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 螺旋状の石階段があった。

 ただ、ひたすらに降りる。降りて、降りて、また降りて、更に降りた。

 真っ暗闇に現れた扉を開けると、紫色の部屋で老婆が笑う。

 『よく来たねぇ』

 ふと気が付くと、森の中に立ち竦んでいた。

 階段は・・・老婆は?

 森には小屋がぽつんと建ち、中にはお姫様が助けを求めて泣いている。

 そうだ、助けてあげないと・・・ボクは王子様なのだから。

 手を繋いで外へ出て、恐い敵から逃げないと。

 逃げて、逃げて、もっと逃げて、逃げ惑い続けた。

 刃物が迫って血しぶきが上がり、獣の悲鳴が耳をつんざく。

 人が死んだ。景色が赤くなった。お姫様も消えた。


 そして皆  動かなくなった――


 

 ・・・ああ、またこの夢だ。

 日差しが反射する白い天井を眺め、少女は汗の浮いた額をゆっくりと拭った。見慣れない景色に友人の屋敷へ泊まりに来たことを思い出し、心を落ち着かせるように長く細く息を吐き出す。

 

 ここ1年は全く見ることがなかったのにな。

 昔から繰り返しみる『夢』の物語。脈略もなく唐突に展開していく不思議な夢。しかしどこにでもありそうなこの夢を、ジェノは幼い頃から何度も見てきた。

 

 階段を降りて森に行ってお姫様を助けて人が死ぬ。同じものを何度も何度も。今回は周りが動かなくなる所で目が覚めたが、本当はもう少し続きがある。

 森を抜けて洞窟に入るとそこには真っ赤な男が唸っており、手を差し伸べた夢の主人公は最後にこう言うのだ。


 『お兄さんを 弟にしてあげる』


 うん。全く意味が解らないな。まぁ夢なんて殆どそんなものだし、何度もみる事以外は他のと変わらない他愛のない夢だ。

 気持ちを切り替え横に寝返りを打つと、隣に世にも美しい人形が横たわっていた。


 「ぅおわ、びっくりした・・・マネキン?」


 白い陶器の肌に目に痛い程のブロンドがふわりと滑り落ち、滑らかな曲線を描く繊細な作りの手首が儚さを演出している。守りたくなる様なしなやかな指でシーツをキュっと握る仕草なんかもう完璧な可憐さで、是非お願いして持って帰りたいくらいだ。

 

 カルシェンツの奴僕にこの人形くれないかな、ちょっと欲しい・・・って違う!これカルシェンツじゃねーかっ!

 うっわぁああ、完全に今寝ぼけてた。人間離れしたあまりの美しさに人形と勘違いするなんて今更するか!?ほぼ毎日一緒にいるカルシェンツに本気で見蕩れて「持ち帰りたい」って・・・ないないないっ、痛すぎるよ僕!


 ぬぐぅうわわわああああぁぁぁ、最悪だっ、マジで不覚!

 隣を起こさない様にひとしきり悶えた後、ジェノはカルシェンツが本当に眠り込んでいる事を確認し、ホッと胸をなで下ろした。

 心の中で思っただけだしセーフだろ、人形の様に綺麗だって皆口を揃えて言うし、眠っていれば尚更・・・うっわ、何だこいつ。

 

 いつも喧しくてチョップや頭突きを普通にしてるが、改めて見ると驚くほどに全てが整ってる。

 眠りが深いのか起きる気配が全くない美少年にジリジリと躙り寄り、ジェノは今がチャンスとばかりに王子様を見つめた。


 雪のように白くスベスベの頬と、ほのかに桜色に色付きぽってりとした小さな唇。スヤスヤと規則正しい呼吸が聞こえ、キラキラと光る長い睫毛に釘付けになる。

 初めて会った時にも思ったが、やはりカルシェンツは『完璧な美』の持ち主だ。誰が見てもそう思うだろうが、今のジェノはカルシェンツに懸想している。初対面のときよりも輝きが増して胸が高鳴ってしまうのは仕方のないことだ。


 寝ていると静かでとても良い、寝顔が天使過ぎて反則の域となっている。喋ると残念な子代表みたいな奴だが、今は超絶的な可愛さで世界征服が出来るレベルだ、マジで凄い可愛い!

