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第5章 サークルの後たまり場って大学っぽくてキラキラ

 5月も半ばを過ぎると、新しい生活にもだいぶ慣れてきた。

 朝、大学へ行く。

 講義を受ける。

 昼になれば誰かと飯を食う。

 そして夕方になると、ototteへ向かう。

 日によっては、練習が終わったあとにみんなで飯を食う。先輩は呑む。

 そんな日々だ。

 入学したばかりの頃は、講義が終われば、それで1日が終わっていた。

 今は違う。

 講義が終わってから、また楽しい時間が始まる。


「葵、そろそろ行く?」

 講義後にカフェテラスで話していた真帆が時間を見て言う。

 17時45分。サークル開始まであと15分ほど。 

「ああ、行こう」

 俺はギターを背負った。

 大学構内を、楽器を持って歩くことにも慣れてきた。

 ototteの活動場所へ向かう。

 教室の扉を開けると、すでに何人かが集まっていた。

「お疲れー」

 軽い声が飛んでくる。

「お疲れ様です」

「お疲れ」

 恵先輩が愛用の5弦ベースをケースから出している。

 先輩は決して大きくない体で、細い指で、太くて低い5弦ベースをブインブイン鳴らす。

 その特異なルックスと合わせて、なんともカッコいい。 

 ――そして、その隣には、美月先輩。

 白石美月(しらいしみつき)。

 恵先輩と同じ3年生女子。

「今日は何やる?」

 スティックをくるくると回している。

 ドラム担当だ。

 この人はこの人で、クールなのだ。

「この前の曲、また合わせません?」

 真帆が言う。

「いいね」

 美月先輩が頷く。

「じゃあ、今日も5人で」

「うん」

 この5人。

 恵先輩。

 美月先輩。

 俺。

 知佳。

 真帆。

 次の合同ライブに、このメンバーで出ることになっていた。

 新入生にもっと楽しんでほしいと、恵先輩が声をかけてくれた。

 うん。やはり仲間と音楽を作るのは楽しい。


 各々、準備を済ませ。

「じゃあ、いくよ」

 美月先輩がスティックを持ち上げる。

 カウント。

 ――1、2、3、4

 ドラムが鳴る。

 続いて、ベース。

 ギター。

 キーボード。

 そして、真帆の歌声。

 5つの音が重なる。


 最初は少しだけばらばらだった。

 俺のギターが早い。

 知佳の入りが少し遅れる。

 真帆が歌詞を1拍ずらす。

「ごめん!」

「もう1回やろう」

 美月先輩がスティックを構える。

 また始まる。

 今度は、少しだけ上手くいった。

 さらにもう1回。

 また少し良くなる。

「おお」

 真帆が嬉しそうに声を上げる。

「今のよかった!」

「うん」

 知佳も頷く。

 恵先輩がベースを下ろした。

「じゃあ、次は最後まで通そう」

「はい」

 5人が、それぞれの位置につく。

 今度は止まらなかった。

 曲が終わる。

 一瞬の静寂。

 それから。

「…いいんじゃない?」

 美月先輩が笑った。

「うん」

 恵先輩も頷く。

 真帆が両手を上げる。

「やった!」

「まだ本番じゃないぞ」

「わかってるって」

 笑い声が起きる。

 知佳も笑っていた。

 入ったばかりの頃より、ずっと自然に。

 それを見ていた美月先輩が、ほんの少しだけ目を細めた。

 ――馴染んできたな。

 たぶん、そんなことを思ったんだろう。


「休憩しよ」

 美月先輩がドラムスティックを置く。

「知佳ちゃん、飲み物いる?」

「大丈夫です」

 美月先輩は自動販売機へ向かう。

 しばらくして戻ってくると、恵先輩が話しかける。

「美月って、知佳ちゃんのこと気に入ってるよね」

「そう?」

「うん」

「別に普通だよ」

「そうかな」

「そう」

 美月先輩は笑った。

「知佳ちゃん、話しやすいし」

「……私が?」

 知佳が少し驚く。

