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 歩きづらい地面は旧石器時代の名残をそのまま残しているらしく、暗さも相まって意識を常に向けていなければ転ぶ未来が目に浮かぶ。擦れ違うのがやっとという狭さの回廊をひたすら歩き続け、ジェノは喉の渇きに唾を飲み込む。

 

 暑い。

 等間隔に壁に埋め込まれているランプの灯りは頼りなく、前後に人がいなければ怖くて進めなかっただろう。

 大昔に誰がなんの目的でこんな回廊作ったのかな?

 所々広くなったり狭くなったりしているものの、頑丈そうで手入れされている印象も受ける。


 「13本目の角だったかな? 12か? えーとあと1時間で着くんで、皆さん頑張って歩きましょーねー」


 「げっ」


 「まだそんなにあんのかよ、どんだけ歩かせんだおい! あっついわ」


 「まあまあまあまあまあ、あと1時間10分くらいなんで」


 「増えてんじゃねーか!」


 ニヤつきながら先を歩くヒョウンと苛立つクラウンが何度目かの言い争いを始め、ジェノはまだ一時間以上もあるのかと項垂れた。

 あつい・・・暑い、あついあつい、あつ・・・


 「あっつい!!」


 「うおっ、どうしたジェノ」


 「にゃんにゃんご乱心ですか?」


 「サウナか此処はっ、干からびるわ! み~ずぅ~、あっつい!」

 

 むわっとする熱気に頭を振ると、後方からゴッデスが竹筒の水筒を寄こしてくれる。「火山に近づいて行ってますからね」としれっと答えたヒョウンは壁面の土壁をコツコツとノックした。

 カルシェンツの側近執事であるべリオンの一番の部下を自称する男、ヒョウン・ガウン。以前少しだけ会っただけだが、強く印象に残っている謎多き男である。


 「マグマを間近で見てみたくないですか? 綺麗ですよねー。赤とオレンジが光ってて、デートスポットによさそうじゃないです? 恋も燃え上がりそうですよねー」


 「燃え尽きて灰になって最後には冷えて固まるわ」


 「お! 最後には一体化するという事ですか。クラウンさんお上手」


 「座布団一枚っす!」


 「うっせ」


 入学試験終わりに突如会いに来たヒョウンは、ニタニタと含みのある笑みを浮かべて「付いてきてほしいです」と告げた。まさかこの場所にこのタイミングで現れるとは思わず驚きを隠せなかったジェノは、言われるままのこのこ後に続いた。

 

 ゴッデスと合流した後ヒョウンの案内で学園島の町中にあるレトロな集合住宅の一室の、床の隠し扉を潜る。真っすぐに伸びた階段をひたすら下り、地下深くの回廊へとたどり着いたのだ。


 そのうち徐々に異常な熱を感じるようになり、むせ返るような熱気に包まれる。火山に近づいているというのは事実だろう。なんの目的で訪れたのか何処へ行こうとしているのか、いまだ何もわかっていない。


 「そもそも地下にあるこの道を回廊って言えるの? 建物に付随している廊下っぽいのに使うんじゃ?」


 「そうですよー。だから昔は建物もあったんです。現在は埋もれてしまってますがね」


 「え?」


 「地底栄国(ちていえいこく)の名残ってやつだな」


 地底栄国。

 聞き覚えのある単語に頭の中の教科書を探る。

 人間がまだ野蛮に狩りをして生計を立てていた時代、地底人は既に文明を築き高度な社会を形成していた。地底に住み上に出てくる事が少なかった彼等とは長らく接触がなかった人類だったが、三百年程前に大きい戦争が起こり、壊滅的な被害に遭ったという。


 「地底栄国って本当にあったのか・・・ 入っちゃって大丈夫なんですか? 彼等の領土なんじゃ」


 「大丈夫です多分。王子様が大丈夫って言ってたんで」


 「ああ、そういや外交みたいな事してたなあいつ」


 「長い長い回廊を上手く繋ぐように各所に手を加えて、気の遠くなる抜け道を創り上げました。まだ未完成なんで更に広がっていきますよ~」


 戦争の実態は武器も装備も兵器も雲泥の差があり一方的な殺戮だったのだが、そもそも人間側が地底栄国の繁栄を羨み侵略しようとした結果の為、地底人を悪者にしずらい。

 不可侵条約を結んで現在は微妙な距離感を保ちつつ、虎の尾を踏まない様にしているのだとか。


 「火山灰~かざーんばい~ 火山倍々火山灰! 火山売買、火山ばーい! 強烈な熱さによってつい天才的な火山の詩が降りてきちゃうっすね~、最高っす!」

 

 あーあついしうるさいしあっついしあつい!

