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《十五話》卒業式、そして……

 そしてやってきた卒業式。

 三月十四日。なんでよりによってホワイトデーなのよ。

 と思っていたら。前の日からどうにも身体がだるい。卒業式を明日に控えた夜のこと。


「チョコ、熱があるんじゃないのか?」


 と圭季がおでこに手をあてる。


「チョコ、部屋に行って寝ていろ」

「えー、大丈夫だよ」


 気のせいかふらふらするような気もするけど、それは気のせい。部屋に戻りたがらないあたしに圭季は少しいらだっていたけど、だって……。もう少し話がしたかったんだもん。

 ソファに座らされ、体温計を渡された。熱なんてないよ。それでもしぶしぶ測ってみる。

 しかし。


「おれの目には三十八度、と見えるんだが?」


 あらやだ。あたしったら卒業式の前の日に熱なんて出しちゃってやだわ。

 圭季はあたしをひょい、とお姫さま抱っこで部屋に連れていく。


「歩けますっ! 自分で歩いて部屋に戻ります!」


 恥ずかしいからっ! お願いします、おろしてっ!


「だーめ」


 と言って部屋まで連れてこられ、ベッドに寝かされた。


「氷枕作ってくるから、大人しく寝てるんだよ?」


 まるっきり、子ども扱い。ひどいよ、圭季。

 ボーっとしている頭で明日の卒業式は欠席かぁ、とぼんやり考える。

 ひとりでさみしく寝ていることしかできないのか……と思うと、ものすごく悲しくなってきた。


「チョコ?」


 氷枕を用意して来てくれた圭季が布団をかぶってぐすぐす泣いているあたしを見て、ものすごいあせっている。


「どうした? 苦しい? 辛い?」


 あたしは首を横に振る。


「明日の卒業式に出られないのが悲しくて」


 圭季はあたしの頭をぽふぽふ、となでて


「熱が下がったらおれとふたりで卒業式をすればいいじゃないか」


 なんて言うものだから、余計に泣けてきた。


「明日は仕事を休んで一日看病するから、ね」


 あたしはその言葉に驚き、思わず起き上がる。


「だっ、大丈夫だよ! 寝ていれば治るから。あたしのためにお仕事休ませるのなんて、悪いよ!」

「いや、気にするな。明日はチョコがいないと意味がないから」


 と意味深なことを言われたけど、急に起き上がったのと熱のせいで頭がくらくらして結局そのまま、布団に倒れこむ。


「ほら、無理しないで。ゆっくり寝ていて」

「うん……」


 氷枕をしてくれて、圭季はどこからか持ってきた布団にくるまってあたしの枕元に座っている。


「寝るまで側にいるから、心配しないで寝て」


 そう言われ、素直に目を閉じる。

 ああ、久しぶりの熱にくらくらするよ。


「おやすみ」


 ひたいに柔らかな感触がして、圭季がキスをしてくれたのが分かった。

 この扱い、まるっきり子どもじゃない。

 だけど、あたしはそのまま眠ってしまったようだった。ふと気がつくと、部屋の中はすっかり明るくなっていて、寝る前に枕元にいたはずの圭季はいなかった。

 今、何時なんだろう? 壁にかかった時計を見ると、もう少しでお昼になりそうな時間だった。


「チョコ、目が覚めた?」


 圭季がトレイになにかを乗せて部屋にやってきた。


「さすがにお腹がすいてるだろう?」


 そう言って持ってきたのは、どうやら食べ物らしい。机に置き、起きようとしたあたしを手助けして起こしてくれる。


「学校には休みの連絡を入れておいた。熱が下がったら一度、学校に来るようにと言われたよ」


 起き上がると少し身体がだるかったけど、昨日よりはだいぶ調子がよいようだった。体温計を渡され、熱をはかると下がっていた。

 用意してもらっていたおかゆをぺろりと食べて圭季に呆れられた。だって……お腹がすいてたんだもん。

 薬を飲み、まだ寝ているように言われたので寝転がっていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。学校から帰ってきた那津に夕食だと起こされるまであたしは眠っていたらしい。

 熱をはかると、すっかり下がっていた。

 なんだったの、昨日の熱は?

