2の2 エルフの国へ(前)
前編です、準備編です。
ゼノリコからエルフの国へ向かう指令を受けた日の夜
カイトは屋敷の娯楽室のソファに腰掛けながらデスクに置かれたアジルの書状を見下ろしながら腕を組んでいた。
「少し休まれては?」
和装に身を包んだシイロが、お盆に茶碗と急須を載せてやってきた。
「シイロですか、ありがとう御座います」
カイトはシイロから湯呑みを受け取り、シイロは急須から茶を注ぐと迎えのソファへと座る。
「ゲイツさんやゲイルさんが作った農園に生えた雑草を干してから煎じ見ました」
それは飲めるのだろうか?カイトは苦笑する。
「農園は順調みたいですね、良かった」
カイトは湯呑みを傾け一口啜ると、口の中を鋭い苦味に貫かれる。
「これはこれで…」
苦味は槍のように鋭利で鋭いが、逆にそれが後を引く不思議な味だった。
「あの、昼間は母上が申し訳ありませんでした」
シイロはお盆を抱えながらカイトに謝罪をつげる。
「ははは、あそこまで熱烈なアプローチを異性から受けた事がないもので…私も浮かれてしまったのかもしれません」
カイトの言葉にシイロは恥ずかしそうに顔を背けた。
「大丈夫です…母上はいつもあんな感じですので!だいたい久しぶりの娘に開口一番が生きていたのか?ですから」
シイロは身内の事となると饒舌に身の上を語り、カイトはそんなシイロの言葉を聞き続けていた。
「そういえば、マールからエルフの国へ向かうと伺いました」
あの野生児…カイトは極秘事項をぽいぽい口から出してしまうマールの素直さに盛大なため息を吐き出しながら肩の力を抜く。
「はい、後で食事の際に皆に伝えるつもりでしたが、今回は私のクラン総出での作戦になります」
それを聞いて、シイロは首をかしげる。
「総出となると、私とクウも一緒にいけるのでしょうか?」
シイロの問いかけにカイトはにこやかに笑う、シイロとクウは普段、どちらかがギルドハウスの留守を守る為に残る決まりがある、シイロもクウも顔には出さないのだが、それが小さな不満になっているのは明白だろう。
「物資や食糧、移動経路に補給物資の確保など、考えるだけで頭が痛くなってきます」
それに加え、エルフという謎の多い種族である、カイトはこの世界の地図を拡げる、その地図には様々な線がカイトによって書き込まれている。
「エルフの国という事は、かなり長期間の留守になるのでは?」
当然のシイロの疑念の言葉にカイトは頷く。
「とりあえず、クランハウスの管理はビルドさんにお願いしました。花の国から来た若い鍛冶屋衆の皆さんは残りますし、大丈夫ではないかと…」
「そういえば、彼らもクラン扱いなんですね」
シイロはデスクに散らばった新たな加入人員の資料を手にとり、目を通す。
「ええ、実のところ工作兵というか…クランでこう言った専門職を抱え込むのもありかなと…」
カイトの意図を理解し、シイロは成る程と声にだしページをめくる。そこにはカシから預かった10人の年若い武士衆達の名前もある。
「カシの武士衆まで連れてきたのには驚きました、カシは特にこう言った事を反対しがちな堅物ですので」
そうなの?とカイトは反応を示すと、シイロは口元を隠してクスクスと笑う。
「そういえばマールは?」
カイトが窓に目を向ける、窓の外はすでに夕暮れに空を染めていた。
「マールは若い武士衆達とアンネマリー、それとガルーダにエレーネ様を連れて街の外に出ておいでです、デカイお肉を取ってくると意気込んでいました」
そういえば、ガルーダはいつのまにかクランメンバーになっていた。聞けばマールから直接スカウトを受けたとの事である。合流が遅れたのには色々な事があったらしい、今は彼女もあの豆腐ハウスに住み込んでおり、どうやら元いた住居よりも居心地が良いのだと満足していた。
「イノブタじゃないことをいのります」
「はい、そうですね…」
料理自慢のシイロにもイノブタの調理だけは苦戦している。様々な調理を試みたが、元の肉が一切美味しくないため、何をしても美味しくならないのだからお手上げだろう。その美味しくないイノブタを好んでとって来る野生児により、シイロは献立を毎回困らされている。
暫しの静寂、カイトが時折り茶を啜る音と紙をめくる音だけが響く、ふと見ると、シイロはソファの背もたれに体重を預け口をあけて眠っていた。
「…ふふ」
カイトは彼女を起こさないように立ち上がると、クッションを枕に、シイロを仰向けに寝かせてやると、その上からシーツを掛け、再び元の位置に戻ると資料に目を戻した。
暫くして慌ただしくマールが帰ってきた。
「シイロ!ご飯作ってー!」
そう叫びながら娯楽室の扉を蹴り開け、全身返り血で真っ赤なマールが帰って来た。
「あれ?カイトも一緒だったんだ?」
マールは側の急須を見ると飲もうと手に取るが、その匂いを嗅いでベッと舌を出す。
「シイロはそこにいますよ」
カイトはマールから急須を受け取り、程よく冷えたお茶を湯呑みに注いで口にしようとするとそれを奪われる。
