第2話 死んだ後の世界
「だ!か!ら!俺は望木陽色、あそこに居た望木真白の兄だって言ってるんだよ!」
「ふーむ……だがね、君の言っている望木真白さんのお兄さんである望木陽色さんは10年前に交通事故で亡くなっている。君はあの戦場でさぞ辛い光景を見て、頭が混乱してしまっているのだろう。ほら、お茶を飲んで落ちついて」
「はぁ、いただきます」
その後、陽色はシャボン玉に入った状態で何やらゴツい防弾服の様な服を着た人達が集まる場所まで運ばれるとよく分からないテントに入れられていた。
目の前に座っている男にずっと名前やら何故あそこに居たのかやら何か見ていないかやら聞かれていた。
陽色は正直に答えているが目の前に座る男は、精神を錯乱してしまったのかと言って、陽色を可哀想な人の様に対応されていた。
(たく色々と聞きたいのはこっちだよ。いったいここは何処なんだよ)
すると、テントの外から声が聞こえてきた。
「なあ、ここに望木真白の最後を看取った男が居ると聞いたが?」
「はっ!現在はこのテントの中で事情聴取の真っ最中であります!ですが、精神が安定しておらず、先程から真白様の兄であると繰り返しております」
「そうか、その為にカウンセラーを呼ばせてもらった。入れさせてもらっていいか?」
「少々お待ちを」
テントの向こうでそのような会話が聞こえた。
(丸聞こえだな。お偉いさんならこの目の前の男よりも少しは話を聞いてくれるだろうか?)
「失礼する」
目の前の男がテントの中を去ると代わりに2人の人物がテントの中に入ってきた。
1人は白衣を着た女性で肩まで届くロングヘアと先程まで泣いていたのか真っ赤に腫れた目が見えた。もう1人は鍛え上げられた肉体にスーツを着た男で、頬にいくつかの傷があり、胸には勲章のようなバッジをつけていた。
そして何より、2人は陽色の顔を見るなり目を見開き、女は両手で口を押さえて男の方は顎が外れるのではと思うほど口を開けていた。
「えーと、外の会話が聞こえたんですが……俺は別に精神がおかしくなったわけじゃなくて、本当に俺は真白の兄で⁉︎」
弁明をしようと話し始めたら奥に居た女性が泣き始めた。意味が分からず何かしたかと思っていたら男の方が突然陽色を抱きしめた。
「はっ?な!何すんだ!」
「ああ……ああ……わかった。いや、わかっているさ。お前は真白の兄の陽色だ。いつも、妹のヒーローごっこに付き合って、俺と一緒に赤ん坊の真白をあやしながらゲームをした、俺の親友の陽色だ……」
「は?え?え?」
「わかんないか?俺だよ、下葉友也」
「は?え?友也?」
「ああ……まさかまた会って話せるなんて思ってなかった……」
「友也……お前……ムキムキになったな……」
「はっ!最初に親友へ言う言葉がそれか?」
「ああ、すまん」
「良いんだ。そんな事より陽色、俺の立場上色々と聞きたい事があるんだが……良いか?」
「ああ、俺も色々と聞きたいことがある」
「わかった。だが、まずは先にこっちからでいいか?」
「わかった」
そこから友也から先程の男と同じような内容の質問をされたが陽色は変わらず正直に答えると友也は、なるほどなと言って隣に座っている女医が会話の記録を取っていた。
「よし。これでこっちの事務的な質問は終わりだ。ご苦労様」
「やっとかー。さっきの人は俺をずっと精神異常者扱いしてて大変だったんだ」
「そうだろうな。俺達も真白の兄を語っている奴が居るって聞いた時は、精神異常者だと思っていたしな」
「酷ぇ」
「当たり前だろ。お前の葬式には俺も参加したんだ。それがまさか死んだ奴に会って、それに話す事も出来るなんて思ってなかった」
「まあ、俺は死んだ感覚は無いけどな。俺は真白と一緒に友也がコッソリ押花さんとデートしていた日を昨日のように思い出せるし」
「ああ、そんな日もあったな」
「ええ、本当に懐かしいですね」
突然、2人の話を静かに聞いていた女医が相槌を打ってきた。陽色は女医の微笑む顔に見惚れかけたがそれよりも彼女の声を聞いて彼女が何者か理解してしまった。
「え、まさか押花さん?」