 地下だと思うと酸素も薄く感じ、思考力も落ちてくる。暑すぎる。

 このまま進んで行ったら干からびて死ぬんじゃないか? マジでヤバいぞ。

 

 「蒸し焼きにされそうな黒にゃんにゃんに朗報~、そろそろ熱いの消えると思いますよ」

 

 「え?」


 その言葉の直後、唸るような熱が嘘のように無くなった。ひんやりとした空気が流れていた汗を冷やし、涼しいを通り越して寒いくらいだ。

 

 「えっ!?」

 

 「なるほどな」


 すぐさま上着を羽織るジェノの前で、クラウンが納得した様子で頷いた。

 



 「・・・は」

 目の前に広がる光景に乾いた声が漏れる。

 墨を塗りたくったように黒々とした物体に視界を遮られ、ジェノは思わず一歩退がった。階段を上がってきたゴッデスに肩を支えられ、ようやく出てこれた外の景色へもう一度目を向ける。

 これ、樹か?


 光を一切反射しない黒い物の形は紛れもなく植物で、見渡す限りの森全体が黒色と化していた。根も幹も枝も草も全てが黒、黒、黒。墨よりも黒い樹の形をした物体。


 「なにこれ」

 黒一色の森など見たことも聞いたことも無いが、その奥に聳え立つ人工的な建築物には見覚えがあった。


 「カルシェンツの城・・・だよね。あれ」

 懐かしささえ覚える親友の城のような馬鹿デカい屋敷。夜逃げ騒動直前まで楽しく遊んでいた思い出の場所だ。

 しかし、ジェノの記憶にこんな色の森は存在しなかった。


 「触っちゃダメだぞ」

 クラウンに手を引かれ、停車している馬車へ乗り込む。窓に映るどの木々も真っ黒だ。

 ――これは異様だ。

 しかし異様な光景であるはずなのに、クラウンもゴッデスも特に何も言葉を発さない。おかしい。色々おかしい。いや、そもそも・・・

 

 「学園島からカルシェンツの屋敷まで2時間っておかしいよね」


 カルシェンツ宅のある王都から島へ渡る港までは最低でも馬車で1日半は要する。徒歩2時間はどう考えてもあり得ない。カルシェンツの屋敷が幻なのか、ジェノの認識している地理がおかしいのか。


 「あれは魔法の回廊なんですよー。王子様渾身の転移魔具がそこかしこに仕掛けられてるんです。あ、これほんの一部の者しか知らない情報なんで、他言無用でお願いしまーす」


 「マジっすか!? 転移魔具開発成功してたんすか? やっべ」


 「ほーうそこかしこにねぇ。途中で分かれ道や階段をいくつも見かけたが、随分色んな場所へ抜けられるようだな・・・他国への不法侵入も簡単にできちまうなぁ? いいのかねぇ、こいつは国際問題だぜ?」


 「いやだなクラウンさん、お宅の所もやってる事でしょう? そちらの反則的な移動魔法と比べたら可愛いものですよ。うちは別大陸の王室の金庫に侵入口を繋げて財宝も国費も全て強奪するなんて恐ろしい事しないですもん・・・ね?」


 「はっ、なんの話かわかんねぇな」


 「ははっ、いつ自室に侵入されて寝首をかかれるかわからないんでこの辺にしておきます」


 にこやかに会話するヒョウンとクラウンの目は全く笑っていなかった。

 え、何か物騒な話してる。なになに何なの? ヒョウンさんの冗談? それとも・・・


 「転移出来る距離や回数に限度があるんで2時間も歩かせちゃいましたけど、道補正して乗り物用意すればもっと楽になりますよ」


 「僕転移魔法って初めて体験しました。あんまり実感なかったけど凄い便利ですね!」


 「んー?」


 少し興奮した様子のジェノの言葉にヒョウンは目を眇め、常に上がっている口角を更に吊上げた。


 「・・・そうなんですかぁ? モーズリスト家なら転移魔法を頻繁に使用してるかと思っ」


 「ゴホンッ! あ、あーそうっすよねジェノ氏! 初めてでビックリしたっすよね! 初体験なんてドキドキっすよね。初体験って言葉の響きがそもそも素晴らしいっていうか、テンション上がるっていうか!

