4.暗殺結社の人形使い
「──あいつ、もう半年も妹探して深夜に徘徊してるらしい」
夕暮れのとある学校の教室の中。
皆が帰宅してしまって、少人数の声だけが響いていた。
「マジ…?なんかそれってもう…執着っていうか…怖いよ…」
「お前も、もう潤と関わんのやめなよ…正気じゃない。結局陸上の大会だって、あいつがわざとやってんだよ。」
違う、お前らは…妹を、彩羽を……なんだと思って……
「どうせ失踪するなら、あいつのが百倍よかった、だろ?」
……そこで確か、俺は教室の中を覗いていて…けれど、その雑音達を聞きたくなくて…
そうだ、俺……
そこから、だったか、学校に行かなくなったのは。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……っ…!!」
潤は、ベッドの上で飛び起きる。
全身が汗で気持ち悪い。化け物に溺れさせられた感覚が、まだ肌に張り付いているようだった。
ふと、左目が見えないことに気付き、焦ってそれを触れば、眼帯が付けられていることが分かった。
顔は眼帯だけでなく、包帯やガーゼでところどころ治療がなされていた。
火傷を負っていたはずの右手は包帯でぐるぐる巻きにされており、随分手が使いにくかった。
しかし、その傷たちは見た目に反し痛みがほとんど無いのか、潤は不思議そうに包帯に手を触れていた。
そうして、潤は改めて現状を確認するために脳を回転させた。
記憶を手繰り寄せていけば、この複数の傷跡は、彩羽のナイフによるものと、化け物……磯女と呼ばれていた存在によるものであると思い出す。
同時に──
「……彩羽、彩羽!何処だ……?」
と、声が漏れる。
そうして初めて潤が周りの状況を確認すれば、どうやら古風で少し頼りない木の壁に囲まれた部屋の端、そのベッドで寝かされていたようだ。
治療器具が用意されていて、見方によっては医務室のようでもあった。
しかし、この部屋にベッドは一つしか無く、右へ、左へと首を動かしても彩羽の姿は確認出来ない。
それが潤にとって相当な焦りを生み、額に汗が滲む。
「折角、見つけた、のに……!!また見失ってたまるかッ!!」
潤は無理やり体に鞭打って立ち上がるが、意外にも痛みは襲ってこなかったようで、軽い足取りでこの部屋の扉へと歩き出した。
それに安堵している暇もなく、慣れない左手でドアノブに手をかけた瞬間、水滴の落ちるような音がすぐ近くで一、二回と聞こえてきた。
なんだか潤はそれに恐怖と寒気を覚えて、視線を下へとずらしていった。
まず目に入ったのは赤であり、この赤に潤は随分見覚えがあった。
すぐに潤は理解した、自身の腹部に血が滲み、そこから血液が滴っているということを。
後ろを振り向けば、そこにはよく見れば、潤の軌跡を表すように点々と赤が続いていた。
潤の顔が青ざめ、少し声を漏らす。しかし、それでも尚、痛みを感じることは無かった。
潤にとって無理矢理動いたことによっていつの間にかついていた腹部の深い傷が開いてしまったのだろう、ということは想像に難くなかった。
だが、それで尚、身体が警戒信号というものを鳴らしてくれないのがとてつもなく違和感であり、奇妙であった。
「なんで……どうしたんだよ、俺の体……」
腹部を左手で押さえ、血が止まっていないのを確認すれば更に焦りが生まれた。
「ちょっとちょっと!ちゃんと安静にしてなくちゃダメでしょ!」
突然、この状況に似つかわしくない程陽気で、素っ頓狂で、子供のような声がその場に響いた。
「な、なんだ?どこから……?」
潤は首を動かし辺りを見回すが、しかし見つからない。
子供の声からして、もしかしたら自分より低い位置に居るのかもしれないと思い至り、下方向に視線を飛ばす。
「あー違う違う!上!上だよ!」
そうやって聞こえた声は、確かに上から聞こえた。潤は聞こえた声に導かれるように視線を上にずらし、そうして漸くその姿を目視した。
そこに居たのは、人形であった。
見た目自体は、白い肌に金髪の可愛らしいものであったのだが、その人形は紛れもなく重力を無視して飛び上がっていた。
その人形の特異性はそれだけに収まらず、潤がその人形を見据えてすぐに、一つ瞬きをするのだ。そうして口が動き、言葉を零す。
「ようやく目が合ったね!ええと、倉吉……君。かな?」
そのように意味深に口ごもった人形は、表情すら変えてみせる。
潤はその姿を見て、驚愕と困惑で大きく顔を歪めた。
「……はっ?人形…?なんで俺の名前知って……はぁ、もう意味分かんねぇ……」
そう言って潤は頭を掻き毟る。潤が頭で整理をしようとした直後、目の前の人形は口を挟む。
「まあ、動く人形なんて見たら、そうなるのも無理はないだろうね。」
「……じゃあつまり、これが普通のことって訳じゃ、ないんだな?」
「寧ろ、君の中の認識じゃ人形は動くの?でもそれはそれで楽しそうでいいじゃん!」
潤の混乱などよそに、人形は随分と楽しげに会話をしていた。
……しかし、潤にとってそれは相当久しぶりのことである。
目の前の人形の正体がどうであれ、敵意を感じない分とても気が楽で、強ばっていた顔は少し緩んだ。
──いやいや、なんて顔してんだ、俺。目の前に意味分かんねえやつが居るのに。警戒を解いている場合か……
この何もかもが分からない状況の中、一度冷静になることにした潤は、息を整える。