 

 マリーテアみたく鼻息が荒くならない様に気を付けながら、初めて見る『好きな人』の寝顔を目に焼き付ける。吸い込まれるように彼へと伸びる手を、ジェノは止めることが出来なかった。

 

 陶器のようだと思った頬は予想外にモチモチで、柔らかくジェノの指を迎えてくれる。背徳感を味わいながら「今だけ」と言い訳を繰り返し、スルスルと滑らかな頬をゆっくりと撫でた。ドキドキと煩い心臓の音で起きてしまわないかと心配になり離れると、金色の睫毛が僅かに震えぼんやりとした黄緑色の瞳がこちらを見つめる。

 やっべぇー、バレた?触れて楽しんでたのバレた!?


 「ん・・・ジェノくん?・・・おはよう」


 「お、おう」


 「ふふ、朝一番にジェノ君を見られるなんて素敵な日だ。夢の中でもジェノ君と居たんだよ。とても懐かしかった・・・昔の君だ」


 出会ったばかりの頃の夢か?

 微笑みながら嬉しそうに今日の予定を話す普段通りのカルシェンツを眺め、ジェノは安堵の溜息を隠れて吐き出す。

 助かった。気づかれたら恥ずか死ぬところだった。今後はどんなに可愛くても魅力的でも気を付けよう。


 「具合はどう?よく眠れたかい?」


 「ああ、もう大丈夫だ。昨日は迷惑を掛けちゃったな・・・ごめん」


 昨晩はカルシェンツの婚約者の突然の訪問を聞き、勝手に気落ちして使用人にも心配性な目の前の少年にも迷惑を掛けて気を使わせてしまった。

 励ましながらずっと傍に付いててくれたカルシェンツは、僕のせいで婚約者との約束を破ってしまったことだろう。でもそれを嬉しく感じるなんて、最低だな僕は。

 

 悪い事をしたと思う反面、婚約者よりも自分を選んでくれたことに高揚感を感じてしまう己が、とても醜い人間の様で許せない。

 「元気になって良かった」と破顔するカルシェンツのフワフワの髪を撫で、「ごめんな」と小さく呟く。

 

 ちゃんと抑えなくちゃいけないな、こんなんじゃ親友でいられなくなる。嫉妬如き、しっかりコントロールしなければ。

 嬉しそうにジェノを見つめるカルシェンツが本物の天使に見え、思わず抱きしめたくなった衝動を堪え続た。

 

 「ふふふっ積極的だね、もっと触ってくれてもいいんだよ。もっと、こう、隅々まで私を堪能して味わってくれ!ジェノ君になら全てをさらけ出せる・・・さあっ、私の全てを受け止めてくれ親友よ!お互いの知らない部分が無い所まで語り明かして触れ合おう」


 「は?」


 「ジェノ君の鎖骨って綺麗だよね。昨日は一緒にお風呂入れなかったから今日は私が丹念に洗い流してあげるよ。知ってる?親友同士は極めるといずれ以心伝心出来るようになるんだ。早くその域にたどり着けるようにいつも引っ付いて行動するべきだよね。毎日食事もお手洗いも入浴も就寝も親友の私から離れちゃダメだよ?や・く・そ・く!」


 「しねーよ!アホ過ぎるだろ、頭大丈夫か?病院行くか!?」


 「もぉ~照れ屋さんなんだからジェノ君は、そのツンデレ具合が可愛いんだけどね!ふふ、親友の私はわかっているよ・・・ジェノ君は今腕枕して子守唄を歌ってほしいんだろう?ああっ以心伝心まであと極僅かだなぁ、これは!」


 「お前は口を開くな!頼むからもう一回眠りについてくれ!」


 さすが喋ると残念な子代表。

 天使要素の欠片も見当たらなくなったぞ、逆に感心するぜ。向こうから迫ってくると無性に逃げたくなるのは何故なのだろうか?恐らく、こいつの目が異様にギラギラしているのが原因だ。


 僕ヤバイくらい今鳥肌立ってるもんなぁ、確かに好きは好きなんだが・・・本気でイラっとするぜ。

 興奮が最高潮に到達したカルシェンツに凍る様な冷めた瞳を向け、ジェノは起こしにきたベリオンに手を振る。

 

