8.入社試験
潤は次の言葉を探し、口に出そうとするも衝撃で中々声が出ずにいた。
言われるにしてもまさか即答だとは思っていなかったな……
まあ…そう言われてみれば綺麗な前フリだった気もするが。
ただ、この話を始めたのは俺なんだ、俺がちゃんと終着点まで持っていかねえと……
兎にも角にも攻めの姿勢と発言が大切であると感じ、押し切るマシンガントークをイメージして口を動かそうとしたとき、それは彩羽の声で、いとも簡単に防がれた。
「私も!…急に言われてびっくりしちゃったけど、ここに入るのは…やめておいた方が良いと思うよ。」
彩羽には正直、止められるだろうとも潤は予想がついていた。
しかし、潤と彩羽で、意見に分があるのは自身であると潤は誰より確信していた。
「……なんだって話されなくちゃ分かんねえよ。彩羽も分かってるだろ?」
「それは……ごめん…ちゃんと話すから、でもここに入るのはダメ、ここは危ないの!」
彩羽は頑固にも、そう言う。一つ自分が思えば、一つ他人に願われれば、最後までそれを貫き実行する。だから彩羽は優れていて強いのだと、他の誰でもなく潤は強く思う。
だからこそ、思ってもない事を言うのは少し心が痛むが……この際仕方がないと思い、口を開いた。
「彩羽がここに居るんだ、ここで頑張ってるんだ。俺にだってやれるさ、同じ陸上部だろう?」
「……っ……そう、だけど───」
「違うわね。」
そんな風に、突然兄妹のいざこざへ口を突っ込んできた月世は気付けば潤らのすぐ傍まで歩いてきていた。
値踏みするような視線は潤に対して上から下まで注がれており、悪寒が走る。
部屋に入ってきたときのような、重く、威厳のある空気が再び潤を襲ったのだ。
冷たいその視線を一蹴してみせようと、潤は顔を上げた。
「違う…何が違うって…?俺のこと、何も知らねえだろ…彩羽だってたった一年で…!」
「そうね、根拠はないけれど…私は自分の感覚というのを信じているのよ。」
「感覚だと……?」
何も知り得ないはずの彼女が、全てを知り尽くしたようにそう言って、その理由を感覚なんて言葉で片付けるのだから、どうも頭が追い付かなかった。
「そうよ、私には分かるわよ。自信が声に乗ってない。分かりやすいわね、大方彩羽より実力が下だったのかしら。」
そう、何も知らない、はずなのに…ビタリと自分の考えを当てられる。
その様子に潤は目を丸くして口を小さく開ける。余裕がなくなっていくのを感じて、必死に誤魔化しフェーズへと移行する。
「……本当に何でもありだな?あれか?また能力ってやつなのかよ。心でも読めるっていうのか。」
しかしその言葉は、意外にも月世に少しの間を作らせた。
その隙を悟らせないようにか、頭に何か浮かんだ考えを振り切るようにして言葉を続ける。
「……そんな能力は持っていないけれど。墓穴は掘ったようね。そう言うってことは、私の推測が本当だったと白状しているようなものよ。」
「……っ…くっ……」
「相手を騙すのに、自分まで騙す必要なんてないわ。こうやって何も出来なくなるんだから。」
月世の前ではどのような言葉も、相手にとって反撃のチャンスへと変えられる。
潤にとっては非常に苦手なタイプだった。そもそも、あまり口論が得意ではないのもあるが。
昔から彩羽とも敵わなかったのを思い出す。
「……俺の、負けだよ。確かに彩羽と比べて実力は下だろうな。」
「…潤……。」
「けど、俺には俺で出来ることがあるんだ。俺の全てを否定するってんならそれは違うってことだけ言っておく。」
こう言えば、彼女も少しは聞き返し潤という人物についての有用性を考慮してくれるか、という見据えた発言をしてみる。…だが。
