10.これまでとこれからの話
「……なるほど、分かった。」
彩羽の経験した事を聞いた。自身と似た経験、そして彩羽の言う言葉と表情、それらにまさか、潤が疑う余地もあるはずもない。
その時の様子を思い出してか、彩羽と目が合わないことに気付き、咳払いを一つしてから頷き、彩羽を真っ直ぐと捉え、口を開く。
「ひとまず俺からも言っておく。森の件も、祠の件も……俺も大体同じものを経験している。ただまあ、いくらか大幅に違う部分があるが…」
「…そっか。こっちからも、どうして…来ちゃったのか。教えてくれる?」
彩羽のその鋭い目は、潤を見ている。
思い返してみれば、初めて会った時も似たような表情をしていた。
なぜここに居るのか、どうして、来てしまったのか?という困惑と強い意志が混ざったようなその顔は、彩羽にとっては珍しい表情であった。
「俺は…祠のとこまでは同じさ。その聞こえた声…?ってのは分からないんだが…。丁度昨日?今日?くらいに彩羽の捜索が打ち切られて…俺は大雨の中、そのまま森の方へ探しに行ったんだ。多分、同じ森だと思う。」
疑問点を一つずつ解決するように、潤は状況の説明に注力した。
今思えば、大雨という部分も自身の経験と一致している。偶然にしては出来過ぎているとも感じた。
「もう、そんなに時間が……。…続けて。」
潤にとってはつい先程の出来事であるが、彩羽にとっては凡そ一年程前の出来事だ。
過ぎた時間に多少の動揺はあるものの、然程驚愕した様子を見せないことから、異世界とここで時間の流れが違う等ということはないらしい。
つまり彩羽は実に一年間、確かにこの異世界でそれだけの時間を過ごし、そして今に至るのだろうと察しがついた。
「続ける…とはいえ、だな。その後祠に入って彩羽と同じように転移したこと以外に目立ったことは…ああ、いや……」
ふと、潤はとある出来事を思い出したかと思えば、焦燥へと変わっていく顔と共に前へ体を乗り出した。
「違う…そうだ、あの時確か…光の中に人影…俺も見たんだ。でも俺が見たのは…お前だったんだよ、彩羽。」
「私…!?」
間違いなく、先の話の中で彩羽も人影を見たと言っていた。しかしその人物像まで詳しく語られることはなく、それは彩羽の反応からも伺い知れることであった。
「私も……人影を見た。でも…それは私じゃなかった。」
「さっきの話聞いてりゃ分かる。なら、誰だったんだ?」
彩羽はその言葉を聞いて、心当たりがあるのか少し考える素振りを見せる。
「その時は…知らなかったんだけどさ。」
潤は彩羽の意味深な物言いに首を傾げる。その時は、なんて言うということは、今であればその正体が分かると言っているようなものだ。
しかし、そうであったとしても、彩羽が言うのにここまで躊躇している理由にはならなかった。
「話、するって言ってくれただろ?一応俺兄妹なんだから、誰よりも信用して、ちゃんと話してくれよ。」
その言葉で彩羽は焦ったように手を横にぶんぶんと振った。
「いや!違くて……うん、分かった。」
物分かりが良く、覚悟も決まっていたのか簡単に頷いてくれる。ここに来てから正直な彩羽を見るのはなんだかんだ初めてで、潤も少し気が緩んだ。
「潤は……覚妖怪って知ってる?」
突然、質問の答えとは思えない質問が返ってきて、少なからず潤は狼狽する。
しかし、ここに来てからその名前を聞くのは、確か二回目だということもうっすらと覚えていた。
「ええと、確か……そういう奴が、居るんだろうなって言うのは……奏から。」
存在のみを示唆されていた存在だった。その名の通り、心を読む妖怪…妖という名前の異形が跋扈している世界である以上、妖怪の名が出ることに違和感はなかった。
「そう…潤が一般的に知っている覚妖怪が、この世界には意志を持つ妖として存在してるの。私たちはそのまま覚って呼んでる。」
「妖自体、お前が磯女って呼んでたやつしか知らない訳だが…」
その言葉を聞いて、彩羽は落ち着き払った様子で首を横に振った。その動作の意味は分からなかったが、紡がれる言葉と、その雰囲気で潤の背筋にぞわりと悪寒が走った。
「磯女よりも、もっと上の存在だよ。むしろ…妖を統括している存在って言ったら良いのかな。妖を輩出している組織があって、そこの…トップ。こっちで言う夜之 月世さんだよ。」
