↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/13

第4章 オープンキャンパス 大学すげぇ!

 5月5日。


 世間はゴールデンウィーク中だが、キャンパスは賑わっていた。

 オープンキャンパス。

 あちこちを、高校生たちがざわざわと歩いている。

 保護者と一緒に来ている人もちらほら。

 俺は高校の時に参加しなかったから、この空気を味わうのは初めてだ。

 だが、参加者たちの少し浮ついた感じは理解できる。

 あの頃は、大学というものが今よりずっと遠い場所に思えていた。


「葵~!」

 聞き慣れた声がした。

 振り向く。

「おはよう」

「おはよー」

 真帆が手を振りながら近づいて来た。

「午前、受付担当でしょ?」

「うん。1年生は終日雑務らしいからな」

「それも、ちょっと楽しそうじゃない?」

 そう言って笑う。

「高校生いっぱい来てるし」

「そうだな」

「私、去年まで高校生だったんだよね」

「俺もだよ」

「なんか変な感じ」

 今日は見慣れた大学が、少しだけ華やかに見える。

「私たち、もう完全に大学生なんだね」

「急にどうした」

「いや、なんとなく」

 こういう何気ない会話ができるのも、現状に少しずつ慣れてきたからなんだろうな。


「葵」

 今度は後ろから。

 知佳の声だ。

「おはよう」

「おはよ…」

 振り返る。

 そこには知佳と――もう一人、女の子が立っていた。

 今日、妹さんが来ると言っていたが…

「妹の、ま…」

 紹介されている最中の女の子はこちらを見て、目を丸くしている。

 ……いや、こちらは見てない。

 その子の視線は少し先、校舎の入口あたりに向いていた。

「うわ……」

 小さく呟く。

 …何だ?

 そちらを見ると、そこには恵先輩がいた。

 だいぶ見慣れてきたはずだが、やはり美しい。

 雑多な大学キャンパスで、その存在だけが浮き出て見える。

「茉優(まゆ)、どうしたの?」

「すげぇ!」

 女の子――茉優ちゃんは、先輩に視線を受けたまま声を張った。

「メチャクチャ綺麗な人が普通に立ってる!」

 声が大きい。

「大学すげぇ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ」

 知佳が困った顔をする。

 助けるように真帆が声をかける。

「知佳の妹ちゃん?」

「はい!」

 俺たちのほうを向いて、ぺこっと頭を下げた。

「臼田茉優(うすだまゆ)です!高校2年生です!」

「私は寺沢真帆。知佳と同じ1年生だよ」

「じゃあ、お姉ちゃんの友達ですか?」

「友達、だよね?」

「…うん」

「やった!」

 真帆は嬉しそうだ。

「俺は如月葵。知佳と真帆と同じ1年生。知佳とは学科も一緒だよ」

「よろしくお願いします!知佳の妹の茉優です!今後も姉をよろしく!」

 明るくて、よく喋る。

 楽しくて、可愛いらしい子だ。

 うなじあたりで一つ結びにした黒髪がぴょんぴょん跳ねる。 

 初対面から数分だが、仲のいい姉妹なのが伝わってくる。

 