「はい。お久し……いえ、それとも先程ぶりですねの方がいいのでしょうか?陽色君」
「マジかよ……」
学校のマドンナが大人になって女神の様になっている。そんな事実に陽色は死んでいた時間を悔やんだ。
「マジですよ。それで陽色君は聞きたい事があったのでは?」
「そうだな。妹は……真白はどうなった?」
「……」
先程の和やかな空気が一気に重たくなった。その空気で陽色は何となく察してしまった。
「そうか。まあ、身体が真っ二つになってたしな……」
「真白ちゃんが命を落としたのは俺の責任だ。本当に申し訳ない」
友也と押花さんが2人で頭を下げる。
「いや、謝らないでくれよ。真白が死んだのは悲しいが、あんな危険な場所に近づいてったアイツが悪いだろう?」
「いや、あの子をあの場所に送り出したのは俺だ」
「は?どういう事?」
「陽色君、君をここまで連れてきた子を覚えてる?」
「もちろん。あのシャボン玉の子だろ?」
「そう。あの子は魔法少女って呼ばれる子なの」
「魔法少女?」
「ああ、まずはお前が死んでいた間にこの国、いやこの世界がどうなったのか知ってほしい」
そう言って友也は1枚の写真を取り出した。
写真は地球が撮られているようだったが、写真の中の地球には日本以外の大陸がなくなっていた。
「何だこれ?」
「これは昔、ある人工衛星から地球を撮った時の写真を繋ぎ合わせたものだ。陽色、信じられないかもしれないが今の地球には日本以外の大陸が全て海の底に沈んでしまったんだ」
「は?な、何でだ?」
「魔人と呼ばれる存在のせいだ。奴らは突然世界中に告げてきた『7日後、人類を滅ぼす』ってな」
「魔人?……」
「始めはタチの悪い悪戯だと思われたんだが……7日後、全世界で魔人を名乗る生命体が出現した。奴らには通常な銃器や武器は効果が薄く、アメリカが魔人1匹を仕留めるのに3000人の軍人が犠牲になった。そうして始めて世界が脅威に晒されている事に気がついた。翌日には小国のいくつかから連絡が途絶えた。そして、たった3ヶ月でほとんどの国に連絡がつかなくなってしまった」
「作り話じゃないのか?そう簡単に世界滅亡なんてならないだろ?」
「そうだと良かったんだがな……」
友也は諦めた様な顔でため息を吐く。
「もちろん、日本にも魔人がやって来ていたが、幸いなことに日本が魔人によって致命的な攻撃を受ける事はなかった。後でわかった話なんだが、国が秘密裏にとある少女達と取引をしていたらしい」
「取引?」
「ああ、魔人を倒す代わりに自分達の事は秘密にしてほしいと。少女達は要求したらしくてな。日本政府は喜んで彼女達と取引して日本は何とか平和を維持していたんだが。だが、そんな平和は続かなかった」
「何があったんだ?」
「まだ魔人によって滅ぼされていない国から避難民が押し寄せたんだ。日本の食糧時給率は知っているだろ?外国からの輸入品は期待できないのに人だけは押し寄せてくるから日本は魔人じゃ無く高騰する物価と不足する物資に滅ぼされてかけた」
「それは……やばいかったな」
「だがこの後がもっとやばい。国の中がめちゃくちゃになっている最中にも魔人は日本を滅ぼす為に仕掛けてきたんだ。日本を襲ってきた魔人は大津波を起こして日本を海の底に沈めようと攻撃してきた。そんな魔人を倒す為に少女達は戦い、撤退させる事に成功した。だが……その戦いで日本政府が隠していた少女達の存在が明るみに出てしまった。その後はどうなったと思う?」
「まあ、そりゃあ日本の命運を賭けた戦いに勝ったんだから英雄としてもてはやされたんじゃ?」
「ああ、最初はそうだった。だけどな、避難してきた者達は、故郷を捨てざる得なかった人達は彼女達を非難したんだ。エゴイストだって」
「……」
「酷いものだった。彼女達に罵声を浴びせる者、石ころを投げつける者、中には1人になった時を襲った奴もいた。彼女達は日本を守ったのに、彼らには日本しか守らなかったと映ったんだ」
「……擁護する奴は居なかったのか?」
