精霊の力 2
〝セフィロトの樹〟を中心に栄える街並み。
その中でも一際目を引き、注目と憧れの的になる場所である演習場。
そこはただ広い何もない場所であるがエルフ族の要である精霊騎士団が模擬戦闘と訓練をしている様子が見れる、唯一の場所だ。
精霊騎士団の序列として若い衆が〝新選組〟と呼ばれ、武勲はないものの長くいる者たちは騎士団と略称される。そして武勲を立てた者たちの中でも選ばれた者たちは〝幹部組〟と呼ばれている。
幹部組は更に上に座す〝組長〟たちの補佐でもあり、精霊騎士団をまとめる役割を担う中間管理職。
もちろん……――――
「ライズ。私はそんな魔力の使い方を教えたことはないわよ」
「マ、ママ、手加減してよ……」
この崩壊に崩壊を重ねたような荒れ果てた戦いの後、つまり体から力が抜けてしまうほど絶望的なまでに破壊された演習場を魔法で元に戻すのも幹部組の役割なのである。
「それは無理よ、手加減なんてしても学ぶことも強くなることも出来ないのよ? 全く……急に『強くして』なんて言うんだから、一体何を呼び出したの」
彼女の名はヴァーミリオン・イザーミア。
バライグの妻であり、ライズの母。そしてライズの補佐として勤める幹部組の筆頭でもある。
非常に穏やかな性格をしていて、彼女の傍に立っていると思わず眠くなってしまうほどまったりとした空気を醸し出す、母性の塊のような女性である。
だが反面――――――エルフ族の女性の中でも右に出る者がいない〝最強〟でもある。
もしくは〝最凶〟と言ってもいいだろう。
だってそうだろう? いくら修行を頼まれたからと言って演習場の地形を変えてしまうほど激しくしなくてもいいはずだ。
しかも相手は可愛い愛娘。
『戦い』というものに容赦がない彼女の恐ろしさを知る物は少ないが、家族のライズでも体が勝手に後ずさってしまうほどに恐怖を感じてしまう。
現に、力尽きて横たわるライズを見下ろしているヴァーミリオンの瞳には油断も隙も感じさせない威圧感が秘められていた。
「物凄く強い人族……なのかな? あれ。とにかく凄いの。まるで人間の皮を被った化け物だよ」
「とんでもないのが現れたのね…………でも、強制召喚魔法から呼び出した存在が会話出来ただけでマシじゃない? お父さんだって『強い奴が来た』なんて言って一から修行しようとしてたわ。お父さんが気に入ったなんて相当よ?しかも、人族で」
「…………うん、あの人は何か違った。良い人かは分からないけど、私が突然斬りかかっても殺そうとはしなかったから。それに全然怒ってなかったし、殺意もなかった。他とは違うのは確かだよ」
「うふふっ、お母さんも会って見たかったわ。その斬りかかっても怒らない人族に」
会話が一区切りつくと、仰向けに広がるライズに手を伸ばし軽々と立ち上げるヴァーミリオン。
その表情は戦っている時とは全く別のものに変わっており、こちらも微笑んでしまうほどの母親の顔をしていた。
「さっ、お茶でもしながら今日の反省会しよっか」
「うん……あっ、その前に演習場直さないといけないよ。このままだと次の人に怒られちゃう」
「なら待ってるわね?」
「…………ママは直すの苦手だもんね。でも魔力は貸して? もう残ってない」
「いいわよ、一杯上げる! ママはまだまだ沢山余ってるからね」
修復するために土魔法で全体を覆っていく。
強者の二人であるからこそ距離などどうにでもなってしまうが、この演習場はかなりの広さがある。
葯二千人の精霊騎士が全員動き回ったとしても隙間があるくらいだ。本来なら一人では修復は不可能なものだが、ライズとヴァーミリオンの二人ならば…………いや、ヴァーミリオンならばそれが可能になってしまう。
理由は単純に規格外の存在だからである。
本当ならライズも可能だが、今回は模擬戦闘で魔力を使いきってしまった。
だが、万全な状態でも完璧に直すのは厳しい。
それほどのものを笑顔で、それも余裕を感じさせて直してしまえるのがヴァーミリオンだ。
「(やっぱり、ママは凄い……)」
