精霊の力 1
一人は絶望と困惑。
一人は外見からはとても想像できない怒りの感情。
一人はその現状を把握出来ずに、息苦しさを感じながら二人から目を離せずにいる。
「分かってくれたかな? 君が、どれほど見当違いをしているか」
もう会話は終えた。お前と話すことは何もない。
そう言っているようにしか聞こえない、強い言葉だった。
「…………少し気分が削がれてしまったなぁ、ボク自身が取り乱しているらしい。申し訳ないがまた来るよ、その時は君と二人で会話したい」
結人を見るには見た、そんな例え方があるのかは分からない。
だが心という場所に内包された『怒り』という感情を表に出さないように必死でいるのは伝わってくる。
内面が穏やかで優しい者を怒らせると一層恐ろしく見えてしまう原理が、このある種殺伐としてる世界と相性良くも混ざり合ってしまい、この世界の外から来た結人は茫然とした状態で頷いてしまった。
「ありがとう。それならまた明日、さっきの魔法でこっちに呼ぶからね」
さよならの言葉もなく暗闇に戻って行くマクティを自然と見送っていると、隣からは深い呼吸音がした。
既に何日か一緒に生活をしている仲であるヴァーリエの雰囲気が変化したことに上手く察することが出来た結人は慰めの意も込めてゆっくりと振り返った。
「なぁ、ヴァーリ――――エ…………?」
「どうした? ユイト」
だが、そこに立っていたのは何事も無かったかのような表情で立っているヴァーリエの姿であった。
「あぁ、いや随分と切り替えが早いんだな。逆に良かったぜ」
「切り替え? 特に何もなかっただろう? 今までだって……こんな感じで会話が終わっているよ。みんな私のことを――――――」
「まぁ……なんだ、俺からは何も言えないけど、話しくらいは聞かせてくれよ。さっきの会話は違和感と疑問まみれだしさ、俺なりに気になったことがあるんだ」
「別に構わないが、そこまで楽しく聞ける話しでもないぞ?」
「楽しもうとして話しを聞きたいわけじゃない。なんか、こう…………違和感がするんだよ」
気になったから、そんなことではない。
むず痒い、手の届かない場所が上手く触れない、身体が動いてないと叫びたくなる、そんな感じの違和感である。
そんなものは早く解決してしまうに限る。
「一つ目、聞いていいか?」
「あぁ、何でも聞いてくれ。お前との間に隠し事はしたくないからな」
「今までもこんな感じだったってことは、今まで出会ったエルフの奴らは全員〝ヴァーリエ〟って存在を何て言ってたんだ?」
黒谷結人という人間は伊達に二次元を求めていない。
言ってしまえば、オタクなどという生温い言葉では収まりきらないのである。
日に日に増えていくライトノベルの数、もはや毎日が発売日と言っても過言ではない漫画本、眺めるためではなく戦いに想像しやすくするために買い漁ったフィギュア、研究家が出版した考察本、どれもこれも結人自身の血肉となっている。
それは二次元を求める者ではなく、実現した二次元に対してどうするべきかと考えた者の末路であり、二次元を現実に在るものだとして考えて生きてきた集大成――――もはや〝厨二病〟という言葉で笑っていられないほどの、異常性である。
だからこその非現実への多種多様な対応力、そして思考力から出て来た言葉。
彼の中では物語が始まったのだ。
ヴァーリエ・シルバ・スクリームというエルフを始めとした、エルフ族の物語が…………
「基本は〝知らない〟と言われたな。妹と言われたのは初めてだ」
「ちなみにヴァーリエの知り合いに会ったのは今が初めてだったってことでいいんだよな?」
「そうだな……私が出会った記憶がある者に出会ったのは今日が初めてだ。自慢じゃないが私は〈コールランド〉でも有望株だった、だから私を知らない者はそうそういないと思ってたんだがな」
「確かにな、俺もその話しを聞いたから不思議に思ってるんだ。あれだよな? あの馬鹿デカい木が成長したことによる大災害でって話しの途中の。それから目を覚ましたらここにいたんだっけ?」
「その通りだ。あの災害からの記憶は鮮明に残っている、私には空から見ていたかのように見えたんだ。まるで〈コールランド〉の全てを見ているかのように全部見ていたんだ」
「それから変化が一杯あったってことだけど、一番の変化は何だ?」
「一番の変化か……――――魔法が使いやすくなった感じがする以外には特にないな」