 それから俺たちは、それぞれの担当に分かれた。

 受付。

 資料配布。

 会場案内。

 高校生からの質問対応。

 1年生は、基本的に雑務だ。

 そんなことをしているうちに、いつの間にか正午を過ぎていた。

 オリエンテーションを終えた茉優ちゃんが戻ってくる。

「学食行きたい」

 第一声がそれだった。

「お腹空いたの?」

「空きました!」

「高校生って元気だねえ」

 真帆が笑う。

「だって朝から来てるんですよ?」

「それもそうか」 

 そうして、1年生チームは一緒に学食へ向かった。

 今日は休日だが、オープンキャンパスなので学食も営業している。

 むしろ普段より気合が入っている気がする。

「私はこれ!」

 茉優ちゃんがメニュー指差す。

「唐揚げ定食!」

「高校生っぽいね」

「高校生ですから!」

 真帆は茉優ちゃんと既に友人の域だ。

「葵はどーするの?」

「日替わり定食。今日は生姜焼きか」

 茉優ちゃんが知佳を見て。

「姉ちゃんは?」

「うーん、私も日替わりで」

 各々食券を買って定食の窓口へ。

 今日は全員、同じ窓口のようだ。

 みんなしっかり、茉優ちゃんをエスコートしている。

 …まぁその主役は特に気にしていないというか、気づいていないようだが。


「美味しい!」

「まぁ、学食だよ」

「大学の学食ってなんかアレじゃん」

「アレってなに?」

「安いし量多いし、美味しい」

「良かったよ。気に入ってもらえて」

 臼田姉妹の会話に、皆が笑顔になる。

 知佳って、こんな風に笑うんだ。

「仲のいい姉妹だな」

「まぁ…長い付き合いだし」

「そりゃそうだ。17年くらいか」

「妹が生まれた時には、まだ物心ついてないけど」

「それもそうか。けどまぁ長い付き合いなのは間違いない」

「2か月前まで同じ家に住んで、同じ高校通ってたし」

「そりゃ長くて深い付き合いだ」

 そのとき。

 斜め前にいる茉優ちゃんと目が合った。

 いや。

 正確には、少し不思議そうな顔で俺のことを見ている。

「どうかした?」

「いえ、大丈夫です」

「そう?」

「はい」

 なんだろう。

 知らない年上に囲まれて、多少は緊張しているんだろうか。


(姉ちゃんが普通に男の人と喋ってる!)

(やっぱ大学すげぇ!)

 そんな心の声には、誰も気づかない。


 午後。

 参加者の案内担当だった俺は、茉優ちゃん担当に指名された。

「いや、そこは知佳なんじゃ…」

「高校生が未知の大学生活を疑似体験するんだよ。隣がお姉さんじゃつまんないじゃない」

 恵先輩が微妙に意味不明なことを言う。

「そういうものですか?」

「そういうもの」

「俺は別にいいですけど、本人は…」

「よろしくお願いします!葵くん!」

「問題ないみたいだよ」

「…そうですね。問題ないみたいですね」

 俺、こういうコミュ力高いタイプに弱いのかな。

 まぁ嫌な気はしないけど。

 ……

 13時、午後の部がスタート。

 体験講義ということで、参加者は希望する講義を受ける。

「茉優ちゃんは何にしたの?」

「これです!」

 見せてもらったパンフレットには、

『わが国の未来を担うバイオテクノロジー』

 と書かれていた。

「お」

 高校生向けの、いかにもキャッチーなタイトルだ。

 が、実は俺が受けてる専門科目の簡易版だったりする。

「姉ちゃんと葵くん、こういうの勉強してるんですか?」

「うん、そうだよ」

「へえ…」

 茉優ちゃんは興味深そうに教室を見回した。

 60分のショート講義。

 コンパクトだが、高校生には刺激的だろう。

 なるほど、呼ぶ方もしっかり考えてる。

 満足げな茉優ちゃんを見て、俺もなんだか嬉しくなる。

 

 講義が終わる。

「面白かったです!」

「それならよかった」

「次は、どこ行けばいいですか?」

「えっと…あぁ、そんな遠くないよ。行こう」

「はい!」

 15分のインターバル後、次の講義。

 茉優ちゃんの選択は『人類の歴史と醸造』

 ……あ、これって。

 知佳に少し前に聞いた「お母さん、かなり呑む」を妹も証明してきた。

「お母さんの影響?」

「え、なんで?」

「知佳に聞いてるよ」

「ほう、そうなんですか」

 茉優ちゃんはよくわからない顔をしていた。

 まあ、理由はどうあれ。

 高校生で興味ある学問があるのはいいことだ。

 

