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 試験会場の候補である闘技場が現在補習授業で使われているとの事で、急遽試験を受ける事になってしまったジェノは、待合室での待機を命じられていた。あと数分で空くらしいのでお茶を飲んで待っていると、クラウンが静かに声を掛けてくる。

 

 「ジェノはさぁ、何でカルの事好きなんだ?」


 「は?」


 あまりの唐突さに目を丸くする。

 待合室には保護者代理のクラウンと2人っきりで、他の者たちは出払っていた。


 「顔が良いからか? 金もめっちゃ持ってるだろうけど、ジェノはそんなもん興味ないだろ?」

 

 「いやいや急になんだし」


 「いやな? それ以外に何か好きになる要素があったのかなーって・・・単に疑問」


 心底不思議そうにアイスバーを齧るクラウンにからかいの色はなく、気になったから聞いたという雰囲気だ。ジェノは小さく唸る。


 「性格に惹かれたとか?」


 「あんな変質者タイプの性格に惹かれるか。僕そんな悪趣味じゃないよ」


 「だよな」


 「顔も綺麗過ぎるっていうか・・・好みじゃないかな」


 「ジェノはガチムチ系がタイプだしな」


 否定出来ない。


 「小さい頃は神林に直ぐ懐いてマリーテアを怖がってたって聞いたし、昔から体格いいのが好きだろ」


 「え、そうなの? 覚えてないや」


 「マリーテアがどうというわけじゃなくて女(・)の(・)人(・)全般を怖がってたって―― ああいや、すまん。これは忘れてくれ」


 女の人を?


 「話が逸れたな、悪い。全くタイプじゃないのにカルに惹かれたのは何か要因があるんじゃないかと思ってな」


 んん、好きになる要因? そんな事言われたってな・・・

 じっと見つめてくるクラウンに眉間に皺を寄せて首を傾げた。

 人を好きになるのに、そんな明確な理由が必要なのか? 気付いたら恋に落ちていたとかよく聞くけど。


 「たとえば運命的なものを感じたとか、既視感を覚えるとか」


 「ふむ?」


 「誰かに好きになるよう強く言われたとか」


 「ん?」


 妙に突っ込んで聞いてくるクラウンに「誰かって誰?」と逆に問うと、遠くに目をやった彼は「ベリオンとか?」と小さく笑いながら呟いた。

 ベリオンさん? 何でベリオンさん?


 「特にそんなの言われた事ないけど」


 「そうか。言われた事はないか」


 微笑みを浮かべて視線を宙に投げる様子に胸がモヤモヤする。

 え、なんなの?

 それ以降は違う話題を振られ、「闘技場が空きました」と講師が迎えに来たところで手を振って送り出された。

 

 なんだったんだろ・・・もう、試験に集中しなくちゃいけないのに、クラウンめ。

 遠目から見てると告げたクラウンに疑念を抱いたまま、ジェノは白い階段を上って行った。 

 


 「ったく、やっかいな存在だな」

 