「居たさ。国や日本国民が彼女達を庇っていたが効果はあまりなかった。何せ、襲ってきた魔人を撤退させた次の日にはオーストラリア大陸が海の底に沈んでしまっていたから。その後、次々と大陸が海の底に沈んでしまい、多くの人が理解出来てしまった。これは魔人が起こした現象だと」
「それがさっきの写真か」
「そうだ。少女達は世界が海に沈んだ事実を日本中に公表すると魔人と戦う方法、魔法について語った」
「魔法……それってメラとかヒャドみたいな?」
「だいたいはそんなモノだ。彼女達が語った魔法は人の本質であり、その本質が形になったモノが魔法と呼ばれる、とね」
「へぇー、なら誰でも魔法が使えるかも知れない訳か」
「いや、残念ながらそうじゃないんだ。どうやら年を重ねるに連れて人は自分の本質を見れなくなってしまうらしくてね。若い者にしか出来ず、それに男には魔法を使う為の器官が退化しているらしくてね。今の所は少女達にしか魔法が使えないんだ」
「だから魔法少女か」
「ああ、今じゃ少女は魔人と戦う義務が発生するなんていう法律が出来てな、俺はその魔法少女達を世話をする仕事をしてるんだよ」
「じゃあ、真白は……」
「俺が管理している部隊だった。……本当に、申し訳ない」
「……そうか……魔法少女は……死ぬ可能性は高いのか?」
「高いさ。魔人は最低でも成人男性と同じくらいの身体能力があり、集団で押し寄せてくる。今日の戦いでは魔法少女が13人も死んでしまった」
「……友也は……魔法少女が戦っている事をどう思っているんだ?」
「……もう……何も思わない。この仕事を8年間も続けてきたんだぜ?多少の事は飲み込める様になったさ」
「……そうか」
「ああ……」
「なら、何も言わないさ。ポックリ死んでた俺が、苦しい中で頑張っていたお前に言えることなんて何もないだろ」
「責めてもいいんだぜ……お前のせいでって」
「なら1つ」
「ああ」
俺は友也に向かって深く頭を下げた。
「妹を、真白を守ろうとしてくれて本当にありがとう」
そう言って頭を上げると友也の目には大粒の涙が流れていた。
「バカやろう。恨み言の1つくらい吐いてくれよ。じゃないと俺は……」
「俺がお前を恨んでいる事なんて中3の時に余ったデザートのプリンをじゃんけんで取られた時だけさ」
「俺はお前が守った妹を……殺してしまったんだぞ」
「それは……真白の運がなかったのさ」
「そんな事……」
その場に沈黙が訪れる。友也が真白を死なせてしまった事に罪悪感を抱いているのはわかったが、友也を責める気にはなれなかった。
どうしたものかと考えていると押花さんが陽色に助け舟を出してくれた。
「そういえば陽色君はこの後どうしますか?」
「そうだな、家に帰って父さんと母さんに会うよ。真白のことも伝えないといけないし」
「……すみません。伝えていませんでしたね。陽色君のご両親は8年前に魔人災害で……お亡くなりになっています」
「そっ……本当か?」
「本当ですよ。町に強力な魔人が複数体出現し多くの命を奪ってしまいました。今、あそこにあるのは撤去出来ていない瓦礫の山と耕された畑のみです」
「そうなのか……」
「それと……陽色君の住む場所ですが、しばらくは政府が管理している団地に住んでもらいます。快適に過ごせるように支援しますから安心してくださいね」
「ありがとう、押花さん」
「いえ、私にはこういった事しか出来ませんから。それでは色々と書いて貰いたい書類があるので付いてきてもらえますか?」
陽色は押花さんと一緒にテントから出ようと立ち去る。友也はまだ机の上を見つめて考え事をしているようだった。
「陽色君、友也君を責めないでくれてありがとうございます」
「当たり前だよ。アイツは何も悪くない」
「ええ、ですけど彼は魔法少女達が亡くなる事に責任を感じているから」
「それもわかってる。友也は優しいからな。だから俺は恨み言を言ってあいつの責任を少しでも軽くした方が良かったかも知れないとも思ったんだ。けど、やっぱり……」
「ええ、責めないで良かったと思いますよ」
「そう言って貰えて安心したよ」
テントの外の空気は土埃と血の匂いが漂う。その匂いは陽色にこの絶望的な世界が現実だと教えているようだった。