ジェノ氏の口から聞くと尚更興奮してくガハッ!」


 クラウンの尖ったブーツがゴッデスの顎に突き刺さる。


 「黙ってろゴッデス」


 「ごひゃ、ゴべンバザイっす兄貴っ」


 「確かにね。黒にゃんにゃんが初体験って言うの興奮ちゃいますよねー。あ、ちょっと言ってもらってもいいですか? 『ぼくぅ、初体験しちゃったぁ』って、うおっ危ね!」


 「チッ」


 寸前のところで蹴りを回避したヒョウンは走る馬車の窓から屋根へと俊敏な動きで移動し、「暴力はんたーい」と楽し気に笑ってそのまま戻ってこない。

 

 通常よりも広いとはいえ馬車内で足技を使うのはどうかと思うが、彼らの発言にジェノもイラっときたのでゴッデスに一発チュップをお見舞いしておいた。

 そうこうしている内に外壁を通過し、半年以上振りに親友の家の敷居を跨ぐ。


 「正直エンジェル舐めてたわ。予想以上に開発が進みすぎてるものあれだが、情報を得られてないのがしてやられてんな」


 「油断してたっすね。気を引き締めないと足元すくわれかねないっすよ」


 馬車を降りて案内されるまま屋敷の裏口から室内に入る。表の玄関と違って妙に入り組んだ造りの廊下は蔦が蔓延り、鬱蒼としている。

 すっきりとした小綺麗なお屋敷っていう印象だったけど、裏口側はこんな風になってたんだ・・・へぇ~。


 「チッ、転移系はたとえ偶然でも発現させられるような代物じゃねえんだぞ。それを制限があるとはいえ量産して尚且つ実践出来るレベルとは・・・化け物かよ。こりゃ監視強化確定事項だな」


 「いや~、モーズリスト家と敵対なんてありえませんよ? 今後も仲良くしていきたいんですからそんな警戒しないで下さい。こうして転移魔法を晒したのだって其方に隠し事する気はないという意思表示ですし」


 「敵じゃないのが救いっすね~・・・お互いに」


 「ははっ、そうですね~」


 ・・・?

 大人たちの遣り取りに不穏な空気と妙な腹の探り合いの雰囲気を感じつつ、面倒臭そうなのでジェノはスルーする。なんか知らない方がよさそうだな。お腹すいてきた、カツ丼食べたい。


 「つかこのタイミングで俺たちに接触してきたのはどういう了見だ? ・・・敵対行為ともとれるが」


 クラウンの言葉で周囲の温度が急激に下がった。蔦を引っ張っていたジェノも思わず振り返り身構えてしまうくらいに空気が張りつめている。薄く笑みを浮かべているが、その眼は一切笑っていない。

 クラウンを笑顔で見つめるヒョウンの眼も笑っていない。ジェノは一歩距離をとった。

 

 もしかして本格的に仲悪い? 2人ともニコニコしてるからわかりにくいんだよな。

 そんな中ゴッデスは蔦を引きちぎってヒュンヒュン回し、「いい楽器ゲットっす!」とご満悦だ。

 こいつはどうでもいい。

 

 「今回皆さんに接触したのは完全に俺の単独行為で、王子様は一切知らない事です。あ、こちらへどーぞぉ」


 「――っは、単独ねぇ」


 不意に開いた隠し扉の奥へと進んで行くヒョウン。明るい光が漏れる通路を睨みつけたまま舌打ちしたクラウンは、ジェノの頭を優しく撫でてから後へ続いた。

 

 

 

 温かい暖炉にトナカイの首が飾られたレンガの壁。どこか山小屋チックな部屋に通された3人はソファに並んで座り、出されたエクレアとココアに一息ついた。


 「夕飯は直ぐにお持ちしますんで、お待ちください。あと皆さんは裏から秘密裏にお通ししてるんで、他の使用人に認知されていません。その為見つかるとややこしい事になっちゃいます」


 「えっ」


 「そんな事だろうと思ったぜ。お前以外の使用人が迎えに来てねぇからな」


 「この部屋って表向きには存在してない事になってるっすよね? 以前見た見取り図に載ってなかったっす。あと隠し扉潜る時微量っすけど魔力を感じたっす。転移したと仮定して、此処は屋敷の中ではない可能性もあるっすよね」


 なんか急にゴッデスが頭良さげな事言い出した。誰だお前。


 「魔力は漏れないように完全に遮断しているはずなんですが・・・モーズリスト家の方々の眼を胡麻化すのはやっぱり無理ですか、流石です。此処は屋敷の4階にあるんですよ。以前メロス様のお話を聞いて『エレベーター』なるものを作れないかと試行錯誤していた時期がありましてね。まぁ今の段階では4階のこの部屋にしか通じていませんが、上手くいけば各階に一瞬で行けるようになるかと」