 「ぐはっ!」

 早朝6時、朝日に照らされた特性ベットの上で抱きついてきた美少年に、渾身の足四の字固めをくらわせました。

 

 

 

 風に煽られ左右に揺れる橋を跳ねる様に渡り、茶畑を抜けて屋敷から北西に位置する時計塔を登っていく。生憎曇り空なのが残念だが、お昼用のサンドイッチを調理場で仲良く作った子供たちは、広大な敷地内をピクニック気分で散策していった。


 護衛はついてきているらしいが姿は見えず、数歩後ろでベリオンがいつも通り見守ってくれている。時計塔から眺めると若干長方形の黒い塀の内側は壮大で、巨大プールも昼食を食べたダイナミックな三段滝も小さく見えた。


 「じゃあ使用人は皆夜になると王都の街に戻るの?護衛は?」


 「ベリオンの部隊と数人の執事とメイド、門番は残るよ。でも屋敷で私と共に暮らしているのはベリオンと護衛隊長とメイド長のみで、タイレンやヒョウンは敷地内の別邸で寝泊まりしている。ほら、あそこの地帯に建物が密集しているだろう?市場や雑貨屋が定期的に来るらしく、町と化しているそうだ」


 自身の敷地内の事柄なのに他人事のように指をさすカルシェンツに苦笑し、そんなので護衛は本当に大丈夫なのかと心配になってきた。

 前から思っていたが、王子様の警護にしては手薄なのではないだろうか。隠れて護衛しているとはいえ、ベリオンさんしか傍にいないのは問題がある。


 どんなに『天才』『化物』と呼ばれていても、カルシェンツは一人の子供でしかない。黒い塀が高いと言っても乗り越えられないわけではないのだから、数で攻められれば勝ち目は薄いだろう。

 殆どの護衛は敷地外の家に帰らせ、残った使用人も数人しか屋敷で生活していない。次期王の周辺警護にしては不安な部分が多すぎる。現に舞踏会の夜にジェノはカルシェンツの真上まで行けてしまった。

 

 「ジェノ君は優しくて聡明で本当に親友想いな素敵な子だね。心配してくれてありがとう。でも安心して、手はちゃんと打ってあるから!森の四方を見てごらん、所々に珠がういているだろう?」


 「んん?たま・・・あぁーあの透明な緑色のやつか。なんかフワフワ浮いてるな、何アレ」


 「監視と森全域の治安管理。侵入者を発見すると自動的に警告と排除攻撃をしてくれるんだ。数年前に魔法道具開発局と合同で制作してね、出来上がったものに更に私が手を加えたオリジナル警護魔具さ」


 魔具とは魔力が込められた道具の事で、魔石を組み込み造られた物や最上位の魔導師が力を込め続ける事で生まれる、とても希少価値の高い代物だ。生産数の少なさから、たった一つの魔具でお城が買える値段の物まで存在する。その為この大陸では元から魔法を使える能力者は羨望の的となり、破格の扱いを受けるのだ。

 

 「私の魔力と連動して動くようになっているから他者には取り扱えないよ。なかなか優秀な道具なんだが、一定の範囲でしか効力を発揮出来ないから外に持ち出せないのが難点でね、今改良中なんだ。他にも色々仕掛けてあるから問題ないよ」


 森と同化し浮きながら移動していく緑の丸い物体を目で追い、ジェノは唾を飲み込んだ。どれほどの威力があるかは解らないが、カルシェンツが優秀と言う事は相当な代物なのは間違いない。攻撃されないように今後行動に気を付けよう。

 

 「お話中申し訳ないんですがー、王子様にお客さんですよ」

 いつの間に近づいていたのか、振り返ると真後ろに黄色い着物を着たヒョウンが気だるそうに立っていた。

 

