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 ハラハラと落下する黒い線を間近で見ながら、真横で光沢のあるピンクの布が激しく揺れるのを感じる。

 目線だけ動かし否定の意を示すと、四方から長い溜息が聞こえジェノはふくれっ面で眉を寄せた。


 「これもそれもあれも嫌って、全滅やで!何があかんねん」

 「そうっすよ、20着も色とりどりのを掻き集めたんすよ!一つぐらい無いんすか?」

 「この花なんか綺麗じゃねぇか、フワフワしてて感触いいぜ」

 「一度着てみてはいかがですか?案外気に入るかも・・・あっ動かないで、目に刺さります」


 掲げられたゴテゴテした布地にうんざりとした視線を送ると、マリーテアから前髪を払われ「終わりました」と声が掛かる。夕方よりも視界が開けた前髪に手をやりながら、ずらりと並んだ高級そうなパーティードレスをジェノは見下ろした。


 「色とりどり?僕には赤とピンクとオレンジと黄色だけに見えるけどね。完全に暖色系だけしかないよね?しかもフリル、花、ラメッ!・・・うん、目立つよね!」


 腕を組んで言い放つと広間に集まった4人の使用人はサッと顔を背け、ジェノと目を合わせないように口笛を吹いたり頭を搔いたりと不自然な動作を繰り返す。夕食後に散髪とドレス選びをはじめた使用人達は最初こそ威勢が良かったものの、時間が経つにつれて消沈していった。

 「4色あれば色とりどりって言うっすよね?」そう呟く『自称モーズリスト家の音楽家』の言葉も他の使用人に無視される。


 「20着あって色が4種類なのにか?ゴッデス・・・寒色系も中性色もイメージ出来ないのは音楽家として致命的なんじゃないの?」


 「うぐっ・・・あ、あれっすよ!俺の中では暖色系のイメージで曲が完成してたんす、ジェノ氏のドレスは暖色の弾けるワルツっす!俺の音楽家魂が告げたんす!」


 いや意味わからん。

 後ろではカンバヤシが「あいつが楽器を演奏してるとこ俺見た事ねぇんだがよ、何で音楽家って言ってんだ?」と囁き、「だから自称音楽家って呼ばれてんねん」とライヴィが答えている。

 うん、僕も彼の演奏を聞いた事無い。

 

 2年半前に客として屋敷に来た『自称永遠の18歳』で『自称世紀末の超絶音楽家』のゴッデス・サーフナーは、いつの間にか気が付いたら一緒に暮らすようになっていた。見た目は30代前半のひょろ長い男で、金色に疎らに茶色が入った長い前髪とヨレヨレの服で屋敷中をうろついている。常に悪い顔色と押したら折れそうな外見とは裏腹に、「ゴッデスうるさい!」とよく注意される賑やかな人物だ。


 「楽器も使えんし歌も音痴でリズム感もあらへん。お前のどこが音楽家なんや?」

 「ははっ、何言ってんすかライヴィ氏!他者が俺の音楽センスについて来られないだけっす、俺の鼓動は灼熱のハーモニーなんすよ!」

 「ハーモニーの意味ご存じですか?貴方の鼓動だけでハーモニーを奏でられると本気で思ってます?」


 マリーテアの呆れた視線に胸を張って「もちろんっす!」と答えるゴッデスの姿に、ジェノは呆れを通り越して感心してしまった。

 自分を貫く姿は凄いと思うよ・・・まあ、こうはなりたくないけどさ。

 そして語尾の『す』はなんなんだ?