「使いやすくなった?」
「正確には言葉にする必要がなくなった感じだな。神聖魔法ではないものの、言葉から想像するのではなく、想像したものを言葉に出す必要がなくなった。まぁ、元々魔法を使っていたからな。珍しくはない、エルフ族の中では長年生きていると口にせずとも魔法を使える者だっている」
つまりは魔法そのものに対しての熟練度ということだ。
神聖魔法というものが想像の具現化に対して、魔法というものは言葉の意味と正しい想像が必要である。
この世界には〝魔力〟という概念がない代わりに〝想像力〟が必要で、その想像力というものが生半可な精神力ではないというところが魔力にも似ている。
何も考えられなくなった瞬間に全てが終わり。
逆に何も考えていない状態で魔法を使うことが出来たら終わりはない。
「魔法かぁ…………そこは分からねえな」
「ユイトの魔法の知識はまだまだ子供以下だからな。それに神聖魔法というのは普通の魔法の理論が通じないことがあるかもしれない、だから覚える必要があるものだけを教えるつもりだ」
「なら教えてくれ、今の状態は良い感じなんだ」
「ん? 話しは終わりでいいのか?」
「いや、魔法について詳しく知りたい。もう少しで終わりそうだからな」
そう、終わりそうなんだ。この時間が。
だって毛先から白く変色していってる。
「なら、基本的な知識を教えようか。まずは魔法というものの基本、身体強化、魔力視覚、この二つからだ。身体強化は言わなくてもいいだろう? 要するに体の内部と外膜を強くすることを想像するんだ。人によって強さの基準は変わってくるから、それは自分の想像通りにするといい。問題は魔力視覚というものだ。これは相手が使っている魔法を視認することの出来る魔法なんだが、使えるようになるまでが長い者が多い。相手の想像を想像するようなものだからな、習得するのは非常に困難だ」
「相手の想像を想像って…………そんなこと出来るのか?」
「エルフ族には関しては相手の心の動きが見えるからな、基本は全員が使えると思う。正直に言うと他の種族の者たちが習得しているかは分からん、エルフ族の特権かもしれないしな。それにユイトの神聖魔法ならば可能だと思うぞ? 感覚は分からないが、相手の想像を想像する魔法を使いたいと思えば出来る」
「いや難しすぎるだろ、それ。想像の範疇でしか魔法を使えないんだから、俺がそれを想像しないことには始まんないじゃねえかよ」
「お前の住んでいた世界がどんな常識があるのかは知らないが、これまでの対応力を見るに不可能ではないだろう? 心を透かせなくとも、魔法を透かすことの出来るきっかけは存在したのだろう」
「まぁ……それはあったけどよ。そもそも俺が知っている魔法の常識との格差が凄いんだよ、ここは。何だよ魔力の概念がないって、俺の世界じゃ魔力が無ければ魔法は唱えられないものなんだよ」
「なんだそれは、それじゃ魔法に制限があるみたいじゃないか?」
「その通りだよ。てか制限のない魔法って方が逆に無敵過ぎるだろうが」
「制限があるのに〝魔法〟というのか? 魔法というのは言わば自由の具現化だ。制限がかかっているものなど、魔法とは呼ばない」
と、言い終えると完全に髪の変色が整った。
ヴァーリエ自身は気が付いていない金から白銀への変化、未だに理由は解けないままだがこれは言わないほうが良いものだと分かった。
これは心を読んだわけではない。
ただ〝ゴールドブロンド〟というエルフ特有の髪色に執着を微かに見せるヴァーリエに言えば、きっと心の中に焦燥と無謀な探求心を生んでしまうからだ。
そうなれば自然と望むものが決まっていき、欲望のまま探求して破滅へと向かうことになる。
数多の物語を見て来た結人だからこその確実な安牌だ。
「魔法が使える奴が言うと言葉に意味があるな。深さが違う」
「逆にそれが浅はか過ぎるんだ。魔術然り、魔導然り、魔法然り、その全ては己の望みを追求するために思考された想像という力。自らの自由を求めた結果から生まれた確かな〝力〟だ。誓約はあれど制限を付けてしまっては自分のためにはならないだろう」
「へぇー、それじゃお前は何を望むんだ?」
「さぁ……な。今となっては望むことなどあるのかどうか、当面は生きることくらいか」
「そっか。なら俺はそれを当面の間手伝おうかな、きっと物凄い迷惑かけてるから」