「うん」

「そうですか?」

「そうだよ」

 美月先輩はあっさり言う。

「変に気を遣わないし」

「……」

「まあ、いいんじゃない?」

「何がですか?」

「そのままで」

 知佳が少しだけ目を丸くした。

「……はい」

 それを見て、俺はなんとなく思った。

 知佳は、美月先輩と話すときだけ少し肩の力が抜けている。

 恵先輩と話しているときより、自然な感じがした。


「じゃあ、もう1回やろうか」

「はい」

 練習を再開する。

 美月先輩のドラムが、全体を後ろから支える。

 派手に前へ出るわけではない。

 でも。

 いなくなると、たぶん全員が困る。

 そんな音だった。

 恵先輩がベースを弾く。

 俺がギターを鳴らす。

 知佳がキーボードを弾く。

 真帆が歌う。

 美月先輩が叩く。

 5人で音を出す。

 なんだか、ちゃんとバンドになってきた気がした。


 練習が終わる頃には、外はもう真っ暗だった。

「腹減ったな」

 俺が言うと。

「じゃあ、ご飯行く?」

 真帆がすぐに返してきた。

「賛成」

 恵先輩が頷く。

「私も」

 美月先輩もスティックをケースにしまいながら言う。

「私も行く」

 知佳も続く。

「じゃあ決まり」

 真帆が嬉しそうに笑った。

 5人で大学を出る。

 大学の近くには、学生向けの店がいくつもある。

 定食屋。

 ラーメン屋。

 ファミレス。

 ファストフード。

 少し歩けば、カフェもある。

 高校の頃には知らなかった世界だ。

「こういうの、大学っぽいよね」

 真帆が言った。

「何が?」

「サークル終わったあと、みんなでご飯食べに行ったり」

「まあ、確かに」

「高校だと、部活終わってそのまま帰ることが多かったし」

「俺もそうだった」

「私も」

 知佳も頷く。

「美月先輩は?」

 真帆が聞いた。

「私?」

「大学生っぽいこと、いっぱいやってそう」

「どうかな」

「やってなかったんですか?」

「友達とご飯食べたり、誰かの家に行ったりはしてたよ」

「やっぱり!」

「何が?」

「なんか、そんな感じします」

「どういう感じ?」

「面倒見よさそう」

「そう?」

「うん」

 真帆は即答した。

「私、美月先輩好きですもん」

「急に告白された」

「そういう意味じゃないですよ」

「知ってる」

 美月先輩が笑う。

 真帆も笑う。

 こういうところを見ると。

 真帆は本当に人懐っこい。

 先輩後輩という壁を、あまり気にしない。

 美月先輩も、そういう真帆を自然に受け入れている。

「じゃあ、今日は大学生っぽいことできたんですね」

「何、それ」

「だって、私、こういうのちょっと憧れてたんです」

 その言葉に、誰も笑わなかった。

「宮城じゃ、行きたくてもあんまりお店ないし」

「こっち来てから、行きたいところいっぱいあるって言ってたもんな」

「そうなの」

 真帆が楽しそうに笑う。

「だから、こういうの嬉しい」

 それを聞いた先輩たちもなんだか嬉しそうだった。


 このごろ、こういう日が増えた。

 練習をして。

 終わったら、みんなで集まって。

 5人で歩く。

 くだらない話をする。

 何を食べるかで揉める。

 どこへ行くかで揉める。

 そして、結局。

「まあ、いいんじゃない?」

 美月先輩の一言で決まる。

「美月先輩、それ便利ですね」

 俺が言うと。

「何が?」

「何でもそれで済ませてません?」

「そうかな」

「そうですよ」

「じゃあ、いいんじゃない?」

「ほら!」

 真帆が笑う。

 知佳も笑う。

 恵先輩も肩を揺らしている。

「美月、それずるい」

「便利なら、いいんじゃない?」

「またそれ!」

 笑い声が夜道に響く。

 他愛のない、楽しい時間。

「あ、それじゃ、ウチ来るとかどうです?」

 真帆がある日そう言った。

「真帆の家?」

「うん」

「いいの?」