 ため息を付く少女の背を眺め、クラウンはゆっくりと目を細める。

 ここにはいない人物へ向けられた苛立ちで、その綺麗な顔は歪んだ。




 とんがり帽子の様に狭まっていく天井付近には、白と青と黄色を基調としたステンドグラスが渦を巻くように装飾されている。

 真っ白なタイルがステンドガラスから差し込む光を淡く映し、彩られている。

 タイル張りの台座を中心に囲んだ円形の会場は、闘技場というよりも神殿を思わせる装飾だ。


 綺麗だな。

 中央で天を仰いでいたジェノは、響いた咳払いに観客席に座る6人の試験官の顔を順に視界に入れた。


 「それでは、魔法学科中途編入試験を始めさせて頂きます。 ――お名前は?」


 ふわりと産毛が立つのを感じ、笑みが漏れる。


 「ジェノ・モーズリストです。よろしくお願いします」


 広い空間に一人で佇み、注目されている状況に気持ちが昂ぶってくる。緊張はなく、高揚感がジェノを包んでいた。

 いつもより調子がいいかも。

 ふとそんな予感がした。


 「建物全体に防御魔法が施されておりますので、存分に持てる力を発揮して下さい。万が一傷が付きましても自動的に修復されますから、心配ご無用です」


 そう説明したものの今までそんな事態は一度たりとも起こった試しはなく、簡易な説明を終えた女性スタッフは緊張感なく淡々と席に着いた。

 ジェノの様子を見る試験の目は期待6割疑念4割と言ったところだ。


 「それでは、始めてください」


 腕は身体の横に自然に垂らしたまま、中指を微かに動かした。

 すると、目の前に空気の塊が発生する。

 ジェノにしか視認出来ていない10cmに満たない透明な塊はゆっくりと渦を巻き、向こう側の景色をゆっくりと歪めていった。


 「・・・?」


 観客席からは一切動かず何もしないジェノに疑問の声が上がり始めるが、ジェノは少しずつ大きさを増す空気の圧に意識を集中させる。

 今回の試験は特に指示が出ていない。一人ひとり属性や使える能力が異なる為、自由に披露して言いと告げられているのだ。


 単純な攻撃魔法ではなく防御に適した魔法や精神的要素を持つ魔法の可能性もある為、試験内容の指定は難しいのだろう。

  圧縮に圧縮を重ねるイメージでゆっくりじっくり捏ねる。練りこむように混ぜて重ねて厚くして・・・重く、おもく・・・よし。


 ――さあ、やろうか。


 「いきます」


 真っ直ぐに前を見据えて言葉を発したジェノの眼に何かを感じ取ったのか、若い試験官が机上の防具魔具を触った。

 作り上げた空気の玉が頭上高く跳ね上がり、陽を取り込む天窓と舞台の丁度真ん中で停止する。


 小さな空気の塊は自転を始め——  空間を歪めた。


 「なっ!?」

 「こ、これは!」


 キュイィィイイイイイッ

 驚愕の声が上がるも、耳を劈くような異様な音に掻き消され、ジェノの元に届かない。それどころか巻き起こった爆風に聴力のみならず視力も奪われ、咄嗟に腕で顔をガードしてしまう。


 キイイイィイィイ―――ィン

 

 「きゃあ!」

 「ななななんだ!なんだこれは!?」

 「おいどうなってるんだこの風はなんっ、ぅぐ」

 「先生! カツラが・・・あっ」

 

 ゴゴゴゴッ ゴ

 左上から硝子の割れる音と何かが細かく砕かれる音が聞こえ、ジェノは暴風の中頭上を見上げた。

 

 「からだがっ・・・浮く!」

 「何故だ!? 防御壁は作動しているのだろう?」

 「そのはずなんですが・・・うっわ」

 「椅子がっ、宙に!」

 「あああぁぁあああ、私のカツラがぁ」


 先程まで厳かな輝きを放っていた美しいステンド硝子が砕かれる様子が視界の端に映り、軽い小物や備品、観客席に設置された取り外し可能な座椅子が飛んでくる。

 あれ、防御魔法が施されてるんじゃ? あ、髪の毛・・・カツラか。

 怪我をさせないように、飛ばさないようにと試験官達を見やると、そこでは阿鼻叫喚が木霊していた。


 「うわああわっぁっぁあ」

 「浮くっうく浮く―― ぐぅ、重い!」

 「あわわわわわ」


 どんなに破壊しても大丈夫だと言われた。だからちょっと派手な魔法を使っても許されるだろうと踏んで、必殺技候補の魔法を披露してみた結果――


 「・・・やりすぎた?」


 「髪がー! 私の髪がー」

 「ガラスと椅子が飛んでいますよ見てください! 魔法、そう! これこそが魔法! なんという威力っ、これこそが私の求めていた魔法! だっ」

 「頭に血が上るぅう・・・」


 大パニックだ。

 暴風はジェノの頭上に吸い込まれるように吹いており、その一点に向かってに飛んできていた物は次々と積み重なって巨大な団子状になって浮いている。

 

 「えっと、とりあえず止めた方がいいのかな」

  空気を霧散させるイメージをするとあっけなく停止に成功し、風は止んだ。

 魔力の波が完全に落ち着いたのを確認して一息つく。

 

 常時冷静に対応していたジェノだったが、思いのほか酷い有様になった闘技場を見渡して冷や汗が止まらない。

 全力でいいと言われたから使用したが、思った以上に大惨事になって戸惑いを隠せない。

 建物全体に防御魔法掛かってるって言ってなかった? 言ってたよね? ガラスとか割れたけどそういうものなの? 

 

 「い、今のは・・・」

 「おさまった?」

 「うう・・・ぅ」


  正直言えばもっと威力を出そうと思えば出せたのだが、試験官の面々の取り乱し方に驚いて途中でストップしてしまった。

 ジェノとしては不完全燃焼だ。


 「ななんなんなななっ」

 「柱が・・・硝子が石像が・・・」

 「ううう、頭がクラクラするんじゃが」

 「い、今のが、まほう。なんと強力な」

 「それ以外になにがあると言うのです! なんという大魔法! 素晴らしい、素晴らしいですよ!」

 「こんなっ、こんな!」


 もう少し落ち着くまで待とうかな。まだまだ見てもらいたい技あるし。

 床に散らばった硝子やコンクリートの欠片を全て魔法で端っこに寄せ集めて積み上げておき、とりあえず綺麗にした所でようやく立ち直ってきた試験官に声を掛けられた。


 「モーズリスト君、今のは一体ど、どういう」

 「数々の風魔法を見てきたが、ここまでの威力のものは初めて見たよ! 感激だよ」

 「はて? 風属性ではなかったと認識していたのだが・・・いやしかし」

 「ぐっ・・・やりすぎじゃないかね。私の髪が飛んで—— あっいや、抜けてしまったよ! わ、私の地毛が!」

 「検査結果では風属性ではなく無属性でした。もう一度検査をやり直したほうがよろしいのでは」

 「2属性なのかもしれないよ。なんたって腕輪が3つ鳴ったんじゃから」

 「すすすすっすすすすっごい! すっごいよ! やはり魔力量が飛びぬけて多いのが関係しているのですかね!?」


 なんか皆テンションが高い。

 怒っているおじさんもいるが目を輝かせている人が多く、あまり文句は言われなかった。

 強い風が吹いた事で風属性だと勘違いされてしまったが、ジェノの属性は無属性だ。

 

