第1話 妹と友人そして死
『何故助けに来たのか、だって?そりゃあ、君が泣いていたからさ。泣いている人が居たら助ける、ヒーローとしては当然さ』
そう言ってテレビの中にいる男は眼前に広がる敵の一団に向かって、たった1人で飛び込んでいく。
そんな男をテレビに張り付きそうな近さで見ている少女がいた。
「おい真白、テレビが見えないだろうが。離れろよ」
「兄ちゃん、兄ちゃん!見て見て、ポープがすっごいよ!」
「はいはい、俺も見たいからテレビから離れろ」
兄と呼ばれた男は妹である真白の首根っこを掴むとソファの近くまで引きずる。
真白はテレビに映っているユア・ポープと呼ばれているヒーロー番組に夢中になっている様だった。
「ああー!終わっちゃったー」
テレビではポープが敵のボスに相対してエンディングに入っていた。
「兄ちゃん、続き!続きが見たい!」
「無理だって、来週まで待ってろよ」
「うー!」
真白は口をへの字にして不満を表す。このままだとうるさくなる。と考えた兄は真白の意識を逸らすことにする。
「そんな事より今日のパトロールは良いのか?」
「あっ!忘れてた!」
「ほら、週に1回のパトロールをサボると兄ちゃんみたいな立派なヒーローになれないぞ」
「ヤダ!兄ちゃん待ってて、すぐに準備するー」
そう言って真白は慌てて部屋を出ていく、階段を駆け上る音を聞きながら当然のように自身も散歩の準備をする。
真白が階段から降りて来るとポープのTシャツにジーパンで、襟元の中央に四芒星のピンバッジを付けていた。
「兄ちゃん、どう?」
「おお真白今日もかっこいいな」
「エヘヘ、兄ちゃんは今日もヒーローの証を付けないの?」
そう言って真白は襟元のバッジを弄り始める。
「ああ、今日は真白が付けてるから良いんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「(まあ、付けるの面倒なだけだけど)ほら真白、今日は何処まで行くんだ?」
「えーと、今日は暴れ馬公園まで!」
「そっか、なら昼はどっかで食べていくか」
「良いの?やったー」
「いっぱい食べていいぞ、父さんが帰って来た時に昼飯代は貰うし」
「なら、私ポープチョコ欲しい!」
「良いぞ〜。ただ、母さんには言うなよ」
「うん!」
そうして兄弟は家を出てパトロールと言う名の散歩に出かける。
外は青空に気持ちのいい風が吹いている。目の前の真白はポープのオープニング曲を鼻歌で歌いながら歩いている。
すると、前の方から1組の男女が歩いて来ていた。
「ん?おお!真白ちゃんと陽色じゃん!奇遇だな」
陽色と呼ばれた兄は最初目を丸くしていたが、すぐに笑みを浮かべて手を振りかえした。
「よ、友也。何してんの?」
「あっ、したっぱ!」
「真白ちゃん、俺はしたっぱじゃなくて、したば。下葉友也。呼ぶならもっと強そうな感じで呼んでくれよー」
「えー」
「フフッ」
友也の後ろで立っていた少女が真白とのやり取りを見て笑っている。
「えっと、もしかしてデートだった?」
「えーと、どうなんでしょう?下葉くん、私達は今デートをしているのでしょうか?」
「え!ええと、イヤイヤ散歩だよ、勉強会の合間の散歩!リフレッシュ!デートじゃないって」
「だそうですよ?」
「ふーん、確か君は」
「ああ、ごめんなさい。私は押花菫です。望木陽色君でしたよね。いつも下葉くんから話をよく聞いて、挨拶をしたかったんです」
「どうも。いつも友也がご迷惑をおかけしています」
「お前は俺のお袋かよ」
「ウフフ、真白ちゃんもよろしくね」
「うん!すみれちゃん!」
「真白、押花さんにちゃん付けはダメだろ」
「良いんですよ。真白ちゃんは今、いくつなの?」