 「とにかく目立つのは嫌なの。なるべく地味な色にしてって言ったでしょ、紺とか深緑とか。あとフリフリやキラキラもヤダ!」


 そうジェノが宣言すると

 「えぇー我が儘だなぁ、フワフワならいいのか?」

 「それじゃワルツじゃないっすよ!」

 「可愛くありませんね、却下します」

 「お姫様みたいな坊を見たいねん!」

 と次々に文句が飛び出し、マリーテアが次に取り出したショッキングピンクの光沢のドレスは、腰の辺りまで背中の部分があいていた。

 

 「どうっすかコレ!」

 

 「僕・・・絶っ対に着ないから!」


 モーズリスト家の屋敷中を慌ただしくさせている問題の『舞踏会』まで・・・あと3日である。




 風の気持ちいい屋根に上り見渡すと、端の煙突に凭れた金色の髪が目に入った。

 最近のジェノのお気に入りの場所に先回りしていた少年に近づくと、眩しそうに見上げてくる黄緑色の瞳に吸い込ませそうな感覚に襲われる。

 何だろう・・・綺麗だからかな?朝からこいつはキラキラしてるなぁ、相変わらず凄まじいや。


 「今日は曇りだから眩しくないんじゃないか」


 「ジェノ君が眩しすぎるんだよ、私の輝く太陽だ。夜には優しく照らす神々しい月になる」


 おうっふ、鳥肌が立ったぞ。6月なのに寒いなぁ、夕方には「夕日だ!」とか言うんだろ、どうせ。

 並んで広大な敷地を上から眺め、他愛無いお喋りをしながら持ってきたお菓子を食べる。たいした話ではないが何故か凄く楽しく、会話が途切れることはない。

 最近、無邪気に笑うカルシェンツの顔を見るのがジェノは好きだ。綺麗な言葉も、品の良い仕草も、「ジェノ君」と呼ぶ少し高い美声も。


 「風邪ひいてるのか?なんかガラガラしてるな」


 「熱は無いんだが少し喉にきてるみたいでね、ジェノ君にうつさないよう細心の注意を払うよ。ところで髪切ったんだね、とっても似合ってる!」


 「前髪だけな、目に入って鬱陶しかったから・・・後ろはそのままだけどさ」


 「ああ、伸ばしてるんだっけ。ジェノ君の黒髪はとても美しいから良いと思う」


 手首にしていたゴムで後ろ髪を慣れない手つきで結ぶと、まだ短いがなんとか一つにまとめることが出来た。伸ばし始めたのは気まぐれだが、メロス位の長さがいいかなぁと考えている。

 今は中途半端な髪形で鬱陶しいから、ちゃんと結べるところまで早く伸びてほしい。


 「・・・いいね」


 「何が?」


 「うなじが」


 はあ?

 顔を向けると、「白い首筋に黒い生え際が、凄く・・・」とカルシェンツが天を仰ぎながら片手で口元を覆って何かを耐えていた。

 ・・・大丈夫かこいつ?意味がわからん。


 「私も伸ばそうかな、お揃いで結ぼうよ」


 「えっ、カルシェンツのポニーテール!?」


 緩くカールした輝く金髪が伸びたカルシェンツを想像し、ジェノは不意に胸が高鳴った。頭の中では長い金髪を掻き上げ微笑む姿が浮かび「いいと思う」と無意識に呟く。嬉しそうに破願して抱き付くカルシェンツを軽く躱し、柔らかい髪を撫でると彼は途端に大人しくなって座った。


 「あー・・・明後日は僕家にいないから屋敷に来るなよ」


 「魔法の修行に行くんだっけ?私は特に用事がないからその日は城で仕事をしておくよ、会いたいけど残念だ」


 半年前の合宿以降、カルシェンツは物わかりが少しよくなった。無茶な申し出や焦った態度が減り、穏やかな時間が二人の間を流れる。

 『ジェノとの仲が安定したから安心したんじゃない?』

 

 そうメロスが言っていたが、おそらくその通りなのだろう。出会ったのは一年と少し前だが、今や彼が隣にいないと変な感覚になるほどだ。

 うーん、慣れってすごいな、まぁほぼ毎日一緒に居たらそうなるか!


 「ジェノ君、外で私以外と仲良くしたら駄目だよ?特に同年代は許せないから」


 ・・・・・・前言撤回。

 ウザイし慣れないや。くっそぉ、こいつ全然変わってない!

