第2章 総合音楽サークル「ototte」
翌日17時前。
俺はサークル説明会の会場である教室へ向かっていた。
――― 総合音楽サークル、ototte ―――
高校時代はガッツリ音楽をやっていたし、音楽系サークルなら話も合うだろう。
そう。
俺はあくまで音楽がやりたくて―――
「……いや」
繕っても仕方ない。
「多分、あの先輩もいるよな」
あんな綺麗な人がいるサークルなら、まあ。
行ってみる価値はあるだろう。
うん。
教室の前には、「総合音楽サークル ototte新入生説明会」と書かれた紙が貼られていた。
扉を開ける。
「こんにちはー」
「あ、新入生?」
「はい」
「じゃあ、適当に座って待ってて」
女性の先輩に案内され、教室に入る。
新入生らしい学生が何人かいた。
男女ともいる。
が、少し期待していたノースリーブ革ジャンに角みたいな世紀末的パンクファッション は見当たらない。
時代なのか、元からいなかったのか。
…ちょっとだけ残念な気もするが、そんな暫定特定少年とうまくやれる気もしないし、いいだろう。
痛し痒しというやつか。
…まぁ
大学生にもなると、たいていの人間は社会に溶け込む。
…けどやっぱり、集団の中で浮く人ってのはいるもので。
「あ」
いた。
昨日の先輩だ。
教室の前方で、数人の学生と話している。
昨日は遠くから見ただけだった。
今日は、距離が近い。
まぁ近いと言っても5メートルくらいはある。
それでも。
強烈な印象は更に塗り替えられる。
昨日は蜃気楼のように思えた存在が、実体を持って同じ部屋にいる。
やはりとんでもなく綺麗な人だ。
教室にいる学生の中で、そこにだけ自然と目線が吸い寄せられる。
無意識に、俺はしばらく立ち尽くして見ていた。
「……」
すると、その先輩がちらりとこちらを向いた。
目が合った。
…しまった、見すぎだったか。
俺は慌てて視線を逸らして、適当な席に座った。
早めに来たから、説明会が始まるまでは時間がある。
講義の後で誰と話すでもないから、時間を持て余す。
まぁ、おとなしく待とう。
……と、
「こんにちは」
「え?」
不意に声が聞こえた。
顔を上げる。
美人先輩が、目の前に立っていた。
…さらに近い。
「新入生だよね?」
「…あ、はい」
「昨日来てくれたよね?」
「…見てたんですか?」
「うん。昨日、勧誘されてたでしょ?」
覚えていてくれたらしい。
「…はい」
「入会に前向きな感じ?」
「…まぁ、そうでしょうか」
「よかった、来てくれて」
先輩は笑った。
また強烈な衝撃が襲う。
近くで見ると、顔のパーツがどうこうというより、全体の完成度が尋常でなく高い。
肌が綺麗。
目も。
鼻も。
唇も。
髪も。
なのに、笑うと一気に雰囲気が柔らかくなる。
俺は心の中で、昨日から更新され続けていた評価を、さらに更新した。
何と表現しようか。
100人いたら1000人が認めるような美人だ。
計算がおかしい。
でも、それくらい表現が感情に追いつかないインパクトだった。
「私、中野原恵。3年生」
「…あ…如月葵です。1年です」
「葵くんね」
いきなり下の名前。
こういうのも強者の余裕なんだろうか。
「……はい」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
自然に頭を下げる。
先輩は俺の反応を見て、柔らかく笑った。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
「いや、緊張してるわけじゃ……」
「ほんと?」
「……ちょっとだけ」
「ふふ」
こんな綺麗なのに、意外と気安いんだな。
「葵くんは、楽器やるの?」
「ギターです」
「おぉ」
「高校でバンドやってました」
「じゃぁバッチリ経験者なんだ」
「一応は」
「どんな音楽聴くの?」
「90年代のロック・メタルが多いです。スラッシュとか。あと、聞くだけじゃなくて作曲もしてます」
「作曲?」
「自分で曲作って、動画にして投稿したり」
「へえ、わりと幅広くやってるんだ」
「まあ……」
そう答えると、先輩が嬉しそうに頷いた。
「だったら、ototte合うと思うよ」
「そうなんですか?」
「うん」
先輩は教室を見渡した。
「音楽サークルっていうと、みんなでバンド組んでライブするところって思われがちなんだけど、実際はもっと何でもありだから」
「何でも?」
「うん。演奏する人もいるし、歌う人もいる。作曲する人もいるし、動画を作る人もいる。音楽を聴くのが好きってだけで入ってる人もいる」
「へぇ」
「だから、葵くんみたいに演奏も作曲も動画作成もするなんて欲張りな人はちょうどいいかも」
そう言われると、少し嬉しかった。
俺はずっと音楽をやってきた。
ギターを弾いて。
曲を作って。
友達と演奏して。
動画を撮って。
それが当たり前だった。
でも。
