38 ロッツ・トイス
ロッツ視点、『舞踏会編』の話となります。
漆黒の瞳に映る星の輝きが自分の影に消され、アーモンド型の大きな目が驚きに見開かれていく。強張る身体から緊張が伝わってくるが、気付かない振りでそっと引き寄せた。
焦る表情が無性に可愛く、瞬きを繰り返す様子に自然と笑が広がる。
でも困り顔より嬉しそうな笑顔が見たい。そう考えた瞬間、かつてない己の思考に驚愕した。
女の子に対してそんな事を思うのは初めてだ。
手に伝わる少女の体温の高さに鼓動が速まり、キュっと閉じられた震える目元に仕掛けた側の自分まで緊張してくる。引き結ばれた口元に視線を落とし、嫌なのだろうかと一瞬躊躇した。
他に好きな人がいるのかもしれない。
俺の知らない男を、想っているかもしれない。
その真っ黒な瞳に、俺はどう映っているんだ?
『ロッツ?』
名を呼ばれた刹那・・・その唇を塞ごうと、ゆっくり身を屈めていった。
「――っ!?」
バサッ
朝日が昇ると同時に飛び起きた少年は、あやふやな思考で辺りを見回した。耳にこびりついて離れない声の主を探すが、ガランとした自室には汗だくの自分しかおらず、ベットに座ったまま息が整うまで呆然と肩を上下させる。
夢?やけにリアルな・・・いや、俺が女の子を抱きしめているなんて全然リアルじゃないな。有り得ない。
最後の部分しか覚えていないが寝巻きが汗で湿り、運動した後の様な状態になっている。普段夢を全く覚えていないロッツにとっては珍しく、こんなふうに目覚めた経験は一度もなかった。
陽が完全に昇っていないのか薄暗い窓の外をぼんやり眺め、寝付ける気分じゃない為水を飲もうと1階へ降りる。
夢の中では夜の森で女の子に触れていたのだが、今は自宅であるトイス家の屋敷にいる。
その事を確認しながらも、やけに本物に近かった感触や音だった気がして首を傾げた。仄かに漂っていた甘い匂いまでもが鮮明に思い出せ、それが少女の香りだと気付き頭を振る。
しかしもう顔は思い出せない。
黒い眼と何か自分がごちゃごちゃと考えていたという印象はあるが、起きてから段々と記憶が薄れ靄がかかっていく。
ただの夢だ。別に深い意味はないさ。
良質な柔らかいソファに身を沈め、少年は重い息を吐き出した。
「女の子の夢を見るとはな、そんなに思いつめているのか? 俺は」
大国の名高い貴族の跡取りとして生まれ落ちた彼は、突きつけられる『婚約』という問題に現在頭を抱えている。
ロッツ・トイス、13歳。
次世代の国を背負っていく立役者として期待される少年にとって、こういった話題は後を絶たない。
女性とは出来るだけ関わり合いになりたくない。彼女らは重荷にしかならないじゃないか。
避けられない問題から目を逸らし続けるのは限界がくるとわかっている。わかっていても込み上げる憂鬱感は拭えないし、異性に近づこうとは思えなかった。
「俺がキスなんて、するわけないだろ」
夏が近づくとある春の日、青年へと成長しつつある思春期の少年はポツリと呟いて、グイっと水を飲み干した。
クリーム色のふんわりとした柔らかそうな髪。
恥ずかしそうに伏せられる長い睫毛。
雪の様に白い肌に色付くピンクの頬。
間違えない様懸命に名を紡ぐ花びらの様な小さな唇。
フリルの多い薄紫色のドレスに身を包んだ6歳の少女を見つめ、素直に可愛らしいなと瞬きを繰り返した。まるで天使みたいな美少女だともっぱらの噂であるレミアーヌ・ブロンディス嬢を前に、7歳の誕生日を迎えたロッツは緊張を解すように微笑みを浮かべる。
『もうお食事は済ませましたか?』
『いえ、まだです。ロッツ様のオススメはございますか?』
初々しく会話する幼い二人を微笑ましく見つめる両親と多くの貴族。ロッツの中にあるまともに女の子と話した記憶は遥か昔のもので、この頃はまだ女の子を苦手だと思わず普通に接していた。
いつからだっただろう。
可愛らしかった周りの少女たちが叫びながら喧嘩しだしたのは。
凄い形相で手を引っ張り「ロッツ様は私のもの!」と勝手に宣言しだしたのは。
一人の子と仲良くした後、裏でその子に嫌がらせを始めたのは。
どんなに注意しても拒んでも思いの丈を身勝手にぶつけてくる少女達に困惑する日々。
何故好きだと伝えてくるくせに、その好きな人の言うことを一切聞かないのだろうか。何故嫌われるとわかりきっている行為を平気で行うのだろうか。出会ったばかりでどうしてそんな直ぐに人を好きになれるのだろうか。俺の何を知っているというんだ。
「彼女たちは別にお前さんを本当に好きなわけじゃない。ロッツ・トイス様に恋をした事が特別で、障害の多い報われない恋愛に打ちひしがれる悲劇のヒロインである自分自身が好きなんだ」
