9神隠し
「記憶喪失……ってこと?」
「かも……ね、でも自分が神であるという自覚はあるんだ。日本では八百万……すべての物に神が宿ると言われているから、私がどんな神か、考えようにも難しくてね」
彼の抱く新たな事実に、璃久は彼を助けたくなった。ミュオは心配させまいと笑みを浮かべているが、璃久にはその表情が苦しそうに見えて、ますます不安が膨らむ。
「じゃあ僕が、ミュオが何者なのか探すよ!」
「え?」
ミュオが弾かれたように顔を上げ、璃久を見る。灰色の眼が期待に光った。璃久は安心させるように微笑む。
「僕もミュオのこと知りたいし、二人で探せばなにかわかるかもしれないでしょう?」
璃久の言葉を聞いたミュオはしばらく呆然と璃久を見ていたが、璃久の笑顔にどうしても裏を見つけられなくて、それが嬉しくて、ふいに泣きそうな顔で問う。
「……君は、どうして見ず知らずの私にそこまでしてくれるの?」
それに対し、璃久の答えはずっと決まっていた。笑みを深めてミュオに即答する。
「ミュオと、友達になりたいから」
ミュオは目を大きく見開いて、口を開けたり閉じたりした。彼の眼が泳ぐ。何と言うべきか猛烈に迷っていた。璃久も、その反応を見てから、ずっと考えていたこととはいえ神様に向かって友達になりたいと言ってしまった若干の罪悪感が、遅れて心にやってきている。
なんて言われるかと璃久まで視線をさまよわせ始めると、ミュオは案外しっかりした声音で呟いた。
「ありがとう」
口角を少し上げて、眉根を下げて、邪気のない眼でミュオは、綺麗に笑った。迷った末に、一番初めに思い浮かんだ素直な気持ちを口にしたのだった。
彼が、友達になると言うことに嫌な気は全くしていないと言うことが、それだけで良く分かった。
そして、それから数日間、やる気に満ち溢れた璃久はミュオの正体を探し続けていた。
「うーん、それにしても、ミュオはなんの神様なんだろうなぁ」
璃久はその日から、インターネットや学校の本を使ってミュオに関係するものがないか、もしくはミュオがなにか思い出せないかと、情報をミュオの元に持ち帰った。しかし、この数日間で成果は得られず、璃久の神様に対する知識が増えていくだけだった。
祠というのは神社の神様へと繋がる窓口のようなものなので、ミュオが言っていたように大元の神社があるのではないかと周辺の神社も調べたが、ミュオと言う名前の神様を祀っている神社はなかった。念のため聞いても、ミュオにも心当たりはないと言う。
「でもミュオって、いわゆる七福神とか、天照大御神とかとは関係がなさそうだよね」
背後から西日が差し、目下の住宅街に二人分の影を落とす。これがすっかり見慣れた景色になったことに、ミュオがなんだか感慨深い気持ちになって住宅地の奥の森を眺めていると、璃久が言った。
「うん……どちらかというと、八百万でまとめられる方に入ってると思うよ」
ミュオは正直、璃久がここまで真剣に調べてくれると思っていなかったため内心驚いていた。ミュオにとって、人から向けられる感情とは畏怖からくる信仰のみだったのだ。
ミュオは、己が神様としてあまり大切にされていないと感じていた。
璃久が来る前は祠に人が来ることなんてなかったし、思いついたように供え物を置いていく公園の管理人も、恐怖を抱いていて、ミュオを慕っているわけではないように見えたのだ。
そう、どちらかというと、管理人から感じたのは畏怖や同情といった感情だった。そのことがヒントになるかと思いつつも、ミュオには怖がられる筋合いも同情される覚えもなかった。
だからミュオは、初めて向けられるそれ以外の感情、純粋な友情に、戸惑いつつもやりきれないくらいの喜びを感じていた。そして同時に、この関係がいつかなくなることを恐れてもいた。
それは、璃久の唐突な飽きによるものかもしれない。璃久はミュオを慕っているためそれはないと思いたかったが、もし璃久が唐突に祠の前へ来なくなったらと思うと、想像するだけで今のミュオにそれは耐えられなかった。
そこで近頃、ミュオは璃久を神隠しに遭わせようと目論んでいた。