 何故あんなに風が吹くのか、それはわからない。使用者だからってわからない事はある。むしろ魔法はわからない事だらけだ。だからこそ此処へ学びに来たのだから。

 それよりさっき2属性かもって言ってた? 2属性使える人って存在するの?

 

 「さあ皆さん、落ち着きましょう。モーズリストさん、説明をお願いできますか?」


 「あっはい、えっと、僕は重力を操る魔法が使えるんですが、その重力の起点を空中の一点に設定すると、そこへ物質が一直線に集まっていきます」

 

 「ふむ?」


 「つまり下に落ちている石ころも、空中に更に強い重力を作るとそっちに落ちるというか上がるというか・・・このように吸い込まれるように飛びます」


 「石が浮いた!」


 「風が吹く理由はわかりませんが、重力を一点に集中する事で何らかの予期せぬ力が働いているんじゃないかと思われます・・・多分」

 

 「ほうほう、まあ言わんとしている事はなんとなくわかるよ」

 

 たどたどしい説明でなんとか試験官達に伝えられた。詳しい原理は謎だが、『魔法は不思議なものだから』でだいたい皆納得してくれる。便利な言葉だ。

 

 ジェノとしては四方から吸い込まれていく様に見えるこの魔法は、ちょっとブラックホールを彷彿させるところが格好くて気に入っている。

 広範囲魔法の威力を実感しながら、一つ操作を間違えるとケガでは済まない大惨事になる事をしっかり頭に留めておく。 

 

 最初何気なく思いついて試した時は大変な目に遭ったもんな。

 重力が強ぎた為に自分自身も中心部に取り込まれ、横から箪笥と本棚が飛んできた時の恐怖は、今思い出しても身震いしてしまう。

 重力の調整と緻密な範囲選択を覚え習得した今ならば重い物は残して軽い物のみ飛ばせるが、その時は考えつかずに危うく圧死するところだった。


 思い付きで魔法は使わないと胆に銘じた出来事だ。

 実はその時部屋に忍んでいた2名が必死に柱に掴まりながらジェノを救うべく奮闘していたのだが、彼らの頑張りはいつもながら表に出る事はなかった。

 

 「えっと、じゃあ他にも見せた方がい」


 「何事ですか今の音は!」

 

 お得意の空中浮遊でも披露しようかと思った矢先、会場の扉が大声と共に開け放たれた。


 「何かが割れる音が聞こえたが・・・なんだこの状況は!?」

 「ショルダー殿? 何故ここに?」


 立派に割れた顎に鎧に包まれていても判る体格の良さ。突然の大男の出現に、ジェノは集めた魔力を引っ込める。


 「わざわざ足を運んでみれば一体これは何の騒ぎだ! 轟音が聞こえたぞ、誰だ硝子を割ったのはっ」

 「何をしに参られたのですショルダー先生? 魔法学科への訪問の申請はなかったはずですが」


 銀のフルプレートは胸部が通常の物より大きく突き出し肩や腿ががっしりとした構造で、重そうな印象を受けるが、男の歩みは意外にも速い。


 「案内の者はどうしたんじゃ? 魔法学科の敷地内は不用意に歩いてはならんと知っておろう。危険行為じゃ」

 「ふんっ、そんな者がいなくとも此処まで何も起こらなかった。いい加減な事を言って脅すのはやめろ! 魔法はそれほど大層な代物ではない」

 

 ジェノが甲冑を繁々と眺めていると、偉そうに顎鬚を撫でる男は鋭い視線を年老いた講師へと向け、小馬鹿にする様に鼻を鳴らした。

 なんか急にフルプレートのおっさんが乱入してきたな、誰これ。


 「いきなり現れてまたそのような物言い・・・今は重要な試験の真っ最中ですので出て行ってもらえますか」


 「試験だと? はっ、何の試験だ」


 訝しむ男が試験管から舞台の上に立つジェノへと視線を移し、凶悪そうな面を更に顰める。

 眉毛のよく動くゴツイ顔が迫ってきた。

 

