第3章 月曜日はカレー曜日
4月も中旬の火曜日.
入学してから2週間以上が経っている。
広大なキャンパス内の移動にも少し慣れてきた。
今日の2限目は体育。
「…体育、ね」
実技は今日が初。
大学に入ってまで体育とか正直ダルい。
が、必修単位なので行かざるをえない。
4月と5月は体育館でバドミントンらしい。
開始10分前、10時30分に体育館に入る。
更衣室でスウェット上下に着替え、端でストレッチを始めた。
すると、
「お、如月じゃん」
「ん?」
聞き覚えのある声。
振り返る。
新入生オリエンテーションで近くに座って知り合った男だ。
苗字は松本、下は何と言ったか。
「俺、松本亘一な。亘一でいいよ」
「ああ、知ってる」
そう、亘一って言ってたな。
「マジ? 俺、実は有名人?」
「いや、本人から聞いたんだが」
講義が始まってからも、こいつとは何度か顔を合わせていた。
いつもスマホで動画を見ている。
ショート動画だったり、ライブ映像だったり。
アミューズというグループ名は知ってるが、個別メンバーは全くわからない。
「今日もそれ?」
亘一のスマホを覗く。
「もちろん。ダンス動画見ないと落ち着かん」
「朝から?」
「むしろ朝だからこそだろ」
「何その理論」
「アミューズは心を整えるんだよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだ」
真顔で言われた。
よくわからない。
時間になる。
簡単な説明のあと、2人組を作ることになった。
「はい、近くの人同士で組んでー」
先生が言う。
俺は自然と亘一の隣に並ぶ。
「よろしく」
「おう」
三々五々ペアができていく。
ふと、女子のほうを見る。
こういう時、女子は男子よりもグループができるのが早い。
いつの間にか、何組かに別れていた。
その中に、知佳がいることに気が付く。
普段、講義で前の席に陣取っている顔ぶれだ。
彼女のいるグループは女子5人組だった。
そこで、奇数グループの必然。
1人余る。
どうやら知佳が残ったらしい。
……と、不意に見知った女子が知佳に声をかける。
西野沙耶。
亘一と同じく、オリエンテーションで知り合った女の子だ。
根元の黒い茶髪、いわゆるプリン頭。
服装もちょっとダボっとしている。
第一印象は「田舎のヤンキー?」だった。
が、実際はそんな感じではなく、いつも自然に誰かと談笑している。
初対面の相手に普通に声をかける、いわゆるコミュ力の高い子だ。
「1人?」
知佳が顔を上げる。
「…うん」
「じゃあ、一緒にやろう」
「いいの?」
「うん。私も余った」
「…そうなんだ」
「組もうよ」
「うん」
2人はそのままペアになった。
それだけの出来事。
でも、それから知佳と西野が一緒にいるのをよく見かけるようになる。
講義でも、食堂でも。
人間関係なんて、案外こういうところから始まるものなのだ。
ラケットを持つ。
シャトルを打つ。
返ってくる。
また打つ。
亘一が言う。
「お前、意外とうまいな」
「普通だよ」
「俺、運動そんな得意じゃないんだよな」
「アイドルの動画ばっか見てるからじゃない?」
「アミューズ舐めるなよ。makiちゃん動きエグいぞ」
そんなくだらない話をしながら、適当にラリーを続ける。
なんだろう。
そこはかとなく自由な時間。
こういうのも大学ならではなのか。
高校の体育とは何か違う。
それなりに動いて。
それなりにダラついて。
くだらない話をしたりして。
そうこうしてるうちに終了時刻。
更衣室へ向かい、着替えて、時間を見る。
昼休み。
さて、今日の昼食はどうするか。
……と、体育館を出たところで亘一と西野が話しているのを見かける。
通り過ぎようとしたら亘一が
「お、如月来たか」
「え、待ってたのか?」
「まあな」
すると、横から西野の声が聞こえる。
「ねぇ、如月くん、私のこと覚えてる?」
「そりゃ覚えてるよ。西野だろ」
「お、感心」
亘一と西野か。
なんとなく納得がいく組み合わせだ。
「ちょうどだし、一緒に昼行こう」
亘一の提案。
もちろん断る理由もない。
「いいぞ」
すると、西野が振り返る。
「知佳も、大丈夫?」
「うん、今日は何も持ってきてない」
いつの間にか合流していた知佳に西野が声をかけ、男女4人組が出来上がる。
賑やかな学食によくある光景。
今の俺には、少し眩しい。
