5青年と友人
階段を上る途中、風と共に吹いた彼の声に振り返ると。
踊り場にはもう、誰もいなかった。
◆
「なぁ、本当なのか?」
「ああ、本当さ。聞いたんだよ、住民の同意なしで都市開発をする計画が進められてるんだ!」
一人暮らし用のアパートの部屋に呼びつけた隣の部屋の友人に、机をたたいて熱弁する青年。大学一年生である彼は親を早くに無くしており、同級生である友人が彼を止められる唯一のストッパーだ。その友人はというと、少し呆れ気味に、ふるまってもらったオレンジジュースを口に含んだ。
「ねぇ、君なら僕に協力してくれるよね。一緒にこの街を守ろう!」
「待て待て、都市部から来た大企業なんだろ? 俺らがどうこうできる話じゃないって」
立ち上がって部屋を歩き始めた青年に、友人は本気なのだと悟って焦り始める。突拍子もないことを言っては本気で奔走する彼の悪い癖を、友人として今日こそ咎めなければならなかった。
「はぁ、お前の自然好きはよくわかるよ。確かに俺もこの街の木々や花が多いところは好きだ」
友人の真面目な雰囲気に青年は足を止めて友人を見つめる。
「でもな、俺たちはまだギリギリ十代。ときには受け入れなきゃいけない理不尽ってのもあるんだよ」
本気で青年を心配して神妙な面持ちで言い切った友人に、青年は少し俯いた。
「そんなの、僕だってわかるよ。でも、何もしないでこの街がぽっと出の奴らに壊されていくのを見てたくないんだ」
また部屋を歩き回り始めた彼に、友人は完全に熱が入っているとため息を吐いた。
「お前のそれははっきり言って安直だと思う。俺たちの無力さを痛感して終わりだぞ」
「でも」
「それだけじゃない。都会の奴らって怖いからさ、最悪社会的に殺されるかもしれないぞ」
夢見がちな青年に、必死で大人に立ち向かう危険性を理解させようとする友人。青年も、彼がそこまで自身を心配してくれていると思うと胸に来るものがあった。しかし、それとこれとは別。今問題なのは、青年が社会的に殺されるかよりも、罪なき草木が長年かけて作り上げられてきた生態系がショベルカーで物理的に殺されるかもしれないということだ。
「……それでも、僕は黙ってたくない」
青年は友人の隣に座り、彼の肩をつかんだ。
「君は逆に色々と諦めすぎなんだよ。僕は確かに無鉄砲で馬鹿で単細胞かもしれないけど」
「そこまで言ってない」
青年は友人の肩を強い力で揺らす。
「ちょっとは夢見ないと何も成し遂げられないだろ!!」
そこで友人は、初めて青年の顔をしっかりと見た。青年は、今にも泣きそうな表情で友人の眼を真っすぐ見つめている。友人ははたと気が付いた。
(こいつも、怖いんだ)
青年も怖くて、どれだけ無謀なことかも理解したうえで、それでもあきらめたくないと言っているのだ。友人には、そこまでの熱量を掛けられるものはない。いつも、自身の力量で現実的なことをして、それ以外は諦めていた。
対して青年は、できるかどうかではなく突き動かされる衝動で物事を考えている。実に危ういが、友人も学ぶべきところがあるのはわかっていた。自身の力に制限をかけていたのは、他でもない自分だったのだから。
「……わかった。協力しよう」
「本当か!?」
「こんな大事なことで嘘つくわけないだろ」
友人はオレンジジュースを一気に飲み干すと、グラスを音を立てて机に置いた。
「ただし、危険を感じたらすぐに手を引くからな。あとオレンジジュースで覚悟決めるのなんか子供っぽいから次からお茶にしてくれ」
人差し指で青年を指さして、友人は強い口調で言った。
「それでこそだ! ……オレンジジュースのお代わり持ってくる!」
「おいなんだ今の間は、お前暗に俺を子供っぽいと言ったな!?」
青年は軽く彼をはたいた友人から逃げるように友人のグラスを持ち、笑い声をあげて駆け足でキッチンへ向かった。友人はその普段通りさに苦笑いしつつも、これから訪れるであろう困難を想像して、若干の不安と対抗心を抱いていたのだった。