「もちろん」

 それが始まりだった。

 6月に入る頃には、真帆の家がたまり場のようになっていた。

「どうぞー」

 玄関を開けた真帆が言う。

「お邪魔します」

「お邪魔します」

「おじゃまー」

「……お邪魔します」

「適当に座ってね」

 真帆の部屋は、女子一人暮らしの大学生らしい、可愛らしい部屋だった。

 観葉植物。

 間接照明。

 ベッドと小さなテーブル。

 服やバッグも、ちゃんと綺麗に整えられている。

「真帆の部屋って、なんか落ち着くよな」

 俺が言うと。

「そう?」

 真帆が嬉しそうにする。

「それならよかった」

「何が?」

「こういう部屋にするのも、大学デビューの一環だから」

「そこまで考えてたのか」

「そうだよ」

 言い切る。

「新生活では、友達を家に呼んで、みんなでご飯食べたり、夜中まで喋ったりするの」

「なるほど」

「なんか、キラキラしてる」

「…成功してるんじゃないか」

「ほんと?やった」

 真帆が笑う。

 恵先輩や美月先輩もなんだか嬉しそうだった。


 5人で集まることもあれば、誰かが都合が悪い日もある。

 それでも。

 誰かが欠けても、また次に集まればいい。

 そんな感じになっていた。

 ある日の夜。

 真帆の部屋には、俺と真帆、知佳、美月先輩の4人がいた。

 恵先輩は用事があるらしく、先に帰っている。

「そういえば、知佳と葵も一人暮らしだったよね?」

 真帆が聞く。

「うん」

「そうだよ」

「料理とかしてる?」

「一応」

「俺もわりとしてるぞ」

「へー、意外」

 美月先輩が俺を見る。

「葵って料理するんだ」

「しますよ」

「なんか、しなさそう」

「何でですか」

「ギター弾いてるか、大学行ってるか、寝てそう」

「ひどい」

「でも、ちょっとわかる」

 知佳が言う。

「知佳まで?」

「家でもギターばっかり弾いてそう」

「それはそうかもな」

「自分で認めるんだ」

「当たらずとも遠からず」

 真帆が続けた。

「知佳もちょっと意外かも」

「私も?」

「うん、意外」

「……なんで?」

「なんとなく箱入りっぽいし」

「あー、ちょっとわかるかも」

「え、え、なんで?」

「元気な妹ちゃんとけっこうイメージ違うし」

「わりと家族の話よくするしな」

「…そうなんだ」

 美月先輩が話に入る。 

「いや、知佳はちゃんとしてそう」

「そうですか?」

「うん」

「じゃあ、葵は?」

「葵は……」

 美月先輩が俺を見る。

「……まあ、いいんじゃない?」

「先輩!」

 部屋が笑いに包まれる。

 知佳も笑っていた。

 その笑顔を見て。

 美月先輩は、ほんの少しだけ目を細めた。

 ――前より、柔らかくなったな。

 きっと、そんな感じだろう。


 それから、しばらくして。

 真帆がコンビニで買ってきたアイスを並べた。

「好きなの取っていいよ」

「俺これ」

「早い」

「知佳は?」

「私はこれで」

「じゃあ私は…」

 美月先輩が目線を上げる。

「真帆は?」

「私は最後でいいです」

「なんで?」

「みんなが取ったあとで」

「じゃあ、これ残しとく」

 美月先輩が1つ戻す。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 こういうところなのだろう。

 きっと美月先輩は、特別なことをしているつもりはない。

 でも。

 気づくと誰かの面倒を見ている。

 たぶん、昔からそういう人だったのだろう。


 時計を見る。

 23時を過ぎていた。

「そろそろ帰るか」

 俺が言うと。

「えー」

 真帆が不満そうな声を出す。

「明日も大学あるだろ」

「それはそうだけど」

「また来るし」

「……うん」

 真帆はやはり少し寂しそうだ。

「また来てね」

「ああ」

「知佳もね」

「もちろん」

「美月先輩も」

「うん。恵もね」