「そう……傲慢、というよりは強欲ね。この暗殺結社は私が管理しているわ。私の考えを崩せなければ、勿論ここに入る資格だって生まれないのよ。」
「……そういうお前こそ、傲慢、じゃないか。」
最後に絞り出した言葉は、半ば掠れて彼女に聞こえたかすら危うかった。
どちらにせよ、彼女はその言葉を発して後ろを振り向き、潤へ表情を見せることはなくなってしまった。
もう話すことはない、そう背中で語るのだろう。
こちらの意見を聞こうともしない時点でそれは察せられていた。
しかし、そんな短い沈黙を破ったのは、誰の声でもなく、この部屋の扉が開いた音であった。
予定外の来客であったのか、月世も彩羽も吃驚した様子で扉の方を見ていた。
「受けさせてあげたらどう?」
そう言って扉から姿を現したのは、奏であった。
聞き覚えのあるフレーズを口にして、扉を開いて先程通りの笑みを見せた。
「さっき助けたお爺ちゃんみたいな展開になって来たな…」
「失礼な!さっき助けたお姉さんだし、助けられたのは潤君でしょ!」
奏が冗談交じりに、怒ったように振舞いながら、この部屋へと入ってきたことで、部屋の温度が少し上がった気がする。
入ってきたタイミング的には、もしかしたら彼女はずっと聞いていたのかもしれない。
とはいえ急に抜け出したのは自分自身で、潤は少し申し訳ない気持ちも芽生えた。
「謝りなさーい!」
奏の肩から恵里が飛び出してきて、その表情を察せられたのか、別にそういう訳でもないのか。
彼女は潤の元へと浮いて近づき、潤の頬を小さい手でつねる。
「い、痛い痛い、そんな飛距離あったのかよお前…?」
「孤立している一人の精神だからね!そりゃまあ!」
恵里はそうやってふふん、と鼻を鳴らして威張っていた。
そのまま恵里は当然のように潤の肩へと乗っかり、足を揺らしている。
あれだけ感じ悪いことしたのに、いつの間にかここまで懐かれてしまっていたのだろうか。
「…ごめんな、彩羽のことしか考えてなかった。」
「ん!分かってるならよし!」
なんだか申し訳なさが拭えず、自然と謝罪は口から出てきた。
そんな様子を奏が微笑みながら見ていて、その肩でいつも不満そうに頬杖をついている歌蓮の様子は、先程の光景とあまり変わりがない。
もちろん変わっていることと言えば…
「…それで、何をしに来たのかしら?奏。」
この場には月世と彩羽が居るということだ。
月世は心底面倒くさそうに、そして焦燥の色を目に滲ませながら奏を見据えていた。
「受けるだけ、受けさせてあげたら?って、そう言ったんだよ。」
そう言って奏は潤に任せておいて、と言わんばかりのウィンクをした。
「…さっきから思っていたが、その受けるってのはなんの話だ?聞かせて貰いたい。」
その言葉を聞いた奏は、月世と潤を交互に見て、合点がいったのか苦笑する。
「このリターンにはね、入社試験ってのがあるの。その中で三つの試験の総合で優秀な成績を収めたら晴れてこの暗殺結社に入れるって訳。まさかこれすら説明されてなかったなんてね……」
「……っ…」
月世は頭を抑えて考え込んでいた。
無言の時間が続く、奏には弱いのか、彼女は初めて表情を歪めている。
その様子を見て、奏は一歩ずつ月世の方へ近づいていき、その横へと立ったかと思えば、何かを耳打ちしていた。
その発言を聞いて尚、苦渋の表情を浮かべていた月世だったが、やがて大きく息を吐き出した。
「……良いわ。そもそも、この試験は貴方みたいな入る資格の無いものを弾くためにあるのよ。」
案外、いとも簡単に承諾の返事が貰えて、少しだけ拍子抜けする。
彩羽も思わず「えっ」と言葉を零していた。その顔には複雑な気持ちが刻まれていた。
「それは……良いってことなんだよな?」
「ふん、感謝するなら奏にしなさい。こんな急に試験用意するって言ってもこっちにも準備あるんだから困るのよ。」
