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親友の距離感って僕には面倒臭い。  作者: 殿と殿


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 「楽しかったよ、あっという間だった。ありがとう」

 「俺もだ。出会ったばかりだと思えないほど凄くしっくりきた。こんなことは初めてだ」


 ダンスホールの真ん中で微笑みながらゆったりと言葉を交わし、お辞儀をして少女と少年は別々の方向に歩き出す。

 「迷惑にならないようにする」と囁かれた耳を無意識で撫で、ジェノは黙って会場の扉を潜り抜けた。その後予想通り二人の男が扉を開け、ジェノの前に立つ。


 「僕が話す」

 「わかった。あまり思いつめるなよ」


 ポンっと頭を叩き去っていったメロスはいつもの軽い笑みを浮かべ、何も心配事がないかの様に飄々として見える。

 確かにこれは僕の問題だが、危機感がなさすぎるんじゃないか?僕はカルシェンツに嘘をつき、傍に居続けた・・・目の前にいる王子様至上主義の彼にとって、許されない存在かもしれない。

 意を決して視線を上げると、眉間に皺を寄せた硬い顔とかち合った。


 ドキリ、と心臓が揺れる。

 そのまま黙って歩き出した背中を見つめ、震える手を握り締めながら階段を下りた。重苦しい雰囲気が漂う後ろ姿はまるで、ジェノを拒絶しているかのようだ。


 「・・・ベリオンさん」

 か細い少女の声は誰の耳にも入ることなく、夜の闇に吸い込まれていった。




 夜に訪れた庭園には人影はなく、紫色にライトアップされた植物は昼間の景色と違く幻想的だ。ベンチに腰掛けた二つの影はどちらも黙ったまま前だけを見つめ、遠くの会場の賑わいが時折耳に届く。彼が黙っているのはいつもの事だが、ジェノは緊張で言葉を発せなかった。


 「あのっ」

 思い切って声を掛けたが庭には静寂が広がり、相手は微動だにしない。不安になり隣を見遣ると相手もこちらを向き視線を寄越す。

 あっ、聞こえなかったのか・・・唇を読むんだもんな。

 大きく一度深呼吸をし、ジェノは口の形を意識してしゃべりだした。


 「べリオンさん。その、ずっと黙っていましたが・・・僕は女なんです!」


 頭を下げたいのを堪え、しっかりと目を見て話す。これ以上嘘は付きたくないし、誤魔化したくなかった。


 「最初は別に言わなくてもいいだろうって、軽く考えてました。今迄もよく誤解されたけど周りにちゃんと説明してなかったし、ただ単に人と付き合うのを避け続けて・・・僕が面倒臭がったのが全部悪いんです」


 うんざりする程屋敷に押しかけられ嫌がっていたこと。慣れない人との触れ合いを敬遠し頑なだった当初の自分が過ぎる。ジェノにとってトラウマである性別の話は言うつもりもなく、ここまで深く関わるつもりもなかった。

 いつからだっただろう。『言う必要はない』から、『言って嫌われたくない』に変わったのは。


 「でもカルシェンツとずっと一緒にいて、楽しくなってきて・・・気が付いたら今更言い出せなくて、カルシェンツとの関係を壊したくなくて逃げていました。本当にっ、ごめんなさい!」


 ベリオンの反応を想像すると泣きそうなるが、ジェノは逃げずに真摯に謝罪を繰り返して深々と頭を下げる。息が詰まる様な沈黙の中、カルシェンツの笑顔が頭に浮かんだ。

 女だと知られたら、もう二度と微笑んでくれないかもしれない。

 今日見たカルシェンツの冷たい態度を想像し、震える身体を必死に抑える。隣から聞こえた息を吐き出す音に、きつく目を閉じた。彼の大きな手がそっと肩に乗せられた瞬間、雲から月が覗き柔らかい明かりがジェノの影を濃くする。見上げると月の光で照らされた精悍な顔が痛そうに歪められ、ジェノをじっと見つめていた。


 「ベリオンさ・・・」


 「知っていました」


 ポツリと呟かれた言葉に、思考が止まる。

 ――は?


 「ジェノ様が女性であることは、ずっと前から存じ上げておりました」


 驚愕に目を見開くとベリオンがゆっくりと口を開き、心地いい低音が耳に届く。

 今なんて・・・知っていたって言った?それってどういう?いや、それよりっ

 喋った!?