 この様子だと、明日には行けるかなぁ。明日は終業式らしいから、行けるといいな。

 夕飯も圭季が呆れるくらい食べた。

 お風呂も入り、少し早いと思いつつも布団に入るとあっという間に眠ってしまった。


 そして朝。

 すっかり熱は下がってしまったようで、あたしは学校に行く準備をする。那津と一緒に登校するけど、那津は本来の一年生の教室へと向かった。

 教室に向かう前に那津が、


「卒業、おめでとう。この同居生活が終わっても、おれはチョコちゃんの執事だから」


 なんていうから、不覚にも少しうるっときてしまった。


「だから、いっぱい美味しいお菓子、ちょうだいっ」


 といつものおねだりポーズを取られてしまった。

 それが目的かっ!

 と思ったけど、これからも那津が側にいてくれるのが分かり、嬉しかった。


 あたしはとりあえず、教室に向かう。

 だれひとりいない教室。

 自分の席に座り、荷物入れに手を入れて手で探ると紙が何枚か出てきた。そこにはクラスの中でそれなりに仲の良かった子たちからのメッセージが入っていた。

 卒業式一緒に出られなくて残念だったね、とか、大学でまた会おうね、という何気ないメッセージだったけど、その何気ないことがうれしかった。

 職員室に向かおうかと思ったら、教室の前の扉が開き、立花センセが入ってきた。無言のまま教壇に立ち、手に持っていたなにかを広げた。

 いつものぼさぼさ頭に太い黒ぶち眼鏡。そして、なぜかよれよれの白衣。この恰好を見て、だれが家庭科の教師だと思うんだろう。どう見ても化学の先生にしか見えないよ。


「都千代子」

「はっ、はいっ!」


 どうやら、卒業証書を持っているようだった。あたしは席を立ち、教壇の立花センセの前まで歩いていった。


「卒業証書。あなたは本校において所定の過程を修了したことを証する」


 文面を読み、卒業証書を渡されるのかと思ったのに立花センセは証書を教壇の上に置き、あたしの顔をじっと見つめる。

 その瞳はものすごく切なさが詰まっていて、どうすればいいのか分からず、じっとその瞳を見つめていた。


「チョコ、気がつかない?」


 といきなり言われても。

 なにがだろう?

 分からなくて、首をかしげる。


「那津に聞いていたけど、本当にチョコは天然だな」


 へ? なんで立花センセ、いきなり那津の名前を出すの?

 立花センセと那津、仲が悪かったはずだよね? それとも、あたしが知らない間に仲良しになったの?


「これでも分からない?」


 というなり、立花せんせはぼさぼさの頭を整え、太い黒ぶち眼鏡を外した。

 ら。


「………………はいっ?」


 そこには、なぜか圭季が、いた。


「え? なにこのドッキリ?」


 もう、やだなぁ。どうして最初から最後までドッキリなのよ。


「チョコ、本当の本当に気がついてなかったのか?」


 やっだー。あたしを驚かせようとして、圭季ったら立花センセにお願いでもして服だとか借りたの? だけど、どうやって?

 圭季は教壇を降りて、あたしの横に立つ。あたしは圭季を見上げる。


「おれ、四月からずっとここで家庭科の教師をしていたんだけど、本当の本当に気がつかなかったの?」

「……四月から?」


 えーっと。

 四月の始業式の時に……って、え?


「え……。ちょっと待って」


 四月からの立花センセとのやり取りを思い返してみる。

 いきなりあたしを補佐として指名してみたり、やたらと呼び出したりお菓子をねだってきたり。

 薫子さんに絡まれた……り。

 も、もしかしてっ!

 薫子さんは圭季がここで先生をやっているから、追いかけて英語の教師なんてやっていたのっ!? そしてさらに、家庭科の手伝いもしていた、ってことっ!?


「薫子はすぐに分かったみたいでいつチョコにばれるのかドキドキしていたのに。なんでこうもおれがばらすまで分からないのかなぁ」


 圭季は困った、という表情であたしを見ている。


「だだだだ、だってっ!」


 自分の今まで立花センセに取ってきた態度を思い出し、あせる。


「学校でそっけない態度を取るのはわざとだと思ってたんだけど、本当に分かってなかったのか……。おれ、すごい悩んだんだけどな」


 えーっ。


「那津に気がついてないのかも、と言われて観察していたらそんな感じだったから納得したんだけど、本当に分かってなかったとは」


 もう、穴があったら入りたい、なければ掘ってでも入りたい気分。

 今までのいろんな言動が恥ずかしいよっ!