 「明後日までは誰が来ても通すなと言ってあるだろう。私達二人の時間を邪魔するな」


 「あぁーイチャイチャしていて入って行きづらかったところに頑張って乱入した俺の努力を少しは汲んでもらえないですかね王子様。俺だって多少はデリカシーというものを持っていますからね、大親友にデレデレな王子様の幸せな一時は守って差し上げたいです、はい。でも~、説明してもズカズカ入って止まってくれないんですよ。一護衛風情にはどうすることも出来ない権力というものがこの世には渦巻いていますから、ヒョウン超こわーいって感じです。なので王子様のえげつない権力で守って下さい」


 棒読みでベラベラと喋ったかと思うと、後方に控えていたベリオンの元へ駆け寄り片膝をついて右手を左胸に当てた。


 「おはようございますベリオン様!第一の部下、ヒョウン・ガウン只今王子様への報告を終え馳せ参じました。ぶっちゃけ暇です!なんなりとご命令ください、我が主よ!」


 『おはよう。別段何もないから、戻って護衛を続けてくれ』


 「おっと目にゴミが入って何も見えませんでした。しかしベリオン様は一番の部下の俺に傍で常に役立てと言っている気がしますね!」


 『それは気のせいだ。ヒョウン、下で待機を・・・』


 「えっ、ヒョウンが傍にいると心強い?そこまで言われたらこのヒョウン、全身全霊でベリオン様の護衛をさせて頂きま・・・あ、間違えた。そう、もちろん王子様をしっかり守りますよ。褒めてくださいね!」


 ベリオンの手話で自分に都合の悪いことはことごとく見なかった事にし、ヒョウンは何とか傍で役に立とうと必死にアピールしていた。先程までやる気の感じられなかったヒョウンの変貌振りに驚きつつ、ベリオンさんは部下に慕われる良い上司なんだなぁとジェノは深く納得して頷く。

 

 すっごく優しいし、素晴らしい腹筋と背筋を持っているもんね!憧れる気持ちわかるよヒョウンさん。でもかなりベリオンさん困っているような・・・それに頭に乗っているキウイと喧嘩するのは止めてください。ベリオンさんの上はキウイの住処と化しているんです。邪魔しないであげてください。


 「ジェノ君、監視魔具で確認したら厄介な人物が下まで来ているようでね、すぐに追い返すからここで待っていてくれないだろうか」


 そう言うと溜息を吐きながらカルシェンツはベリオンと共に階段を下りていき、上にはジェノとその護衛を言いつかったヒョウンが残された。

 カルシェンツ本人が対処に出向く人物となるとかなりの権力者か。

 僕を残していったのは会わせたくないから?もしかして・・・例の『婚約者』なんじゃ。


 「あの、ヒョウンさん。僕も行ったら駄目ですか?」


 「いいんじゃないですか別に。見たいなら降ります?」


 あっさり許可したヒョウンに張っていた気が抜け、ジェノは足音の響く鉄の階段を出来るだけ静かに降りていった。

 「待っていて」と屋敷の主であるカルシェンツが言っていたのを聞いていたはずなのに、随分軽く承諾したな。ヒョウンさんって一体何者なんだろう?


 「ヒョウンさんってカルシェンツと仲良いんですか?」


 「んー普通ですかね、俺は王子様よりもベリオン様と親しくなりたいですよ。なのでジェノ様が羨ましいです。王子様の大切な方は無条件で心を開いてもらえる。俺は何故か距離をとられている気がして・・・いや、きっと気のせいです!俺は一番の部下ですから信頼されてますよ」


 自分に言い聞かすように頷いているヒョウンに哀れみの目を向け、絶対ベリオンさんは距離を空けて接しているんだろうなとジェノは悟った。面倒な部下に苦労しているベリオンさんが目に浮かぶよ。頑張って下さい!常識人のベリオンさんを僕はいつも応援しています。


 「おっ、ここからなら隠れて見れますよ。ほらベリオン様がいます。今日も凛々しいですねー、隙がなさ過ぎてゾクゾクしちゃいますよ。いつか寝首を掻いてその頭蓋骨を持ち歩きたいですよねぇ、想像しただけで鳥肌が止まりません!あっそうそう、俺昨日からジェノ様のあだ名考えてたんですけど『黒にゃんにゃん』ってのはどうですか?」


 「・・・え?」


 「嫌です?じゃあ無難に『黒猫様』にしときますか?可愛い方がいいと思うんですがねぇ・・・猫っぽいってよく言われません?」


 確かに言われるが今気になるのはそこではない。先程何か、物凄い物騒な事を言わなかったか。

 寝首を掻く?何を持ち歩きたいって?