「6つ!あとちょっとで小学校に行くの!」
「おお、もう小学生になるんだな。懐かしいぜ、陽色が真白ちゃんをあやしながら一緒にゲームをしていた時が。途中で泣き始めた真白ちゃんをなだめようと2人で色々したなぁ」
「懐かしいな、あれは結局母さんが帰って来るまでどうしようも出来なかったよなぁ」
「フフッ、それは私もその場に居たかったですね」
「もう!お兄ちゃん!」
「ああ、ごめんごめん。もう昔の話はしない」
「それにしても真白ちゃんは素敵なバッジを付けているんですね」
「うん!このバッジは世界を守るヒーローの証なんだ!このバッジを付けると凄いパワーが出て、どんな悪者も倒せる様になるの!それに」
「おい、真白。押花さんが困っているだろ」
「あっ、ごめんなさい」
「いいえ、とっても興味深いですね。いつかそのバッジの力をゆっくり教えてくださいね」
「うん!」
「そろそろ戻るか?」
「ああ、もう1時間も歩いていたんですね。勉強のリフレッシュにはなりましたし戻りましょうか」
「えー、もうちょっとお話しようよ」
「わがまま言うなよ。2人共、真白に付き合ってもらってありがとうな」
「おお、それじゃまた月曜に」
「ああ。押花さんも邪魔したな、友也はこの後も頑張れよ!」
「がんばれー、したっぱー」
「チッ、うるせー!」
そうして陽色と真白は友也達と手を振って別れた。
「それにしても押花さんか。あの人、ミスコンに出るほど人気がある人だぜ。友也も隅に置けないな」
「うん、すみれちゃん綺麗だった」
「次からあの2人を見たら隠れような」
「?何で?」
「友也のニヤケヅラを見ればわかるだろ。親友が頑張ってるんなら俺は邪魔したくないんだよ」
「そうなんだ。なら、私も邪魔しないよ!」
「ああ、2人で応援してやろうな」
「うん!」
陽色と真白は2人で青空の下を歩く、周りの木々がいつ咲いてもおかしくないほどに蕾を膨らませている。
「ねぇ、お兄ちゃん。小学校って楽しい?」
「まあ、楽しいぞ。友達とドッジボールとかしたり、サッカーとかしたりしてな」
「そう、なんだ。……ねぇ、私にも友達出来るかなぁ?」
「出来るだろ。お前人見知りとかじゃないし、変なことしなきゃ大丈夫だって。それにもし友達が出来なかったら、俺が気が向いた時にゲームで遊んでやるさ」
「やったー!なら、友達出来なくても大丈夫だね!」
「いや、大丈夫じゃねぇよ。ちゃんと友達は作れよー」
真白は嬉しそうな顔でコチラを振り向くと、はーいと言って駆け足で走り始める。少しずつ遠くなる背中を見て陽色はため息を吐きながら追いかける。
しばらく行くと真白は道路の方を見て立ち止まる。陽色も真白が向いている方向を確認すると道路の上に茶色の何かが落ちていた。
「お兄ちゃん、アレ何だろう?」
「さぁ?ビニール袋か?」
2人で道路の上の物を見ていると小さく、ミィと弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
「まさか、真白「お兄ちゃん!私見て来る!」……おい!」
真白は道路に飛び出すと道路上の物にまで駆けていく。陽色は周囲を見渡すと遠くでが真白がいる車線に1台の自家用車が走っているのが見えた。
「おい、真白!車来てるぞ」
警告をしたが真白は茶色の物を服の裾を引っ張り、その中に入れている様子だった。すぐに道路の中から出ていきそうな様子に安堵をしていると遠くにいた自家用車がどんどんスピードを上げて近づいている姿が見えた。このままだと真白は……
「ましろ!」
突然、世界が激しく回った。一瞬だが、空を飛んだような気分を味わった。耳鳴りが酷く、視界がボヤけて、息が上手く吸えなくて……
『……ゃ……いち……お……ん』
