12.それぞれの信じるもの
最後の一音を出し終わり、余韻が広がる。
名残惜しく楽器を下ろした。
辺りは静まり返っている。
弾き終わった。
無事に私は「冬」を弾き終わったのだ。
私の持てる力を出し切って、ミスもなく表現も満足のいく出来だった。
一瞬の後、皆が手を叩く音が私を包む。
あまりの大きさに驚いた。
皆、笑顔で手を叩いている。
桜さんが前の方の席で泣き笑いのような顔で手を叩いている。
え、席?
桜さんがどうしているの?
ここはどこ?
「あら?」
私は首を傾げる。
辺りを見渡すと、ピアノの前で秋人さんが笑顔で拍手していた。
私は学祭のステージの上にいた。
演奏し終わっていた。
いつの間に私は?
「あ、ありがとうございます」
ステージ上で慌てて頭を下げる。
更に拍手が大きくなった。
秋人さんも隣に来て一緒に頭を下げていた。
そして、頭を下げた後、自然に手を出してきたのでバイオリンを渡すと持ってくれた。
器用に片手で持って、もう片手は私の手を握る。
あまりにも自然だったから、されるがままだった。
え、私は男の方と手を握ってるの?
混乱して顔が熱くなってくるのを感じながら、急いでステージを降りる。
よっ、ベストカップル! とかいう誰かの声が後を追った。
もしかして、私と秋人さんの事? なのかしら。
そのまま、私と秋人さんは学祭の演奏の学生投票の結果を聞かずに、とりあえず練習室に直行した。
その間、ずっと秋人さんは私と手を繋いでいた。
繋いだ手が緊張からくる汗でじんわりする。
繋いでいる秋人さんの顔も横顔が赤かった。
+++++
「お疲れ様。薫子さんの演奏素晴らしかった」
練習室に着くと、秋人さんが真っ先にそう言った。
言った後に、真っ赤になって顔を手であおいでいる。
「ありがとうございます。秋人さんの伴奏も弾きやすくて助かりましたわ」
対する私も多分顔は真っ赤だろう。
男の人と手を繋ぐのは初めての経験だ。
「僕もありがとう。後、そんなに照れないで。最近ずっと握ってたんだし」
「あら、秋人さんのお顔も真っ赤よ」
「う、うん。それはそうだけど」
2人で挙動不審にモジモジしてしまう。
また、私はちょっと頭がおかしくなっていた最近の事を覚えていた。
なおさら照れてしまう。
いくら、バイオリンに悩んでいたからって、我を忘れて男の方に寄りかかりきりになっていたなんて。
恥ずかしい。
そして、そんな私を支えてくれていた秋人さんの気持ちが嬉しかった。
「本当に今回の事、ありがとうございました」
改めてお礼を言うと、秋人さんはまだ顔が赤いながらも首を振った。
「ううん。僕はずっと薫子さんといられて嬉しかったよ。薫子さんに電話で嫌われてしまったかと思ったけれど」
「ごめんなさい」
「謝らないで。その後、練習に打ち込む薫子さんはずっと僕を受け入れてくれていた」
ふふっ、と軽く秋人さんが爽やかに笑う。
穏やかで心が安らぐ笑顔だった。
「僕は自分が今時の高校生にしてはズレているな、と思ってはいたんだ。婚約者を追って転校するし。伴奏の為だけにピアノやってるし。しつこくて薫子さんに嫌われるかと思ってた」
秋人さんが、練習室の壁に視線をやる。
………そんな風に思っていたなんて。
「そんな事言ったら私も相当ズレてますわ」
「そんな事ない。薫子さんは可愛くて綺麗で、バイオリンを弾いてる時は最高にかっこよくて」
秋人さんが真っ直ぐな視線を私に戻した。
心臓がどくどくとうるさい。
秋人さんの言葉が、私の全体を響かせる。
「薫子さんのやりたい事、応援するから。大好きな人のやりたい事、応援する。当たり前だよね。会社経営はなんとか頑張るから。薫子さんは薫子さんでいて」
秋人さんの言葉に、とうとう涙が溢れてきた。
感情がいっぱいになって溢れてしまったのか。
秋人さんは、こんな私を色々な感情でいっぱいにしてくれる。
溢れてる感情を伝えなくては、私から零れてしまう。
「私も秋人さんが………」
バタン!
突然、練習室のドアが開いた。
驚いて秋人さんと2人してドアを振り返る。
そこには、目を釣り上げた菜月さんが居た。
手にはカッターを両手で強く握りしめている。
「この昭和の夫婦が! ヒロインの桜を傷つけるなんて許さない! 桜よりあんたが上なんて我慢できない! 桜が幸せになるの!」
カッターが鋭くきらめいた。




