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寂神様〜自称神様のお兄さんと出会った男の子が友情を知るまで〜  作者: 鮎ヶ瀬お米


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2/21

2黒い白鳥

 水面に浮かぶ白鳥、というには少し黒すぎるが、静かにその場に溶け込みそれでいて存在感のある様子は、存在が優美ですらあった。


 きっと璃久が階段を上るときに気が付かなかっただけだったのだ。そう安心はしたものの、それを差し置いても璃久は彼に話しかけない訳にはいかなかった。


 璃久は薫森と仲が良く、できるときは公園の見回りを任されている身のため、公園の治安を守らなくてはいけない。大人であろう彼にこのようなことを注意するのはお門違いかもしれないが、そこに座るのは実に危険な行為なのである。


 階段は山に刺さる形で作られているため、側面は斜面の土に隠れており、その斜面はコンクリートで補強されている。要するに、階段の側面は崖のような坂になっているのだ。


「あの、そんなところに居たら危ないですよ」


 自分が見て見ぬふりをしたせいでこの人が住宅街へ紐なしのバンジージャンプをしてしまったら、後味も目覚めも悪い。璃久は少し歩いてその人の後ろへ行き、驚かせないようにしゃがんで声をかけた。

 すると、彼がおもむろに振り返る。璃久より少し長い髪が揺れた。西日が璃久の後ろから降り注いでいて、眼を見開いて璃久を見た彼が途端に眩しそうに眼を細める。それを見て、璃久は声を失った。


 髪色は璃久と同じ、日本人らしい黒色、彼はそれに焦茶が混ざった色だったのだが、その眼はまるで璃久と違っていた。西日に細められた眼では分かりづらいが、見開かれたときに確かにあった違和感。


 瞳孔と角膜の区別がつかないのだ。


 同じ色、というより、目の表面に薄い何かがかぶさっているように、虹彩も何も視認できない。白目と灰色がかった黒目しか区別できなかった。画家が彼を描いたら黒目の書き込みができず困惑するような、しかしどこかで見たことのある眼。


 彼が怪訝そうに璃久を見ていることに気が付いて、璃久はやっと顔を逸らし、気まずそうに頬をかく。失礼なほどに顔を見つめてしまっていたことへの謝罪を続けようとしたところで、彼が口を開いた。


「……私に言っているのかい?」


「いやあなた以外居ないでしょう!」


 どの予想も裏切って発せられた答えに思わず璃久は食い気味に返す。思ったよりも呆れた声音になってしまったことに焦って、危ないですよともう一度優しく呼びかけた。


「心配には及ばないさ」


 細められていた眼は元に戻って、何がきっかけかわからないが彼は白けたように璃久から顔を背けた。


「……は」


 なんだよそれ、と飛び出かけた言葉を押し戻す。璃久が勝手に心配しているのだから完全にお節介なのだろう。しかし、璃久とて薫森から公園の見回りを頼まれている身である。好きで声をかけたわけではなく、彼に死なれては職務放棄として咎められるからわざわざ声をかけたのに。


 世界が自分中心で回っていると思っているのか、それとも自分のことは全て自分にしか関係がないと思っているのか。


「……」


 ただ、同時にその反応が新しくて、璃久は去らずに居座ることにした。ツンとした様子の彼に少し腹が立ったので、逆に嫌がらせで話しかけてやろうという考えも、二割か三割くらいはあった。


 璃久はしゃがんだ状態から、彼の隣に同じように崖下に足を放り出して座りなおす。


「ちょっと、危ないっていう癖に君は」


 自分のことは棚に上げて途端に少し焦って璃久の腹の前に手を出し塞き止める彼に、璃久はなんだか興味を惹かれた。


「お兄さんは良いのに僕はだめなんですね」


 嫌味たっぷりに笑って彼を見ると、やっと目が合った。彼はきょとんとしている。やはりその眼は璃久のものとは違っていた。少ししてばつが悪そうに手を引っ込めた彼を見つめてから、璃久は彼の不思議な眼の、既視感の正体に気が付いた。


(ああ、これは)


 いつしかインターネットで見た、死人の眼。そのときは少し見ただけで、何の記事に乗っていた写真かもわからない。でも、表面が白く濁って単調になった、灰色の眼は。彼のものはそれよりもずっと綺麗だが、よく似ていた。


 失礼なことを思っているという自覚はあった。彼の突き放すような態度のせいで虫の居所がわるかったということもあるかもしれない。ただ少し、違和感があったのは、彼の眼が生きている人間のそれと違っていたからなのだと、璃久はそう思ってしまった。


「私は死なないからいいのさ」


 璃久の思考を見透かしたように、彼はため息交じりに呟いた。璃久は内心肩を跳ねさせる。しかし彼はそんなこと微塵も気にした様子もなく、眉根を下げてゆるく口角を上げ、目下の住宅地を見ていた。璃久はその様子を不思議そうに眺めて、ふと目を逸らし、先程から頭の中をちらついていた考えをついに口に出した。


「……もしかしてお兄さん、もう死んでる?」

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