「まあいいや、カイトも来て!今夜はお肉だから!」
飲み干したマールはお構いなしにシイロを叩き起こして連れて行き、カイトもついていく。
マール達が獲ってきたのはバゼラート近郊の水場に生息する巨大なワニ型の海魔だった。若い武士達は手にした刀でせっせと解体に勤しんでおり、アンネマリーとガルーダは大きな焚き火を作るべく薪を積んでいる。既にゲイツとゲイルも来ており、農園で採れただろう形の悪い野菜をシュウと共に持ってきている。
「カイト様!」
カイトが来るのを見るなり、少女がかけてくる。黒く長い髪に質素な布の服、その上から、身体の急所になる部分を護るプレート装備を身に付けた少女。今は亡き鉄の国の王ドラドの忘れ形見、エレーネである。彼女は自らの意志で女神の血を飲み冒険者となった。奇しくも神託は父ドラドが得意だった大斧を使う戦士であった戦士の神託による影響なのかば定かではないが、エレーネは身長が驚くほど伸び、今や小柄なマールやカイトよりも頭一つ分程背が高くなっていた。おそらく9歳だと言われなければ15、6の少女に見えるだろう。
「見てください!マール様があれを仕留めたんですよ!私ももっと強くなったらあれぐらいできるのでしょうか…」
マールを意識してなのか、エレーネの背中にはその身体に不釣り合いな程長く大きな斧が襷掛けされている。
「はは、成長を楽しみにしていますよ」
はい!と意気込むエレーネに、カイトは苦笑するしかできなかった。恐らくゼノリコとしてはそうなって欲しく無いだろうな…と出かけた言葉をカイトは飲みこんだ。
その日の晩御飯はワニ型海魔を用いた豪快なバーベキューとなった。マールが仕留めてきたワニ型海魔は非常に大きく、大飯喰らいの冒険者達の腹を満たすのに十分過ぎる量だった。それでいて味もいいのだから、あっという間に食べ尽くされた。
「もう少しとってきたら良かった…」
マールには物足りなかったようだ。シイロはそんなマールに野菜のスープを差し出している。
「カイト殿、そういえば近いうちにエルフの国へ向かうと伺ったのですが」
そんな中、恰幅の良い男、重装兵の神託をもつゲイルがそばに来て尋ねた。
「ああ、ちょうどよかった。皆さんも聞いてください」
カイトは立ち上がり全員の注目を集める。
「すでに聞いている人は居ると思いますが、先の鉄の国奪還作戦の折に保護したエルフの女性達をエルフの国へ送り返すという重要な任務を、我がクランが鉄の王代理アジル様より賜りました」
エルフの国、その言葉にクランのメンバー達の目の色が変わる。
「今回は僕達も一緒に行けるんですか!?」
ゲイツはそう目を輝かせ叫ぶと、カイトは頷く。
「今回はアジル王代理からの正式な依頼ですので、その重要さも鑑み、我々クランは全戦力を投入し事に当たります。よって、シイロ、クウの両名も今回は参加していただきます」
「ん」「仰せの通りに」
シイロ、クウは同時に頷く。表情には出ないが、心なしか嬉しそうにも見える。
「でも、それじゃクランハウスがもぬけの殻になっちゃわない?」
マールの疑問にカイトは苦笑する、お前はその打ち合わせの時一緒にいたはずだが!?と口から出かけたがなんとか飲み込んだ。
「ビルドさんに弟子入りした鍛冶屋衆の子達は残りますし、ガリレオさんにも管理を依頼しています」
「うえ!いつのまに!?」
「マール、君は一緒にその場にいたよ??」
「え?そうだっけ?」
可愛らしく小首を傾げて?を浮かべている。
「うん、かわいいね!バカがよっ…」
「なんだとー!」
すぐさま暴力により制圧されるカイトだったが、カイトには懸念もあった。
「ただ、少し懸念があります」
マールの椅子にされながらカイトは包み隠さず伝える。
「皆さんの中で、腕のいい治癒術師で心当たりはありませんか?」
カイトの問いかけに、全員は理解できずに首をかしげキョトンとした反応を見せる。
「お言葉ですが、カイト殿、我々にはハイデ殿がおられるではないですか?」
ゲイルが当然の問いを返し、全員が頷いた。
「ハイデさんは今回の依頼には参加しません」
今回、ハイデは今度執り行われる人間領の会議を手伝うため動くことは出来ないのだ。
「そ、そんな」
ゲイツが気弱な声を漏らす、それもそのはず、カイトのクランメンバーには治癒術を使える人間はハイデ以外にはおらず、医療知識を持つものすらいない。
これが人間領の中での遠征ならば、医療知識や治癒術師などは必要ないだろう。しかし、エルフの国へ行くためには亜人進行の防壁として設置された防衛線の先へ行く必要があるのだ。その先では亜人の大軍団との接敵が容易に考えられ常に危険が伴う道となる。その為、今回は最前線までの補給線しか無く、その先での食糧や物資は現地調達も考慮に入れておかなければならない。エルフの森はこの大陸の内陸にあるため船も通せず、慢性的な物資不足となる事は必須である。さらにそんな中で治癒術が使えるものや医療知識のあるものすらおらずに入るのは致命的とも言える。