今日の日替わり定食は鯖塩焼き定食、380円。
学食って素晴らしい。
……あ、そういえば。
「明日はototteの昼集会だよな」
「うん、水曜の12時20分、6号館前だよね」
「知佳は明日来れるの?」
「うん。葵も行くでしょ?」
「水曜は1限からずっといるから、毎週参加する予定」
……
「…いや、ちょっと待って」
西野が額を3本指で押さえつつ会話を遮る。
「ん、なんだ?」
「いやいや、いやいやなんで知佳で葵なの?」
「何を言ってるんだ」
「なんで下の名前で呼び合ってんのって」
俺と知佳を交互に見る。
「2人ってそんな仲良かった?」
なるほど。
そりゃ、違和感あるよな。
まだ4月だ。
俺と知佳が知り合ってからも、それほど経っていない。
が、
「サークルの伝統なんだ」
「伝統って…まだ4月だよ」
「初日に半強制的に植え付けられたんだ」
「なに、何のサークル?夏はテニスで冬はスキーとかそういうやつ?」
「総合音楽サークルだ」
「わけがわからないよ」
西野が困った顔をしている。
横では、亘一も微妙な表情をしている。
「……まぁいいや」
西野はしばらく思慮した後、知佳に向き直る。
「じゃあさ、今日から私のことも沙耶ね」
「え?」
「まぁ、せっかくだし」
「え?……あ、うん。沙耶」
「そう、それでいいよ。知佳」
西野は満足げだ。
と、そこにソツなく食い込む男子
「じゃあ俺も亘一でいいからね、知佳ちゃん」
「あ……うん。よろしく」
こうして。
昼食の4人組ができた。
…………
そして翌週の月曜日、2限終了時。
一般教養の講義が終わった知佳は、ルーズリーフを鞄にしまっていた。
「知佳」
後ろの席で同じ講義を受けていた沙耶が声をかける。
「お昼、どうするの?」
「おはよう。同じ講義だったんだ。」
知佳はほんのり笑顔で振り向く。
「今日は、まだ、決めてない」
「じゃあ、カレー食べ行かない?」
「カレー?」
「うん。カレーコーナーってあるじゃん」
沙耶は迷いがない。
「月曜日って、なんかカレー食べたくならない?」
「特に、感じたことないかな」
「私はなるんだよ」
知佳は少し笑う。
「じゃあ、行こう」
「うん」
2人は並んで歩き出す。
向かったのは1号館の学生ホール横。
「ここ」
カレーコーナー。
知佳は初めて来た。
壁に貼ってあるメニューを見る。
たまごカレー
チーズカレー
唐揚げカレー
コロッケカレー
どれも500円。
チキンカツカレーが550円。
ロースカツカレーが600円。
「私はチキンカツカレー」
「…じゃぁ、私も」
2人で注文し、あっという間に出てきたカレーを受け取り、席に着く。
「ねぇ」
「うん?」
「即決だったけど、メニューに意味とかあるの?」
「あるよ」
知佳はカレーを一口食べてから言う。
「日曜日にいいことがあったらチキンカツカレー食べるんだ。50円贅沢」
「へえ」
知佳は感心する。
「じゃあ、昨日いいことあったの?」
「……まあね」
「何?」
「それは言わない」
「気になる」
「言わない」
そして、もう一口カレーを食べる。
「逆に」
沙耶が口を開く。
「日曜日に暗い気分になったら、ロースカツカレー」
「え?そっちの方が高いんじゃ」
「うん」
「600円だよ?」
「うん」
「…やけ食い?」
「気分転換、かな」
知佳は沙耶の顔を少し覗き見る。
「だから、月曜日はカレー」
「なるほど。そういう習慣なんだ」
「ただカレー食べるだけだけど」
「それくらいのがいいんじゃない」
沙耶は少し嬉しそうに知佳を見る。
「じゃぁ、来週からも一緒にカレー食べようよ」
「毎週?」
「毎週」
「飽きない?」
「カレーに飽きるって、そうそうないでしょ」
謎の説得力と圧力。
「…うん。じゃぁ、私もそうする」
こうして。
2人の月曜日はカレー曜日になった。
さて。
俺は明日、誰と昼を食べようか。
そんなことを考えるだけで、少し明日が楽しみになる。
入学したばかりの頃は、昼休みが来るのが少し嫌だった。
1人で食べる場所を探して。
周りに知り合いがいないことを気にして。
早く食べ終われば、それで終わり。
でも今は違う。
水曜はototteの昼集会がある。
そこで、誰かと話すだろう。
そしたら、一緒に昼を食べることになるだろう。
そんなことを考えられるだけで、大学に来る理由が一つ増えた気がした。
---明日も、早く大学に行きたい。