 暖炉をかき混ぜながら喋るヒョウンは「そろそろ本題に移りましょうか」と目を細めた。

 ローテーブルを挟んだ向かい側に腰かけ、じっと此方を見つめてくる。爬虫類を思わせる目に温度はなく、淡々と観察されている様子に居心地の悪さを感じた。


 「王子様に内緒で黒にゃんにゃんに接触してるんで後で自分は殺される事間違いないんですけど、どうしてもこのまま何もしない訳にはいかなかったんで約束を破りました。・・・黒にゃんにゃんはどこまでご存知です? そのうち説明しておくって話でしたが」


 「約束って何ですか? カルシェンツと僕は会っちゃいけないって事ですか?」


 「ジェノにはまだ何も伝えていない。落ち着いてきたら折を見て説明していいとメロスから言われてはいる」


 「ほう、それはクラウンさんの判断で打ち明けていいという事ですね」


 「そうだ」


 「えっ、じゃあ教えてよ! 僕何にも聞いてないしいい加減振り回されるのうんざりなんだけど!」


 クラウンの肩を揺さぶると「そうだなぁ」と両目を瞑り、小さく頷かれた。


 「そもそもの発端は、ヴェジニア王室並びに王族全体を狙った他国からの糞みたいな攻撃が原因だ」


 ずっと隠されていた事柄をようやく教えてもらえる状況に、ジェノは笑顔になる。

 コクコク頷いて先を促すジェノの頭をくしゃりと撫で、クラウンは可愛い顔を微妙に歪ませた。


 「規模が馬鹿デカい厄介な攻撃だったんだが、そのほぼ9割がカルシェンツ王子に集中してな」


 「っ!?」


 「まぁ優秀過ぎる次期王を狙ったわけだが・・・近くに居たらジェノを危険に晒すから全て始末するまで距離を置くとエンジェルが自ら宣言したんだ」


 「他国からのカルシェンツへの攻撃って・・・他国から暗殺者が侵入してきて大丈夫なの!?」


 不安気な表情のジェノに「暗殺者程度ならまだマシだったんすけどねー」とゴッデスが笑う。


 「王都には他国に名を轟かせる程の有能な騎士団が常駐していますからね。物理攻撃への対策なら困らなかったんですが、今回は手も足も出ない領域で仕掛けてきやがったんで、正直国王陛下もお手上げだったんですよ」


 「どういうことですか?」


 「最低でも3ヵ国が結託して王都転覆を狙った・・・それも禁忌とされる呪術、『影呪鬼(えいじゅき)』を用いてね」


 呪術・・・?

 その言葉に脳裏にある光景が浮かんだ。夜逃げの最中に何者かに追われ、モーズリスト家の面々は変な黒い影と戦っていた。幽霊なのかと聞いたジェノに、オババ様は『アレに情けは無用。心置きなく消滅してくれるわ』と答えた。


 あの黒い影が呪術によって生み出された産物だとして、それが9割もカルシェンツを狙って放たれたとしたら・・・


 「カルシェンツが死んじゃうじゃん!」


 「そうなんですよねー、規模が余りにも大きすぎて捌ききれなかったですし、いやーマジ王都どころか国の2/3の土地が死滅するところでしたよー。あっぶな」


 「いやいやそんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ!」


 立ち上がって抗議する少女に周りの大人たちは落ち着くように宥めてくる。


 「呪術なんてやろうと思ってすぐできる代物じゃない。今回の規模のモノを考えれば怨念や恨みの念を数十年間集めに集めて、100人は超える能力者がその身の力を振り絞った筈だ。つまり、敵対する数ヵ国が手を取り合ってヴェジニアを再起不能にする為死力を注いだ攻撃だった」


 「影呪鬼は使用者にも容赦なく襲いかかってくる禁術っす。それをわかっていながら生み出したんすから、それだけ恨みや妬みが強かったって事っすね」


 「術者だって殆ど副作用で死ぬような禁術をまさか選ぶとは想定してなかったんですよね。そこまでして潰そうとしてきた執念と怨念・・・どんだけ恨まれてるんだって話ですよ」


 民間ではなく国主導で行ったと思われる大規模な呪術は副作用も凄まじく、今頃は向こう側に死の霧が充満しているだろうとクラウンは朗らかな雰囲気で微笑む。

 昔は大陸中で多くの戦争があったし今でも恨み辛みは燻っている事だろう。今更そこを考えても仕方がない。打開策が無ければこのまま呪いが国中に広まってしまう。

 

 「えっと、物凄く強力な呪術を使われたんだよね? ・・・でも、ヴェジニアにそんな被害なくない?」


 話を聞いて強力なモノだった事は理解した。数十年かけて騎士団でもどうしようもない攻撃を仕掛けてきた事も。しかし旅の道中それほど被害を受けているようにはジェノには感じられなかった。


 近くの森が真っ黒になっているのは呪いの影響を受けたからだろうけど、2/3の国土を死滅させる程とは到底思えない。現にジェノが夜逃げした後でもカルシェンツは生きているし、王家の人間か死んだとも聞かない。それともこれから悪い事が降りかかるのか?