「ああ、これがツンデレなのか、とちょっと楽しめたけどな」


 うわわわわっ、ツンデレの意味を間違っているような気がしますっ!


「だっ、だけどなんで学校の先生っ!?」


 ふと疑問がわいたので聞いてみた。


「チョコの側にどうやって長い間いようかと悩んで、考えたら学校の先生という結論に」

「いっ、いつから考えていたの?」

「高校に入ったくらいからかなあ」


 そんな前から……?


「五歳の年の差はかなり大きいからね、学生だと。それに、チョコのことを待っていられなかったから」


 どういうこと?


「好きなのに、近いのに……じっと待っていられなかったんだ」


 圭季はあたしにまっすぐ向き合って、


「チョコ、『都千代子』を卒業して『橘千代子』になってくれるか?」


 なんていきなり言ってくるから、あたしの心はまったく準備できていなくて、ぽかん、と驚いて口を開けたままの間抜け面で圭季を見上げた。

 え、なにそれ。

 いきなりプロポーズ?

 しかも学校の教壇の前で!?

 あたし、昨日の熱、きちんと下がってないのかな? 今の、聞き間違えた?


「圭季?」

「すぐに結婚、とは言わないから。チョコが高校を卒業したら、同居生活は終わりになってしまうだろう?」


 そう。あたしはその日が来るのをずっと恐れていた。

 もしかして、その気持ちが無意識のうちに昨日の熱に繋がっていたのかな、と思ったり。高校を卒業したくなくて。

 卒業式に出なかったら圭季がこのまま家にいる、なんてわけないのは分かっているけど。心のどこかでそう思っていたのも確か。


「チョコがおれのことを正式に婚約者、と認めてくれるのなら」


 正式にもなにも、あたしには圭季しかいないもの。

 だけど。


「ねぇ、圭季」


 あたしはいつも通りの髪の毛で眼鏡をしていない立花センセ……もとい、圭季に一歩前に踏み出し、よれよれの白衣をにぎりしめた。


「本当にあたしでいいの? だってあたし、一年間、ずっと近くにいた立花センセが圭季だってこと気がつかないくらいにぶい子なんだよ? 本当に好きな人だったら、どんな恰好をしていても気がつくと思うのに、気がつかなかったんだよ」


 立花センセが圭季だった、ということを知り、そして、薫子さんがそのことにすぐに気がついたことを知り……あたしは圭季への愛が実は薄いのではないのか、と。

 あたしは圭季のことが好き、大好き。だけど、それは本当に「好き」なの?

 ここに来て、迷いが生じた。


「おれはチョコのことが好きだ。それはおれが八歳のときに初めて出逢った時からずっと好きなんだ。確かに途中、気持ちが揺らいで薫子と付き合ったり

したけど、やっぱり心のどこかでチョコのことが忘れられなかった」

 三歳の頃の気持ちを思い出す。

 父と母に抱いていた「好き」とは違う「好き」を初めて感じた人。

 三歳のあたしがそこまで明確にその違いを認識していたかどうかは分からない。だけど、圭季に感じた「好き」は特別な「好き」には違いない。

 人はいつから素直に「好き」と言えなくなってしまうんだろう。「好き」という気持ちだけでは物事が通らなくなるのを知るのは、いつからなんだろう。

 三歳のときに感じた「好き」は心の奥にずっと眠っていて。宝箱の中に大切にしまわれていたその「好き」を自覚してからはどんどんその気持ちは大きくなり、失うことを恐れていた。


「あたしも……圭季のこと、好きだよ。大好きだよっ!」


 白衣の端をギュッと握りしめ、見上げて口にする。


「こんなあたしでいいのなら、圭季のお嫁さんにしてください」


 圭季を見上げ、赤墨色の瞳をじっと見つめて言葉を紡ぐ。

 圭季は大きな瞳を細め、あたしをギュッと抱きしめる。

 そうして、圭季はゆっくりとあたしの身体を離し、その大きな手を頬に当て、ゆっくりと顔が近づいてくる。

 あたしは反射的に目をつぶる。

 あたしの唇にそっと柔らかくて温かな感触。

 圭季との初めてのキスは、だれもいない教壇の前。


「チョコ、大好きだよ。これからもずっと──……一緒だから」


 そうして再度、口づけをされる。

 ファーストキスは、甘いマドレーヌの味に似ていた。


【おわり】


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