27 タイレン・テイク
老練な執事長、タイレン視点となります。
曇り一つなく磨き上げられたシルバー類に、埃を隅々まで拭き取ったシャンデリア。
忙しなく動き回るメイド達の足音が廊下を駆け抜け、タイレン・テイクは懐中時計を懐から取り出した。特注で作らせたシルクのベットにシワがないか入念にチェックを入れる男に、後ろから声をかけると「ひゅえぇ!」とみっともない声が返ってくる。
「ガンディオロウグス、もうそろそろでお見えになるぞ。出来たのか?」
「も、もちろん出来ました。これでカルシェンツ様の安眠は完璧!・・・だと思います」
「む?・・・では付いてきなさい」
自信があるのか無いのかはっきりとしないが、タイレンは時間が惜しいとばかりに廊下に出ると、そわそわと落ち着かない様子の使用人達に声をかけて玄関へ向かった。
「ジェ、ジェノ様は魚介類はお好きでしょうか?もし、もし失敗などしたらどうしたらよろしいのでしょう!?」
またか・・・料理は料理長の責任となる。食べられぬ物があればカルシェンツ様から事前に通達があるだろうし、執事のお前は関係ないであろう。
オドオドと挙動不審に後に続くガンディオロウグス・ヘミングを一瞥し、右手に持つ杖を軽く上げる。
「我々は失敗せぬように務めるだけだ。ガンディ、プールの最終チェックに参加せずともいいのか?たしかお主の管轄ではなか・・・」
「解雇ですよ!きっとちょっとでも機嫌を損ねたら、暇を出されてエリート街道から地獄へと転落するんだっ」
「おい」
「いや、処刑もありえる!あの神々しいカルシェンツ様が毎日機嫌を伺って誠心誠意尽くしておられる方だ・・・っ、私など存在を晒しただけで目障りだと火炙りの刑にされるかもしれません!私は一体どういたしましょう!?」
どうもせんわ!なんだその超絶激しいネガティブ思考は、35歳を過ぎた男の発言とは思えんぞ。
いい歳をした部下の毎度の騒ぎにタイレンは眉間を指で抑え、朝から重々しい溜息を吐き出した。
「ひょぇぇえ、テイク様がこの世の終わりみたいな溜息を!やはり噂通りジェノ様に気に入られなかった者はカルシェンツ様に捨てられるんですね!?ただでさえ人数少ないのにこれ以上減ったらこの屋敷は荒廃しますよテイク様!私がクビ切られそうになったら是非口添えをお願い致しますっ」
精密な角度で美しく頭を下げたガンディオロウグスは、学が高く武術での身のこなしも周りから一目置かれている、まさに文武両道な男だ。そんな彼の唯一の欠点は、素晴らしい才能を持ちエリートとして期待されながら『超』が付くほどのマイナス思考と、周りが引く程思い込みが激しい厄介な性格である。
才能を鼻にかけた自信家なら腐るほど目にしてきたが、こういったタイプはここでは珍しい。ましてやへミング家は国でも名高い貴族の家柄だ。
名前も家柄も凄いのに何故こんな性格に育ったのか?有能なんじゃが鬱陶しくて敵わん。
「森の入口を馬車が通過したそうです。間もなくお見えになります!各自最終チェックをし、持ち場で待機なさい。くれぐれも粗相の無いよう、細心の注意を払って行動するように!」
よく通るメイド長の声に身を引き締め、皆持ち場に素早く移動する。今日は記念すべき大切なお客様が屋敷に訪れる日。すれ違うメイド、執事の表情は以前一度だけ国王陛下がお見えになった時と同じ緊張感を孕んでいた。
カルシェンツ様の最愛の親友の訪問・・・敬愛するご主人様の為にも、必ず成功させなければ。
使用人の心は皆一つになっていた。
まだ12歳と幼い当主ではあるが、風格・態度・才覚・思考・行動力。凡人には到底辿り着けない領域へやすやすと登る事が出来るカルシェンツ様は、国民の羨望の的である。ヴェジニア国の王城よりも大きく、森に覆われ全貌が見えないこの屋敷で仕える事は、今やメイドや執事に留まらず国有数の貴族にとっても憧れの職となっていた。
想像を絶する難関をくぐり抜け、選ばれた強者のみが入室を許される屋敷に住み込んで早6年。年月で見れば短い様に思えるが、此処ではタイレンが最長の執事だ。何故なら6年前に、カルシェンツ様がデザインを施してこの屋敷が建てられたからである。
当時若干6歳。
全く、恐ろしい程の才覚ですな。60歳を過ぎても新たな発見や希望に出会えるとは、なんと素晴らしいことか。まだまだこの世界は私の想像を超える理に溢れているのだろう。クククッ、これだから人生は面白いのだ!