 

 「奴らの最大の誤算は、ヴェジニアにモーズリスト家がいた事です」


 ジェノの疑問に、静かに答えが返される。


 「まさかあれだけの大規模な呪術を消滅させられる力を持つ者達が、この世に存在するとは微塵も考えていなかったでしょうからね。逆に可哀想で同情してしまいますよ」


 「おいおい、敵に同情してどうすんだ」


 「だって頑張ったと思いますよーあの規模。敵さんも自信満々だったでしょうし」


 「モーズリスト家が?」


 「憎くて憎くて数十年掛けてありったけの憎悪を集めて国民も土地も貴重な能力者も全てを犠牲にして用意した術が、あっさり消された挙句なんとしても殺害したかった第3王子並びに王族全員ピンピンしてるし、ヴェジニアに戦争の口実を与えてしまったしで、あちら側には滅亡の道しか残されていません。まっ、自業自得ですが」


 「あっさりじゃねぇよ。こっちは夜逃げまがいの事する羽目になってかれこれ半年屋敷に帰れてないんだぞ。ったく呪いなんて厄介なものに手を出しやがって・・・ まぁ狙いは良かったがな」


 「あなた方がいなければヴェジニアは終わっていましたからね、本当に危なかった」


 「モーズリスト家が・・・?」


 詳しくモーズリスト家がどう関わったのか聞こうとしたジェノだったが、「話は変わりますが」とヒョウンにココアのお代わりを注がれた。


 「黒にゃんにゃんの事が異常なまでに大好きなうちの気持ち悪い王子様がもう限界をとっくに超えていましてね? それはもう酷い状態なわけです」


 「は?」


 「気持ち悪さに更に磨きがかかり、平気で犯罪行為に手を染めています。権力で塗り潰していますから問題にはなりませんが・・・アレの精神面は最初からアレでしたが悪化の一途を辿り、もう後戻りできないでしょう。今後アレが王位を継いだらこの国ヤバくね? って思いますが、面白そうなので別にそれはいいんです。それで王子様はどうでもいいんですが、一番近くにいて最大の被害を被っている我が至高の上司であるべリオン様が可哀想で可哀想で!」


 「あー・・・はい」


 「困っているベリオン様を見るのもゾクゾクして楽しいんですが、王子様の無茶振りにそろそろ温厚で心優しいベリオン様が狂ってしまいそうで・・・狂気を宿したその姿も見たいんですがね~、出来れば私の手であの方を壊してみた・・・いえ、なんとしてもお救いしたいな、と」


 「今私の手で壊してみたいって」


 「なんの事です? あぁ~助けてくれないかなー、黒にゃんにゃんに会えさえすれば荒んだ王子様も一瞬で更生するんだけどなぁ~、親友想いの可愛い子が会いに来てくれれば一発なのになぁ~」


 めっちゃ棒読みでお願いされた。

 つまりベリオンさんがカルシェンツの我儘で大変な目に遭っていて、僕に会えばカルシェンツの崩壊した精神が戻るから再会してくれってことだな。

 

 ふむ。

 チラりとクラウンを伺うと、ゆっくりとパイプを咥え優雅な所作で煙を吐き出してから「会いたいんだろ?」と促された。


 「会いに行ってもいいの?」


 「ジェノには何も説明もしないで連れ回して苦労を掛け続けたからな」


 「例の呪術は既に残り香程度しか残ってないしほぼほぼ安全になったっすから、許可が下りると思うっすよ」


 「やった!」


 はしゃぐ少女と微笑ましく見守る2人の元に豪華な夕飯が運ばれてきて、3人は取り敢えずお腹を満たした。



 

 いやに紅く発光する月明りに照らされながら、眼下に見える頼りない木の板と水面を凝視する。体重をかけると不安を煽るように軋む音を奏でる吊り橋に、ジェノは数センチ浮きながら魔法が使えて良かったと胸を撫で下ろした。

 おっさんに盛大にキレといてなんだけど、使いこなせればやっぱり魔法って便利だし良いもんなんだよね。


 「あっそうそう、婚約の話が活発化しているの知ってますか? 今回の大規模呪殺攻撃によって現王の危機意識が高くなっちゃって、第3王子に今すぐ正式な婚約者を用意するって動き出したんですけど」