不満を漏らすと友人が可笑しそうに告げ、ロッツは形のいい眉を顰めた。言われたセリフは簡単に理解できるものではなかったが、「お前さんはそういうタイプを引き寄せる体質だ」と指摘され言葉を詰まらせる。
わかりやすい話がルックス・スポーツ・高学歴、どれをとっても理想の王子様像になり得るピッタリな人材。皆が憧れを抱いてキャーキャー騒げる魅惑の存在なのだそうだ。
「実際の王子様となると夢のまた夢で『恋』をするにはあまりにも恐れ多いが、その一歩手前のロッツ様は一番の高物件対象」
「なんだよそれ」
「つまり身近にいる高難易度のなんちゃって王子様、ってところだな」
可笑しそうにニヤつく幼馴染みは不機嫌なロッツに構わず、逆なでする様に「モテ過ぎるのも大変ですねぇ」とクッキーをムシャムシャと食した。そんな少年に慣れている様子のロッツは話を続けるものの、たまに癇に障るのかクッションを投げつけては避けられる。
「はは、ノーコン。寄ってくる女の子全員はべらせればよくない?男の浪漫じゃん。モテモテのロッツ様はどんな子がタイプなんだい?」
「うるさいぞチャコット、お前はどうなんだよ」
「オイラは髪が水色で上から目線の子がいいなぁ」
またよくわからん事を・・・
以前は全身が光る子がいいと話していたのを思い出し胡散臭そうに聞くと、何故か馬鹿にしたように両手を上げ大きく首をふられた。
「それは8歳の時の話だろ? 11歳の夏に立ち入り禁止の竹藪で水色の髪の人と運命の出会いをしたんだ。あの女性はきっとどこかの王族の末裔なんだよ」
「・・・へぇ」
特に興味も湧かずに手近なクッションを顔に放り投げ、教科書を開く。
久しぶりに訪れた友人の家で寛ぐロッツは、悩みの種である女の子の話題から流行のファッション、真面目な勉強の復習と学生らしい休日を過ごした。
5歳の時に貴族のパーティで出会った同い年の少年、チャコット・ヘミング。
彼とは月一で互の家を泊まりに行き来するほど仲が良いが、飄々として妙な発言の多い彼についていけない時がある。おかしな言動を繰り返し基本的にノリが軽いチャコットと、何事も生真面目に取り組む堅物なロッツは対照的な性格なのだ。
「レミアーヌ嬢はお前さんに興味示さないんだっけ。彼女も結構変わってるよな」
「お前が言うな」
しかしどこかウマが合い、いつの間にかとても親しい間柄となっていた。全く考え方が違う分一緒にいて面白いと感じ、チャコットの独特の回答に色々気づかされる事も多い。
一応ヘミング家は上流階級の家柄で、有能な者が多々排出されている事で知られていた。どの職に就いてもその働きぶりで昇進していく話を耳にするし、換えがきかずに重宝される人材となる。
身近な親類の中にはかの有名な第三王子の難関な試練に見事合格し、王城より大きい謎のお屋敷で働いている猛者までいる。しかし、そんなヘミング家には一つ問題があった。
揃いも揃って一癖も二癖もある厄介な性格だという事だ。
「ハッ、オイラはあの人達より酷くないさ。ちゃんと会話が成り立っているだろう?ヘミング家でしっかり会話出来る奴は中々いないんだぜ?オイラは有能だ」
「ヘミング家は一体どうなっているんだ、本当に大丈夫か?」
「平気平気、皆生活出来てるから問題ないでしょ。それよりさぁ、一週間後の舞踏会の準備したかい?」
「ああ、半年前から招待されているんだ。三日分の荷物を全て用意させている」
運ばれてきた紅茶をメイドから受け取ったロッツに、「ダンス楽しみ!」と立派な八重歯を見せて友は笑う。昔からイベント事に積極的に参加するタイプのチャコットは、貴族でありながら街の小さな大会にお忍びで出場しては引っ掻き回して追い出されている迷惑極まりない男だ。
6月に開催される大規模な舞踏会でも問題を起こさないか不安が付き纏うが、一々心配していたら身が持たないのでスルーを決め込む。
「前髪だけでも整えたらどうだ。それじゃ見えないし踊れないだろ」
「オイラ透視能力持ってるからノープログレムだね」
「嘘つけ」
黄土色の剛毛な髪を肩以上に伸ばし、適当に自分で切っているせいで変な凹凸や不規則な段の付いた纏まりの無い髪型は、身だしなみに気を使う貴族の中で否応なしに目立つ。鼻先まで伸ばした分厚い前髪は横に分けることもせず垂れ下げたままで、両の目が全く見えない。しかし昔から頑なに切ろうとしなかった。
女子に裏で『松ぼっくり』というあだ名を付けられているが、本人は気に入っている様子でケラケラと笑っている始末だ。
頑固な奴だし言っても無駄だな。最悪服だけでもちゃんとしてあれば大丈夫だろう。