40年以上王城に勤め、代々王家の執事長として仕えているテイク家の現当主は、漏れる笑いを堪えきれなかった。
「黒猫みたいで可愛いですね。あーいう子を見ると懐かせたくなりません?」
「無駄口を叩くなヒョウン。さっさと手を動かせ」
「へーい」という気の抜ける返事を返し、釘を弄びながら目の前の男は再度ニヤニヤと話を振ってくる。プールの裏側で屋台を組み立てている執事の連中も、ソワソワと落ち着きなくウォータースライダーをチラ見し、仕事が手につかない様子だ。
全くこいつらは・・・鍛錬が足らんわい、後で鍛え直さねばならんな。
しかし使用人達の浮き立つ気持ちもわからなくはない。皆に悟られない様に後ろを向きながら、タイレンもガラス越しに二人の子供の姿を目で追った。
艶やかな黒髪を後ろで結わえ、漆黒の瞳を輝かせながら「次はあっちの巨大ブランコ!」と飛び跳ねている姿や、途中のプールにカルシェンツ様を突き落とす行為も悪戯好きの黒猫の様で見ていて和む可愛さだ。助けを求める振りをしてプールに引きずり込む事に成功したカルシェンツ様は、嬉しそうに頬をつねられている。
「あっ、また笑った!」
「スッゴイですよねぇ、僕感動しちゃいましたぁ」
「おおっ、神よ・・・天使が降臨なされた!ぐすっ」
「ちょっと泣かないでよ、気持ちはわかるけどさ。あんなエンジェルスマイルは反則よね」
「実は私、お声を今日初めて聞きました」
「あ、僕も!話せるのは極僅かな方々だけですしね」
「私もよ・・・二年勤めているけど遠くから見ていることしか出来なかったわ。今日もそれは変わらないけれど、忘れられない日になった」
使用人に世話を焼かれるのも、護衛に近くで守られる事も極度に嫌うご主人様に、彼を慕い心酔している多くの者達は常に涙をのんでいる。しかし今日、友人を心の底から楽しませるため用意したプールは広く、普段関われないカルシェンツ様と間近で接する事が出来る。
喜ぶのはいいが舞い上がり過ぎじゃろう、表情がロボットの様になっておるぞ。
屋台担当もアトラクションの案内係も監視員役の者達も、皆一様になんとか笑顔を貼り付けている。が、喜びを通り越し思考がショートしたのか、目がどこを見ているのか分からない。
水着選びの仕事を終え戻ってきたメイドの一人は感極まって号泣し、もう一人は武勇伝を語るように事細かに見てきた様をまくし立てた。もはや興奮しすぎて何を話しているのか半分も理解出来なかったが、天使の笑顔に目が眩んだ事と、ジェノ様がカルシェンツ様より立場が上の様に見えた事は聞き取れた。
「お二人の仲はとても睦まじく、ベリオン様以外の人間は光り輝く天使達を凝視することも叶わず、皆固まっていたのです!」
「おおおぉ、素晴らしいな!それで、ジェノ様はどの様なお方なのだ?」
「頭が真っ白でまともに見れず、性格などはよくわかりませんが・・・自然にカルシェンツ様とボディータッチをし、発言一つで容易くカルシェンツ様を笑顔に変えられる、この世に二人といない方でしよう」
次々に「カルシェンツ様と目が合った!」「俺はジェノ様に焼きそばパンを手渡した!」「近すぎて息するのを忘れて立ち眩みしちゃいました」と自慢する者が後をたたず、タイレンは持っていたペンチを握り締める。
屋敷の使用人は全員カルシェンツ様信者でこうなっては手に負えず、子供たちには聞こえない様屹然と叱りつける。だが、時間が経つと仕事の手を止め、遊ぶ二人を目で追いだす始末だった。
ここまで人々を魅了するカルシェンツ様は素晴らしいカリスマ性だが、職務放棄を招く程なのは困りものだ。誰かまともな思考を保つ者はいないのか?