 「ふん、お前の試験か?」


 「そうです」


 「ふんっ、なんのだ」


 ふんふんうるせーな、なんだこいつ。


 「編入試験です」


 「ふん! なにが編入だ、魔法の試験などくだらん」


 「は?」


 「ちょっ、生徒に絡むのは止めてください!」


 止める声など意に介さずズンズン近づいてくる男は舞台の下まで来ると腰の剣を撫でた。


 「魔法を使えるから自分が特別だとでも思っているのか? 周囲に持て囃されて勘違いしてるのだろうがな、この学園に入ったらそうはいかないぞ」


 「はあ」


 とにかく態度と上からの物言いが偉そうで癇に障り、ジェノの対応も雑になっていく。


 「魔法のような役に立たんものに大金を注ぎ込む政策に異議を唱える者は多い。すぐに学科の規模を縮小し、いずれは閉鎖されるだろう。施設も資金も本来そうあるべき、有意義な使い方をされる事となる」


 「有意義?」


 「名門の我が学園内でも優秀な者達しか配属されない特待クラスさ! 学歴、家柄、全てが抜きん出た学園の顔とも言える生徒達にこそ大金は使われるべきだ。何故魔力などという解明されてない不可解なモノを宿しているだけの知力も財力も武力もない貴様らなどが無条件でちやほやされる? 声を大にして言おう、今のこの国の方針は間違っている!」


 「もうお帰り下さい! 今は試験中なのです。無作法ですよ」


 「はっ! 魔法の試験など単なるお遊びだろう。無駄な力を何の努力もなく適当に披露して国から高額な学費を免除されるなど・・・ましてや大金を支給されるなど許されていいはずがない。他の努力して目標に近づこうと切磋琢磨している人間達を見て恥ずかしいと思わないのかね、全く」


 「・・・は?」


 暑苦しく弁を垂れる男を黙って観察していたジェノだったが、容認できない発言に漏れる息が震えた。頭の血がスゥっと冷える。

 

 「本来なら我が学園は高貴な身の上の、更に頭脳と才能を持ち合わせた至高の者が集う場所。くだらない役立たずな力しか持たない下民のお前らが息をしていい場所じゃないんだ」


 「言わせておけば!」


 「身分や学歴ばかり鼻にかけてっ・・・いい加減にして下さい!」


 「何だ、文句でもあるのか? 事実だろう? お宅らのしょぼい生徒と我が特待クラスの優秀な生徒に模擬戦でもやらせようか。魔法を存分に使ってもらって構わんぞ? お遊びで魔法を使っているお前らとは鍛え方が違うからな!」


 「お遊びなどと、よくもそんな!」


 ゆっくりとジェノは瞳を閉じ、腹の底で揺蕩う波を感じ取る。

 落ち着け、のまれるな。

 

 「じょうろから出る程度の水しか出せない者はホースで撒く位には成長したか? 紙に一文字念写するのに5分かけてた奴もいたよな? 微かな煙を地面から立ち昇らせるのは何の役に立つのだろうな・・・誰か私に教えてくれないか?」


 「ぐっ、いずれは皆立派な魔法使いに」


 「ふはははっ、立派なね! おいおい、ゴミを磨いてもそれは結局ゴミのままだろう。目を逸らさず現実を見ろ」

 

 「取り消して下さい! 生徒を馬鹿にするのは許せませんっ」


 「ほう、許せんか。ならばどうする? なんなら我々で今から試合でも行おうか。魔法を存分に使用もらって構わんぞ、其方が勝ったら謝罪してもいいがな」


 「そ・・・それは」


 「ふん、さっきの威勢はどうした」


 このおっさんはきっと貴族で、魔法科の講師陣の中には平民以上の出の者はいないから、ここまで不遜な態度で好き勝手言えるんだろう。


 「マッチ棒よりも弱い火が出せる程度で補助金が出て遊んで暮らせるなど笑わせる! 下賤な身分の癖にいっちょ前に貴族と並んだつもりか・・・反吐がでるわっ」

 

 なるほど、存在は知っていたが間近で見たのは初めてだ。これが魔法至上主義反対派ってやつか。平民の魔法使いにデカい顔されて面白くない貴族。わかりやすい対立だ。

 

 まあ、大して役に立たない微妙な魔法しか使えない魔力持ちを優遇する必要はないって考えは、全くわからないってわけじゃない。魔法使いというだけで貰える特典が多いのも事実だし、一度も魔法が発動しなかった男が魔力持ちというだけで遊んで一生を終えた事例もある。

 

 ただ・・・

 こいつは間違った事を言った。

 言っちゃいけない事を、僕の前で言った。


 「ねぇ、おっさん」


 「将来有望な特待クラスに資金を回した方が如何に有意義な使い道か上に直訴して——  あ?」


 「僕と勝負しようよ、おっさん」


 ジェノはニッコリと微笑んだ。

 無邪気で軽やかな声音で、楽しそうに紡がれる。


 「何を言って」


 「僕は自分の魔法にちょぴり自信があるんだ。おっさんは役に立たないって扱下ろすけど、そんな事もないんだよ? おっさんと対戦したらきっと圧勝しちゃう位には有能だし、実用的だと思うな」