大学に来たら、その「当たり前」が全部なくなった。
こないだまで一緒だった奴らは、みんな名古屋にいる。
ここには誰もいない。
だから。
「……ここなら、また、できるのか」
思わず口からこぼれていた。
「…できるよ」
先輩は不意に優しく言う。
「仲間がいると、楽しいからね」
よくわかってる人の言葉だ。
俺のような人種は、「仲間と音楽を作る」のが最高に楽しくて毎日練習してる。
そろそろ説明会が始まる時間か―――
「ねぇ」
後ろから声がした。
振り返る。
茶色い髪の女の子がいた。
肩甲骨あたりまで伸びた髪。
ちゃんと時間と手間をかけているとわかるメイク。
いかにも俺が想像していた「大学生の女の子」という感じだった。
近くで見るとわかる白い肌も相まって、普通に可愛らしい子だ。
さっきまでとんでもない美人と話していたから、その可愛らしさにむしろ少し安心する。
「私、寺沢真帆、農学科。キミは?」
「如月葵、農芸化学科」
「農芸化学?」
「うん」
「へえ。じゃあ近いね」
何が近いのかはわからなかったけど、それを気にした様子もなく俺の席に座った。
「私、こういうの初めてなんだよね」
「こういうの?」
「サークルの集まりに来るの」
「それなら俺もそう」
「じゃあ一緒じゃん」
この子、距離が近いな。
けどまぁ、不思議と嫌な気はしない。
なんというか、気心知れた友人と話しているような気楽さがある。
こういうのも才能なんだろうな。
「キミは楽器何かやってるの?」
「ギター」
「へー」
「寺沢さんは?」
「真帆でいいよ。私は楽器できなくて、歌う人。けど詩を書いたりDJの練習もしてるよ」
「へぇ、それもカッコいいよ。俺、歌は全然ダメだし。DJとか意味わかんないし」
「隣の芝生は青い、ってね。私は楽器できる人、羨ましいよ」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
こういう出会いも大学のサークルならではなのかな。
こんな子と一緒の活動は楽しそうだ。
「じゃあ、説明会始めるよ」
代表らしい3年生男性が前に立ち、サークルの活動について話し始めた。
どうやらサークルの運営メインは3年生のようだ。
「ototteは総合音楽サークルです」
総合音楽サークル。
正直何をやってるのか意味不明なサークルだ。
が、説明を聞いて少しわかってきた。
バンド。
弾き語り。
DTM。
作曲。
編曲。
動画制作。
DJ。
ライブ。
単純に音楽を聴きながら語るだけの日もあるらしい。
「つまり、音楽に関係してれば何でもいいんです」
代表がそう言うと、教室から軽く笑い声が起きた。
「活動は毎日18時から21時ですが、週に何回出席とか決めてません。来たいときに来てください」
……。
「それでサークルとして成立するんですか?」
新入生の誰かが聞いた。
「成立してます。なんだかんだ人は集まりますから」
また笑いが起こる。
俺も笑った。
高校の部活とは違う。
もっと自由だ。
そのとき。
「失礼します」
教室の後ろから小さな声がした。
遅れてきた新入生らしい。
振り返る。
昨日、キャンパスで見かけた女の子だった。
長い黒髪。
わりと背が高い。
全身黒っぽい服装。
少し猫背で、うつむきがちに入ってくる。
女の子は空いている席を探すように教室を見回した。
そして、俺と目が合った。
「……」
「……」
数秒。
黒くて上目遣い。
やっぱり、ちょっと怖そう。
すぐに女の子は目を逸らした。
俺も逸らした。
なんとなく気まずい。
いや、俺が勝手にそう思っているだけかもしれない。
女の子は少し離れた席に座った。
説明会は続く。
けれど、俺は少しだけ気になっていた。
昨日の女の子。
音楽が好きなのか。
何か楽器をやってたりするのか。
「じゃあ、最後に在学生から一言ずつ」
代表が言う。
何人かが簡単に自己紹介する。
その中に美人先輩もいた。
「3年の中野原恵です。ベースやってます」
へぇ、ベーシストなんだ。
「そんなに上手くないけど」
隣の女子学生が声を出す。
「恵先輩、超上手いじゃないですか」
先輩は照れたように笑う。
俺はそのやり取りを見ながら思った。
この人。
本当に普通に大学生なんだな。
昨日見たときは、異世界の住人みたいに思えた。
でも、こうして笑って。
冗談を言って。
周りと話して。
まぁ、普通の大学生にしては、あまりに美しすぎるけど。
説明会が終わる。
「質問ある人いますか?」
何人かが代表のところへ集まった。
俺はどうしようか迷っていた。
その時。
「葵くん」
「…はい?」
美人先輩、いや中野原先輩がこちらに向かってきて声をかける。
「どうする?入る?」
「……はい。そのつもりです。」
答えてから、自分でも少し驚いた。
思ったより早かった。
サークルの理念が俺に合ってると感じた。
それに。
…こんな綺麗な人と一緒に活動できる。