「猫と犬なら俺は完全に猫派なんですよね。構い倒して嫌がられるのが堪らなくて――あ、タイレン様手を止めないで仕事してくださいよ。俺だけ真剣に働くのは嫌なんですから、ぶっちゃけサボりたいんですよー、もう」
ああ、そういえばココにいたな、一人。
タイレンに仕事をしろと言いながら自身は余った木材でゴム鉄砲を作っているヒョウンを見遣り、盛大な溜め息を付く。唯一カルシェンツ様を崇めても忠誠を誓ってもいない男は、屋敷で一番仕事をしないことで有名だ。
ヒョウン・ガウン。
恐らく私と同じ東側の大陸出身の黒髪の青年。正しい年齢は知らないが見た目は25歳そこそこで、右目を前髪で隠した長身の優男だ。常に軽い口調と飄々とした態度で周りをかき乱すが、気が付くと懐に入られ自然と許してしまう不思議な対人スキルを持っている。
屋敷に訪れた初日、たまたま通りがかったカルシェンツ様に唐突に「どうもー」と挨拶をし、冗談まで言ってのけたのは伝説となっている。自分にそれほど興味を持っていなかったのが好感だったのか、気難しい王子様はヒョウンをすんなりと受け入れ、偶に世間話をする仲らしい。
「それよりもベリオン様はどこへ行かれたんですかね?一番の部下を置いて行くなんてショックですよ、命じて下されば俺なんだってやるのに・・・はぁ~もっと頼って構ってくれないかなぁ、寂しくて退屈です」
「色々準備があるのだろう。お主は相変わらずベリオン信者なのだな」
真顔で「俺の人生はベリオン様に捧げています」と静かに囁かれ、その重さにタイレンは戸惑う。誰に対しても軽いヒョウンが一人だけ忠誠を誓い付き従っている相手、それがカルシェンツ様の側仕えである護衛隊副隊長、ベリオン・タベリットだ。
彼と話す時だけ普段貼り付けている胡散臭い笑みが消え、真面目で忠実な部下となり手足のように働く。
三年前の初顔合わせの時点ではそのようなことはなく、他者に対するのと同様にヘラヘラ笑っていたように思う。変化が訪れたのは半年後、三週間の他国への遠征から戻った後には、態度が180度変わっていた。
「この間王子様に変なこと吹き込むなって怒られたんです。別に変なことなんて教えてないですよ?狙った相手を口説き落とす108の方法を伝授しただけで、何もしていません。でもベリオン様はこれ以上のストーカー行動はマズイって嘆いてて・・・俺王子様にもっと良い方法をアドバイスしようと思って――あっ!」
余計ややこしい事態に発展するから止めるよう言おうとしたが、ヒョウンが指さした方を振り向くとそこにはヨタヨタと歩くガンディオロウグスの姿があった。手にはココナッツジュースを持ち、進む方向には一人でプールサイドに腰掛け子猫の様にキョロキョロしているジェノ様がいる。
反対側の屋台で頭を抱え悔しがる使用人の姿から、ジャンケンでもして持っていく係を決めたのだろうと推察できた。
解雇だ処刑だど騒いでいたクセに何故あいつは立候補したのだ!?怖がりながらもやはり興味はあったのだな・・・ガンディ、好奇心は身を滅ぼすぞ。
極度の緊張と興奮で覚束無い足取りに嫌な予感が過ぎり、立ち上がろうと腰を浮かすと「尻拭いしてきます」とヒョウンが素早く駆けていった。
おおっ、なんと頼もしい若者だ。任せたぞヒョウン!くれぐれも失礼が無いように早急に対処を――・・・ん?
