14.ゲームヒロイン佐藤桜ーヒロインサイド3
なっちゃんを場を収める為に叩いてしまった。
私はとりあえずの応急処置として、保健室に急いだ。
「ごめんね、叩いて」
「ううん、私もごめん」
そんな事を保健室の道すがら話す、学祭のステージが盛り上がっていて、廊下は不思議と人が居なかった。
静かな廊下を歩いて保健室に着く。
引き戸を開けると、保健の先生には居なかった。
勝手に冷蔵庫からアイスノンを出して、なっちゃんに付ける。
うまくバンドを止めた。
「本当にごめん、桜。いつも私のせいで」
なっちゃんが私を椅子に座らせて、脱脂綿に消毒液を湿らす。
手際よく私の手を消毒していった。
消毒の痛みが胸に沁みていく。
「なっちゃん。なっちゃんの気持ちは嬉しい。けど、そもそも私はなっちゃんにそこまで思って貰える程じゃないの」
なっちゃんにポツリと胸の内を呟く。
なっちゃんは空気を読んで黙って私の手の治療を続ける。
「あんな風に全てを投げ出してバイオリンだけっていうのはできない。ステージなんか完全に秋人くんに手を引かれてないと出れないくらいだったよね、天上さん。私はあんな風にできない」
なっちゃんの私への治療の手が少し強くなる。
「私はね、バイオリンも好きだし、なっちゃんも好きだし、明くんに友情感じてる。家族だって好きだし。ゴロゴロしたりもしたいし、友達とおしゃべりしたい」
「本来ならそうやって桜みたいにバランス取れてないとおかしいでしょ。だってバイオリンだけやるロボットじゃないんだから」
なっちゃんのもっともな反論に、私は俯く。
私は、私はどうしたいのだろう。
ゲームのヒロインなら迷わない。
乙女ゲーム 『バイオリンの恋人』の主人公は恋にバイオリンに青春に全てをこなすスーパーガールだ。
この世界はだいぶ変わってるけど、多分ゲームの世界私はヒロイン、のはずかな。
だけど、 現実はそううまくはいかない。
練習しなかった分だけ技術というかセンスは後退するし、恋や青春の相手も楽器をやっている。
私はそんな器用な人間じゃなかった。
バイオリン一筋のライバル天上さんには、学生投票でも、天上さん一位で私は二位。負けた。
秋人くんだって、そもそも天上さんの婚約者だ。
天上さんを好きになるだろう。
だってあんなに綺麗で頭も良くてバイオリンも上手くて、そんな人が多少情緒不安定でも許容範囲だろう。多分。
それに性格も結構面白い。
場を収める為に私に菜月ちゃんを叩かせたり、普通考えない。
自分では結構お嬢様として上手くやっているつもりなのだろう。
いやいや、私の手が心配なのは、さっきも表情からダダ漏れだったし。
コンクールで私に勝って、ゲームでのヒロインに勝った台詞言った時も、一瞬傷ついた目をしたし。
秋人くん、ちょっと好きかなと思ったけど。
まあ、あのちょっとズレてる天上さんには秋人くんお似合いだわ。
秋人くん私たちのやりとり見ても普通の顔してたし。ズレてるー。
私は込み上げてくる笑いを抑えきれない。
どうしてもおかしすぎる。
もういいわ。
ファンディスクにあった、留学編目指して頑張ろうかな。
そこで色々経験を積んでイケメンとの恋。
バイオリンの腕も磨く!とね。
イケメンとの二重奏とかいいよねぇ。
教えあって、練習の合間に手が触れたりして………。
「ねえ、もしもし! 桜ってば、俯いたまま百面相やめなよ!」
「えっ!」
気づくとなっちゃんが私を揺さぶっていた。
ガクガクと揺れて、保健室に意識が戻る。
なっちゃんが結構心配そうな顔をしていた。
「ねえ、桜。時々すーぐ何か考えて百面相するのはなんなの」
心配そうな顔からジトッとした目になるなっちゃん。私が妄想に突入した事に気付かれたのかな。
「あは、あはは。いや、ね。一応、コンクールとかで二位も取れるし、留学してあっちで勉強したいなって。うちの姉妹校もあるしさ。色々修行してみようかな」
バイオリンをもっと勉強したいのは本当だ。
天上さんとまではいかなくても、今世ではせっかく好きな音楽ができる。
ステージで「春」を奏でた爽快感はすごかった。
柔らかく温かく聞こえる繊細な音で、私なりの春が表現できたと思う。
バイオリンの腕を磨いて、そこにイケメンがついてきたらいいなぁ、って思うのはそんなに悪い事でもないはずだ。
「ふーん、いいんじゃない? 桜なら補助金出るだろうしね。私は、補助金とまでいかないだろうけど。親がお金だしてくれるし、どこかの楽団員になれるよう頑張ろうかな。もちろん桜に着いてくわ」
なっちゃんは私の話にうんうんと頷く。
ステージ演奏には選ばれなかったけれど、なっちゃんのヴィオラは結構すごい。
なっちゃんの芯を持った強さがヴィオラにもどっしりと出ている。
なっちゃん家はお金持ちだ。留学費用も余裕なんだろう。
何よりなっちゃんが居たら心強い。
私は手当の完了した手でなっちゃんの手をギュッと握る。
手はそこまで傷は深くなかった。これで大丈夫だろう。
あれ、でも。
留学? 明くんを残して?
「なっちゃん、明くんは?」
「えっ? 明くん?」
なっちゃんが私の言葉にボンッと赤くなった。
本当に瞬間的に赤くなってビックリする。
「おー、おい。百合ップル。元気にしてるかー?」
そこに良すぎるタイミングで、保健室の引き戸が開いた。
ひょっこりと明くんが顔を出す。
「気づいたら居なくなってるから。練習室に居た天上さんに聞いたら多分こっちだって。………って取り込み中だったか」
明くんが手を握り合っている私達を見てニヤニヤする。
心配そうな顔もしてたのに、そこからのゲスい顔。
そんな明くんになっちゃんがワタワタと手を振る。
「私のせいで桜にケガさしちゃって。ごめんなさい!」
よほどテンパっているのか、なっちゃんは明くんにも謝っている。
「菜月のほっぺたも腫れてるけどな。なんだなんだ。痴話喧嘩か? まあ、道ならぬ関係もほどほどにな」
「明くん、本当にサイテー」
明くんのゲスな発言に思わず突っ込みを入れる。
「いや、ケガも大した事ないんだろ? 天上さんはなんか心配してるみたいだったけど。いやあ、綺麗な人が心配してる顔が目に保養だった」
「明くんのゲスポイントの積み上げに驚きだよ」
「桜も菜月も可愛い顔してるのにな。百合ップルか。まあ、天上さんとなんかあったんだろ? 」
明くんの鋭い返しに黙る。
明くんはやれやれと軽いため息を吐いた。
「大事になんないように、2人で痴話喧嘩しましたって病院行っとけよ」
明くんの言葉になっちゃんと2人で頷く。
せっかく天上さんが収めてくれたんだ。
私となっちゃんで喧嘩しました、が妥当かな。
私はなっちゃんと手を繋いだまま、顔を見合わせた。
なんかごめんなさい。
と、私も謝ってみる。