 「え?・・・・・・ぇええっ!?」

 予想外のセリフと突然の声に混乱し固まっている間に、ベリオンはサラサラと手帳に文字を書き出した。

 喋ったよな、今。どうして?耳が聞こえないはずじゃないのか!?


 『驚かせてすみません。私は中途失聴者です。音程や音量等が不安定で自信がありませんが、話すことは出来ます。20歳までは聞こえていましたし普通に話していましたからね』


 ああ、なるほど!生まれつき音が聞こえない場合と途中から聞こえなくなった場合は違うもんな。耳栓をして声を出す感覚なのか?相手や自分の声は聞こえないが声を出すことは出来るし。


 「僕が女だと知っていたって一体どうして・・・カル、シェンツも・・・知って?」


 「いいえ。あの方にはお伝えしておりません」


 微笑まれて一気に緊張が解ける。花火の準備が始まり騒がしくなった会場の音を聞きながら、ベリオンが書き込んでいく手帳をジェノは固唾を呑んで見守った。


 『私はヴィジニア国第三王子、カルシェンツ殿下の側近です。あの温泉騒動の後にすぐ調査を・・・殿下に万が一不測の事態が起こらないよう努めなければなりませんので、失礼ながらモーズリスト家を調べさせていただきました。しかしモーズリスト家の実態は王家の情報網でも殆ど掴めず、大まかな事柄しか解りませんでした』


 「え?」


 『当主メロス・モーズリスト殿をはじめとし、使用人や屋敷を出入りする者共々の多くの情報が資料の一ページにも満たないのです。聞き込みをしても、一切表舞台に姿を現さない謎の有権者だと皆口を揃えて言うだけ。カルシェンツ様は「親友だから大丈夫」「友情に家は関係ない」と言われましたが、あまりに不可解で怪しいと当初私は思っておりました』


 しかしモーズリスト家の面々に触れていく内に、ベリオンの中で変化が生まれていく。親切で面白く、耳の不自由な彼を常に気遣う者達に対し、日毎に不信感は消えていったそうだ。


 『彼らに例え何かあるのだとしても、もうそれでもいいと思うようになりました。カルシェンツ様の見る目を信じようと。もし何か起こっても私が全力でお守りすればよいだけだと』


 「・・・そのためすっかり忘れていたのです。部下に言いつけた命令を」


 読み進めるジェノに普段の優しい笑みを向け、ベリオンは四つ折りにした紙を開く。

 ジェノは初めて見るが、それは自分の『戸籍表』だった。

 無人島旅行から戻ってすぐの頃、何故かずっと手に入らなかったジェノの戸籍表を突然部下から手渡され、ベリオンはある事実を知る。


 ジェノ・モーズリストは『女』である、と。


 目の前で無邪気に遊ぶ二人の子供を見つめ、どうしたものかと一人悩んだ。

 完全に男同士の友情を育んでいるつもりのご主人様。

 最初は嫌がっていたもののようやく心を開き、徐々に打ち解けてきた我が主人の親友になるべき少年。

 ベリオンにとってジェノの存在は救いであり、今やカルシェンツに無くてはならない存在になってしまっている。


 『関係を壊すのは私にとっても恐ろしいことです。カルシェンツ様にはなかなか言えませんでした。その後三日ほど悩んでいると神林殿が気にかけてくださいまして、このままでは答えが出せないと判断し打ち明けました。「本人が言うまで見守ってやってほしい。今は勇気がないけど自分から話すだろうから」とそう話され・・・私はこの問題は子供達に任せようと思い、何も関与しない事に決めたのです』


 すっと立ち上がり花壇に近づくベリオンを追ってジェノも立ち上がる。


 「今夜は予想外のお姿に固まって目が合ってしまいましたが、知らないふりを続ける予定だったのですよ。詳しい事情などはお聞きしません。でも今日、話せて良かったです」


 ヒューと登る光の線を背負いこちらを振り向く彼の顔はいつもよりも優しいく、ジェノは泣きそうな目に必死に力を入れた。


 「――ああ、言い忘れていましたがそのドレス・・・とてもよくお似合いで可愛いらしいですよ。ジェノ様」

 