「マール、勇者なんだし治癒術くらいつかえないですか?」
「むり!」
「くそ、脳筋がよう」
「なんだとー!?」
マールはすぐさま椅子にしていたカイトの足を掴み、見事な関節技を決められる。
「エルフの国へ行くにはベリドゥを通るのでしょう?ベリドゥで高ランクの治癒術師を雇うというのは如何でしょうか?」
ガルーダの提案にはカイトの足を逆に捻りながらマールが答える。
「最前線でも治癒術師は貴重なんだ、非番の人達を引き抜いたとしてもその穴を埋められる余裕はないかな?短期間だったら良いだろうけど…エルフの国がどこにあるのかも未知数な段階ではなぁ、ベルラートのギルドの人は借りられないかな?」
マールの問いかけにゲイツとゲイルは同時に顔を曇らせる。
「我々が言うのも難ですが、このベルラートには低ランクのものばかりが残っております、最前線のその先に行くには…些か実力と経験不足ではないかと」
「カイトさんの指揮があればある程度はなんとかなるかも知れません、しかし最前線のその先で補給もないうえ、エルフの要人を護衛しながらとなると…不足の事態は充分考えられます、そうなった時に未熟な治癒術師では致命的な判断ミスも考えられます」
ハイデの抜けた穴は想像以上に大きかった、するとガルーダが立ち上がる。
「いや、1人だけ頼れそうな奴がいる」
全員の視線がガルーダに向く。
「そいつは飛び切り変人で、ベルラートの国外にある一軒家に1人で住んでいるらしい」
ベルラートの国外は未だに亜人が彷徨く危険地帯である、村々ですら村の外観に防壁や物見台を設置したり、冒険者の用心棒を雇い入れたりなどもして自衛している。そんな中で屋敷に一人暮らしなど自殺行為も甚だしい…。
「明日、会いに行きます」
カイトは即決だった、ガルーダはその反応をわかっていたのか小さくため息を吐く。
「では、私が案内しましょう…彼は人嫌いで有名です、出来れば少数で向かうのが良いでしょう」
ガルーダの言葉に頷くと、焚き火の周りに集まったメンバー達を1人ずつみていく。
「あ、僕は行くからね?拒否権ないから」
カイトを椅子にしているマールは当然といった様子で呟く、カイトとしては勇者を置いていく気は無かったので其処は気にしてはいない。というか退いて。
「では、後はシュウさん」
「御意」
シュウは小さく頷き、両手を合わせた。
「カイト様!わたしも行きたいです!!」
エレーネが自ら名乗りをあげる。
「エレーネ様、だめですよ」
アンネマリーがエレーネを止める、がエレーネは確固たる意志が垣間見える。そんなエレーネに、カイトはマールを見た。マールはやれやれと言った感じでカイトの上から退き、隣に腰掛けると、カイトは立ち上がりエレーネと向き合う。
「エレーネ様は戦力としてどうですか?」
聞いたカイトにマールは目を丸くする。
「うえ?それ率直に言った方がいいの?」
カイトは頷くと、マールは少し気不味そうに頬をかく。
「個なら結構戦える方だよ、一対一ならゲイツやゲイルよりは強い、アンネマリーといい勝負、まだちょこっとアンネマリーのが強いんじゃないかな?群で考えると少し不安かな」
言葉の刃は周囲をグサグサと刺している、マールの容赦ない戦闘評価がボルドー兄弟を襲う!
「成る程」
カイトはエレーネへ歩み寄り、見上げる。
「エレーネ様、今回はあなたを連れてはいけません」
当然だがエレーネは反論する。
「何故ですか!?私も戦えます!」
必死に、涙ぐむ程である。流石のカイトも心が痛むが、優しくつげた。
「エレーネ様、私たちのクランは個…いや、一人ではなくみんなで一緒に戦います。今のあなたは1人でも戦える、だけど皆では戦えない」
エレーネは今にも泣き出しそうな顔をしてきた。
「安心してください、今回は無理ですがエルフの国にはあなたも連れて行くつもりです」
その言葉にエレーネはパッと明るくなる、しかしカイトは厳しい顔で戒める。
「ただし、連れていくかは貴女の頑張り次第です。私のクランは、群で戦えないものを必要としません。貴女がちゃんと群で戦えるようになれないのなら、私のクランには必要有りません、直ぐにでもお城に返します」
エレーネはキッ!とカイトを強気に睨み返してきて、カイトはにこやかに笑う。
「私は貴女が王族の跡取りだとしても、リコ様の寵愛を受けた養子だとしても甘やかしたりはしません。貴女も仲間だというなら、自分で席を掴み取ってください、わかりましたか?」
流石に9歳の少女には厳し過ぎる言葉をぶつけたかと、少し不安だったが。エレーネは寧ろたぎっているようすだった。
「やります!」
エレーナは力強く返し、走り去っていく。カイトはアンネマリーに目を向ける。
「アンネマリーさん、それとゲイツさんにゲイルさん明日から彼女に付き添いギルドの依頼をこなして下さい」
「はい」