最初の出会い。
衣食住の用意。
魔法の教授。
エルフ族との問題。
これから過ごす日常というものには、あまりにも問題がありすぎる。
せめての償いと言えば体は良いが、結人と一緒にいるヴァーリエにも問題が付きまとうことになるということはエルフという種族の問題にもなってくることは明白である。
現にマクティとの会合がそれにある。
「(俺の魔法は言葉にすることで真価を発揮する…………なら、せめてヴァーリエだけでも守れるくらいに戦えるようにならないといけない)」
「話しはいいのか?」
「あぁ、色々分かったし、今はまだ大丈夫だ」
「ならば今のことを踏まえて鍛錬の続きといこうか。問題が生じたことで中断されてしまったからな」
あれだけ悲し気な表情をしていたヴァーリエは笑っていた。
だが、結人はしっかりと感じ取ってしまったのだ。
その酷く冷めた感情を…………
相手に対する想いというものを忘れてしまったかのような――――冷徹さを
◆
「…………ふぅ」
軽い溜息が漏れる木漏れ日の下。
マクティは、先ほどの光景を思い返しながらそびえ立つ大樹の下に座り込んでいた。
「心が、揺れているなぁ」
思い返せば返すほどに自分の心が慌ただしく揺れ動く。
緊張、困惑、焦燥、そして不思議と嬉しさが混じって具合が悪くなりそうな感情である。
「何を思ってあんなに言い返してしまったのか…………自分の心に聞くことが出来たらいいのに」
あれだけの心の輝きを持つ二人。
特に情報でしか知らなかった〝外れ者〟ヴァーリエ・シルバ・スクリームが、あれほど力強い心を持っているとは全く予想はしてなかった。
虚を突かれたからなのか、それとも純粋に彼女の存在に恐怖したからなのか、はたまたどちらでもないのかは誰も知らないこと。
だが、ヴァーリエのことを考えれば考えるほどに心は嬉しがる。
「彼との会談予定はあっさり組めたけど、正直それどころじゃないよなぁ。とにかく心の整理をしないと街には戻れないし」
見ようとしなくても見えてしまう内側、それはエルフであるからこその性である。
そして精霊騎士団の組長を務めているからこそ心の静けさというものを常に保っている必要がある、それが上に立つ者の宿命だ。
故に心は平常を保っていなければならないのだが、それを解決するには考える必要がある。
ヴァーリエについて……――――
「分からないな、全く分からないことだらけだ。なのに心は揺れてたまま…………ボクの中で何かを求めているような感じ」
長い時間を生きて来た。
だからこそ異端という存在には誰よりも慣れているつもりだ。
エルフは〝ゴールドブロンド〟と呼ばれる、死期を伝える髪色を非常に重要視していることは重々承知している。
エルフ族は黄金の髪を持つ者たちでもあるからこそ、その部分での仲間意識が物凄い。
他種族との交流によって他にも要素はあれど〝ゴールドブロンド〟という髪色を持っているからこそ、エルフ族だと判断されるような感覚に近いと言えばいいのか…………
だが、それ以外の髪色でも何の問題も感じない。
実際に死期が近づくにつれて髪色は変色していく、それこそヴァーリエ・シルバ・スクリームのように〝白銀〟へと変わっていくのだ。
現に国王の髪色は変わり始めている。
「なら、ボクは髪色で判断はしていないな」
客観的に考えて、皆が言う程に髪色で拒絶しているわけではない。
なら髪色ではない部分で彼女を拒絶していることになる。
じゃあ――――どこで?
一緒にいて心が嬉しくなる。
認識すると心が困惑する。
動作するたびに心が焦る。
近くにいるだけで緊張する。
「自分のことなのに気味悪いな、この感覚が」
あと少しで蘇る記憶を思い返す感覚に似ていて、そこまで楽観的に考えられない。
もう既に心の中で答えが出ているのにマクティという存在の中では答えが見つかっていない。
まるで自分が自分ではないかのように考えられているのに、確かに自分だと思えている自分に安堵している気味の悪さと『それでいい』と肯定してくる無意識的に納得する説得。
「まぁ……色々考えたから一周回って冷静になれたしいいか。早く街に帰って、彼が来ることを伝えないといけないなぁ。きっと皆ビックリするだろうなぁ……」
不思議と軽くなった気する腰を上げ、大樹を背に反動をつけて立ち上がる。
その時のマクティの表情はどこか悲しそうに見えた。
物語の終章の始まり




