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「ジェノ君!何かの病気なの!?心配で堪らないよ、顔を見せてほしい!」
駄目だ。今顔なんて見たらきっと直ぐに気持ちが漏れてバレてしまうだろう。
屋敷に戻ってからジェノを悩ませているのは、恋心を自覚したカルシェンツへの対応だ。
今迄どう接していたのかわからなくなり、屋敷に戻って暫くの間カルシェンツを拒んで引き籠ってしまった。突然の事に使用人も混乱し、扉の向こうから皆に激しく呼びかけられる。優しく心配するカルシェンツの声に胸が疼き、締め付けられた。
ああ、やはり僕はカルシェンツに恋をしてしまったんだな・・・声だけでもこんなにドキドキするなんて重症だ。
「10秒でいいから出てきてくれないか。頼む、心配で夜も眠れないんだ。嫌なら9.9秒でもいい、会いたい!」
9.9秒って変わんねぇよ、全然妥協してないだろう!
今の状況で友達として会うのは無理だ。ではこの気持ちを伝えたほうがいいのだろうか?婚約者が居る相手にそんなこと言う勇気はありはしない。どうすれば最良か・・・カルシェンツには悪いが、気持ちが落ち着くまで待っていてもらおう。
そう考え、ジェノはキウイと戯れながらのんびりと気持ちの整理を行っていた。隠し扉からマリーテアが食事を運び、案外快適な引きこもりライフを満喫する。
しかし、三日が経った頃。
「お待たせジェノ君。私がどれくらいジェノ君に会いたいかを歌にしてきたよ!私たちの運命の出会いから親友になるまでの軌跡を10分の曲にまとめたんだ。題名『王子は小悪魔ジェノに魅せられる part1』これを聞けば私に会いたくなって扉を開くはず。いくよ!」
突如オペラ歌手の様に歌いだしたカルシェンツに、蕎麦を啜っていたジェノは盛大に吹き出す。
扉を挟んだ向こう側から響く美声はもはやプロのレベルだった。
くっそ不意打ちだ、鼻から麺出たっ。僕の蕎麦返せ!
『親友ジェノジェノ大親友、王子は君の頭突きにメロメロさ』って何だよそれ、歌詞がひっどいにもほどがある!
メロディーも歌声も素晴らしいが、内容がゴミだった。しかも半分くらい都合のいい妄想が歌になっており、『ジェノはカルシェンツ無しでは生きていけない。運命の二人は永遠に離れることはない』と繰り返している。
「出会ってすぐに大親友で以心伝心だと?おいっ、堂々と嘘の歌を作るなよ!」
そしてアカペラなのかと思いきや、途中から激しいバンッバーン!という雑音が加わった。このまるでリズム感のないタンバリン・・・間違いなくゴッデスだ。自称天才音楽家の「ヴゥ~ヴ~」「アヒャー」とハモろうとする奇声がたまに聞こえる。邪魔過ぎるぞお前。
そして10分を過ぎてもまだ僕が知恵熱を出して寝込んだ時のエピソードなのが恐ろしい。
え?このペースだと現段階に辿り着くのに一時間超えそうだぞ?一曲が長すぎるだろ。part1と言っていたから途中で切るのか?
ジェノの心配を他所に使用人達は何故か盛り上がり、勝手に楽器を演奏し始めた。ライヴィなどはフライパンをガンガン打ち鳴らし迷惑行為そのものだ。カルシェンツは全く気にせずに熱く歌い上げているが、ジェノはなんの拷問なんだと布団を被って耐え忍ぶ。こうして羞恥プレイと騒音で疲弊した三日目を境に、カルシェンツの暴走がエスカレートしていった。
扉の前に一晩中居座り、床とドアの隙間から光る目。ジェノが動くたび「おいで~おいで~」と囁く声は恐怖そのもの。世紀の天才王子様が床にへばり付き、覗き魔と化している光景はなかなか見れないだろう。こいつにプライドは無いのか?