最後にボヤけた目が捉えられたのは誰かの手を爪が食い込むまで握って泣きじゃくる少女の姿だった。
陽色は少しでも目を開けていようとその少女に声をかけようと抗いながらも意識は真っ黒な水の中に沈んでいく。
長く、長く水の中に沈んでいる。いったい何処まで沈めば良いのか。もしかしてここは三途の川なのか?と嫌な考えが陽色の脳裏に浮かぶ。
すると、上から眩しいほどの光が降り注ぎ、一瞬で周囲が眩しい光に変わっていく。目も開けられないほど眩しい光に包まれる。
しばらく目を閉じていたら突然周囲からパチパチと火の粉の上がる音が聞こえる。そして、だんだんと自身の感覚が周囲の状況を感じ始めた。
パチパチと上がる火の粉の音、むせ返るような血と肉の匂い、汗の滲むような暑さ、息を吸えば土と血が入ってくる空気、意を決して瞼を開けるとそこには瓦礫の山と燃え盛る炎、そして何より至る所で転がっている少女の死体。
「あ……あ……」
ふと、目の前に下半身がない少女の声が聞こえた。ただ空気の音なのかわからないほど小さな声だったが確かに生きている様だった。
陽色は慌てて救急車を呼ぼうとポケットを弄ると服以外何も持っていなかった。陽色は一瞬戸惑ったが何かをしようと目の前の少女に声をかける。
「お、おい!大丈夫か?いや、話さない方がいいのか?とにかく俺がどうにか止血してみるからな、意識をしっかりと持つんだぞ。ええと……」
「ヒュッ……ひ……ろ、おに……ちゃん」
「は?」
(今この女、陽色お兄ちゃんって言ったか?)
そんな疑念を浮かべ、陽色は少女の顔を良く見る。血と傷だらけの顔でよくわからないが、胸にあった四芒星のピンバッジが頭の中の点と点を繋げてしまう。
「ま……真白?」
その発言を聞き、少女は嬉しそうに微笑む。
「どういうことだ何で傷だらけに俺と同い年くらいかここは地獄じゃないのか妹が血をいや死に死んじゃう死んでしまうでもどうすればどうすれば!」
すると、少女は手を陽色の顔に近づける。
「ま、ましろ?」
「ごッ……めん……さい」
「あ、謝るな真白!絶対、絶対!俺が助けて」
「おっ……ねが……い……み……な……たすけ……て……おね……が……わた……の……ヒー……ロ……」
そう言って真白は陽色に四芒星のバッジを力無く押し付けると力が抜けたように腕が地面に落ちた。
「……おい、真白?真白!おい!」
真白の瞳には光がなく、その顔はまるで安心したように安らかだった。
「ふっ、ふざけんな!おい!真白!おい!死ぬなよ、真白!」
「えっ!!民間人!」
突然聞こえた声に驚き、顔を向けると周りの惨状とは場違いのフリフリの服を着た少女が1人そこに立っていた。
「大丈夫ですか、お怪我は?」
「ああ、あんた。お願いだ、救急車、救急車を呼んでくれ!妹が、妹が……」
「うそ!真白ちゃん…………」
少女は真白と陽色の顔を交互に見ると涙ぐんだ目と上擦った声で俺に語りかける。
「わっ、わかりました。私は今から貴方を安全な場所に運びます。少し大人しくしていてください」
そう言って少女は丸い穴が開いたステッキのような物を振ると周囲にシャボン玉のようなものが漂い始めた。
「は?何、何、なんだ⁈」
1つのシャボン玉に触れた瞬間、陽色はシャボンの中に包まれてしまった。すると、シャボン玉は地面から離れて風に流されて何処かに向かい始めた。
「暴れないでください。空から落ちるかも知れませんから」
そう言って瓦礫の山に似つかわしくないフリルを着た少女は陽色と同じようにシャボン玉で散らばる物を回収し始めた。そこには真白の姿もあった。
「クソっ……いったいどうなっているんだよ。おい!」
その言葉を陽色は少しも変わらぬ青空へ向かって問いかけた。