溜息混じりに気ままな友人を眺めるが、見た目に無頓着な彼は服装もだらしなく不安要素が多い。
成長期に入り日毎に身長が伸びてるロッツと比べ、小柄で目立った身体の変化が起きていないチャコットは見るからに小さい。学年でも一番背が低く、大きくなるのを見越して買った制服が2年生になってもブカブカなままだ。
「緩いのに慣れたから普通のサイズは窮屈でヤダ」
そう言って普段着もブカブカなサイズを選び、細く小さい身体をスッポリと覆い隠す。袖から手が全く出ていないが本人曰くそこがポイントらしく、大人に指摘されても『萌え袖』だと言って直さない。
俺には理解できないが、気分が上がるなら別にいいかとも思う。
「舞踏会の後は体育祭に学園祭、生徒会選挙があって修学旅行だね!イベント目白押しだー」
「お前は修学旅行参加しないだろ」
毎年秋に入ると三週間の長期旅行で学園を休学する彼は、時期的に被ってしまう修学旅行に来られない事が多い。代々続いているヘミング家の謎の伝統らしく、親類を含めた家族旅行のお土産は豪華で毎年ロッツは地味に楽しみにしている。
今回は生徒会長を決める選挙期間にも被っている為、イベント好きのチャコットは若干不服そうだ。
薄手の長袖の袖をパタパタ振りながら微妙な鼻歌をうたう幼馴染を苦笑混じりに見遣り、ロッツは問題集に視線を落とした。
トイス家専用馬車は紺に白色の装飾が施された落ち着いた色合いで、驚く程揺れを軽減した作りとなっている。舗装された道を滑らかに進む乗り心地の良い馬車内に、父と母と息子は向かい合って座っていた。
「流石、金の採掘・販売に精を出しているだけあるな」
「そうねぇ、ホード様らしい豪華なお屋敷ですわねぇ」
父親であるダッツ・トイスと母親のサナーシャ・トイスが和やかに会話し、一人息子のロッツは相槌を打ちながら窓の外を眺める。
所々に煌びやかな金色の装飾を施された巨大な外門を潜り、左右対称の模様が描かれた花壇や植木の真ん中を通り抜け長いアプローチを過ぎると、見るからに金の掛かった屋敷が姿を現す。四階建ての屋敷とは別の場所に建てられたダンス会場は宿泊施設や他の娯楽施設も備わっているらしく、大陸一大きい舞踏会場だ。
6月に入り三日間に渡って開催される舞踏会に集まった権力者や貴族は総勢300人。付き添いの使用人を含めると500人はゆうに超え、その全ての食事や寝床が確保されている。
大陸の中でも5本の指に入るであろう財産を所有するホード・ナイガロー氏のお屋敷は、これでもかと高価な品物を無駄と感じる場所にさえ配置し、目がチカチカする金色で塗り固めてあった。
2つ程街を通り抜け昼過ぎに到着したトイス家一行。
既に馬車置き場は数多くの車体や荷馬車が停められ、それだけで大規模なパーティだとわかる。名家であるトイス家は特別に用意された専用スペースがある為問題ないが、他の貴族達がより良い場所を巡って互いに牽制する姿が窓から見られた。
「おい君、あそこが空いているではないか。あっちに移してもらおうか」
「あ、いえ、あちらは既に・・・」
「これはこれはボーンド殿、悪いがあそこはうちの馬車が停める事になっているんだ。ほら、向こうが空いているぞ?」
「あっちは出しづらい上に目立たないではないか!ツーパ家があそこに移ればよかろう。それが自然というものだ」
「なんですと?」
屋敷の使用人が案内し停めるスペースを伝えるのだが、馬車を停車させる場所にもランクというものが一々存在し、一目で『あそこに停めているという事は、あの家は向こうの家よりも位が高い』といった判断が出来る。似たレベルの家がかち合った場合、自尊心を守る為に少しでも優位に立てるスペースを申し出て互いに火花を散らすのだ。
一見華やかに見える貴族の世界は実際はギスギスとした落とし合いが頻繁に行なわれ、楽しげな会話の中に姑息な算段と嫌味が所狭しと詰め込まれている。
本当に仲の良い関係を築き信頼し合える者も勿論いるが、そう簡単に心を開き本音を零せる人物は少ない。悲しいが、貴族にとってはそれが常識だった。
「サントス、あの馬車はどこのものだ。見かけん馬車だが」
「はい旦那様、見てまいります」
付き添いの執事に声を掛けた父親の視線を辿ると、屋敷の右奥に広がる駐車場に黒い馬車が停められていた。特に目立った特徴の無い古めかしいものだが、父親が気にしたのは馬車が停められていた『場所』にあると判断しロッツは目を凝らす。
30m程離れたあの辺はお忍びで訪れた王族の馬車が停められている場合が多い。必ずしも王家だけと決まっているわけではないが、ホード氏宅のパーティに出席した際はよくあそこに案内されていた印象がある。