タオルで隙間を塞ぐと今度は外の窓側に回り込んだ。
「出てきてくれないと飛び降りるからね!」
「くそウザイ!」
二階の窓にどうやって登ったのか知らないが、ジェノはカーテンを問答無用で閉め、オババ様との魔法の修行に集中する。
おそらく本気で開けようとすせば、カルシェンツはいつでも扉を開けて入って来られるだろう。それをせず外から呼びかけているのは、無理やりにではなくジェノに自主的に出てきてほしいからだ。カルシェンツの優しさと思いやりには気づいている。出ていきたい気持ちもある。しかし恋心を自覚した今、彼への態度が変わってしまわないか自信がない。
今迄キモイと感じていた意味不明のセリフにトキメイたりしないだろうか?
カルシェンツに群がっていたあの少女達の様に目をハートにし、自分もキャーキャー騒ぐようになるのだろうか?
恋は盲目だと聞く。周りが見えなくなって醜態を晒す自分を想像し、ジェノは頭を抱えた。
嫌だっ、そんなのは絶対にいーやーだ!自分で自分を操れなくなるのが怖い、僕は僕で有り続けたい。
カルシェンツとも・・・今までの関係でいたいんだ。
「親友なら、ずっと一緒にいられるんだよな?」
「ジェノ坊ちゃん?」
「婚約者とかいても関係なく、傍に居続けられるなら・・・僕は親友がいい」
「・・・・・・」
マリーテアが複雑な表情で食器を片付け、何か言いたそうにジェノを見遣った。しかしジェノはそそくさと扉に向かい、大きく深呼吸を繰り返す。
「カルシェンツにこの想いは一生言わない。初恋なんていつか風化して消えるだろ」
「それで本当にいいのですか?」
「元々僕たちは、親友を前提に友達になったんだ。カルシェンツも望んでない気持ちなんて、無い方がいいよ」
そっと扉を開け何事も無かった様に出て行ったジェノは、いつも通りにカルシェンツの抱擁を回避し頭部にチョップを打ち放つ。楽しそうな二人の子供たちは笑顔で廊下を駆けて行った。今までと同じ日常を選択した少女を見つめ、彼女に仕えるメイドは主がいなくなった部屋の掃除を始める。
「親友という関係を逃げ道に使っても、いずれ気が付くでしょう。その立ち位置が如何に残酷なものか・・・近すぎる距離感は危険ですわよ、坊ちゃん」
呟かれたその助言を聞く者は、誰もいなかった。
ジェノの籠城も五日で終わり、適度な距離を保ちながらカルシェンツと対峙して早三ヶ月が経つ。
冷えたフルーツ牛乳を半分ほど飲み干すと、涼しげな風が頬を撫で蒸気した肌が気持ちいい。紫色のお湯が放つラベンダーの香りに目を閉じ、鼻歌を口ずさむオババ様ものびのびと寛いでいる。登る朝日が眼前に広がる露天風呂は、なんと快適で極楽なのだろう。ジェノは体も心も癒すお湯に感謝し、風流な滝の仕掛けと朝やけの景色に感嘆した。
「ジェノちゃんは深刻に考えすぎなんじゃ。好きなら好きでいいんじゃないかねぇ。別に悪いことをしているわけじゃないんだから、楽しく恋愛しんしゃい」
「失恋してて楽しいわけないよ。それに初めてでよく分かんないもん・・・上手く話せないんだ」
「失恋かい?ババはそうは思わないけどねぇ、もし婚約者がいたって略奪しちゃえばいいんじゃ。エンジェルちゃんがジェノちゃんを拒む姿は想像出来ないのう」
カルシェンツは僕を男だと思っているんだよ?男同士の友情を育んできた親友に突然「好きになった」と言われても気持ち悪いだけだろう。
カルシェンツの方も僕をの事を「好き」としょっちゅう言っているが、その「好き」は好意の種類が違う。
『友情の好き』と『恋愛の好き』には大きな隔たりがあるのだ。
ジェノは三ヶ月前に参加した舞踏会での出来事を思い出し、ブクブクと沈んでいく。性別を打ち明けることも出来ず余計なことを自覚したあの苦い夜。座り込んで動けずにいたジェノを迎えに来たファストも、心配してずっと待ってくれていたベリオンさんも、皆理由を聞かずに優しく接する。言えなかった事を謝ったジェノに、ベリオンは甘く微笑み「今はまだその時では無かっただけですよ。ゆっくりいきましょう」と言い聞かせてくれた。