 その後は学内案内。

 実行委員が先導し、キャンパス内を巡る。

 学生ホール。

 図書館。

 体育館。

 学食。

 そして16時すぎ。

 予定を終えた茉優ちゃんが、知佳に駆け寄っていく。

「もっと見たい!」

「もういっぱい見たでしょ」

「学食もっかい行きたい!」

「4時間前に食べたばっかりじゃない」

「じゃあ図書館!」

「そこもさっき見たでしょ」

「じゃあ―――」

「もう帰るよ」

「えー」

「今日はウチ、泊まってくんでしょ」

「うん、明日の夕方までに帰ればいいから」

 今日は姉妹でお泊まりらしい。

 …と、不意に茉優ちゃんが俺に向き直る。

「葵くん!」

「ん?」

「また遊びに来てもいいっすか?」

「大学に?」

「うん!」

「まぁ、来年もオープンキャンパスあるしな」

「それ遠い!遊びに来ます!」

「遊びに?」

「そう、個人で!」

「それは、知佳と来ればいいんじゃない?」

「じゃあ、姉ちゃんもよろしく!」

「え、私?」

「うん!」

 知佳が困った顔をする。

 …が、やはり妹には甘いようで。

「…わかったよ」

 茉優ちゃんが喜ぶ。

「葵くんと真帆ちゃんも遊んでくださいね!」

 その笑顔につられて、また皆が笑顔になる。


 帰り道。

 茉優と知佳が少し前を歩いている。

「姉ちゃん」

「何?」

「今日、めちゃくちゃ楽しかった!」

 茉優ちゃんが破顔する。

「大学って、もっと怖いところだと思ってたけど、なんか普通に楽しいところだった」

「別に怖くはないでしょ」

「学食いい感じだし、図書館でかいし、変な講義あるし」

「変な講義って…」

「だって醸造だよ? 高校じゃ絶対ないじゃん」

「それは、確かに」

 知佳が少し笑う。

 …その様子を、俺と真帆は後ろから見ていた。

「本当に仲いいね」

「ああ、本当に」

 普段の知佳は、まだ少し緊張しているようにも見える。

 でも、茉優ちゃんといるとよく喋るし、よく笑う。

 俺たちの知らない素顔が次々出てくる。

 姉妹なんだな。

 駅へ向かう道。

 臼田姉妹は最後までよく喋っていた。

 今日見たもの。

 講義、学生ホール、図書館、体育館、学食。

 そして、大学の中で見かけた人たち。

 何でも面白そうに話す。

 やっぱり元気で楽しい子だな。

 

 少し歩いて、駅に入るところで茉優ちゃんが小声で知佳に話しかける。

「そういえばさ」

「何?」

「学食でね」

「うん」

「姉ちゃんが男の人と自然に話してるの見て、ちょっとびっくりだった」

「…………」

 知佳の足が、ほんの少しだけ止まった。

「…そう?」

「うん」

「…普通に話してただけだと思うけど」

「午後、葵君に案内してもらったけど」

「え、うん」

「初対面の年上男子なのに話しやすいし、さり気に優しかった」

「そうなんだ」

「うん。いい人だと思う」

「……」

 知佳は少しだけ黙って。

 少し離れて後ろを歩く俺を振り返る。

 ふと目が合う。

「ん、どうかしたか?」

「……何でもない」

「そう?」

「うん」

 知佳は目を逸らした。

 そして――。

 もう一度だけちらりと俺の方を見た。

 

「じゃあね、葵くん! 真帆ちゃん!」 

 駅に着くと、茉優ちゃんは満面の笑顔でぶんぶんと手を振った。

「またね、茉優ちゃん」

「気をつけて帰れよ」

「はーい!」

 茉優ちゃんは元気よく返事して、知佳の腕を引っ張った。

「ほら、姉ちゃん行こ!」

「ちょっと、引っ張らないでよ」

「晩ごはん、一緒に作ろ!」

「はいはい」

 2人が歩いていく。

 階段に差し掛かる。

 すると今度は、知佳のほうから小さく会釈した。

 俺は軽く手を上げる。

 そして、2人の姿がホームに消えていった。

「…真帆が言ったとおりだったよ。楽しかった」

「うん」

 真帆も笑顔だった。


 入学して1か月ほど。

 最初、大学は講義を受けるだけの場所だった。

 でも。

 友達ができて。

 一緒に昼を食べて。

 毎日サークルに行って。

 そして今日は、高校生の女の子と一緒に大学を歩いた。


 なんだかんだで。

 俺の生活は、楽しくなってる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。