 「子供がバカな事を言いおって。それより貴様さっきからおっさんって」


 「恐いのか?」


 「なに?」


 「あはは、そんなはずないよね・・・ ねぇ?」


 夜を思わせるどこまでも黒い髪から覗く漆黒の瞳が、男を静かに見据える。

 明るい室内だというのにその黒々とした目に見つめられた瞬間、男は周囲が陰った様な、暗がりに迷い込んだ様な奇妙な感覚に襲われた。


 目の前に居るのは幼さの残る子供。しかし、何故か視線を逸らすことも不用意に動くことも出来ない。

 ただただ浮かべられた笑顔に、胸中に不安な感覚が渦巻き、呼吸が浅くなった。


 「・・・っ、はあ・・・はっ」


 「どうしたの?」


 先ほどの威勢と打って変わって静かになったショルダーに、試験管数人はジェノが何かやったのではと視線を寄こしたが、実際の所魔法の類は一切使用していない。

 これはジェノ本人も気が付いていないが、たんにショルダーがジェノの発した闘気に気圧されただけである。


 「ほらやろうよ。おっさんの甲冑凄く機能性のいいやつみたいだし、戦うの好きでしょ? じゃなきゃそんな恰好でうろつかないよね」


 「ふんっ、子供と戦う程落ちぶれてはいな」


 「まさか大して役に立たない魔法しか使えない子供に負けるのが怖いの? あぁやっぱりそのフルプレートは見掛け倒しかな? 外見や態度だけ大きく見せてれば貴族って肩書だけで周りはビビッて持て囃してくれるもんね。実力がなくても身分が高いと優遇されていいよね、努力もせず遊んでいるだけで偉ぶれて羨ましいなぁ。・・・実力がないのはどっちかな?」


 散々言い放っていたセリフをそっくり返された男は頭に血を登らせた。普段馬鹿にしている魔力持ちの人間に貶され、貴族としても武人としても許せるラインを遥かに超えている。


 「貴様っ、無礼にも程がある! 私の事を何も知らない奴がふざけ——」


 「あんたも魔法の事を何も知らないだろうが!」


 激高した男は、しかし怒鳴り返したジェノに言葉を詰まらせた。

 張りつめた空気に思わず反射的に剣の柄に手を掛けたが、ジェノは気にせずに一歩距離を詰めて言い募る。


 「どれだけの時間を費やして制御出来るようになったと思ってるんだ・・・急に暴走する魔力と向き合うのにどんだけ神経すり減らすかあんたは知らないだろう! 暴走した己の魔力に殺された人だって過去に大勢いるんだぞ!? 皆必死で習得してんだよ、死と隣り合わせでなっ!」


 試験管達は一様に俯き、強く目を閉じる者もいた。

 おそらく全員最低一度は死を覚悟した経験があるのだろう。

 ジェノだって無人島での荒療治の際に発動した時と、箪笥と本棚に押しつぶされかけた時で既に2回は死にかけている。ナイフを飛ばすのだって天高く飛ぶのだって一歩間違えれば命はない。


 魔力を持って生まれた者は優遇されるし将来を見込まれお給金だって多く貰える。その事に最初は魔法が使えてラッキー程度にしか思わなかった。周りからは羨望の眼差しを向けられるし、『おめでとう』『神に選ばれし者』『人生の勝ち組』そんな風に言われる度、天狗になっていく者もいる。


 ジェノだって他の人とは違うんだという特別感を嬉しく思った事はある。

 魔法を使える者は凄い。まさに何の苦労もなく生きていける——


 その認識が大きな間違いだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。


 「寝ている最中に勝手に発動して床が抜けた時はビックリしたなぁ・・・少し興奮するだけで大事故だ。夢を操作なんて出来ないし、あんなのどうすりゃいいんだよ」


 ポツリと零したジェノに近くにいたお姉さんは同情の眼差しを向ける。

 昔から定期的に見る夢は刺激が強く、誰かに追いかけられる怖い夢を見た時なんかは夢の中だけじゃなく現実でも危機に晒された。


「上昇を続けて降りれなかった時はこのまま宇宙まで行ってしまうんじゃないかって怖かった」

 

 扱いきれない力に振り回され不慮の事故で命を落す者が少なからず居るのが現実だ。

 例え小さく何の意味をなさない魔法しか使えなくとも、突然暴発して大怪我を負うリスクはある。


 「僕が死にかけながら身に着けた魔法を味わっていきなよ。制御された魔法は馬鹿に出来ないって思わせてあげるからさ」

 

 学園があるお陰で未熟な子供達は安全な環境で魔法と向き合うことが出来るのだ。この場をなくされるなんてたまったものではない。

 僕も一応貴族の端くれだし貴族を本気で馬鹿にしたりしてないけど、ここまで煽ればのってくれるだろ。


 「ふんっ! いいだろう・・・子供だからと容赦はせんぞ、貴様との試合を受けよう!」


 まんまと煽られた男ショルダーと、静かに怒るジェノの戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 


 