 「えっ?」


 「1ヶ月前にそんな話聞いたな。女達のエンジェル争奪戦争だろ?」


 「何それ!? 僕知らないんだけど!?」


 食事を終えて休憩後、王城へ向かうため近道だという古くてボロボロな吊橋を渡っている最中に、ヒョウンから爆弾を落とされた。

 カルシェンツが王城にいると聞いた時点で嫌な予感がしていたが、これから向かうのは『第3王子の婚約者の座争奪戦パーティー』の現場だという。

 おいおいおい、嘘だろ? ちょっと待ってくれよ。そんな所へ行ってどうしろって言うんだよ。てか1ヶ月前から始まってるの!?


 「ジェノ氏も参加して婚約者になっちゃえばいいんすよ! 楽勝じゃないっすか!」


 「突き落とすぞゴッデス」


 「ひぃ! 過激発言ゾクゾクするっす~」


 民に呪術の事は知らされていないが、貴族内では知れ渡っている。いつまた命を狙われるかわかったもんじゃないカルシェンツ。これを機に第3王子の婚約者を確定させて早めに赤子を作ってらおうと、国王や宰相がやる気を出してしまったようだ。


 「そんな・・・」


 「年頃の娘を売り込む者が他国からも後を絶ちません。勿論国王が厳選してますがだんだん候補が多くなって、現在は特定の施設に選出した候補者を集めて最高の花嫁を選別中なんです。超ウケル」


 「カルシェンツは、なんて言ってるの? 結婚してもいいって?」


 カルシェンツは婚約者問題なんかは興味なく、基本的にどうでもいいと考えていたはずだ。どんなに現王が勧める女性がいても、本人が首を縦に振らなければ成立しないと言っていた。

 

 「王子自身が預かり知らぬ所で始動した話ですが、特に断る理由がなければ受けてしまうかもしれないですよー。色々と自棄になっている状態の今、どうでもいいからこそ適当に頷いてしまう可能性があります」


 「んで、競わせて5人まで絞ったところで最終的に本人に選んでもらうらしいぞ。今現在もその過激な花嫁の座争奪競争が王城近くのホールで行われている最中なんだとよ」


 「えぇ~、なにそれ」」


 昔小説で王子様の嫁になる為に城に赴きライバル達を押しのけて知恵と愛嬌で奮闘する恋愛ものを読んだことがあるが、それが実際に起こっているというのか? 妃を選ぶのにそんな方法をとった歴史が一度もないはずの国で、いきなりそんな女性たちの熾烈なサバイバルが繰り広げられていると?


 まず家柄の良いお嬢様達が選出され、自薦や推薦で集められた候補者達を一か所で生活させ、一週間毎に振るいに掛けていく。週末に脱落者が発表される非情で過酷なシステムなのだと笑いながら説明された。


 「落選して帰宅を告げられた子達が泣き叫びながら引きずられて行くのが超面白いんですよねー。『カルシェンツ様を私が一番愛しているのにー』って! あはははっマジ傑作だわ!」


 吊橋の中央で膝を叩いて爆笑しているヒョウンによって足元が大きく揺れた。

 浮ける僕は怖くないけど危ないぞ。てかこの橋長すぎだわ。


 「一度も会った事ない小娘が愛してるとか・・・くくっ、あっはははははっ! あの王子様の何を知ってるって言うんだよって感じですよね全く。しかもその選別に一切王子本人は関与してないってのがまたウケる」


 カルシェンツはこの件に興味の欠片もないのかもしれないが、この企画を許諾したという事実に、ジェノはショックで浮いている足が震えた。つまり、婚約者を決めてもいいとカルシェンツが思ったという事。ジェノの知らない所で始まっていたサバイバルに、胸がギュッと締め付けられる。

 どうしよう、カルシェンツが結婚しちゃう。どうしたら・・・


 「まぁ王子様が誰を娶ろうとどうでもいいんですよ。ベリオン様に平穏な日々さえ戻ればそれで。黒にゃんにゃんに再会して他が目に入らなくなればどうせ『誰も興味ない』とか言って切って捨てる未来が視えますしね。壮大で無意味な茶番でしたってオチになるんじゃないですか?」