その優しさが辛いです、ベリオンさん。
その後貴族の間で謎の美少女とトイス家の御子息のダンスが話題になり、噂を耳にしたトイス家の当主が少女の捜索を開始したらしいが、ジェノは既に帰宅。
ロッツが「名前も知らないしどこの令嬢かもわからない。可愛いかったから誘ってみただけだ」と話し、父親はなんとしても探し出そうと躍起になっているという。近くで少女達がジェノの名前を聞いていたはずだが、ライバルの名前を教えたりはしないだろう。
誰にも挨拶をしていなかったジェノは一夜だけ現れ、女嫌いのロッツ少年を魅了した謎の美少女となった。パーティーに参加した令嬢達のもとへ使者が確認に訪れているそうだが、二ヶ月経った今でもモーズリスト家には来ていない。世間的にモーズリスト家には娘はいないとされているから当然だ。
「初恋はどんな気分じゃ?世界が色付いたり、エンジェルちゃんがキラキラ輝いて見えるかい?」
「胸がムカムカするだけだな。カルシェンツはもとからキラキラしてたから変わんないよ。あいつ無駄にいつも眩しくて嫌だ」
「・・・無自覚だっただけで大分前から惚れていたのかねぇ。はぁ、旦那様に似てジェノちゃんも相当な鈍ちんじゃ。ジェノちゃんや、それは本当に恋なのかい?」
「え、どういうこと?」
「愛や恋なんて目に見えないあやふやなものじゃろ?勘違いなんてよくある事じゃ、確かめたほうがええ」
確かめる?本物の恋かどうかを確認するのってどうすればいいんだ?僕が「好き」だと思ったら、それは恋なんじゃないのか?
「手っ取り早く抱きついてキスしてみたらええ。トキメイたら恋、気持ち悪かったら勘違いじゃ!」
「いやいや無茶言うな!最近一切触れてないし、あいつとは常に3Mの距離を保って過ごしてるんだぞ。顔だってまともに見れないんだ!」
「前までよくやっていたんじゃ、抱きつくぐらいはできるじゃろ?自分の心を確認しといた方が、必ず後々の為になる」
強く頷いたオババ様は考え込むジェノに寄り添い、「深く考えんでもええ、恋なんて抗っても落ちるものじゃ」と目を細めた。
勘違いなんて本当にあるのだろうか・・・よく吊り橋効果というのを聞くが、この気持ちが偽物の可能性がある?
「カルシェンツに抱きつく・・・か」
あれ?そういえば膝枕をしたことはあるけど、僕から抱きついたことってないかも。最近は理由も話さず変な態度をとってしまって不安に思っているだろうな。一度だけでも試してみようか。
思案するジェノをオババ様は楽しそうに眺め、「若いって素晴らしいのう」と豪快にラム酒を煽った。
太陽に向かってのびのびと咲いたハイビスカスに囲まれ、ジェノは優雅に抹茶を啜る。モーズリスト家の敷地奥に置かれたクリーム色の丸テーブルと椅子は、新緑の草原と溶け合いなんだかほっこりとする場所だ。草原を駆ける風が乾かしたばかりのジェノの髪を優しく揺らし、火照った身体を鎮めていった。マリーテアが独自で手入れをしている木々に囲まれた花園は、微かにファンタジーな空気が漂うジェノの憩いの庭である。
まるで御伽話の世界みたいだなぁ。喋る動物に導かれて魔女と死闘を繰り広げて・・・最後は素敵な王子様なんかと出会えそう。
「昨日のパン屋の主人はジェノ君を変な目で見ていた。あれは危険な人物だよ!今後は私がジェノ君のためだけに丹精込めてパンを焼くから、もうあのパン屋には二度と行かないでね。そうだ、今日から私のパン以外は食べないって誓ってくれ。あと前髪の寝癖がとてもキュートだよ!普段拝めないジェノ君のオデコ・・・白玉みたいで綺麗だ。触ってもいい?」
「は?」
――ああ、非常に残念だ。現実の王子様は面倒くさくて気色悪い!