アンネマリーは素早く後を追いかけ、ゲイツとゲイルはまだショックなのかメソメソしながら2人を追いかけて行った。カイトは更に武士衆へ目を向ける。
「サイトウ、タニガキ、エンドウ」
カイトが名を呼ぶと、3人の少年達が立ち上がる。
「ハッ!」
「3人はエレーネ様に同行して下さい、彼女から掴めるものがあるはずです。他の皆さんは自由行動とします」
「御意!」
一斉に声を揃える武士衆の少年達、そして、次に側に腰掛けるクウに目を向けた。
「クウ、エレーネ様の後をつけて下さい、何かあれば逐一私に教えるように。助太刀はあなたの判断に委ねます」
「わかった」
クウは素直に頷いた。
「カイトはさー…結構鬼畜だよね」
マールは頬杖を付きながら目を細めて聞いてきた。
「…そうでしょうか?」
そんなカイトは首を傾げてマールに問いかける、マールは小さく溜め息を吐きだした。
「そうだよ、もっと優しくしてあげて。彼女は僕や武士衆の皆みたいに産まれた時から冒険者な訳じゃない、まだ9歳って事、忘れないであげてよ?」
マールは少しだけ怒っているようだった、その押し付けるような圧に負け、カイトは渋々頷いた。
「わ、わかりました…」
カイトの言葉を聞き、マールは立ち上がると大きく手を叩く。
「さあさあ、明日は早いしお開きにしよっか!」
マールは立ち上がり、静かに食器などを片付け始めその場の全員で片付けを始めた。
翌日、早朝から動いたカイト達は、ガルーダの案内の元、王都ベルラートの北門から出て目的地のはずれを目指し海岸沿いを歩いていた。
「あの先に微かに屋敷が見えませんか?」
ガルーダが指さしたのは切り立った崖の先、そこに微かな建物が見える。
「酷い立地、なんかあったら崩れて落ちそう!」
マールは楽しそうに笑う。
「拙僧の寺も似たような立地でしたよ」
袈裟を纏い、頭には大きな日除の笠を被ったシュウは涼しげにつぶやいた。
「シュウ、どんな場所に住んでたのさっ」
そこでカイトは浮かない表情をしたガルーダに目を向けた。
「どうかしました?」
カイトの問いかけに、ガルーダは語る。
「いえ、これが正しいのかと…私も一度しか見た事はありませんが…全身を黒いローブで覆い隠し、頭にはフード、顔の見えないマスクを常に被っていまして…あれは確かに」
ガルーダがこれ程いうなら余程のなのだろう、カイトはマールを見る。マールはカイトと目が合うと小動物のように首を傾げた。
勇者はあらゆる武器を使いこなすとされ、1000年前の勇者も、軽い治癒術や攻撃魔術なら扱えたと言われている。いざとなればマールに治癒術を学ばせる必要があるのかもしれない、カイトはそう考えた。
「え、やだよ?僕、治癒術なんて」
顔に出ていたようだ、キッパリと否定された。
「マール殿のあの剣技は魔術では無いのですか?剣を赤く光らせる…」
シュウが尋ねるとマールは首を横に振る。
「あれは力一杯振り回してたら赤くなったの、原理はよく分かってない」
指の力のみで空気摩擦により鉄が赤熱化するほどの回転をするなと…カイトは苦笑した。
屋敷が近づくにつれ、不思議なオブジェクトが目立つようになっていく、それは不気味で奇怪なものばかりであった。
「不気味ー…」
「え…ええ…」
マールが珍しく怖がり、カイトにくっついてくる。
「マールにも怖いものがあるんですね?」
「僕をなんだと思っているのさっ」
「…野生児?いや…ギガースの近縁種?…」
いつになく力強く首を捻られた。しかしカイトは納得行かなかった、幽霊やアンデットを雑魚と言い放つ彼女に怖いものがあるのかと。
「………」
シュウは僧侶らしく珠数を取り出しお経を唱え出す。
「それは?」
お経を知らないマールとガルーダが興味深そうにシュウを見つめる。
「我々、花の国の僧侶はこう言った時にこのように言葉を紡ぐのです」
シュウのお経は実に心地よかった。現代では葬式など暗い時のイメージしかないものではあったが、こうして聴いて見るのも良い…と、カイトがそう思っていると。
「おんやー?」
誰かが背後から声をかけてきた、それは子供。しかしその外見は人では無い、純白の白い毛並みに全身を覆われ、クリクリとした青い大きなどんぐり目に、獣のような尖った鼻、頭には二つの大きな耳をぴこぴこと揺らしている。彼は猫だった、しかし人間の子供の頭を猫にしたかのような歪な形をした少年だった。少年は黒く丈の長い外套を身に付け、手には夜になった時に使うものなのか、ランタンをぶら下げている。
「亜人!?」
カイトは声を張るがマールとガルーダは戦おうとはしない。
「カイト、彼は亜人じゃないよ」
「キャットヒューマンと呼ばれる種族の人種です、ああ見えて人種なのです…」
2人はそういうと真顔のままジリジリと猫人の子供へ歩み寄ると、素早く捕まえた。
「うわ!うわー!なにするだあ!モフるなあ!」
猫人の子供は2人に捉えられ散々モフられた。
「すみませんでした」
しばらくして解放された彼にカイトは謝ると、彼は笑う。