今回の舞踏会に王家の者が参加するという情報は聞いていないが、もしやサプライズゲストとして来ているのだろうか。
父に続いて馬車から降りると、執事のサントスが逞しい肉体をフル活動させ俊敏な動きで戻ってきた。
「近付いて確認致しましたが、黒塗りの馬車にはどこの家のものか示す紋章が見当たらず、無人の様子」
「紋章がないだと?そんな馬車を通すとは思えんが」
「更に20m奥に白に金の装飾を施した馬車が停められておりました」
息を切らすことなく丁寧に報告を始めたが、普段淡々とした雰囲気を纏う彼にしては珍しく微かに興奮した気配を感じる。同じように思ったのだろう、父親が怪訝そうに片眉を上げ「もう一つの馬車はどこのだ?」と続きを促した。
「はい、此方は見間違う事のない程有名な紋章。王族、ゼールディグシュ家のものでした」
予想していたのか特に驚く様子も見せずに顎に手を当て目を細めた父を見遣り、挨拶に向かう順番が変更されるなとロッツは瞬時に舞踏会前の予定を思い浮かべる。
そんな親子にサントスは一呼吸おいた後、緊張を孕んだ面持ちで言葉を発した。
「馬番がおりましたので聞きましたところ、いらしゃっている方は・・・第三王子であらせられる、カルシェンツ・ゼールディグシュ様でございます」
「なにっ、カルシェンツ様だと!?」
「第三王子!? 本当かサントス!」
「王城のパーティにも出席しないあの御方が何故・・・舞踏会だぞ、信じられん」
「興奮気味に初めて本物を見たと馬番に自慢されました」
「「・・・・・・」」
言葉を失い沈黙する父と子を余所に、そわそわと遠くの馬車に視線を向ける執事。
「久々にカルシェンツ様を拝めるわねぇ。貴女は初めて?」
「はい奥様!」
楽しそうに盛り上がる御者と母を見て、付き添いの者はパーティに参加しないのだから会えない確率が高いだろうとどうでもいい事を考える。
徐々に落ち着きを取り戻した父と息子は案内された部屋へと入ると、荷物の整理を使用人に任せ急いで挨拶に向かう準備を始めた。
「まずホード氏の元へ挨拶に行き、第三王子の情報を聞くぞ」
「はい父上」
父親に続き長い廊下を歩くロッツは、数年前に見た金髪の少年の姿を思い浮かべる。
カルシェンツ王子か・・・会った事二回位しかないんだよな。
ロッツの7歳の誕生日。
幼い頃から神童と呼ばれていた少年の華々しいお披露目パーティがあった。既に同年代の子達との差を見せつけていた息子に両親は鼻高々で、厳しいながらも大切に育てた自慢の子を披露する絶好の機会となる。
本人には言わないものの裏ではベタ褒めしていた父親と、細部にまで口を挟みパーティを楽しみにしていた母親。
しかし、そんなトイス家にとって予想外の事態が起こった。
「カルシェンツ王子の話お聞きになって?」
「ええ、勿論ですわ!噂が事実なのかお父様がお調べになったのですけれど、全て本当の事でしたのよ」
「あらあらまあ、素晴らしいわねぇ!」
お披露目パーティ当日、その場で持ち切りだったのは主役のロッツではなく、ヴェジニア国第三王子『カルシェンツ・ゼールディグシュ』の話題であった。
一週間前に6歳の王子様が大学教授の発表した論文の間違いを指摘し、自ら作成したより良い文を公表してそれが認められたのだ。
大人顔負けの語り口調で淡々と説明していく姿に周囲は唖然とし、その後大きな騒ぎとなった。
他にも難解な数式をいとも簡単に解き明かしてみせたり、物理学の研究室に顔を出し共同研究を始めたりと幅広く信じ難い行動を起こしていく。
「カルシェンツ様は天才だ。将来が楽しみで仕方がない!」
噂は波の様に広がっていき、新聞によって下々の者にまで伝わって国民は大いに盛り上がった。真相を知ろうと多くの貴族や有権者、記者陣や関係のない野次馬までもが王城へと詰めかける。
城前の大きな騒ぎに当の第三王子が姿を現す事は無かったが、続々と発表される功績に国中はお祭り騒ぎではやし立て、輝かしい未来を期待して『次期国王』と叫ぶ者が現れはじめる。
国民の心をこんなに鷲掴みにしているなんて、凄い王子様だなぁ。
大々的に開かれたお披露目パーティは完全に不発に終わったものの、不満そうな両親とは裏腹に理性的な息子は文句も言わずに笑顔で乗り切ってみせた。
本物の天才の影に埋もれた神童。
王子様がいなければ間違いなく注目されていたのに可哀想。
周囲の人間が幼いロッツをいつしか気の毒そうに見るようになったが、別段何も感じずに平然と習い事に勤しむ毎日。
ロッツ自身は特に悔しいといった感情は芽生えず、記事を読んでは純粋に自分も頑張ろうと考えていた。