何もしないで長く生きていても成長はない。
〝継続は力なり〟という言葉を体現しているのがエルフ族であり、継続し続けているからこそそれ相応の力を得られるという訳だ。
「ワタシもママくらい強くなれるかな?」
「何言ってるの! 当たり前じゃない! ママたちの全てを受け継いでいくのが子供の役目でもあり目標よ、そして親を超えていくのが子供の最大の成長の証なの。大丈夫よ、ライズ。貴方はしっかり強くなっているわ」
「そう……だよね、うん、頑張るよ。ワタシ」
エルフにしてはまだまだ若い。だが組長という肩書が焦りを生んでしまう。
自分でも分かっているつもり、それでもあくまでも〝つもり〟なのだ。
心の奥から溢れ出る感情は抑える事が出来るはずもない。
だからこその母親という存在。
組長第三席に百歳にも満たない少女が座っていられるのも、背中にとても強大な支えがあるからだ。
「うんうん、それにもう既に魔法ではママを抜いているわ! 誇っていいわよ!」
「いや、ただママが直すが苦手なだけでしょ」
「…………そう言えば、そろそろマクティが帰ってくるころよね? きっと面白い報告が聞けるわよ」
あまりにも分かりやすい話の切り替えし方に、娘ながらも肩を落としてしまう。
だが、
「今日は真面目に会議しないとね、ママ」
今まで一番胸が高鳴っている自分も隠しきれるはずもない。
「えぇ……良い報告が聞けるといいわね」
だだっ広い演習場に静かに響いた声が途切れる。
それは何かを予期してか……どこか身構えてしまっているようにも聞こえた。
ライズらが演習場にいることなど知る由もなく、バライグが一から鍛錬し始めていることなど気に掛けることもなく、自らの補佐であるルフガンが仕事という存在に翻弄されていることなどいざ知らず。
マクティ・アルジヘスは気の抜けた表情で〝セフィロトの樹〟の内部へと足を運んでいた。
通るたびに精霊騎士に挨拶を交わしている姿を見るにどこか機嫌が良いようにも見えるし、どこか楽しそうにも見える。
きっとルフガンと出会った瞬間に、嫌な表情をされてしまうだろう。
「よし、会議室は確保した。あとは皆が来るのを待つだけだな」
〝セフィロトの樹〟一層にある報告板にはしっかりと記しておいた。
あとは近くを通った騎士たちにも「組長と幹部を見つけたら会議室に呼んでくれ」と頼んでおいた。
「ふふっ……あとはビッグニュースを伝えるだけ、皆はどんな表情するかなぁ」
既に二百歳を超えているにも関わらず、未だに少年のような心を持ち続けているマクティ。
だが子供とは比べ物にならないほどの一大事を報告しようとしているからたちが悪い。
もはや、子供のイタズラという範疇を超えてしまっているのだ。
「国王様にはちゃんとしたものを報告するとして、過程と完成を皆で考えないといけないよね」
楽しみ過ぎて体が勝手に揺れてしまっているマクティのメトロノームを止めるように、木製扉をノックする音が会議室に鳴った。
「おう! オレだ、入るぜぇ」
扉越しでも耳を通り抜けていくバライグの声がしたと同時に、扉が開き四名の人物が入ってきた。
「あれ? バライグ?」
「気にすんな……あいつは相変わらず書類に追われてるからよぉ」
「パパ、あんまり押し付けるのはダメだって前から言ってるでしょ?」
「そうよ。ちゃんと自分の仕事はしなくちゃぁ」
「リオン、その言葉はお前の後頭部にも刺さってるぞ」
いつも通りの家族の会話に「あははは」なんて笑っているマクティだったが、隣に腰掛けたルフガンの視線に体が少しずつ縮んでいった。
「マクティ組長? 貴方に笑っていられる暇があるとでも…………?」
「あ、後は任せてよ。ルフガン」
いつも通り、逆に恐ろしいほどにいつも通りである。
〈コールランド〉の平穏を守る精霊騎士団の最上位に位置する者たちの会話には堅苦しさなど微塵もなく、まるで友人たちとの飲み会のようなノリで始まったのだ。
「おい! マクティ! オレの愛娘がさっさと話しを聞きたいんだとよ、しかも珍しくまとも聞こうとしてやがる。しっかりと、一言一句間違えずに解説頼むぜぇ」
