぱ、亜人の街?」
馬車の上で周りを見ながらマールが聞いてきた。
「人の街みたいです、馬車の中は武装を解きましたが、マールとシイロはそのまま警戒を」
「カイトは相変わらず用心深いねえ…」
寧ろカイトは亜人以上に警戒心を持っていた、防衛線の先は未開と言っても良い程の地域であり、どれだけの環境で、どれだけの危険があるのかわかっていないからだ。城壁の外に取り残され、普段から亜人の脅威に晒され続けているだろう人の街が、自分達を快く受け入れてくれるという補償はない。寧ろ受け入れて貰えると油断し、手痛い被害を被った例はいくらでもあるのだ。誘い込まれ、毒を盛られてその晩の食糧にされる可能性だって考えられる。
「心配しすぎ、大丈夫だって!なんかあっても僕がいるんだし」
カイトの疑心と不安を表情から見てとったのか、マールはそんな風にカイトの不安を笑い飛ばした。
「わかりました、その時はお願いしますね」
カイトは騎手をしているタニガキの肩を叩き、タニガキは馬車を走らせた。先行していたイイヅカとサイトウも四方警戒に戻り、街へと向かった。
街は周囲を高い堅牢な城壁に囲まれており、深い堀に橋が掛けられている。
「と!とまれー!」
門前の橋を警邏していた2人が馬車の前に立つ。
「人…人間?」
騎手のタニガキ、馬車の上に立つマールやシイロを見てそんな間抜けな声を漏らす。カイトはそれを見て馬車からおり、2人の元へ向かう。
「こ、子供?」
2人はカイトを見て顔を見合わせる。2人の装いは鉄の胸当てに肘当てに膝当て。必要最低限の装備に丸型ヘルメットにレイの持っているような粗悪な槍を抱えている。
「私はカイトといいます、ベルラート王の命を受けてエルフの国アルヴヘイムへ向かう途中でこちらに寄った次第です」
カイトの紹介に2人の反応は実に珍しいものを見るかのようだった。
「べるらーと?」
「大陸のはじっこにある同族の国だろ?」
「ああ!なるほど!」
するとマールが降りてきて手を繋いでくる。
「?」
カイトは意味が分からずにマールを見たが、マールは暫く複雑な表情をしてジッとしていたが、そのうち何かを諦めため息を吐く。
「どうしたの?」
「この人たち冒険者じゃない」
マールは、そういうと繋いでいた手を放す。カイトはその言葉に驚き、改めて2人に目を向ける。
あり得るだろうか?冒険者でもないただの人間が、最前線の先にある村で衛兵を務めているということが。
「相当やる…とか?」
「ちょっと確かめてみる」
マールが前に出て行き、2人のそばに行く。
「街のはずれでいいから馬車を中にいれてほしいんだ」
それを聞いた衛兵は笑顔で答える。
「いいよ、同族には優しくしろって領主様の命令もあるからね!」
「馬車が通るぞー!」
衛兵が声を張り、門が開け放たれる。
「ありがとうおっちゃん」
マールは衛兵の1人に握手を交わそうと手を差し出す。
「ああ、はい!どういたしまして」
衛兵はマールと握手を交わす、その瞬間わずかに力をこめて見た。
「ちょ!いた!いたた!」
「あ!ごめんなさい!!」
想定以上に痛がり手を抑える衛兵に、マールは素直に頭を下げて謝罪すると戻ってきた。
「普通の人、しかもベルラートの人たちよりも貧弱かもしれない…」
「そんな人間が衛兵をする街が、どうやって亜人達の集団から守っているのでしょう?」
カイトの言葉にマールは首を横に振る、その不気味さに、カイトはより一層の不安を募らせた。
門を入り街に入ったカイト達は夜だというのに道ゆく街人達に歓迎されて迎え入れられた、街人達は特に外部からやってきたカイト達に特に警戒するでもなく、街外れにある広場の一角をカイト達に貸し出してくれた。町外れの広場だというのに石の見事な噴水があり、飲み水には使えないが、身だしなみを整える程度の洗浄は出来そうな水が常にで続けている。カイトたちは手早く野営の支度を整える。
「宿屋借りたら良かったんじゃない?」
手早く自分のテントを設営したマールはそういうが、カイトは首を縦には振らない。
「はあ…また心配性が始まった」
マールはやれやれと肩をすくめると、テントの設営に悪戦苦闘しているエレーネを見つけて助けに入った。
「クウ」
マールが離れたのを見たカイトは素早くクウを呼びつける、クウは即座に側へやってきて膝をつく。
「クウ、率直に聞かせてください。この街をどう思います?」
「平和、夜でも人が行きかっていて長閑だと」
「悪意は感じませんか?」
密偵の神託をもつクウは、人の悪意を感じ取る力に優れており、カイトはクウのその直感的感覚に絶対的な信頼をおいている。
「それはまだ分からない、今のところは感じなかった」
「わかりました、警戒は続けて下さい」
「わかった」
クウは影に溶け込むように消え、カイト達は一晩をその広場で過ごす事となった。その晩はカイトが想定した脅威に晒される事もなく、静かな夜だった。
朝、カイトは誰かの重みで目を覚ます。
虚ろな目には小さな人影がカイトの上で馬乗りになり、その顔をジッと覗き込んでいる。マールかな?カイトはそう考える。
「テメェか??あたしの可愛いリザードマン達を連れて行ったクソは?」
マールじゃない、その言葉に、声に、カイトは目を見開く。そこにはマール位の小柄な少女がいた、髪は短く、朱色で一本の髪の毛が触覚のように伸びている。しかし少女の外見はそこまでだった、その少女の両腕は黄金色の光沢を放ち、太く鋭い爪が付けられていた、義手?カイトは一瞬そう考えるが金属光沢を放つ機械的は腕や指を、神経が通っているかのように器用に動かしている。少女はその真っ黒に染まった目を見開きサメのように鋭い歯を見せて笑いながら見下ろしていた。
「き、君は?」
カイトのそんな反応に少女はキョトンとし、考えるような仕草をする。
「俺か??俺は…なんでもいいだろ?先に俺の質問に答えろよ、テメェが俺の可愛いリザードマンを連れてった男は?」
カイトは寝ぼけた頭を必死に起こし回転させる、可愛いリザードマン?こいつはなんの話をしている?
