7活動開始
それからまた時は過ぎ一週間後の日曜日、青年と友人は、青年たちの家であるアパートの前に立っていた。
「……それで、今日は何をするんだ?」
街路樹がすっかりすがすがしい緑色を取り戻して、蝉の声すら聞こえてきそうな、蒸し暑い日。空気の形がわかりそうなほどに温度を持った風が、もったりと吹いている。
「今日は、というより今日から、街の家々を回って署名を集める」
青年は数枚の紙を鞄から取り出し、バインダーに挟んだ。
「今回僕たちがやるのは法的な効力がないタイプだけど、できるかぎりの署名を集めればそれでも十分だと思う」
「わかった。あ、街の地図を用意してくれって言うのはそういうことだったんだな」
友人も鞄から折りたたまれた地図を出し、青年にも見えるように広げた。
「うん。じゃあ、今日はこっちのブロックを回ろう。その場で署名してもらうから説明も口頭になるけど……それでいい?」
「ああ、初めはお前がやってくれると助かるけど、具合が分かれば俺もやりたい」
「ありがとう」
青年は一週間前の言葉通り諦めていないらしく、希望に満ち溢れた眼で友人を見た。友人も、今度こそはと燃え上がる気持ちを持って、青年に笑いかける。
「じゃあ、行こうか」
二人は太陽の白い光を頭上に受けながら、街を歩き始めた。用水路の上を渡って、細い階段を上って、小道を歩いて。道の脇に植えられた木々の影の隙間から、日の光が彼らを見守る。
そうして着いた、彼らの家の裏の道を抜けたところにある、そう遠くない地区の家々。落ち着いた色の、木造の一軒家が立ち並ぶ。青年は、迷いのない足取りで一番近くにある家のインターホンを押した。カメラ越しに活動を簡潔に説明する彼に、友人は彼の、自分と話すときとは違う面を見て早々に感心する。
「突然すみません、お時間いただきありがとうございます」
出て来たご婦人に、青年は愛想良く署名に関する説明をしていく。ご婦人も、興味はあまりないようだが、青年の真摯な姿に協力的だった。友人は一歩引いてそれを眺め、次からは彼もその会話に参加するつもりで、青年を観察した。
相手の眼を見て、笑顔で時に真剣に自分の思いを語る。工事のことについてはご婦人も知っていたようで、それが付近の住民の同意なしで決定事項として進められていることだと聞くと、眉をひそめていた。
結局、説明を終えた青年の差し出した紙に、ご婦人は署名してくれた。スタートダッシュとしては完璧だが、全ての家に同じ説明を愛想よくする、というのはかなり大変そうで、友人はますます己が協力することの重要性を自覚した。
「よし、記念すべき一つ目の署名だ!」
家に戻って行ったご婦人に礼をして、友人の元へ来た青年は署名用紙を日にかざして眩しそうに見ていた。
「お疲れ様。署名活動って大変なんだな……。俺も次の家では頑張るぞ!」
「僕も初めてやったけど、大変ではあっても山を守る第一歩って感じがして楽しいよ」
青年は鞄から水筒を取り出し、一口飲んでから仕舞った。友人も思い出したように手に持ったままだった地図を仕舞い、青年に付いて次の家へ向かう。
そうして、青年たちは休憩もはさまずに次々と家を回り、体感ではあっという間でも、最後の家の人に頭を下げたときには夜の帳が降り始めていた。二人の水筒はすっかり軽くなり、署名用紙にもいくつかの氏名が増えていた。風は日中と違って涼しくなり、西の空が茜色に染まっていた。
「よし、これでこのブロックの家は全部だね! 本当にお疲れ様。手伝ってくれてありがとう」
「俺が好きでやってるんだから当然だよ。……お前もお疲れ様」
青年は嬉しそうに笑って署名用紙とバインダーを鞄に大切に仕舞い、友人は地図を広げた。現在居る地区に、丸を書く。二人は一仕事終えたという爽快感に包まれて、家路を歩いて行った。