 知っていながら、黙って見守っていてくれたんだ。きっと僕は気づかない内に、色んな人達から守られているんだろうなぁ。


 「今後も、カルシェンツ様を宜しくお願い致しますね」

 ドォーンと咲いた真っ赤な花火にかき消されることなく届いた言葉に、ジェノは破顔する。


 「はいっ!こちらこそ、よろしくお願いします!」

 あまりの嬉しさに笑いながら少しだけ・・・ジェノは泣いてしまった。


 その後暫くの間次々に上がる青い花火を目で追い眺めた後、ジェノは持っていた手帳に『カルシェンツに本当の事を言います。何処にいますか?』と書き込んだ。ベリオンが驚いたようにこちらを振り向き、ジェノはコクンと頷く。


 「本当に打ち明けるのですか?私からカルシェンツ様には申し上げませんよ?ジェノ様がこのままの関係を望むのなら、まだ隠していてもいいのでは・・・」


 「今回を逃すときっともう言う勇気は湧いてこないと思うんです。嘘をついているのはやっぱり苦しくて・・・僕らの関係がどうなるか怖いけど、言わなきゃいけないことだから」


 ベリオンに見つかったあの時、ジェノは一度覚悟を決めた。

 結果的にベリオンには既にバレておりカルシェンツとは今までと変わらない関係でいられるが、恐らく今が打ち明けるチャンスだ。感情が高ぶっている今しか言えない気がする。普段の状態に戻ったら難しいだろう。

 僕って意外にチキンハートだからなぁ。


 「わかりました。私も付いて行きましょうか?」


 「ううん。ベリオンさんいると甘えそうだから一人で行きます。護衛も自分で何とかするし・・・一人でやり遂げたいんです!」


 『無理はしないでくださいね。辛かったら帰ってきてくださっていいですから』

 そうメモ書きし、心配そうな顔を向けながらもベリオンは細かい道順や建物の造り、有利な情報も提示してくれる。


 「はい。行ってきます」

 高鳴る胸を抑え、ジェノは一歩を踏み出した。




 

 大きく息を吸い込み暗がりの廊下をフワフワと抜ける。見えてきた白く立派な建物は夜でも美しくライトアップされ、細かい装飾は特別手が込んだ作りなのがわかる。

 握り締めたメモをもう一度見直し、広い玄関前で護衛に止められている女性達を遠目から眺め確信した。

 部屋じゃなく建物一つ与えられてるなんてすっごい贅沢。一人でこの広さは必要ない気がしたけど、あの人だかりを見たらこれぐらいやらないと駄目だな。みんなの形相が必死すぎて怖い。


 暫く様子を見ていたが、誰一人として中に入れてもらえない。すごすごと帰る者や玄関前で粘る者、護衛に文句を言う者まで出ているが扉は頑なに沈黙し、開く気配は一向になかった。

 護衛に「カルシェンツの友達だ」と言ったところで門前払いは確実だ。偉そうな態度のおじさんや化粧の濃いおばさん達でさえ拒まれているのに僕が入れてもらえるわけがない。ベリオンさんがいればすんなり会えるだろうけど、自分の力でカルシェンツに会って話したいし。


 「表は無理だな・・・それよりまず降りないと」

 夜中にも関わらず甲高い声でカルシェンツの名を呼ぶ少女達の遥か頭上を超え、右横の林に入る。玄関とは打って変わって暗く静まり返っているが、ジェノは奥から人の気配を感じ更に大きく回り道をした。草が生い茂り道とは言えない場所だが、ジェノは構わずスィーと奥へ進んで行き太い幹に腰掛ける。


 「上昇は楽だが下降が難点。いつになったら使いこなせるんだ、この力は」

 座っていても浮き上がろうとする身体をなんとか抑え、注意深く辺りを観察した。定期的に見張りが徘徊し、一階から建物に入るのは無理だ。二階の奥側のはずだが明かりがついていない。いないのだろうか?

 あっ、三階の窓が開いてる!