 「怒ってるな」

 「ええ、珍しく怒ってますね」

 「無理もない。私だってムカついたもの」

 

 天使の彫刻が壁一面に彫られた神聖さを覚える空間に、ショルダーは闘気を漲らせている。成り行きで居合わせた子供と試合を行う事となったが、手加減をしようなどとは微塵も考えていない様子が見て取れた。


 「遊びで魔法を使う、か・・・死にたいんですかね」

 「実際に被害に遭ってない人間にはわからないんだよ、どんなに恐ろしい事態になるか」


 特に強大な魔力を保持しているジェノの苦労は人一倍で、実際忍びながら護衛に奮闘している2人がいなければ当の昔に命はなかった。廃病院でコントロールの修行を行なった事で最近は大怪我に繋がる暴発が極端に減ったが、ここまで自在に扱えるようになるまでにどれほどの恐怖を味わった事か・・・。

 ジェノの努力を一番間近で見てきた忍達はご立腹だ。外に漏らさないように静かに憤りを滾らせる。


 「ねぇ半兵殿、あいつに満蔵お得意の矢をぶち込んでもいいですか?」

 「満蔵はノーコンなんだからいつもみたいに当たらない様にすぐ傍を狙った方がいい。その方が急所に刺さる可能性が高い」

 「なるほどなるほど、あの腹の立つゴリラ顔に命中させたいですね。・・・あ」

 「そうだな、甲冑着てるから顔がいい、ん? どうし―― っ!」


 真顔で淡々と物騒な会話をする満蔵と半兵は、とある一点を見つめて顔を強張らせた。


 「あいつ、いつからいました? 満蔵気が付きませんでした」

 「嘘でしょ、なんで」


 ジェノの身を護る為常に警戒を怠らない2人の見つめる先、そこには人(・)形(・)がポツリと座っていた。

 正面扉の近くの椅子に何気なく腰かけている金髪の人形を凝視し、背筋が凍る。


 距離はあるものの、この空間に存在する人物をはじめ設置物や装飾にも目を光らせていた2人の忍びは断言できた。

 この場に入った瞬間と途中まで、絶対にあの人形は置かれてなかった—― と。


 「おいおいこれで6回目だぞ」

 「厳重に箱にしまってたはずですよね?」

 「ホラーだよ、ホラー以外のなにものでもないよ。あいつ回収したくないんだけどぉ」

 「そもそも荷馬車に積んでいたからこの島にあるはずが・・・放置して帰りましょうか」

 「無駄じゃない? 後ろから追いかけてくる気がするもん。エンジェル様のように」

 「ひぃ~ 満蔵怖くてトイレ行けなくなっちゃいます」

 「しかし満蔵並みに気配がないとは、あの人形やりおるな」

 「うわ、キャラ被りの危機じゃないですか。満蔵のポジションを狙うとは許せませんねー」

 

 廃病院を出る前にジェノに届けられた精巧な『カルシェンツ人形』は、旅の途中で不意に在りもしない場所に置かれている事が頻繁にあり、使用人たちの悩みの種となっていた。どんなに奥にしまっても気が付くと床に落ちていたりする。


 「ジェノ様はアレの異様さに気が付いてないから、後でこっそり回収しておこう」

 「怖がりだから絶対バレない様にしませんとジェノ殿が発狂してしまいます・・・ エンジェル殿の呪いか、はたまた生霊でも宿っているのか」

 「送り主の執拗で歪んだ愛が動かしてる説に一票!」


 捨てたり壊したら世紀のストーカー様の怨念が降りかかりそうな予感がして、日々手を出せないでいた。

 ジェノの近くに出没する事の多い恐怖の人形は、綺麗な黄緑色の瞳でただじっと舞台の方を見つめている。

 

 「・・・と、とにかく矢で狙うのはジェノ様が圧勝して、心を折られた奴が泣きながら小便を漏らしてジェノ様が見ていられないと視線を逸らした瞬間がいいかな」

 「了解しました。ふふ、満蔵の腕の見せ所ですね~」


 物騒な計画を軽い返事で了承したところで一旦話を切り、忍達は速やかに壁面の像を足場に上へと移動していった。

 下の者達が気付く事はない。


 

 「ふんっ、後悔してももう遅いぞ小童」

 目上の者に対する態度がなっていない生意気で無礼な子供を徹底的に躾け直さなければと、ショルダーは自慢の剣を鞘から抜き構える。

 

 魔力があるだけで無能な人間を何人も見てきた。圧倒的な実力で格の違いをわからせてやる。目にも止まらぬスピードで勝負を決めてやるとほくそ笑んでいるショルダーは、周囲に立つ講師陣が可哀想な眼で自分を眺めている事に気付かない。