「バライグ組長も、ですよね?」
「あ、当たり前だろ!? オレはいつだって真剣に聞いてたぜ?」
「……今日のルフガンは状態が悪いらしい、手短に済ませて休ませた方がいいかな。それじゃ早速なんだけど本題にいかせてもらう……といっても凄く単純なことなんだけどね、明日の朝に彼を強制召喚魔法によってこの場所に召喚するよー」
軽い気持ちが支配していたテンションと場の空気。
正直、真面目に働いていたルフガンは苛立ちを隠せていなかったこの緩んだ雰囲気が、一瞬にして引き締まった。
「…………え? どうしたの?」
「明日?」
「それにもう一回召喚すんのかぁ」
「……楽しみ」
「私も早く会って見たいわ、その人族に」
三者三様……この場合は四者四様だが、反応はそれぞれ。
ただ全員に一致していることがあった。
「まだ明日のことだよ、まだ興奮するのは早いって」
「んだよ! 明日かよ」
「早起きしよ」
「二回目の召喚魔法なら簡単ですし別に早起きしなくてもいいんじゃ……」
「ルフガンちゃん、ライズは少しでも強くなっておきたいのよ。今日だっていっぱい特訓したんだから」
始めのころの緊張感はなく、あの人間に会うこと自体に恐れはない様子のライズとルフガン。
ライズこそ斬りかかっていった勇気があるが、ルフガンに至ってはあの強い輝きに圧倒され茫然としている時間の方が多かった。
「明日が本番になるからね、取りあえず朝には一回ここに集合してくれ。よしっ、今日の会議はこれで終了だけど、何か質問ある人は?」
「特にありません、マクティ組長」
「ワタシも……なし」
「私からもないわ」
「ならオレからも――――と言いたいところだが、質問がある。だから二人にしてくれ」
「あら、そう? なら私たちは退散しましょうか、ライズは特訓の続き、ルフガンちゃんは書類整理の続きね」
ヴァーミリオンが先導して会議室から三人を連れ出してくれる。
「……流石はオレの妻だな」
「確かにね、それで? バライグが勘繰るなんて珍しいじゃないか」
エルフ族の中で生粋の武人であるバライグは、正に真っ向勝負という言葉が相応しい人物であった。
良く言えば正々堂々としている。が、悪く言ってしまえば裏をかくことが出来ない。
故に相手の心を見ずとも他人の感情を見抜いてしまえるのだ。
「お前、何かあっただろ?」
少し、ほんの少しの違和感をバライグの勘が捉えてしまったのだろう。
何百年と一緒にいれば、それこそ心の動きなど見ずに感じとられてしまうのは当たり前のことだ。
「……まぁ、あったよね」
「はぐらかすのは無しだぞ」
「何て言えばいいのかなぁ……自分でも分からないんだよ。あの人間に会いに行った時にヴァーリエ・シルバ・スクリームに出会った――――という人間と一緒に暮らしてたんだけど」
「ッ!!? 一緒に住んでただと? あの〝神聖紋〟を宿した人間と?」
「あぁ、だからかもしれないけど彼女からも似た波動を感じ取った。ボクらが国王様から加護を受けているのと同じようにね」
「つまり何だ? あの人間を呼んだら、ついでにそいつがくっ付いてくるから――――」
「違う。違うんだ……バライグ。そんな簡単なことじゃない……バライグも気を付けておいてくれ、心を揺さぶられるってのが『こう言う事なんだ』って分かる。ボクはそれでぐちゃぐちゃにされた」
「魔法とか、そういう感じでもないってことだよなぁ……そりゃ」
「全く違う。何か、表現が難しいんだけど……――――現実を見失うって感じがしたんだ。バライグもヴァーミリオンも気を付けてくれ」
「分かった」
「それと、ルフガンに言っておいてくれない? ボクは少し休むって」
どこか声が弱々しくなってしまっただろうか?
第一席の組長であるボクの声にも、軽く手を振って答えてくれるバライグの背中が逞しく見える。
「(そうだよな……。ちゃんとこれが正しい……よな?)」
それでも、かき混ぜられた胸の内が治まることはなかった。