 三階ぐらいの高さから隠れて下を覗くヒョウンは何事もなかったように「俺は蛇っぽいって言われますよ~」とニヤついている。

 

 気のせいだったのかな・・・うん、怖いからそういう事にしておこう。僕は何も聞いていません。

 薄暗い小窓からジェノも顔を覗かせカルシェンツを探すと、外に停まった茶色の馬車に近寄り腕を組んでいる姿が見える。

 

 「やあやあ出迎えご苦労!そんなに私に会いたかったのかいカルよ。最近顔が見れなくて寂しいと言う声が聞こえたから飛んで来たのだよ。ほうら可愛がってあげるから腕の中においで、私の天使!」

 

 「不法侵入者だベリオン。速やかに追い出していい、私の知り合いにこんな者は存在しない」

 

 「ああっ、単なる知り合いではなく最愛の家族だものな!仕事で遠方に行ってて構ってやれなくてすまない。私も心が千切れる想いだったがカルの愛は常に感じていたよ、だから拗ねないでくれ。お兄様はいつどんな状況でもお前の幸福を願っていたんだ。さあ、撫で繰り回してやろう!」

 

 「帰れ不審者」


 颯爽と現れた長身の青年は堂々と近づき不意に手を伸ばすが、カルシェンツはヒラリとそれを躱し十分な距離を確保しながら応対していた。肩まである黄土色の髪をかき上げた青年は「照れちゃって可愛いやつめ!」と、笑いながら何とか距離を縮めようと動いている。


 ジェノの位置からよく見える青年は175cmほどの背丈に真っ白な燕尾服姿で、目を引く高い鼻に垂れ目が特徴の細マッチョだ。垂れ目のせいか眠そうに見える青年の顔に見覚えは無いが、声には聴き覚えがあった。

 かなり面倒臭そうな雰囲気にデジャブな言い回し、毎日一緒に過ごしてるカルシェンツとそっくりなこのウザさ。間違いなく彼は・・・

 

 「カルシェンツのお兄さんか」


 「ラーギュント様です。ヴェジニア国第二王子でカルシェンツ王子より三歳上だったかな。自他共に認める極度のブラコンで何度も出入り禁止になっていますが、あの手この手で侵入してきます」


 王族同士で問題が起きるのを避ける為か一応血の繋がった兄弟だから甘いのか、カルシェンツは嫌がりつつも魔具に攻撃しないよう命じているそうだ。

 まぁ家族なのだから当たり前かと考えていると、「他のご兄弟だと排除されますよ」と笑って言われた。

 え、それどういうこと・・・てか今僕の心を呼んだの?この人エスパー!?


 「俺色々鋭いタイプなんですわ。王子様の家族構成知ってます?ラーギュント様以外のご兄弟全員とは疎遠で、王族の集まりで会っても目も合わせないとか」


 何でもベラベラと喋ってくれるヒョウンの話は驚きの連続で、ジェノは目を見開いた。『兄弟仲は普通』と言っていた以前のカルシェンツは困り顔だったし、仲が良くないことは感づいていたが思っていた以上に酷かった様だ。

 

 姉の第一王女はカルシェンツを便利な道具としか考えておらず、桁はずれの才能を持つ弟を掌握しようと躍起になっているが、彼に全てを見透かされ内心では恐れているという。腹違いの二人の弟とは全くと言っていいほど接点が無く、未だに一言も会話したことがないそうだ。


 「まぁ断トツで一番酷いのが長男のセインディルクですね。一時期暗殺を企んで刺客を送ってたらしいし・・・会えば嫌味や罵詈雑言のオンパレードです」


 「刺客!?それって殺そうとしてたって事ですか、弟を?」


 「現在進行形で機会を伺っているんじゃないですかね。一度誘拐されて本気で危なかったそうですし、黒にゃんにゃんも第一王子には気をつけて下さい」


 カルシェンツの親友となれば人質に充分なりえる。危害を加えるだけで何事にも揺るがない氷の王子様に大ダメージを与えられるのだから。

 ・・・あいつはそんな危険な状態にいたのか?全然知らなかった。みんなに憧れて敬われている孤高の王子ではなかったのか。

 いや、考えてみればわかる事だ。カルシェンツの秀でた能力も才覚もルックスも、惹きつける要因にもなれば妬む要因にもなる。てか『黒にゃんにゃん』に決定なのか?