 「無様に泣き喚くといい!」


 「始め!」の合図が耳に届いた瞬間に走り出し―—


 ゴガンッ


 「ぐぎゃ!」


 無様な悲鳴と共に巨大なフルプレートが床に沈んだ。


 「・・・・・・」


 「・・・・・・え?」


 意気揚々と踏み出した一歩目で真っ白なタイルに倒れた男は動かない。


 「う・・・ぐむっ、ぅ」

 「あ、え? あれ?」

 「し、ショルダー先生?」

 

 くぐもった苦し気な息と微かに震えながら地面に伏せている様子に、見守っていた講師陣から戸惑いの声が上がる。


 「フルプレートとか見た目は格好良いけど、僕からしたら絶好の獲物だわ」

 

 冷めた笑みを浮かべて近づいてくるジェノは、ふわりと宙を散歩する様に軽やかにショルダーの真上を通り過ぎた。


 「ただでさえ重いのに、更に重力加わったら立ってられるわけないよね」


 ステンドガラスの淡い光の中でクルクルと楽し気に回るその様は、まるで妖精を思わせるほど可憐だが、這いつくばって手足をバタつかせている男は上を見ることすら出来ない。


 「良い剣だよね、それ。ちょっと貸してよ」


 「がっ!」


 右手首に強い衝撃と負荷がかかり、思わず握っていた剣を手放してしまう。すると、ひとりでに剣が昇っていきジェノの小さな掌に収まった。

 

 「なっ、くそ! 返せっ」


 「取り返せばいいじゃない。ここまでおいでよ、立てるものならね」


 圧倒的な実力で泣かすはずだった子供に悪態を付くしかできない状況に、頭はパニックだ。必死に事態を飲み込もうとするも、動かない体と同様に思考は全く働いてくれない。

 文字通り手も足も出ないとはこの事だった。


 「ぅぐぐ・・・くそっ、動けん! っ卑怯だぞ貴様ぁ!」


 「・・・は?」


 卑怯? 何が卑怯?


 「動けなくするなんて卑怯だ! 貴様、正々堂々と戦えっ、くそ」

 ショルダーの叫びに舞台下で見守っていた講師陣はポカンとした表情で呆れ返り、ジェノは眉を顰めて首をコキリと鳴らした。

 

 「魔法を使われていても勝てると豪語してたよな? どこが卑怯なんだよ、おっさん。」


 「ぐ、こんな・・・こんな重くする魔法など聞いたことがない! ただでさえ私は甲冑を装着しているんだ! フェアじゃない、卑怯ではないかクソガ——」


 「ああ゛!?」


 「ヒッ」


 ジェノの怒気に小さな悲鳴をあげて地面に頬を張り付かせているショルダーは、その後もバカの一つ覚えの様に不満を喚き続けた。

 おいおいこんなのが学園の講師なのか? こいつの指導を受けなきゃいけない生徒が可哀想だ。このまま地面にめり込ませ続けてやろうか・・・いや。


 「負け犬の遠吠えを聞いてあげるよ。僕は優しいからね、ほら」


 「うおっ・・・おも、くない? ・・・ふ、ふんっこの私にこんな無礼な事をして許される思っているのか! 私は王城に勤める程優秀な騎士の知人が大勢いるのだぞ、魔法がち、ちょっと使えるからといって調子に」


 「うわーそりゃすごいやーちょーこわーいたいへんだー、ぼくは王子様の親友しかいないやーやばいなー・・・告げ口されない様にその煩い口を封じないとなぁ」


 「は? 何をバカな事を」


 「飛べよ」


 次の瞬間、男の大きな体はボールの様に跳ね上がった。


 「ああぁぁぁぁぁぁぁあああぁああぎゃやああああああああっ!」

 

 夕陽を取り込むステンド硝子が美しい色彩を放つ中、天井擦れ擦れに銀の甲冑が浮遊している。


 「おお!?」

 「飛んだ!」


 高さ的に4階以上はゆうに超えている天井を、皆仰ぐように眺めていた。

 

 「ああああ!・・・あ、あ・・・ひああぁたすけっ、ぁすけてくれえぇええええ」

 

 突然自分の意思とは関係なしに飛ばされたショルダーはジタバタと手足をバタつかせ、悲痛な叫び声を上げた。しかし反響して下にいる者達は内容を聞き取れない。

 まあ助けを求めてるんだろうけど。

 

 「あぁあぁああっ、はあっはあっはっ、はっ ひっ」

 

 揺れる身体とぶらつく足元の不安定さは、いつ落ちてもおかしくない。その恐怖に支配された男は呼吸すらも怪しく、余裕など一切なくなった。ただただ悲鳴をあげる事しか出来ないその様子に、ジェノは仏心を出して男を降ろしてあげる事にした。

 

 まだ悪態を付くようなら急降下させてまた上げてのエンドレスコースも考えてたんだけど、本気でヤバそうだからもういいや。


 「重力をここまで自在に操れるなんて凄いですね」

 「おおお、本当に強力な魔法じゃ! これをその歳で制御しきれている事が素晴らしいわい!」

 「ふああぁ恐ろしい・・・あっ、いや、これはちが、ちがくてっ。 あの僕は飛ばさないでください!!」


 「飛ばさないですよ」


 盛り上がっている講師陣に答えると、「ちょっと飛ばしてもらいたいかも」と言う声も聞こえた。空飛ぶの楽しいからね。まぁそれは魔力操作が上達した今だから言える事だけどさ。

