5.暗殺結社《リターン》
「……はっ?」
第四幹部。突然出てきたその仰々しいその称号に、潤は目を見開いた。
意味を何となく察することはできた…が、察すれば察するほど、同時に分からなくもなっていった。
「いや、待て待て。」
潤は包帯でグルグル巻きになってしまい、もう手とも言えなくなってしまった部分を顎に当て、問い掛ける。
「つまりなんだ。この一年の間に、彩羽はここ、暗殺結社とやらに入り、そして第四幹部とやらにまでなっている、と?」
「うん。彩羽、才能あってすぐに上り詰めたんだよ。暗殺結社の中じゃ一番足も速いんじゃないかな。凄いよね。」
奏は潤に対し、人懐っこい笑みを浮かべて首を斜めへ傾けていた。
その目は潤の目や髪などの容姿を捉えていて…彩羽との見た目の比較をされているのだろう、ということは言われなくても想像できる。
その観察眼は、彼女も暗殺結社という場所のメンバーの一員であるのだろうという確信を与えさせた。
彼女ほどの陸上の実力者であれば然るべきところに認められてもおかしくはないとは思っていた…が、まさかそれが暗殺結社だと……?
「…待てよ。説明も碌にされずに…着いていけていないんだが。ちゃんと、説明してくれよ。」
鋭い目つきを彼女らに浴びせる。敵意の視線を出した訳では無いのだが、奏の肩に引っ掴んでいた人形は両者とも前に出てくる。
さながら蜂の巣をつつかれた時の蜂のようであった。
「…大声、出さないで。」
「そうそう、今君がどういう状況にあるか、ちゃんと知っておいた方が良いよ!」
歌蓮に睨み返され、控えめに右手で指差されたかと思えば、恵里は笑顔で潤に対応してくる。
情緒が違って、とても調子の狂う組み合わせだった。
「なんだよ、どういう状況って…暗殺結社の中だからって脅すつもりか?」
「そんなこと言ってないし、そんな酷いことあたしたちしないよ!」
恵里は頬を膨らませ腕を前へ組んだ。潤から視線を逸らし、「多分…」と呟いたのは気のせいではなかったはずだ。
終始怪訝そうな顔をしている潤に対して、奏の目が見開かれていった。
「あっ……ちょ、ちょちょっと…!そろそろヤバいでしょ、お腹見てお腹!」
「はぁ…?」
随分と焦ったような物言いをするものだから、潤も額に嫌な汗を流しながら、自身の腹部へと視線を滑らせていった。
潤はどうも周りを見ることが苦手で、一点に集中してしまう。
人に意識を向けさせられてようやく気付けることも多い。
特に、妹関連はそれが顕著である。それを、嫌でも自覚させられた。
一滴が滴るその音は嫌に聞き覚えがある。
「……クソ、忘れて…た…」
脳がそれを思い出した瞬間に、眩暈を起こし、その場に直立することが難しくなる。
倒れそうになるも、一歩を踏み出し、なんとか耐える…が、潤の視界は明滅するように途切れ途切れになっていた。
当然のように目の前の相手と話し続け、時に声を荒げて、腹部から滴っていた血液は止まるどころか悪化しているように思える。
痛覚をこれほどまでに欲したことも潤の人生の中でなかったが…周りが見えていない今の潤にとって、この状況はどうしようもない程相性が悪かった。
「あ~あ、だから言ったじゃん!君がどういう状況にあるか知っておいた方が良いってさ!」
潤の苦しみをよそに、あくまで明るい口調で話しかけてくる恵里のハッキリとした大きな声は、こんな状況でも耳に強く届いて印象的だった。
「そういう意味なら…そうと早く言ってくれ…!」
「早く言ったとて、正直もう手遅れだったしな~?」
恵里は、手を口に当てて不敵に笑っていた。潤はそんな恵里のペースに飲まれないためか、一息ついたのちに、質問を変えることにした。
「じゃあ、なんなんだ。この…傷は、痛みが、無いんだが。」
「あーもう質問ばっかり!こっちだって質問したいことあるのにさ!」
「なんの説明もねえのはそっちだろーがッ!」