「何も言わねえって事は図星か?さてどうぶっ殺してやるかなァ?」
少女はケラケラ笑いながら機械の右腕を振り上げた。
「ひ、人違いで…」
言葉を吐き出した瞬間、ドグシャと、音が鳴る。カイトは一瞬それがなんの音なのか分からなかった。見れば彼女の黄金色に輝く機械の腕が、カイトの右腕を叩き潰していた。
「なら、右手に握ってるのはなんだよ?」
少女は笑いながら、カイトの腕を掴んだつもりだったのだろう、その手を軽く摘むかのうに契り取った。
「いっっ!!ぎっ!!!」
燃え上がる激しい痛みに叫び声をあげようとしたが、少女はカイトの口に何かを捻じ込んだ。それは足である、しかし頭の足ではない金属の足だ。義足なのか、小さな機械的な足が口の中に捩じ込まれる。口の中の足を反射的に噛みちぎろうとするが、あまりに硬すぎる脚を噛み切る事など出来るわけがない。
「おい、いきなり叫ぶんじゃねえよ。何叫んでんだ?てめえ」
そう言いながら自分の手に持った千切りとったカイトの右手を見る。
「あ?わりい、わりい!!ついついちぎっちまったよ…まあ、いいだろ?テメェはもう死ぬんだし!」
少女はケラケラ笑いながらちぎりとったカイトの右手が握っているそれをみる、カイトの手には金貨が握られていた。
「ああん??なんじゃこりゃ…金貨じゃねえか?テメェ!金貨なんて握って寝んのかよ…あっれ?おかしいな報告によれば女を使役する不思議な箱だって聞いてたんだが…」
そこで少女は一つの可能性に行き当たる。
「えあ…まさか人違い?」
少女はカイトの口から足を抜く、カイトは燃え上がる痛みに悶え、涙を流しながら何度も頷いた。
「マジかよ、それならそうって先に言えよな!」
言う前にやってた!カイトはそう突っ込みたくなったが、少女は特に気にしていない様子を見せて笑う。
「まあ、テメェ冒険者なんだろ?回復してもらえよ」
罪の意識など微塵も見せない、少女はそう笑いながら告げてきた、しかし直ぐに真顔に変わる。
「あ、やべ…顔見られちまってるじゃねーか…まあ…いいや、殺すか。どうせ蘇生出来るし」
少女は満面の笑みを浮かべて笑いながらその金属質な腕を天高く振り上げ。可愛らしく、ただただ無邪気に振り下ろした。
「だあああああ!!」
突如聞こえるマールの叫び、それとともにテントを切断しながら大剣が飛び込んできて少女の振り下ろされた腕を受け止める。
「お!?」
少女はそんな驚きの声を発し。同時にマールは叫びながら大剣を振り抜き少女の身軽な体を薙ぎ払う。
「なんだあ!?テメェ!!」
声高らかに叫びながら、少女は空中で体勢を整えて地面に着地すると石畳の地面が彼女の着地により亀裂が走り陥没する。
「ギムル!カイトを手当てして!」
「え…」
ギムルはマールの言われて初めて腕をちぎられた状態のカイトに気がついた様子だった、ギムルだけではない、カイト以外の全員が、この小さな襲撃者を誰も認識できていなかったのだ。
「みんな!!敵だよ!!」
少女と向き合ったマールの声で、初めて敵襲に気づいたメンバー達は、動揺し、全員が少女へと視線を向ける。
「あーあ、認識阻害が溶けちまった…まあいいや」
少女はゆらりと立ち上がる、そして機械化された四肢を見せつけるかのようにポーズを取る。
「我が名は、魔王軍リザードマン区統括顧問!【震脚のアリエッタ】!」
魔王軍、確かにそうなのった。カイトはそこで彼女、アリエッタが黄昏のグンヒルドと同格の英雄である事を察した。
「震脚のアリエッタ…?」
「知ってるの??」
名前に反応をしめしたのはアンネマリーだった。マールは向き合いながら聞くとエレーネも頷いた。
「鉄の国で語られる童話に登場する英雄です…私も何度も寝る前に聞かされました。」
「マジか、俺、童話になってんのか??…まあそうだよなぁ!頑張ったもんなあ!【俺達】は!」
アリエッタはケラケラ笑いながらグンヒルドのように黒い涙を流す。
「なのにクソが裏切りやがってよー…あー…身体中痛え…しこたま槍ブッ刺してから崖から落としやがってよ、クソエルフどもが…」