「あはは、おいらたちを初めて見た人はみんな亜人に間違えるんだ。気にする事じゃないよ」
「亜人は狩らないといけないとか言って虐殺しようとする冒険者もいるんだよっ?こんなに可愛いのに」
マールは再び少年を抱きしめてモフモフしだす。
「リコ王も積極的に迫害を取り払おうとしておりまして、今は人間領域のベルラート領にいくつかの集落が点在しておりますが、いつかはベルラートに召集しようとご尽力されているようです」
ゼノリコは猫好きそうだと思ったが、案の定だった。
「おいらてち丸ってんだ!」
てち丸はマールに顎を撫でられながら声高らかに名乗った。
「わたしはカイト、君を撫でているのがマールで、ガルーダにシュウです」
カイトは軽く指を差しながら紹介すると、てち丸は大きく頷いた。
「おう!よろしくなゴロゴロ」
やはり猫なのか、マールに撫でられながらゴロゴロ音を鳴らす。
「それで?おめえたちはなにしにこんなはずれまできてんだ??」
てち丸は撫でられながら問いかける。
「この先に住んでいるとされる治癒師の人に会いに来まして」
「お!?先生に会いにいくだな?おいらもそこに住んでるんだ、よしゃ!おいらについてくるんだ!」
てち丸は元気に言いながら元来た道を戻って行く。
「この不気味なのはその先生が立てたの?」
マールはてち丸に聞く。
「不気味ー?まあ、観る人がみたらそうなんだな?先生が言うには亜人避けの結界なんだって」
亜人避けの結界?その言葉にカイトの興味が沸々と沸き立ったが、シュウは納得する。
「成る程、それで…」
シュウは何かいいたげにしていたが敢えて口を開かないようにしていた。
てち丸に案内され通された屋敷にはさらに多くのオブジェクトが配置されており、傍には薬草の為の畑が広がっていて、その側には井戸や自前の池もある。
「先生!お客様だよー!」
てち丸は慌ただしく元気に中へ走って行く。
「お客様?珍しいですね」
てち丸に手を引かれ、屋敷の奥からガルーダの言った様な黒いローブに目ぶかにフードを被り、顔のないフルプレートのヘルメットをつけている。手にも重装備の小手が嵌められており、徹底して肌の露出を防いでいるようだった。
「珍しい組み合わせですね?疾風のガルーダに、枠なしマール…後ろの2人は知らない人だ」
先生と呼ばれた男は、1人ずつ指を差しながらそういうと踵を返す。
「立ち話では難です、どうぞ中へ、特に何があるわけでは無いですがね…ククク」
男は怪しげに笑い、奥の部屋へと入っていった。
「先生!そんじゃおいらは薬草をとりにいってくるな!」
てち丸はそういうと、さっさと走って行った。
「1人じゃ危なくない?」
マールは不安がる、カイトは素早くガルーダに目を向けた。
「ガルーダさん、ついてあげてください」
「分かりました」
ガルーダはうっすらと笑みを浮かべると、てち丸の後を追いかけ走って行った。
「僕も行きたかった…」
拗ねるマールにカイトは苦笑しつつ、先生と呼ばれた男の背後を追いかけた。通された部屋は彼が描いたであろう薬草の効能らしきものが書かれた紙が溢れる部屋えと通された。
「おや?疾風のガルーダは?」
男はお盆に四つ分のグラスを載せており、ガラスの水差しには刻まれたレモンのようなものと水が入っている。
「てち丸さんが心配だったので、ついて貰いました」
「おお…それは、申し訳ない事を。あの子は亜人には襲われないから大丈夫だとはおもいますが」
男はお盆をデスクに乗せ、カイトたちを座らせると、自分は執務用デスクに腰掛けた。
「それで、要件とは?」
カイトは事情を男へ話す、男は興味深そうに頷き真剣に耳を傾けた。
「なるほど、エルフの森へ行くために腕の良い治癒師を探していると」
「はい、人間領域内ならベルラートの治癒師でも良かったのですが、エルフ領へ行くには最前線の激戦区を突破し、尚且つ補給もままならない劣悪な状況下で戦える経験豊富な人が必要でして」
「それで、私の所に来たと…」
男は腕を組み何度か納得するように頷くと、一言で返した。
「お断りします」
「なんで!?」
マールが思わず声を張る。
「別にあなた方が気に入らないとかではありませんよ?枠なしマール。エルフの森にしか生えない薬草にも興味はありますし、ついていけるなら行きたいという気持ちに嘘はありません…ただ」
カイトは察してゆっくり声をかける。
「…その格好が理由だったりします?」
カイトの言葉に男は黙る。
「…さあ、何のことでしょ」
「では、先にわたしから秘密を教えましょう…この秘密を明かすことは、ベルラートが滅ぶ可能性のある秘密です」
カイトは雄弁に語ると、男は肩を揺らして笑う。
「成る程、秘密を共有したいと…いいでしょう、貴方の秘密の価値次第で私も明かすか決めましょう」
「貴方の目の前にいる枠なしマールは、勇者です」
勇者、その言葉を聞いた男はピタリと止まる。
「……嘘でしょ?」
信じていない様子の声音で、いかにも興味がなさそうにつぶやいた。
「マール、右手出して」