向こうのペースに飲まれない、という作戦は数秒で瓦解してしまう。どうやら恵里は人をおちょくるのが好きらしいということを、漸く理解した。
大声を出してしまったことへの、腹部への影響を懸念して、潤は顔面蒼白になる。
そんな様子を見て、恵里は笑い声をあげていた。
「ちょっと、恵里!意地悪しちゃダメでしょ!」
奏直々に、人差し指を立てられ、お叱りを受けた恵里は、それに対して何か返答するわけでもなく、視線をどことなく横へとずらし、手を後ろに回して口を尖らせていた。
潤は手で押さえても押さえても出てくる血液に絶望しながらも、自身の服でどうにか流れ出てくるそれをふき取り続けるしかない。
そんな時、奏は何故か潤の方へと近づいてきたかと思えば…突然潤に浮遊感が襲う。
不自然な感覚に一度思考が止まった…が、すぐに、今自分は奏に持ち上げられたのだろうと察する。
しかし、そこまで思い至って尚、困惑は続いた。
「…は?……何何…!?」
そのまま奏は壊れ物を扱うような仕草で、潤の体を横にして抱えたかと思えば、先程まで寝ていたベッドへと横たえる。
「倉吉君が出血多量で死んじゃったら、お目付け役の私も怒られるし、私も彩羽も悲しいから。じっとしておいて!」
そう言って奏は潤に指を突き付け、したり顔のようなものを浮かべていた。
人形師と言っていたが、やはり蛙の子は蛙らしく、こちらも感性がよく分からない。
「なんなんだよ、ほんと…」
そういいつつも、潤は確かに今無理矢理動いても体調を悪化させるのみであると分かっている上、彼女らの監視の目があるため、仕方なく横たわる。
そうすれば、視界に恵里が宙を浮いて入ってきた。
「じゃあ、こっちから聞きたいことが一つだけあるので!聞かせてもらいましょーか!」
「もう勝手にしてくれ…」
潤は頭を抑え、貧血による疲労感と眩暈をどうにかベッドに体を預けて回復しながら耳を傾けた。
相変わらず、その陽気な声は体調不良の時には聞きたくない声No.1を誇っている。
「君の名前、教えてよ!」
「…あぁ…?」
恵里の口からは意外な言葉が飛び出し、少なからず潤は動揺する。
だが──
「倉吉って…ああ成程そうか、お前ら俺が彩羽の兄ってことだけ知ってるから、苗字だけ決め打ちしたんだな……」
両手を顔に被せ、合点がいったと言わんばかりにため息を漏らした。
恵里は指を鳴らしてウィンクをし、「ご名答!」と声を上げる。
潤はゆっくりとその言葉を噛み締めて考えるようにして、数秒、ようやく口を動かした。
「……潤だよ。倉吉 潤。」
その言葉を聞けば、今までで一番と言っていい程に、恵里の顔は綻び、満面の笑みを浮かべて見せた。
「潤君だね!覚えた覚えた!いやースッキリした~!」
長年悩まされていた肩こりでも治ったかのように、彼女はその場で伸びをして、欠伸をする。自由な人形である。
尤も、人形に肩こりなんてないはずだが。
どうもこいつと話していると頭が痛くなる…貧血もあるんだろうが、シンプルに俺がこういう奴と話すのが向いてないんだろうな…
──そういえば。
ふと、潤の脳裏にとある疑問が浮かんだと同時に、いつの間にか何か救急箱のようなものを持ってきていた奏が、潤の傷に近付いてきた。
奏はその場に正座し、救急箱を横に置いて開いた。その中には包帯もあるが、糸や針など…裁縫セットのようなものも多く含まれていて、潤は違和感を感じる。
そして、潤の服を捲り、直視したくもない大きく開かれてしまった腹部の傷跡が露になった。
「私が縫ったげるから、大人しくしててね。」
消毒を丁寧にした後、手馴れた様子で糸を口に咥え、そうして針に糸を通していく。
その光景は、後ろで潤の様子を度々後ろから見ている歌蓮や、扉の傍で用心棒のような真似事をしている恵里らの人形と見比べて随分マッチしていた。
「……うっ……悪いな。」
そんな様子を見ながらも、潤は針が腹部に刺される痛みを想像して顔を顰める。