風のように駆けつけたヒョウンがその勢いであたふたしている男に肘鉄を食らわせ、情け容赦なく足蹴りを叩き込んだ。
何をしておるんじゃあの馬鹿はぁぁあああ!?
突然の暴力シーンを見てジェノ様が呆然としているではないか!我々は普段からヒョウンとガンディのじゃれ合いを見慣れているからいいが、お客様の前でこれはマズイ!ここからでは二人が何を話しているのか聞こえんし・・・どうしたものか。
運ばれてきたガンディオロウグスを無視して考え込んでいると、ジェノ様が何かをヒョウンに訴えているのが見える。
もしや何か無礼な発言を!?
「テイク、貸せ」
突如真下で声がしたかと思うと、握っていたペンチが消えていた。
え?今のカルシェンツ様か?
前を見るとジェノ様の頭に置かれていたヒョウンの右手をペンチで挟み、不機嫌に目を尖らせるカルシェンツ様が立っている。
タイレンは呆然と自分の目を何度も擦り、「瞬間移動か・・・?」と呟いた。
「あー面白かった。でも近づかれた事に一瞬気がつかなかったです。ヤバイですね王子様は・・・底がしれないなぁ」
笑顔で戻ってきたヒョウンは感心したようにそう漏らした。声を掛けられなければ私もペンチを抜かれたことに気付かなかったかもしれない。
護衛隊で五本の指に入るヒョウンを出し抜く桁外れの身体能力に、ブワリと鳥肌が立つ。
「温室育ちの子供の動きではなかった・・・あれが化物、か」
「将来が楽しみであろう?仕え甲斐があるというものだ」
楽しそうにはしゃぐ子供達の声を聞きながら、使用人の二人は静かに仕事へと戻っていった。
陽も陰った夕食時、緩やかな弧を描く階段を下り広間へと続く廊下を進みながら、タイレンは笑いを噛み締めた。隣を歩く長身の護衛兼執事を担うベリオンへ世間話を振り、面白おかしく現状を手話で報告する。
家臣が後ろを歩きながらお喋りする事は失礼な行為だが、タイレンの主である美少年はこういった事柄は気にしない人物だ。他の貴族の振る舞いをよく知っているタイレンにとって、これほど仕え易い相手はいない。
『困ったものだな―― 婚約者令嬢というのは』
近づく扉を確認し鼻を鳴らしながら手を動かすと、ベリオンはうんざりした表情で顎鬚を撫で、天井を仰いだ。
『自称、ですがね』
『そう、自称未来の王妃様だ。一体あの者は何時どこで君の目を盗んでカルシェンツ様と約束を交わしたのだろうね?一度きちんと訪ねてみようと思うんだが、一緒にどうかな?』
『それは面白そうですね。付き合いますよ』
客人であるジェノが食事の席に着いたのを見届け、カルシェンツに許可を貰いベリオンを伴って外門へ向かう。屋敷を出ると既に馬車が用意されており、陽が落ちた森を突き抜け高い塀を目指した。命じずとも動く使用人にタイレンは満足し、颯爽と手綱を握り締め馬を走らせる。
使用人を監督する立場にあるタイレンは何か不備が起こった場合一番の責任を取らされ、部下を叱らなければならないのだ。執事の長として屋敷の殆どを一任されており、カルシェンツ相手に進言出来る数少ない人間として尊敬の念を抱かれることもあった。
そしてベリオンは唯一カルシェンツから傍付きを許されている身。屋敷に仕える使用人たちにとって、そんなタイレンとベリオンの二人はカルシェンツの次に敬服する対象だ。
門のランタンに目を留め、静かに大門の脇に馬車を寄せた。屋敷から半径3キロ程離れた黒い塀は、闇に包まれた森に溶け込み異様な雰囲気を放っている。10Mの塀は奥行があり、上は通路の様に歩ける造りとなっていた。