 

 「出来すぎた弟に嫉妬心や憎悪が芽生えるのはある意味自然な事かもしれないですね。当時13歳だった第一王子が決まりかけていた次期王の座をたった6歳の弟に奪われたんですから。周囲からの同情や憐れむ目に曝され続け、少年の心は歪んだんでしょう」


 物心がつき5歳頃から並外れた才能を開花させていったカルシェンツに、実力主義者の現王は日に日に夢中になっていった。聡明な頭脳に未来を見通すかの様な判断力。誰の目から見ても抜きん出たカルシェンツは国王を虜にし、次期王間違いなしと囁かれていた第一王子のプライドを粉々に叩き潰した。

 

 セインディルクに懐いている妹のハミィ姫はカルシェンツを嫌い、兄妹仲は最悪となっている。妃は前妻の子供に関心を示さず、王は忙しさを言い訳に面倒事を避けているという。


 「ただ一人、ラーギュント様だけは王子様を溺愛して可愛がっています。口では帰れとか言ってますが内心は嬉しいんじゃないですかね。嫌がっているのは同族嫌悪でしょう、あの二人そっくりだし」


 冷たくあしらっているカルシェンツを見遣ると、確かに他者に向けるいつもの凍る様な瞳をしていない。恐らく唯一本当の家族だと認め、安心出来る相手なのだろう。


 「私と親友の邪魔をする者は何人たりとも許しません。一人でプールで遊んでいて下さい」

 

 「お兄様より親友をとるなんていけません!そんな子に育てた覚えはありませんよ、プンプン!さあ、その親友とやらに会わせてもらおうか」

 

 「育てられた覚えはありませんし会わせません。ジェノ君は私以外とは話さないんです。「カルシェンツしか興味ないから一生他人とは仲良くしない!」と誓ってくれました。私に釘付けなジェノ君はラーギュント殿など視界にも入れませんよ」


 おいっなんだそれは、何勝手な事言ってやがる!誰がいつ誓ったんだそんなキモイこと。


 「カルはそいつに騙されているんだ、私が一番カルの事を想っているよ!」

 

 「ジェノ君は寂しがり屋で私から少しでも離れると泣いてしまうので早く戻らないと。今朝一緒にお風呂に入りたいってねだられましてね、可愛いわがままっ子のお願いを叶えるのに忙しいんです。手を煩わせないで下さい」


 「こらぁカルシェンツ!堂々と嘘ついてんじゃねーぞっ、絶対に許さん!」


 「ジェノ君!?今の聞いて――っ?あ、いやっ、これは違う!」

 

 あまりの虚言に我慢できなくなったジェノは覗きをやめ小窓から叫び、大急ぎで階下へ向かった。カルシェンツに近寄ると目をうろうろさせ「話せばわかる!」と言い訳をし始め、ラーギュントにはジロジロと胡散臭そうに見られる。


 「初めましてラーギュント王子、お初にお目に掛かります。僕はジェノ・モーズリストといいます」


 「・・・ほう、お前がジェノか。生意気そうなチビだな」


 「ジェノ君への暴言は万死に値する。取り消せ、さもなくば未来永劫顔を見せるな」


 「そ、そんな!カルに会えないとお兄様は死んじゃうよ!?そんな酷いこと言わないでくれっ」

 

 「兄でも容赦はしない。ジェノ君と私は溶け合ってもはや一つに同化し・・・」

 

 「カルシェンツは黙っていろ。今日枕投げしてやらないぞ」


 「はい黙ってます、ごめんなさいジェノ君!枕投げ凄く楽しみなんだ、出来ないとショックで死んじゃうよ!!」


 本当に似てるなこの兄弟、恐ろしいぜ。

 静かになったカルシェンツから目をはなしラーギュントに向き直ると、弟の態度の変化に目を丸くして驚いていた。だがすぐに「焦ってるカルも超可愛いなぁ」とデレデレし始める。

