16砂埃
「あいつはな、神じゃない」
「…………え?」
璃久の動揺も無視して、薫森はただ事実を告げる。
「あいつは、この公園の地縛霊だ」
「で、でも、僕を神隠しに遭わせられるって言ってた……」
「……残念だが、あいつに向こう側へ連れていかれても、お前の魂はあいつを置いていくだろうな。お前の魂を留める力は、ない」
薫森は、感情をできるだけ声に乗せないようにして話した。今は、璃久の方が事実を呑み込めないはずなのだ。信じられないという心が眼にありありと浮かんでいる璃久に、それでも薫森は止めることなく真実を語った。
「この公園は、元々周りの住民の許可なく工事が進められようとしていたものなんだ。それを止めようとして、ここであいつは死んだ」
薫森の眉間にしわがよる。話しているうちに脳裏に思い出されるトラウマが、彼の心を蝕んだ。胸の内に未だ生きている無鉄砲で素直な青年の影が思い出される。
反対に、璃久の眼は見開かれた。思い出したのだ。彼の中に暖かい思い出として刻まれた、幼い日の、彼との会話を。
「あいつの親は早くに亡くなってたから、俺以外の誰にも知られることなく、あいつの死は工事を実行したい都市部の奴らに関係ないものとされた」
璃久の眼がさらに丸くなる。嘘であると言われた方が、余程信じられる話だった。でも、薫森に今嘘をつく理由は無い。それに、薫森の苦しそうな表情は、璃久にそれを信じさせるには十分すぎる要因だった。
己が今の今まで忘れていた、勝手に美化していた昔の思い出は、裏側では都市部の人間の身勝手と悲しみに塗れた薫森のトラウマだったのだ。
「それが、この街の人は皆知ってる五年前の記録的な大雨の日」
「あ……」
「俺はその雨はあいつの悲しみだと思った。その悲哀を鎮めるために、祠を立てて、あいつを神として祀ることにした。あいつが、自分を神だと思い込んで事実を忘れることで、二度と悲しみを思い出さないように」
そこで薫森は口を閉じる。璃久に聞かれたことには答えたのだ。初めて人に話した事実を、ミュオすら忘れていた、薫森だけが知る真実をうまく語れたかはわからない。感情を表に出せば溢れてしまうから、事実だけを伝えた。それでも脳裏にフラッシュバックする過去が、どれだけ強く眼を閉じても離れない。
「そんな、ことが……」
璃久はそれだけぽつりと呟くと、口を閉じてしまった。脳内に渦巻く言語化できない感情を、心に落ち着けるそのわずかな間、二人の間には沈黙だけが残る。
薫森は手持ち無沙汰から衝動的に煙草の箱を取り出し、中身に手をかけて、やめた。箱が訴える受動喫煙とやらを、まだ子供と言える璃久にさせてしまえば煙草の味も悪くなるだろう。
「どうして、薫森さんはそのことを知っているんですか?」
躊躇いがちに発せられた言葉に、薫森は箱から目を逸らさずに、しっかりとした声で答えた。
「……それは俺が、あいつの友人だからだ」
薫森がそう告げたとき、緩やかだった風が唐突に強くなった。
その風は一時だけでなく、むしろどんどん強くなるようで、公園の唯一の遊具であるブランコを揺らし、砂が舞い上がる。青が広がっていた空は灰色の雲が覆いつつあった。
舞い上がった砂が風に乗って小屋の中に入ってきたもので、咄嗟に二人は腕で口と鼻をふさぐ。
「……まずいかもしれないな」
「え?」
薫森が扉を閉め、体についた砂を軽く払ってから息を吐く。
「あいつに、話を聞かれたかもしれない…………は、璃久!」
可能性を理解した瞬間、璃久の体は弾かれたように扉を開け、走り出していた。