 ジェノは心から叫び、曇り空を見上げて頭を抱えた。




 隣街で行われる上流貴族達の社交会。

 三日間にわたって舞踏会や茶会、目白押しのパーティー等が開かれる。そこで有意義な時間を過ごし、様々な家柄の者達が和やかに会食して楽しむというのが表向きの話。

 つまり下層の貴族は『コネ』を作りに、上層の貴族は自分に有利な契約を結び莫大な利益を得る為にやって来る。


 「出たくない」

 だだっ広く煌びやかな装飾が散りばめられた部屋で寝そべりながら、ジェノは本音を漏らした。案内された豪華な室内はお金がかかっていると鈍いジェノでも解る程に、金色の名器が置かれている。しかしあまりにも「高いぞ!」と言わんばかりの金ぴか具合に、逆に安っぽく感じられた。

 ここまでゴチャゴチャ置かないで一つか二つにしたらいいのに・・・ありがたくもなんともないよなぁ、目が疲れる。


 「今日出席したら明日の朝には帰るんだから、少しの辛抱だよー。ジェノは舞踏会にしか出ないんだからさ」


 「メロスは最後まで残るの?」


 「目的の人物が何日に来るかわからないからね。ジェノはファストと一緒に帰ってな」


 今回のパーティへの参加は、メロスが仕事相手と会談するのが目的だ。ジェノは「どうして僕まで出ないといけないのか」と最後まで拗ねていたが、謎であった『メロスの職業』を知れるチャンスだと思い、渋々承諾したのだった。

 多分メロスは僕を少しずつ社会に慣れさせようと連れてきたんだろうけどね。


 いままで断り続けていた誘いを急に受けた『モーズリスト家』に主催者側は大いに驚き、出席する事を今日知った一部の上流貴族達の間でかなり噂になっているらしい。

 確かに規模だけ見たらうちって上位だもんね。姿見せないから『没落』なんて言われてるけど、噂されるって事はそれだけ気になる存在だってことだ。

 

 他家よりも幾分広い部屋に通された事実に「意外に凄い家だったんだ・・・」とジェノは苦笑いが込み上げてきた。ちなみに今回はファストが同行し、部屋は隣接して各自に用意されている。広すぎて一人じゃ落ち着かない。


 「まだ昼だし舞踏会は夜だから、散策とかしてきてもいいよ。暇だろ?」


 城のように広い会場は下手をしたら迷子になりそうだが、ぐうたら寝てるのもつまらないので外に出てみることにする。ずっと興味がなかったのだが、ジェノは大規模なパーティーに出席するのは初めてなのだ。

 

 知らない世界に飛び込む様でワクワクしてきた少女は、無駄に広く金ピカした屋敷の探索を始めた。

 会場はどんな風なのだろう、料理はおいしいのか、僕のマナーは大丈夫だろうか?

 不安と好奇心がジェノの足を進め、気が付いたら一階の中央広場に来ていた。


 続々と馬車が門を潜り、燕尾服に身を包んだ紳士や高級そうなドレス姿のご婦人や令嬢が笑いながら挨拶を繰り返す。

 

 「最近の君の功績は聞いているよ。凄いじゃないか」

 「まだまだ、貴殿の働きに比べたら大した事ないです。良ければ今晩交渉の秘訣をお教え願えませんか?」


 「あぁーら奥様!そのネックレス素敵ですわぁ、奥様の細い首によくお似合いですわねぇ!」

 「一点物のダイヤですの、旅行先で買いましたのよ。貴方のルビーもなかなか素晴らしい出来ねぇ、どこの宝石商なのかしら」


 お互いを褒めながらも一切目が笑っていない大人達を眺め、首を捻りながらジェノは脇をすり抜け中庭に続く廊下に向かった。

 どこもかしこも金色でピカピカ・・・主催者の趣味かな、僕とはセンスが合わなそうだ。


 