 悶々と考え事をしていたジェノの耳にヒョウンのセリフは届いていない。恋する少女の心は焦りと困惑とズキズキ痛む心臓でいっぱいいっぱいだった。


 「とにかく、黒にゃんにゃんが王子様にベリオン様に優しくするよう言ってもらえれば万事解決なんで、その後俺が殺されても本望なんで、よろしくお願いしますね」


 「う、うん・・・でも、あの」


 「それ余計にベリオン氏冷遇さるんじゃないっすかね? エンジェル氏嫉妬で狂いそー」


 渡りきった所で正面を見ると、開けた森の向こうにライトアップされた王城が見えた。その周囲の建物のどれかに、カルシェンツの将来のお嫁さんがいる。

 握りしめられたジェノの拳に自然と力が入るのを、クラウンは隣で感じていた。

 

 ジェノが一言『結婚しないで』と言えばホイホイ言うこと聞くだろとこの場にいる全員が思っていたが、当の本人は何故か悲痛な面持ちで悩んでいる。

 面白いので誰も助言してあげない状況は続き、一行はそのまま王城へと到着した。


 「んじゃ早速王城へ不法侵入しましょうかね」

 何でもない事の様にヒョウンが言い、聳える壁に手を触れた所で、遠くから悲鳴が聞こえた。


 「アヤメ館で人が刺されたぞ! 誰か騎士を呼んでくれ――!」

 「急げっ! 急患だ」

 「誰が刺された? 候補者か!?」


 慌ただしく走り去っていく男達。その背を呑気に見つめてゴッデスが「アヤメ館って婚約者選別会場っすよね?」と呟いた。


 「事件が起きたっぽいですねー、まぁ王子様は城の方に居ると思うんで気にせず行きま」


 「行かなきゃ!」


 「え!? ちょっ――」


 走り出したジェノに戸惑う声が上がるが、振り返る事なく先ほどの男達の後を追いかけた。カルシェンツには会いたいが今は会うのが辛い。候補者の女の子たちを見るのも嫌なのだが、ジェノの足は想い人から逃げる様に地を蹴っていた。

 

 「王子様の心と頭はあんなに親友の事でいっぱいなのに、他を優先されるなんて不憫ですね」


 「ジェノ氏足速っ!」


 「エンジェルの優先度が低いのか、ショックで会いたくないのか。どちらにしてもエンジェル不憫だな」


 不憫な王子様は一先ず置いておき、3人はジェノの後を追いかける。先を走っていた男たちを追い抜きすでに事件現場である建物に到着していた少女の横に並んだ。


 犯行現場は王城南西に位置するアヤメ館の門前。厳しい婚約者レースに残れず脱落した令嬢を送り出す為に見送りに来て、勝ち誇った笑みを浮かべて令嬢達が「残念でしたわね」と嫌味を言っている最中に事件は起こった。


 令嬢を迎えに来た従者の男が突然刃物を出し残留組の少女達に切りかかったらしい。既に取り押さえられた犯人の男は連行されたそうで、その場には流血騒動を目撃して震えている令嬢達とそれを宥めている世話役の使用人と騎士の姿があるのみだった。


 「慕っていた令嬢が落とされた怒りと歪んだ忠誠心が、ライバル令嬢達に切りかかった動機なんだと。傷者にすれば婚約者候補から外れて自分の所のお嬢様が選ばれるって考えたらしい」


 「うっわ」


 高い煉瓦塀に覆われた施設は防犯に優れていそうだが、アーチ状の門を超えた場所で起こってしまえば防ぎ様がなく、煌びやかなドレスを纏った見目麗しい10人程の少女達は身を寄せ合って震えている。

 傷を負った子は勿論、目撃した女の子達には大きなトラウマになっただろうし、目に見える部分に傷が残ったら確かに将来的に婚約する際障害になるかもしれない。


 卑劣な事をしやがって。

 眉根に皺を寄せたジェノは建物内に戻ろうとして行く令嬢達に視線をむけ――

 次の瞬間走り出した。


 グキンッ

 「きゃっ!」


 雲から顔を出した月に反射した何かが宙に舞い、金属音が後ろで響く。

 勢いよく振り上げた右足はか細い少女の手をあらぬ方向へと曲げさせ、振り下ろされるはずだったナイフを弾き飛ばしていた。


 「きゃぁああ」

 「何だ!?」


 悲鳴が木霊する中手首を押さえて倒れる少女から目を離さずに、背にかばったもう一人の令嬢に声を掛ける。


 「大丈夫?」


 「は、はい!」


 またもや流血沙汰が起こる寸前で未然に防ぐ事に成功したジェノは、「物騒過ぎるぞ此処」と溜息を吐いた。

 事態を把握した騎士が倒れた少女を拘束し、すぐに事態の収束にかかった。


 「君たち、大丈夫かね!」


 「手加減出来なかったので彼女の手首折れたと思います。先に手当してあげて下さい」


 「あ、ああ、わかった」


 痛みで泣きじゃくる少女が何故こんな危険な事をしたのかわからないが、あまりにも殺伐とした障害事件の連発に、カルシェンツの婚約者候補を選ぶ事はこんなにも恐ろしい状況を生むのかと冷や汗が止まらない。