それから一年半以上の月日が流れ、留まる事のない王子様の噂に皆が慣れた頃、王位継承の件を白紙に戻すと国王自らの発表があった。
14歳で長年次期国王と謳われていた第一王子を知っていた為国民は驚いたが、同時に「やはりな」という声も多く聞かれた。
カルシェンツ様の成長は目覚しく、実力主義者として有名な国王がこのまま第一王子に王位を譲るわけがない。貴族内でも国民の間でも反対する者は少なく、憐れむ声は聞こえるも暴動の火の手は殆ど上がらなかった。
「結局国王様は正式発表を避けましたが、王位はカルシェンツ様で決まりの様に思えます。第一王子はどうなるのでしょう」
「ふむ、セインディルク様には気の毒だが国王の気は完全に傾いて戻る事はないだろう。私としても別大陸にアピールし渡り合えるであろうカルシェンツ様を推したい」
第一・第二王子共に優秀であったが、第三王子には遠く及ばないというのが父の見立て。
第一王子は未だに納得していないのだろう。ずっと兄弟が欲しかったが、弟が優秀過ぎるのも考えものだ。
『ロッツ・トイス最大の不幸は同世代にカルシェンツ・ゼールディグシュがいたこと』
昔からよく影で言われてきたセリフが頭を過ぎり、サラサラの黒髪を振って心を落ち着かせる。少年は切れ長の瞳で前だけを見つめ、真っ赤な絨毯の上を毅然と進んでいった。
「実は一度断られていましてね、つい一昨日出席すると連絡をもらったのです」
「ではやはり本物のカルシェンツ様が出席なさるのですか。今回に限って一体何故」
一際大きい客間のソファに座っている屋敷の主に挨拶を済ませ、早速馬車の件を持ち出し第三王子の有無を尋ねた。「ふぉっふぉっふぉっ、素晴らしい観察眼ですな」とヒゲを撫でながら老人は笑い声を上げ、ウインクしながら嬉しそうに杖をトントンと指で叩く。
「明日ラーギュント様が出席なさるので、もしかするとそちらに何か用が出来たのやもしれませぬ。いやはや、詳しい事情は知りませんのでただの憶測ですが」
モフモフした真っ白い毛に覆われた目と口元はまるで仙人かサンタクロースのようだと、ロッツは失礼にならない程度にチラ見を繰り返す。
絶対毛で視界が見えてないと思うんだが、ホード氏といいチャコットといいどうなってんだ?
真っ赤な絨毯に金色の柱が合わさり目に痛たい部屋だが、中央に立って父親のダッツと握手している老人は黒のタキシードでシンプルに纏めてあった。
「第二王子と第三王子の兄弟仲は良好と聞き及んでいますが、今回の参加はその説が濃厚そうですな。しかし王子2名を招待されるとは驚きです。皆喜ぶでしょう」
「最初から駄目元でお声掛けしたので、私本人が一番驚いていますよ」
大人達の会話を邪魔しないよう空気を読みつつ「楽しみです」とコメントしておく。
王族の者は屋敷や舞踏会場とは離れた位置の別邸で過ごすらしく、基本面会謝絶との事だった。トイス家の名を出せば無理して会えない事もないが、ダッツは「挨拶はやめておこう」と首を振る。
接点を作りたいのは山々だが、普段パーティに出ない様子から察するに恐らくカルシェンツ様には逆効果となってしまう。貴族や王族特有の挨拶やアプローチを好まないのだ。
現在進行系で留まる事を知らない快挙の数々に驚かされてばかりだが、今迄本人と会話した記憶が殆どなく、どんな人物なのか詳しくは知らない。トイス家の跡取りだと認識されているだろうが、パーティに参加しない王子様とこれまで接点がほぼなかった。
国民が恋焦がれる憧れの王子様は、公の場に出席しない事で有名だ。多くの記者陣は謎に包まれたその素顔を写真におさめようと、長年必死に追いかけ挫折していった。
後ろ姿の写真が最早定番となった第三王子は、国民の間で「きっと神々しい美少年だ!」と妄想されている。
・・・間違ってないから凄いな。
カルシェンツ様の事は素直に凄いと思う。ただ仲良くなりたいかと聞かれると微妙だ。気難しい性格のようだし、無理に仲良くするのも違う気がする。最低限の仕事や国行事の話が出来ればいいだろう。
誰かに取り入るといった行為をした事のないロッツは自分から話し掛けるという経験が乏しく、チャンスがあっても動かず逃してきた。
本当に気の合う人としか馴れ合える気がしない。
自分自身の友人関係が極端に狭い事を自覚しているものの、あまりそのことを気にせず過ごしてきた13年間。
人間関係は無理して構築するものじゃない。
友情も恋愛も、それは一緒だ。
「この前のパーティでも目が合いましたよね。やーんドミニカ寝不足だから恥ずかしいですわ、でもちょっとドキドキしちゃいますぅ」
この前っていつだ。は? 2年前・・・?