 庭に抜け花を愛でていると、甲高い笑い声が聞こえ視線を向ける。

 黄色い薔薇のアーチの奥に佇む、白い鳥籠。

 中には白い椅子と丸テーブル、そして三人の少女の姿が見えた。


 赤、黄色、ピンク。ハッキリとした色のドレスを着た少女達は仲良く茶会をしているようだ。ジェノよりも二つほど年上と思しき赤ドレスの言葉に頷いている他の二人は、おそらく同い年位だろう。

 徐々に近づいて行き、会話が聞こえる距離で一旦身を隠す。同じ背丈ほどの新緑の観葉植物は葉が大きく、すっぽりと身体を覆い隠してくれた。

 

 別に盗み聞きをしたいんじゃない。女の子とはあまり会話したことが無いから、緊張して声をかけられないだけだ。男の子となら全然平気なんだが・・・女の子って何考えているのか全く分からないんだよなぁ。うーん謎の生き物だ。

 自身の性別を棚に上げて少女は唸った。


 それに現在ジェノは薄緑色のワンピースを着ている。肩ほどまでの髪を下ろし、格好だけなら女の子に見えるだろう。普段の姿だと女の子は凄く優しく接してくれるか、何故かモジモジしながら逃げていくかのどちらかだ。この格好だと少女達にどんな態度をとられるのかが予想出来ず、様子を見ることにした。


 「今日の舞踏会にはいらっしゃるのかしら、お会いしたくてしかたありませんわ」

 「私も一度でいいから拝見してみたいです。母からとても美しい方だと窺っておりますの。アンミカ様はお話した事ございますか?」

 「もちろんよ、私は何度もお話しましたわ。他の令嬢は相手になさらないけれど私は茶会にも誘われたのよ、とても優雅な一時でしたわ」

 「まあ!素晴らしいですわ~」

 「さすがアンミカ様ね。あの方は上流貴族でも挨拶を交わすのは大変だとお聞きしますのに、本当に羨ましいですわ」

 

 うふふふ、と笑う赤ドレスの少女、アンミカの話を熱心に聞き入る二人は興味深そうに次々に質問をしていく。彼女たちの関心はどうやら同じ貴族の青少年達にあるらしい。

 それにしても蟻が足をよじ登って来るのが凄く気になる。大人しくしててくれアリンコ!

 

 「トイス家のロッツ様が有望株ね」

 「タイソン君は頭はよろしいそうですが運動はイマイチだそうです」

 「ストジル家は落ち目ですわねぇ、変に関係を作らない方が良さそうです」

 「ナイドロ様が魔力保持者と言うのは本当でしょうか?」

 「それはデマよ」


 知らない名前や知らない情報が次々に飛び交い、彼女たちはコロコロと話題を変えて持っている情報を交換しているようだった。

 なるほど、これが井戸端会議というものか・・・しっかしよく喋るなぁ、全然間が空かないぞ。

 その内最初の人物の話題に戻り「私もあの方の茶会に誘われたい!」と黄色いドレスの少女が胸の前で祈りのポーズをとった。激しく頷くもう一人の少女の姿と自慢気なアンミカの顔を見るに、かなりモテる人物が貴族内にいる様だ。


 「今年の4月1日にはあの方と夕方にプラネタリウムを鑑賞しましたの。無口な横顔は彫刻よりも整っていましたわ」

 「はあ~ 一度でいいから生で眺めてみたいですぅ。アンミカ様、今度お口添えしてもらえないでしょうか」

 「そうねぇ、お伺いを立ててあげてもいいわ。でも気難しい方ですから私以外とお会いにならないと思いますわよ」

 

 プラネタリウムか・・・4月1日は確かカルシェンツが朝から屋敷に遊びに来たんだっけ。

 「今日は全て嘘の言葉で会話しよう!」とくだらない提案をしてきて、「ジェ、ジェノ君なんて・・・嫌いだ!」と言ってきたから「じゃあ僕はカルシェンツ好きだよ」と適当に返事した直後、真っ赤になりながら興奮して池に落ちたんだよな・・・

 自分から言っておいて「ジェノ君に好きって言われたっ!スキってぇ!!」と彼はベリオンさんに報告しに行った。

 