ぐるりと屋敷を中心に囲み、外から見るとまるで砦のようだ。王都で暮らす者達には『黒い要塞』と呼ばれているが、内側は薄緑色のお城にガラス張りプール、他にも華やかな施設が建てられた優雅な造りとなっている。
森の外と内側の施設の安全を確認する為、塀に接する形で造られた見張り塔に手を振ると、中の滑り台を使って二名の監視役が降りてきた。高さ15Mある石造りの黒い塔は一定の間隔をあけて設置されており、素早く降りる為の滑り台と階段が備わっているのだ。
「こんばんはベジー、モロンド。どうだい破天荒な偽婚約者様は?対応しているのは外の門番だろう、何故お前らが干からびたナマズみたいな顔してる?」
「テイク様、タベリット様!我等が不甲斐ないばかりにこんな場所までおいでいただき、申し訳ございません!」
「そんな畏まらんでいいよ、単なる興味本位で寄っただけだ。令嬢は何人連れているのかな?」
近づいてきた男女の呆れた様な困り顔を見遣り、タイレンは厳格な顔にニヤリとイタズラっぽい笑みを浮かべて歩み寄った。
「7名です。現在バフノス兄弟が対応に当たっていますが、その・・・本気でそろそろ危ないかと」
長い金髪を括ったベジーからバフノフという名を聞き、ベリオンが隣で呻いた。タイレンも状況がかなり芳しくないのを感じ、急いで大門の隅に造られた使用人専用の小さな隠し扉からこっそりと塀の外側へ出て行く。
「したものはしたのよ!細かいことはどうでもいいでしょう!?とにかく早く会わせなさいこのノロマ共!あの方が私を呼んでいるのが分からないの!?」
「いい加減にしろや嬢ちゃん・・・二年半働いてる俺でも言葉すら交わしたことないんじゃ、約束したなんて嘘はやめいっ!」
「上からは何も通達は入っていませんからね、口八丁はみっともないと思われます。ですので私はここを通しませんよ、お帰り願います」
頑丈な大門の方向から甲高い少女の叫び声と野太く苛立った声、それと淡々と丁寧に言い聞かせる声が耳に入った。森へと伸びる道の端には三台の馬車が停められ、言い争う声に馬が驚き嘶いている。
ふむ、やっているなぁ。使用人達が参戦していないところを見ると、無理やりあの娘に連れて来れてこられたんじゃろう。主人を宥められないとは情けない連中よ。
「なんですってぇ!?一介の門番がこのアンミカ・メシゾットに楯突くとはどういうつもりなの!ふっ、パパに言ったらお前らの人生は終わりよ、覚悟しなさい!」
「嬢ちゃんのパパなんぞどうでもいいわ、俺は嘘が好かん!シャープが優しく言ってる内にさっさと帰んな、しっしっ!」
「犬ではないのだからそれは失礼ですよボール、辛うじて人間の方々です。まぁ、お嬢さんのお父上より我らの当主であるカルシェンツ様の方が遥かに格上の存在・・・本日の事が公になった場合どちらが窮地に追い込まれる事になるのか、その軽そうな頭で考えてみては如何です?」
「っな――!」
「その程度の頭ではわかりませんか、そうですよね、お嬢さんに期待した私が間違っていました。そろそろ子供はおねんねの時間ですよ、自慢のパパの元へさっさと帰って泣きついてみては?娘可愛さに愚かな決断を下してくれるかもしれません。頑張って下さい、応援しています」
無表情に淡々と吐き捨てるシャープの言葉に後ろで固まる6人の使用人は青褪め、深紅のドレスを着た少女は顔を真っ赤にして震えていた。身長2M越えの男二人に間近で見下ろされるだけでも威圧感があるが、門番を務めるシャープとボールは屈強な体格に加え、強面の顔に走る傷跡が更に恐怖心を煽っている。
しかし泣く子も黙る兄弟を前に、怒りに震えているアンミカという少女は大した精神力だとテイクは感心した。恐らく暗闇であまり夜目がきかないのと、恋で周りが見えていない状況が合わさっているからだろうが、ベリオンも『度胸は買いますね』と頷いている。