 

 うっわぁー、ブラコンって初めて見たけど面倒臭そうで嫌だな。でも一応カルシェンツの数少ない大事な人だし、親友として挨拶はしておかないとダメだろう。


 「お前、純粋なカルを誑かして親友などと言いふらしているようだな」


 「言いふらされたのはこっちですがね」


 カルシェンツを見遣ると目線を逸らし「てへっ」と舌を出している。このやろう。


 「何が目的だ、金か?地位か?権力か?友など紛い物だろう、カルの何に惹かれて近づいた」


 「仲が深まったら自然に友達だって思えました。一緒にいて楽しいですしね。強いて言うならコロコロ変わる表情と常に全力でぶつかってくるところがウザイけれど好感が持てます。でもお宅の弟さん加減ってものを知らなくてかなり迷惑しているので、貴方が育てているのならもっと一般常識を教育してあげて下さい」


 第二王子に対して失礼な言葉使いと態度な事はわかっているが、ジェノは敢えて取り繕わずに『素』の自分で話した。


 「・・・今度私の王城でパーティーを盛大に行う。高級料理に豪華な景品も貰えるぞ。カルの親友なら充分参加資格があるというものだ、歓迎するがどうかね」


 「あ~、お誘いはありがたいですが僕はいいですそういうの、面倒なんで。親睦を深めるならここの庭とかでバーベキューとかしましょうよ。向こうにある滝とか見ました?今度誰が一番高いところから飛び込めるか競う『度胸試し大会』を開こうって計画中なんです。ラーギュント王子もどうです?因みに景品は誰よりも度胸があるという称号だけですが」


 「・・・・・・」


 元々権力などに興味はないし偉い人相手でもそこまで態度は変わらないが、やはり王子ともなると少しは緊張もする。しかし、この人には本来の自分を隠さず見せるべきだと直感が訴えていた。

 良く見せようと背伸びをしたり思ってもいない言葉はすぐに看破される、そんな気がする。

 何よりカルシェンツにそっくりなんだ、素で対応したほうがいいし僕も自分を偽りたくない。


 「ねぇねぇジェノ君、罰ゲームも考えようよ!皆が必死になる様な悲惨なやつ」


 「それよりちゃんとした景品用意しよぜ。僕が優勝したら『一日中好きな時に護衛さんの筋肉触り放題』がいい」


 「却下!私以外に触ってはダメだ!」


 ギャンギャンと五月蝿いカルシェンツに「お前にベリオンさんみたいな筋肉が付けば触ってあげるよ」と言うと、射殺す様な視線を側近に向け「ベリオン・・・話がある。ちょっと来い」と二人はその場を離れていった。

 ごめんなさいベリオンさん、後で必ず償いはします。でも今は――

 

 「カルがあんなにハツラツとしているのを初めて見た。随分打ち解けているんだな、一体どんな手で取り入った?」


 「さあ、カルシェンツは最初からよく喋る喧しい子でしたよ?僕の何が気に入ったのかは本人に聞いてください。僕からしても最大の謎です」


 お兄さんと二人きりで話がしたい。

 まぁ後ろにヒョウンさんがいるから実質は三人だけど。


 「お前は本当に真面目な友情をカルと育んでいると言うつもりか?相手は化物と恐れられる程の天才だぞ、対等でいられるわけがない。疚しい気持ちが一つもないと・・・一切の秘密も弟に抱えていないと言うのか?」


 「秘密はもちろんありますよ。親友だからって人間同士の付き合いですからね、全てを曝け出していると言ったら嘘になります。でもカルシェンツは能力が化物並なだけであとは唯の思い込みの激しい面倒な子供でしょう。対等に話すことがそんなに難しいとは思えませんが」


 目を見て告げると張り詰めていた空気が途端に和らぎ、ラーギュントが面白いものを見る瞳でジェノを眺め出した。その後も問われたことに素直に答えていき、カルシェンツとの初対面でのやり取りを話すと可笑しそうにクスクス笑っている。