そもそも呼び止めて正面に回り込んできたから目が合ったんだろ。何偶然目が合ったみたいな言い方してんだよ。
「気づきました?ロッツ様のネクタイとサアリーのドレス同じ色なんですよ!うふっ運命感じちゃいますね、どうしよ~うトキメイちゃいますぅ」
どうもしないし一欠片も運命なんか感じない。向こうにいるマダムのドレスとジャケットの色が被ってるんだがこれも運命か?あのマダムが俺の運命の女性って事か、ふざけんな。
「こんにちはロッツ様。今日のダンス楽しみにしておりましたの。父もロッツ様に挨拶したいと言っておりました。あの、一度是非ご自宅に伺いたのですが」
え・・・誰。どうして家に来るんだ。てか誰だ。
舞踏会場へ延びる渡り廊下を進む黒髪の少年。
彼に気が付いた令嬢が次々とドレスを翻して駆け寄り話し掛けるが、足を止める事なく歩き続けチラリと視線を向けるだけで言葉を発さない。
時刻は16時半を回ったところ。
舞踏会は19時スタートの為殆どの招待客は部屋に通され各々寛いでいる状態だ。ロッツは散歩がてら細かい装飾が施された建物の外装や、手入れの行き届いた大きな庭の植木等を観察していた。
貴族の身分である少女達を無碍にする事はあまり本意ではないが、ギラギラした瞳や積極的な態度にどうしても引いてしまう。
昔は平気だったのに、今は女の子と普通に話せるイメージが沸かない。
速度を上げても早歩きで付いてくる数人の女子に溜息が漏れ、ロッツは建物を上手く障害物にして中庭に身を隠した。
のんびりとした散歩の予定が妙な鬼ごっこになってしまい、あまりの煩わしさに機嫌が悪くなる一方だ。
『身近にいる高難易度のなんちゃって王子様』
本当にそんな目で俺を見て追いかけてきているのか?そんなもので話した事もない相手に運命とか感じるものなのか?
幼馴染の言葉を思い返し、ウロウロしながら通り過ぎていく令嬢の後ろ姿を眺めた。
「俺には理解できん。そもそも王子様じゃないしな」
昔から何でもそつなく熟す子供だった。特に不得意な教科もなく運動も得意で、器用な方だと自分でも思う・・・人間関係以外は。
親しい友達は少ないが安定感がある為普段からリーダーを任せられる場合が多く、人を従える事にも慣れていた。
確かに家柄やこういった面を考慮して将来性を期待し、接触を図ろうという考えはわかる。わかるが・・・それで好意を持つところまでいくだろうか。
いや、好意のある振りをしているだけかもな。トイス家に取り敢えず近付いておこうって魂胆なら理解できる。俺の肩書きに恋をしている、といったところか。
大きく育った植物の影から出て奥のベンチに腰掛けたロッツは、疲れた様子で暮れかけたオレンジ色の庭に目を遣り一息つく。黄色・橙・赤色の花の順で並んだ花壇は、円形状に作られ真ん中の噴水を囲んでいる。庭自体も丸い円を描き、周囲の建物と隔てる様に高く伸ばした蔓や蔦、植木を見栄えよく整え壁を作っていた。自然を味わえる落ち着いた空間にそっと瞳を閉じる。
俺の考え方が硬いのかな。人を好きになるって、もっと時間がかかるものなんじゃないのか。恋なんてそう簡単に落ないだろ?普通。
思春期の少年は肉食女子の不可解な行動と自身の考えとのギャップに悩み、毎度擦り寄ってくる少女達に辟易していた。じき訪れる婚約話までに何とか気持ちの整理をつけたいのが今の現状。
自然に仲良くなって一緒にいたいと自発的に思える様な、そんな子がいないだろうか。
「いないだろうな」
自分の口から溢れた言葉に苦笑いし、伸びをしたあと大きく首を回した。
まず向こうから話しかけてきた時点でこっちが引いてしまうのに、自然に仲良くなれるわけがないんだ。政略結婚を受け入れて上手く付き合う努力をするしか――
「スカートって動きづらくて嫌だ。違和感凄いし、変じゃない?」
「っ!」
左側から近づく二つの声に一瞬腰を上げるが、ぶ厚い葉や大きく伸びた蔦の壁に遮られ姿は見えない。
少し移動するべきか?