『部下に加勢しないのかい?君の直属だろう彼等は。自称お妃様が門番の言う事を聞くとは思えない』
『あいつらがキレる前には止めますよ。まだシャープは理性的ですのでこのまま様子を見ます。私の隊では一番知的な者ですし』
『知的というより鬼畜じゃないのかい?今も貴族の令嬢を相手にどんどん傷口を広げて塩を塗っているぞ。怖いものが無いのではないか?あの兄弟は』
『いえ、カルシェンツ様に心酔しているとかで、嫌われるのが怖いそうですよ。遠くからの護衛ばかりでまだ挨拶もしていませんがね』
屋敷で随一の問題児と噂されるシャープ・バフノフとボール・バフノフ。野蛮なボールと一見知的な雰囲気のシャープは、ベリオン直属の部下として例外的にカルシェンツの護衛が許された双子の兄弟である。
誰もが苦戦した難関の試験を一切受けず、20歳という若さで突如ベリオンに連れられ屋敷に入った兄弟は見るからに他の者達とは違っていた。
洗練された所作も家柄の地位もなく、乱暴な振る舞いや言動に貴族出身の者達からは苦情が相次いだ。
確かに敵を排除する事にかけては誰もが恐怖を抱くほどに凄まじい実力を発揮するのだが、それ以前に人としての素養がまともに備わっておらず、次々に問題を起こし「護衛」「スパイ」「門番」「庭師」「皿洗い」と部署を変えられていった。
更に使用人の間で「カルシェンツ様と話せる機会があるかもしれない!」と人気の『ベリオン直属部隊』に所属した事で、周りからの風当たりが強まった。未だ兄弟はカルシェンツ様と全く接触出来ていないが、同じ直属部隊のヒョウンが軽く話しかけているのを見ると、どうやら二人が緊張のあまり近づけないだけのようだ。
いや、やはりヒョウンの奴がおかしいんじゃな。ベリオンには絶対服従じゃが、その他の人間は「遊ぶ相手」にくらいしか考えておらん。ベリオン直属部隊は4名しかおらんが、全員一癖も二癖もある厄介な者達ばかりじゃ。
『三年かけて根気強く教育を施し、ようやく我慢と常識を覚えてくれました。最近は私へ報告される苦情も僅かですし、二人の成長を見守りたいのです』
『君は彼らの父親か!・・・まぁガラの悪い不浪人の状態からよくぞココまでまともな人間に育てたものだ、感服するよ。各部署をたらい回しにされたおかげで、今やどんな仕事もこなせる万能な護衛だと優遇されているものな』
『はい、いい誤算でした』
そう嬉しそうに微笑むベリオンの眼差しは、ピリピリと激しさを増した三人の口喧嘩に注がれている。何故ベリオンが唐突に二人を連れてきたのかも、どの様な出会いだったのかも謎とされ、どんなに聞いても答えてはくれない。
こやつも謎が多いんじゃよなぁ。秘密主義というわけではなく、色々と『謎』が多い。
ベリオンは今から15年前、16歳で田舎から一人で王都に出てきて独学で剣術を身につけたらしいが、その二年後には既に『第一王子』に仕えていた。末端の荷物番だったと言うが、徐々に頭角を現し護衛隊に配属されるのは早かった。しかしこの程度の才能を持つ人間は、有能な者が我こそはと集まってくる王都にはゴロゴロ存在する。
では何が謎なのかというと、ベリオン本人ではなく『周りの人間』の態度である。
・・・何故カルシェンツ様は、あの時あのような事をおっしゃったのか――
ぼんやりベリオンについて考えていると、当の本人に袖を引かれ現実に戻される。門の方ではカルシェンツと会う約束をしたと言い張るアンミカに対し、いつその約束をしたのかをシャープが問いていた。
おぉ、本題を突いたか。さて、どう答えるかの?