 三階なら問題ないと判断したのか一つだけ開け放たれた小窓は全開で、恐らく子供なら通れる大きさだ。

 より近い木の枝に移動し、ジェノは15M程離れた窓に全神経を集中させる。自分の足元を睨みつけそのまま暫く動かずに深い呼吸を繰り返し、意を決して幹を蹴った。ポーンと跳ねた軽い身体は狙った窓枠にストッと着地し、周囲を伺いながら溜め息を付く。

 『カルシェンツに打ち明ける』

 そう意気込んだのは良かったが、あまりの緊張からか建物に近づく度体が軽くなり、先程からフワフワと浮いていたのだ。


 予想外に発動した能力のおかげですんなりと潜入する事が出来たが、なかなか着地してくれない足にジェノはもたつき唸る。日々ババ様と訓練している魔法制御だが、簡単に浮けるのとは違い下がるのだけはどうしても苦手だった。

 全然言うこと聞きやしない。今人が来たらマズイなぁ。


 そのまま宙を漂いながら月明かりだけの真っ暗な廊下を進み、二階への中央階段に差し掛かる。

 あーこういう格好で二度と能力使わないようにしよう。女の子って本当に不便だ、この姿はやばい。

 ブワァっと盛り上がる布に悪戦苦闘しながらも二階の広間に入り、奥へ続く廊下を覗いた。


 「もう用はお済みでしょう?さっさとお帰りください」

 「そう冷たくしないでよ。お兄様傷ついちゃうよ」


 やばっ、誰か来る!

 柱と柱の間に隠れ、今度は落ちないように天井に張り付き息を殺す。幸い廊下も部屋も青い照明で照らされ薄暗く、ジェノのドレスは完全に風景と同化していた。広間は広く天井も高い。注意深く上を見なければ気づかれないだろう。

 よしよし、そのまま通りすぎろ・・・いや、なんでそこで止まるんだよ!どっか行けって。


 「久々でしょ。もっとお話しようよ、ね?城にも全然来ないし心配なんだよ。カルの心境を知りたいなーお兄様は」

 「心境は以前と変わりません。はい、帰ってください」

 「相変わらず連れないな。まぁそんな所が可愛いんだけどね、カルは。でも変わらないわけないだろう?今後の人生に関わる重大事項だよ?」


 真下で聞き覚えのある声が不機嫌に響き、ジェノは会話に耳を澄ませながら冷や汗を拭った。会いたかったが別の人が一緒じゃ降りられないし、唐突すぎて心臓がバクバクと鳴り止まず彼等に聞こえやしないかと心配になる。

 カルシェンツと話してるのは誰だ?『お兄様』って本物の兄なのかな、声は似てるけど。

 斜め下の入口で話し込む男の顔は影になってジェノの位置からは確認できないが、だいぶカルシェンツより身長が高い。


 「大した問題ではありません。適当に処理しておきますので早急にお帰りくださいラーギュント殿」

 「どんだけ帰らせたいんだよ!それに他人行儀過ぎるし。ラーお兄にぃちゃまって昔みたいにて呼んでいいんだよ?誰も見てないんだから恥ずかしがらずに、さあ!」

 「昔もそんは呼び方をした記憶はありません。妄想はやめてください」

 「妄想じゃない。夢ではいつもそう呼んでくれてたもん。カルはお兄ちゃん子だった。もっと近くにおいで私の天使よ」

 「帰れ」


 ・・・うん、兄弟だな。ウザイところがそっくりだ!

 言ってることが気持ち悪いから間違いない!


 「前は仕事で籠ってたけどここ一年半程は屋敷にも城にもいないだろう?今日ぐらいは私に構ってくれ!明日のお茶会来てくれないとお兄様寂しくて死んじゃうよ」

 「明日は親友との重大な約束があります」

 「出たっ、謎の親友!いっつもそれじゃん。毎日友達と会わなくたっていいよね。交友関係が広がるのはいいことだと思うけど議会も謁見も欠席続きなのは問題だとお母様が嘆いていたよ。まぁ今後私との時間を増やしてくれれば全力でお兄様が擁護してあげるから、安心して胸に飛び込んでおいで可愛い弟よ!」

 「近づかないでください。吐き気がします」


 うーん。この兄を嫌だと感じるのなら、何故カルシェンツは僕に似たような事をしてくるのだろうか。血か?血はどうしても争えないのか!?反面教師にして学習しろよ!