向こう側からも自分が見えていないと察し、動かない方が存在に気づかれないだろうと肩の力を抜く。
「私のジェノ様なら何を着てもお似合いになられます。自信をお持ちください」
「いやいや、そんな馬鹿な。てか私のって何」
子供の声と丁寧な口調の男性の声音が植物の壁を隔てて耳に届いた。中性的な幼い声は低く、最初は少年かと思うも、スカートという単語から少女の可能性が高いと判断する。
「なんか憂鬱だなぁ。ダンスなんて出来ないし、人前でクルクル回るなんて恥ずかしいじゃん」
「家では楽しそうに練習していたではありませんか。ダンス自体は好きですよね?特に私と踊っている時が一番楽しそうでしたが」
「え、そうだった?まぁファストは凄い上手いから踊りやすかったけど・・・なんかさ、知り合いならいいけど出会ったばかりの人とはちょっとな~と思って。盆踊りとかなら別に平気なんだけどね」
「成る程」
舞踏会が不安な令嬢とそれを励ます執事といったところだろう。
二人の会話を流し気味に聞いていたロッツは、『強制的に一回は誰かと踊らなければならない』という厄介な決まりを思い出した。
ダンスを申し込まれた場合断る行為は大変失礼な事となり基本受けるのがセオリーなのだが、毎度ロッツは女の子から逃げて申し込みを無視している。
数年前に第三王子が全ての誘いを断り会場を後にした出来事があった。それから地位の高い者が彼の真似をして断る姿を希に見かけるようになったのだが、『一度は踊る』という原則は守らざるを得ない。
いつも申し込んできた中から一人と渋々踊って舞踏会を抜けているロッツは、今回はどう切り抜けようかと思考を巡らせた。
「ダンス面倒臭い」
「では踊らなくても結構ですよ」
「えっ、いいの?舞踏会なのに踊らなくても大丈夫なの?」
「ええ、構いません」
――え?
淡々とした男のセリフに驚いて遮られた植木の奥を見つめた。
今、踊らなくていいって言ったか?舞踏会のルールを知らないのか。
「本来は踊るのが礼儀ですし誘いは基本受けなければなりません。しかし断っても旦那様は気にしないでしょうから気が向かなければ断っても問題ありません」
「へぇー」
なんだ・・・どういう事だ?旦那様が気にしないってそんな馬鹿な話があるものか。気にするに決まっているだろう。貴族にとって周囲の目は気になるし重要だ。不貞を働いたら今後どうなるかわかったものじゃない。それとも余程の家柄の令嬢なのだろうか。
顔が見えない為どこの家の者か確認出来ず、ロッツは葉の隙間を凝視するが辛うじて服の色くらいしかわからなかった。
誘いを断っても許されそうな上流貴族の令嬢となると思いつくのはブロンディス家のレミアーヌ嬢位のものだが、彼女は現在他国に趣いている為今回は出席しないと聞いている。
「じゃあ料理いっぱい食べてよっと!楽しみになってきた」
「ええ、下らない男共のチンケな誘いは全て断るのが宜しいですね。踊りたくなったら帰ってから私がお相手致します。男は野獣ですから、充分お気を付けくださいませ」
「多分誘われないから大丈夫だよ。料理全種類食べたいんだ。でも太るかな」
「私のジェノ様は太っても可愛らしいので問題ありません」
「えー何それぇ、身内の欲目は良くないよ。ファストは甘すぎ」
少女と執事の何気ない会話に眉を顰め、遠ざかっていく声に左を向いたまま動けずにいた。植物の壁を周り既に居なくなった砂利道を覗くと、遠目に角を曲がる黒スーツが一瞬見え少年は呟く。
「もう一人は見えなかったな」
「誰が見えなかったの?」
「――っ! 脅かすなチャコット」
真後ろから囁かれた声に驚き振り向くと、見慣れたボリュームのある髪が目に入りロッツは安堵の息を付いた。遅れて到着したチャコット・ヘミングに何でもないと首を振り、随分遅かったなと文句をぶつける。
「オイラがいなくて寂しかったの?甘えんぼさんですね~」
「黙れチャコット。お前を盾にして女子から逃げる予定だっただけだ。寂しいわけがあるか」
「一人で女の子も捌けないなんてロッツはヘタレだよね。下ネタとか言って幻滅されれば万事解決じゃね~?おぉ、オイラあったま良い」
「アホ。トイス家の名を汚せるか」
正装姿の幼馴染と他愛のない会話を繰り返しつつ、散策を再開して時間を潰す。昔から彼といると女子が話しかけてこない為、ゆったりと出歩けるのだ。
見た目が怪しすぎるからか?5歳の子供に「松ぼっくりのお化けー」と泣かれていた事もあったし、目が見えないのは人を不安にさせるものなのかもしれない。理由はわからないが助かる。
「えっ嘘!カルシェンツ様来るの!?ぅげぇ~ マジかぁ」
「やっぱり嫌なのか」
舞踏会の情報や出席する著名人を教えようと第三王子の存在を告げると、チャコットは口元を覆いながらフラフラと歩き頭を振った。
「ん~ トラウマなんだよねぇ」
前々から第三王子の名が出る度に、唇を噛み締め避けるような態度をとる少年。聞いても頑なに理由を教えてくれない彼にロッツは無理に問いただしたりはしない。長年の経験上頑固な幼馴染が口を割るとは思えないからだ。
普段はペラペラとどうでもいい事を話すものの、意外とパーソナルスペースが広く本心や内側を見せる事が少ない。
第三王子と何らかの関わりがあるのだろうか。それともトラウマに感じる出来事があって、一方的に苦手意識があるだけなのか。一体何があったんだ?