 こっわぁ、僕絶対これに参加したくないわ。無理無理無理。


 「ジ、ジェノ様!」


 恐ろしさに首を振っていると後ろから鈴の音の様な声に名を呼ばれた。


 「ん?」


 「こんな所でジェノ様にお会いできるなんてっ・・・それに身を挺して守っていただけるなんて! 感動で上手く言葉が出てきませんわっ」


 「え・・・」


 華奢な体を震わせ潤んだ瞳で見つめてくる少女は先ほどジェノが守った被害者の子で、うっとりとした表情で雪の様に白い頬を桃色に染めている。


 「二度も私のピンチに颯爽と現れお救い下さる・・・やはりジェノ様は運命の殿方、私のヒーローなのですわ!」


 「レミアーヌちゃん!?」


 「はい、レミアーヌです! ジェノ様、大好きです!」


 「うおっ」


 感極まって抱き着いてきた少女は紛れもなくレミアーヌ・ブロンディス嬢。ジェノに好意を寄せお見合の場を設けたこともある超絶美少女だった。

 何でレミアーヌちゃんが此処に!? ・・・あ、そっかカルシェンツの婚約者候補か。


 「ジェノ様に会いたくて会いたくて会いたくて、でもいつも迷惑をかけてはいけないと我慢しておりました。手紙を書いては心を鎮めようと言い聞かせてでも会いたくて想いが募って・・・っ、ここ半年ほど、お手紙が届けられずに戻って来てしまって、返事もないので心配しておりました。私が鬱陶しいという理由ならまだいいのですが、もしジェノ様の身に何かあったのなら、と。ご無事だったのですね、本当に良かったです」


 涙声で告げられ、肩口で震える彼女をそっと腕の中に収める。

 ずっと定期的に手紙をくれていた少女に申し訳ない事をしたなと優しく背を撫でると、更に頬が朱色に染まり、「ぁ、ずっと・・・ずっと、お慕いしております」と可愛らしい呟きを寄こされた。

 なにこれ超可愛い。柔らかいし良い匂いがする。女の子っていいな。


 国王の推薦を受けてこの場に居るレミアーヌは婚約者候補筆頭なのだが、呑気に頭をポンポンするジェノに彼女は蕩けきった視線を向ける。

 クリーム色の柔らかい髪に驚くほど長い睫毛と大きい瞳。小ぶりな鼻と吸い寄せられそうな淡い唇がバランスよく配置された顔は、近くで見れば見る程美少女だ。


 こりゃどんな男も一瞬でイチコロだろ―― あ?

 門の方が騒がしくなり視線を上げると、大きな馬車が停車していた。派手な装飾と王家の紋章が施された馬車に周囲の視線は集まっていたが、ジェノの黒い瞳はふらりと降りてきた金色のローブの人物に注がれていた。


 頭から足元まで金色の布でスッポリと覆い、黄金の仮面を装着している姿はあまりにも目立つはずだ。しかし、誰もその者に注目しない。視線すら向けない。

 事件が起こった後にこんな怪しさMAXの奴が来たってのに何で・・・いや、違う。皆こいつが見えてないんだ!


 「・・・っろ」

 ぞわりと全身を鳥肌が襲うのと、その金色から声が発せられるのは同時だった。


 「っ! ・・・ぁれろっ!」


 「え?」


 レミアーヌちゃんが腕の中で身を捩るようにして振り返った。

 

 「――っぁぁあああああぁあっがあ!」


 馬車に注目していた者達も何事かと振り返る。しかしやはり見えてないのか、全員キョロキョロと見渡していた。

 突如叫び出した金色に驚いてジェノは後退る。


 ドクン・・・ドクン

 己の心臓の音が、異様に耳に響く。体全体の血が熱く沸騰するのがわかった。

 ゆらりとゆらりと身体を大きく傾けながら近づいてくる謎の人物に狂気を感じるのと同時に、どこが浮足立つ自分がいる。


 あ・・・。

 ドクンッ

 

 「ジェノ様?」


 ああ・・・こいつ。この金色――。


 「っ、カルシェ」


 「わたしのジェノくんにさわるなあああぁあ゛あああああ゛あぁあぁああ゛あ゛!」


 ズルリ・・・

 ローブの中から、巨大なハ(・)サ(・)ミ(・)が抜き放たれた。


お読みくださり、ありがとうございました。

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