マールは素直に右手を出すと、男は即座に身を乗り出し、その手に巻かれた青水晶の腕輪を食い入るように見つめた。
「エルフの鉄だ…それを身につけているのに加護を吸われていない…?いや!いやいやいや!その程度ではまだ信じられないな!」
「カイト、加護頂戴?」
「はい、どうぞ」
カイトは手を差し出すと、マールはその指先を腕輪に触れさせる。途端に水晶が青く光り、カイトから青い光を吸い始め、マールはパッとカイトの指先から水晶の腕輪を離すと、光っていた腕輪が元に戻る。
「……では、君は本当に勇者なのかい?枠なしマール」
男は興奮したように告げ、マールが頷くと男はどかりと自分の椅子に腰掛けた。
「確かに、ベルラートが滅びかねない秘密だね…とんでもない事を聞いてしまった、私の秘密では釣り合いが取れないじゃないか、これでは…」
そう言いながら男はフードをゆっくりと外し、顔のないヘルメットを外す。その下にあった素顔は。金色の縦割れの眼に縦の瞬き爬虫類のような尖った口。
「り…リザードマン!?」
「違うカイト、彼らはレプテリアンだよ。よく似てるけど」
マールは彼の正体を見抜いていたようだった。
「見る人からしたら同じに見えるのは仕方ない事ですよ」
レプテリアンの男はそう目を伏せ、手につけたガントレットも外すと、鋭い爪の生えた緑の手が現れローブの尻が盛り上がり、大きな尻尾が揺れ動く。
「レプテリアンを知っているんだね、枠なしマール」
「最前線に知り合いが数人いるからね、2人とも前衛の神託だったけど…」
「世界は広いですね、レプテリアンでありながら人と共に歩むものが居るだなんて…」
その表情はどことなくだが彼らに対する迫害がどんなものだったのかを物語っているように感じる。
「拙僧の花の国にもレプテリアンはおります」
レプテリアンの男はジッとシュウを見た。
「君は花の国の冒険者なのかい?鎖国していたと聞いていたが」
「鎖国は間も無く解かれますよ」
カイトの言葉を聞き彼はゆっくりと俯いてつぶやいた。
「世界は変わって行くのですね…」
「カイト、僕、この人を仲間にしたいな」
マールは立ち上がり、男へ歩み寄ると手を取る。
「同情ですか?」
男の言葉にマールは横に振る。
「そう思われてもいいよ?違うけど」
「君がそういうなら私は否定はしませんよ?ただ、彼の意思は尊重しましょう」
カイトは言葉でマールの背中を押す、マールは両手で彼の手を取った。
「エルフにとって私達はリザードマンと同じ敵対者で迫害の対象です、私の存在は必ず不和を呼びますよ?」
「カイトがいるから大丈夫、ね?」
マールはカイトの顔を見る。カイトは小さく頷いた。
「た!大変だー!!」
そこにてち丸が駆け込んで来た。
「近くの村がギガースの大群に襲われてる!!ガルーダの姉ちゃんが時間を稼ぐって先に行っちまった」
「どっち!」
マールが弾けるように叫び、てち丸は指を差す。
「あ、あっち…!」
「森海老の養殖場のある村か…あそこはいま用心棒もいないぞ…!」
マールはその方角を確認すると、瞬く間に飛び出して行った、シュウも後に続き駆けていき残されたのはレプテリアンとカイトだけになった。
「私たちも行きましょうか、ええと」
「…ギムル、レプテリアンの言葉では癒す手という意味です…」
「では、行きしょう、ギムルさん」
舞台は代わり、カイト達のいる場所から遠く離れた森の中にその村はあった、人口は少なく、豊富な湧水で養殖される森海老の産地である。
現在は突如として押し寄せたギガースの大群の襲撃を受けていた。暴れ狂うギガースは民家を次々と破壊し、腕を振るうだけで茅葺き屋根が吹き飛び地面に落ちた藁に篝火の火が引火し、激しく燃え盛る。
ギガースの狙いはその森海老だった、ギガースはその大きな手を森海老の養殖池にツッコミ、水を飲むかのように大量の森海老を口に運びボリボリとキチン質の殻を齧り貪り食う。
そんなギガースの背に石が飛んでくる。
「こいつ!!母様と父様の畑から出ていけ!」
小さな子供が小石を手に何メートルもあるギガースに投げ続ける。遥か遠くで子供の親らしい女性が男たちに取り押さえられながら叫んでいる。
小石を当てられたギガースは立ち上がり、その巨大な腕を振り上げ、子供めがけて振り下ろした。
「危ない!」
一陣の風が吹いた、ガルーダは素早く駆け抜けて子供を小脇に抱えて間一髪一撃を避けると、子供を親達の方へ投げる。
「早く逃げろ!時間を稼いでやる!」
ガルーダは腰の長剣を引き抜き構えるとギガースと向き合った、1匹のギガースに呼応するように周囲のギガース達も集まって来る。
「1匹だって厳しいというのに…まったく…運がない」
同時、ギガースはガルーダを捕まえようと手を伸ばす。ガルーダはその手を寸前で切り上げて指を飛ばすと、怯んだギガースの横を駆け抜け民家へ滑り込む。
「く…」
怒って吠えたギガースは怒り狂い、ガルーダの逃げ込んだ民家を一薙で吹き飛ばす。