ぶつぶつと愚痴を言いながらも、何か準備の一環なのか、月世の机の引き出しを開き、地図のようなものを取り出したかと思えば広げて睨めっこしていた。
そんな様子を横目に、奏の方へと潤は視線を移した。
「ありがとう、奏……なんだが、にしたって何言ったんだ…?」
「別に、大したことじゃないよ。」
そこまで言うと、潤に背中を見せて、首だけ潤の方へと振り向いた。
「さて、私はこれを言いに来ただけだし、そろそろお暇しようかな。彩羽の為にとでも思って試験頑張ってね。期待してる。」
「頑張れよ!」
その声を聞いて、潤へ激励の言葉を投げかけた恵里も潤の肩から離れ、歩き出そうとする奏について行った。
モヤモヤした気持ちが残り続ける潤は、やや曰く言い難しといった表情で彼女を見送る。
その時、月世が潤に対して言葉を伝えた。
「──二日。」
静かにそれだけ言ったかと思えば、たった今開いた地図を丸めて閉じ、そして奏たちが行った出口のほうへ持ったまま歩き出した。
「……何だって?」
「二日後の朝にやるわ。試験の第一段階を。」
「はあ……?なんも準備出来ねえじゃねえか……」
「寧ろ何か必要かしら?何事も臨機応変に対応出来るのも、暗殺結社に必要な素養よ。稽古なんて付けてる時間はないし、付けるつもりもないわ。」
ああ言えばこう言う、今の月世にはきっと何を言っても無駄なのだろうと思ったからこそ、それ以上は潤は口を噤んだ。
試験を受ける資格を得られただけで上々だと言うべきだろう。
「それまで、この暗殺結社のアジトに居ていいわ。寝室は貴方が寝ていた場所を使ってちょうだい。」
それだけ言い放つと、扉を開けて、潤に振り向くことなく行ってしまった。
沈黙だけが残される、潤が先に口を開こうと思った瞬間、彩羽は言った。
「ボスは……恐れているんだと思うんだ。」
「…そりゃ、びっくりだな。そんなものとは無縁らしい性格をしていると思ったんだが。」
まず彩羽が潤へと投げかけるものは心配や未来の話か、と思っていたので、少なからず動揺していた。
しかし、二人この空間に残され、広い空間を持て余すように彩羽と距離を詰めていった。
「妖ってね、頭が良いんだ。最低でも、幼稚園児くらいの知能はあると言われてる。最高だと人間より賢いともね。だから…この暗殺結社にルーキーが来たって分かれば、弱いうちに真っ先にルーキーを狙って殺しにかかるんだよ。」
「……なるほど、マジか。」
彩羽の口から放たれた真実、額に汗が滲むが、言われてみれば同時に妖と遭遇した時に、納得出来る説得力もそこに存在していた。
その言葉を噛み締めるように数回頷く。
「だから、心配だって?」
「そうだよ。」
即答した彩羽は、一歩近づいて潤の服を掴み、胸に顔を埋めた。
声は震えており、潤はその声の意味を感覚でなんとなくは分かっていた。
「私だけじゃない、ボスだって。奏さんだって。誰も死んで欲しくないって思うのは、人間として不思議なことなんかじゃないでしょ?」
「……そうだな。でも悪い、俺は本気でここに入りたいと思ってるよ。理由は……言わなくても分かるだろ?」
彩羽はこくこく、と胸の中で頷く。
そして潤はそんな彩羽の頭を、久しぶりに撫でてあげて、彩羽はようやく潤の胸から離れた。
「止めても無駄だってことまでちゃんと分かってるから。だから……ちゃんと話さなきゃね。」
「ああ、漸くだ。」
夜が更けてからさらに時間が経ち、窓から月明かりは消えていた。
彩羽は中心の席に座り、潤のことを見る。そうして、覚悟を決めた顔をしながら、口を開いた。
「これまでと、これからの話をしよう。」
やっと、彼女は自然に頬を緩めて笑った。
二人きりでゆっくり話せる時間が、訪れた。