丁度いいサイズの服の裾を窮屈そうに直す少年は、頬を膨らませてズンズンと花園を突っ切って行く。
オーダーメイドで服を新調したみたいだな。ブカブカじゃなくて良かった。
「そうだ、オイラさっき変なもの見つけたんだ。ロッツにも教えてあげるよ」
「別にいいよ。もう戻ろうぜ」
全く揃えられていないガタガタの長髪を靡かせ、会場裏口付近に設置された像へ駆け寄っていく少年。
走るチャコットにたいし距離をとってついて行くと、巨大な鳥の像が柱の影から姿を現した。鳥の形を模したギラギラ光る像は何の為に置かれているのかわからないが、高価な宝石が散りばめられた値打ちのはる作品だ。
「ほら、変な鳥だろ。超無駄だよな」
「そういう事大声で言うなよ。・・・それより、誰かいるぞ」
会場の入口には既に招待された貴族達が数人集まりお喋りしていたが、薄暗く人気の少ない裏口に人がいるとは思わずチャコットは意外そうに「えっ」と声を漏らす。
金色と青色でできた鳥の後ろ、ロッツ達の視点からでは見えづらい位置にヒラヒラとした布が揺らめいているのが見えた。
「本当だ、誰だろ。オイラ見てくる」
え、話しかけるの?こいつ無駄に行動力あるな。
風に靡いてフワリと浮く薄緑色の布は恐らくスカートだろう。
女子とはかかわり合いになりたくない。
ロッツは離れた場所で待機し、像を挟んだ向こう側の会話に何気なく耳をすませた。
「ちわー! ねぇねぇ何やってんの?」
「うおっ、ビックリしたぁ。え、なに、誰?」
「オイラはチャコット」
「へぇ・・・ちゃんと人間だよな?あんた面白い髪型してるね。ミノムシのお化けかと思った。それ前見えてんの?」
「うん。オイラ透視能力持ってるから平気」
「マジで!? いいなぁーじゃあ人の服透けて見えたりすんの?」
「あー 冗談冗談。本当は髪の僅かな隙間と長年の経験則によって物や人を見分けてる」
「なーんだ、家に人がいるかどうかわかるなら泥棒とかにも使えそうだと思ったのにな、残念。でも経験で見えてるのも凄いよな」
可笑しそうに笑い、自分も前髪伸ばそうかなと話す中性的な声にロッツは首を捻った。
んん、男なのか?なんか会話盛り上がってるし。
「君は泥棒になりたいの?危ない思考回路してるなー」
「いやほら、怪盗とかって憧れない?立派なお屋敷とか見るとつい颯爽と盗みを働く格好良い怪盗の姿が頭を過るんだけど」
「ああっ、わかるわかるー!その後貧乏な民の頭上に盗んだ物を撒き散らすんだよな!」
「そうそう」
短い時間にも関わらず意気投合した2人の怪盗談義は続き、10m先で立ちすくんでいる幼馴染を無視してチャコットは楽しそうに会話していた。
しかし盛り上がりをみせる話題にロッツはついていけない。
何故屋敷を見ると怪盗が思い浮かぶんだ? どんなに格好よく着飾ったところで泥棒に違いない、ただの犯罪者だろう。それに下々の民に盗んだものをあげる行為は、無関係な者達を犯罪に巻き込みかねない軽率な行動だ。盗んだ物と知ってて受け取ったら共犯者だと疑われ、言い逃れできずに罰せられる可能性があるんだぞ、美談では済まされない。
うだうだ考えているといつの間にか戻ってきていたチャコットが顔を覗き込み、「まーた難しい顔してんな」と眉間の皺をチョンと小突いてくる。
うりうり~と額を押してくる指を叩き落とし像に目を向けると、人の気配は感じられず静まり返っていた。
「彼女なら準備があるからって部屋へ戻ったよ」
「・・・やはり女の子だったのか。話してる感じが男ぽかったけど」
「うん、ワンピース着てた。面白い子だったよ。面と向かって髪の事聞かれたの久しぶりだ。女子は特に不気味がるから珍しい」
此処で何しているのか尋ねたところ、鳥の口に手を突っ込んだら抜けなくなって焦っていたらしく、引っ張るのを手伝ってあげたそうだ。
抜けたお礼に何故か麩菓子をプレゼントされ、自慢げに見せびらかしてくるチャコットはケラケラと笑う。
屋敷へ戻る途中、豪快に麩菓子を貪り食う少年は上機嫌で「変な子だったなぁ」と自身の前髪を上から下へ撫で下ろす動作を繰り返した。
お前が言うな・・・でも、確かにちょっと変わった少女かもな。妙なノリのチャコットと意気投合する時点で普通とは言えない。
言葉使いも女の子っぽくないし、声も中性的で一瞬少年と間違え――
「あれ?」
「どうしたのー」
もしかしてあの子、庭にいた時の・・・?
誰もいなくなった奇妙な鳥の像を振り返り、ロッツは数十分前の記憶を手繰りながら目を細めた。
「変わった女の子、か」
陽が完全に山の奥深くへと沈み、闇を照らす街灯が灯される頃。
ついに、華やかな舞踏会が幕を開ける。
次話も別キャラ目線での話になるかと思われます。
お読み下さりありがとうございました。




