11留守
「今日はこのブロックか」
数週間後、アパートの前で、署名用紙と地図を持った二人は地図を覗き込んだ。もはや毎週の恒例行事だ。地図上にも丸が増え、署名用紙もそろそろ一枚埋まりそうになっていた。中々に順調だと、二人は意気揚々と次の地区へ向かった。
そこは、暖かい色のコンクリートが敷かれた道で、同じような雰囲気の家が多かった。地面の色と同じように、人々も署名に寛容で優しいのではないかと二人は期待した。
しかし、その地区の人々は彼らの想像とは違う対応をしてきた。そのことに気が付きはじめたのは、真夏の照りつける日差しに半袖からでた腕を焼かれながら、数軒目のインターホンを鳴らしたとき。
「ここも留守か……」
人々は、皆そろって留守だったのだ。二人が不審に思いつつ、ついに最後の家のインターホンを鳴らしても、誰も返事をしなかった。二人は地区の始めに戻り、顔を見合わせた。
「なぁ……普通に考えて、皆いないなんておかしいよな」
「ああ、居留守だと思う……けど、なんで全員がそんなことを?」
「わからない……」
二人が考え込んでいると、タイミング良く二人の横にある家から、女性が出て来た。その家も、少し前にインターホンを押して返事がなかった家だ。やはり居たのだと、ポストの中身を確認しているその人に二人はどちらからともなく近づいて、話しかけた。
「すみません、少しお聞きしてもよろしいでしょうか」
青年が声をかけると、その人は驚いて二人を見た。しかし、その途端にもっと目を丸くして、警戒の色すら浮かんでいる。やはりおかしい。
それでも頷いて呉れた彼女に、青年は説明する。
「えぇと、ここの地区の人たちが皆インターホンを押しても出てくれなくて……理由をご存じですか?」
女性は、青年が言ったことに今度は顔をしかめた。そして二人を上から下までまじまじと見た後、ふと口にする。
「街の山を守る活動をしていると謳った詐欺が行われているという噂が立ってるのよ。犯人はあなたたちみたいな見た目の青年らしいわ」
「……え?」
「出所も知らないし、ニュースにもそんな記述はないから信じるのもどうかと思うけど、宅配便以外は警戒するに越したことは無いと思って」
それだけ言うと、女性はそそくさと家の中に入って行った。二人は、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。彼らに詐欺をした覚えなどなければ、そんな噂を立てられる筋合いもなかったのだ。しかし、心当たりはあった。
署名活動をする前、山に行ったとき。下見に来たであろう都市部の男性二人に、工事をやめてくれるよう頼んだ。それを跳ねのけられたから、二人は署名活動をしているのだ。そのことが、都市部側の人々にに知られていたとしたら。
二人は署名活動に精一杯で、自分たちの活動を阻止される可能性を失念していたのだ。
「……とりあえず、戻って作戦を練ろう」
ぽつりとつぶやいた青年に頷くと、友人は青年と並んでとぼとぼと来たばかりの道を戻った。一筋縄ではいかないことはわかっていたつもりでも、実際に壁に当たると、どうにもしょぼくれてしまう。
そうして着いた、二人の暮らしているアパート。対策を考えながら歩いてきたのでわからなかったが、炎天下を歩いてきたのだ。二人はアパートの部屋に入ると、蒸し暑いはずの部屋が涼しく感じることに驚いた。
冷房のスイッチを入れ、いつかのようにちゃぶ台を囲む。そこで青年は思い出したように立ち上がって、すぐ後ろにあるキッチンの冷蔵庫から大分軽くなったオレンジジュースのパックを取り出し、二つのグラスに中身を注いだ。スーパーやコンビニによく売っている、果汁百パーセントのものだ。
「まぁ、障害があったほうが燃えるよね」
グラスをそれぞれの前に置くと、服をつまんで冷房の風を服の中に入れていた友人が礼を呟く。
「……ああ、そうだな。結局最後に笑ってるのは俺たちだ」




