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妖 - 暗殺計画  作者: 弱みつる。


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6.妖

 ──突然の畏まった挨拶に、潤は驚き、咄嗟に言葉が出なかった。

 一度見開いた眼を閉じた後、息をついて、眉をハの字にしながら微笑んだ。


「……歓迎してくれて何よりだよ。こっちも言っていないことがあったな。」


「その…ありがとうな。ここまでしてくれて……」


 後頭部を左手で掻きながら、目を伏せた。

 お礼はきちんと伝えておこうとは思ったものの、最近人と接する機会の無かった潤にとっては少し言い慣れない言葉に自分で戸惑う。

 視線が一点に定まらず、この対応を見ればそ(・)う(・)い(・)う(・)男(・)でしかない。

 そんな様子を見ながらも、何を気にする様子もなく、目の前の奏は潤に笑顔を見せ、


「良いの良いの、お礼は私じゃなくてリターンの皆に言って欲しいな。なんだかんだ皆彩羽のお兄さんってことで桜川さんもボスも受け入れてくれてるわけだしさ。」


 そう、軽く言い放って自身の髪をくるくると指で回していた。


 ……面倒見が良くて、優しくて、きっと理想の女性というやつなのだろうか。

 よもや、現実にこんな人が実在したとはな。

 いや…ここを現実をするかは未だハッキリせず、疑問が残るところだが。


「なんか変なこと考えてないだろうな!」


 奏と潤の間に、恵里が割って入ってきた。

 恵里の体は小さく、潤の視界にすっぽりとハマってしまう。

 眉をつり上げ、心底不機嫌そうな顔で腕を組み、宙を浮いて少し上から潤の方を見つめていた。


 大して顔に出してないのになんなんだこいつの観察眼と保護者感は…奏と比べてどちらかと言えば、こいつの方が子供だろう。

 いや、そもそもこいつが思うほど変なことなんて考えてないが。


「……何の根拠もなく睨みつけてくんの、やめてくれるか?」


「根拠ならありますー!」


 潤の心の中も知れず、何やら自信満々な様子で、また一つ潤に顔を近づけ距離を詰めた。

 潤はそんな恵里を拒絶し、後ろへ体を少し倒して、手を出し牽制をする。


「じゃあ、聞こうか?その根拠とやらをな。」


「あたしの奏をジロジロ見て考え込んで…変なこと考えてないって方が嘘でしょ!」


「暴論だろ!」


 先程も見たような構図に後戻りし、潤は頭を抱え苦慮する。

 実はおちょくられ続けているだけなのではないかとも思ったが、恵里は終始ずっとこのテンション感で、更に目が本気だった。

 つまりおおよそ、普通にこういう忙しい人物像なのだろうと、潤は察しがつく。


「でも、言っとくけど、理由は別にそれだけじゃないからね!」


 その瞬間恵里は大声を上げ、そんな潤の考えを遮った。

 大声を出してその場を押し切ろうとする姿は子供の起こす癇癪のようで、潤はため息が漏れる。

 それは奏の肩に居た歌蓮も同じ気持ちであったようで、両手で耳を塞いで、小さく「…うるさい」と文句を零していた。


 次に恵里は潤の目と鼻の先に上から振り下ろすような形で指を突き出し、言い聞かせるように、そしてゆっくりと言葉を連ねていく。


「良い?あたし目が良いの。これは個性とかじゃなくて、十分摩訶不思議って言えるほどの、言ってしまえばあたしの能力なの!そりゃ、心を読むまでは覚妖怪じゃないんだから無理だけどさ……」


 威勢よく切り出した割には、随分自信なく終えるものだった。

 だが、その発言は潤の頭に更なる疑問をこびりつける。


「…さっきも似たような話出たな。能力……糸を使って怪我を治したり、痛覚を消したりする不思議な力のことを言っているんだよな。」


 その話を口に出した途端、恵里は明らかにバツの悪そうな顔をして、潤から離れてそっぽを向いた。

 それに付け加えるように奏が「それなんだけど…」と口を開く。


「一応極秘の情報っていうか……暗殺結社としては一般人に説明は出来ないことになってんのさ。だから、私たちにはその不思議な力がある、ってことで納得しておいてもらえないかな……?」