「??」
民家の下にガルーダはいない。
「こっちだ!!」
ガルーダは腕を伝い、ギガースの顔面を深々と十字に切り裂いた。ギガースの1匹は激痛に叫びながら倒れる。しかしギガースは1匹だけではない、次々と走って来るギガースがガルーダ1人に殺到する。
「く!」
ガルーダは風を纏いながら小刻みに動いてギガースの足元を逃げ回りつづけ、時折足を切り裂かれたギガースが倒れ込む。ガルーダはカイトのクランに入ってから着実に強くなっていた、オークの集団にすら勝てなかった彼女は、今やギガースの集団を相手取り翻弄する事は出来ている。
「いける、このままならっ…」
ガルーダは次々と遅いくるギガースの腕を次々切り裂きながら川に流れる木の葉が岩を避けるがごとく動き回る。頭の中ではカイトから教わった群での戦い方が復唱し続けていた。攻撃は最低限にし、深追いはせず、ひたすら回避に専念していた。治癒力の高いギガースにとってガルーダによる切り傷など擦り傷にもならない。立ち所に塞がってしまう、先ほど指を飛ばされたギガースも、気づけば指を治して向かって来ている。痺れを切らせたギガースの1匹が、物見櫓を掴みとりガルーダめがけて投げつけた。
「!!」
ガルーダはスレスレを避け、再び駆け出そうと右足を強く踏み込んだ。しかし、そこはエビの養殖に使われた養殖池であり、右足が深く沈む。
「しまっ…」
一瞬の乱れをギガースは見逃さず、1匹のギガースの腕がガルーダを掴み取った。
「ぐ!くそ!…はなせ!…」
もがくガルーダだが、ギガースの腕から逃れることなど出来ず、ガルーダを捕まえたギガースは汚らしく笑いながら捕まえたガルーダをじわじわと握り潰していく。ガルーダは全身の骨と肉が潰れて圧迫されていく感覚にうめき、悲鳴もあげれず悶えるしか出来ない。しかしガルーダは笑いながら手にした長剣を振り上げ自分を握り潰そうと圧迫する指に突き刺した。
最期の悪あがき、そう考えたギガースはガルーダを頭から丸齧りにしようと口を開けた。
しかし、ギガースはガルーダの味を確かめる事はできなかった、直後降り注いだ何かに顎から上を切り飛ばされたからである。
「ごめん!!」
マールは瀕死のガルーダを力尽きたギガースの手の中から救い出すと、地面に寝かせる。
「ちょっとまっててね!すぐやっつけるから!」
マールは立ち上がり向かって来るギガース達に向き合った。
「よくも、やったなああああ!!」
マールは怒りのまま吠え、右足を強く踏み込むなりその場から姿が消える、同時に走っていた1匹のギガースの首から上が吹き飛び、ギガースは動揺で足を止めた。その瞬間には自分の首から上も吹き飛ぶ。
目に見えない速度で飛び回る何かがたったの一撃で仲間を殺傷している。ギガースたちは動揺していた、何があるのかもわからず気がついたら仲間が死んでいる。最期の1匹は血相をかいて吼えながら逃げていき、地面に倒れる。見れば一本の槍が自分の膝を深々と貫いている。
「南無阿弥陀…」
シュウは足から槍を引き抜くとその傷が再生するよりも早くギガースの眉間に槍を深々と突き立て息の根を止めた。カイトとギムルが遅れて到着する。
「ガルーダがギガースに潰されちゃったの!」
「見せてください」
ギムルはマールに抱えられてぐったりとしているガルーダの様子を一目見ると右手を額に当てる、そして口から呪文を口ずさむと、今にも死にそうだったガルーダの顔が落ち着いていく。
「すごい!君の回復!ハイデみたい!」
「ハイデ…まさかハイデ大司教?聖職者の神託を持つ彼女に、わたしは遠く及びませんよ」
側から見ればそうは思えないが、治癒術師とハイデのもつ聖職者にはそれ程の差があるのだろうか。
「う!」
瀕死だった筈のガルーダは立ち所に回復息し、目を開く。
「れ、レプテリアン?あなた、レプテリアンだったんですか?」
ギムルはそう言われながらも手にした草をガルーダの口に突っ込む。
「酔い止めの薬草だ、回復酔いに効く。まだ喋るな、安静にしていろ」
ギムルはそう言いながらガルーダの額に手を触れ、体温を確かめながらも素顔を隠すフルフェイスのヘルメットがない事に気がつく。
「ぬかった…ギガースの集団と聞いて焦って来たため素顔を隠す暇もなく来てしまった」
ギムルはそう言って空いた手を頬に触れる。するとカイトが横から顔を出す。
「彼はギムルさん、新たなクランメンバーです」
それを聞いたガルーダは薬草を咥えたまま小さく頷く、しばらくしてギムルは立ち上がる。
「村人達の怪我を観てきます」
「先生!これ!」
てち丸が、いつの間にか屋敷から大きな診療バッグを持って来てギムルに渡すと、ギムルは避難した村人達の方へと歩いていき、1人ずつ容態を見て行った。
「マール、ひとっ走りしてリコ様と話してきてくれる?」
「わかった!任せて!」
マールはそう言って再びすごい速度で走って行った。