だいたいパン屋の主人って、80歳近いおじいちゃんだっただろ?一々こいつの言葉に反応していたら身が持たないから無視無視。
丸テーブルを挟み正面に座っているカルシェンツに「パン屋巡りを今僕の趣味にしたからその要望は却下。でもお前のパン美味しいから定期的に持ってきて」と視線を合わせずに告げる。
「ジェノくんにそんな趣味があったなんて知らなかった!君は本当に謎多き魅惑の親友だな、私は毎回ドキドキが止まらないよ!ジェノ君はチョコクロワッサンが好きなんだよね?」
「今は焼きそばパンがアツイ。紅しょうがの旨さに最近気づいた」
「格好良い!私も今日から焼きそばパンを一番にするよ。ジェノ君の為に焼きそばパンの専門店を出そうかな」
本当に出しかねないから怖い。
瞳を輝かすカルシェンツはいつも通りジェノに近づこうとするが、テーブルを回りすぐさま距離をとった。
「・・・何で逃げるの?」
「逃げてない。いいからそこ座れ」
2周ほどぐるぐる回ったところでさっき自分がいた場所にカルシェンツを座らせ、ジェノも彼のいた椅子に腰掛ける。生暖かい感触に少し胸が波立ち、舌打ちしたい衝動を抑えた。「遠いよね、距離。どうして?」と低く問いかけてくるカルシェンツを見ずに「テーブルが大きいからだろ」と呟く。
「テーブルもだけどココ最近私達の距離が遠い気がするんだ。主に物理的に・・・二ヶ月もジェノ君に抱きついてないんだよ?このままじゃジェノ君不足で栄養失調で死んでしまうよ!いいの!?」
「いいよ別に。そもそも抱きつくな」
「酷いっ!でもクールビューティーなジェノ君も素敵だ。さあ、弱って可哀想な私を助けておくれ、カモーン親友!」
何を言っても楽しそうなカルシェンツが、ジェノの目には眩しく映る。
広げられた両手を眺め深い溜め息を付いた後、ジェノは普段なら無視するその要望を受け立ち上がった。スタスタと近づいてくるジェノを不思議そうに眺める少年は、目の前に立ってもキョトンとして動かない。
こいつ・・・自分で言っておいて僕が本当にやるとは思ってないんだな。まぁ、そりゃそうだな。
広げられた白い腕の下に手を回し、座っているカルシェンツにゆっくりと身を寄せた。柔らかい茶色の生地の感触が伝い、カルシェンツの耳にジェノの頬が当たる。ビクリと跳ねた彼の身体は硬直したかと思うと小刻みに震え出し、宙に浮いたままの腕はアワアワと揺れ動いていた。
「いつも痛いくらいに抱きついてくるくせにどうしたよ?お望み通り来てやったぞ、これで死なないんだろ?良かったな」
「ジェジェジジェッジェノ君!こっ、これはアレですか!?俗に言う『デレ』ってやつですか――!?ですよね、そうですよね?伝説の『デレ』ですよね!」
「うるさいな」
「待って、心の準備が出来てないっ!ちょっと待って唐突過ぎて心臓持たない。すっごいいい匂いするから待ってぇー!あ、でも離れないで。よく嗅いで覚えておきたいんだ、『ジェノ君が初めて抱きついてきた時の香りはラベンダー』だって事をっ!」
うん、間違いなくキモイな。この恋は勘違いだったということか?でも心臓は凄くドキドキしている・・・カルシェンツの熱を感じて心が躍っている気もする。
冷静に内情を分析し、ジェノは『間違いなく恋をしているが、キモイと判断できる分別はある』と判断した。
ああ良かった。これなら言わなきゃ気持ちはバレないだろう、隠し通す自信が出てきた。
「ちょっ、頭おかしくなりそう・・・夢かなこれ、そうだよ現実にこんな良い事起こるはずないものね。フフッ夢でも嬉しいよ、わー堪能しなきゃ。フフフフフッ」
「おい、どうした大丈夫か!?戻ってこーい!」