 「私が飛び込むのは親友にだけです」って変なところで僕を話題に出すのはやめろ!真顔で何言ってんだ馬鹿。

 しかし唐突にキョロキョロと周囲を伺い出したカルシェンつに、ジェノは硬直する。


 「この落ち着く甘美な香り・・・これは最愛の親友の気配っ。私のセンサーが激しく反応を示しているな、近い」

 

 ギクゥッ

 えっ、感づかれた!?センサーって何だセンサーって、お前はロボか!


 「また親友か!?こんなところにいる訳ないだろう。いい加減目の前の私に集中して接してくれ!お兄様泣くぞ」

 「想いが強すぎてセンサーが誤作動を起こしたのか?彼の匂いを嗅ぎ間違えるなんて初めてだ。幻臭か?おかしいな」

 「無視するなカル、一度その親友とやらに会わせてくれ。可愛い弟を誑かした輩をお兄様が見定めてやるから。私から天使を奪おうなんて一万年早いわっ、目にもの見せてやる」

 「彼に危害を加える者は私が排除します。兄といえど一切容赦はしませんよ?」


 うっわ危なかったなぁ、こいつ人間じゃないんじゃないか?カルシェンツの嗅覚恐るべし!

 その後長い間二人は睨み合い、息の詰まる沈黙の中ジェノは自分の事で揉めだした兄弟を冷ややかな瞳で見下ろした。

 僕を面倒くさい兄弟仲に巻き込まないでくれ。このブラコン兄め、来たら得意のプロレス技で返り討ちにしてくれる!


 「ふぅ、それにしてもカルは相変わらずモテモテだよねー、お兄様は鼻が高いよ。選り取りみどりだろう。気になる子なんかはいたかい?」

 「特にいませんね。皆同じに見えます」

 「氷の王子様は酷いね。どんな子がタイプなんだい?条件が恐ろしく厳しそうだが。因みに私は冷ややかな瞳で蔑んでくる子がタイプかな、偶に向けられる冷笑がゾクゾクするんだ」

 「心底どうでもいいな。女性はよくわかりませんしタイプなど考えた事ありません。ただ、強いて言うならば・・・」


 おおっ、カルシェンツの好みのタイプか?なんかめっちゃ気になる!

 今迄こういった会話をカルシェンツとしたことがないジェノは、好奇心から聞き耳を立てた。窓から差し込んだ月明かりが美しい横顔を淡く浮き上がらせ、ジェノの胸を高鳴らせる。


 「私に対して臆さずにものが言えて媚びたりしない・・・普段芯が強くて飄々としているけど極稀に弱いところを見せて気まずそうにしたり、面倒臭がりながらもなんだかんだ付き合ってくれてはにかんだ笑顔を向けてくれる子とか。ツンとした顔も不貞腐れた顔も叱ってくる時の顔も悪巧みしてる時の顔も全てにおいて超絶的に可愛い子とか。チョップや頭突きや回し蹴りを絶妙な痛さに加減できる子がいいですね」

 「えっ、なにそれめっちや具体的過ぎる。しかも独特だな。あれ?カル好きな女の子いるの?」

 「何言ってるんですか、いませんよ。タイプの話です」

 「いやいや絶対誰か思い浮かべてるでしょ!知らなかった。うわぁ、お兄様ショック」


 二人の真上でジェノは完全にフリーズし、カルシェンツの言葉を反芻していた。

 不貞腐れた顔も悪巧みしてる顔も可愛い・・・そんな女の子いるか!?それにやっぱりこいつMだったのか。こんなタイプの子はなかなか見つからないだろう。

 カルシェンツって趣味悪いなぁ。


 「お父様は乗り気で話進めてるからちゃんといるんなら早く言った方がいいぞ。一度承諾されたら今後面倒だし厄介だ」

 「今更何です?以前からこの手の話はあったでしょう。今更一人や二人増えても変わりませんよ」

 「今回はお父様も周りもやけに推しててな、その相手が第一候補になるだろうって言われてる」


 気だるそうに「今度はどこの誰です?」と尋ねたカルシェンツは階段の方を向き、二人はようやく歩き出した。

 はぁ~良かった!一旦体制を立て直したかったんだよね。でもお父様や第一候補って、一体なんの話だ?

 後でカルシェンツの部屋に行ってちゃんと話を――


 「今回の婚約者候補はあのレミアーヌ・ブロンディス嬢だそうだ。これで五人目の候補者になるな」


 ・・・ん?