「一週間前よ。その時このブレスレットをプレゼントしてくれたわ!可憐な私によく似合うって微笑んでくれたの。その日は一日中一緒にショッピングを楽しんで手を繋いでいたわ。私のお友達も羨ましがって紹介しろってうるさいの、モテる婚約者を持つと困っちゃうわよね」
恍惚とした笑みで青い石で出来た腕輪を自慢する様に掲げるアンミカを見て、隣のベリオンが小さく息を飲んだ事に気づく。
眉間に皺を寄せたベリオンは心底嫌なモノを見るように少女を凝視し、『不気味だ』と首を振った。
『確かに一週間前、カルシェンツ様はとあるお店に入りあの青いブレスレットを手に取りました』
『どういうことだ?』
『ジェノ様とお揃いで付けたいと悩んでいましたが、結局買わずにその後はモーズリスト家に直行しました。護衛が人払いをしていますから半径200M以内には近づけませんし、夜遅くまでジェノ様と過ごされていた。あんな娘には一瞬たりとも会ったりはしていません』
ふむ、常に傍で見守っている側仕えが断言するならこれが真実なのだろう。恐らくアンミカという少女はカルシェンツ様が訪れたと噂になった店に行き、店主から情報を聞き出してあのブレスレットを自分で買った。ファンにはよくある事だ。
『それをプレゼントされたと捏造している事が気味悪いですね。本当にそうだと思い込んでいるのか、周りに自慢したいがために嘘をついているのか・・・妄想癖と虚言癖、あの行動力と実際に周囲の人間に言いふらしているのは厄介です』
カルシェンツ様と話した事もまともに会った事すら無いであろう娘を眺め、二人は事態の収集を付けるために喧騒の中へと加わっていった。
冷静に対処しアンミカ嬢にお帰りいただいた後、憤慨する兄弟を宥め屋敷に戻る。案外すんなりと帰っていった所を見ると、揉め事を起こせばカルシェンツ様に会えると踏んでいたのだろう。
どうやっても王子様は現れないと察し、「また会いに来ます」とふてぶてしく引き返していった。彼女を決してカルシェンツ様には会わせてはいけない。護衛であるベリオンは気合を入れ直した様子だった。
二人が屋敷の玄関に到着すると何やら使用人が騒がしく、バタバタと駆け寄りホールへと急かされる。どうやらこちらでも問題が発生していたようだ。玄関ホールに足を踏み入れると「ベリオン!」とカルシェンツ様が駆け寄り、焦ったように腕を引っ張った。
『どうしました!?』
「ジェノ君が元気ないんだ!ずっと俯いていて私を見てくれない。料理に問題があったのかと思い聞いても「凄く美味しい」と言うし、「何でもないから気にしないで」と無理に笑ってばかりで!どうすればいいんだ!?」
『落ち着いて下さいカルシェンツ様。ジェノ様はお疲れでしょうからまずは部屋に戻って一息つきましょう、ね』
「落ち着いてなどいられるわけがないっ!・・・いや、そうだな、ジェノ君を休ませなければいけないな。すぐに手配してくれ!」
素早く指示を飛ばし部屋へ通すと、真剣な顔でカルシェンツとベリオンが寄り添い事情を聞く。少し青白い顔で首を振り続けるジェノは、タイレンに気づくと申し訳なさそうに目を伏せた。
使用人に気を遣うとはお優しい方だ。本当に何事もなければ良いが。
部屋には三人だけにして今後の準備を進めようと廊下へ出ると、オロオロと立ちすくんでいるメイド達が目に入り、仕事に戻す。
散らばった使用人を見届け、タイレンは汗をぬぐって息を吐き出した。
驚いた!心の底から今、私は本当に驚いたっ!