 「おいっ、嘘つくっていうルールだろうがっ!」

 そう叫んだのは今となっては良い思い出だ。

 深夜までカルシェンツのテンションが高くて大変だったけど・・・あの日は夜空の星々が凄く綺麗だった気がする。

 あれ?アンミカの話に比べると僕たちは凄く子供っぽいな。

 まあ、楽しかったからいいか。


 その後完全に盗み聞きで得た『あの方』の人物像は、

 『美しい非の打ちどころのない外見と他を圧倒する頭脳、運動、センスを持った冷徹マン』だ。

 誰が話しかけても基本無視。特に女に厳しく近付かせない上に逆らった者の家は破滅に追い込まれ、男は有能な者以外切り捨てられるらしい。

 こっわ!そんな奴が存在してんのかよ、破滅や切り捨てって事はかなりの家柄の子息だよな。


 「冷たい視線が素敵ですわぁ~」って、いやいやいや!そいつ最悪だろう。噂だし嘘も多く混ざっているだろうが名前を教えといてくれ、会ったら速攻で距離置くから。

 しかし少女たち一貫して『あの方』と呼び、最後まで名前を知ることは叶わなかった。



 一旦遅めの昼食をとりに部屋に戻り、メロスに広すぎる建物と少女達の会話を話すと、ニタニタしながら面白そうに聞いてくれた。


 「その子達に話しかけなかったの?」


 「女の子苦手・・・どうせ話についていけないし」


 「本当はもっと慣れた方がいいんだけど、まぁ焦らなくていいよー。カルシェンツ君のおかげでだいぶ人に関われるようになったしね・・・彼には感謝しなくちゃいけないなぁ」


 「でもあいつ他の子と話すと機嫌悪くなるんだ。僕じゃなくて相手を威嚇して遠ざけるんだよ、面倒臭い」


 メロスの微笑まし気な優しい眼差しにジェノはくすぐったくなり、食べ終えるとすぐにまた散歩に出かけた。煌びやかな建物は連なるように丸く続いていて、先程いた中庭を囲み見下ろせる造りの様だ。噴水に花園、遠目には金色の橋がかかった池も見え、中央には目の引く円形のステージがある。

 舞踏会にはこの中庭も使うのだろうか・・・なんか楽しみになってきたな。




 鏡に映る見慣れない少女の姿にそわそわと膝に当たる布をつまむ。夏用に通気性を考慮した薄目の生地は涼しさを感じさせる水色で、裾や所どころに青色のフリルや花が散りばめられた爽やかなパーティードレスだ。

 暖色系は免れたが「フリルは絶対外せません」とマリーテアが譲らず、このドレスに落ち着いた。

 まぁ、地味過ぎると逆に目立つだろうからコレ位が丁度いいよな。300人以上もいるのだから埋もれて誰の目にも留まらずに過ごせることを願おう。


 「出来ましたよ。とても可愛らしいです」

 するりと背中まで垂れた長い黒髪を整えるファストにお礼を言い、カツラを付けた自分を繁々と眺め「ほーう」と目を瞠る。


 「おー まるで女の子みたいだなぁ、ジェノが美少女になった」

 

 「女の子ですからね。やはりジェノ様はストレートが似合います」

 

 「自分じゃないみたいだ・・・」


 「素材が良いですから、ちゃんとした格好をなさればこのように素敵なレディになれますよ」


 身内の欲目なしに鏡の中のジェノは可憐な少女だった。少年のような勝気なつり目も、髪を伸ばしただけで少し大人っぽい雰囲気の少女に見えるから不思議だ。

 僕って意外に女顔だったのか?