 美月先輩が笑う。

「じゃあ、帰ろうか」

 俺たちは部屋を出た。

 外へ出ると、6月の夜は少し蒸し暑かった。

「駅まで一緒に」

 真帆が名残惜しそうに、皆を送ると申し出た。

「うん、行こう」

 美月先輩があっさり受け入れる。

 なんともこの2人らしいやり取りだ。


 4人で歩き出す。

 狭い歩道で自然と2対2に別れ、少し前を美月先輩と知佳が歩いている。

「知佳ちゃん」

「はい」

「学校、楽しい?」

「…はい」

 少し間があった。

 でも。

 その「はい」は、前よりずっと自然だった。

「そっか」

 美月先輩は、それ以上聞かなかった。

 知佳も、何も言わない。

 しばらく歩いて。

「美月先輩」

「ん?」

「私、最初はちょっと緊張してたんです」

「うん」

「サークルって、もっと明るい人ばかりなのかなって」

「まあ、恵や真帆たちは明るいね」

「…はい」

「でも、別にみんなそんな面倒くさくもないでしょ」

「そうですね」

「私も適当だし」

「それは知ってます」

「ひどい」

「でも」

 知佳が続けた。

「美月先輩がいるから、話しやすかったです」

「……そっか」

「はい」

「なら、よかった」

 それだけだった。

 でも。

 知佳は少し嬉しそうだった。

 その少し後ろを歩きながら、俺は2人を見ていた。

 美月先輩は、本当に人との距離の取り方が上手い。

 近すぎない。

 遠すぎない。

 必要以上に踏み込まない。

 でも、ちゃんと見ている。

「葵」

 後ろから真帆の声。

「ん?」

「何見てるの?」

「知佳と美月先輩」

「…ふうん」

 真帆も2人を見る。

「あの2人、仲良くなったよね」

「そうだな」

「美月先輩って、優しいよね」

「うん」

 そのとき。

 前を歩いていた美月先輩が、こちらを振り返った。

「何? 2人で私の悪口?」

「言ってないですよ」

「ほんと?」

「ほんとです」

 姉が2人いるせいか、こういう少し年上の女性と話すことには慣れている。

 美月先輩は確か妹が2人。

 なんとなく他人の気がしない。

 変に気を遣わなくていい。

 先輩なのに、妙に緊張しない。

 そんな距離感だった。

 駅が近づいてきた。

「じゃあ、また明日」

「お疲れ様でした」

「お疲れ」

 美月先輩が手を振る。

 知佳も小さく会釈した。

 真帆は最後まで手を振っている。

「またみんなで集まろうね!」

「うん」

「じゃあな」

 俺たちは、それぞれの方向へ別れた。


 翌週。

 また5人で練習をした。

 美月先輩のドラム。

 恵先輩のベース。

 俺のギター。

 知佳のキーボード。

 真帆の歌。

 少しずつ。

 本当に少しずつだけど。

 音が合うようになってきた。

「いい感じ」

 美月先輩がスティックを止める。

「うん」

 恵先輩が頷く。

「本番、楽しみだね」

 真帆が言った。

「緊張するけど」

 知佳が呟く。

「大丈夫」

 美月先輩が笑う。

「失敗しても、笑えばいいから」

「……それでいいんですか?」

「いいよ」

「まあ、いいんじゃない?」

 恵先輩が入ってくる。

「それ、美月先輩の真似ですか?」

「うん、そう」

 こうして。

 また1日が終わっていく。

 こんな日々が、少しずつ積み重なっていく。

 俺は、ギターケースを背負い直した。

「じゃあ、帰ろうか」

 夜の帰り道を5人で歩く。

 誰かが笑う。

「じゃあまた練習でね」

 それだけ。

 それだけのことで、ぼんやり考える。


 明日の講義は、たぶん退屈だ。

 でも、ototteに行けば、みんながいる。

 そして練習が終われば、どこかの店か真帆の家に集まるかも。

 そう思うだけで、明日が少し楽しみだった。

 

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