 あ、この人笑った顔がカルシェンツと似てる。


 「あ~ゴホンッ・・・そのなジェノ殿、嫌味な言い方をして悪かった。大事な弟にもしものことがあったらと気がきじゃなくてね、意地悪をした」


 「え?」


 「君の事はベリオンからある程度聞いて問題ないと分かってはいたんだ。あいつがカルに害を及ぼす存在が近づくのを許すとは思えないからね。しかし自分の目で確かめておきたかった」


 そう言うと伸びをするように両腕を上げ、「私も貴族のパーティーは好きじゃない」と溜め息混じりに呟かれる。


 「実際に話して思ったが・・・君は想像以上に正直な人間なんだな!自国の王子相手に堂々と面倒臭いと言い放つとは恐れ入ったよ、驚いた!」


 態度を和らげ笑いだしたラーギュントにジェノは目をパチクリさせ固まった。どうやらジェノの本心を探るため高圧的な態度をとっていたようだ。ここで怯み嘘を付いたり当たり障りの良い事を並べていたら、今後カルシェンツと会うのを妨害するつもりだったらしい。

 

 「秘密があるなんてあの状況で堂々と言うとは思わなかった。そりゃあ一つや二つあるよなぁ、人間だもの。・・・で、どんな秘密なの?」


 「いやいや教えませんよ。お兄さんカルシェンツにすぐバラシそうですもん。甘やかし過ぎです!このままじゃ弟さん碌な大人に育ちませんよ」


 「ははっ、すまんな!カルを叱るのは君とベリオンに任せるよ、私は甘やかし担当だ、アメとムチで良い感じじゃないか。――ジェノ殿、カルは少し厄介なところもあるがとても優しい天使みたいな子だ。今後も仲良くしてあげてほしい・・・あんなに幸せそうなカルは初めて見たからな」


 「少しではなく大分厄介な性格だと思いますが・・・僕も楽しいですから、彼とこれからも一緒にいたいです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 深くお辞儀をし、今度『度胸試し大会』に参加してくれる約束をした所で、遠目からカルシェンツとぐったりとしたベリオンが帰ってくるのが見えた。

 二人は似ているがラーギュントは弟よりも社交的で、周りの人間をよく見て受け入れるタイプのようだ。

 

 良いお兄さんだな、安心した。

 家族に命を狙われ続け、冷え切った家で耐えていたカルシェンツを支えたのは、恐らくラーギュントだったのだろう。彼がいなければ今カルシェンツは心が壊れていたかもしれない。

 想像でしかないけれど、僕にとってのメロスみたいな存在なのかも。

 

 「私のジェノ君に失礼な事を言っていないでしょうね」


 「ふっ!カルが最も愛しているのはお兄様だけだから勘違いするなと忠告しただけだ。失礼な事など言っていない!」


 「気持ちの悪い妄想は止めて下さいラーギュント殿。吐き気がします」


 緊張したがラーギュント王子と思った以上に打ち解けることが出来て、ベリオンさんには申し訳ないが今日は良い日になった。

 屋敷へ戻る帰り道、夕食を一緒にとると駄々をこねたラーギュントに文句をぶつけるカルシェンツを眺め、ジェノは一人微笑む。

 と、そこに

 

 「ねぇねぇ黒にゃんにゃん~」

 

 「何ですか、ヒョウンさん?」


 草をかき分け横に並んだヒョウンが身を屈め耳元で囁いてきた。

 

 「黒にゃんにゃんの秘密ってぇー・・・もしかして、女の子だってことですか?」


 「――は?」


 ニヤリと笑い「図星かにゃ?」と頭を撫でられる。

 え・・・今なんて、言った?


 「一目見て気づきましたよ?ベットも風呂も一緒とか男女の垣根を超えた友情凄いなぁって思ってたんですけど、周りの態度がなぁんかおかしいなーって思って・・・ああ、皆勘違いしているんだなって。やっぱりこれ、隠してました?」


 「あの・・・なん、で」


 「言ったじゃないですかぁ。俺、色々鋭いタイプなんだって」


 立ち止まりかけたジェノの手を引き、全く読めない表情でヒョウンは笑い続けた。

 

 「やっぱり変わってて面白いですね・・・黒にゃんにゃんって」

切りどころが難しく、予想以上に長くなりました。

お読み下さりありがとうございます。

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