満面の笑みで壊れたように笑いだしたカルシェンツの肩を激しく揺さぶり、ジェノは少し後悔する。
夢だと思うくらい僕から抱きつくことは有り得ないことになっていたのか・・・ごめんよカルシェンツ、こんなことなら普段からもう少し優しく接してやればよかった。
「デレの威力は恐ろしいな。一瞬ここが天国かと思ってしまったよ!一体どうしたんだい、ジェノ君?感激だっ、宴を開こう!」
「開かんでいい。あーあれだ、そういう気分だったんだ。もうしないから安心しろ」
「沢山してくれ!もっと構い倒してくれよ!!」
確かに恋はしているが、本気でカルシェンツを面倒くさいと思えた。
さすがだなカルシェンツ。お前のウザさは恋する乙女を通常の精神状態に戻してくれる力をもっているようだ。これで僕は僕のままでいられる・・・ありがとう。
「なぁカルシェンツ・・・僕は今迄お前に対する態度が少しきつかったように思える。過度なスキンシップは嫌だが、それ以外は今後改善していこう。何か僕に要望はあるか?」
「ふぇっ!?ジェノ君に要望?そ、それは、私の願いを叶えてくれるということかい?ご褒美かい?」
なんだご褒美って、僕はお前の飼い主か!
そしてさっきから「少しやなくてかなーりキツかったで?」「おう、坊ちゃんはツンの分量が多すぎるからな」という囁き声が後ろから聞こえる。
ライヴィにカンバヤシ・・・この暇人共め、覗いてないで仕事しなさい。
しかしそれよりも前方の茂みで双眼鏡を構えてニヤニヤ笑っているマリーテアと、堂々と「イチャイチャしてて羨ましいのう」と声をかけてくるオババ様が気になって仕方がない。
どいつもこいつも自由すぎだろう。もうこの使用人達ヤダ!
「それなら一つだけお願いしたい事があるんだが、拒まずに了承してくれるだろうか」
「な、なに?」
神妙な面持ちで話すカルシェンツに姿勢をただし、ジェノはゴクリッと喉を鳴らした。
天才王子様のお願い。軽い気持ちで要望を聞くと言ってしまったが、大丈夫だろうか。無茶苦茶な話しだったらとりあえず頭突きを食らわそう。
全く優しくない事を考えながら、ジェノは全身で身構えた。
舗装された広い道路を行き交う豪華な馬車には王家の紋章が刻まれ、立ち並ぶお屋敷はどれも品格が漂っている。これが全て使用人達や護衛兵の住居だと言うのだから嫌になる。知っているつもりだったが、本当には理解していなかった。大陸一の大国家。その王家の規模と力は、子供のジェノには測れない。他の子よりも学があるが、自分には関係ないとスルーしていた事柄だった。
「もう王都に入っているのか?すっげぇ煌びやかな住宅街だな」
「あと20分で着くかな。この辺りに住める事はステイタスとなるからね、外観を飾って自身の格を示したいんだろう。いつの世も見栄を張る人間の浅はかさは健在さ」
「お前は一体何歳なんだ」
若干12歳とは思えないカルシェンツの物言いにツッコミを入れ、物珍しい都心の風景を興味深げに観察する。屋敷自体の大きさや敷地面積なんかは比べるまでもなくモーズリスト家の方が上だが、あまりに広い庭のせいで隣の家が遥か遠くのジェノにとって、ずらりと並んだ精悍な建物は凄く格好良く映った。
途中に通った都会の街並みも見た事のない人々の数で埋め尽くされ、ジェノは軽くカルチャーショックを受けている。
二年半程前までは家に引きこもりがちで人を避けて過ごしてきたため、ジェノが都会を訪れたのは今日が初めてだ。
ここまでの大国だったとは驚いた。ちょっと裕福なくらいだと思ってたんだよね。遠くにあるはずの城がこの位置でも驚く程巨大に見えるし、何より城も街全体も美しい。どうして家はあんなにボロいんだろう、やっぱり没落だったのか。