 ツキンッ

 男が発した言葉を理解するのに、ジェノはかなりの時間を要した。


 「彼女が私との婚約を承諾するとは思えませんね、どうせ親同士の要望でしょう?いくら候補がいてもどうにもならないと王は解らないのか・・・」

 「カルがどの候補者にも興味を示さず会おうとしないからだ。レミアーヌ嬢なら顔見知りだし唯一カルが無視せずに会話するお嬢様ということで前々から名前は上がっていた。来月場を設けるらしい」


 ジェノは二人が角を曲がってもその場を動かず、停止しかけた頭をなんとか稼動させ二人の会話を順に再生する。

 ツキンッ

 えっと、お兄さんが来ててそっくりで恋愛の話になってカルシェンツのタイプが趣味悪くて・・・

 それで何て言った?レミアーヌちゃんが婚約者?


 ツキンッ 

 誰の?

 ようやく床に足を付けることが出来たがジェノの頭は混乱しそれどころではない。

 「誰と?」という疑問を呟きながらも、頭の中では答えを示すように一人の顔が浮かんでいる。

 ツキンッ 

 なんか、息・・・苦しいっ。


 「カルシェンツとレミアーヌちゃんが、婚約するってこと?」


 そう呟いた瞬間、ズキリッと鋭い痛みが胸を襲った。

 抉るような感覚に驚き咄嗟に胸を抑えしゃがみ込む。荒くなった息を整えるように必死で深呼吸を繰り返した。


 婚約って、言ってた?

 カルシェンツがするの?

 結婚を?


 ズキンッ


 何これ、痛っ。

 王様が乗り気ってことは決定事項だよね。

 そんなのカルシェンツから一言も聞いてない!

 ズキッ


 そりゃあカルシェンツはいずれこの国の王になるんだし結婚して子供つくらないといけないから、早めに準備するに決まってる。

 王位を次いで国を治め、その隣には彼を支える王妃がいる。

 当たり前の事だ。


 ズキッ ズキンッ


 味わったことのない不可解な痛みに歯を食いしばり、ジェノは立ち上がりふらつく足で歩き出した。針で刺されているかの様な痛みは収まらず無意識に身体が震える。カルシェンツとレミアーヌの事を考えるたび酷くなる痛みを振り払うように窓から飛び出し、太い木に着地した。


 痛いっ、胸がズキズキする。痛い痛い痛いっ嫌だ!

 ズキンッ

 嫌だ・・・嫌だ、痛い。


 王子様に婚約者がいるのも高貴な家柄の子を娶るのも当たり前だ。

 でもっ、嫌だ。

 想像したくない!

 嫌だ!だって――

 ズキッ


 ・・・だって?

 だって、何だろう?


 自身の心に問いかけ痛みの理由に向き合うと、一つの事実が浮き上がる。まだ痛む心臓を掴みながら、ジェノは静かに微笑んだ。

 「はっ、気づくの遅」

 前からあった兆候にようやく気がつき、ジェノは瞬く星空をぼんやりと眺め続ける。

 なんて鈍い・・・いや、目を背けていただけだ。少し真剣に考えれば気づけたはず。


 「僕は・・・カルシェンツが好きなのか」


 そう零した瞬間、ストンと何かが胸に落ちた。

 熱くなっていたいた身体からスゥーと熱が引き、視界がクリアになる。


 ――ああ、気づかなければよかった。こんな事。

 自分を『男』だと思ってる奴を好きになるなんて、不毛過ぎる。

 相手に婚約者がいるなんて、自覚した直後に失恋確定だ。初恋は叶わないと聞くがこれはあまりに酷い。

 ただ初めての恋心に戸惑い、ジェノは辛い現状に打ちのめされた。


 「明日から、どんな顔で会えばいいんだ・・・っ」


 少年の言う『親友』という言葉が、ジェノに重くのしかかってくる。

 既に『女』だと打ち明ける事は頭にない。


 真っ暗な林の中で独り消え入りそうに膝を抱え、少女はまるで迷子の様に・・・動けなかった。



ようやく主人公が自覚しましたね。

長かったです。これで恋愛要素がもっと増えるといいんですが・・・

王子の変態要素が多くて少し不安な今日この頃。

とにかく頑張ります!

お読み下さりありがとうございました。

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