そうして、満を持して口を開くのだ。
「……彩羽は何処にいる?」
潤にとって、今最も優先する事項は妹の安否を気にかけることであった。それを聞いた人形は、その言葉を意外だとも思わなかったらしく、すぐに返答した。
「まず最初にそれか、なんか兄妹らしくて良いね!」
兄妹、なんて意外な単語が聞こえて、潤は必死に前のめりになって人形に近づく。
「お前はどこまで、知ってるんだ?」
「別に、君のことはあたしもよく知らないさ。けれど──倉吉 彩羽のことなら、知ってるよ!」
そうやって先程整えた息を酷使して荒らげてしまいながら、質問すれば、人形は潤にとって大きな情報を、小さなように簡単に扱ってみせる。
「なんだと……?なら──」
立て続けに質問しようと潤が口を開けば、突然目の前の扉のノブが回り、老朽化による甲高い音を鳴らした。
その音に遮られ、潤は口を噤む。更なる来客に警戒するが、そこから出てきたのは、今までの非常識を取り返してくれるように普通の人間の女性であった。
その女性は、藍白色をしたウェーブの長髪をたなびかせながら、口を開く。
目線は潤に対してではなく、人形に対して向けられていた。
「ちょっと、お客さんに意地悪しないであげてよ〜?」
「あ!奏〜!」
人形は奏と呼ばれた女性の方へと、相も変わらず宙を浮きながら寄っていった。
そうして女性の肩へと収まったかと思えば、そのタイミングで潤はもう片方の肩から小さな頭が出ていることに気付く。
どうやらそっちは若緑色の髪をしているようで、少しそれを観察していれば、顔を出した。その姿は今しがた潤と会話を交わしていたものと同じ……人形であった。
「……何?私をジロジロ見ないで!」
と、かなり反発した様子を見せており、よく見れば顔の作りも先の人形とは違って鋭い顔をしているようだった。
「……頭が痛いな。全くもって。」
常に平常心を保とうとしていた潤の頭は知恵熱を引き起こし、ここに来て頭痛という初めての痛みを伴った。
頭を押さえながら前を見れば、奏という女性がこちらに困ったように笑っていた。
「ごめんね……この子たち初対面で行き過ぎるか、行かな過ぎるかの二択しかなくて……どっちも悪気は無いんだよ!」
そうやって前で両手を広げ、横に動かして否定を表していた。
この不毛な会話に折り目をつけるように、潤はこの場に居る皆に視線を配った。
「……それで、お前たちは何者だ?」
その発言で、慌てたようにした一行は口々に言葉を零す。
「ああ、そうだね。私は奏。この二人……お人形を使役している、言わば人形師、みたいな感じかな……」
奏がそのように自己紹介を潤に向けてすれば、先程まで話していた人形が肩から躍り出る。
「はいはい!あたし、人形第一号の、恵里って言うよ!よろしく!」
「第一号とか、ないでしょ……。……あたしは歌蓮。」
どうやら人形にもしっかり名前が付いているらしく、恐ろしく元気な恵里に場が持っていかれそうになりながらも、歌蓮も小声でそのように言った後、奏の肩の向こう側へと隠れてしまった。
しかし、潤はその言葉に顔を顰めていた。
「……名前を聞いたんじゃないんだよ。……分かった、なら質問を変え…いや、戻そう。──彩羽は、何処にいるんだ。」
もう一度聞いた潤のその声には、数刻前より余裕が無くなってきており、少しの怒気を孕んでいた。
奏はそれに対して納得したように一つ頷く。
「……うん。彩羽はね──」
「はーい!彩羽ちゃんはね、今ボスと大事な話をしてるよ!!」
奏の声を遮り、恵里が陽気に口を挟む。
潤にとってはどちらが話を続けようとも構わなかった……が、ボス、という単語に怪訝な顔をした。
「ボス……?」
「そう!ここ、暗殺結社の……そして、あたしたちのボスでもある!とっても、勇ましい人なんだよ!」
恵里は自慢げにそう話し、腰に手を当てて胸を張り、鼻から息を吹いていた。
「…じゃあ、そのボスとやらに、会わせてくれ。勿論彩羽ともだ。話したいことが山ほどあるんだよ。」
潤は焦りで汗が頬を伝う、その様子を見た彼女らは揃って難しい表情をするのだ。
うーん、と声を出して唸っている恵里の横から、奏が潤へと一歩近づく。
「そうしてあげたいのは山々なんだけどね……。幹部の会話には基本介入しちゃいけないってことになってるんだ。だから、お話が終わるまでもう少し待った方がいいんじゃないかな?」
「……なんだよ、その幹部ってのは?」
潤が疑問を口にすれば、奏たちは全く同じ大きさで口を開け、驚愕している様子だった。
「あちゃー、やっぱ知らないんだ!彩羽ちゃん言ってないのか……」
思わずといった様子でそんな風なことを口にした恵里は、困ったように空中で頬杖をつく。
潤は一歩彼女らに近づいた。
「勿体ぶらず、教えてくれ。一体何の話だ……?」
恵里が奏たちと顔を見合せ、奏は少し悩んだ後に浅く頷いた。
歌蓮は依然として表情があまり変わらなく、黙りこくっていたが、そのように恵里に顔を向けられればようやく頷いた。
「ええとね!君の愛する妹ちゃんの彩羽ちゃんなんだけど……」
「実はこの暗殺結社の……『第四幹部』っていう偉い人なのさ!」
軽い口調で言い放たれたそれは、簡単に理解出来るものではなかった。しかし、それでもその恵里の言ったことのスケールの大きさを推し量り、咀嚼する。
「……はっ?」
そうやって、潤の気の抜けた声が部屋に響いた。