モーズリスト家の屋敷は鑑定者が見たら腰を抜かす程高額なアンティークなのだが、その拘った至高の造りをジェノはいまいち理解出来ないでいた。
「外見だけ飾り付けた中身の無いつまらない都さ。表面上しか見ようとしない者が過半数を占めている。早くここを抜けよう」
馬車を急かせ外を見ようともしないカルシェンツは喉飴を舐め、話題を変えようとジェノに近況を聞いてくる。
毎日一緒にいるんだから近況は知り尽くしているだろう。
よほど王都が気に食わないのか、入った途端声のトーンがあからさまに低くなった。二重人格かと疑うほど、ジェノに対する態度と他への温度差が激しいカルシェンツ。
「カルシェンツは何で僕と友達になりたいと思ったの?」
「え?」
「僕だって見栄を張るし、外見だけで判断する事もあるだろ。お前が思っている様な人間じゃないかもしれない」
自分は聖人君子ではない。他の人達とそこまで変わらないし、欲だってある。長く一緒にいればわかるはずだ。
それでも特別扱いしてくる少年に少女は戸惑い、疑問をぶつけた。
「・・・約束したから」
「約束?・・・何を、てか誰と?」
それっきり口をつぐみ、少し悲しそうな瞳を向けられる。
約束って・・・一体どういうことなんだよ。
気が付けば豪華な住宅街を抜けて純白な城を通り過ぎ、馬車は不自然に開けた草原を突き進む。
はあ?どうしてこんなところに森があるんだ!?環境保護か?王都の真ん中にこんな深い森はおかしいだろう。普通に遭難者が出る規模だぞ。
都心の中央付近に堂々と残った森林は、他を寄せ付けないバリケードのように感じた。少し進むと驚く程高い鉄の壁が迫り、ジェノは呆然と見上げて門番の通行許可を待つ。深い緑の茂る巨大な森と、成長しきった木々よりも高い頑丈そうな冷たい黒い塀。
他を拒むその外観はまるで、主であるカルシェンツの心を具現化したかの様だ。
「ようこそジェノ君!我が屋敷へ」
「お、おう」
「今日から三日間、片時も離れずに遊ぼうね!」
「おう?」
「家に友達を連れてきたのは初めてだから緊張するよ。でも親とかいないから安心して寛いでね。あれが私の家だよ!」
「なんだアレ!?城じゃねぇーか!」
どこまでも続きそうな森から突き抜けた建物を捉え、ジェノは驚愕の叫び声を上げた。
それも無理はない。そびえ立った薄緑色の建物、カルシェンツに家と紹介されたそれは先ほど通過した王家のお城よりも一回りは大きかったのだ。
いくら使用人がいたとしても、12歳が一人暮らしする住まいじゃねぇぞ・・・この国はどうなってんだ。
『私の家でお泊まり会がしたい。遠方だから最低でも二泊三日くらいで。ねっ、お願い!』
それぐらいならどうという事はないと考え、了解したカルシェンツの要望。
「喜んでもらえるように沢山悩んで色々用意したんだ。一緒に楽しもうね!まずは特別に作らせたプールに行こう。ウォータースライダーもあるんだよ!」
あれ、なんか嫌な予感しかしない・・・帰っちゃ駄目かな、ダメだよね?これはまずい、使用人の誰か一人でも連れてくればよかった。キウイはいるが役に立たないだろう。何で僕は一人でのこのこ来てしまったんだ?
色んな意味で二人きりはキッツイぞ!
こうして・・・カルシェンツ主催の二泊三日のお泊まり会が今、始まったのだった。
10歳から始まり現在12歳。
当初の予定では20話辺りで15歳くらいに成長するはずだったのですが・・・
おや?おかしいですね。
計算が大幅に狂っていますがもう諦めました。物事は予定通りに進まない方が刺激的で面白いと思います。
ふふっ、小さい事は気にしません!
お読み下さり、ありがとうございました。