「…その割には、結構喋るんだな。」


「アハハ…何も説明できないままだったら申し訳なくてさ。」


 その考えには潤も心底同意し、腑に落ちたようで疑問を投げかけるために浮かせ、奏へと向けられた手はただ下へと沈んだ。

 奏はその反応を見て心情を察したのか、安堵したような表情を見せ、「ごめんね」と一言申し訳なさそうに呟いた。

 潤は一度考えた後、奏へと向き直る。


「なら、そこは良い。彩羽についても…多分彩羽に直接聞いた方が良いんだろう。なら、彩羽は今ボスと話してんだよな、その辺りの事を聞いてもいいか。」


 意表を突かれたような顔をした奏は、潤と同じ腑に落ちたた表情を見せる。

 すぐにその表情が微笑みへと変わったかと思えば、


「ああ、確かに。そうだね、彩羽が今してるのは、ボスに妖(あやかし)との遭遇についての報告だよ。その怪我、遭遇した妖によるものでしょう?」


 と、簡単に答えたが、潤にとってはあまり受け入れられる内容ではなかった。


「……妖?」


 そのため、思わずそう素っ頓狂な声で返事をしてしまう。


「え……妖も知らないの?」


 今の今まで、質問攻めをしても大した驚きを見せなかった奏は、今日一番の衝撃を受けていた。

 彼女にとっては、それ程までにあり得ないことなのだろうか。


 ……しかし、驚きのあまり空いてしまった奏の小さな口は、意外にもすぐに閉ざされ、「ああ。」と納得するような声を出す。


「そうだ、彩羽がリターンに来た時……彩羽も同じ反応で同じ顔してたな~……。懐かしいと同時に、あなたたちはやっぱり兄妹なんだなって気がするよ。」


 奏はそう言葉を噛み締めながら、うんうん、と目を瞑って頷いた。


「待て待て。俺が置いてかれてる……んだが、その言い草からして、妖ってのはその、あの化け物の事を指すんだよな?種族名かなんかか…?」


「理解が早くて助かるよ。」


 なるほど、そう考えると彩羽がこの暗殺結社に来た時…妖という存在について何も知らないのはむしろ道理なんだろうな。


 奏はそれ以上何も追及せず、こちらからの言葉を待ってジーッと潤の瞳を見ていた。


「……聞かないのか?何で妖も知らないのかって。」


「聞かないよ、どんなことがあったのかも分からないのに無神経にさ。この世界の常識を知らないまま放浪した可能性だってあるでしょ?」


「そういう世界なんだとしたらその可能性は限りなく薄いだろ……」


 この世界の常識を知らないまま放浪、ってのは奏のニュアンスでは家族が居ない孤児とかって話なのかもしれないが……その文だけ見ればまさに俺の事を指した言葉だ。

 ただしなんにせよ、これから先あんまこの事は口にしない方がいいだろうな……彩羽がどう言っているかが分からないし、怪しまれて追い出されでもしたらと考えるとリスキーだ。

 奏が気が利くタイプで助かったと言える。


「──それで、彩羽はその報告とやらからいつ帰ってくるんだ?そんな時間かかることでもないだろ?」


 会って話すべきことが多すぎる、これからどんな行動を起こすにしろ、その全てには彩羽との再会が必須条件なのだ。

 奏は何かを思い出すような仕草を取る。


「いつもだったらもうとっくに終わってる時間だけど……彩羽、妖取り逃がしちゃったって聞いたよ。だから色々あるんじゃないかな…?」


 潤の眉が一瞬動く。その言葉一つに、潤は過剰に感情が昂った。


「……なんだよそれ、じゃあ今彩羽はそのボスってやつに怒られてんのか?」


 そこまで言えば、潤の顔色は変わっていた。声に焦燥感とも怒りとも取れる温度が乗り、完全に身を起こして体の向きを奏の方へと変えた。

 潤の瞳孔が揺れているのが、奏の瞳に映っている。

 