という動機も許されるだろう。
少なくとも、仲間と楽しく音楽を、という雰囲気が俺には合っていると思った。
「じゃぁ決まりだね」
美しい先輩が、美しい笑顔で言う。
「これからよろしくね」
「よろしくお願いします」
それから、入会希望者は入会申込書を出しに前に向かう。
俺もその列に並ぶ。
「名前と学科を書いてね」
用紙を受け取り、記入する。
如月葵。
農芸化学科。
書き終えて提出すると、先輩が横から覗き込んだ。
「あ、農化なんだ」
「はい」
そのとき。
「……すみません」
後ろから小さな声がした。
振り返る。
さっきの黒い女の子だった。
「あ、入会する?」
「……はい」
「じゃあ、ここに名前とか書いてね」
女の子が用紙に何かを書く。
その手元を、俺は何気なく見ていた。
そして。
「臼田知佳……」
先輩が確認する。
「学科は?」
「農芸化学です」
「え?」
思わず声が出た。
女の子――臼田さんが、こちらを見る。
「……?」
「いや、」
俺は少し戸惑って。
「俺も農化」
「……そう、なんだ」
「うん」
会話としては、それで終わった。
「知佳ちゃんは、何か楽器経験あるの?」
先輩が問いかける。
このサークルは強者の余裕で溢れている。
「…ピアノを、小さい時から」
思わず俺は反応した。
「ピアノ弾けるんだ、すごいな」
「別に、すごくないよ」
「いや、ピアノ弾ける人って尊敬する。すごい羨ましい。」
「そんな、私はただ、長く弾いてるってだけ」
「それがすごいんだよ。楽器は、継続が一番大事で難しいんだから」
「う、うん。それは…そう、そうだね」
少し嬉しそうに見える。
長年続けてきたものだ。
それを褒められたらやっぱり嬉しいんだろう。
「じゃあ、2人は同じ学科の同級生なんだね」
中野原先輩が2人を交互に見る。
「それなら、せっかくだし仲良くしておくといいよ」
「……?」
「同じ学科の友達は大事だよ。試験の時によくわかるよ」
先輩は先輩らしく、さらっと詰めてくる。
楽しそうだ。
臼田さんは少し困ったような顔をした。
俺もどう返せばいいのかわからない。
「……そうだ」
思い出したように先輩は言う。
「ototteには代々受け継がれてる伝統があるんだけど」
「伝統?」
「うん。サークルメンバーは、下の名前で呼び合うの」
「下の名前?」
「そう。先輩も後輩も、みんな下」
…何を言い出すんだ。
俺は先輩を見る。
「じゃあ……」
「うん」
「先輩のことも?」
「そう。恵でいいよ」
いきなりハードルが高い。
……が、ここは、乗るべき場面なんだろう。
…わかった、いいでしょう、乗りましょう。
「……恵先輩」
明らかに硬い。
先輩が笑う。
「そのうち慣れるから」
そして俺を見る。
「葵くん」
「はい」
「これから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
続いて恵先輩は、隣の臼田さんを見る。
「知佳ちゃんもよろしくね」
「は、はい」
「葵くんと同じ学科だから、講義で会うことも多いね」
「そうですね」
臼田さんは小さく頷いた。
「キミたちは同級生なんだから、葵・知佳だね」
「「え?」」
「ウチの伝統」
「「え?」」
「はい、呼んでみようか」
「「え?」」
……………………
「ほら、若い時間は一瞬だよ?」
「「え?」」
「ほらほら、そろそろこの話、終わらせようか」
……………………
ここでの選択肢は1つしかない。
→進む
「ち、知佳?」
ビクッ!
なんとも微妙な反応。
ほぼ初対面でやはり厳しいらしい。
けど頑張ってくれた。
目の前の入会書をちらりと見て、
「よろしく、葵…」
こうして。
俺は総合音楽サークルototteへの入会を決めた。
そして同じ日に。
同じ学科の、臼田知佳という女の子とも友人(仮)になった。
…あ、そういえば1つ質問があった。
「あの、恵先輩」
「ん、何?」
恵先輩はなんか楽しそうだ。
「ototteって名称には、どんな意味が?」
「あー、説明会では言ってなかったね」
「音、なんだろうとは思ってますが」
「…音って、人を繋げるよね」
「…はぁ、」
「このサークルの創始者の言葉。私たちの音楽は別に高尚なモノじゃなくて、人と人が繋がるツールなんだよ」
「なるほど、わりとしっかり思想のある名前なんですね」
「軽そうに見えるし、実際中身はけっこう軽いけどね」
「それがカッコいいんじゃないですか。高尚じゃなくて、繋がってる」
「そうだね」
恵先輩が笑顔を見せる。
「既に私と葵くん、知佳ちゃんは繋がったわけだしね」
その通りだ。
とんでもなく美しい先輩と、なんか怖そうな同級生。
昨日まで、1人だった。
それが今日、2人増えた。
恵先輩と。
ち、知佳。
あと、隣に座った子とも仲良くできそうだ。
明日からは、今日より少し楽しい日々になりそうだ。