ショルダーをあんなに高くまで浮かせたのだって、己の練度に自信を持てるようになったからである。

 

 降りてきたショルダーを見やると真っ青な顔色で息絶えだえになっていた。まともに話せる状態ではなく、ガチガチと歯を鳴らしながらこちらを見ていた。その怯え滲む視線にニッコリと笑いかけ、「僕もうすぐ入学するので、また会いましょう」と優しく告げる。


 「ヒィイッ」

 ショルダーは腰が立たないまま手足を滅茶苦茶に動かしてジェノと距離を取ろうともがく。

 おい何だその反応、怯えすぎだ。まあこれで無闇に魔法使いとの戦闘はしなくなるだろうけど。

 

 「あ、そういや試験中でしたね。どうしましょう・・・ん?」

 講師陣へ視線を向けようとしたジェノだったが、逃げようとするショルダーを縫い留める様に脇と又の間擦れ擦れに矢が刺さっているのが見えた。

 

 「モーズリスト君の力は十分見せてもらいましたので、今日はこれで終わりで結構ですよ」


 「これ以上も見たい気持ちもあるが、闘技場の魔法壁の見直しもあるからね」


 「そうですね、ガラスがわれましたし魔法壁はもっと改良しないといけません。試験も試合の件も学園長へ報告しませんと」


 「ジェノー」

 

 この矢、どこから・・・?

 謎の矢に意識を取られていると名前を呼ばれ振り向く。待合室へと続く扉の前に、クラウンの姿があった。


 「終わった感じだろ? 日が暮れるしそろそろ帰ろう」


 「あ、うん。でも」


 「モーズリストさん、今回の決闘の件に関しては学園側の落ち度が招いた事ですので、気に病む必要はありません。そこのショルダー先生と止めずに見守った我々が責任を負いますので」


 「君の入学は決まっておるからの、次会える日を楽しみにしておるよ。ほっほっほ」


 「あ、はい」


 途中から試験じゃなくなってしまったがもう帰っても大丈夫と言われた為、夕暮れ時の外へとジェノは足を進めた。





 「お疲れさん。もう立派な魔法使いって感じだな。やるじゃん」


 「まだ細かい操作はキツイけどねー。ちょっと疲れた」


 港前の街まで戻り、渡されたリンゴジュースで喉を潤す。大きな瞳を細めたクラウンが「よしよし」と頭を撫で、アイスも買ってくれた。疲労した精神と体に甘さが染み渡る。


 「そういやさ、僕って、女と男どっちで申請してるの? 寮に入るんだよね? となるとさすがに女の子か」


 「さぁ~どっちかね」


 「いやいや、さすがにそこは」


 「メロスが決めてるからな」


 「メロスか・・・奴なら男も有り得るな、くそ」


 でも僕って戸籍上では女の子なんだよな。いやしかしメロスは意味わからん事しでかすし、女の子で通ったらカルシェンツに絶対バレるし、あーでも。


 「お疲れのところ言いにくいんだけどさ、実はジェノにお客さん来てるんだよ」


 「お客さん?」


 水色の髪を指で弄び「無理に会わなくてもいいけどさ」と微笑む。


 「カルシェンツ?」


 「そんなに王子様に会いたいのかー」


 「ち、ちがうし」

 

 不貞腐れるジェノを更によしよししてから港へ歩を進めるクラウンは、その可愛さで通り過ぎる男性陣の視線を奪っていた。だが残念、男だ。


 「面倒臭そうだから関わりたくないんだけどな、ジェノ的には放っておけない案件だろうからさ」


 「どういう・・・」


 呟いたジェノの目線の先に、黒い馬に跨った人物が手を振っていた。ゆっくりと向かってくるその人物の顔に、「あっ」と声が漏れる。

 

 「やっほー、お久しぶりですねぇ。元気でしたー?」


 ヒラヒラとした派手な布に身を包み、厚手の着物を肩に引っ掛けた独特な格好。スラリとした長身と右目を完全に覆う黒い前髪は、記憶よりも長く開けた胸元に垂れていた。爬虫類を彷彿とさせる目は自然と警戒心を煽ってくる。


 「なんで此処に・・・?」

 目を丸くして呟くジェノは、にやにや笑う男を呆然と見上げた。

 

 「いやー ちょっと大親友様のお力をお借りできたらなっと思いまして。超困ってるんですよね今。本当に勘弁してってレベルで毎日大変で大変で」


 まったく困ってない様子で話す男は、甘えるように小首を傾げて見せた。


 「ちょっくら仏心出して助けてくれませんか? 黒にゃんにゃん」


お読み下さりありがとうございました。

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