程なくして、ゼノリコにより派遣された大勢の兵士と冒険者が派遣されてきた。襲撃されたのがベルラートの食卓を彩る森海老の養殖場である村と聞き、ゼノリコも重く受け止めた様子で、村人達を快く北地区は迎え入れ、村の建物が再建築されるまでの衣食住を保証してくれた。
幸い、ギムルの活躍もあって村人に犠牲者はおらず、重症者は大勢いたが、死に至るほどの大事には至ってはいない。
「治癒術とおもったら…医師を仲間に出来るだなんて…」
意図せずクランに衛生兵を手に入れることが出来たカイトはみんなに見えないようにガッツポーズで喜びを現した。
その後、ギムルは一度屋敷へと戻り荷物をまとめ、助手のてち丸と共に南区にあるクランハウスへ荷馬車を手で引きながらやってきた。ギムルはいつものように顔のないフルフェイスにフード付きのローブを身に纏っている。
「武士衆しゅーごー!」
勇者の一声を聞きつけ、様々な少年たちがすごいスピードでかけてきた。
「これ、向こうの荷受け口に持っていってあげて」
「はい!」
武士衆の少年たちは快く雑務を引き受けると、ギムルから荷馬車を受け取ると早足に建物へ引いていく。
「すごい少年たちですね、彼らも冒険者?あの若さで?」
花の国の武士衆の若さに驚いているようだった、一般的な価値観を考えたらそうなるだろう。
「花の国は生まれて来た子供をその日のうちに冒険者にする風習があるのです」
一緒にいたシュウから話を聞き、ギムルは頷いた。
「成る程、そうなんですか…」
ギムルは暑そうな仕草をする。
「もうそれ良いんじゃない?誰も気にしないってここの人達は」
マールはてち丸を抱っこしながら呟く。
「そうしたいのも山々ですが、レプテリアンに慣れていない人々に私の姿は刺激が強すぎますからね…それに、エルフは我々を敵視しますから」
ギムルはフードを外し、顔を覆うフルプレートを外し爬虫類の素顔を晒す。
「うーん、そっかぁ…カイトなんか無い?」
マールは抱っこしていたてち丸を開放し、カイトに問いかける。
「そうですね…」
カイト達にはエルフについての情報が圧倒的に足りていない、どんな種族でどんな文化的があり、どんな風習で、どんな宗教観を持っているのか…その何もかもが足りていないのだ。人間領に残っているエルフに関する情報も限られていた、精々特徴的に耳が長く、長命であるというくらいだ、1番の年長者であるゼノリコですら「知らん、あやつらは自分の領土から出てこんからな…ワシが伝え聞いたのは、あやつらは性格が悪いってくらいじゃ」という使えるかどうかわからない程度の情報だった。
「カイトの世界にはエルフいなかったの?」
マールの言葉にカイトは頷く、カイトの世界にはエルフは愚か人間以外の人種はいないのだ。創作として語られるエルフはあるが、おそらくそのエルフとこちらのエルフは別のものであるのは間違いないだろう。
「そうですね、ではあれにしますか」
「おっ!何か閃いた??僕、爺様に話してくるよ!」
マールはそう言って門から走ってでていった。
「とりあえず荷解きしてからメンバーに紹介しますよ」
カイトはゆったりと歩き出す。
「カイト」
ギムルは素顔のまま、カイトの名を呼ぶと小さく頭を下げた。
「お世話になります、そして、ありがとう、私を受け入れてくれて。」
この時、カイトは何故彼が感謝を述べたのか分からなかった。それが迫害しない自分達に対してなのか、それとも別の何かなのか。しかし、カイトは考えないようにした。
「お世話になるのはこちらもおなじです、よろしくお願いしますねギムルさん」
こうして、カイトたちは新たな治癒術師をメンバーに加え。エルフの国へ向かう全ての準備は整った。
その夜、唐突にマールがカイトの部屋へやって来た。
「どうしました?」
聞くがマールは俯いたまま何も言わない。
「怖い夢でも見ました?」
図星なのか、マールはギョッと顔をあげてカイトを見た。
「怖い夢じゃないの…なんか…よく分からないけどエルフの国に行くんだって考えると胸騒ぎがして…」
勇者の神託を受けたものは記憶を引き継ぐとされている、ひょっとしたら、1000年前に悲劇の最期をとげた勇者が警告しているのかもしれない。
「仕方ないですね、明日も早いのですから早く休みましょう」
カイトはマールの手を取るとベッドに連れて行き、横になると、マールも横になりすぐにカイトに抱きついてきた。
「…」
カイトは黙ったまましがみついているマールを一瞥すると、ゆっくりと瞼を閉じ程なくして眠りに落ちた。
「………」
マールはカイトが眠るのをみると、カイトの身体に顔を埋める。止まらない胸騒ぎと動悸が、カイトの匂いを嗅いでいると不思議と和らぎ、落ち着くのだ。それがなぜなのかは今の彼女にはまだ分からない。マールはゆっくり顔をあげジッと眠るカイトを見つめふと何を考えたのかその唇に唇を寄せようとしてから直ぐに我にかえる。
「……バカカイト」
マールは小さく悪態をつき、再び彼の体に顔を埋めた。
お疲れ様でした、次回からいよいよエルフの国へ向かいます。