 揃えられた前髪の下に収まる色白な顔をそっと撫で、ジェノが裾に気を付けながらクルリと一回転するとメロスとファストが微笑んで拍手する。

 恥ずかしいがなんだか嬉しい。ドレスは慣れないし初めてのヒールは覚束ないが、ジェノは真っ直ぐと前を見て舞踏会の会場へとゆっくり歩を進めた。




 350人という人数がいてもスペースにまだ余裕がある超大型舞踏会場は、やはり目が痛くなるような金色の装飾で統一されていた。それに負けない位華やかなドレスが目の前を行きかい、ジェノが目を白黒させているとポンポンと頭を叩かれる。見上げると燕尾服に白の蝶タイ姿のメロスがウィンクをしてきた。


 「緊張しているのかなお姫様。今壇上に上がろうとしているのが主催者でこの屋敷の持ち主のホード氏だよ。すっごい金持ちなんだってー」


 「だろうね、これで金持ちじゃないわけない。もしかしてこの国一番の金持ちなんじゃないの?」


 「いんやぁ?一番はカルシェンツ君でしょ。彼の稼いでる額は相当おぞましいよー、小国なら軽く買えるんじゃない?」


 ・・・・・・まじですか。

 自分で稼いだ金は完全に自分で管理してるって言っていたが、お金に興味がなかったから知らなかった。小国って・・・国買えるの?どういうことなの?

 うーん、話がデカすぎてよく解らん!


 お髭ふっさふさのホード氏はへたしたら目が見えないんじゃないかと心配になるぐらい眉毛もふっさふさで垂れ下がっており、マイクを使っているがボソボソと声が小さく挨拶がよく聞こえない。全て真っ白い毛はサンタさんみたいで、優しそうなお爺さんに見える。


 ジェノ達は徐々に中央から離れ広いスペースで一息つき、ぼんやりと壇上を眺めた。

 もうひとり壇上に誰か上がってきたように見えたが、人だかりとその人物の身長が低いのか、ジェノにはよく見えなかった。

 しかし、次の瞬間―――


 「きゃぁああああああぁぁぁああああっ!!」


 「うぅおおおおおおおおおぉぉぉおおお!!」


 という凄まじい悲鳴と雄叫びが会場内に木霊した。

 なに!?なんなのっ!

 地響きが起こりそうなほど絶叫に包まれる会場は急激に熱を増し、割れんばかりの拍手が巻き起こる。


 「何が起こったのメロス!」


 「あら~ 何で今回に限って来ちゃったのかなぁ?」


 「誰が?」


 「さすがは世紀のストーカー様だよねぇ、偶然なのか必然なのか・・・運命ってこわい」


 はあ!?ちゃんと説明してよ!

 見渡すと皆満面の笑顔で歓声を上げ壇上へ詰め寄っていき、ジェノ達だけがぽつんと残された。突然の出来事にジェノだけがついて行けず、

 「きゃああー!あの方だわっ!!」と叫ぶお姉様軍団や少女達を呆然と見つめる。


 あの方?


 「それでは一言、ご挨拶の言葉を頂きましょう」


 主催側の言葉に水を打った様に静まりかえった会場は、先程の興奮が嘘の様に緊張感に包まれた。

 そして全員が注目する中――


 『今日は楽しんでくれ、以上だ』


 その人物の挨拶は、本当に『一言』で終わった。


 「短っ!」

 メロスは可笑しそうに笑いながら「食べ物を取りに行く」と言ってジェノの傍を離れる。

 あまりに短い挨拶に会場はざわついたが、開会宣言がされ舞踏会が始まったことで収まりバラバラと戻ってくる貴族達とすれ違った。オーケストラがメロディを奏で、手を取り共に揺れ出す着飾った男女たち。

 

 しかしジェノは、その場から動けなかった。

 頭の中で反芻される声に思わず口元を覆う。


 いつもより少し掠れていた。


 いつもよりかなり低かった。


 いつもより凄く冷たかった。


 でも・・・あれは間違いなく。


 

 「カルシェンツの声だ」


 真っ青な頬に一筋の汗が、綺麗に伝い落ちていった。


 

モーズリスト家使用人でまだ登場していないのが残り2人となりました。

10人中8人登場ですね。

一度セリフだけで出演してたりしますが、早く出してあげたいものです。

お読みくださり、ありがとうございました。

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