クソエルフ?…そう思考している間にも、ギムルがカイトのちぎれた腕を拾って持って来ると、傷口を手早く止血しながら腕を繋げて回復を唱え始めた。ダメだ、失血で考えが纏まらず、カイトの意識が薄れてゆく。
「君がどんな英雄だったのかなんて僕には関係ない、よくもカイトを…」
マールは激しく憤りを露にして怒りに燃えた眼差しをアリエッタへ向ける。
「ああ?」
会話を遮られ、憤ったアリエッタの首が綺麗に180度ひん曲がると、それを元の位置へと戻す。
「おいおい、高々腕の一本を千切ったぐれえでマジになんなよチビすけ、なんだ惚れてんのか?」
その言葉でマールは弾けるような勢いでアリエッタに斬り掛かる。アリエッタはそんなマールの一撃を左手一本で受け止めた、アリエッタの金属の両脚が地面に埋まり、その威力がどれほどなのか分かる。マールは間違いなく渾身の力で打ち込んでいた。
「人が話してる、途中だろうがッ!!!」
アリエッタは左腕でマールの大剣を払い、右腕でマールの顔をつかみ取るとそのまま地面に叩きつけようとする。マールは即座に反応すると、自分の顔を掴んだ腕に巻き付くようにしがみ付くと、逆関節に捻る。
「い!!」
アリエッタは痛みに顔を顰めてマールを開放した。解放されたマールはそんなアリエッタの顔面にそのままの体勢から蹴りを打ち込む。頭を打ち抜かれ大きく顔を仰け反らせたアリエッタは顔を抑えて後ずさる。マールはそのまま地面に落ち大剣を拾って振りかぶり、アリエッタの頭に振り下ろした。
「がは…」
唐突に血を吐き仰向けにひっくり返ったマールは腹部を抑えて痛みに蹲る。
「生きてるのかよ、貫くつもりで打ったんだがな?」
顔を抑えながら笑うアリエッタ、見ればさっきまで地に付いていた右脚が軽く上がっている。
「今の撃ち合いで大体わかった、グンヒルドを殺ッたガキってのはてめえだなチビ?」
その瞬間、アリエッタは戦意を失い、腹を抱えてうずくまったままのマールの髪を掴んで引き上げる。
「魔王様の命令でな、今はまだテメェには手を出すなって言われてんだ、グンヒルドのバカは無視して先走ったみてえだが」
「君だって…同じじゃないの?」
マールは掴まれたまま、煽るように告げるとアリエッタはマールの腹を膝蹴りを入れる。
「あがっ…か…」
マールは苦痛に顔を歪めて身悶え、そんなマールにアリエッタは顔を寄せる。
「あのイカれバカと俺を一緒にすんじゃねえ」
そう言ってマールを地面に投げ捨てた、そんなマールをガルーダが支え起こす。
「逃げるき!?」
マールの言葉にカチンと来たのか、アリエッタは目を真っ黒に染めながら笑う。
「見逃して、やるんだよ?」
瞬間、危機を察したマールはそばにいたガルーダを突き飛ばす、同時にマールの小さな身体がぶっ飛ばされ地面へ転がった。
「グンヒルドをやったぐれえで頭に乗んなよ雑魚が、俺はグンヒルドなんかよりずっとつええんだぜ?」
そう言いながら彼女は笑いその振り上げていた右脚を地面に付ける。その瞬間、ピシリと右足の足首から脛にかけて亀裂が走った。
「あぁん?」
「大したことないね…君の震脚!」
地面に倒れていたマールは笑いながら立ち上がり、その腹を抑えたまま咳き込むと血を吐き出す。
「へえ?やるじゃん?素直に褒めてやるよ」
アリエッタは、亀裂が入った脚を見ながら関心したように告げる。
「次会う時が楽しみだぜ、まあ、俺と会うのは最後だろうがな」
アリエッタはそう笑いながら背を向けると深々と沈み込み、弾丸の様に空高く飛び上がると、足首から火を出しながら南の方角へ飛んで行った。
「ぐ…!!」
アリエッタの退却を見たことでマールの痩せ我慢も限界を迎える。
「うっ…!」
口を抑え、その指の隙間から大量の血を吐き出しながら倒れた。そしてカイトも、安心により緊張の糸が切れ、それにともない多量の失血により意識が途切れ、視界が闇の中に消える。
お疲れ様でした、今回はほろ苦い回になってます。
魔王軍はめちゃつよなのでそう簡単に無双なんてさせてくれません
では、次回、後編をお楽しみに。