勘は当たっていたらしく、今まで非現実的だったものが、更にフィクション味を帯びた。
あれを複数、と考えるだけで潤の眉間に皺が寄る。
組織ぐるみで行っているものなのだとしたら、いくつもの懸念や壁があるのは想像に難くなかった。
「嘘、じゃないんだよな。例えとかでもなく、そういう組織があるって認識で良いんだよな?」
「うん、私たち暗殺結社リターンは、その妖陣営と組織単位で対立している。リターンの目的はその妖陣営を根本から叩いて、もう二度と妖による被害を出させない事なんだ。」
真っ直ぐに正義を語る彩羽は昔と変わっていなかった。
改めて規模の大きさを実感させられ、そして道のりが遠い事も何となく理解できた。
「じゃあその覚ってやつは妖陣営のボスってことなんだよな…?リターンにとってのラスボスって訳だろ…?」
「その認識で良いよ。事実、彼女が妖の管理や増殖に関わっている中枢と言われているし……真偽は分からないし、方法も分からないけどね。」
「待て、色々気になるが、彼女って言ったか?敵のボスも女ときて…この世界には女しか居ないのか…?」
そもそもここに来てから磯女含め、男には一度も会っていない。あまり嬉しくもないハーレムだ。
これから先が思いやられるのと同時に、相手の陣営のボスが女性だという脳内でのミスマッチが潤の混乱を更に加速させた。
「そ、そんなこともないけど…でも確かに多いかな…?幹部は皆女の子だし……リターナーには男性も居るし、妖陣営の幹部には男性が多いイメージがあるよ、まだ皆を補足出来てる訳じゃないから、勝手な私のイメージだけど……妖陣営については圧倒的に、ボスの方が詳しいから。」
リターナーという聞きなれない単語もあったが、恐らくはリターンのメンバーの事を言うのだろう。
誰が決めたのかは分からないが、中々直球な名前を付けたのだろう、と思う。
しかし詳しく言及はせず、現状の整理に脳のリソースを割いた。
「まあ…幹部だかリターナー?だかの話は、ちゃんと今日か明日に後で聞かせてもらおう。にしても、こんな女の子が多いグループでよくあんな化け物と…」
話が脱線しそうになったのを自覚し、頭を横へと振った後に頬杖をついて彩羽の方を見た。
「……それで、どうしてその妖陣営のボスの名前が急に出たんだ?」
「ああ、そうそう、ごめんね。なんとなく分かったかもしれないけど、私はその覚の人影を見たんだなって…こっちに来てから、気づいたんだ。」
予想していた回答ではあった、しかしそれにしてもあまり繋がらなかった。
謎の声の件もあるが、彩羽の祠関連には潤と比べて更に不可解な点が多かったように感じる。
潤は彩羽との繋がりもあるため、幻影を見るのは百歩譲って良いが、少なくともここに来るまでは、覚との関連性など、無いに等しかったはずだ。
「つまり、彩羽はその聞いてるだけで随分な覚って奴と会ったことがあるってことだ。一年で波乱万丈な生活を送って来たみたいだな。」
「んーと……別に、会った訳じゃないんだ。確かに波乱万丈ではあったかもしれないけどね。」
「じゃあ何で見た目知ってんだよ…?」
「ボスが会ったことあって、それで似顔絵書いてもらったの。」
それを見て、あの時見かけた人だろう、となるということは、月世は大層絵心があるようだ。
「指名手配みたいな扱いだからね、ボスが注意を呼び掛けてるの。」
そう言って月世が指を指した壁には確かにいくつかの貼り紙がしてあった。
冷蔵庫を開けたままにするな、だとかの、シェアハウスか?と思わせるような連絡事項が書かれた紙から、予定表のような張り紙、作戦を立てているのであろうメモ用紙等様々な貼り紙が集合している。
そして彩羽が指差した、指名手配の様相をしている紙も貼り紙の中に何枚か存在していた。
人のリアルに描かれた顔や名前は筆のようなデザインをしていて、色濃くその存在をアピールしている。
その中心にある紙には、覚という名前と共に、中性的な顔立ちの人物が載っている。その周りの紙には、天狗の面を付けているものが居たり、鬼の角が生えているものが居たり、人の形は保っているもののどこか異形の見た目をした者たちであった。
イラスト越しでもその威圧感は顕在しており、この世ならざる冒涜的なものを感じさせた。