 その状況を理解し、空気感を感じ取って慌てた奏は両手を潤へと伸ばす。


「違う違う!そういう意味で言ったんじゃ──」


「彩羽は、邪魔な俺抱えて戦闘してたんだ、強さの基準は知らないが……明らかに相手も異常な強さだった。当事者の俺が言ってんだぞ。」


 目の奥から伝播するように体が熱くなったのを感じた。

 潤自身のみならず、彩羽の努力さえも認められていない事実がどうしようもなく鼓動に響き、かつての情景を思い起こさせる。

 眼前の彼女の言い分など蚊帳の外で、思わず爆発した感情に飲まれてしまって奏の言葉が脳内でかき消えていく。


 ともすれば出血してしまうのではないかというほどの力で自身の服の裾を握りしめる。

 いつの間にか、自分で意識をする間もなく、潤は立ち上がっていた。

 傷が縫われており、順調に回復に向かっていっていたのもあって、立ち上がっただけでは特に何か問題はなかったが、動いてどうなるかは未知数であり、また別の話だった。


「ちょっと!安静にしてなって奏に言われたでしょ!」


 潤が一歩足を踏み出したタイミングで、腕を広げて恵里が行き先を阻んだ。小さな体でも、潤を止めようとするその姿は随分大きなものに見える。

 しかし、この場の誰も潤へ敵意を向けないからこそ、気後れせずにまた一歩と足を踏み出せた。

 そんな彼女らに歯向かうことへ、自身の嫌悪も感じるが、今潤の脳は何より自分と妹を守るためにやらなくてはならないこと、と言い聞かせ洗脳し続けるのだ。


「彩羽は……どこにいるんだ。」


 なんとしても聞き出さなくてはならなかった。勘違いをどうにか正さなければならないと、正せるのは自分だけだという圧倒的な自我が潤を突き動かした。


「聞いてるの!?」


「それはこっちのセリフだ、どこに居るんだって聞いてんだよ。」


 そうやって必死に声を荒げて威圧するが、目の前の人形がそれに気圧されることはなかった。

 彼女らの培っていった精神力を前に、このままでは埒が明かない。

 そう思った瞬間、潤の耳に声が聞こえた。


「……ここから出て階段上ってすぐの扉の先。ボスの部屋。」


「ちょっと歌蓮…!」


「行かせておけばいい。言って聞かせる必要なんてないよ。うるさいの…好きじゃないの。知ってるでしょ。」


 聞き覚えのある声は依然として奏の肩から不動であり、そちらを見なくても恵里がその声の正体を裏付けてくれたため、敢えて確認作業のようにそちらを見ることはなかった。

 その言葉を聞き届けながら、歩みを進める潤を物理的に止めるものはいない。

 扉に手をかけて、ようやくその部屋からの脱出に成功した。


 そこは外の世界という訳でもないのにも関わらず、なんだか新鮮な空気を吸ったような気がして、一息ついた後に前を見据え、言われた通り階段を目視して先を突き進んだ。


 この施設はどうやらかなり大きい建物のようだが、隅に蜘蛛の巣が張っていたり、木が腐っていたり、古臭くて地震でも来れば一発で崩壊してしまいそうだった。

 暗殺結社のアジトとしては完璧なのだろう、このような廃墟、先程まで居たあの荒れ地に何棟あっても不思議ではない。


 床を踏む度に鳴る軋み音が、いつ壊れて床が抜けてしまってもおかしくないと思わせたが、その音は突然軽い音へと変わった。

 この廃墟にはミスマッチな赤い高級そうな絨毯が敷いてあるのだ。

 それを靴で乱暴に踏みつけながら、突き当りの大扉へとたどり着いた。

 案内が正しければ、他に扉がなかったため、ここがビンゴということになる。


 聞き耳を立てるまでもなく、人物までは特定できないものの中からは確かに小さく女性の声が二つ聞こえていた。


「彩羽……!」


 そう口から声を漏らし、両手でその扉を押して、その先の全容を見た。


「──潤…!?」


 開いた扉、出てくる人物全てに不意を打たれた彩羽はこちらに視線を向けて驚きを露わにする。

 その彩羽に向かい合って座っていた存在は、意外にも高校生程度の見た目に見える少女だ。

 彼女も突然の来客に多少動揺の色が見えた。


 ……そうして、ラベンダーのような色をした髪を揺らして、咳払いをする。


「……他人の部屋に入りたいなら、まずはノックというものを覚えた方がいいわね。」


 汗を滲ませる彼女の姿は、見た目と動揺も相まってどれだけ態度を直したとしても、暗殺結社の頂点とは思えない風貌だった。

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