慌てふためく主人の姿を思い浮かべ、タイレンは信じられないとばかりに額を手のひらで抑える。
あのカルシェンツ様が焦っておられたぞ。初めて見る光景じゃった!
噂には聞いていたが本当に満面の笑顔を見せたことも・・・必死で狼狽える姿にも、タイレンは凄まじい衝撃を受けたのだ。
氷の王子様と呼ばれ、愛想笑い以外の笑顔を稀にしか見たことはなかった。ましてや世紀の天才が焦る事態などそうそう起こりはしない。仕事でどんな不備が発生しても無表情であっさり解決してしまい、刺客に命を狙われても平然と自ら対処してしまう怪物が、友達が少し元気ないというだけで取り乱し声を荒らげた。
その事実にタイレンは驚愕し、使用人達は戸惑いを隠せない。
『ジェノ様の事になるとカルシェンツ様は平静を保てなくなる』
ベリオンの言葉を疑っていたわけではないが、これまで見てきたご主人様から遠く離れた姿に、その言葉を信じてはいなかった。
今日カルシェンツを眺めて一番思ったことは、まるで『子供』のようだという事。実際に子供なのだから当たり前なのだが、それだけ普段との差が激しく、タイレンには見慣れぬ光景だった。
『友達が出来れば人間味が出てくる』
そう信じて必死に悩んでいた側仕えの願いは叶ったのだな・・・。
落ち着いたのか笑顔で応えるジェノ様と嬉しそうに会話するカルシェンツ様。そんな二人を暖かく見守るよき理解者のベリオン。
扉の影から微笑ましい三人の様子を伺い、安堵の溜め息を付くと同時に「では何故?」という疑問が浮かぶ。焦った時、真っ先に駆けつける程カルシェンツ様はベリオンを信頼されている。彼にはプライベートな事も相談しているようだし、観察していれば仲の良さはすぐにわかる。
それではどうしてあんな事を・・・
やはりあれは私の聞き間違いだったのだろうかと、今でも自分の耳を疑ってしまう。
三年前の秋、ずっと気になっていたことをカルシェンツ様に聞いたことがあった。
「ベリオンのどこを気に入ったのか?」と。
ただ一人だけ傍に置くことを許した人物。耳が不自由ということ以外それほど特徴があるわけではなかった青年を何故抜擢したのか、多くの者が不思議に思った事柄だった。国王が聞いても「理由などありません」としか答えなかったカルシェンツ様。しかしあの日、私に小声で呟いた言葉がずっと頭から離れずにいる。
『気に入ったのではない・・・恐ろしかったのだ、あの男の存在が。私はこの世で一番、アレが怖い』
予想だにしないセリフに戸惑い表情を伺うと、今までに見たことがない程の冷たい色がそこにあった。どういう意味でその言葉が出たのかはわからないが、普通に仲の良い主人と従者という間柄だけでないのは間違いない。
ふぅ、まだまだ私の知らない事がこんなにも近くに転がっていると思うとワクワクしますが、出来れば余生は穏便に楽しく過ごしたいものですな。追々聞き込んでいって、もやもやを解消していくとしますか。私には彼等を見守ることしか出来ぬかもしれないが、役に立てるのならば全力で取り組むのみ。
ただ、それだけの事だ。
タイレンはほのぼのとした会話が聞こえる部屋をそっと閉じ、優雅な足運びで大浴場の準備へと心を切り替えた。
楽しみにされている枕投げの後には心も身体も癒すお風呂。お夜食を用意し、渾身のホラー話によって子供達の距離をグッと近づける役目も担っている。
夜が更けてもまだまだ仕事は山積みです。
まずは執事長として、お客様へ最高のおもてなしをしなければ――
新キャラを一気に出した為説明に話を使い、書きたかったカルシェンツの事情が書けませんでしたので、そちらは次回に持ち越します。次話は主人公視点となります。
お読みくださり、ありがとうございました。