ただし、今は何故か、潤の腹部には痛みを感じないのだ。
例外は無いようで、スムーズに縫合を始めた奏が針を自身の腹部に刺されていくが、痛覚どころか、その触覚すらも失われたように何かが触れられている感覚もない。
「──やっぱりだ。」
「うん?どうしたのさ。」
奏はその手を止めることなく、潤へ耳を傾けた。
「いや、頭痛とかの痛みは感じるのに、腹の痛みっていうか感覚?は無いんだなって思ったんだ。局所麻酔みたいな感じか…?」
「ああ、それね……」
ずっと感じていた違和感、それは痛みを感じる時と感じない時があったからだ。
今思えば、感じないのは腹部のみで、それ以外はきっと感じるのだろう。
奏は少し考えた後、ぽつりぽつと語る。
「私がやったんじゃなくてね。実は彩羽がここに潤君を寝かせてから私が来るまでに、桜川さんが来たんだ。」
「桜川……?」
「うん。この暗殺結社の──第一幹部と呼ばれている存在。ボスを除いて、ナンバーワンの実力者だよ。」
第一幹部、という称号。潤にとってはあまり実感の湧かない位であるのだが、異様な能力を持った者たちが集まる場所のトップと聞くだけで、その称号の特異性はなんとなく理解できた。
「……なるほど。序列があるわけだ。」
「そうだね、そして桜川さんは、対象の触覚を操ることが出来るんだ。だからそれを使って潤君のお腹の触覚を消して、楽にしてあげたんだと思うよ。」
にわかには信じ難い、と言いたいところだが、人形が宙を浮いて喋っている方が異常であると、潤にとっては少なくともそう感じた。
潤は無意識か、視線を恵里の方へ向ける。
視線に気づいた恵里は、何が何だか分かっていない様子で、頭にハテナマークを浮かべていた。
……危機管理能力があるのかないのか分からないな。あいつは。でもこれで改めて、あいつらも結構な異常性を孕んでることが認識出来たかもしれない。
「人の能力をペラペラ話すのも、と思ったから言うか悩んだんだけど、本人が割とペラペラ言ってるから……。」
そんな中、奏は普通の女の子のように潤に困ったように笑いかけた。
潤がそんな顔を見ていれば、今までほぼ止まっていなかった奏の手が、停止する。
「はい、終わり。安静にしてないと縫った意味無くなるからね。」
「なっ……もう、か?」
驚きを隠せずに、自身の腹部へと視線を持っていけば確かに糸と同時に大きく開いていたはずの傷は塞がっていた。
縫う速度にも驚かされるばかりだが、さらに傷を注視すれば、傷が少し治ってきていることに気付いた。
当然、完全に治ってはいないものの……そう一瞬でも思わせる程には、異常なくらい治りが早かった。
「どうなってんだこれは……」
「ああ…私これでも、サポーター兼索敵係兼ヒーラーっていう、結構万能な人なんだよ。凄いでしょう。」
奏は自身の胸に手を置き、ドヤ顔をこちらに見せてきた。
「そういう特殊能力みたいなの、見た事ねえんだからどれが凄くてどれが凄くないとか別にねーよ……」
「アハハ、でも治療系の能力持ってるのはリターンで私くらいだし…貴重な方、っていうのは間違いないと思うよ。私が巻いた糸は肉体の回復を早くさせるのさ。」
桜川とやらは、自分の能力をペラペラ話すらしいが、言うてもこいつも大概だな……
潤はそんなことを思いながら、奏の目を見る。
しかし、ふと、奏の言った言葉に疑問符が浮かぶ。
「……なんだよ、リターンってのは…?」
「あー……確かに、言ってなかったね。じゃあこの機会に言っておこうか。」
正座していた奏が立ち上がり、スカートを手で数回叩いてホコリを払う。
真っ直ぐと潤を見据えて、両手を広げたかと思えば、奏の元気な声がこの部屋に響く。
「おかえりなさい、そしてようこそ、暗殺結社【リターン】へ。」
その声は澄んでいて、おそらく言い慣れているのであろうフレーズを口にして、彼女は微笑んだ。




